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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
91/129

90 園島西高校文化祭:開幕


「……どうしたんだよ、そんな顔して」


 園島西高校、西棟二階。某クラスが主催しているエクストリーム休憩所にて、ある一人の男子生徒がものすごい形相をして虚空を睨みつけていた。


「聞きたいか?」


「……えっ、なんかヤバいこと?」


「いや、逆。逆だからこそ、俺は嘆いている」


「……聞かないほうがいいこと?」


「聞け。道連れにする」


「えー……」


 彼の上履きの学年カラーは水色。今の園島西高校では、それは三年生であることを意味する。観念したように向かいの椅子に座った上履きも水色で、二人が同学年であることを示していた。


「さっきさ、昼飯買いに行ったんだ。焼きそばかお好み焼きか、なんか適当に見繕おうと」


「しってる。そもそも、じゃんけんに負けたお前が昼ごはん買いに行くって話だったじゃん。なのに、お前が手ぶらで戻ってきていた上、そんなヤバい顔してるから声かけたんじゃん」


「昇降口のさ、アンケートボックスの所。来校者向けにモニターで延々と紹介映像流しているところ。あそこに、女の子がいたんだよ」


「ほー? まぁ、学校なんだし女の子くらいいくらでもいるだろ……あ、アレか? 他校のすごく可愛い子とか?」


「違う。黙って話を聞いてくれ」


「えっ」


「その子さ、ウチの生徒なんだよ。黄緑色のクラスTシャツ着てて、ジャスミンの花飾りをつけていた」


「ああ……そういえば、良い匂いしてるのをチラホラ見かけたような。たしか一年の……アレだ、ゆきちゃんのところのクラスだ。……あっ、今更だけどお昼あそこのにしたいな! すっごいおっきい美味しそうなナンなんだよ……!」


「俺の話を聞け」


「あっ、はい」


 普段の彼とは思えない迫力のある声。思わず敬語になってしまったのも、しょうがないことだろう。


「その子、見るからにそわそわしていたんだ。そりゃもう、通りすがりの俺が気になって足を止めるくらいに」


「昇降口って結構混んでたよね? それなのに目立つほどって……どんだけそわそわしてたんだか」


「見た感じ、待ち合わせをしているっぽかった。時計をちらちら見て、オロオロしたかと思えば明るい顔になって、そしてまたしゅんと顔を曇らせて……」


「感情表現豊か……っていうかダダ漏れじゃん」


「最初は、友達と待ち合わせしてるんだろうなって思ったんだ。……ああ、最初はな」


「ま、流れ的に……彼氏とだね。アレか、他校のめっちゃイケメンとか? それともなんだ、その……その子と釣り合わないくらいにアレな奴だったり? 相手見たんだろ、お前」


「……普通の奴だったんだ」


「うん?」


「まじめそうで、殊更明るそうでも、陰気って感じもしない……落ち着いた感じの、どこにでもいそうなやつだったよ、相手は」


「……?」


「……相手のことなんて、どうでもいいんだよ」


「じゃあ、なにさ?」


 彼は、歯を食いしばりながら、腹の底から絞り出すように言葉を紡いだ。


「奴が来た時……その子、めっちゃ……めっっっっちゃ嬉しそうに笑ったんだよ……ッ!」


「……お?」


「すっげぇ笑顔だった! びっくりするくらいの笑顔だった! まさしく【満開の笑み】ってやつだ! ああ、この子、本当に……心の底から幸せなんだなって! その幸せそうな顔が、どうして俺に向けられたものじゃないのかって思ってしまうくらいに……!」


「お、お前……」


「……本当に、幸せそうな顔だったんだ」


「……」


「言っとくけど、あの場にいた全員、二度見してたからな。男はマジで呆然としてたし、女でもなんか赤くなってる奴さえいたからな」


「やべえ。すっげぇ見てみたかった」


「そんなやましい感想が出てこないほど、ピュアで甘酸っぱい光景だったんだよ……」


 ふう、と彼は一息を突いた。


 エクストリーム休憩所のスタッフが、気を利かせたのか緑茶と思しきものが入ったコップを三つ持ってきた。三つのうち一つは、健康にいいけどとっても苦い青汁がブレンドされた特製品である。見た目や香りじゃわからないという優れものだった。


 彼は、そのとっても苦い特別茶の入ったコップを持って、一息に呷る。普段の彼なら眉をひそめていただろうけれども、彼は表情をピクリとも動かさなかった。


「まぁ、他人のイチャイチャをそんな風に見せつけられたら、お前がそんな顔するのも不思議はないか」


「これで終わりじゃないんだよ」


「えっ、まだあるの?」


「その子さ……なんか真っ赤になって、奴のTシャツの裾をくいくいひっぱったんだよ」


「あっ、それすごく可愛い」


「男の方はさ……それに合わせて、なんかちょっと腰をかがめたんだよ」


「ほうほう?」


「で、女の子は……赤い顔のまま、男の耳元でごにょごにょしたわけ」


「ふむん」


「男の方」


「おう」


「かぁって真っ赤になって……でも、こくりと頷いたんだ」


「……ほぉ? それで?」


「……女の子は、赤い顔をぱたぱたと手で扇ぎながら、どこかへ去っていった」


「それだけじゃあ、ないんだろ?」


「……五分後くらいに、戻ってきた」


「……」


「……ああ、俺は悟ったね。どうして世の中はこんなにも理不尽なんだって。どうして世界はこんなにも幸せにあふれているのに……それは、選ばれた人間にしかもたらされないのかって」


「聞きたくないが、あえて聞こう。……女の子は(●●●●)どういう格好で(●●●●●●●)戻ってきたんだ(●●●●●●●)?」


 溜まったものを吐き出すように息を吐いて──そして、彼は言った。


「ファッションショーの、白ワンピース。あの子が来た時、あの場が震えた」


「……」


「男はしばらく見惚れていて……そして、あの子の手を取って行ってしまった」


「……」


「なんでだ?」


「……」


「女の子の方から、『あなたの好きな服を着てあげる』……なんて、そんなのリアルにあるのか?」


「……」


「あんな、少女漫画でも今日日見ないような、甘酸っぱいデートの待ち合わせなんて……リアルにあるのか?」


「……」


「どうして」


「……」


「どうして……俺には、それがないんだ?」


「……」


「三年だ。三年だぞ(●●●●)


「……」


「俺、この学校に……園島西高校に入学出来て……この園島西高校で生活できて、本当に良かったと思っている」


「……」


「でも、でもだ」


「……」


「三年にもなるのに、俺にはあれ(●●)がない」


「……」


「一年が……入学して半年そこらのあの子たちが、あんなにも甘酸っぱい青春を過ごしているのに……三年の俺は浮ついた話の一つもない。最後の文化祭なのに、こうしていつも通り……お前と、エクストリーム休憩所で飯を食おうとしている」


「……」


「なぁ……なんで」


「……」


「なんで、俺にはアレがないんだ?」


 彼は、心底疲れたように……懇願するかのように、問いかけていた。





「とりあえず、言いたいことがいくつかある」





 返ってきたのは、ちょっぴりの怒気を孕んだ声。


「お前さ、もっと周りよく見なよ」


「……はぁ?」


「やってもいないのに、嘆くなよ」


「……ん?」


「それと、やっぱりスカートフェチだったか。道理で私服のズボンだと反応が鈍いわけだ」


 向かいに座っていた彼女(●●)は、胸ぐらをつかむようにして彼を立ち上がらせた。


「お前にとっては特別でも何でもない、甘酸っぱくもない男勝りな古なじみだろうけど……言ってくれればスカートくらい穿いてやる」


「……えっ」


「こちとら三年以上も、そういう(●●●●)のを期待していたんだ。まったくヘタれやがって」


「あ、あの……」


「最後の特別な舞台だ。一年なんかに負けてられっか。ああ、お前のお望み通り──」


 真っ赤になった彼女は、それでも獰猛に笑った。




「──行くぞ、デートだ」




▲▽▲▽▲▽▲▽




 華苗の頭は、茹でたタコのようになっていた。


 昨日、柊から受けたお誘い。よかったら、一緒に文化祭を回りませんか──というそのフレーズは、今でも華苗の頭の中に残っている。夢のように甘い響きは、華苗の心に確かな灯りとして燃えており、それが決して本当の夢ではないことを物語っていた。


 文化祭を一緒に回る。


 言葉だけをとらえてみれば、ただそれだけのこと。一年に一度、人生に三回しかないこのビッグイベントを一緒に回り、思い出を作れるくらいに楽しみましょうというそれ。仲の良い人たちは普通にそんな言葉を交わし合っているし、その言葉そのものには特別珍しい意味があるわけでもない。


 しかし、だ。


 これが──柊から言われたとなれば、話は別だ。


(うっひゃあああ……!)


 左手に感じる、力強く、暖かな感覚。


 華苗は頭どころか、首も、腕も……体全体が茹でられたタコのようになった気分だった。


(わ、わたっ、私ぃぃ……何やってるのぉぉぉ……!?)


 何をやっているのかと言われれば、おそらく問われた百人のうち百人がデートと答えるだろう。男子から女子に向かって、『二人で一緒に文化祭を回りませんか』……と誘っていてデートじゃないわけがない。


 手を繋いで、デート。文化祭でのデート。これだけでもう、華苗の乙女な思考回路はショート寸前……いや、焼損して回路ごとぶっ壊れる寸前である。


 しかもなにをトチ狂ったのか、華苗はいま──




「あっ! あの子、ファッションショーの……!」


「園芸部……えっ、今プライベートでしょ……?」


「あらまぁ、昨日の……やーん、見せつけてくれちゃってぇ……!」


「演出じゃなくって、ガチだったのか……?」




(なにやってんの私ぃぃ……!?)



 華苗は心の中で羞恥の叫び声をあげた。


 よりにもよって、華苗はファッションショーの時の白ワンピースを着ていた。それも目立つからやめよう……と、一度はクラスTシャツに着替えていたというのにだ。


 待ち合わせで柊の顔を見た瞬間、良からぬ悪魔が華苗に囁いてしまったのだからしょうがない。ついつい浮かれて、これくらい普通だよね──と、震えるチキンハートが妙な自信を持ってしまったのがいけない。


 そうだ、と華苗は開き直る。


 『今のと昨日の白ワンピ、どっちがいーい?』って耳打ちして、白ワンピって答えた柊がいけないのだ。リクエストされたから着ているだけで、そう、華苗は柊のためにしょうがなく着てあげているだけなのだ。それに、似たようにコスプレしている人はたくさんいるし、被服部の作品を着ている人だってたくさんいるから別に変ではないのだ。


 もはや誰に言っているのかも、そもそも言い訳として成立していないそれを、華苗はオーバーヒート寸前の頭の中でぐるぐると言い続ける。


 はっきりしているのは、昨日あれだけ盛り上がったファッションショーそのままの姿で歩いている華苗と柊は、非常に周りから目立っていたということだ。


「か、華苗ちゃん」


「は、はいぃ!」


 手をつないだまま、すぐ隣から聞こえてきた柊の声。声が上ずってしまったことを、華苗はもう気にしないことにした。


「あの、その……やっぱり、着替える?」


「う、ううん! いいの、これでっ!」


 柊の右手を強く握り返し、華苗は自分に言い聞かせるように宣言した。


「そ、そう……華苗ちゃんがそういうのなら、それでいいけれど」


 ほんの少しだけ頬を赤らめた柊は、何でもない風を装って、ズボンのポケットからパンフレットを取り出した。華苗も他の人もみんな持っている、園島西高校文化祭のパンフレットだ。


「誘ったのに申し訳ないんだけど……どこに行こうかとか、全然決めてなかったんだよね。華苗ちゃんは、行きたい場所とかある?」


「わ、私も全然……」


 何も考えていないのは華苗も同じだ。正直な所、どこに行っても楽しめそうだったので、適当に歩いて目につくところに行けばいいと思っていた。外せないのは例のガトーショコラのお菓子部だけで、後はもう全部柊のお任せでもいいとさえ思っている。


 とはいえ、だ。


「んーと、一応……ウチにも来てくれたし、楠先輩のところくらいは行っておこうかなって」


「ああ、そうだね。となると、僕も一応部長のクラスに行ったほうがいいかなあ」


「合気道部は何か出し物をしているんだっけ?」


「昨日やった応援合戦と、あとは普通に体験講座くらいかな。正直、体験講座は僕が行っても……ね?」


 そうなると、楠の所、葦沢の所、お菓子部、そして売上貢献のために自身のクラスが外せない場所ということになるだろう。あとはその時の気分で適当に進めば、楽しい文化祭デートの出来上がりという寸法である。


「一番最初に自分のクラスに行くのもアレだし……ここは無難に、楠先輩の所に行ってみようか」


「うんっ!」


 そうして、華苗たちは楠のクラスを目指していつもと違う装いの校舎を進んでいく。


 やはり一番違うのは、その人の勢いだろうか。普段は絶対にいないはずの子供やおじさんおばさんがたくさんいて、今が祭りの最中であることを否応にも突きつけてくる。


 教室一つをとっても、その内装の力の入れ具合が凄い。教室をジャスミンでいっぱいにした華苗が言うのも何だが、元が学校の教室とは思えないくらいに様変わりしていて、学校らしい天井の照明や随所にある水道が無ければ、そういうテーマパークに来てしまったようにしか思えないだろう。


 そして、人。個性豊かなクラスTシャツを着ているものはもちろん、和服姿や浴衣姿、民族衣装みたいな装いの者もいれば、本格的すぎるメイド服を着ている者さえいる。普通のコスプレにしては妙にクオリティが高く、そしていわゆる『それっぽさ』が無くて着ている人物に馴染んでいた。


 被服部の作品か、あるいはクラスの出し物に沿ったコンセプトの衣装か。見る人見る人みんなが楽しい格好をしているので、もう華苗には難しいことを考えるという考えそのものが無くなっていた。


「やっぱり食べ物系のお店が多いねー」


「うん。しかも、ただ食べ物を出すんじゃなくって、みんなきっちりテーマがあるみたいだ。それもかなり練り込んだやつ」


 つ、と柊は視線で訴える。


 ちょうど向こう側からやってきた人たちの手には、焼きそばがあった。文化祭ではもちろん、夏祭りやこの手の屋台では定番の逸品だ。


 ある意味当然のごとく、今まで華苗が認識していたそれに比べて、明らかにボリュームが多い。一つ食べたら十分にお腹いっぱいになってしまいそうなくらいにてんこ盛りで、パックはぎゅうぎゅうで輪ゴムは悲鳴を上げている。


 ただ、これだけではただのボリューム満点な焼きそばってだけだ。柊が言いたかったのは──


「……克哉くん。あの焼きそば、緑色しているよね。赤いのもあった」


「そうだね……それにほら見て、あっちのほう。なんか白衣のコスプレしている人いるし、研究所みたいな意味ありげな内装になっている」


「あー……怪しい実験で出来たカラフル焼きそばってお店なのかな?」


「食紅でも使っているのかな。あとは紫キャベツを使えば──って、園芸部って紫キャベツなんて作っていたっけ?」


「うーん……私は記憶にないけど……。もしかしたら、去年やっていたのかも。あそこの倉庫だったらいくらでも入るし、なんかいつ取り出しても採れたてみたいだって青梅先輩が言ってた」


「わぉ……それで納得している自分がいる……」


 マッドサイエンティストの焼きそば屋さんというコンセプトのお店だろうか。華苗たちがそんな他愛もないことを話している間にも、赤、青、緑、紫、黄色……と、カラフルな焼きそばを持ったお客さんたちがそこから出てきているし、中からは子供たちがきゃあきゃあとはしゃぐ声も聞こえる。


 見た目に反して味は文句ないらしく、そして焼きそばの良い香りが凄まじい。きゅうとなってしまいそうになるお腹を、華苗は必死で考えないようにした。



 ──すげーっ! 金色の焼きそばだーっ!!


 ──ピンク! あたしのピンクにしてっ!


 ──色がどんどん変わってる! 魔法みたい!


 ──ふはははは! 魔法などではない! これぞ化学の御力よ!



「盛り上がってるねぇ……」


「お腹に余裕があったら、後で来てみようか」


「余裕が無くても、はんぶんこすれば……」


「なるほど、そいつは名案だ」


 怪しい研究室風の教室を通り抜け、そして華苗たちは歩を進めていく。食べ物系のお店はどこもかしこも同じようなクオリティで、見ているだけで楽しくなってきてしまう。


 もちろん、展示系のお店や演劇などの出し物をしているクラスも負けてはいない。ちらりと見えた美術部の展示はさながら本物の美術館のようであったし、絵だけでなく彫像や細工品なども見受けられた。見覚えのある麦わらで創られた物や、これまた見覚えのある花で彩られた創作物などなど……一つ一つに力が入っている。


 呆けた表情で教室から出てきている人間がいるが、おそらく美術部の不思議な力で絵画の世界でも体験してきたのだろう。華苗も柊も、すでに映画研究部が取った学校紹介ビデオの世界を追体験する……なんてことを体験しているから、特別驚くほどのことでもない。



 ──材料足りないよぉーっ! 追加貰ってきてもらって!


 ──おいしいおいしいカチワリ氷はいかがかなっ!


 ──学校全体がフィールドになった体験型アドベンチャー開催中! 受け付けはこちら!


 ──十五分後から、世にも恐ろしいホラーミステリーお化け教室第四部開催します!


 ──ちなみに、参加できるのは小学校高学年からね! ホントに怖いって泣いちゃう子がいっぱい出たから!



「盛り上がってるねぇ……」


「……一応聞くけど」


「ん、なぁに?」


「華苗ちゃん、楽しい?」


「……言わなきゃ、ダメかな?」


 人を避けながら、歩を進め。


 華苗は、柊の手を強く握り返し、にっこりと笑った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] だんだん成長していくのが分かりやすいしょうせつですね
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