72 文化祭戦略企画クラス会議:前編
時は中間テストの直前──おおよそ六月の初めごろまで遡る。
「それじゃ──とりあえず、お前たちだけでやってみろ。もう高校生なんだ、いちいち私が出張るよりかは、そっちのほうがやりやすいだろう?」
じめじめした初夏の午後。金曜日の六限目。総合の授業が割り当てられたその時間に、華苗たちの担任──我らがゆきちゃんは面倒くさそうに言い放った。
彼女は最初に教壇でそう言った後は教室の隅っこへと引っ込み、ぼうっと頬杖を突きながら、華苗たちの様子を伺い見ている。
だらけている様に見えて、その実しっかりクラスの様子を観察しているのだろう。見る人が見れば、その瞳にはある種の鋭さが隠されているのが簡単にわかったはずだ。
ほう、と華苗はその様子を見て感嘆のため息をつく。大事な大事な決め事なのに、こうも簡単に自分たちに決定権を委ねてくれる姿に言葉に出来ない期待を感じ、そしてまた、自分たちだけで物事を決めるという初めての経験に、説明のできないワクワクを覚えた。
「柊! 仕切るのうまいんだから任せたぜ!」
「えええ……まぁ、いいけどさ」
「よっ! やっぱ面倒事はお前に任せるに限るな!」
「……怒るよ?」
担ぎ上げられた柊がちょっと照れくさそうにしながら黒板の前へと進み出る。
ちら、と自分に向けられた柊の視線に気づいたのか、田所は体幹を一切ぶれさせずにすっと立ち上がると、そのまま幽霊のように滑らかな動きで彼の隣へと立ち、ごく当たり前のようにチョークを装備した。
「さて、準備も整ったところで──文化祭の話をしようか」
柊の宣言に、教室の中がわっと湧き上がった。
──園島西高校文化祭、通称【ガーデンパーティ】。
イベントごとが好きな園島西高校においても、一番と言っても過言じゃないくらいの大きな行事だ。毎年どのクラスもその準備にはかなりの力を入れることが知られており、他の学校にはない少々特殊な校風──不思議な部活や生徒の考え方のことだ──も相まって、そのクオリティはそんじょそこらの文化祭とは比べ物にならないものとなっている。
当然、生徒の方もそれをしっかり認識しており、同時にまた、楽しみにもしている。自分たちがどれだけ楽しめて、お客さんにどれだけ楽しんでもらうのか──そんな風に考えて行動した結果、たまたまクオリティが高くなったといっても強ち間違いじゃないだろう。
さて、当然のことながら、文化祭の出し物は必ずしも自由に選べるというわけじゃない。いくら園島西高校でも設備には限りがあり、例えば軽食を扱う模擬店を志願するクラスが複数出てくると、どこかは諦めざるを得ないことがある。
そして出店許可を得られるか否かは──自分たちの望んだ出し物を出せるかどうかは、ひとえに企画書の出来の良し悪しに関わってくるというわけだ。
だからこそ、自分たちが何をやるのかを決めるというこの時間は、ある意味ではものすごく重要なことであった。
「えーと……一度運営委員に企画書を提出して審査する都合上、なるべく早めに出し物を決めたほうがいいみたいなんだよね。早く決めればその分内容を詰める時間も取れるから」
柊が、ゆきちゃんからもらった概要プリントを見ながら告げる。いくらかの諸注意も述べたほか、例え三年生であっても審査で優遇されることはない、どの学年も等しく平等に企画書は審査される……などなど、ちゃんと真面目に取り組みさえすれば出店権利を勝ち取れることを強調していた。
「そんなわけで、とりあえず何をやりたいか意見を聞いて、そこから絞っていこうと思うんだけど……」
「はい! なんか出店やりたい!」
「メイド喫茶! メイド喫茶やろう!」
「ちょっと男子ィ! それ下心満載じゃん!」
「あー……でも、お洒落なカフェみたいのはやってみたいかも?」
「ここは無難にやきそばとかお好み焼きとかガッツリ系がよくね?」
「お、お化け屋敷をやりたいな……なんて」
柊の言葉を待っていましたとばかりに、教室中から声が上がる。あれがやりたい、これがやりたい、あんなのもいい……などなど、大抵は自分が思いついたことをパッと言っているようだった。
内容としては、やはり飲食の出店関係が多いだろう。メイド喫茶や執事喫茶といったあくまで食事はオマケな案もいくつかは出ているが、準備としてはそこまで変わらない。
「実現できるかどうかは今は置いといて! とりあえず意見をたくさん出して、そこから考えればいいから!」
「一応補足すると、別に定番じゃなきゃいけないって必要もないからな。毎年いろんな工夫があるし、全く見慣れない新しいものでもいいんだ」
柊の取りまとめとゆきちゃんのフォローにより、どんどん意見交換は活発になっていく。
「プロジェクションマッピングやろうぜ!」
「ワークショップもやってみたいなぁ」
「ガチおにごっこ!」
「レンタルフレンズ! もしくはレンタル恋人! スタッフが友人とか恋人としていっしょに文化祭を回ってあげるサービスをやるの! 思い出を作りたい学生にも、学生に戻りたいお客さんにも……まさにドンピシャで需要はたくさんあるッ! これは売れるぞ!」
「……恋人なら奢ってもらえたり?」
「……手繋ぎとか名前呼びとかのオプション項目もあったり?」
「……マジで繁盛するんじゃね? すっげえ稼げるぞこれ!?」
「そうだろそうだろ!?」
「最後のやつは教育の場として相応しくないから却下なー」
「……そんなッ!?」
お化け屋敷や演劇などの定番もあったり、ハンドメイドのアクセサリーショップや映画撮影などのちょっとユニークなものもあったが、全体としては『何か食べ物を作って売りたい』と言う意見が大半を占めているようだった。
「ねえ、華苗ちゃんは何かやりたいのあるの?」
「うーん……私は特にこれって言うのはないかなぁ」
清水からの問いに、華苗はなんとなく答える。
強い希望がないのは紛れもない事実であり、しいて言うなら、恥ずかしい格好をするのは嫌なのと、お化け屋敷は怖いからやりたくない……くらいだろうか。
「よっちゃんは? やっぱり飲食?」
「んー? あたしもみんなで頑張れるならなんでもいいかなぁ。……あ、でも、可愛い衣装を着るのはちょっと楽しみだったり~?」
「へぇ……なんかちょっと意外かも?」
「おうおう、それってばどういう意味なのかな、史香?」
華苗たちがきゃあきゃあ話している間にも、猛烈な勢いで黒板に案が書かれていく。教室のあちこちから聞こえる全ての声を、田所は漏らすことなく拾い、聞き分け、記憶して処理しているようだった。
「……相変わらず、変なところですごいよね」
「おかげで、僕の仕事がだいぶ楽になるんだけどね……八島さんたちは何か意見ある? なんか話していたみたいだけれど」
手持無沙汰になったのだろうか、柊が華苗たちの方へとやってきた。意見は今も活発に出ているが、内容はどちらかというとその深堀りの方にシフトしつつある。ここまで来たら、あとは煮詰まったそれを適切にピックアップしていけばいいだけなのだろう。
「えと、特にはないかな。……そういう柊くんこそ、なにかやりたいことはないの?」
「僕の中学校、文化祭なかったんだよね。だから、何が選ばれてもすっごく楽しみな事には変わりないかな」
そんなこんなでおおよそ十分ほど。概ね全ての意見が出尽くしたらしく、教室の中の喧騒も少しばかり落ち着いてくる。そろそろ頃合いだと判断した柊は再び黒板の前に立つと、ぱん、と手を叩いて皆の注目を惹きつけた。
「はい! それじゃあ意見をどんどん詰めていこう! ……えーと、見た限りでは飲食が多いみたいだから、そっちの方向で話を進めようと思う」
飲食以外の項目に、田所が黄色のチョークで『保留』と書き込んでいく。一応は完全なる却下ではなく、飲食で話がまとまらなかったときの保険ということで残したのだろう。
だが、事実上、それは廃案になったのと等しいことでもある。『却下』にしなかったのは田所なりの配慮なのかもしれない。
「お好み焼き、やきそば、たこ焼き……カチワリ氷にあんみつ。屋台の定番がほとんどか。……ねぇ、この北京ダックは準備的にかなり難しいから、保留でいいかな?」
うぇーい、と声が上がる、その案を出したらしき男子生徒はがっくりと肩を落としていた。
「みんなはなにか意見はある? セールスポイントでも、デメリットでも、気づいたことならなんでもいい」
「文化祭ってことはさ、大量に準備できないとマズいんじゃない?」
誰かが声を上げた。なるほどたしかに、文化祭である以上、なるべく早くたくさんの量を確保できるような料理であることが望ましい。加えて言うなら、誰でも作業ができるような出来るだけ調理が簡単なものがいいだろう。
「そうなると……スペシャルケーキってのはちょっと難しいかな? あと、この巨大バケツプリンはどうなんだろう?」
ちら、と柊が清水を見る。お菓子部である清水はその意図を察し、教室に通るくらいの大きな声で告げた。
「火を通すのに時間がちょっとかかるかな。でもって、それ以上に冷やすのに時間がかかると思う。どれだけの大きさかわからないけど、粗熱を取るのに五、六時間。そこからきっちり冷やすのに一晩ってかんじ?」
小さいプリンでも冷やすのに三時間は欲しい、と清水は補足の説明を入れる。さすがに量産するのは無理だということになり、プリンの項目にも『保留』と書き込まれていった。
「なあ、清水。単純な疑問なんだけど」
と、ここで書記を務めていた田所が清水に問いかける。
「前日とかに大量に作り置きしておけばいいんじゃないか?」
「んー……。出来なくはないけど、冷蔵庫に限りがあるから。……ゆきちゃん、文化祭の規定としてはどうなの?」
「こら、先生をつけなさいって言ってるだろう。……まぁ、だいぶ黒よりのグレーだな。基本的に生ものを扱う場合、当日の調理に限るってことになっている。いくら火を通すとはいえ、卵だと食中りする可能性があるし」
となると、プリンの作り置き案はやめた方が無難だろう。頑張れば何とかなる可能性もないわけじゃないが、さすがに問題を起こす可能性のあるものをあえて進めるほど、みんなもプリンに執着があるわけじゃない。
「ちなみにだが、生肉の扱いは全部だめだな。使えるのはハムやウィンナーと言った加工済みの肉、あるいはコンビーフだけになる。衛生上の問題だからこればっかりは変えようがないぞ」
「じゃ、残念だけどサイコロステーキは廃案だね。量産できるし、お客さん受けもよさそうだけど、規定に引っかかっちゃうから……」
しょうがねえよ、と教室のどこかで声が上がる。ごめんね、と言いながら柊は黒板に書かれたそれをささっと消す。
「じゃーさじゃーさ! フライドポテトはどう!? あれなら大量に作れるし、規定には何も引っかからないんじゃない!?」
「なるほど……僕としては問題ないように思えるかな。皆川さん、専門家としてはどう?」
柊がよっちゃんに調理部としての意見を求める。こと飲食関係においてこれ以上に参考となる意見を聞ける人物はこのクラスにいない。いや、学校全体として見ても、そう多くはないだろう。
「たしかに、出来る出来ないかで言えば出来るね~。ただ、他のクラスも同じことは考えると思うし、やるなら何かこれ! ってかんじのアピールポイントがないときついかもしれない」
教室にわずかばかりの沈黙が落ちる。皆、いろいろと思うところはあるのだろう。そもそも芋を揚げるだけの料理に工夫をしろと言っても、シンプル過ぎるがゆえになかなか思いつかないものである。
「確かに、そのままじゃ上級生たちの企画案には勝てないか……」
「つってもどーするよ? こう言っちゃなんだけど、フライドポテトって目新しさもないし、メインを張れるって感じもしねーぞ」
「待って! こーゆー文化祭って大抵は業務用の冷凍ポテトを使うじゃん!? ウチなら新鮮でハイクオリティのジャガイモが使い放題……! これ、行けるんじゃない!?」
「ばっか、そんなのこの学校ならどこでも一緒だろ」
「あっ」
やはり、そんなすぐには改善案は出ないらしい。よっちゃんは一通りみんなが意見を口にするのを見届けると、プロとして別の観点からの問題を指摘した。
「ま、それ自体はおいおい考えていくとして……大量に効率よくやるって言うならフライヤーが必須だよ?」
曰く、普通の鍋で揚げ物をしようと考えると、どうしてもフライヤーを使った時と比べて手間暇がかかり、準備も後片付けもちょっと面倒になるのだとか。温度の調整も難しければ、油の取り換えだって大変だろう。
「ねえゆきちゃん。そーゆー設備についてはどうなの? どっかから借りられたりしないの?」
「だから、先生をつけろって……」
「いーじゃん! 愛称なんだから!」
ゆきちゃんははぁ、とため息をつく。が、もうあきらめたのか、手元の資料をパラパラとめくりながら答えた。
「基本的に、学校にない設備は自分たちでどうにかしろってことになっている。今言ったフライヤーだとかのことだな。この場合、そういう業者からレンタルするのが普通なんだろうが……その費用はもちろん自腹だ」
「うげ」
「ただ、学校としてもその手の業者には伝手がある。学生割引と……その、向こう側の善意のおかげで、普通に借りるよりかはだいぶ安く済むと思うが」
もちろん、ゆきちゃんの言う伝手や善意とは、この学校を卒業してそっち関係に進んだOBのことである。
彼らは彼らで後輩のために働けることを強く願っているし、それを口実に文化祭になんとか一枚噛もうとしているのだが、『あまりに甘やかすのはやめてくれ』という学校側からの教育上のお願いにより、泣く泣く激安大サービスと言う形で設備のレンタルを行っているのだ。
「そっか……すっかり忘れていたけど、お金のことも考えなきゃいけなかったね」
「やっぱ集金するの?」
「集金は確定だろうよ。問題はいくら集めるかだ」
「売り上げ良かったら返ってくるんでしょ?」
「ばっか、狸の皮算用はよくねえよ。堅実に手堅くいこうぜ」
当然のことながら、華苗たちはまだ現役バリバリの高校生だ。使えるお金なんてそう多くはない。文化祭で多くの売り上げを得ることができれば材料費くらいは返ってくるかもしれないが、そもそもの手持ちがあまりなかったりする。
そして何より、華苗たちだって返って来るかどうかもわからない大金を使いたくない。文化祭を楽しみたい気持ちはもちろんあるのだが、お金の力で何もかも解決するのはなんか違うと思っていた。
「設備費、材料費、それに飾り付けとか衣装のお金とかも必要になるのか……」
「ある程度は学校側で負担するぞ? 各クラスにほんのちょっとだが文化祭費が回されるんだ」
「先生、それってどれくらいですか?」
「カッターとかガムテープとか……塗料のスプレーといった備品を何とかギリギリそろえられるかどうかってくらいだな」
「本当に最低限なんですね……」
「しょ、食材はある程度は園芸部で賄えるよ? 野菜と果物限定、だけどね」
暗くなりつつあるクラスの雰囲気に耐え切れず、華苗はついついそんなことを口走ってしまった。普段のチキンでビビりな華苗からは絶対に想像できない行動だ。
「……でも、それだって数に限りがあるんでしょう? さすがに文化祭で使う分をすべて賄うのは……」
「あ、ウチそういうの関係ないから!」
「あー。かっちゃんは話にしか聞いていない感じだっけ? 合気道部は石臼の麦挽きはやってないの? あれ全部園芸部で収穫したやつだよ?」
「……えっ」
よっちゃんの言葉に柊は絶句する。数週間後にはすっかりその事態にも慣れてしまう事実を、今の彼には知る由もない。
「柊。部長たちがたまに話しているの、あれ全部ガチだぞ」
「……うそぉ」
思い当たることがあったのか、田所の補足もあって柊の顔が面白いように変わる。クラスメイト達もあのいくらでも作物が栽培できる園芸部のことを知らない人と知っている人がいるようで、知っている人はどこか自慢げに知らない人にそのあまりの異常さ──否、素晴らしさを語っていた。
「と、ともかく。畑で採れるものに関しては調達を気にしなくっていいってことかな?」
「うん。収穫は手伝ってもらうことになるけど、量だけは気にしなくていいよ。何か欲しいのがあるなら、私から先輩に掛け合って栽培するから」
「な、なんとも頼もしい限りだね……」
「園芸部が同じクラスにいるって、すっごいアドバンテージだよね」
「あー、たしかに。調理部やお菓子部も頼りになるけど、だいたいどこのクラスにも一人はいるもんね」
「でも、どーするよ? 規定に触れず、大量に用意できて、かつ設備的にも問題なく、それでいてスタイリッシュでエキセントリックなやつなんて……」
「果物か野菜はほぼ確定じゃん?」
「でっかい鍋で作れるのも望ましいじゃん?」
「ついでにユニークで目につくアピールポイントも欲しいじゃん?」
「タピオカやりたい。あれって果物かなにかでしょ?」
「……あれ、追加を作るのがすんごく面倒だよ。鍋の中どろっどろになるのはまだマシなほう。くっついて取れなくなることがしょっちゅう。焦げ付いたらもう、ちょっとやそっとじゃ落ちない。いずれにせよ、片付けは覚悟するべき」
「……何だよぉ、現実ってどうしてこうも残酷なんだよぉ」
「誰かなんかいいのないの? 何でもいいからさ」
「何でもって何だよ。何となく思いつくものでもないだろ?」
「何とかなんないの?」
「何ともならんね」
「……なんだ」
「──ん?」
ざわざわとした喧騒の中、田所がポツリとつぶやいた言葉が妙に大きく教室に響き渡った。
誰かが田所の言葉に注目すると、そのわずかばかりの緊張が伝播したのか、次第にざわつきも収まっていく。きっとこいつなら何か突拍子もないグレートなアイデアを出してくれるのではないか──そんな期待がみんなの視線に現れ、そして田所はそれを受けてなお表情を崩していない。
「……なんだよ」
「……何でしょうかね? 何だよって言われても、心当たりがないんだけど」
「だから、なんだ」
「……何なんだよ?」
「なんでもよくねって思った」
「……あ!」
ここで、よっちゃんが気づいたらしい。ガタリと立ち上がり、教室に響き渡るような声で言った。
「──ナンだ! あの、インドのパンみたいなやつ!」




