↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
PR
78/137

77 夏休み終了直前勉強会


 長い長い夏休みもようやく終わりが近づいた。今日を入れてあと二日で、九月の始まりだ。【九月】という単語の響きに絶望する学生は少なくないが、しかし園島西高校の生徒は一般的な学生と比べ、そのダメージは限りなく小さい。


 夏休み中だって、ほぼ毎日部活をするために学校に来ているのだ。部活が無くとも、暇なら何となく学校に来ているのだ。


 部活動が楽しくて楽しくてしょうがないのに、学校に来ない道理が無い。ましてや、かったるい授業だってないのだから。


 大半がこんな生活を送っているからこそ、学校が始まったところで『ああ、もうそんな季節か』──などと、ちょっぴりの寂しさと感慨深さを覚えるだけなのである。


 もちろん、例外というのはある。


 そう、夏休みの宿題の存在だ。


 大半の生徒は計画的にスケジュールを立て、余裕を持ってそれを終わらせることができる。高校生の宿題は自由研究や工作が無い分、もしかすると小学生のそれよりも楽かもしれない。唯々量があるだけであるならば、言い換えると時間の余裕さえあれば全く問題ないということでもある。


 しかし、部活や遊びに現を抜かしていた者にとっては、どれだけ知恵があろうと時間が無ければ処理することのできない宿題は、最後の最後で立ちはだかる大きな壁に等しいものであった。



▲▽▲▽▲▽▲▽



「それでは! 夏休み恒例の! 最後の宿題確認会を始めまーすっ!」


 歓声が上がり、そしてパラパラと紙の捲れる音が調理室に響く。華苗も筆箱からペンを取り出して、いくらか皺がついたプリントの上に文鎮代わりにころんと転がした。すでにプリントは黒く染め上げられており、少なくとも一番上のそれには空白は見当たらない。


 それは隣にいるよっちゃんも清水も同様で、目が合った三人は互いにくすりとほほ笑んだ。


「いやぁ、けっこう楽勝ってかんじ?」


「たしかに、中学校の時と比べると楽に感じたような?」


 華苗たちの周りには、いつぞやの勉強会でみたようなメンツが勢ぞろいしている。具体的には、調理部、お菓子部の人間に、その友人である女子生徒、そして関係者である楠やおじいちゃんといった面々だ。しれっと混じっている穂積はきっと教師役で、そして絶望的な顔をしている秋山は、まだ宿題が終わっていないのだろう。


「やべぇ……! カバンの底にあったプリント、完全に見逃していた……!」


「宿題の数くらい確認しとけ。例年に比べて少ないと思わなかったのか?」


「だってさぁ! 受験生は宿題少ないってよく言うじゃねえか! 先生たちも気を利かせてくれたと思ったんだよ……!」


「ウチはないぞ、そんなの」


 夏休み最後の勉強会。余裕のあるものにとってはただの確認、余裕のないものにとっては地獄の追い込み作業となるそれは、今日も和気藹々と進んでいく。調理部やお菓子部が用意した軽食を片手に、互いに宿題を突き合わせ、ちょっとしたおしゃべりに花を咲かせるのだ。


 ここはもう華苗たちも慣れたもので、ぺちゃくちゃおしゃべりを楽しみながらも手はきちんと動かし、チェック作業を粛々と行っていく。


「……あれ? 数学の二枚目のそこのところ、なんか答えが違くない?」


「ん~? ……史香、これね、確率の問題だから。計算そのものはそれであってるけど、聞かれているのは【少なくとも一つは赤が出る確率】ね。計算で出しているのは【一つも赤が出ない確立】だから、最後に全体からその数値を引いたものが答えだよ~」


「うげ……下手に自分で解くんじゃなかった……」


「いや、普通は自分で解くものだからね?」


 みんなで協力して解いたところはともかくとして、まじめ(?)に一人で解いたところはいくらか間違いがある。清水は主に数学でのミスが目立ち、そしてよっちゃんは英語でのミスが目立つ。華苗はどちらも満遍なくミスをしているというのだから、バランスの取れた三人組と言わざるを得ない。


 とりあえず、三人で答えが違うところをピックアップし、それぞれで頭を突き合わせて再度取り掛かる。三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったもので、これだけである程度のミスを矯正することができた。


「……この問題、計算し直す度に答えが変わるんだけど」


「う~……この英語、結局合ってるのかどうかわかんない……」


 しかし、それでもやはりどうしても解けない問題というのは出てきてしまう。三人が三人とも上手くできないのであれば、もう頼れる人間のヘルプを求めるしかない。


「誰か空いている先輩は……っと」


 くる、と華苗は当たりを見渡す。


 穂積は今、半ベソをかいている桜井にかかりきりになっている。おじいちゃんはおじいちゃんで別の女子生徒をまとめてみているから、こちらの助けには来れそうにない。


 ならば他の三年生は……と考えたところで、はて、ここにいる三年生で彼らほど頭の良い者はいるのかという疑問にぶち当たる。それなりに頭が良い人だったとして、二年も前に習ったことを人に教えられるレベルで覚えていることなんてまず無理だ。おじいちゃんや穂積が特殊なだけで、普通は自分の勉強で精いっぱいのはずである。


 ならば、と華苗は発想を転換する。


 二年前の内容は無理でも、一年前ならばどうだろう。勉学というものは積み重ねであるならば、内容もそこまで離れていないはず。


 どうせヒマしているんだろうし、なんて失礼なことを考えながら、華苗は尊敬すべき先輩である楠の姿を探す。


 幸いと言うべきか、あの無駄にがっしりした体格と無言にして放たれる威圧感を見逃すはずもなく、華苗はちょっと離れたところで勉強している楠と、そして頭を抱える佐藤を見つけることができた。


「あああ……ッ! くそ……ッ! くそぉ……ッ!」


「…そこ、間違ってる」


「なんでだよ……! なんでこの点Pは勝手に動くんだよ……!」


「…そういうもんだ。受け入れろ」


「なんだよ三角関数って……! 何者なのかさっぱりわからないんだよ……ッ!」


「…………口を動かす前に手を動かせ」


 ばちこーん、と目をそむけたくなるような音があたりに響く。佐藤が涙目でおでこを押さえていることから察するに、信じがたいことではあるがアレは楠が佐藤の額をデコピンした時に生じた音らしい。


「自業自得ってやつですよ。おにいちゃんってば、結局夏休み中ほとんど勉強してなかったんですから」


 ぴょこっと飛び出てきた赤毛の頭。いつのまにやら、シャリィが華苗たちの隣でにこにこと笑っている。学生でもないのにすっかりこの場に溶け込んでいて、もう華苗たちはその姿に違和感を覚えることも無くなっていた。


「はい、華苗おねーちゃん! じいじ特製の梅ジュースですよ! 今回は蜂蜜とレモンも使ったアレンジバージョンです! ……おにいちゃんも、こっち来てください!」


 やはり、みんなのところを回って給仕をしていたのだろう。ちゃっかり可愛らしいエプロンなんかつけて、シャリィはお盆の上に載っていたジュースを華苗たちの前に置いた。動きは様になっていて、どこぞの喫茶店の看板娘と言われても疑われないくらいである。


 文化祭の応援に来てくれたら、きっと評判になるだろうな──なんて考えながら、華苗はそれに口を付けた。


「……ん」


 甘酸っぱく、後味がちょっと切ない感じがする。鼻に抜けていく香りはすっきりとしているのに、懐かしい何かを思い出しそうになった。


「……おいしい!」


「んまーい!」


「前よりもよくなってるね!」


「えへへ、そうでしょうそうでしょう!」


 楠たちがのそのそとこっちにやってくる前に、三人ともが最初の一杯を飲み干してしまう。すかさずシャリィはお代わりを注ぎ、ヒマワリのような笑顔で華苗たちにそれを手渡した。


「…よく出来た妹だな、本当に。それに引き換えこいつと来たら。…見ろ、一年だってもうほとんど終わらせてるぞ」


「ううう……しょうがないだろぉ……。僕だっていろいろやることあったんだから……」


 楠たちは椅子ごと華苗たちの隣へとやってきた。さすがは二年生と言うべきか、ちらっと見えた宿題の内容は華苗たちのものより幾分か難しそうである。数学のプリントには読み方すらわからない記号がたくさん書かれているし、英語の長文は見ているだけで眩暈がしてくるほど長い。


「…言い訳にはならん。いや、ちょっとは気持ちもわかるが……」


「あたし、すでにおにいちゃんの宿題終わらせてますもん」


 ほら、とシャリィがどこからかプリントを取り出す。安物のわら半紙じゃなくて、ちゃんとしたコピー用紙のそれだ。そこにはすでに丸みを帯びた可愛らしい字でいろんな数式が書かれており、全ての空白が埋まっている。


「な、なにこれ……いつの間にやったの?」


「じいじに頼んで宿題のコピーを取ってもらっちゃいました! おにいちゃんが部活でいない時とかに、ちょこちょこ進めてたんですよ!」


「えっ……うそ……えっ……!? 楠! ちょっとお前のプリント見せてくれ!」


「…………合ってるな。いくつか違うところもあるが、たぶん俺の方が間違えてる」


「えっへん!」


 暇を弄び過ぎたシャリィは、おじいちゃんから高校数学を教わっているらしい。すでに教科書で自力で学べる段階にあるらしく、佐藤が苦戦する数学の問題を軽く解いてしまっていた。もともと佐藤は数学が苦手との話だったが、十歳の女の子が高校レベルの数学の知識を持っているということは、驚くべきことだろう。


「すっごいねぇ……シャリィちゃん、勉強嫌になんないの? あたし、自分でやろうとは思わないけど」


「楽しいですよ、お勉強って。出来ないことができるようになりますし、知らないことを知れるんですもの!」


「華苗ちゃん、私、シャリィちゃんがまぶしすぎて直視できない」


「わかる」


 いったいこの意識の差は何なのか、と華苗は考える。少なくとも華苗は、数学なんて出来ることなら一生関わりたくないと思う人種だ。今の時代は電卓という文明の利器がある。それなのにどうしてこんな七面倒くさいことをしなきゃいけないのだと、本気で思っている。


「もしかして、楠に聞くよりシャリィに聞いたほうがいい……のか?」


「…そりゃそうだろう。潔く妹に頭を下げろ。…それより、英語を教えてくれよ」


「どこがわからないんだい?」


「…ここから後ろ」


「あー……Therefore, there is an advantage that even if it is huge, we can eat until the end without getting bored. However, the fracture behavior of bucket jelly is not known yet」


 ものすごく流暢で綺麗な英語が佐藤の口から紡がれる。ハーフみたいな見た目をしていることもあって、華苗は一瞬佐藤が本当の外国人であるかのような錯覚を覚えた。


「…飽き終わるまで食べられない? 何を言いたいのかさっぱりわからん」


「違う違う。【飽きることなく食べきれる】だよ。【したがって、たとえどんなにそれが大きくても、私たちは飽きることなく食べきることができるというアドバンテージがある】ってのが直訳かな。でもって、【しかし、バケツゼリーの破壊挙動は未だに知られていない】って続いている」


「…英語だけは達者だよな」


「Why couldn't you see? Can you guess the meaning from the context? Why don't you have interested in besides gardening?」


「…煽られたってのはわかるからな?」


 長くて難しそうな英語なのに、佐藤は漫画でも読むかのようにそれをすらすら読んでいく。しかも、きちんと意味を理解し、かみ砕いて楠に教えているというからすごい。


 読んでいるそれは何かの研究論文に近い内容らしく、日本語訳を見ても華苗には何が何だかさっぱりわからなかった。


「佐藤先輩、こっちの英語を教えてもらってもいいですか?」


「任せて! ……って言いたいところだけど、僕は読み書きができるだけだからね。どうしてそうなのかだとか、文法の仕組みだとかはわからないよ?」


「……文法がわからないのに、どうして読み書きできるんですか?」


「……内緒で」


 ものすごく目を泳がせながら、佐藤はぎこちなく笑う。文法の基礎が出来ないというのに、一体どうしてああもスラスラと英語の読み書きができるのか、華苗は不思議でならない。


 もし佐藤が感性で物事を理解するタイプだったとしても、いくらばかりの疑問が残る。読解問題はおろか、アクセントも文法の問題も完璧なのだ。感性だけでここまで出来るとは到底思えない。まるでネイティブのような──いいや、頭の中に翻訳装置が入っているかのようである。


 ともあれ、そんな感じで勉強会は進んでいく。英語の難しそうなところはすべて佐藤にチェックしてもらい、数学の難しそうなところは全部シャリィと相談だ。楠も佐藤も数学は人並み程度の実力しか持ち合わせていなかったため、自然とそういう形になったのである。


 六つも下の女の子に教えを乞うているという異常事態に、華苗もよっちゃんも清水も気づいていない。シャリィがあまりにも賢いために、いつのまにやらそれが当たり前になってしまったのだ。


「やっ! そっちの調子はどんなだい?」


「なんだ、意外と進んでいるじゃないか」


 そんな中、華苗たちの元へと訪れてきたのは、被服部部長の椿原とパソコン部部長の穂積という、ちょっと珍しい組み合わせだった。


「…ぼちぼちって感じです。…しかし、どうしてまたこんなところに?」


 一同を代表して、楠が問いかける。生来勤勉な彼は、すでに宿題のあらかたを終わらせていたためだ。


「俺は純粋に、出来て無さそうなところの見回りに。一番大変な奴がひと段落着いたからな」


「アタシは華苗ちゃんに用事が」


「私に、ですか?」


 にっと笑みを浮かべる椿原を見て、華苗の危険感知センサーが警報を鳴らす。園芸部ではなく華苗個人に対する用事なんて、それこそ尋常なことじゃないだろう。


「そそ。ほら、この前約束したでしょ? 文化祭の時に、被服部(ウチ)の出し物のモデルやってほしいって」


「あ」


 華苗の脳裏に、いつぞやのラベンダーの香りがフラッシュバッグする。


 そう、華苗はかつて椿原と、文化祭でのファッションショー──被服部の出し物において、モデルを請け負うという約束をしたのだ。椿原がそのファッションショーにおいて出品するのは白いワンピースであり、それを着こなせるのは華苗のほかにいないと彼女自身が断言したためである。


 いつぞやのヒマワリの時に、華苗はその試作段階のそれを身に着けることになったわけだが、どうやら大枠が完成し、後は細かい調整の段階に入ったらしい。


「そんなわけで、文化祭の打ち合わせをしておこうかと」


「ちょっと華苗ちゃん!? そんな話聞いてないんだけど!?」


「華苗ってばやるね~!」


 親友二人に問い質され、華苗は瞬間的にかぁっと赤くなる。生まれついてのビビりである華苗は、自分がそんな綺麗な服を着て大勢の人の前に身を晒す……と、想像しただけでそうなってしまうのだ。


 ただまぁ、きゃあきゃあ楽しそうにしている二人を見て、同じ道に引きずり込んでやろうかと考える当り、入学当初に比べれば強かになっている。


「詳しい時間はまだ決まってないらしいんだけど、一日目の午後に体育館でやるからさ。昼過ぎくらいにウチの部室に来てもらって、そこで衣装合わせをしてから一緒に体育館に行こうかなって」


「……やっぱり本気、ですよね?」


「そりゃあね! ……ああ、あとさ、小道具としていつもの麦わら帽子と、背が高くて大ぶりなヒマワリを一輪欲しいんだ」


 後半の言葉は楠へと向けられたものである。我らが園芸部長は無表情なまま大きく頷き、それを見て椿原は悪戯が成功したかのように子供っぽく笑った。


「今度ちょっと採寸取らせてもらうくらいで、後は当日までなにもしなくていいんだ。当日だって、ステージの上をちょこっと歩いて、にこって笑ってくれればいい。ホントにそれだけ」


「それがすっごく恥かしいんですけどぉ……」


「……じゃあ、良いこと教えてあげる」


「いいこと、ですか?」


 椿原は、何か重大な世界の神秘を明かすかのように、真面目くさった表情で告げた。


「ひまわり、白ワンピース、麦わら帽子。この三つが嫌いな男なんていない! それも、華苗ちゃんはぼっちり全部似合うんだ!」


「……はい?」


「やだね、言わせる気かい? びしっと決めてばっちり落とせってことさ!」


 ここまで来たらもう、華苗にだって椿原が何を言おうとしているのかわかってくる。まぁ、つまりはそういうことだろう。


 椿原は以前のキャンプの時もこの手の話題に食いついていたし、そういったことを言い出すのに何ら不思議はない。


 華苗にとって予想外だったのは、意外なところから援護射撃があったことだ。


「ふむ。たしかにその三つの組み合わせは素晴らしい。なんだろうな、ノスタルジックとでも言うのか……一種独特の……上手く言葉に出来んが、あれはいいものだ」


「その上で、こう……夏のあの感じと……ああ、ダメだ。僕も言葉にできない。ただ一つ言えるのは、愛おしさとか可愛らしさを超えた何かがあるってことだよ」


「…………わかる。あと、いつもの麦わら帽子じゃ味気ないから、先輩にリボンでも巻いてもらえ。というか、そうしろ」


「それ、頂き!」


「ちょっとぉ!?」


 この場にいる男子の全員が──それも、この手の話には無頓着であろう穂積と楠までもが、夏の三連コンボの魅力について語り、そして謎の持論を展開している。白ワンピースは肩を出すべきだとか、麦わら帽子に花を飾るべきだとか、スカートは膝小僧くらいまでがちょうどいいだとか──普段の素っ気なさが想像できないくらいに、彼らは饒舌に語っていた。


 どうやら、麦わら帽子、白ワンピ―ス、ひまわりの組み合わせが嫌いな男がいないというのは本当らしい。


「男ってやつは……」


「んふふ。でも、お世辞抜きに華苗なら似合うって私も思うよ?」


「……うん、なんだろう、凄くしっくりくる気がする」


 親友二人に真面目な顔でそう言われてしまえば、華苗としても黙るほかない。たしかに大勢の人の前で姿を晒すのは恥ずかしいが、華苗だって綺麗な服を着るのが嫌いなわけじゃないのだ。それどころか、大好きである。


 お祭りだし、ちょっとくらい羽目を外してもいいよね──と、華苗は自分自身に言い聞かせることにした。決して、予想外の白ワンピの魔力に甘い期待を抱いたわけじゃあない。


「打ち合わせと言えば、そろそろウチのクラスも園芸部と話を合わせたいって言ってたな」


「ああ、アタシんとこもだ。種類と量と当日のルートについて詰めたいって」


「…了解です。出来れば品目と、前日までに段取りを」


「じゃあ、それについてはこちらで集計して纏めておこう。品目と責任者と作業班と……面倒だ、一連の計画表を作るから、顔合わせの時にそっちで細かい調整をしてくれ」


「…ありがとうございます」


 文化祭にて飲食の出店をする場合、その大半が園芸部の素材を使うことになる。だから、事前に園芸部へと赴き必要な材料を収穫して確保するわけだが、当然これには園芸部の承認が必要である。


 作物を勝手に持っていくのはもちろんダメだし、そもそも何がどれだけ必要かがわかっていなければ、いくら園芸部でも準備のしようがない。一つの作物に大勢が集中するような事態は避けねばならないし、もしそういったことが予見されるのであれば、あらかじめ畑を広げる必要も出てくる。


 加えて言えば、運搬に使う籠やリヤカーだって数に限りがある。だとしたら、そういったものは出来るだけ効率的に運用すべきであり、例えば同じ行先、同じ品種であるならばまとめて運んでしまったほうがお得……などなど、運搬ルートをある程度考慮しなくてはならない。


 実際のところ、去年の文化祭においては楠たちはそれで少し失敗してしまっている。一日目において予想以上に売り上げが良かったため、供給が需要に追い付かず、調理室や各屋台に満足する量の追加素材を届けることが叶わなかったのだ。最終的に手の空いている人間を総動員して収穫、運搬したとはいえ、その労力は計り知れないものとなったのである。


 ちなみに、その日の夕方の内には理想的な運搬ルート、および計画表を作成し、翌日の供給については滞りなく終わらせたのが穂積である。


「それって私のクラスもやっとかないとダメですかね?」


「…いや、お前はいいだろう。去年は畑の管理者が俺しかいなかったから酷い有様だったが、今年はその分のノウハウもある。それに、お前はもう一人で収穫も何もかもできるだろう?」


 もちろん、華苗ならば全く問題ない。他の人たちとは違って好きなように畑に入れるし、まごころを使えば好きなように作物を収穫することが出来る。文化祭の、特に飲食でのリーサルウェポンと言っても過言ではないはずだ。


「それ考えると、ウチのクラスって文化祭じゃ結構有利なんだね~」


「園芸部って二人しかいないもんね。……他クラスへの供給ストップさせれば勝ち確定じゃない?」


「史香ちゃん、それはさすがに……」


「じょ、冗談だからね!?」


 そうして、勉強の傍らで文化祭についての話が詰められていく。その大半は部長である楠に話が回って来るので、華苗はちょっと相槌を打ったり、概要を頭の隅に留める程度だ。もちろん、これは園芸部に限った話ではなく、例えばおじいちゃんなんかはその大きすぎる知恵袋を頼りにされて、あちこちからいろんな相談をされていた。


 やはりというか、相談内容として大きなウェイトを占めているのは食べ物関連だろうか。この勉強会の場所やメンツもあってか、華苗の耳に飛び込んでくるのは食材の供給や調理など、飲食関連での相談が多いように思える。


 これもちょっとしたスパイ行為になるんじゃないかな……なんて、華苗も最初はお耳をダンボにして伺っていたのだが、内容があまりに高度で複雑すぎたため、そのうち考えるのをやめた。


「なんかさ、普通に各部活に協力依頼してるよね。内部情報保護とかどうなってんだろ?」


「そこは互いに牽制しあっているのだろう。本当に重要なことは漏らさないはずだ。園芸部は例外的だが……基本的に、どのクラスにも一人はプロフェッショナルがいるからな。最終的にはそこで詰める以上、ここでの相談はあくまで解決のためのきっかけに過ぎない」


 清水が漏らした疑問に、穂積が律儀に答える。彼は答えながらも、華苗たち三人の宿題を驚異的なスピードで精査していた。


「……それに、持ちつ持たれつ、お互いさまという言葉もある。仮に気付いてしまっても、心に秘める者は決して少なくないだろう」


「そうなんですか? というか、そんなしっかりわかったりするんですか?」


「わかるとも。お互い、このガーデンパーティにはかなりの情熱を注いでいるのだから。自分たちが熱心に取り組んでいるからこそ、同じように取り組んでいる相手のこともわかるのさ」


 穂積が言うからには、きっとそういうことなのだろう。穂積は経験者で、華苗たちは今回が初めての文化祭なのだ。その流儀を完全にわきまえているとはいい難いし、何よりあの穂積が間違ったことを言うとも思えない。


「俺なんかは、どのクラスがどんな野菜をどれだけ使うのかがわかってしまうわけだからな。周りの様子と照らして考えれば、メニューにだってだいたいの想像はつく」


「……でも、材料だけじゃあ、調理部(ウチ)の人たちが考案するレシピの推定はできませんよ~?」


 よっちゃんが少しだけ挑発的に穂積に問いかける。穂積は特に気にした様子もなく、言葉を続けた。


「皆川。そして清水」


「はい?」


「なんでしょう?」


「──調理部とお菓子部の卒業レシピ集、データベースとしてまとめたのは俺だぞ」


「「──げっ」」


 二人の顔が一瞬にしてさあっと青くなる。


「過去の手書きのレシピを現行の電子データにしたのも俺だ。材料による検索、調理時間による検索、作り方による検索、予算による検索……使いやすくて便利だろ?」


「勘弁してくださぁい!」


「わかればいい。……尤も、邪魔も妨害もしないが、データとしては有効活用させてもらう。さっきはああ言ったが、祭りで負けるわけにはいかないからな」


 華苗には何が何だかわからないが、ともあれ穂積にはいろんなことが筒抜けであるらしい。よっちゃんや清水が狼狽えているところを見ると、こちらの手札もあらかたバレていると考えてもいいくらいだ。


「大人げないなんて、言ってくれるなよ? あくまでボランティアでやったんだから、これくらいの役得はあってもいいだろう。それに、所詮はただの知識だ。俺じゃあ完全に再現することも、そこに応用を加えるのも難しい」


「先輩、祭りに対してガチすぎません?」


「祭りだから、当然だ」


 園島西高校の生徒はみな例外なくお祭り好きなのである。それは、普段は冷静沈着な穂積であっても変わらない。自分の持つ実力をフルに活用して、全力でその祭りを楽しもうとする。それこそが、園島西高校の校風なのだ。



▲▽▲▽▲▽▲▽



「そういえば……」


 さて、華苗たちの宿題をチェックし終え、一息ついたところで穂積はそんな声をあげた。


「祭りで思い出したんだが、ひとつみんなに聞いておきたいことがあるんだ」


「…聞いておきたいこと、ですか?」


「ああ。……島祭の時の迷子、覚えているか?」


「ええ。レンくん、ですよね」


 もちろん、華苗はしっかり覚えている。あの未来の後輩候補である一葉の家族で、麻河さんの屋台で焼き鳥を一緒に食べた間柄だ。おまけにあの場にいた一葉の『家族』はレンを含めて全員が外国人だったのだから、忘れたくても忘れられないくらいに印象に残っている。


 そうでなくとも、あの迷子の探索はかなり特殊な──具体的には、大勢の人間が祭りの喧騒をかき消すほどの大声をあげて行ったのだ。あの祭に来ていて、迷子のことを知らない人間はいないだろう。


「俺の記憶違いじゃなければ、三条さん……一葉ちゃんはあの子の保護者の一人だったよな?」


「ええ。レンくんが迷子になる直前まで、私たちは一葉ちゃんたちと一緒にいましたから」


 華苗もよっちゃんも清水も、穂積にしては珍しい質問だな、と心の中だけで首をひねる。いつもはパソコンの如き記憶力と情報処理能力を発揮しているくせに、なぜか今回に限っては物事を確かめるように──自分の記憶が間違っていないことを確認するかのような口ぶりだ。


「楠」


「…なんでしょう?」


「迷子の保護者の一人……一葉ちゃんの兄と思われる人物を覚えているか? ほら、最後に爺さんがあの子を引き渡した相手だ」


「…ええ。なんかやたらと顔色の悪い人でしたね」


「あ、その人なら私も覚えてます。一葉ちゃん、兄ってはっきり言ってましたよ」


 その人ならば華苗も覚えがある。あまりにも顔色が悪かったので、ビビりな華苗が心配して保健室に行くかと声をかけたくらいだ。尤も、ほかならぬ一葉が『あれはいつものことだ』と言ったために、その場では特に何もなかったのだが。


「やはりか……八島、楠、佐藤。あの時さ、爺さんはそいつのことをなんて呼んでいた? お前たち、あの時近くにいただろう?」


「…………ミナミ、だったような」


「ええ、そんな風に呼んでいましたね」


「私も……家族の人が、ミナミって呼んでるのを聞きました」


「だよな。ミナミだよな(●●●●●●)。……実は、俺もその名前は聞いているんだ。あの人たちがレンを探しているところに出くわしてな、その時にそう呼ばれているのを聞いたんだ」


「……」


「俺が一葉ちゃんのことを三条さんって呼んだ時、返事をしたのは一葉ちゃんを含めた三人だった。件の顔色の悪い男と、大学生くらいの男だ。だから、この二人が一葉ちゃんの兄なのだろうと思う。実際、一葉ちゃんは彼らを兄と呼んでいた」


「そーいえば、一葉ちゃんって七つ上のお兄さんと、みっつう、え、の……」


 何かを言いそうになったよっちゃんが、ぴしりと固まった。


「最初にあの顔色の悪い兄に出会ったとき、どこかで見た顔だと思ったんだ。その時は、一葉ちゃんの面影があったからだと思ったんだが」


 一葉には兄が二人いると、華苗たちは聞いている。


 ただし、そのうちの一人は──


「後から気になって、ちょっと調べてみたんだ。この一、二年の間に、絶対どこかで見ていると思って。──意外とすぐに、見つかった」


「へえ。どこだったんですか?」


「──去年の夏の終わりごろ、隣町で起きた通り魔事件を覚えているか? 高校生が子供をかばって殺されたあの事件だ。勇敢にも子供を守り切り、そして亡くなってしまった被害者の男子高校生の名前が──三条 三波(ミナミ)


「──え」


「俺は新聞とテレビで、彼の顔を見ていたんだ」


 一葉の三つ上の兄は、去年の秋の初めに通り魔から子供をかばって亡くなったという話だった。それは、一葉自身の口から語られたものである。


 そして、一葉は現在中学三年生なのだから、件の兄は高校二年生の時に亡くなったということになる。つまりは、穂積とだいたい同年代──顔色の悪い兄の背格好と合致する。


「一葉ちゃんが三人兄妹なのは間違いない。一葉ちゃんの三つ上の兄が亡くなっているのも間違いない。三条三波という人物が亡くなっているのも間違いなくて、あの顔色の悪い人が一葉ちゃんの兄であることもおそらく間違いない。──その上で、彼はミナミと呼ばれていて、三条三波とそっくりだった」


「……」


「……俺の言ってるところに間違いはあるか? 八島たちも、楠も、あの場にいただろう? 見ていただろう? いや、俺が知らない場所でも、それ(●●)を裏付けることを見聞きしたんじゃないか?」


 華苗も楠もよっちゃんも清水も、見ていたし聞いていた。佐藤とシャリィも、それぞれ別の方面から彼らのことを見聞きしている。それらの情報を総合し、事実だけをまとめ上げたら、まさしく穂積の言った通りのこととなる。


 その上で、突飛すぎる想像を働かせるとしたら。


「…………あの顔色の悪い人は、まさか」


「さぁな。そんなこと(●●●●●)、あり得るはずがない。俺はただ、自分の記憶に間違いがないか確かめたかっただけだ」


 あっけらかんと、何事もなかったかのように穂積は続ける。しかし、華苗たちの背筋には、何やら冷たいものが流れていた。


「あえて言うなら」


 ごくりと、穂積以外の全員が息をのむ。


「あの顔色の悪い兄は、『一年ぶりにこっちに戻ってきた』と言っていた。盆の時期だし、島祭は【再会の祭】とも呼ばれ、奇妙な噂もある。……いろんな意味で、戻ってきただけなのだろう。見た目も、時期も、場所も……不思議なことは、何一つとしてないな」



▲▽▲▽▲▽▲▽



 余談ではあるが、『ミナミ』に関する目撃情報および証言は、祭りに参加した園島西高校の生徒のほとんどから得られることが出来た。やはりというか、迷子騒動のクライマックスに登場した彼を覚えている人は多かったのだ。


 これで、華苗たちの思い違い、気のせいという可能性は完全に絶たれることになる。


 そしてこの日から、新たなる園島西高校七不思議──【祭りを楽しむ幽霊】が生徒の間で語られるようになった。


 【子供好きな心優しいその幽霊は、祭りの中で迷子になった子供を見つけると、優しく親元へ連れていく】──そんな尾ひれがつくようになり、ついには祭りの守り神として祀られるようになるのは、数年後の話である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。