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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
PR
71/137

70 ちくちくな翡翠 ☆

 お久しぶりです。ここまで来るのに本当に時間をかけてしまいました。お待たせして申し訳ありませぬ。


 写真提供は【こくほう(コクホウ)】さんと【谷川山(枯葉山)】さんです。本当にありがとう!

 八月、という言葉の響きを全国の学生はどう捉えるだろうか。おそらくそれは、夏休み前か夏休み中かでがらりとその意味が変わって来るのではないだろうか。


 夏休みと言う甘美な果実を心待ちにしているときは、それはもう誘惑的な響きをもつ言葉になるのだろう。指を折りながらカレンダーを眺め、その日が来るのをいまかいまかと楽しみに待つのだ。直前に期末テストと言う地獄の番人こそいるけれど、そいつさえやりすごしてしまえばあとは天国。友人や恋人と一緒にいろんなところに出掛けたり、ステキな夏の思い出に夢を馳せたりするのだろう。


 だがしかし、いざ夏休みとなって──八月が到来したら、いったいどうなるだろうか。


 充実しているものも、そうでないものも、かすかな違和感を覚えるはずだ。あれ、なんかおかしいぞ、思っていたのと何か違うぞ──と。


 そう、八月とはすなわち、否が応でも終わりを予感させる言葉でもある。まだまだ存分に余裕があった七月とは違い、確実に迫りくる最後の審判の日を意識せざるを得なくなるのだ。


 七月は何も考えずにただ遊び惚けることができた。だってまだまだ、夏休みはあるのだから。


 だが、八月は違う。なんとなく宿題のことを意識し始め、でもまだまだ八月は始まったばかり、余裕はある──なんて思っている間にお盆休みが到来し、これを存分に楽しんでいたらもう、残りはおよそ二週間ほどしかないのである。八月の最初はまだ半分以上あったのに、お盆が過ぎたらもう残りわずかしかないのである。


 そうなるともう、絶望しかない。恐怖の大王が降りてくる八月三十一日を、あるものは怯えて、あるものは開き直って、そしてあるものは余裕綽々で迎えるしかないのだ。


 長くなったが要は『八月は油断しているとあっという間に終わるぞ!』ということだけ伝わってくれればいい。青春真っ盛りの学生諸君であるならば、宿題や部活はもちろん、その他様々なイベントややるべきことがあるだろう。多くのものは皆、ここにきて小学校低学年の時に渡された『夏休みの予定表』のありがたさを思い出すのである。


 さて、そんな八月についての認識は、この園島西高校においても変わらない。尤も、彼らの場合はたとえ夏休みであろうと自主的に学校に来て活動するため、他の学生のそれに比べればまだ軽い方だろう。せいぜいが『あ、そろそろ授業も始まるのか、もうそんな時期なのか』……と思う程度である。


 彼らにとっては、夏休みとは『部活がいっぱいできる』と言う認識のほうが強いのだ。


「……わかっては、いたんだけどね」


 オーバーオール、麦わら帽子。園島西高校園芸部のユニフォームとでも言うべきそれを小さな体にまとった女の子──八島 華苗は呟いた。この夏中ずっと炎天下で部活をしていたからか、夏休み前に比べていくらか日焼けしている。ちょっと長めの黒髪を後ろですっきりとまとめ、既に部活をする体勢はばっちりである。


 そんな華苗は今日もまた、活動場所である畑に立っている。つい先日ステキな夏の思い出とも言うべき夏祭りを体験し、その余韻もまだまだ残っているのだが、大事な部活をおろそかにしてはいけないと、こうして余韻に浸ることなくまじめにやってきたのだ。


 元より、八月ももう半分過ぎている。その上華苗にはやらねばならぬことがたくさんある。家でのんびりするという選択肢などあるはずがなかった。


「…どうした?」


 華苗の隣の色黒の大男がつぶやいた。


 長身。たくましい体格。ずっと部活で頑張っていたからか、全身には実用的な程よい筋肉がついており、全体的にがっしりしている。生まれつきかどうかはわからないが、死んだ魚のように光の無い瞳の上、目つきがものすごく悪い強面。まるで番長とかやくざみたいで、子供が見たら泣いて漏らすような雰囲気をもつ大男。


 その手にあるスコップは果たして園芸のためのものなのか、それとも──と思わずにはいられない。無口で無表情で不愛想だが、中身は見た目より意外とまともな、園島西高校園芸部部長の楠である。


「いえ、我が部は今日もいつも通りだなって思っただけですよ」


「……」


 華苗はそんな楠を見もせずに呟いた。


 青い空。白い雲。輝く太陽。


 畑に香る熱い土の匂い。少々埃っぽいことは否めないが、時折ふわっと漂う果物や花の匂いが華苗の心を落ち着ける。あやめさんとひぎりさんは今日も元気にそこら中を突いて回っておられた。


 そして、やっぱり華苗の目の前に、いつも通り(●●●●●)昨日まではなかったはずの、見慣れぬ植物の棚があった。


「なんですか、これ」


「…見てわからないか?」


 果物狩りをする農家のものにしては狭く、かといってたかが一学校の園芸部が扱うにしては広い、そんなスペースに藤棚やブドウの栽培などでよく見るような棚がある。


 高さは楠がちょっと窮屈そうにするくらいだろうか。すでに華苗の知らぬ植物がその棚の支柱に絡み、上から葉っぱだのツルだのを垂れ下げているため、おおよそ二メートルあろうかどうかと言ったところだろう。


 もちろん、ちびで未だに小学生に間違われることもある華苗にとっては十分に高い。こうしている今も、平均的な高校生以上に首を酷使している。


 その棚のスペースには数本の──おそらくは果樹だと思われる樹が植えられている。果樹にしてはいくらか細い印象を受け、少しぐねぐねしていてまるで老木の様な雰囲気があるが、華苗にはどうしてかそれが生命力に満ちているような気がした。


「果物です?」


「…まあ、な」


 その言葉を聞いて華苗は少しうれしくなる。作業が大変だったりもするけれど、なんだかんだで果物の栽培は楽しい。基本的に咲く花も可愛いし、なんだかすっごくオシャレで、今どきの高校生らしい園芸部のような感じがする。普通の園芸部らしい泥臭さも無ければ、普通の園芸部らしからぬ──例えば小麦や野菜とかだ──作物ってわけでもない。


 そして何より、果物はおいしい。仕事の後に食べる一口は何物にも代えがたいものがある。


「じゃあ、早くまごころでもなんでも込めてくださいよ」


「……」


 今更確認するまでもないだろうが、楠はなぜか作物を異常成長させることができる。本人曰く『まごころ』を込めたのだから当たり前だとのことだが、華苗も今やすっかりそれに慣れ、入部当初のように慌てふためくこともなくなった。逆に態のいいように扱いだす始末である。


「…たしかにまごころは大事だ。だが、園芸部たるものそれだけじゃダメだ」


「ホント、妙なところで真面目ですよね、先輩は!」


 楠は妙に律儀である。そのことをすっかり失念していた華苗は心の中だけで舌打ちし、ここから始まる楠の長いお話をしっかり聞き飛ばしてやろうと固く誓った。


「…まず、こいつはキウイだ」


「キウイ?」


 キウイ、と言えばあれである。果物のくせにその実は獣のように毛が生えていて、触っているとちくちくしてくるやつだ。赤とか黄色とか、そんな暖色系の果実が多い中でキウイだけは緑色で、そういった意味でもちょっと珍しい感じはする。その酸味もちょっと特徴的で、小さいころの華苗は一時期キウイを苦手としていたこともあった。


 さて、立派に青々と育っているキウイではあるが、その実は未だに着いていない。楠の言葉から察するに、これもやはり収穫までにいくらかの手間がかかるのは明白だった。


「…まずは土作り」


 キウイは比較的暖かい気候を好む。日がよく当たり、水はけのよい場所を見つけることができれば最高だ。四週間ほど前からそこを掘り返し、肥料だのなんだのを混ぜてやれば完璧である。尤も、まごころだけでたくましく育つここの園芸部にはあまり関係のないことではあるが。


 さて、土の準備ができたらいよいよ植え付け作業に入る。植え付け時期は冬本番になってきたころだろう。多くの場合は苗木だろうが、ともかくこれをそれぞれおおよそ三メートルほど離して植えなくてはならない。この辺はおそらくどんな果樹でも同じことが言えるはずだ。


「…ただ、キウイに関してはちょっと問題があってな」


「問題?」


「…必ず、二本以上植えねばならん」


「二本? あ、さくらんぼのときみたいに自家結実性がないとか?」


「…似たようなもんだな」


 実はキウイ、カボチャやきゅうりなどと同じように雄株と雌株の二つが存在する。それ故にどちらか一本だけでは結実しないため、複数本植えることが必須となっている。念を入れ、さらにはたくさん収穫したいのであれば、雄株一つに対して雌株を四つほど用意するといいだろう。


 中には同種のくせに雄花と雌花の開花時期が異なる品種もあるため、その辺については事前によく調べておくのが重要だと言えるかもしれない。


「へぇ。じゃ、あとは……この支柱に誘引するってかんじですか?」


「…一応はそうだが」


「いちおう?」


「…ただやるだけじゃダメだな」


 楠は口数が少ない。故に、華苗は根気よく話に付き合う必要がある。


 しかし、まだまだ卵の殻が付いていたくらいにひよっこであったあの頃の華苗ではない。いまや楠と同じとまではいかなくとも、ある程度まごころを扱うことができる。


 だから華苗は面倒くさい話をすっ飛ばして、そのキウイにまごころを込めようとし──楠に止められた。


「…やめとけ」


「どうしてです?」


「…下手したら、折れるぞ」


「何が?」


「…お前が」


「……はい?」


 華苗は耳を疑った。今この不愛想な大男は、いったい何を言ったのか。


「…キウイのツルの締め付ける力は非常に強い。近くに植えられた樹を絞め殺したり、生半可に作った棚が途中で歪んでぶっ壊れたり……」


「……」


「…下手に生長させたら、まず間違いなく一番近くのお前に絡みつく。…それでなおやってみたいというのなら俺は止めん。…なに、経験は大事だ。遠慮せずやってみろ」


「私、食べるの専門なんで先輩がお願いします」


 華苗はささっと楠の後ろに逃げ込んだ。誰がキウイに絞め殺されるなんて経験をありがたく思うのか。この唐変木は時折トチ狂ったことを言うから華苗は気を抜けない。


 さて、楠の言った通り、成長期のキウイのツルの締付力は非常に強いことが知られている。近くに植えられた果樹を絞め殺してしまうのはもちろん、なかには家屋に巻き付いて柱をゆがませてしまった……なんて話もある。嘘か本当か、鉄骨の支柱をへし折ったこともあるらしい。


 いずれにせよ、なよなよした棚ではとてもその力を受けきることができないのだけは確かだ。出来るだけ丈夫なものを用意するのが無難だろう。もちろん、大事なものの近くには迂闊に植えないほうがいい。


「…ちなみにこの棚はじいさんと共に枇杷木で作った」


「ああ、それなら安心……なの?」


 枇杷の木は丈夫だという話だが、所詮は木である。いくらまごころで強化されていたとしても、肝心の相手だってまごころあふれる逸品だ。果たして本当に太刀打ちできるのか、華苗は疑問を隠せない。


 そんな華苗を無視し、楠はキウイに近づく。慣れた手つきでその木肌を撫でると、華苗には確かに、言葉で形容しがたい爽やかな空気の様な物──おそらくこれがまごころだろう──がこの空間全体に満ちていくのがわかった。


「あ──」


 白い花だ。キウイの白い花がその棚を綺麗に彩り、それを見上げる華苗の前に白い華やかな、それでいてどこか上品な天井として広がっている。


 普通の一般的な花に比べてめしべやおしべの部分が大きいのが特徴だろうか。黄色っぽいそれが中心から元気よく飛び出ているさまは、なんとなく花火に思えないことも無い。もちろん、白い花びらのほうも迫力の様なものがあり、どことなくどっしりしているようにも感じられる。


「きれい、ですね」


「…ああ」


 ふわりと香る果樹園の匂い。微かな、されど確かに存在するその香りが華苗の鼻を衝く。どんな果物でもこの匂いがするのが華苗には不思議でならない。もちろん、それぞれ微妙に異なるのだが、果樹だったらいつだってこの匂いがするのだ。


「…花が咲いたら、後はわかるな?」


「げ」


 しかしなれど、うっとりしている時間はない。嫌な予感はしていたのだが、やっぱりキウイにもそれはあるらしかった。


「…受粉作業だ」


「はぁい……」


 華苗は渋々頷く。果物の栽培は好きだが、どうしてもこの受粉作業だけは好きになれない。こんなにもたくさん咲いている花の一つ一つに処理を施さなくてはならないなんて、とても正気の沙汰とは思えないといつも思っている。


 しかしながら、やらねばならぬのならきちんとやらなくっちゃあならない。それは華苗が高校生活で学んだ大事なことの一つだ。弱音を吐く時間があるのなら、きりきりと手を動かした方がはるかに建設的なのである。


「……」


「…どうした?」


 が、しかし。


 華苗にはどうしても、キウイの受粉が出来ない理由があった。


「背、届かないんですけど」


「……」


 そうなのだ。どうがんばったって華苗の身長じゃ棚の部分まで手が届かない。ジャンプしてギリギリ指先が垂れている花に触れられるかどうかといったところだろう。とても花粉をめしべに擦りつける余裕なんてない。


「なんです? 新手の嫌味ですか?」


「…そんなつもりはない」


「なんでもっと低めに作ってくれなかったんですか? 別に、必ずしも高さが必要ってわけでもないでしょう? ほら、キウイ狩りとか子供でも出来るように作ってあるはずですよね?」


「…低いと俺がまともに作業できん」


「高いと私がまともに作業できませんね」


「……」


 華苗は拗ねた。言われるまでもないが、華苗はその小さな体がコンプレックスなのである。こうも露骨にそれを突きつけられて、拗ねるなと言うほうが難しいだろう。


「…肩車してやろうか?」


「あ゛?」


 ぱん! と華苗は楠の背中を叩いた。


 言うに事欠いて、この不愛想な大男は肩車などと宣ったのだ。


 もちろん、それは純粋な善意によるものだろう。もし本当に肩車なんてしたら、高さ的に考えて楠は中腰にならざるを得ない。その苦労をしてまでも華苗に作業の喜びを分かち与えようとしたわけだし、これが華苗ではなく青梅や双葉だったらよろこんで楠に甘えるはずだ。シャリィだってにこにこ笑って楠の肩に飛び乗るだろう。


 だが、華苗は花も恥じらう女子高生だ。そんな子供をあやすような扱いなんて、とても許せるはずがない。


「…何をする」


「ふん!」


 華苗の渾身の一撃は、当然ながら楠には効いていない。スキンシップにすらなっていない。頑丈な体を持つ楠からしてみれば、文字通り蚊に止まられた程度のものなのだろう。


「いつものリヤカー持って来てください。私がその上に乗って、先輩がそれを引けば完璧じゃないですか」


「…やれやれ」


 なんだかんだ言いながらも素直に従ってくれるのが、楠のやさしさなのだろう。彼は言葉だけで呆れながら、後で収穫したものを運ぶために近くまで持って来ていたリヤカーを引いてきた。


 さて、準備が整ったところで早速受粉作業である。もはや毎度のことであるので、華苗は心を無にしてひたすら雄花の花粉を雌花のめしべにこしょこしょする事に集中した。適当なところで自動的に移動するので、ある意味じゃいつもより楽だったかもしれない。


「そういえば先輩、これって摘蕾とか剪定とかしないんですか?」


「…するぞ、もちろん」


 本来であれば、キウイは苗木を植えてから三年ほど経たないと立派な実は着かないとされている。当然生育段階では剪定をして樹勢を整えることが推奨されており、これをしないとツルが伸び放題になっていろんなところに絡まってしまうし、他の果樹の例に漏れず、風通しが悪くなって十分に生長しなかったり病気の原因になってしまうこともある。


 ちなみに剪定は主に冬に行う。これはキウイが休眠期に入っているためで、もし暖かくキウイが活動的になっている時期に剪定を行ってしまうと、切り口から樹液が溢れ出てしまうのだ。致命的なミス……とまでは言わないが、必要以上に樹勢は弱くなり、また病気を誘発する原因にもなりかねないため、基本的には避けた方がいい。


「…ただ、面倒だから今回は飛ばす」


「いいんかいそれで……」


「…成長させることの何が悪い? それに、俺たちにはまごころがついている」


 なお、摘蕾もキウイならば積極的に行ったほうがいいとされている。というのも、キウイは花と同じくらい大きな実をつけるため、摘果では余分なエネルギーを消費してしまうのだ。果たして本当に差が顕著に出る程かどうかは定かではないが、先人の知恵は素直に受け入れるものだろう。


 さらにいえば、受粉だって手当たり次第にやればいいってものじゃない。あまり実を付けさせ過ぎると一つあたりが小さくなってしまうため、本命をいくつか作ったのならそれ以外はあえてそのままにする戦法だってある。


 もちろん、まごころあふれるこの園芸部ではそんな常識は通じない。まごころさえあれば全部大きく立派に美味しく育ってくれるのだから、実がたくさんできるのならそれでいいのである。


 そんなこんなをしている間にはすっかり受粉も終わる。華苗は一仕事終えた満足感を胸にすっきりしたいい笑顔で額の汗をぬぐった。ここは棚になっている故に日陰となっていてけっこう涼しいし、そもそも華苗を乗せたリヤカーをひいている楠のほうがはるかに運動しているのだが、華苗はそれを考えないことにした。


「で、どれくらいで実が着くんですか?」


「…普通ならば、花が咲いて一、二か月ってところか」


「じゃ、もうすぐですね」


 そう言った瞬間、変化は唐突に表れた。


 先ほどまで白かったはなびらがみるみる散ってゆき、茶色いちくちくした坊主頭がひょっこりと飛び出てくる。意外なことに光を反射して少しだけ照っており、それがまたなんとも生命力にあふれる印象を華苗に与えた。


「わ、あ……!」


「…うむ、まごころを十分に込めた甲斐があった」


 だが、驚くべきところはそこではないだろう。なんと、見渡す限りにキウイの茶色があるのである。花の数が多かったのは確かなのだが、それにしたって葉っぱの緑よりも果実の茶色のほうが目につくというのは異常だろう。


挿絵(By みてみん)

【写真提供:こくほう(コクホウ)さん】


「先輩先輩、なんか多すぎませんか?」


「…元々キウイは実を多く着ける果物だ。それ故に、こぢんまりと楽しむ場合は雄雌一株ずつで十分だったりする。…それでさえ、実をつけすぎて大変なことになるときもあるが」


「……へ、へぇ」


「…ウチの場合、つけ過ぎて困るということはない。ご近所さんにおすそ分け──美味しく食べてくれる奴がたくさんいる。むしろ、足りないことを心配するべきじゃないか?」


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


 鈴なり、という言葉がしっくりくる光景が目の前に広がっている。華苗の拳よりも大きいキウイがごちゃっと固まってそこかしこに生っていた。どれもこれもが丸々と太った大物(?)であり、あまりに実が詰まっているためか、ぷらんと垂れさがってさえいる。棚の梁がこころなしたわんでいる様に見えたのは、果たしてツルの締付によるものなのか、それとも実の重さに耐えられなかったのか、華苗にはとてもわからなかった。


「…収穫だ。十分に茶色になっているものから採ってゆけ」


「りょーかいです!」


 ここまで来たら後は収穫するだけである。


 華苗はいつもの万能鋏を装備し、キウイの茎の根元の部分をちょきんと切った。軍手越しにずしりとした感覚を覚え、思った以上に重いそれに思わず手の中の宝物を二度見する。


「おお……!」


 立派なキウイだ。張り艶もよく、どことなくみずみずしい。軍手を外してそれを持ってみれば、ピンと立った茶色い毛が華苗の手をちくちくと刺激してくる。基本的には固いのだが、程よい弾力とほんのちょびっとの柔らかさもあるものだから、華苗は手の中のそれがとても愛おしくなり、思わずにぎゅっと握りしめたい衝動にかられた。


「先輩、食べてもいいですか!?」


「…ノルマを達成してからな」


 そんな言葉を聞いてしまったら、作業の手も早くなるというものである。


 目の前に広がるキウイはどれも立派に育っており、未熟なものなど一つもない。ぱちんぱちん、と鋏を走らせれば、太陽の恵みがぎゅっとつまったそれが華苗の手の中で産声を上げる。それがなんだかおかしくって、華苗は鼻歌を歌いながらひたすら収穫し、足元の籠へと納めていった。


「~♪」


「…気楽なものだな」


 もちろん、楠だって負けてはいない。その大きな手からは想像できない素早さと器用さでどんどんキウイを収穫していく。あまりにも精密で容赦のない動き。もし華苗の収穫を赤ん坊を愛おしく抱き上げる母の腕と表現するならば、楠はただただ正確に命を刈り取る死神のそれに等しかった。


 しかもその上、楠はタイミングを見計らって華苗とキウイが積まれたリヤカーを引いているのである。単純な仕事量は決して華苗とは比べ物にならないだろう。


「ふん、ふふん♪」


「……」


 されど、華苗はそんなことを気にした様子もなく収穫作業に没頭する。籠の中がどんどんキウイで埋まっていくのが楽しくてならないのだ。どれだけ採ってもまだまだそこら中にあるし、例えるならボーナスステージの様なものだろう。もしかしたら100kgくらい採っているんじゃないか──そう思わずにはいられないほどだ。


 そして。


「…まぁ、こんなものだろ」


「ひゃっほう!」


 楠がリヤカーを引くことに限界を感じ始めたころ──当然キウイをこれでもかと摘んでいる──になって、ようやく華苗のお楽しみタイムが訪れた。


「…本来ならば二週間ほど追熟しないといけないんだが」


「追熟前のも知っておくべきですって! それに、うちのはまごころあふれているからこの状態でもおいしんでしょう?」


「…まあ、な」


 楠は収穫したキウイの一つを手に取り、持っていた果物ナイフで器用にその皮を剥いていく。ケーキやパフェのデコレーションにある様な感じではなく、りんごのようにくるくると表面に沿った剥き方だ。目にも鮮やかな黄緑色が顔を出せば、あとはそのまま丸かじりするだけという寸法である。


「…ほれ」


「わぁい!」


 自分の拳ほどもある大きなキウイ。華苗はそれを両手で可愛らしく持った。指先に感じるちくちくが大いなる何かを予感させ、鼻を衝くキウイの甘酸っぱい香りがステキな何かを期待させる。


 そのままあーん、と口を開け、華苗はその緑色の宝石にかじりついた。


「ふおお……!」


 甘い。甘酸っぱい。


 爽やかな甘酸っぱさとはこういうことを言うのだろう。思わずぎゅっと目を瞑り、にっこりと笑ってしまいそうになるくらいそいつは甘酸っぱい。十分にみずみずしく、一口齧っただけで果汁が口いっぱいに溢れ出た。


「あっまぁ~い……!」


「…うむ、よく出来ている」


 この甘みと酸味のバランスが、華苗は好きだ。ただただ甘いだけじゃなく、果物を果物足たしめている酸味がこれにはある。キウイ特有の、ちょっと舌先がピリピリするような酸味は甘みを十分に引き立て、強烈な印象を与えて夏の空気に消えていく。


 意外とひんやりとしているところもいい。キウイの種の粒粒も気にならない……というか、キウイの食感に良いアクセントを与えてくれている。鼻に抜けるキウイの香は芳しく、ついつい次を求めずにはいられない。


 手をべしょべしょにしながらも早速一つをぺろりと平らげてしまった華苗は、タオルで軽く口を拭ってから二つ目に取り掛かろうとする。楠は未だにむしゃむしゃと食べていたので、今度は自分でナイフを使って皮をむいた。


「…お前、意外とうまいのな」


「もう、何度目だと思ってるんですか、いい加減子供扱いはやめてくださいよ」


「…身長足りない奴が言ってもな」


「あ゛?」


「…ついでに、鼻の頭に種がついてる。どう食えばそうなるのか」


「──っ!?」


 華苗が慌てて鼻をこすったのは言うまでもない。羞恥に真っ赤になった華苗は、反撃とばかりに言葉を紡ぐ。


「せ、先輩だって口元べったべたじゃないですか!」


「…いいんだ、俺は。男だし」


「男女平等!」


「…子供ほどよく吠えるとは、よく言ったものだな」


 ぎゃあぎゃあ喚く華苗を無視し、楠も二個目のキウイに取り掛かる。リヤカーの縁に腰を下ろし、麦わら帽子を脱いで。まぶしそうに目を細めて木漏れ日を見上げ、タオルで汗をぬぐいながらキウイを頬張る姿は、とても高校生には見えない。どこからどう見ても農業に精を出すおっさんだろう。


 それに比べれば、ちょっと子供っぽい自分のほうがはるかにオトナだと、華苗は憤りを胸に感じながらもそう思った。


「むぅ……っ!」


 むくれながらも華苗の口は止まらない。ぱくぱく、ぺろりと二つ目のキウイも平らげる。三つ目のそれに取り掛かるころには、先程までのむくれ顔はどこへやら、ゆるゆると顔を崩してすっかり笑顔になっていた。


「はぁ……!」


「…ご機嫌だな」


「そりゃもう! だって食べ放題ですもん! 普通の果物もそうですけど、トロピカルフルーツの食べ放題ってすっごく贅沢な感じがするじゃないですか!」


「…別にキウイは南国の果物ってわけじゃないぞ?」


「えっ」


 南国でトロピカルなイメージがあるキウイだが、実は南国の果物と言うわけではない。中国原産であり、意外と寒さに強かったりもする。まごころ満ち溢れるとはいえ、この園島西高校で普通に育てられているのがその証拠だろう。


「…マンゴー等と違い、冬場でも特別気温に気を遣うことはない。乾燥にだって強い。霜さえ降りなければ──氷点下になるまでは耐えられる。植え付けだって本来は冬にやることだ」


 もちろん、それには限度がある。若い苗木は寒冷地だと寒さでやられてしまうことがあるし、例え天気予報で氷点下でなかったとしても、地表付近で氷点下になっていれば実がダメになってしまうこともある。


 とはいえ、霜が降りたらダメになってしまうのは多くのの果物に言えることである。それを鑑みると、キウイは比較的育てやすい果物と言えるだろう。


「…さらに夏っぽい印象があるが、キウイの本来の収穫時期は秋以降が多い。もちろん、品種によって差はあるが……だいたいが霜が降りる前くらいまで、と言われているな」


「えっ」


 これには華苗もびっくりである。今まで楠は頑なにまごころとシーズンだけは守っていたのに、どうしてキウイに限ってこんなことをしでかしたのか。よもや華苗のあずかり知らぬ重大な出来事でもあったのだろうか。


「…夢一が欲しいとか抜かしてな」


「ああ、道理で」


 親友からの頼みだから楠も断れなかったのだろう。どのみちキウイはいろんなことに使える。ちょっとまごころで収穫時期が早めたところで、困ることなど何もない。むしろ、夏っぽい料理やお菓子に使えなくなることの方が問題だ。


「…なのにあの野郎、忙しいとか言って手伝いに来ねえ」


「そりゃあ、楠先輩と違って佐藤先輩は忙しいでしょうよ。部活も掛け持ちしてますし、シャリィちゃんだっているし」


「…俺だって忙しいぞ?」


「まさかあ。普段何やってるんです?」


「……」


 楠は黙り込んでしまった。学校のことを除けば、基本的に彼は畑のことしか考えていないのである。ついでに早寝早起きだから平日も休日も普通の高校生の様な無駄な時間を使わないし、そもそも親友のような意味での用事や予定なんてあるはずがない。もっと言えば園芸以外の趣味もない。


「…棚を作るのを手伝ってくれたのはじいさんだし、追熟を請け負ってくれるのもじいさんだ。あいつはじいさんが代わりに手伝うから……とは言ってたが、なぁ?」


「あ、露骨に話題を変えた」


「…追熟は大事だぞ?」


 キウイは本来、収穫したばかりのものはそんなに甘くない。二週間ほど追熟をすることで本来の甘さを持つのである。


 やり方としては難しいものではない。孔をあけたビニール袋等にたくさんのキウイと一つのりんごを入れ、直射日光が当たらないところで二週間ほどほったらかしておくだけである。少し柔らかくなり、指で押すとちょっとへこむくらいが食べごろの合図だ。


「…これをするとキウイは甘く、うまくなる」


「へぇ。でも、どうしてなんですか? りんごを入れるってのもよくわかりません」


「…りんごからエチレンガスが出てな。これがいろいろ諸々化学反応を起こして追熟するわけだ。…エチレンは化学で習っただろ? いや、まだ習ってないか」


「先輩、そのいろいろ諸々ってなんですか?」


「…話したところで今のお前に理解できるとは思えん」


 もちろん、今の楠にだってわかっていない。彼は原因と結果は知っていても、学術的な意味でのその過程なんてわからないのだ。いくら園芸が趣味で生きがいの高校生とはいえ、所詮は普通の高校生。さすがにそこまでは専門外なのである。


 当然、華苗にだってそれくらいはわかっている。だから、オトナの余裕としてそれを聞き流し、露骨な話題逸らしにも黙って付き合ってあげた。


「…追熟したものとしてないものでは、明確に差があると言っていい」


「……そ、そんなに?」


「…ああ」


 華苗は思わずごくりと喉を鳴らした。追熟する前の状態でさえこんなにも甘くておいしいのに、追熟したらいったいどれだけのものになるのか、正直見当がつかない。早いところどこかでりんごを用意して、今すぐおじいちゃんの所へ持っていきたかった。


「…キウイは栄養価も高い。ビタミンCはレモンの八倍もあると言われている。夏の果実の様な彩の華やかさもある。おそらくだが、そんなところがトロピカルフルーツと思われる原因なのだろう」


 楠の言葉なんて、華苗は聞いちゃいなかった。魅惑の緑の宝石を口いっぱいに頬張りながら、さらなる高みを夢見ていただけである。


「…充分に食ったら、収穫したのを古家にもっていくぞ。…あと、運動部にも持っていこう」


「運動部のは追熟させなくていいんですか?」


「…構わん。今のままでも十分にうまい。さすがに保健室や調理室に持っていくことは憚られるがな」


 どっこいせ、と楠は立ち上がる。充分に休息し、充分に栄養補給できたのか、この夏の暑い中でもその体は気力に満ちていた。


「じゃ、出発進行!」


「……」


 いつも通り、華苗をリヤカーに乗せたまま楠はそれをえっちらおっちらとひいていく。大量に収穫したキウイ──絶対に千個じゃ利かないだろう──はかなりの重さがあるはずだが、彼はさして気にした様子もない。そのたくましい腕の筋肉をフルに使って、夏の小路を歩いていく。


「~♪」


 対する華苗は荷台の上でキウイの籠を抑えるだけ。のんびりと座り、ギラギラと輝く太陽を全身に浴びてリラックスしてさえいる。少々暑すぎるのは否めないが、華苗はこんな牧歌的な空気が大好きだった。


「夏も半分終わっちゃいましたねぇ……」


「…もう半分も残ってないな。…これから忙しくなるぞ」


「不吉なこと言わないでくださいよ。そんなこと、わかってますってば」


「…だといいがな」


 がたごと、がたごととリヤカーは進んでいく。楠が流した汗が、ぽたぽたと後に続いていた。

 母の会社のおじさんの畑で採れたキウイがおいしかった記憶がおぼろげにある。なんとなくトロピカルなイメージがありますけど、意外と秋~冬にかけての果物です。色といいちくちくな皮といい、キウイってどこか他の果物と違う雰囲気がありますよね。


 よく考えたらキウイをスプーン使わずに最後まで食べるのって難しくない? 相当上手にナイフで皮をむかないと……。


 なお、このキウイの画像を貰ったのは二年以上前だという……。遅筆をどうにかしたいものですわ。

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