7 昼餉
「はっはっ」
小さな足を目いっぱい動かし、バス停から校門への直線コースを華苗は走っている。入学当時は満開だった桜並木も今はもうほとんど緑色になってしまっていた。
あのころよりも少し逞しくなったのか、全速力で走っているというのにまだそこまで華苗の胸は苦しくなっていない。これもひとえに、毎日放課後に農作業(?)をしているおかげだろう。
「もう、ちょっと!」
体力だけでなく忍耐力や器用さだってついたように思える。収穫にしろ選別作業にしろ、園芸部の仕事はだいたいが単純作業の繰り返しだ。先日のアサガオの芽きりがいい例である。
他の園芸部はしならないが、園島西の、楠の園芸部はとにかく仕事が多い。成長段階の手間は少ないが、収穫や選別の作業が毎日のようにあるからだ。楠は今まであれをどうやってこなしてきたのだろうかと華苗はぼんやりと考える。
「とう、ちゃく!」
バス停からの逆算では時間ぎりぎりに到着するはずだったが、思いのほか早く校門までたどり着くことが出来た。華苗の体は彼女が思っていた以上に成長していたらしい。
遅刻を割と余裕をもって回避できた華苗は息を整えつつ教室へと向かう。もうどの部活も朝練習を切り上げており、校庭には人っ子ひとりいない。
対照的に廊下のほうでは何人かが固まって駄弁っていた。駄弁るのなら教室で座ってやればいいと華苗は思うのだが、だいたいどのクラスでも廊下で駄弁っているから不思議なものだ。
もっと不思議なのは、彼らが先生が来る時間ぎりぎりまでそうやって過ごし、
廊下の角から足音が聞こえてくると蜘蛛の子を散らしたかのように一目散に教室へと戻ることだ。いったいどうやって先生の足音を聞きわけているのか華苗にはわからなかった。
「……ん?」
どうでもいいことを考えながら自分の教室の前まできた華苗だったが、今日はいつも以上に廊下で屯している人が多いことに気付く。若干その光景に辟易しながらもその脇を通り抜けようとしたが、そこで彼らの様子がおかしいことに気付いた。
なんだかすこし、ざわついていたのだ。
騒々しいという意味ではない。そうではなくて、驚きにあふれた感じだ。テスト開始時間が迫っているのに担当教員が来なかったときといえば近いかもしれない。決して大きくはないが、ひそひそ、というにはいささか大きすぎる声だった。
「あ、おはよう華苗」
「おはよう、よっちゃん」
そんな人ごみの中によっちゃんの姿はあった。よっちゃんにしては珍しく早めにきていたらしい。
「どうしたの? なんかざわついてるみたいだけど……」
「それがさ……」
よっちゃんはいう。教室に入るのが非常に気まずいのだと。
「なにそれ?」
「いや、ホントだってば。現に、ほとんどの人がここにいるでしょ?」
言われてみれば確かにそうだ。いつもは教室で喋っているような人達も廊下に出ている。ぱっと見でクラスの八割はここにいるようだ。
「中にいるのは田所くんだけよ」
「あぁ」
田所は非常にマイペースな奴だ。協調性がないわけではないが、なんというか周りの目を気にしない。たしか入学初日も真ん中の一番前、教壇の真ん前で太いマジックを積み立てて遊んでいたりもしたやつだ。かなり目立っていたのに、本人はそのことなどお構いなしにマジックを立てるのに熱中していたのを華苗も覚えている。
「で、なんで入るのが気まずいの? 田所くん、そんなにたかく積み上げたの?」
「いや、七本で新記録だけど、べつにそれはどうでもいい」
「じゃ、どうして?」
問いかける華苗によっちゃんはびっと親指で教室を指した。
「げ」
その先にいる人物を見て、華苗は思わずうめき声をあげてしまう。
教室にいたのは大柄な男子生徒。学ランを着てこそいるが、教員といわれても違和感がない程度には大人びた顔立ちをしている。
やや色黒な肌で少し人相が悪く、無愛想な表情と相まって悪い意味で迫力があった。ただ腕を組んで座っているだけなのに、プレッシャーのようなものが教室全体に張り詰めているのが分かる。
そして何も映していないかのような虚ろな目でただ目の前をじっと見つめていた。この張り詰めた空気の中、教室にいろというのがムリな話だろう。
「なんか人待ちらしいんだけどね、だれもあの人知らないんだって」
それにしたってなんで田所は平気なんだろう、とよっちゃんはこぼす。その男子生徒の目の前わずか50cmのところで田所はマジックを積み上げている。
まだ席替えをしていないから田所は教壇の真ん前の席だ。教壇から先生用のいすに座って見ている男子生徒の視線などまるで気にしていない。
彼は八本目を積みたてようとして慎重に手を近づけていた。うっすらと笑っているように見えるが、気のせいだろうか。
「……なにやってんですか」
「ちょ、華苗!?」
そんな何もかもを無視して華苗はその大柄な男子高校生に話しかける。今ここにいる誰もがそいつを知らなくても、華苗は知っているのだから。
というか、この妙なプレッシャーのようなものには慣れっこだ。こないだの芽きりでかなりの耐性が付いている。
「…遅かったな。待ってたぞ」
──うぉ、ホントにしゃべった
──なっなっ、ホントだったろ?
──オレさっきまで実はマネキンだと思ってた
──八島さん、何者? あの人の知り合い?
──ダメ、華苗ちゃん! 近づいたらたべられちゃう!
華苗がずかずかと男子生徒──楠に近付くだけで後ろのギャラリーは反応する。なんだか見世物にされたような気分だった。
「みんな怖がって教室に入れていないじゃないですか。なにも教壇で待たなくても」
「…できるだけ気配を消したつもりだったんだがな」
──むしろ威圧感バリバリだったよ!!
男子生徒と一部のノリのよい女子生徒が同じタイミングで突っ込んだのが華苗にも聞こえた。どうやら腕を組んでじっとしているのは楠にとっては存在感を消していますアピールだったらしい。教壇でやったら意味がないと華苗も心の中で突っ込んでおいた。
「…おまえに渡すものがあってな」
「おぉ」
楠は足元に置かれた紙袋を華苗に手渡す。中に入っていたのはオーバーオールだった。華苗のサイズに合わせて作られた特注品だ。
丈夫で動きやすく、比較的通気性も良いから夏場でもそこまで蒸れることはない。おなかや腰にかけて大小のポケットがたくさんついているからちょっとした小道具もしまっておける。さらに付属品の小さなフックのようなものを腰に取り付ければより機能的に扱うことが出来るのだ。
ちなみに予備も含めた計三着。三着とも生徒会から出された部費で買っているので実質タダのようなものだった。
「…今日から部活にはそれを着て来い。昨日ようやく届いたんだ」
「なにもここで渡さなくても……」
「…せっかく届いたのだからな。はやく着たいだろうと思ってな」
相変わらず楠の思考はどこかずれている。ランドセルを買ってもらった子供じゃあるまいし、部活で使う作業着をそこまで楽しみにしているわけがないだろう……と、そう考えて華苗は思い出す。この人は自分を子供と同じように見ているのだと。
これが先輩だと思うと、華苗はなんだか恥ずかしくなってしまった。
「…じゃ、俺は行く。お前ももう少し早めに来るよう心掛けろ」
最後まで子供扱いだった。楠が出ていくのと同時に、田所のペンのタワーは崩れ去ってしまった。
「八島さん八島さん! あの人の知り合い?」
「オレ番長って初めて見たっ!」
「華苗ちゃんってすごい人だったんだね……」
「さっきの人また来てくんねぇかな。すげぇやりやすかった」
昼休み。華苗はみんなに囲まれていた。
異様なプレッシャーを出して教室に居座っていた謎の大男と対等に口をきき、部活の道具を届けさせるという偉業を成した華苗はある種のヒーローのような扱いを受けているのである。
普段はおとなしくてちんまい華苗が楠と喋っているのはクラスメイト達にはさぞ新鮮に映ったことだろう。客観的に見れば、番長と女子小学生が仲よくしているようなものなのだ。
「しかも、“あの”楠先輩だろ?」
「おれ先輩に聞いたけど、この学校の五本の指に入る実力者だってよ!」
「あ、見かけたら挨拶しとけっていわれてた!」
なぜだかよくわからないが楠は男子、特に運動部に異常に慕われていた。秋山もいっていたが、楠は運動部にいったい何をしたのだろうか。
「華苗ちゃんって園芸部だったんだ!」
「いっつも食べているイチゴって園芸部で作ったやつなの!?」
「ね、ね、園芸部って何人くらいいるの?」
女子は楠本人よりも園芸部に所属している華苗のほうに興味を示した。驚くべきことに園芸部に入ってみたかったと言っている子もいた。もともとガーデニングに興味があったそうだが、部活紹介で園芸部が出なかったことで名前だけの部になっているのだと思ったらしい。今はお菓子部に所属しているそうだ。
「あはは、華苗ってば大人気じゃ~ん!」
よっちゃんはよっちゃんで大笑いしている。彼女も教壇に座っている楠を見た瞬間にまわれ右して教室から出ていたそうだ。
なんでもこいつはまずい、と本能が告げたらしい。華苗から楠のことを聞いていたとはいえ、あそこまでの人物だとは思っていなかったらしい。
「ねぇよっちゃん、場所移さない?」
正直こんなに囲まれているとなんだか落ち着かない。華苗はお弁当はもっとゆっくりと食べる主義だ。
よっちゃんは早弁してもうほとんど平らげてしまっていたが、それでも華苗の話しに耳を傾ける。
「ん~? いいけど、どっかあてはあるの? この時間だともうめぼしいとこはどこも埋まってるんじゃない?」
「だいじょぶ。ついでにおいしいものもたかれるかも」
「と、いうわけできちゃいました!」
「…お友達も一緒か。…名前は?」
「あ、皆川 頼子です。……お邪魔、でした?」
「んなわけないない! むしろウェルカム! 今日もいっぱい採れたしな!」
場所は調理室。楠がエプロンとバンダナをつけ、今まさに調理をせんとするところだ。秋山も一緒にいる所を見ると、二人で昼食をとるつもりだったらしい。畑で収穫したのだろうか、たまねぎとトマト、そして卵を持っていた。
「あれ、たまねぎなんてありましたっけ?」
毎度のことながら植えた覚えのない野菜がある。畑のどこにあったのだろうかと華苗は記憶を探る。
「…なにを言っている。一昨日一緒に植えたじゃないか」
「ああ、アレ」
そういえば、なんだかひょろっとした苗をいくつか植えた気がする。ここのところ連日のように新しい物を植えていたからどうも印象に薄い。そうか、あれは玉ねぎだったのかと華苗の頭の電球に光が灯った。
「…水はちゃんとやったよな?」
「そのへんはぬかりなく」
拳一つ分くらいあけて窪みを作り、そこにひょろっとした苗を植えたのを華苗はしっかり覚えている。その上に黒ビニールをかぶせるのだが、楠は被せる前に水を忘れるなといっていた。
なので、ちゃんとぞうさんじょうろでちょっと多めに水をあげている。乾燥するとまずいので自己判断で多めにした。最近はちょっとずつ水の加減もわかってきたのだ。
ちなみに黒ビニールだが、これは黒マルチとよばれるもので、土中の温度を保ったり虫害や乾燥を防いだりする効果がある。
専用のものが園芸店などで売っているが、楠は黒いごみ袋に穴をあけることで代用していた。別にこれでも問題ないし、経費の節約にもなるからだ。
「すごい、華苗、園芸部してるじゃん」
「えっへん」
「ねぎぼうずもいっぱいあったし、まだまだ楽しめるな!」
「え?」
ねぎぼうずとは玉ねぎの花のことだ。玉ねぎは白い花を咲かせるのだが、これはたんぽぽの綿毛のように複数集まり球状になって咲く。遠目から見れば坊主頭のように見えるのだ。
「…あれは食べられませんよ」
「え、マジで?」
玉ねぎはねぎぼうず、つまり花が咲く前には収穫しないといけない。ねぎぼうずが出来てしまったら、種を取ることしかできなくなる。植えてあったねぎぼうずはもちろん採種用だ。それよりも……
「そんなにいっぱいありました? 二十や三十くらいじゃなく?」
「いや、その倍はあったんじゃね?」
「…シーズンだしな」
どうやらまたしても、いつのまにか増えてしまっていたらしい。玉ねぎの採種がどんなものかは知らないが、面倒なことになるのは間違いなさそうだ。
「気を取り直せよ、華苗ちゃん」
秋山もそれを察してくれたのだろう。気の毒そうな顔をして肩を叩いてくれた。
「今日はこいつをもってきたんだ」
すこしでも華苗を元気づけようとしたいるのか、大げさな動作で冷蔵庫を開ける。ごそごそとチルドルームから何かを取りだした。
「あ、ウィンナーだ!」
「おっ、よっちゃんはウィンナー、好きか?」
「はい!」
近くの肉屋で半額で売っていたものらしい。売れ残り品だというが、どうせすぐに食べるし火を通せば問題ない。なにより育ち盛りの学生はそんなこといちいち気にはしない。そこそこの量があった。
「楠よぅ、何作るよ?」
「…そうですね。目玉焼きとウィンナーとサラダ、では芸がないか」
「それ朝食じゃん。昼メシにでたら超ショック」
「こないだの卵とトマトの炒めものはどうですか?」
「…それだとウィンナーだけが単品でかわいそうだ。玉ねぎもあるし」
「あ、あのぉ……」
先輩がいるからだろうか、いつもよりもかなり控えめによっちゃんが意見する。
なんだかこんなよっちゃんは珍しいと華苗は思った。よっちゃんはよっちゃんでこれだけはきはきしている華苗を珍しいと思っている。
「オムレツなんてどうでしょう?」
「お?」
「…それだな」
オムレツならば玉ねぎもウィンナーもトマトも使う。ついでに作りやすいし時間もかからない。名案だった。
メニューが決まったのなら話は早い。早速四人で手分けして調理していく。
まず、ウィンナーは一口大にカット。玉ねぎはみじん切り。トマトも小さめに切って、卵は溶きほぐしておく。ホントはニンジンあたりもほしいところだが、ニンジンの旬は冬らしい。
「秋山先輩、包丁使うのすっごくうまいですね! あたし、まだそんなにうまく使えませんよ」
「だろ? やっぱずっと握っていると自然と上手くなっちゃうみたいなんだ」
ちなみに華苗とよっちゃんは包丁に触らせてもらえずに食器や野菜を洗っていた。刃物は危ないから触るな、とのことだった。
自分まで子供扱いされたことによっちゃんは口を膨らませたが、さすがに先輩に逆らえるはずもない。というか、楠も秋山も包丁さばきがとても男子高校生とは思えないくらいに様になっていて、熟練の主婦のようだったのだ。ヘタな手出しはいらなかったともいう。
すべての食材が切り終わると、楠はフライパンで卵以外のものを炒める。以前トマトと卵の炒めものを作った時は加熱されたトマトの独特の香りがしたが、今回はそれに玉ねぎとウィンナーの香ばしい香りが加わってより食欲を刺激してきた。ウィンナーの肉汁がぱちぱちとはぜる音がなんとも小気味よかった。
「…そろそろかな」
ある程度火が通ると溶いた卵を注入する。はぜる音がより一層激しくなり、より深みのある香りが調理室に充満した。
「なんか……すごいね」
「そうだよね」
今楠がふるっているフライパンは結構大きめのものだ。それに材料全部を入れて、ちょっと厚めにオムレツを作るつもりらしい。フライパンの重さだけでもなかなかのものなのに、眉ひとつ動かすことなく楠は調理している。
楠と秋山の二人でいっぱいになるまでもっていた野菜の重さを含めて、片手で扱っているのだ。
「ごーかい……」
「ま、楠にかかればこんなもんよ」
なぜか秋山がうれしそうに自慢した。後はオムレツが出来るのを待つだけである。秋山はもう動く気はなさそうだった。
数分もしないうちに黄金の料理が産声を上げ、そして二人の女の子の歓喜の声が調理室に響く。
「…できたぞ、皿をくれ」
「はいです!」
フライ返しを使ってざっくりと四等分し、ゆすりながら楠は皿にそれを盛り付ける。なんとも色鮮やかで食欲を刺激するいい香りのオムレツだった。
卵の黄色みとトマトの赤、ウィンナーの質感がなんとも言えない。食材の量がかなりあったことで、四等分してもなかなかのボリュームだ。
「あの、私部外者なのにこんなにもらっちゃっていいんですか?」
「いいのいいの。メシはみんなで食ったほうがうまい!」
「…この時期はちゃんと食わねばならん。遠慮せずに腹いっぱい食ってくれ」
ちゃんと食べなきゃいけない理由を聞いてみたい気もしたが、きっと楠のことだ、子供は食べろとかそんなことを言うのだろう。
ピ───ッ!
「お、ベストタイミング」
調理室に電子音が響く。音のしたほうを見れば、隅っこのほうにちょっと大きな電子ジャーが置かれていた。米が炊けたらしい。嬉しそうに秋山が二つの茶碗としゃもじを持ってかけていく。
どうやら茶碗は持参したものらしい。結構大きめの茶碗だった。
「あ、華苗ちゃん達もいる?」
「いや、流石に大丈夫です」
そういえば朝に米を仕掛けていくといっていたっけと華苗は思い出す。突拍子もないことだったのですっかり忘れていた。
「よっしゃ、準備おっけー!」
ホクホク顔で銀シャリを山盛りによそった秋山が席に着くとお待ちかねのランチタイムだ。
「…いただきます」
「いただきます!」
華苗はプルプルと震える卵とウィンナーを躊躇いなく一口で食べる。いつものことながらあやめさんとひぎりさんの卵は甘味が濃くておいしい。
今回はそれにウィンナーのじゅわっとした肉汁、犬歯を食いこませるとぷつっとはじける食感が加わってまたなんともいえない感じだ。
「おおぉ……!」
トマトの滑らかな舌触り、ウィンナーの歯触り、卵ののど越し、そしてアクセントとなっている玉ねぎのちょっとピリッとしたところが見事に合わさっている。見た目は豪快だが、絶妙なバランスだ。
「おいしいっ!」
「そうだろそうだろ、うまいだろ?」
よっちゃんもすっかり気に入ったようである。ウィンナー提供者の秋山も自慢げだ。作ったのは楠なのに。
「やっぱり採れたての新鮮なものを使っているからですか?」
「あ、これ採れたてじゃなかったぞ。小屋ん中に吊るされてたの持たされた」
「…採れたてでもいいが、ちょっと理由があってな」
収穫された玉ねぎを直後に食べることもできるが、一般的な場合、収穫したあとは畑に並べたり風通しのよくて日が当らないところに吊るすなどして、乾燥させる事が多い。こうすることで水分が抜け、腐りにくくなり長期保存ができるのだ。
「えっ! 新鮮じゃなくてもこんなにおいしんですか!?」
「…まごころを込めたからな」
またしてもまごころの登場である。銀シャリをかきこみながらたんたんと答える楠だが、やはりどこか嬉しそうだ。基本的に自分が作った作物を褒められると嬉しいらしい。
「おいしかったぁ!」
「卵のふるふるが最っ高だった!」
華苗もよっちゃんも、かなりの量があったはずなのにオムレツをぺろりと平らげてしまった。すっかり満腹でご満悦だ。
あれだけのおいしさなら当然であると華苗は思ったのだが、よっちゃんはすでに自分のお弁当を食べ終えていたはずである。よっちゃんの胃袋がすごいのか、それともオムレツがすごいのか、華苗に確かなことはわからないがおそらく両方だろう。
もちろん、楠も秋山も山盛りのご飯も含めて平らげていた。しかし、もともとあのオムレツは秋山と楠の二人で食べる予定だったはずだ。華苗は米を食べずにオムレツだけで満腹になったというのに、あの二人はどれだけ食べるつもりだったのだろうか。
「──あっ」
「…どうした?」
男子高校生の食欲とは無限に近いのかもしれない──としみじみと思っていた華苗ははたと気づく。
華苗は自分のお弁当を食べるのをすっかり忘れていた。
20150415 文法、形式を含めた改稿。