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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
65/129

64 お祭り開始

 この学校の『敷地内からだと外の様子がまるでわからず、どこかの森の中の寂れた廃村の中にいるかのような』田舎具合を知りたい方は20140516の活動報告『よーやくおわったー。』を覗いてみて下さい。

 マジで森の中っぽくてビビる。うん。


「それじゃあかなちゃん、楽しんでくるんだよ! あとあと、遅くなるときはちゃんと連絡入れてね!」


「もう、わかってるってば!」


「……あ、あと、ちゅーとかするときはロマンティックな場所を選ぶんだからねっ!」


「もおっ!」


 ばたん、と華苗は車のドアを閉めた。運転席から懸命に手を振ってくる母に乱暴に手を振り返し、慌てて浴衣のすそを押さえる。こんなことで着崩れしてしまったら、数時間もかけた努力が無駄になってしまう。それは避けたい。


 華苗はくるりと振り返り、見慣れたはずの校舎をその瞳の中に収めた。すでに祭りは始まっているようで、宵闇の中にいくつもの提灯が浮かび上がっている。いつもはついているはずの街灯の明かりは一切見受けられず、どこか怪しげな雰囲気というか、不気味な感じもしなくはない。


 だが、自分と同じく浴衣姿の子供たちやその闇のさらに向こうから聞こえてくる歓声、そしてうまく形容しがたいお祭りの匂いを感じてしまえば、その暗い明るささえもわくわくしたものとなってくる。


 暗い中に模様の入った提灯がいくつも浮かぶさまも、とっても幻想的だ。カメラを構えれば、どんな素人でもコンクールで入賞できるくらいいい写真が撮れるだろうことは想像に難くない。


 カナカナカナ、というヒグラシの鳴き声もなかなかに情緒のあるものだった。


「華苗! こっちこっち!」


「うっわぁ、気合入りまくってるねぇ……!」


「そっちこそ!」


 校門に入ってすぐのところにいた親友たちと落ち合う。よっちゃんも清水もばっちり浴衣姿であり、これから起こる非日常を予感せずにはいられない。二人とも化粧こそしていないものの、ヘアセットもばっちりだった。


「よっちゃんも史香ちゃんも、けっこう盛ったね」


「あ、わかる? タオル巻くのって結構苦しいんだよね~」


「「あ?」」


 そっちじゃない。華苗はそういう意味で言ったんじゃあない。それは清水も思ったようで、この瞬間に二人の間で同盟が組まれた。


「どーせ私は貧相なチビですよっと」


「髪くらいしか盛るところないお子様ですよっと」


「もう、冗談だってば!」


 とはいえ、お世辞抜きに三人ともきれいな浴衣姿だ。これぞジャパニーズ浴衣スタイルだと、外国人が見れば絶賛したことだろう。変に気取った浴衣モドキなんかじゃなく、まさしく夏夜の憧れの浴衣姿なのだ。


「男子はまだ来てないの?」


「うん。私たちもさっき来たところだし」


 祭り囃子がどこからか聞こえてくる。太鼓の音がどーん、どーんと不規則に体に響いた。


 園島西高校は豊かな自然に囲まれた学校だ。そのせいで学校の敷地内からは外の様子がまるで分らず、どこかの森の中の寂れた廃村の中にいるかのような錯覚に陥ることが珍しくない。


 それは今日というお祭りの日であっても変わることはなく、むしろ、提灯のぼやっとした明かりしかないせいで、どこかの田舎の祭事としての厳かなお祭りの中にいるかのような空気を作っていた。


「……」


 華苗がこんなにもばっちり浴衣姿をキめてきたのには意味がある。そうでなかったら、オシャレにはとんと無頓着な華苗がわざわざ家に帰り、そして時間をかけておめかしする理由がない。


 心地よい夏の暑さとともにおしゃべりしていると、ようやく待ち望んだ声が華苗の耳に飛び込んできた。


「やあ、おまたせ」


「ちーっす」


「みんなきれいなの着てるじゃん!」


 いた。華苗が今一番会いたい人がいた。薄暗い今でもわかるくらいににこやかに笑っていて、どことなく爽やかである。


「よっちゃん、すげえなあ! マジ着物美人じゃね!?」


「えっへん! 先輩、こんな着物美人とお祭り巡りできるなんて幸せですね!」


「やっべえ、幸せすぎて他の奴らから嫉妬の闇討ちされそうで怖い!」


 うぇーい、とよっちゃんと秋山がハイタッチを交わす。秋山は浴衣ではないものの甚平姿であり、お祭りの空気とよくマッチしていた。よっちゃんは背が高いから、三年の先輩と並んでもなんというか、絵になっている。ここだけ切り取ってみればお似合いのペアと言わざるを得ないだろう。


「どうよ、ミキ?」


「なんつーか、化けたなぁ」


「……浴衣姿の女の子見て、言うことがそれ?」


「ああうん、きれいな浴衣なんじゃね?」


「浴衣じゃなくて、私を褒めろよ! こんなに気合入れておめかししたんだからっ!」


「なんという理不尽。……まぁ、史香も可愛いんじゃねえの?」


 田所は相変わらずだ。お祭りなのに普通にポロシャツ姿だし、こないだ貰ったとされるウェストポーチを付けている。しかもそのうえ、浴衣姿の清水を見て本人ではなく、浴衣を褒めたのだ。


 どこまでもマイペースで、逆に妙な安心感がある。このやりとりも、なんだかんだいって清水は結構楽しそうだった。


 そして──


「どう、かな?」


「うん、すっごく八島さんに似合っていて……とってもきれいだと思う」


 まさに百点満点の回答だ。華苗は見せつけるように柊の前でくるりと回り、

こっそり後ろでふにゃりと顔を崩す。これだけでも、お祭りに来たかいがあったというものだろう。


「──へへっ♪」


 好きな人に褒められてもらうことの、なんと幸せな事か。宵闇の中、顔が赤いことを彼に知られないことは、うれしくもあり残念でもある。


「華苗ちゃん、チョロい?」


「かっちゃんがタラシなんじゃない?」


「そこ。誤解を生む表現はやめるように。僕は至って品行方正な青少年です」


 お祭り気分というか、まさにお祭りなのだ。これくらい、高校生なら普通だろうと華苗は強引に思う。お祭りにこれ以上にないくらい、最高の出だしだった。


「んじゃ、ぼちぼち屋台巡りとしゃれ込もうぜ!」


「お──っ!」


 さて、夢心地な気分はそこまでとし、一同は屋台をめぐることにした。今夜はお祭りなのだ。浴衣姿の女の子を愛でるのも悪くはないが、それだけで終わってしまうのはあまりにも勿体ない。


「ここのお祭りって何があるのかなぁ?」


「んっとね、とりあえず想像できる類なら全部あるみたい」


 華苗はさりげなく柊の横に移動しつつ、パンフレットを持ったよっちゃんに問いかける。昼間に屋台の準備をしたとはいえ、その全貌までつかんだわけではない。故に華苗は、このお祭りに関してほとんど無知だと思ってもらっていい。


「とりあえず屋台は食べ物系から娯楽系まで一通りそろっているし……」


 ちらりとすれ違う子供たちを見る。彼らの頭よりも大きな綿あめを食べているものや、金魚を片手にぶら下げているものがきゃっきゃと騒ぎながら歩いている。提灯のかすかな明かりが彼らの顔を微妙に照らし、面白い陰影をつけていた。


「大舞台のほうでは飛び入り参加おっけーのイベントが開かれるって。このあとすぐにカラオケ大会、その次に腕相撲大会、最後に隠し芸大会」


「柊くん、腕相撲大会行ってみたら? 熊と闘えるんだし、きっと優勝できるよ! 私、応援するから!」


「……うちの部長と中林先輩、あと榊田先輩も出るって息巻いてたんだよね」


「そういや、去年もベスト4にあいつら入ってたっけなぁ」


「……」


 なんとなく話を振ったはいいが、さすがにそれじゃ勝ち目はない。筋肉の塊が二人に、合気道部の部長がいるのだ。葦沢はともかく、中林と榊田は柊と秋山がまとめてかかってようやく相手になるかどうかといったところだろう。


「ミキは? アンタなら隠し芸大会優勝できるでしょ?」


「部長が気合入れてたから今回はパスするわ。おれも出たら、さすがに外部の参加者が可哀想になる」


「……」


 園島西高校の超技術部が本気を出してしまったら、ただの隠し芸大会がモノホンのパフォーマンスショーになってしまう。一応は外部とも協力して行うものであり、超技術部のための舞台ではないので、出来る限り自重しろというのが暗黙の了解らしかった。


「そういう八島さんこそ、カラオケ大会に出てみたら?」


「うーん……私、カラオケってあんまりやったことないし……。人前に出るのも、ちょっと恥ずかしいから……」


 これは本当だ。さらに言えば、あんまりどころか片手で足りるくらいの回数しか行ったことがない。華苗のカラオケ経験といえば、中学校の卒業式の後のクラス会で半ば強制で参加したものと、おかあさんとおとうさんと一緒に三人で歌ったものだけしかなかったりする。


 ぺたぺた、ぺたぺたと慣れない草履で華苗は歩を進める。


 中庭から校庭にかけられて作られた屋台群は、昼間とはまた変わった様子を見せていた。そこだけ明かりが集中しており、まるで光の都が浮かび上がっているかのようである。熱く、活気に満ちていてここに至るまでの道が廃道だったと思えるくらいだ。お好み焼きや焼きそばの屋台から立ち上がる白い煙が光をあちこちに反射させ、華やかでありながらも幻想的な空間を演出していた。


 自分が見知ったはずの場所がこうも違って見えることに、なんとも言えず感慨深いものが華苗の胸に湧き上がってくる。


 屋台の数は、ざっと見ても七十はくだらない。無駄に広い園島西高校だからこそできる芸当だろう。


 お客さんの比率としては、やっぱり小学生や中学生が多いようだ。Tシャツ短パンの見るからに腕白そうな少年がグループで射的をしていたり、女の子同士が固まってわたあめを食べたりもしている。


 ちょっとませた中学生なんかは浴衣姿でデートを楽しんでいたり、きょろきょろと人目を気にしながら手をつないで歩いていたりと、どうしてなかなか、お祭りを楽しんでいる。


 高校生ほどともなると、隠すことなく堂々と一緒に歩いていたり、お子様やローティーンでは想像できない圧倒的な財力を用いて射的の無駄玉を乱射していたりした。


「けっこう混んでるね~」


 もちろん、大人だってたくさんいる。というか、思っていた以上に多い。祭事としての厳かなお祭りと娯楽としてのお祭りのいいところどりをした雰囲気は大人の琴線に触れる何かがあるようで、中年の夫婦が仲良く歩いている姿も見受けられる。近所のおじいちゃんやおばあちゃんも懐かしがってお面を被っているし、純粋に家族連れだって多い。


 さらに、高校生かのように青春の面影を強く顔に焼き付けて話す大人のグループがいくつも見受けられるのが、とても印象的だ。やはり祭りの魔力は人を狂わせてしまうものなのだろう。


「盆の時期だし、このへんは他にお祭りないんだよな。ここら一帯のちびっこどもは大抵参加するみたいだぜ?」


 だからこそ、おじいちゃんは紙芝居屋の時にお祭りの告知をしたのだ。今なら華苗にもわかるが、子供の口コミというのはなかなか侮れない。あのときだけで幅広い年代の、さまざまなタイプの子がいたのだから。


「……ん?」


「どうしたの?」


「んーん。なんでもない」


 ……チラッとゆきちゃんと組合のセインが一緒に歩いている姿が見えたが、優しい華苗は見なかったことにしてあげた。


「なぁ、行くところ決まってないなら、俺決めていい? 一か所だけ絶対行かなきゃいけないところがあるんだ」


「おっけーですよ」


 人の間を巧みに縫い、華苗たちは先導する秋山の後をついていく。たどり着いたそこは、ペット入場可能エリアにある焼き鳥の屋台だった。


「じっちゃん、ばっちゃん!」


「あれまぁ、コウちゃん! 来てくれたのかい!」


「あたぼうよ!」


「ちょっとお父さん、コウちゃん来てくれたよ!」


「おお! コウちゃん! よく来てくれたなぁ!」


 そこでせっせとトリを焼いていたのは老夫婦だった。見た目からして七十前後だろうか、髪は真っ白だし顔も皺が結構目立っている。


 でも、年寄り臭さなんて全然感じられないし、むしろすっごくエネルギッシュだ。見た目を考えずに判断すれば、園島西高校のおじいちゃんのほうがよっぽどおじいちゃんらしく、年寄りくさい。


「まあ、こんなにいっぱいお客さん連れてきてくれて……!」


「売上貢献しなきゃいけないしな!」


「おう、べっぴんさんが三人もいるじゃあねーか! なんだ、みんなコウちゃんの彼女か? ええ、やるなあ、おい!」


「何言ってんだよじっちゃん! 彼女はこっちの背が高い子だけだって!」


「やだぁ、先輩ったらぁ!」


 あっはっは、と大きな笑い声が肉の脂の爆ぜる音に混じる。この近所の老人特有の高いテンションに、華苗や柊、清水や田所はついていけてない。捩じり鉢巻のおじいちゃんも、三角巾のおばあちゃんも、いい人ではあるのだが、いい意味でも悪い意味でも元気が良すぎるのだ。


「紹介するぜ。こちら、オレん家の近所の麻河さん夫婦。オレのひいきの肉屋って言ったほうがわかりやすいか?」


「ああ、あの……」


 秋山は朝食や昼食を楠にたかる代わりに、ちょくちょく近所の付き合いのある老夫婦の肉屋から格安で肉を買い、食材として提供している。春に華苗が食べたオムレツに入っていたウィンナーもそうだし、必然的にフルベジタブルな昼餉を取らざるを得ない楠のたまの贅沢や癒しになっている肉もそうだ。この老夫婦こそが、その件のお肉屋さんなのだ。


「へえ……! あたし、調理部の皆川 頼子って言います。秋山先輩にはいっつもお世話になってますし、お肉も安く仕入れてもらってとっても助かってます!」


「あら、いいのよ! コウちゃんのことは昔っから知っているし、あのお肉、ちゃんと食べてくれてるんなら文句はないわ! 学生さんの力になれるのもうれしいことだし、どうせコウちゃんのことだもん、自分で作らないであなたに作ってもらってるんでしょ?」


「あはは、半分だけ、ですけどね! いつもは園芸部の先輩と一緒に食べてますよ」


「そうそう、園芸部のことだけど、こっちの華苗ちゃんが園芸部なんだ」


「おぉ! 嬢ちゃんがそうなのか! いつもありがとなぁ! こないだのスイカ、すっごくうまかったぞ!」


「メロンもさくらんぼもおいしかったし、じゃがいもやカボチャも助かっちゃったわ!」


「え、あ、ど、どうも」


 突然の身に覚えのない感謝に華苗は思わず怯む。この老夫婦にあったのは今日が初めてのはずで、おすそ分けをした覚えもない。それに、こんなに元気の良いご老人を、忘れられるはずもない。


「いつも手伝いに行ったときにわけてもらうやつ、こっちにもおすそ分けしているんだ。華苗ちゃんは知らなかったっけ?」


 なんでも、いくらご近所付き合いがあるとはいえ、あまりにも格安で肉を売ってくれる夫妻に恩義を感じた楠と秋山が、採れた収穫物をちょくちょくおすそ分けしているとのことだった。


 昨今は野菜も高く、肉屋故に肉だけは有り余っている彼らにとって、園芸部の質も量も市販とは比べ物にならない野菜や果物は、まさにありがたいものだったのである。これぞウィンウィンの関係というやつだろう。


「それじゃあ、おっちゃんも今日はサービスしねえとなあ! 特別にオマケしてやるからいっぱい買っていってくれ!」


「やったぁ!」


 華苗たちのまさに目の前で肉が焼かれていく。本格的な炭火焼なのだろう、よい煙の香りとともにじっくりじっくり熱が通っていくのが見て取れた。


「うちのオススメはタレだよ。秘伝のものを使ってるんだから!」


 まずは軽く両面をあぶり、そしてとぷんとタレに漬ける。濃い赤茶色のそれは色覚情報だけで華苗たちの胃袋を刺激し、魅惑の衣装となってレディチキンにまとわりついていく。


「おおお……」


「なんか、本格的だね」


 じゅうじゅう、じいじいと肉が焼けていく。夏の空気とともにむわっと脂のいい香りが華苗たちの頬を撫でた。


 鳥がちりちりと魅惑の汗をかき、じんわりと焦げ目がついていく様が愛おしい。うちわでパタパタと扇がれたその空気だけで、ご飯のお代りができそうだった。


「はいよ、おまちどうさん!」


 渡された棒に、みんなして一斉にかじりつく。


「すっごくおいしい……!」


「やっぱじっちゃんの焼き鳥は最高だな!」


「よせよせ、おだてたって……もっとオマケしちゃいたくなるじゃねえか!」


 肉汁がすごい。


 噛みついた瞬間、じゅわっとあふれ出てくる。肉特有のワイルドなうまさが、口いっぱいに広がった。


 煙交じりの香ばしい香りがすっと鼻に抜け、気分をうっとりさせる。惣菜の焼き鳥では絶対に感じることのできない、至福の何かがそこにあった。これこそが、お祭りの香りなのだろうと華苗は確信する。


 くにゅくにゅとしたその食感と、火がよく通ってちょっと固めになった場所の対比がたまらない。口を汚さないようにしつつ、華苗ははむっと肉をくわえ、すっと串から引き抜いた。


「うっめえ。しょっぱなからいいモン喰えた」


「同感。今まで食べた焼き鳥で一番おいしいかもしれない」


 何より素晴らしいのは、そのタレだろう。もちろん焼き加減も絶妙で、柔らかく、でも肉らしさもあり、肉を肉として最高に楽しめる理想的な状態であることは疑いようがない。


 でも、ここのタレはそれをも凌駕する。否、そうでもないと釣りわないほどの素晴らしい出来なのだ。


 この甘辛いとでも形容すべき、肉汁と混じるそれをなんと表現すべきだろう? 自然とつばが湧いてきて、もう一口、あと一口と食欲のループが止まらない。アツアツの肉を噛みしめた瞬間に襲い掛かる、香ばしい一撃に頭がクラクラする。


 できることなら、もっとゆっくり、ご飯も一緒につけて食べてしまいたい。でも、それだとこのお祭りの味は楽しめない。現実とはなんとも残酷な選択を迫るものである。


 あやめさんとひぎりさんには悪いが、やっぱり鳥はおいしい。


「おいしかったぁ……!」


 浴衣を汚さないように注意しつつ、華苗はあっという間にそれを食べ終えた。二本もあったはずの焼き鳥が、今や全部お腹の中だ。それでいてなおまだ食べたいと思えてくるから恐ろしい。冗談抜きに、何本でも食べられそうな気がした。


 同じくあっという間に三本を平らげた秋山が、ポツリともらす。


「でもばっちゃんよぉ、いくらなんでもこの値段は安すぎじゃね?」


 そうなのだ。この焼き鳥はコストパフォーマンスも恐ろしくいいのだ。華苗たちはオマケして半額で購入することができたが、そうでなくとも普通の屋台の焼き鳥の半額以下のお値段である。


「そりゃあ、今日のお祭りは儲け度外視の楽しむためのだからね!」


「どっちかつーと名前を覚えてもらうことがメインだな。ほれ、ちゃんと広告がうってあるだろ?」


 屋台には大きく『肉のアサカワ』と書かれている。たしかに、これだけおいしい焼き鳥なのだから記憶に残るに違いない。


 ただ、そう言った直後におばあちゃんのほうの顔が少しだけ曇った。


「……あとね、ここだけの話なんだけど、こうでもしないと売れないのよねぇ。ほら、屋台の出店って生徒と外部って大きく分かれているじゃない?」


 それは華苗も知っている。昼間の準備の時だって、知らない人がいっぱい出入りしているのを見ているのだ。


「生徒のほうはほら、もとから文化祭みたいなかんじだから儲けを考えてないのよ。楽しんだもの勝ちだって考えているみたい。でも、それにしたって食べ物系の屋台が軒並みすっごい格安でねぇ……。特に去年からは原価すれすれだし、いったいどこで材料を仕入れてるのか……」


 その価格帯に合せないと相対的にこちらの屋台が割高に見えてしまう。故に、外部の屋台もお求めやすい価格で勝負するしかないのだそうだ。というか、諦めて宣伝のための商売と割り切るしかないともいう。


「ここね、近所の商店の間でも抽選でしか出店できないのよ。これだけ人が多いからさぞかし儲かるだろうって最近はいろんなところが名乗りを上げるんだけど、新参者は周りの価格帯を知らずに通常のお祭り価格で売るものだからボロクソよ」


 そりゃあ、どんなにすばらしい屋台でも、他の屋台の倍以上の値段で商売をしていたらお客様なんて取れないに決まっている。例えそれが一般の通常価格であったとしても、ここは一般の場所じゃないのだ。


 よって必然的に、出店側として見るとこのお祭りは新規顧客の獲得という、お金では買えないもののを獲得する場となってしまっている。そして幸か不幸か、その目的を達成するためならばここはまたとない好条件の場所でもあるのだ。


 お祭り参加側としてもうれしいことこの上ない。たくさん遊べて食べられる分、その屋台の印象も強くなる。楽しむ人間が多ければ多いほど口コミで祭りそのものがにぎわうため、宣伝という意味では、これ以上ない良いループが完成しているのである。


 この祭りは、華苗たちが思っている以上に規模は大きいのだ。


「ねぇ華苗ちゃん……生徒の食べ物屋台の値段が安いのって……」


「ごめん、言わないで。この人たちの前だと私の心が砕ける」


 そして、彼らが苦労する理由のいくらかは園芸部にある。おばあちゃんは『どこかで格安の材料を仕入れている』と勘ぐったが、実際は格安どころかタダで材料を用意しているのだから敵わない。


 チョコバナナも、冷やしパインも、焼きそばも、お好み焼きも、焼きトウモロコシも、かき氷も、じゃがバターも……。


 およそお祭りの定番と言われる屋台で扱われるほとんどの食材は、園芸部で用意できてしまうものなのだ。


「でも、だったら焼き鳥屋さんはセーフなんじゃないのかな?」


 柊が疑問をそのまま口に出す。たしかに、焼き鳥屋は園芸部の介入する余地がない。


「だったら、の意味がよくわかんないけど、たしかに焼き鳥はマシなほうねぇ」


「でもよ、外部の人間ってのはさらに分かれててなぁ。俺たち地元組と、噂を聞きつけた完全に外部と……」


 この完全に外部な人たちが悲惨な目に合うらしい。リサーチ不足で正真正銘なんの利益にもならない屋台を出す羽目になるそうだ。


「他にもあるんですか?」


「──この高校のOBたち(●●●●●●●●●)だ。連中は冗談抜きに騒ぐことしか考えてないからなぁ……」


「うぉう……」


 このお祭りには園島西高校のOB・OGたちも多く参加している。在りし日の青春と同じように母校で騒げるのだ、これに参加しない手はない。


「楽しむことが目的だから、ほぼ寄付みたいな感じで屋台を出している。設営や運営にも協力を惜しまないし、生徒の屋台へ食材を安く卸したりもしている。金魚すくいや射的のセットだって喜んで提供しているんだよなぁ……」


「うわぁ……」


 OBたちの目的はそのままこのお祭りを楽しむことだ。そして、彼らも多種多様で個性豊かな才能を持つ園島西高校の生徒だったのだ。ありとあらゆる業界の人間が揃っているし、ツテも多い。加えて、ただでさえ大きかった行動力が大人になったことでタガが外れている。






 大舞台の資材の搬入は誰がやったか?


 ──トラックの準備も、資材の準備も全部OBだ。


 屋台をはじめとしたお祭り設備は誰が用意したか?


 ──興行関係に進んだOBが格安で貸し出している。


 パンフレットや広告の費用はどうなっているのか?


 ──印刷業界に進んだOBがとてもいい笑顔で請け負ってくれた。


 祭り開催に伴う公的な諸々の手続きは誰がやったのか?


 ──役所に勤めているOBだ。消防講習の人だって、ここの卒業生である。


 生徒が受け持つ焼き鳥屋の肉?


 ──食品系に進んだOBが、後輩と母校のためにと笑いながらタダ同然で譲ったものだ。







 生徒の屋台が格安なのは、もちろん園芸部にもその理由がある。だが、それ以上にOBたちの力が大きいのだ。


 確かに去年からはさらに格安になっているが、園芸部ができる前……一昨年よりもさらに前から生徒の屋台は安い。これは何代も続くOBのバックアップがあったことに他ならない。


 なんせ彼らは、無駄に力を持っただけの、中身は高校生なのだ。全力でふざけられるのなら、ふざけない理由がない。


 それこそ、昨今の不自由なストレス社会でため込んだうっぷんを晴らすべく、青春時代と同じ勢いで全力を出さないと気が済まない。


 祭りと、そしてチャンスが与えられたのだ。ここで本気を出さない園島西高校の生徒は、今も、昔も、これからもいない。


 これこそが人生で最も輝かしい三年間で培われる園島西高校の気質であり、園島西高校の生徒が園島西高校の生徒足る由縁なのである。


「いいか、おっちゃんたちはここの生徒じゃないが、この祭りに関してはこの場の誰よりも先輩なんだ」


 麻河のおじいちゃんは、まじめくさった表情で言う。





「表向きは生徒と地域のお祭りだが、実態はそんなもんじゃねえ。この祭りはな──OBたちの遊び場なんだ」





 屋台の抽選会では、OB枠を争ってあの青春の日々の様に白熱する。抽選に漏れると、なんとか食い込もうと現役生や通った人間と話を通す。誰に言われることなく準備を着々とはじめ、運営資金を集める。寄付だけでしか集めないものの、OBたちだけで準備ができるから資金はそれほど必要ない。


 その寄付だって、毎年想定以上の金額が集まる。


 当然だ。園島西高校の生徒は学校愛が強い。むしろ裏方の人数が多すぎて、話をまとめるのが難しいくらいなのだ。各方面への連絡なんかは、この祭りでの最大の難所だったりする。


「あの教頭先生は朝早くから協力OBと連絡取り合って大変そうだったな」


「ああ……だからあんなに走り回っていたんだ……」


「もうねぇ、この祭りに来ている大人に石を投げれば間違いなくOBに当たるわよ」


「そ、そんなにOBいっぱいいるんですか?」


「あっちの屋台は全員OBだな」


「まさか、あの校舎をじっと見ている夫婦も……」


「OBだ。同級生と結婚して、毎年来ている」


「さすがにあのおばさんとかは……」


「十年前と比べたら老けたわねぇ……」


「教頭先生と話しているお偉いさんみたいなのは……」


「悪ガキがずいぶん偉くなったもんだ……。あいつ、夏休みの宿題出来ないからってこの祭りで助っ人募集してたよなぁ……。ちょっと数学を教えたのを覚えているが……あれ、何十年前の夏だ?」


「あの子供はセーフ確定」


「ああ、あれはOBの子供よ!  まだ掛け算もできないくせに、もうこの高校に入学する気でいるんだから!」


「「……」」


 祭り囃子とカラオケ大会の歌声がちょっと離れたところから聞こえてきた。笛を吹いているのも、太鼓をたたいているのも、大きな音響器具を用意したのも、全部全部OBなのだ。


 ぶっちゃけた話、生徒や学校では難しいことの全てをOBがやっている。それも、自ら自発的に。己が楽しみたい、学校で遊びたい、そのためだけに。


「うちのOB学校好きすぎるでしょ……」


「でも史香。おれならたぶん同じことをする。むしろ、そういう大人になりたい」


「あたしもそうしちゃうかな~」


「僕も……まだ半年も経っていないけど、この学校が好きだ」


 もちろん、華苗だってこの学校は大好きだ。お金を出すことだって厭わないし、力になれるのなら力になりたい。大人になってまた同じようにここにこれるのなら、絶対に来たい。授業さえなければ、毎日だって学校に来たいのだ。


 華苗も、OGとなったらなんとかしてこのお祭りに参加するに違いない。


「あなたたちもやっぱり園島西高校の生徒よね。現役生にこの話をすると同じ反応が返ってくるわ」


 今のOBだって、現役時代にこの夏祭りでOBに助けられていた。だから、自分がOBになったときに、同じように現役生を助けたいと思う。そうやって、どんどん次の世代にその魂をバトンしていくのだ。




 ──ただ、唯一にして最大の問題がある。この園島西高校の生徒は、そのバトンをなかなか手放したがらないのだ。


『バトンは手放したくない。でも次世代へのバトンがない? 無ければ作れ、足りなければもっと作れ。いやもういっそ全員分用意すればいいんじゃね? そしたらみんなしあわせ!』


 そう考えてしまう気質なのだ。そしてその結果がこのお祭りなのである。


 ただの高校が主催にしては異様に規模の大きい、やたらとOBが潜み、参加して楽しんでいるお祭り──島祭なのである。


「だからねぇ、このお祭りは『再会の祭』とも言われているのよ。まあ、この名前は先生方やOBさんたちの間でしか使われないんだけど」


 そんな学校大好き人間たちが集う夏祭りだ。近所に住んでいるものはもちろん、この日のためだけにわざわざ飛行機に乗ってやってくる人間もいる。


 年に二回の公式に学校に入れる機会とはいえ、自らも運営として参加できるのはこの夏祭りしかない。時期的な兼ね合いもあり、そういう意味では一番人が集まるのだ。


 何が言いたいかというと、意図しない形で同窓会のようなものになっているのである。


「とりあえずみんなくるんだもの。適当に歩いていれば懐かしい顔に会えるらしいわ」


「……」


 昔懐かしい顔に会うのにわざわざ同窓会を開く必要はない。みんなが好きな学校に、みんなが行けるタイミングで集まる。それだけだ。


 この薄暗いどこか神秘的な空間と相まって、その再会は言葉に表せないほど感動的なものになることも多いという。中には、数年ぶりにこの祭りで再会して結婚したというケースもあるから驚きだ。


「でもなんかそういうの、カッコいいじゃないか。僕はそういう関係、結構憧れるな」


「大人になったら、OBの人たちの気持ちも分かるようになるのかなぁ?」


「きっとそうだよ。あたしたちはもう長いことこの祭りに参加しているけど、OBはみぃんな同じ──懐かしそうな特別な顔をしているからすぐわかる。きっと、みんな同じ気持ちなんだよ」


 連絡が取れなかった仲間でも、祭りで再会した例が後を絶たないらしい。何期生であろうが、手軽に同期や先輩と後輩に会えるのだ。そして、互いに見知らぬ先輩後輩との新しいつながりをつくり、様々な人脈やツテ、コネを作ってしまうのである。


「それと変な話だけどね、それだけみんなこの祭りに思い入れがあるからか、行方不明だとか、亡くなったはずの同級生をこの祭りで見たって話もあるのよ。ほら、時期も時期だし……」


「これだけ人がいるし、勘違いやそっくりさんの可能性が強いんだけどな。この懐かしい場所、薄暗い中で雰囲気にあてられたんじゃないかって言われている。もしかしたら嬢ちゃんたちも中学の同級生とかと会えるかも──」


「八島先輩!? それにみなさんも!?」


「「!?」」


 そう麻河のおじいちゃんが言ったまさにベストタイミングだった。華苗の後方から、少し前に聞いた覚えのある女の子の声が聞こえてくる。


「やっぱり八島先輩たちだ! おひさしぶりです!」


「ひ、ひさしぶり……」


「び、びっくりしたぁ……!」


「どうかしました?」


「気にするな。あまりのタイミングの良さに驚いただけだ」


「?」


 学校紹介の時に出会った一葉だ。別にとくに示し合わせたわけでも何でもないのに、なぜかこうしてあの時のメンバーが全員そろっている中で都合よく再会してしまった。


 噂はどうやら、本当らしい。それも、直接学校とは関係ない人との再会である。


「一葉ちゃんは一人……じゃ、ないね?」


「こ、こんばんは……」


 しかも驚くべきことに、一葉は友人と一緒に来ていた。いや、ただの友人ならば華苗たちだって特別驚くことはなかっただろう。


 問題なのは、その友達らしき人物が間違えようのない外国人であり、さらにはぞろぞろと、五人ほどのやっぱり外国人の子供を引き連れていることである。


「お友達?」


「えーと……兄さんが帰省中なんですけど、一緒に連れてきてくれた家族です。……義理の姉になるのかな?」


「カ、カズハちゃん!?」


 青っぽい髪のべっぴんさんがびっくりしたような声を出した。やっぱりこの人も妙に日本語が流暢だ。服装がまともだから、少なくとも組合の人ではないのだろう。


 この夏、なぜだか華苗は外国人に縁がある。


「この子たちは弟のよーな妹のよーな、甥のよーな姪のよーな……。うーん、なんて表現すればいいんだろう?」


「な、なんかいろいろ大変なんだね」


 栗色の髪の明るい女の子。

 小麦色の髪の元気の良い男の子。

 灰に近い銀髪の賢そうな男の子。

 アルビノみたいな綺麗な白髪の、ちょっと気弱そうな女の子。

 そして、四人と比べて幾分かお姉さんの、金髪の優しそうな女の子。


 はっきり言って全員顔は似ていない。むずかしい家庭の事情があるのだろうと誰もが一瞬で判断し、それ以上下手に聞かないことにしていた。こないだみたいに変な地雷を踏んでしまったら、お祭り気分も台無しなのだから。


「兄さんたちの今いるところ、こういうお祭りないらしくって。日本も初めてだから、案内していたんです」


おぅ!


ききぃ!


「猿か。珍しい色してるな」


「犬……にしては、なんか妙な……?」


 おまけに、黒い中型犬に肩にも乗れそうな猿まで引き連れている。もしこの場が普通のお祭り会場みたいにもっと明るかったとしたら、彼女たちは目立ってとてもまともに巡ることはできなかっただろう。それほどまでに、なんか奇妙な組み合わせだった。


 ……なんとなく周りに注意を向けてみれば、ちらちらとこっちを見たり、すれ違って振り向く人たちが結構いることに気づく。


 やっぱり目立つものは目立つらしい。華苗だって、カジュアルに猿を連れまわす人なんて初めて見るのだから。


「コウちゃん、こっちの子は?」


「こないだ学校見学に来てた子。未来の後輩だぜ!」


「よっしゃ、特別サービスでオマケしてやるから買っていけ! 外国人の嬢ちゃんたちも、初めてなんだろ? 日本の祭りは焼き鳥喰わなきゃだめなんだ。おっちゃんとこのはな、その中でも最高においしいやつだ!」


「ソフィさん、ちょうどいいから買いましょうよ! 大丈夫、支払いは全部兄ちゃん請求すればおっけー!」


「い、いいのかな……?」


「いいんですよ、お祭りなのに放っておく兄ちゃんが悪い!」


 どうやら、彼女の兄は同じく遊びに来ている別の家族・友人とともにこのお祭りを巡っているらしい。用事があるとかで、ついさっき別れたそうだ。


「すっごくすっごくおいしそう!」


「あたし、おなかすいちゃった!」


「……いいにおい♪」


「はーねーちゃ、あれなぁに?」


「焼き鳥って言う、とってもおいしいお肉!」


「ねえばーちゃ、くしやきとなにがちがうの?」


 銀髪の賢そうな男の子が首を傾ける。理知的なルックスとは対照的な子供らしいしぐさに、華苗の心がキュンとなった。


 なんというか、この子供たちはみんな無邪気でかわいい。周りの環境がよほど良くなければ、これほどまっすぐは育たないだろう。


 あと、ちょっとしたったらずな声もイイ。


「うーんとねぇ……食べてみたらわかるかなぁ? ほら、気を付けてお持ち」


「ばーちゃ、ありがと!」


「すいません、わざわざお手数おかけして……」


「いいんだぁよ、あなたも少しはリラックスなさいな」


 麻河のおばあちゃんがにかっと笑い、子供たちに優しく焼き鳥を手渡した。子供たちは小さな両手を使い、落とさないようにしっかりと櫛を掴む。ほわんと仄かに立ち上がる湯気が、子供たちの頬を撫でた。


「「おいしいっ!」」


「そうだろうそうだろう! おっちゃんの焼き鳥は世界一だからな!」


 はふはふはふ、と熱さと食欲に挟まれながら子供たちはおいしそうに食べていた。子供たちのお母さん(?)のソフィが腰をかがめて目線を合わせ、ふうふうと冷まし、唇で温度を確認してから子供たちの口にあてがったりもしている。


 それでなお、お口の周りをべたべたにしちゃうのは愛嬌というものだろう。小さい子が一生懸命ものを食べる姿は可愛いものだ。


「タレ……初めて食べる味です……! 甘くて辛くて、おいしいなぁ……!」


「ううん、どうやって味付けしているんだろう? この甘いのが全然わからない……」


 どことなくプリンセスオーラを放つ女の子は一人できちんと食べている。ソフィのほうは頭を悩ませてレシピを探っているらしかった。きっと家庭的な性格なのだろうと華苗はぼんやりと思う。


おぅ!


ききぃ!


 ペットの二匹に至っては、めっちゃワイルドに肉を引きちぎっていた。あやめさんやひぎりさんレベルの上品さは期待していなかったものの、猿のほうは器用に両手と顎を使って肉を貪っているし、犬のほうは気のせいか、串ごとむしゃむしゃやっているようにも見えた。


 あまりにもワイルドすぎて、獣よりもむしろゾンビっぽく見えてくるくらいだ。


「ん!」


 ぺろりと平らげた子供たちは、次々にソフィたちの前に並びだす。その動きは幼いながらも妙に洗練されていて、それが華苗には妙に面白かった。


「ああもうメルったら、お口べとべとにしちゃって……」


「だっておいしかったんだもんっ!」


「ウェットティッシュあって良かったぁ……」


「はーねーちゃ、あんまりふくのうまくないね」


「……なんかごめん、イオ君」


「えと、レン君、あ、あんまり動かないでくださいよ」


「……」


「あの子、動くなって言われてガチで動き止めちまったな」


「でも、微妙にプルプルしているところが可愛い。うちの弟も昔は可愛かったのになぁ……」


 何かと思ったら、口をふいてもらいたかったらしい。甘え方がいちいち華苗の心のストライクゾーンを直撃する。田所はわからないが、その場にいる全員がその姿に心を動かされているのは想像に難くない。


「……っ!」


「……ん?」


 しかし、ここで問題が起こっていた。一応の保護者……というか面倒を見るのが三人いるのに対し、子供の数は四人だ。一人だけあぶれてしまった白髪の子が、眼に涙をためている。


 今にもダムが決壊しそうで、眼が真っ赤だ。華苗はなんとなく、その姿をかつての幼い自分と重ねてしまう。


 ──そして、目が合った。


「ねーちゃ、クゥのおくちふいてくれる……?」


「もちろん!」


 裾をくいくいとひっぱられたら、もう華苗には断れない。ただでさえチビ扱いで今までお姉さんぶることができなかったのだ。実は結構こういうシチュエーションが好きだったりするのである。


「はい、きれいきれい!」


「……ありがと!」


 ほんの少しだけ腰を落とし、きれいに口を拭いてあげた。ん──っと口を突き出してくる様子がとってもかわいかった。ついでにほっぺもぷにぷにである。


「ああっ、八島先輩、すみません!」


「いいのいいの、このくらい」


「華苗も堪能してたみたいだし?」


「八島さん、子供好きなんだ。初めて知ったや」


「惚れ直した?」


「そりゃも……秋山先輩? 何言わせようとしたんですか?」


「チッ! カンの鋭いやつだなぁ!」


 華苗も心の中で舌打ちをしておいた。どうしてなかなか、標的のガードは固いようだった。


「ふぃーねーちゃ、もっとたべたいっ!」


「でもメル、これ以上食べたら他のおいしいもの食べられなくなるかもよ?」


「……クゥもたべたいなぁ」


「うっ……」


「ボクはやいているところがみたい」


「こんどはおしお! おしおでたべたい!」


「い、いっぽんだけだからね!」


 ソフィが子供たちのおねだりに負けた。麻河のおじいちゃんがよっしゃと言って肉を焼く準備を始める。注文してから焼くスタイルだから時間は少しかかってしまうけれど、焼きたての最高においしいものを食べられるのはかなり大きな利点だ。


 しかも今回は、リクエストに答えてしっかりじっくり焼くらしい。


「ふぃーねーちゃ。だっこ」


「……よいしょっ!」


 子供の身長じゃ焼いているところを見ることはできない。だから、ソフィはイオをよいしょと持ち上げた。細身の人だと思ったけれど、どうしてなかなか力持ちらしい。


「おお……やけてる……」


「「……」」


 子供たちがちらちらと抱っこしているソフィを見上げていた。さすがにプリンセスオーラの子は抱っこできないし、一葉だと少し頼りない。言いたいことはわかるのだが、彼らなりに葛藤しているのだろう。


「よお、にーちゃんが抱っこしてやろうか? 今なら肩車のサービスもつけてやるぜ!」


 そんな彼らを見て動いたのが秋山だった。ニカッとわらい、スポーツ少年特有のさわやかさをしっかりと見せつける。


 こういう面倒見の良いところが彼の美徳であり、そして長所なのだろう。知人の子供、それも初対面相手になかなかできる事ではないと華苗は思う。


「そんな、悪いですよ!」


「いいっていいって。ねえちゃん、さすがに一人だけひいきはアレだろ? それにオレ、こう見えても『肩車の帝王ピギーバックエンペラー』って巷じゃ有名なんだぜ?」


 ここで、何故か妙に子供たちが秋山の言葉に食いついた。


「うちのにーちゃだって『デュオハートフルルーラー』だよ? れーねーちゃは『ディザスタークリーブ』だし」


「パースさんは『サンライズサンダーサージ』。かっこいい」


「……おひげのおじさんは『アースエンドエンフォーサー』だったはず」


「フェリカお……ねえさまは『スカイスカーレットスティーラー』っていってた!」


「……なんのこっちゃ?」


「ゲ、ゲームですよ! いまこの子たちの中で流行ってるゲームのお話です!」


 『双心の支配者』に『困難を切り裂くもの』、さらには『夜明けの雷海嘯』に『大地の終わりの執行者』、『大空の紅盗姫』と来た。なんだかカッコよくてわくわくする二つ名だが、こんな小さい子でも難しい言葉が出てくるゲームをするのかと華苗は少し感心する。


「にーちゃよりもたかーいっ!」


「あっ、ちょっ、激しい……っ!」


ききぃ!


 さて、秋山にまっさきに飛び乗ったのはメルと呼ばれた栗色の髪の女の子だった。人見知りのひの字も知らないのだろう、何のためらいもなく後ろからとびかかり、華苗には真似できないレベルの運動センスで肩にまたがる。片手で秋山の髪をしっかりつかみ、興奮してぱんぱん叩いていた。


 ペットの小猿もメルの背中に張り付き、秋山の背中を尾っぽでパンパン叩いている。猿的視点から見ても秋山は格好のオモチャらしかった。


「お願いメル、せめて大人しくして……!」


 ソフィは涙目だ。無理もない。


 もしこの調子で毎日肩車をせがまれたら、秋山は成人する前にハゲてしまう。


「流れ的におれらも肩車だな」


「ミキが空気を読むだなんて!?」


「おまえはおれをなんだと思っていやがる」


 本当に珍しく空気を読んだ田所が残った二人の前に出た。柊もつられるように前に立ち、にっこりと笑って視線を合わせる。田所は腕を開き、形だけは完璧に受け入れる態勢をとった。


「クゥ、さきえらんでいいよ?」


「うん」


 男の子のレンは、女の子のクゥに先に乗り物選択の権利を与えた。カッコイイところでも見せたかったのだろうか。


「おいで」


「welcome」


 彼らの眼には、どちらもポロシャツのお兄さんにしか見えないだろう。だけど、笑っている相手と真顔でいる相手のどちらが信用できるかと聞かれれば、それはもう答えを聞かずとも結果はわかる。


 真顔で変に流暢な歓迎の言葉を紡がれても、気味が悪いだけだ。


「……クゥ、このおにいさんがいい。あのひと、なんかやだ」


「なぜ」


「こ、この子は人見知りで! 元気なお兄さんも、物静かな人も苦手なんです!」


「ごめんなさい! ホントごめんなさい!」


 ソフィと一葉が謝り倒している。麻河のおばあちゃんと清水が思いっきり笑い転げていた。呆然と立ち尽くす田所を、慰めるようにしてレンがとびかかる。


「……おまえ、なにかやってるな(●●●●●●●●)? 身体コントロールが、とても幼子のそれとは思えない」


「これくらいみんなできるとおもうよー? ……あ、でもごろちゃんにのってきたえたからそれかも!」


おぅ!


「おまえも大変だな」


 黒い中型犬が自慢げに吠え、どうだと言わんばかりに田所の足を尾っぽで叩く。田所は乱暴にその頭を撫で、軽やかな挙動でレンを肩にフィットさせた。


「危ないから、しっかりつかまっているようにね?」


「……うん。すわりごこちはにーちゃのほうがちょっとうえかもだけど、いいかんじ」


 鳥が焼けるまで、こうして和やかに時間は過ぎていく。こういう知らない子供たちのふれあいというのもお祭りの醍醐味だろう。子供たちはすっかり興奮しきって、焼き鳥を食べている間も決して肩から降りようとしなかった。


 しょうがないので、華苗も柊につきっきりになって肩の上にいるクゥの口をふく役目に専念し、クゥの持っている串に細心の注意を払った。お祭りなのに櫛を振り回して怪我をしてしまったら目も当てられない。


「よーし、お前はおっちゃんが肩車してやるぞー!」


「…………よろしく」


「「やめてぇっ!?」」


 しかも、調子に乗った麻河のおじいちゃんがイオを肩車する始末である。誰もがやめろと叫んだが、軽い幼子ひとり肩車できないほど耄碌してないと言い切られては、ハラハラして見守ることしかできない。


「それにしても……」


 秋山がぽつりと漏らした。





「こうしてみると、華苗ちゃんと柊、すっげえ夫婦っぽいのな!」


「「!?」」





 子供を肩車する男。その子供を甲斐甲斐しく世話する女。女の方の縮尺がちょっとアレかもしれないが、字面だけ見ればまさにそれだ。


「なっ……! なっ……!」


 言葉で出ない。顔が真っ赤になり、胸が詰まる。


 からかわれているのだとわかりつつも、ウブな華苗にはその対処法が思いつかない。親友たちの非常に腹立たしい笑みのほか、一葉やソフィ、そして麻河夫婦の温かいまなざしを全身に感じることができた。


「ひ、柊くぅん……!」


「お祭りテンションってやつだよ、うん」


 やっぱり柊は頼もしい。こんなときでも、しっかり冷静を保っている。


 でも、もし華苗が正常であったのなら──いや、もう少しでもあたりが明るかったら、彼の耳の先がちょびっと赤くなっていたことを確認できただろう。


「そ、それよりもさ!」


 柊があからさまに話題を変える。それは、華苗にとってうれしくもあり、残酷な事実を告げるものでもあった。






「八島さんの──園芸部の屋台はどうしてるの?」


「あ゛っ……!」







 お祭りにすっかり浮かれて、華苗は自分の屋台を忘れ去ってしまっていたのだ。







20150328 誤字修正

20160413 文法、形式を含めた改稿。


おうちの焼き鳥と屋台の焼き鳥は明らかに味が違う。

あれなんだろうね?


通は塩でいく、こいつは譲れない。

それとモモが一番好き。つくねも好き。基本全部好き。


お祭りとかだと、ちょくちょく小さい子供が大人に甘えている場面に出くわす。

とってもほっこりする。

そんな私は、じーちゃんばーちゃんばっかに話しかけられて、子供には話しかけられない。なぜだ。

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