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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
63/129

62 ある夏の昼下がり

Are you ready?

むかーしむかし、そのまたむかし。


ここではないどこか、魔法の世界のお話さ。


そこには月歌美人っていう、お花の妖精がいてね。


みぃんな小さくて、かわいらしくて、そりゃあもう何よりも愛しい存在だったんだ。


頭の上に帽子の様に咲く花なんて、どんな花よりも美しかった。


可愛いだけじゃない。


月夜の晩になると、月歌美人は宴を開くんだ。


甘い声で歌い、お月様も頬を染めるような可憐な舞を披露する。


何人もの月歌美人が舞い踊る様子は、都で一番の踊り子が霞んじまうほどだったのさ。


月明かりに照らされて。


風の音、虫の音と合唱して。


こいつの素晴らしさは、言葉だけじゃあ伝えきれないだろう。


私も初めて見たときは、腰を抜かしちまいそうになったもんだ。




さてさて、そんな可愛い月歌美人だが、こいつらの存在を人は知らなかった。


そもそも、月歌美人が外に出るのは月夜の宴の時だけ。


普段はどこか、誰も知らない場所で眠りについていたのさ。




そんなある日、一匹の月歌美人が魔物に襲われ、群からはぐれてしまう。


なんとか逃げ切ったものの、体中擦り傷だらけ。


どこかもわからない場所で、彼女は疲れて疲れてぐったりと倒れちまった。


ここで死んでしまう……と思ったそこから、物語は始まったのさ。




次に彼女が目を覚ましたのは、どこかの山小屋の中だった。


暖炉には暖かな火が燃えていて、その近くで若い男が眠っている。


──ああ、月歌美人は妖精だから、人間のベッドを知らなかったんだ。


だから、どうして自分がふわふわの土の上で寝そべっていたのかもわからなかった。


その男が、自分のベッドを貸し与え、自分は椅子で寝たことにも気づかなかったのさ。




彼女がじっとその男の顔を見ていると、男は目覚めた。


彼女と男の瞳が、互いに映りあった瞬間さ。




男は冒険者ってやつでね。


あちこちを冒険して、魔物を倒したり、困っている人を助けたりしていたんだ。


その旅の途中、傷つき倒れた彼女を見つけ、介抱したってわけだ。




月歌美人の彼女はすぐに男と打ち解けた。


男も月歌美人の彼女を気に入った。


彼女のほうは純真な心を持っていてとても優しかったし、


男のほうもやさしさと勇気を備えた立派な人間だったからだ。


──もしかしたら、この時すでに二人は愛し合っていたのかもしれないねェ?










 きゃあ、と女の子たちがほっぺを押さえて黄色い悲鳴を上げる。男の子たちはちょっとつまらなそうにしながらも──否、興味がない風を装いながらもちらちらと続きを早くしろと視線で促してくる。


 どの子も初めて聞くその物語に引き込まれているのは疑いようがなく、華苗自身もその物語の続きが非常に気になっていた。


 おじいちゃんはその場にいる子供たちの顔をニコニコ笑いながら見渡し、ためを作って大仰に頷きながら紙絵を横から引く。


 どうしてなかなか、紙芝居も捨てたもんじゃない。


 あのあと──みんなで天ぷらうどんを食べ終わった後、華苗は楠が結んだという約束に付き合い、おじいちゃんの散歩についていったのだ。


 正確に言えば、おじいちゃんじゃなくて文化研究部の散歩だ。紙芝居だの駄菓子だのをどっさり乗せた屋台を引いて、そこらを練り歩くのである。


 拍子木をカンカンならして歩いていれば、そのうち近所の子供たちがハーメルンの笛を聞いたかのように後ろについてくる。ある程度集まったところで公園の広場に腰を落ち着け、紙芝居をするという寸法である。


 これも、文化研究部の活動かつ地域交流だというから驚きだ。


 散歩のメンバーは文化研究部に園芸部、それに対策三部に教頭先生である。対策三部の三人は集まった子供たちの集団をちょっと離れたところから囲んでおり、不審者警備をしながら輪に入れなくておどおどしている低学年の子を優しく招き入れていた。


 口ではゾンビ対策やテロ対策になる、なんて言いつつも、あれで彼らは意外と優しいのである。


 集まったのは全部で五十人ほどだろうか。下は幼稚園くらいのものから、上は高学年まで結構幅が広い。きっと兄妹で来ているものもいるのだろう。この手の面白そうなイベント、逃すほうがおかしいのだから。


(華苗おねーちゃん、そろそろ出番ですよ?)


 こそこそとシャリィに耳打ちされ、華苗はきりっと表情を引き締める。何を隠そう、この華苗にも急遽出番が与えられたのだ。


 物語は中盤、月歌美人の彼女と仲を深めた男が月夜の宴に誘われ、その素晴らしさを自分の仲間にも伝えようと彼女に頼み込むシーンだ。






月夜の宴に誘われた男はそこで素晴らしいものを見た。


そりゃあもう、感動しすぎて言葉に出来ないくらいだったんだ。


だから、優しい男はそれを自分の仲間にも見せたいと思ったのさ。


『ねぇ君。今度、僕の仲間を宴に招待してもいいかい?』


『ねぇみんな、人間を招待してもいい? とっても素敵な人たちなの!』


『賛成! いつもの宴がもっと楽しくなるね!』


『でも、その人たち、掟を破ったりしないかなぁ?』


『きっと大丈夫よ! だってあの人のお友達ですもの!』


若者は彼女に頼んで、次の月夜の宴が開かれる場所を聞き出したんだ。


みんなで宴を楽しみ、月歌美人と人間が仲良くなればいいなと思ったのさ。


月歌美人のほうも、人間とは仲良くなりたいと思っていてね。


とうとう、人間と月歌美人とで宴が開かれることになったのさ。


ただし、宴に参加するには条件が一つ。


『頭の花に、決して触れてはならない』


月歌美人の一番の宝物だから、信頼されたやつしかそいつに触れちゃいけないんだ。


でも、それほど難しい条件でもないから、男の仲間たちは皆それに従った。


互いに飲み、食い、歌い、踊り。


そりゃあもう、いつもの何百倍もすばらしい宴だったのさ。






 イケメンヴォイスでささやいたのは主人公の男役の佐藤であり、ヒロインの可愛い妖精役はシャリィちゃんである。華苗はモブの『その他の妖精』役だ。華苗がいなかった場合、ナレーションのおじいちゃんが声音を変えて女の子役をやっていたらしい。


 一言程度のセリフが多いとはいえ、これでなかなか勉強にある。棒読みにならないように、かつ感情をこめてセリフを言うのは結構難しい。相手が子供と言えど、いや、子供だからこそ手を抜くことは許されない。


「ところが、ところが……」


 おじいちゃんがどこかおどろおどろしい声で紙をめくっていく。物語もクライマックスに入ってきたところだ。紙絵の裏にこっそりカンペが仕込まれているから、華苗は子供たちよりちょっとだけ早く次の展開を知ることができた。








酔いつぶれた男が次に目を覚ますと、そこに月歌美人は一人もいなかった。


ぐちゃぐちゃになった料理と、傷つき倒れた人間が横たわっているだけだった。


聞こえてくるのは、女の子の悲鳴と人間の悲鳴。


……そして怪物の唸り声。


『グルルゥゥゥ……!』





 貫録のありすぎる唸り声に子供たちがびくっと震える。小さい女の子はこの段階で隣の子と抱き合い、男の子でも震えが止まらない子がいた。


 幸か不幸か、華苗はこの声にすごく聞き覚えがあるのでそんな風にはならない。我が部長も、変なところで活躍するなと思った程度である。


「おや、怖いのかい? 怖いのなら、今日はここらへんでやめて──」


「こ、こわくなんかないやい!」


「意地悪しないで早く続きやってよ!」


「おやおや、勇敢な子供たちだ」








男は剣を取り、そろりそろりとその声のほうへと向かっていったのさ。


大切な仲間たちを、絶対に守らなきゃって思っていたんだろうねェ。


彼女も見当たらなかったし、そりゃあもう必死だった。


──そして、とうとう見つけたのさ。


獰猛な気配をまき散らす、悪鬼に勝るとも劣らない黒い巨体の化け物を。


体中が筋肉でゴツゴツで、全身に脈打つように根っこが走っている。


あの体で殴り掛かられたら、海の向こうまですっ飛んじまうだろうってくらいだ。


足元には、ぐったりした仲間が横たわっている。


そいつに飽きたのか、怪物はくるりと男のほうへ振り向いたのさ──!




 ごくり、と誰かの喉が鳴った。おじいちゃんはちらちらと紙を引いたり戻したりして、子供たちの視線をそれにひきつけている。黒く悍ましい何かが蠢く様が華苗には幻視出来た。


 十分に注目を引きつけたあと、おじいちゃんは一気に紙絵を引き抜いた!





『グルァァァァァァ!』


パァン!


「「ひゃぁぁぁぁっ!?」」


「「うわぁぁぁっ!?」」



 びくっと全員が震えた。悍ましい雄叫びとともに、そいつの姿があらわになった。


 憎悪に揺らめく金色の瞳。ぐにゃりと歪んだ口にずたずたの鼻。


 まるで今にも絵から飛び出してきそうで、本能的な恐怖を感じる。楠の雄たけび以上の絶望感が本当にその絵からまき散らされているところを見ると、おそらく佐藤の破滅的なセンスによって描かれたものなのだろう。


 絵としては全然うまくないのに、概念的な恐怖だけが伝わってくる、ある意味では絵の究極系のような存在だった。まちがいなく、トラウマになる子供もいるだろう。


 臨場感の演出のために対策三部が発射したクラッカーなんて、もはや誰も気にしていないようだった。不意を突こうと警備に徹していたのにあんまりである。




とうとう戦いが始まった。


男は無我夢中で怪物に剣を振った。


怪物は恐ろしい叫び声をあげて襲い掛かってきた。


さっきまでの楽しい舞踏とは全然違う、戦いの、死の舞踏。


彼女のため。仲間のため。


男は全身全霊をかけて戦った。


戦って、戦って、ボロボロになっても戦い抜いて。


日が昇るまで戦い続けて、ようやく男はその怪物を倒すことができた。


でも──冷静になってはじめて気づくことができた。


薄汚れた額をぬぐって、初めて気づくことができた。


その怪物の頭に、花びらが一枚とれた小さな花があることに。


『バカな……!?』


『なんてことを……!』


振り向けば、そこにいたのは彼女を含めた月歌美人たちだった。


そう、怪物の正体は月歌美人だったのさ!






「……」


「…いいのか、これ?」


 ガクガクブルブルと子供たちは震えている。デフォルメされたものとはいえ、呆然と立ち尽くす男とパタンと倒れている妖精の姿は結構心に来るものがあった。





『あなた方が……掟を破ったから!』


『花びらをとってしまうなんて……っ!』


『どうして約束を守ってくれなかったの!』


月歌美人は男たちを延々となじり続けた。


なんと、男の仲間はそのあまりの美しさに目がくらみ、約束をやぶっちまったんだ。


花びらを取られたからこそ、月歌美人は怒り狂って怪物になっちまったのさ。


『まってくれ! そんなつもりは……!』


『信じようとした私たちがバカだったのね……』


月歌美人の怒りはすさまじかった。


男は彼女に弁明しようとしたが、彼女は悲しそうにつぶやいただけだった。


そして、みんなは姿を消した。


もう、美しい彼女たちを見ることは永遠に不可能になってしまった。


月に狂い、死の舞踏を舞い、嘆きの歌声(さけび)をあげる醜悪な怪物だけが。


そんな怪物だけが、人間を脅かす脅威としてこれからも現れるようになったのさ。




みんなはこいつをどう思う?


誰が悪かったんだと思う?


答えはいろいろあるだろう。納得できない部分もあるだろう。


大切なのは、約束を破っちまったら取り返しがつかなくなるってことさ。


約束を平気で破る奴はここにいるかい?


おや? どうやらいるみたいだね?


ほぅら、やつらの足音が聞こえてきたぞ。


約束を破るやつを懲らしめる、月歌美人の足音が──!






「『妖精と過ごした儚い永遠(とき)』はこれでお終いだ。最後まで見てくれてありがとうねェ」


 ふぅ、と全員が息をつく。おじいちゃんの話しのうまさもさることながら、妙にリアリティのあるストーリーに誰もが引き込まれていた。創作なのかと思いきや、シャリィの出身地のほうに伝わる訓話なのだそうだ。


 ちなみに、当たり前のように手作りの紙芝居である。クライマックスの怪物の顔以外はシャリィとおじいちゃんが描いたらしい。


「いやはや、なかなか興味深いお話でしたな。初めて見ますが、今度うちの学校のほうでも紹介してみましょう」


「おお、それは面白いですな。神家くん、そのお話の原典はあるかね?」


「原典はないが、この紙芝居を貸し出すことはできるさね。……ああ、中の絵は差し替えてもいいかもしれない。ちょいと刺激が強すぎたようだ」


 教頭先生と同じように白髪頭の小柄な男性がおじいちゃんたちと話していた。なんでも彼は近所の小学校の校長らしい。普段の散歩には顔を出さないものの、こうしてたまにやってくるそうだ。ちなみに、これは松川教頭も同じだそうである。


「楠君も久しぶりだね! 本当に、心の底から感謝しているよ!」


「あれ、お知り合いなんですか?」


「…例のアサガオの校長だ」


「ああ……」


 この校長、調子に乗って種がないのにアサガオを広めまくった例のあの人である。楠は彼の堂々とした姿よりも、涙目になって懇願する姿のほうがイメージが強い。一応有能ではあるそうなのだが肝心なところで詰めが甘いそうだ。


「君は新しい園芸部員だね。こないだのアサガオもすくすく育っているよ。たぶん、夏休みが終わってしばらくしたら写真と手紙を送ると思う」


「はぁ」


 実物を見ない限りは何とも言えない。ぶっちゃけた話、校長だろうと何だろうと華苗にとっては初対面であり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。


 さて、紙芝居が終わっても子供たちは未だにここから離れない。樫野や竹井をおちょくっておいかけっこをする子供や、無謀にも敦美さんに抱き付いてよじ登ろうとする子さえいる。


 また別の場所では、ヒロインを務めたシャリィに見惚れたのか、じっと彼女のことを見つめている男の子がいた。


 ああ、これは惚れたな、と華苗でもわかるような浮かれた目つきだ。実に甘酸っぱい光景である。


「さて、緊張もほぐれてきたところでそろそろ始めるかね。……晴喜! 義雄! 敦美ちゃん!」


「了解! おまえら、とっととこっちに集まれ!」


「迅速に整列しないものには配給を認めないぞ」


「生き残りたければ素早い行動が大事」


 その声にわらわらと子供たちが集まり、三列に並び始める。それもそのはず、今日のメインディッシュはこれからなのだから。


「華苗ちゃん、シャリィ。今のうちに配っておいてくれ。楠は僕と一緒に」


「…ああ」


 楠を引き連れ、佐藤は公園の端に留めてあった屋台へと赴く。遠目からでもわかるように『甘夢工房』と描かれたのれんがかかっているそれは、どこからどうみても駄菓子屋さんの屋台だった。


 その屋台にはラムネだの水あめだのといった駄菓子がこれでもかと積まれており、子供でなくともその華やかな様子にわくわくせざるを得ない。


 もちろん、これはおじいちゃんたちがこの日のためにせっせと作っておいた駄菓子の数々だ。聞けば散歩で紙芝居をするときは必ずこれらを用意するらしく、ここ最近はいろいろあって紙芝居ができなかったため、今日はいつもより豪華に駄菓子を用意したとのこと。


 ただし、当然のことながらこれら全部をそのまま子供たちに分け与えることは難しい。量にだって限りはあるし、おじいちゃんたちとしてもみんなに公平に分け与えたい。それを解消するために、華苗たちが任された仕事がある。


「はーい、一人二百円分だからね」


「落っことしたり失くしたりしたら無効ですから気を付けてくださいね!」


 佐藤から手渡されたのは手作りの金券だ。十円とかかれた長方形の枠が十個ほど連なっており、それを二枚綴りワンセットとして配るのである。


 華苗が今日呼ばれたのは紙芝居とこの金券配りのためだ。対策三部が警備をしている以上、ちょっと手が足りなかったのである。もちろん、楠は威圧感が強すぎるから論外だった。


「二百円ってちょっと少なくないですか?」


「そうでもないよ。本当に駄菓子の値段設定にしているから、質の良いものばかりを選ばなければ、おやつとしては十分満足できるさ」


 子供たちはこの渡された二百円の中からどれだけ効率よく、かつ大胆に駄菓子を購入するべきか頭を悩ませるのだ。ちなみに金券の有効期限は本日限りであるため、綺麗に使い切らないと少々勿体ないと言える。


「さぁ、好きなのを選んでね」


「…順番は守れよ。約束を破る奴は頭から喰っちまうからな」


 駄菓子に群がる子供たちの頭の上から降ってくる低い声。とたんにすくみ上ってしまったのはしょうがないことだろう。


「ザラ玉一個二十円……きなこ棒が三十円……。醤油せんべいを買うと、ゼリーは諦めなきゃダメか……。あ、でも新作の飴も捨てがたい……」


「びわ飴とウメ飴かぁ。ザラ玉買ったほうが大きさ的にオトクかなぁ……?」


「あんこ玉ってなんだろ? 初めて見るや」


「あんこと黄粉で作ったやつだね。場所によってはアタリつきのものがあったっけ。ああ、私はこのカルメ焼きを一つ頼むよ」


「俺ミルクせんべい! ソースつけてね!」


「私もミルクせんべい! 梅ジャムで!」


「ねぇ、私が梅ジャムとあんずジャム買うから半分こしない? 中途半端にお金残っちゃったの」


「いいよー! じゃ、おじいちゃん、梅ジャムキャンセルするね! 代わりにミルクせんべい一番入ってるやつにして!」


「オレ水あめミルクせんべいの作ってもらうやつ!」


 意外なことにミルクせんべいの売れ筋が良い。そのコストパフォーマンスの良さと子供の心を刺激する手作り感がウケている。


 ちなみに、ミルクせんべいの原料は小麦粉やコーンスターチだ。小麦粉はもちろん、コーンスターチはトウモロコシからできるでんぷんであるので、ほぼ園芸部の作物からできているといっても過言ではない。レシピは秘密とのことだが、意外と手軽にたくさん作れるらしい。


「はいはい、ちょいと待つさね……華苗ちゃん、ちょいと会計よろしく頼むよ」


「はーい」


「うわぁ……ミルクせんべいもっと多めに作ってきたほうがよかったかな……」


 おじいちゃんと佐藤がミルクせんべいにかかりっきりになったので、華苗が会計を担当することになる。どうせ形だけの会計なので、本物の金銭をやりとりするよりかははるかに気が楽だ。それに、楠が担当するよりかは百倍マシだろう。


「えーっ! おじーちゃん! もっと水あめたくさん塗ってよ!」


「だめだめ。これ以上たくさん塗ったら味が落ちちまうからねェ」


「おにーちゃんはもっといっぱい塗ってくれるよね!?」


「あ、あはは……」


 どうやらあのミルクせんべいは自分でジャムを塗ることができるタイプとおじいちゃんたちに塗ってもらうタイプとがあるらしい。


 前者はジャムの購入が必要となり余計にお金がかかってしまう分、それをどのように扱うかも自由である。


 後者はジャムを購入する必要はないものの、中に塗られる量は完璧におじいちゃんたちのさじ加減で決まるので、ある意味ギャンブルと言えるだろう。


 なお、ミルクせんべいにジャムを贅沢に塗りすぎると本来の持ち味を殺してしまい、量をかけた割にはあまりおいしくならないのだ。むしろ、いくらかケチって薄く広く延ばしたほうがおいしくいただける。もちろん、ケチりすぎるのは論外であるのだが。


 当然のことながら、味の良さで言えばおじいちゃんたちに頼んだほうが遥かに良い。だがそれに気づく小学生は少ないようで、大半が自分で塗ろうとジャムを買っていた。おじいちゃんたちに頼むのは自分ではうまく塗れない小さな子供か、ジャムのお金をケチった子供のどちらかだ。


「ゾンビのにーちゃん、おすすめなーに?」


「人気はねえけど、この兵糧丸がいい。栄養価が高く、しばらく籠城することになっても問題ない。持ち運びがしやすいのも評価点の一つだ。……なんで駄菓子屋のラインナップにあるのかわからねえけど」


「テロのにーちゃんは!?」


「テロではなく、テロ対策だ。そこを間違えるな。……まぁ、あえて言うなら金平糖やザラ玉だな。匂いも少ないから敵に気づかれにくく、手軽に糖分を補給できる。金平糖は持ち帰り用もあるからな」


「敦美さんは!?」


「食べ物に貴賤はない。生き残りたいなら喰らいつくせ。例え毒であろうと自らの血肉とし、次の行動への活力にするべき」

 

 駄菓子の種類は無駄に豊富である。梅、びわ、いちご、麦など、園芸部の作物を使っているから当然だ。


 餡子を使う駄菓子については先日のアズキが用いられているのだろう。ちゃっかり教頭先生や校長先生も並んでお菓子を選んでいる。やっぱりこういうのは懐かしいのだろうか。


「こうやってお金の使い方を勉強させることもできるし、昔懐かしい文化を伝えることもできるし、私たちとしては願ったり叶ったりなのだよ。もう、本当の紙芝居のおじいさんじゃないかと思えてしまうくらいさ」


 確かに、作務衣姿で紙芝居をし、駄菓子を与えている姿はとても平成の世で見ることはできない光景だろう。この空間そのものが何十年前に戻ったかのようであったし、おじいちゃんが高校生だといったい誰が信じることができるのだろうか。


「むぅ、まだまだだ。もうちょっと頑張ってもらわないと困るねェ」


「えーっ!? これでもまだ駄目なのかよ!?」


「ね、ね、あたしのほうが白いよね!?」


「……ん?」


 ふと、騒がしくなっている一角があるのに華苗は気づいた。どうやらそこは水あめを買った子が集まっているらしく、さっきから一心不乱に二本の割り箸を器用に使って水あめを練っている。


 ぐにゅぐにゅ、ぺたぺたとそれを続けるうちには空気が入り、透明だった水あめは曇りガラスの様に白くなっていった。


「今度はどうだ!」


「あたしが先だよ!」


「ふむ……どっちもまだまださね。こりゃあ、今日は優勝者なしで終わりかもしれないねェ」


「くっそー!」


「ま、まだ終わりじゃないんだからっ!」


 真っ白になったそれを、子供たちは我先にとおじいちゃんに突き出している。おじいちゃんはその一つ一つを老練の鑑定士の様にじっくりとみて、真面目ぶって批評をしていた。そのコメントを聞くたびに、子供たちから悲鳴が上がる、


「佐藤先輩、あれは何をしてるんですか?」


「ああ、あれはいかに水あめを練ることができるかってのを競っているんだ。一番練って一番白くなったのが優勝で、じいさんがそれを見極める。優勝者は特大のあんこ玉か追加の水あめを貰えるんだよ」


「へぇ……でも、どうしてそんなことを?」


「なんでも水あめは練れば練るほどおいしくなるとか? 空気が含まれてふんわりとしたやわらかい口溶けになるんだって。……まぁ、僕にはあまり違いがわからなかったけど」


 華苗もそれは初耳だった。今度機会があったら雪のように白くなるまで練ってやろうと心に決める。華苗はこういうの、実は結構好きなのだ。


「あと、昔から水あめを買ったらこのコンテストをするものらしいよ」


「華苗おねーちゃん、これこそが古き良きおちゃめゴコロってやつですよ!」


「なるほど……」


 おちゃめゴコロなら仕方がない。華苗も自分のおちゃめゴコロに素直に従い、

なんとなくシャリィの頬をぷにぷにしておく。このもちもちぷにぷに感がとにかく最高だった。


「うん、今日の優勝はこいつだ!」


「やったぁ!」


「くっそぉ!」


「つ、次はぜってー勝つからな!」


 結局勝ったのは小学校二年生くらいの女の子だった。佐藤から受け取った特大サイズのあんこ玉を口いっぱいに頬張り、ころころと頬を膨らませながら嬉しそうに笑っている。悔しがる男子たちは次こそは勝つといきこんでいた。


 この、みんなが駄菓子を頬張る空間をなんと形容すればいいだろう? 華苗だって生まれてまだ十六年しかたっていないが、本能が懐かしさを感じてしまっている。コンビニのお菓子ではとても味わえない、暖かな空気が広がっていた。


「わぁっ! 飴当たった! すっごい大きい!」


「ゼリー! ゼリーちょうだい! その青いやつね!」


「はいはーい」


 いつぞや見た糸ひき飴にはやっぱりアタリがあるらしい。その子がぐいっと引っ張った先についていたあめは他のものよりも二回りは大きく、存在感がまるで違う。ほっぺに入りきるかどうか心配してしまうほどだ。


 チューブ状になった駄菓子のゼリーも、以前テレビで見たものよりも遥かに長く、食べ応えがありそうである。切り口が固くて開けられそうになかったため、華苗は持ってきていた鋏でついでにパチンと切ってあげた。


「あのっ! そのっ! こ、これ受け取ってください!」


「あら、私にですか? ありがとうございます! この宝石あめ、ここで一番お高いやつなのに!」


「おっ?」


 屋台の端で、先ほどの男の子がシャリィに一つの飴を送っていた。おそらく蜂蜜とレモン、そしてイチゴを使用したであろう、透明でオレンジ色な、きらきらと輝く宝石を模した飴だ。ご丁寧にも指輪型の台座も付いているので、大きさに目をつぶれば本物の宝石に見えなくもない。


 こっそりおじいちゃんが教えてくれたが、女の子の憧れの商品らしい。なんとも素早い行動ではある。


「そ、それで……俺と付き合ってください!」


「おおお!?」


 と、男の子のほうがまさかの衝撃発言をした。それを聞いていた子供たちがざわっと盛り上がり、佐藤のこめかみがぴくっと震える。


 真っ赤になった男の子はおそらく十歳ほどだろう。とても元気のよさそうな感じで、クラスでもそこそこ人気がありそうだ。


 対するシャリィも十歳くらいとのことだが、外国人であると同時にもともとの性格がしっかりしているせいか、かなり大人びて見える。小さい中学生と言われても信じる人はいるだろう。加えて、学力だけで言えば恐ろしいことに高校レベル以上はあるのだ。


 この年で付き合うだのなんのと言うなんてませた子供だと言わざるを得ないが、最近の子供はみんなこんなものなのかと華苗は一人納得する。


「うーん、困りましたねぇ……。気持ちは嬉しいですけど、あたし、もう心に決めた人がいるんですよ」


「……えっ」


 ピシッと何かが砕ける音が確かにした。男の子は相当自信があったのだろう。断られるなんて思ってもいなかったようだ。


 彼はそのまま、一周回って冷静になってしまった頭で反射的に質問する。


「えと、その、どんな人なんですか……?」


「ちょっと子供っぽいところがあるけど、実は器用でとても頼りになる人で、たまに悪ぶったりもしてみせるけど、面倒見もいい優しい人なんです! 面倒くさがりのくせに意外としっかりもので……ああもう、とにかくすっごくステキなオトナな人なんですよ♪」


「ごフッ……」


「やーい、振られてやんの!」


「クラス一番人気の利成君がフラれたの……っ!?」


 ぽっと頬を染めて身をくねらせるシャリィに利成君は完全にノックアウトされた。わなわなと足を震わせて、今にも泣きだしそうな感じだ。ただ、彼が他と違ったのは、そこで逃げ出したりなどせずに、ちゃんと次へと続く言葉を紡げたことだろう。


「な、なら……せめて、お友達として付き合ってくれないでしょうかっ!」


「それなら大歓迎ですよ♪」


 フラれたばかりなのに一瞬で顔を赤くする利成君。幼くともシャリィちゃんは魔性の女だなぁ、と華苗はぼんやり思う。自分があのくらいの時は色恋沙汰のいの字もなかったのだ。


 昔の華苗ならわからなかっただろうが、今の華苗には一つだけわかることがある。利成君はまだシャリィちゃんを諦めた様子はない。これからどうにか努力して近づこうとするだろう。子供でも、いや子供だからこそその姿勢にグッとくるものがある。


 ……叶う恋かどうかは置いておくことにした。1パーセントくらいはきっと可能性があるだろう……たぶん。


「昔を思い出しますなぁ……。私も昔は好きな女の子に五十円くらいの駄菓子を奢ったものです。それが唯一見せられるカッコイイところだったのですよ。本当はそのお菓子を食べたくて仕方なかったんですけどね」


「ですなぁ……だが、プレゼントしていきなりはちょっと性急ですな。プレゼントをして、ゆっくりと近づいて、そこで決めないと」


「…………ま、まだまだ大丈夫のはずなんだよ……!」


「…こいつ、妹離れができなさそうだな」


「少年よ、テロ対策が出来る男はモテると言うぞ。興味があればいつでも訪ねてこい」


「ウソ教えんじゃねーよ。テロ対策じゃなくてゾンビ対策だからな!」


「サバイバルのほうがいいよ。その好きな人ってのもめっちゃすごい身体能力とサバイバリティを兼ね備えていたから」


 未来の部員を確保しようとすぐに動くあたり、園島西高校の部長も変わり者であった。









「さて、今日もお菓子は完売御礼、と」


「次はもうちょっと用意してもいいかもしれませんね」


 駄菓子も完売し、いい加減日も傾き始めたころ。おじいちゃんは散歩のメンバーを真ん中に集め、そしてアサガオの校長先生はうろちょろしていた子供たちに大きく呼びかけた。


「ほら、君たち集まりなさい! お祭りの説明をするぞ!」


「……ん?」


 華苗の耳が確かであれば、この校長はお祭りと言ったはずだ。しかし、華苗にはそれがなんのことかさっぱりわからない。この辺で子供会のお祭りがあるにしても、この場で言うにはあまりにも不自然である。


「ほら、順番に並べ。どうぜビラは腐るほどある」


「場所は俺たちの学校だからな!」


「ちゃんと宿題を済ませてから遊びに来ること。あとお家の人にも報告すること。無謀はよくないからね」


「……んん?」


 対策三部がチラシのようなものを配っている。子供たちは我先にとそれを受け取り、上から下まで舐めるように見つめていた。


 それは夜空に花火が描かれたデザインをしており、華苗がちらっと確認しただけでも『園島西高校』、『祭』の文字が見えた。どこからどう見ても、お祭りのお知らせだろう。


「知っての通り、今度園島西高校でお祭りが開かれる! あの、先生たちにアサガオの種を分け与えてくれた高校だ!」


「私たちもキミたちがいっぱい来てくれるのを楽しみにしているぞ! 今この場にいないお友達も誘って来てくれるとうれしい!」


「……えっ?」


 余ったビラを華苗は半ばひったくるようにして楠から受け取る。そこには園島西高校で夏祭りが開催される旨が綴られていた。しかも、あろうことか出店の一覧の中に『園芸部』の文字すら見える。


「え、なんですかコレ。聞いてないんですけど?」


「…言わなかったか?」


 お祭りのお知らせにきゃあきゃあ騒ぐ子供たちのせいで、いつも以上に楠の声が聞き取りにくい。


「…ほら、あまり実感はないが、もう盆に入っただろう? なら、やるべきことがあるじゃないか」


「いや、だからなんなんですか?」


「…盆ときたら夏祭りだろ? …イベント好きなうちの高校が、やらない理由がない」


「えっ」


 どこか遠くのほうを見ながら、楠はいつも通りの死んだ生気のない瞳で呟く。それは、華苗をこの夏最大と言っても過言ではないイベントへと誘うものだった。








「──園島西高校夏祭り、通称『島祭しままつり』。……お前も浴衣の準備でもしたらどうだ?」








 『島祭』開催まであと二日。華苗は声にならない悲鳴を上げた。








20150818 誤字修正。文法、形式を含めた改稿。

20151102 誤字修正。


件の童話、覚えていた人っているのだろうか。

そして、ここまで来るのが本当に長かった……!


紙芝居って楽しいよね。ただ読み上げるだけじゃなくて、いろんなテクニックがあるの。先生が読み上げるの、あれで結構練習したんだろうなぁ……。明らかにうまい先生とそうでない先生の差があったもん。

今の子供も紙芝居は知っているのかね?


駄菓子は何が好きですか? 私は水あめとザラ玉が好きです。糸引き飴も大好きです。ミルクせんべいって紙芝居のおじさんの気分次第で塗られるそれの量が左右されるという、ある意味運試しだよね。あと、謎の水あめコンテスト。マジであれなんなんだろうね。


そしてとうとうやってきた夏祭り。やるやるって言っておいてどれだけ経ったんだっていう。というか、夏が一年も続いているんだよね。


時系列と登場人物とフラグの整理が大変なので、お祭り編は向こうとの兼ね合いを見てある程度まとめて投稿しようと思っています。

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