58 アズキなある日 ☆
~♪~♪~♪♪~──......
「……ん?」
きらきらと輝く朝日に目を細めながら、華苗は遠くから聞こえてきた音楽に首をかしげる。心地よい染み入るようなその音色は佇む校舎に響き、そして朝練をしている運動部の声にかき消されていった。
音の大きさから、さらにその特徴的な音色から吹奏楽部のものでないのは疑いようがなく、また聞こえてきた方向が調理室であったため、華苗は自然と足を速めてその正体を探ろうとする。少なくとも、調理室で朝から演奏会をするなどといった話は聞いていない。
「……こんなもんか?」
「……買ったの昨日だよね?」
「指使い覚えれば楽勝」
がらりと扉を開ける。
華苗は園芸部特権で調理室を荷物置き場として利用してもいいことになっており、夏休みはずっと調理部、お菓子部兼用の荷物置きスペースに鞄を置かせてもらっている。もはや第二の部室と言わんばかりに見慣れたそこに、音色の主はいた。
「あ、華苗ちゃん、おはよう!」
「おっす」
「おはよ!」
田所だ。
新品だろうか、つやつやと良い光沢の放つ紺色のオカリナを首からぶら下げ、いつぞやどこかで聞いたような旋律を奏でていた。まだ部活開始時間ではないからか、彼の周りには清水やその他の女子が物珍しさに集まっており、ぺちゃくちゃと歓談してるのが見て取れる。さすがに朝イチで勉強する猛者もいないらしい。
「田所くん、なんで調理室にいるの?」
ふと疑問に思った華苗は、田所に何気なく言葉をかけた。
田所は超技術部であり、その部活場所はどこだったかの空き教室だったはずだ。園島西高校は部活同士の横のつながりが広く、ちょくちょく一緒に活動するといえど、超技術部とお菓子部にはそれほど関連性がない。
キャンプの時はピザを回したりだとか、リンゴでお手玉するなどとも聞いたことがあるが、そんな様子もない。
ありていに言って、田所はかなり浮いていた。華苗は女子なのでよくわからないが、女子しかいないその空間のど真ん中でオカリナをふくのは男子的には恥ずかしいことでないのだろうか。相変わらず田所はよくわからないなと、華苗は心の中だけで呟いた。
「いや、ミキさ、畑に行きたいんだって。でも、何度探してもどうしても見つかんないって」
華苗の質問に答えたのは清水のほうだった。なんかいつもと違うと思ったら、いつもの赤い髪留めじゃなくて、初めて見るオレンジのオシャレな髪留めをつけている。
「ああ……」
たぶん田所は一人じゃ入れない人なのだろう、と華苗はあたりを付けた。イマイチその法則性はわからないが、園芸部である華苗と仲の良い人間でもあそこには入れないことが多い。どちらかといえば部長クラスの人間なら入れる可能性は強いが、それでも人によって結構違う。
仲の良くて部長クラスなら入りやすいようなので、いずれ……おそらく来年には田所も清水もよっちゃんも出入りができるようになるだろう。
「でも、なんで畑?」
「聞いてねえの?」
おっかしいなぁと呟き、田所はオカリナを吹いた。どこかのゲームの効果音のような音色が木霊する。なんだか気の抜ける音楽──きっと今の彼の気持ちを代弁したのだろう。
その音色を知っていたのであろう二年の先輩が、驚いた顔をして彼の指を凝視した。もしかしたらマイナーなものだったのかもしれない。
「ま、問題はないけどさ」
ひとしきり満足したのか田所はやがて口を離し、明後日の方向を見ながら言葉を紡ぐ。
「楠先輩に頼んだものがあるんだ。もうナシはつけてある。お菓子部も、文化研究部のじじ様にもな」
「てなわけで、私とミキはこのあと着いていきます!」
清水がにこっと笑い、田所と華苗の腕を手に取った。どうせいつものことだからと、華苗はなされるがままについていく。少しだけ違和感を覚えたが、それに突っ込むのもなんだか野暮な気がしたのだ。
▲▽▲▽▲▽▲▽
さて、ここですこし園芸部の現状を振り返ってみよう。
この不思議な園芸部はなぜか入れる人と入れない人がいて、基本的には少数精鋭で作物の栽培をおこなっている。
正体不明の謎のまごころにより、植えられた作物は異常成長を起こし、そのどれもが一瞬で超一級品レベルのものへと昇華する。しかも、収穫してもその直後にまた収穫出来たりもする。
この夏に入ってからはすでにナス、スイカ、メロン、ひまわり、はてにマンゴーやバナナ、アナナス──パイナップルまで収穫している。以前に植えた諸々を含めれば、天然の八百屋を開けるほどであろう。季節を無視したあらゆる果物が食べ放題できる果樹園だって営める。
「…来たか」
「おはようございまーす!」
楠はそんな畑の中でもとりわけ地味な場所に立っていた。地味といってもなにもないってわけではない。彼の足もとにはどこか枝豆やジャガイモを彷彿とさせるようなやや丸みがかった葉っぱが茂っており、その生命を謳歌している。
畑の土色はその緑に覆いつくされて一切見えず、足を踏み入れたらそのままずぶずぶと沈み込んで引き上げられなくなるのではないか──そんな予感さえしてくるような、ある意味で鬱蒼とした雰囲気を放っていた。
なにが地味って、そこに果物や野菜が持つべき彩がないことだろう。
緑。どこまで見ても緑なのだ。言い方は少し悪いが、雑草の生えた荒れ地のように見えた。
「すみませんね、わざわざお願い聞いてもらっちゃって」
「…構わん。どうせやるつもりだったし、こちらも人手が必要だった」
田所はそんな楠の足もとをみて唇をゆがめる。首にぶら下げたままのオカリナが彼の胸と腹の中間でゆらゆらと揺れていた。
「ミキぃ、アンタなんでオカリナ未だにぶらさげてんのよ? 部室に戻った時置いて来ればよかったじゃん」
「置いてきたら吹きたいときにふけないだろ?」
ある意味当然だが、田所は一度部室に戻って制服から着替えてきたのだ。そのため、今は白いポロシャツ姿である。あまり畑仕事にふさわしい格好とは言えないが、なんでもこれは部活用の汗をかいてもいいラフスタイルな服装らしい。
ラフスタイルの割には長ズボンなのだが、これはブレイクダンスの時に膝を擦るのが嫌だからだそうだ。こちらに関しては畑の正装なので華苗としても文句はない。
着替えるくらいなら最初からその格好で学校に来ればいいじゃないかと思うだろうが、園島西高校はユニフォームや私服での登下校を禁止しているため、後に着替えるにしても学校には制服を着てこなくてはならないのだ。
どうしようもないときはこっそりユニフォームで来る生徒もいるのだが、上からそれっぽいのを羽織って人目につかないよう努力したりもするので、そこは暗黙の了解として見逃してあげる先生も多い。
実は夏休みに限っては特例でユニフォーム登校が認められていたりもするのだが、それでも律儀に校則を守るのが田所のいいところなのだろう。
ちなみに清水は体育のジャージ姿だ。もちろん腕まくりは全開であり、あまり日焼けしていない肌を惜しげもなく灼熱の閃光の元に晒している。
「おまえこそ、その髪留め外したほうがいいんじゃね? 帽子かぶるのにちょっと邪魔になるだろ」
「いいの!」
清水はいつぞや華苗がよっちゃんに貸した予備の麦わら帽子を被っているが、オレンジの髪留めがよほど気に入っているのか、それに被らないように帽子を頭にのせていた。
「……ふぅん? 史香ちゃん……へぇ?」
「な、なに?」
「べっつにー?」
くるりとみんなから背を向けてつばの位置を直したところに、華苗の中である種のイタズラ心がむくむくと芽生えてくる。ついでに、先ほどから感じていた違和感の正体もわかった。
清水の顔が赤くなっていたが、おそらくちゃんと帽子を被っていなかったせいだろう。心優しい華苗はそういうことにしてあげることにした。
「楠先輩、今日はなにを?」
「…見ればわかる」
日差しが強くなる前にさっさとやっちまうぞ、と楠は畑に入り、その長靴の大きな足跡を柔らかい畑の土に刻み付ける。がさがさとその植物の根元をかき分け、それを華苗たちに見せつけた。
三日月よりもさらにしゅっとした細長いフォルムのゆりかご。ぽこぽこぽこと五つくらい小さな赤ちゃんを宿している。先端のほうにかけては茶色っぽく変色していた。
なるほど、どこかで見た葉だと思ったが、それもそのはずだ。
こいつは豆だ。問題は、なんという豆なのかだが──
「…アズキだ。より正確に言えば夏アズキだな」
アズキだったらしい。
楠は無造作にその莢の一つを摘み取ると、一度軍手を外して短い爪の先で莢をゆっくりと開いていく。
「……おお!」
「わぁ!」
田所と清水がそろって声を上げた。莢の中からぷっくりと丸々太った豆粒たちが顔を出したのだ。
華苗たちが思った以上にその色は赤っぽく、まさにアズキのような──実際アズキなのだが、小豆らしい小豆色をしている。当然といえば当然だが、華苗はこれ以上にアズキ色な物体を見たことがない。なんというか、そのつやや陰影をすべて含めて〝小豆色”な感じがするのだ。
「…上出来だ」
「まごころこめたならそうでしょうよ。それに、シーズンなんでしょ?」
「…本来は違うがな」
本来ならばアズキの収穫期は十月ごろである。アズキのもつ秋っぽいイメージは間違っていない。
だが、楠が今回用意したのは夏アズキと呼ばれる品種だ。こちらは別名早アズキとも呼ばれ、その名の通り八月ごろには収穫できる。もちろん気候条件や栽培環境によってはその通りにもならないことはあるが、それでも一般的なアズキよりも二か月も早く収穫できるのはすごいことだ。
「…今日はこいつの収穫を行う。…妙に需要が大きいから、こころしてかかれ」
アズキは植える二週間ほど前から畑をしっかりと耕して準備をしなくてはならない。ふかふかで均質な土にすることができたのなら問題ないだろう。
季節を無視してあまりに早く植えすぎると莢があまりできなかったり、質の悪いものができたあげく収穫量まで減ってしまうことがあるので、植える時期はしっかり見極めたほうがよい。
なお、基本的には暖かめな気候を好むので、種類にもよるが気温が低い時は植えるのを少し見送ったほうがいいかもしれない。
お約束のようだが、植えるときは肩幅一つ分くらい開ける。深さは人差し指の第二関節がずぼっと入るくらいだろうか。一か所に当たり三粒ほど植えていき、仕上げにたっぷりの水をやる。順調に成長すれば、二週間も経つ頃にはぴょこんと可愛らしい緑の芽が顔を出すことだろう。
さて、あとはお日様をしっかり浴びせておけば問題なく成長する。しいて言うなら鳥害や虫害の対策をしておくことくらいだろうか。もともとどんな作物であってもこの辺は暗黙の了解のようなものであり、また不思議な園芸部では関係のないことでもある。
アズキは意外と手のかからない作物なのだ。不思議な園芸部でなくとも、育てるだけならそれほど難しくはないのかもしれない。
花が咲くのはおおよそ二か月後くらいだろうか。白いような黄色いような、ちょっと特徴的な可愛い花がちらちらと見え始めてくるのだ。
この花は概ね一週間くらいで散る。そして、それを合図に大きな莢ができてくるのである。
「…ただし、落果も落莢も確率が高めだ」
「どれくらいっすかね?」
「…ものや気候にもよるが、半分くらいか?」
「半分!? すごく高いじゃないですか!」
「…園芸なんてこんなもんだ」
清水も田所もこの程度で驚いているが、さくらんぼを経験した華苗からしてみれば、着くか着かかないかの二分の一なら十分にやっていける範囲だと認識できる。病害虫のことも考えればもっと低くなるだろうが、これよりさらに気難しい植物なんていくらでもあるのだから。
楠はつかつかと畑をかき分け、莢の一つを手に取った。楠の手の半分くらいの長さはある。すくすくと成長したのだろう。
「…莢が茶色になりかけているのから摘んでいけ」
「先輩、緑のもありますし、花が咲いているのもあるんですけど」
「…アズキは開花期間が非常に長い。取れるものからとれ」
「りょーかい」
アズキの開花期間は一か月以上もある。そのため収穫できる莢とそうでない莢が混在し、また莢に混じって花が咲き乱れている、なんてことがザラにある。
当然全部がきれいに熟すまで待っていたら鳥や虫のいい獲物になってしまうので、茶色っぽくなってきたものからどんどん摘んで行ってしまわないとならない。
本当なら毎日確認して順次収穫してしまいたいのだが、大まかに三回くらいに分けて収穫するのが手間暇を考えるならば楽だ。
「それじゃ、さっそく……」
華苗たち三人も楠に倣って畑に入り、腰をかがめて莢を探す。なるほど、まごころがしっかりいきわたっているのかそこかしこに立派な莢があり、花も咲き乱れていてどこかうきうきした気分になってくる。
華苗は手近にある茶色っぽい莢を軍手外してつまんでみた。どことなくカサカサしているような感じだけれど、枯れているってかんじもしない。うまく言葉にできない不思議な感触だ。
そしてそのままぷちっと摘み取る。さしたる抵抗もなくそれは引き離され、華苗の小さな手のひらに収まった。なんだかちょっと味気ないが、これも立派な収穫だ。
「…とりあえず、一人カゴ三つ分くらいは収穫しとけ」
「ういっす」
楠が顎で示した先にあるカゴを田所はひっつかみ、華苗と清水に手渡した。小学校の頃の給食のカレーに使われていた鍋くらいの大きさだ。麦わらで編まれているところを見ると、おじいちゃんが被服部あたりが作ったのだろう。
「……ねぇ」
「……言わないで。いつものことだから」
華苗の手の中にある莢はせいぜいが十センチといったところ。これをカゴ三つ分いっぱいにしろというのはなかなか骨の折れる話だ。
華苗はアズキをぷちぷちと引っこ抜いてはカゴの中へと入れていく。引っ張るだけで割と簡単に取れるから、量だけはこなせるだろう。だが、量が体積と直結するかと聞かれたら話はまた別だ。
豆などいくら集まっても豆である。決して山にはなりえない。
「……」
「……」
「お、ふたごちゃんみっけ」
ぷちぷち、ぷちぷち。
最初のほうこそいくらかの感動をもたらした収穫も、慣れてくればただの流れ作業でしかない。作業自体に工夫のしようがないので、華苗と清水はだんだん無口になってきていた。
動きは洗練されつつあるが、どこか機械的で感情がこもっていない。目についたゆりかごをサーチ&デストロイでかっさらっていく殺戮マシンのようだ。
これがマンゴーや桃のように収穫してすぐに食べられるものだったらまだモチベーションも保てていたことだろう。だけどアズキは莢を収穫して、処理するまでは食べられない。ついでに見た目も地味である。
こういってはなんだが、いささか退屈である──というのが、華苗の嘘偽りの無い本心であった。
「先輩、枝豆みたいに株ごと収穫しちゃダメなんですか?」
面倒くさくなった華苗は投げやりな気持ちで問いかけた。一つ一つやるよりかは株ごとがさっと抜いてしまったほうが爽快感がある。ついでにカゴを埋めるのだって簡単だし、なにより同じ豆である枝豆ができてアズキにできない道理がない。
「…莢が七割がた茶色になっているものならば株ごとやれ」
アズキの開花期間が長いというのは先ほど述べた通りだが、そのため莢の状態も部分部分でかなり変わってしまうことになる。
莢の状態を確認したとき、ほぼ茶色になって熟しているものばかりであるのなら株ごと収穫してしまっても構わない……というか、株ごと収穫しなくてはならない。うっかり収穫が遅れてしまうと裂莢──すなわち、莢が破裂してしまうのだ。中の豆が腐ったりしてダメになることもあるので、なるべくならそうなる前にちょくちょく確認して収穫したほうがいい。
とはいえ、いちいち莢を摘むのも手間ではあるので、あえてギリギリのタイミングで株ごと抜くのも戦略の一つではある。
「…害虫に中身を喰われることもあるからな」
「害虫に? 莢だけになるってことですか?」
「…それならまだマシなんだが。…清水、適当に莢を開いてみろ。運が良ければ……」
なぜそこで止めたのかと華苗は問い詰めたかった。
が、楠は華苗たちとは目も合わせようとせず、口だけを動かしてただただ収穫にいそしんでいる。
「……?」
よせばいいのに、清水は収穫の手を止めてアズキの開封作業に入った。枯れたカサカサした莢はコツさえつかめば素手でもきれいにあけられる。麦の時もそうだったが清水はこの手の細かい作業が得意らしく、鼻歌を歌いながら赤の七つ子をゆりかごから取り上げた。
そして──
「きゃあっ!?」
「史香?」
「史香ちゃん!?」
清水は悲鳴を上げて尻もちをついた。とっさに田所が駆け寄り、一瞬遅れて華苗もそこへとたどり着く。何を見たのか、清水は顔を真っ青にして放り出した莢を指さしていた。
田所がそれをつまんで中身を見る。
「なんだ、たかだか虫じゃねえか」
「ミ、ミ、ミキぃ……アンタそれ平気なの!?」
「恐れる理由がどこにもない」
莢の中に白いような黄色いような変なヤツがいた。アズキの実と同じくらいの大きさの幼虫のようだ。もそもそと口元を動かし、赤茶の実を食い荒らしている。そいつが食った部分は白い実の中身が露出していた。
いったいどこから入ったのだろうと華苗は思ったが、よくよくみると莢の裏側にぽっかりと小さな穴が開いている。
気持ちの悪いことに、その莢の中にはそんな幼虫が二匹もいた。もぞもぞ、うごうごと蠢いていて、じっと見ていると鳥肌が立ってくる。
「…アズキノメイガか、その類だろうな。運が悪いと莢の中が全部幼虫ってこともありうる。…穴に気づかず莢をつぶして中身を取ろうとすると……」
「うへぇ」
楠が言い切る前に田所はその莢を中空に放り投げ、落下のタイミングを見計らってハイキックをかまして莢をふっとばす。ちょっと離れた華苗の耳にもばちって変な音が聞こえたから、きっと中身はぐしゃぐしゃだろう。
なんだか首筋がぞわっとしたので、華苗はそれ以上考えないことにした。
「…さて、こんなものだろう」
そんなこんなとしているうちには収穫も終わる。株ごと引き抜き始めてからのペースはなかなか早く、思ったよりも簡単にノルマは達成できたのだ。
「このあとはどうするんです? 処理しないとまずいですよね」
「…じいさんとこに依頼してある」
当然のことながら、収穫したばかりの莢の状態ではアズキを楽しむことはできない。アズキは収穫した後、軒下等にぶら下げて乾燥させなければならないのだ。気候やその他の条件によりいろいろ変わってくるが、莢からからからと軽い音がしてくるようになれば乾燥終了だ。
「…よっと」
楠はみんなが収穫したアズキのカゴをリヤカーに乗せる。今回はスイカやメロンほどかさばらないので、荷台にはスペースがかなりあった。アズキの莢も量があるといえど所詮は豆であり、その重さもたかが知れている。
わざわざ積載量に余裕のある大きなリヤカーが用意されていたことは華苗にとっては願ってもないことだったのだ。
(史香ちゃん、こっち!)
(い、いいの?)
ならば、やることは決まっている。
華苗は古家のおじいちゃんの元へと行こうと楠がリヤカーを引き始めたのを見計らい、ひらりとそれに飛び乗った。華麗に着地を決めた後はこっそり並走していた清水の手を引っ張り上げ、すとんと柔らかく自分の隣へと招き入れる。
ここまでおよそ八秒。もはや熟練の域である。
こっそりリヤカーに乗る技術に関しては、華苗はだれにも負けない。
(ちょいそこあけろ)
なんて思ってたら、ちょっと後ろで助走をつけた田所がいとも簡単に飛び乗ってきた。体操選手のような見事な身軽さだ。ついでに忍者であるかのように音も立てていない。完璧に華苗の負けだ。
「…なんか重くなったか?」
「きのせーですよー」
がたごと、がたごと。
楠はにぶい。高校生三人分も重さが増えているのに、全然気づかない。馬力が無駄に高いせいで、この程度なら誤差にしか思えないのだろう。
まだいくらかマシな日差しが荷台の上で揺られる三人の顔を照らす。この絶妙な振動と流れる景色がすごく牧歌的で華苗は好きだ。ここが大草原だったらさぞや気持ちのいいことだろう。
「いつもこうやって果物持ってきてくれるの?」
「夏場はね。よっちゃんもこないだやったの」
「ああ、メロンのときか。あのメロンはうまかったっけなぁ」
がたごと、がたごと。
華苗はカゴを端っこによかしてまんなかに足を延ばすスペースを作る。やっぱりこういう雰囲気は大事だ──なんて思いつつ、背もたれ代わりのカゴの感触を楽しんだ。
「そういえばさぁ……」
「なぁに?」
この至近距離ならば、ごまかしようもないだろう。華苗はここでキャンプ四日目にからかわれたことを復讐することにした。
「史香ちゃん、いつのまにか田所くんのこと、名前で呼んでるよね?」
「ッ!?」
さっきから気になっていたのだ。ミキという女の子は華苗たちの周りにはいない。文脈からしてもミキとは田所のことを指しており、そして田所の下の名前は幹久である。
「いつの間にそんなに仲良くなったの? ん?」
「~~ッ!」
小動物が精一杯威嚇するかのような清水の表情。最高だと思わずにいられない。
「昨日だ。なんか知らんがそう呼ばれ始めた」
喋れない清水に代わって田所が世間話でもするかのように話し出す。
がたん、がたんと荷台は揺れていた。
「ほら、熊の時におれ、史香の金使ったろ? それの埋め合わせしろって言われてケーキバイキングいったんだ」
「ほぉほぉ、その話詳しく」
なかなかに興味深い話である。自分のあずかり知らぬ場所でこんな面白いことが起こっていようとは、華苗は驚愕の念を隠せない。
「桜井先輩に教えてもらった場所らしくて、これが結構いい場所だったんだわ。種類も豊富だったし、値段も安めだった。恋人割引とか使うと半額にもなったんだ」
おかげで財布のダメージは少なかった、と田所はにこやかに言った。その割引を使ったということは、少なくとも清水のほうは満更でもなかったのだろう。田所のほうは純粋に損得を考えているだけだろうからよくわからない。いや、ある意味ではすごくわかりやすいのだが。
「まぁ、勉強会の時に食べたベリータルトに勝るものはなかったけど」
「誰のやつ?」
「佐藤先輩の」
清水は無言で田所のわきばらに一発入れた。そこは嘘でも彼女のものと言っておいたほうがいいだろうと華苗は思う。良くも悪くも、田所は正直者なのだ。
「でさ、そこで食ってたら穂積先輩と桜井先輩に会ったんだ。そりゃ、紹介してもらった場所なんだからかち合ってもおかしくないよな。せっかくだからってそのあと一緒に買い物に行くことになった」
名前で呼ばれるようになったのはこの辺からだと田所は言った。穂積と桜井はたぶんそういうつもりでそこへいったのだろう。清水も華苗の推測が正しければそういうつもりだったはずだ。
よそ様の目が加わったから、余計に意識してしまったとみて間違いない。しかも、俗にいうダブルデートというやつである。
「そうだよ! こいつ、買い物行くって言った瞬間香水買いたいって言ったんだよ!?」
「こ、香水? ……男子も香水付けるの?」
おそるおそる華苗は問いかけた。香水どころか華苗は化粧のけの字もしらない。さすがに男子に、それも田所に負けるとなると華苗もショックを隠せない。
「いや、手品用に。これがまたよく使うんだわ。ただ、なんかポイントスタンプの関係だとかで史香の分も買わされた」
「……へぇ?」
「ホントなの! ちょうどあとちょっとでスタンプ押せたってだけなの!」
「そのあと、桜井先輩が『乙女心を理解しろ──っ!』って言って、そのオレンジの髪留めも買うことになった」
「アウト」
「こ、これもスタンプのためなの! スタンプ集めたら二割引券と交換できるの!」
あんだけ大事そうにつけておいて何をいまさらいいやがるのか、と華苗は突っ込みそうになった。
「この辺から名前呼びが確かなものとなった。次に楽器屋でオカリナを探した。正直楽器は良くわからんかったから、桜井先輩がチョイスしたものの中から史香に選んでもらった」
田所が首から下げたオカリナに触れた。華苗の記憶が確かなら、田所は部長会の時にオカリナを覚えるように森下から言われていたはずである。きっとそのために楽器屋へよったのだろう。
「あまりに買い物が長かったから、おれと穂積先輩はゲーセンで時間を潰す事にした。穂積先輩ってすげぇのな。だいたいのゲームでハイスコア取ってた。おれも自信はあったのに、ダンスゲーム以外は全敗だった。……白熱してたら、いつの間にか鬼が二人背後に立っていた。そして目の前が真っ白になった」
「こいつ、何も言わずにゲーセン行ってたんだよ……。おかげで桜井先輩とあちこち探し回る羽目になったの」
だから私の怒りは正当だと清水は頬を膨らませた。赤みのさしていることと、いい感じのふっくら具合から、まるでアズキのような見た目であった。
「でもなぜか、帰り際になってウェストポーチを貰った。今日付き合ってくれたのと、熊の時の礼と言っていた。トランプやオカリナといったちょっとした道具の小物入れとして使うことにしたぜ。ポケットいっぱいあるし、大きさもいい感じですっげぇ便利なんだ。ま、汚れると嫌だから部室においてきたけど」
「アウト」
「安かったの! あとポイントが溜まりそうだったの!」
大切なものを肌身離さずつけるのか、汚さないように大切な時以外つけないのか、こういったところで人の感性の違いが現れるのだと華苗は思う。いずれにせよ、大事に扱ってもらえるのなら物としても本望だろう。
がたごと、がたごと。
三人とアズキを乗せたリヤカーは一定のリズムでゆったりと進んでいく。アズキ以上にアズキ色になった清水に満足して、華苗は足を延ばして寝そべることにした。枕は清水の太ももを使うことにする。女王の特権だ。
「……はぁ♪」
「華苗ちゃんって、ときどき意地悪だよね」
「べっつにー? あー、よっちゃんにも話さなきゃなー」
「たぶん、もう半分くらいバレてんだよね……」
「なにが?」
「ミキ、アンタはわからないならわからないままでいい」
がたごと、がたごと。
「……」
三人がサボって乗っていたことに気づいても、楠は無言でリヤカーを引き続ける。なんだか口をはさめない雰囲気だった──というのもあるが、顔に似合わず心優しい彼は、たまにはゆっくりクラスメイト同士で友好を深め合うべきだろう、と思っていたのである。
がたごと、がたごと。
先輩の気遣いを知るはずもなく、三人はおしゃべりを続ける。夏の暑い日差しが楠に降りかかり、彼は一筋の汗を流した。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「…いいかげん、おりろ」
それから五分もしないうちに一行は古家の前についた。さすがにこれ以上リヤカーに乗っている理由もないので華苗は反省のそぶりも見せずに礼を言い、素直にリヤカーから降りた。
「いつも乗せてくれてありがとうございますー」
「…俺は後輩の育て方を間違えたのだろうか」
さて、そんな楠を無視して華苗はぐるりと古家を見渡した。
相変わらずどこか懐かしいような、古臭いとも取れる雰囲気を放っており、ともすれば昔のお百姓さんか町人でもひょっこり姿を現しそうな感じだ。
いつぞやのびわのはざがなぜだか東屋の前に設えられており、古家に備えられていたのであろうお布団が干されていた。悔しいことに華苗の家のお布団よりも立派でふかふかしているものだ。
そこからちょっと離れてところにも同じようにはざがあり、こちらは物干し竿も取り付けられている。
問題なのはそこに干されているものだ。
「……」
「……」
「すげぇ生活感」
ここでは逆に違和感を覚えてしまうピンチハンガーに、靴下だのハンカチだのが干されている。サイズと色合いから察するに男物だろう。シンプルなデザインの青いTシャツが風にゆらゆらと揺れており、その奥からは灰色のトランクスがちらちらと見えた。
男物のぱんつである。
「…なぜにメイド服?」
さらにその隣にはメイド服も干されていた。華苗は本物のメイド服を見るのは初めてだが、生地もしっかりした立派なものだ。
明らかに小学生女児用の肌着がその奥に干されており、メイド服とそれに挟まるようにピンチハンガーが取り付けられている。やっぱりこちらも靴下だのハンカチ──ただし女の子のものだ──が干されていて、外からは見にくいまんなかにはピンク色のぱんつがあった。
女の子のぱんつである。
下着を洗濯物の真ん中に干すのは主婦の常識だ。こんなのちょっと住宅街に足を踏み入れればどこででも見られる光景だろう。
だが、高校でとなると途端に頭にはてなマークが浮かんでくる。
「よう、はやかったねェ」
じゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ。
洗濯物を干した主であろうおじいちゃんが裏手からひょっこりと現れ、洗濯籠を小脇に挟んで華苗たちに声をかけた。
もう片方の腕には洗濯盥を抱えており、中でちゃぷちゃぷと水が揺れている。おじいちゃんはそれを古家の端の茂みに流し込んだ。せっけんを使っていないからそのまま流しても平気らしい。
「ちょっとまっててくれ、すぐに干し終わるから」
たぶん、というか間違いなく洗濯をしているのだろう。男物のそれは佐藤のもので、女の子のものはシャリィのものに違いない。
となると、これから干すのはおじいちゃん自身のものだ。
「な、なんで洗濯なんてしてるんですか?」
「今日は天気がいいからねェ。せっかくだからまとめてやっちまうことにしたのさ。夢一の家じゃ、これだけまとめては干せないからねェ」
そりゃそうだ。天気が良ければ洗濯するに決まっている。学校だからってそれをしない道理はない。むしろ、スペースを気にする必要のない学校だからこそ、洗濯はするべきだと言えるだろう。
思った通り、籠の中からは作務衣と甚平が出てきた。おじいちゃんはパンパンと開いてそのしわを伸ばし、ちょっと変わった和装用の衣紋掛けにその袖を通す。もう一度ひらひら振って物干しざおにかければお終いだ。
「「……」」
「……みんなしてどうしたね?」
洗濯はそれで終わってしまった。おじいちゃんは下着を干さないらしい。
もしかしたら褌かも、と誰もが勘ぐり凝視していたのだが、結局わからずじまいだ。
「さて、アズキの件だったかね。こっちの準備はできてる……けど、その前に幹久、例のものは?」
「こちらに」
ぐいっと伸びをしながらおじいちゃんは田所に問いかけた。それに応えるように、田所が両手のそれを見せつける。
「キュウリとナス、たしかに」
「あれ、いつの間に?」
「…おまえと清水が喋っているときだな」
「……ナスがあたしなら?」
「消去法的にキュウリはおれか? おまえ、ずいぶん古いこと知ってるな」
「ミキも知ってるじゃん」
「そういやそうだった」
田所が持っていたのは園芸部自慢のナスとキュウリだ。どちらもまごころがたっぷり詰まっている立派なものだ。ナスの紫は鮮やかだし、キュウリもすっごく大きい。
でも、なぜ収穫したのかは華苗にはわからなかった。
「じじ様がついでにもってきてくれって」
「例の知人が精霊馬に興味があるらしくてねェ。お盆も近いし、是非とも見せてくれって言ってきたんだ」
精霊馬というとお盆の時期のアレである。最近はあまり行かないが、華苗も母方の実家のほうで何度か見たことがある。これに割り箸を刺せば、今すぐにでも動き出してしまいそうなほど生命力あふれる精霊馬が作れることだろう。
「例のイベントも近いことだし、いくつか試作品を作ってみようと思ってね」
とりあえずあがんなさい、とおじいちゃんは言った。華苗たちはアズキの籠をもって縁側へと赴く。直接玄関から入るよりもそっちのほうが手っ取り早いからだ。
「あ、華苗おねーちゃん!」
「あら、こんにちは……」
縁側ではなぜだかシャリィと白樺がいた。二人とも和服姿でひなたぼっこをしているらしい。いささか暑すぎるような気もするが、感性は人それぞれだろう。
「きれいだね! 似合ってるよ!」
「ありがとうございます! 実は、このあと一世一代の大勝負に出かけるんですよぉ……!」
シャリィはふんす、と鼻息を荒くしながら語った。どうやら例の大好きな人──レイクにこの姿で特攻をしかけるつもりらしい。着物姿をさらに活かす為、白樺からはお淑やかの神髄を学んでいるそうだ。
「シャリィちゃん、最近ちょくちょく茶華道を学びに来てくれるんです……。ふふ、妹ができたみたいでとっても楽しんですよ」
茶華道とお淑やかの直接の因果関係は華苗にはわからなかったが、この学校の部長たちの中でもとくに常識的な白樺の下でなら、女の子らしい慎ましやかさも学び取ることができるはずだろう。
もはや古家周辺は高校の敷地内という感じが一切しなかったが、これはこれでいいものだと華苗は思う。いざとなったらここだけで生活することもきっと不可能じゃない。
「ほれ、おしゃべりもいいがアズキをやっちまうよ」
「はぁい」
おじいちゃんがどこからか新聞紙と太い棒を持ってきた。がさっと新聞紙を縁側に広げると、そこにざらざらと莢を広げる。全体に万遍なく敷き詰めたところでさらに上から新聞紙をかぶせた。
「おじいちゃん、乾燥させるんじゃないんですか?」
「もうさせたさね」
「あっ、はい」
なぜかはわからないが、おじいちゃんは物の時間を早めることできる。園島西高校の部長ならみんなそれぞれ似たようなことができるが、文化研究部のおじいちゃんの場合、文化体験をするために時間の流れを操れるのではないか、と田所が考察していたのを華苗は覚えている。
どちらにしても、もういちいち反応するようなことじゃない。常識なんて、時代と場所によって簡単に移ろうものなのだから。
「アズキ、ですか……。おじいさま、これも麦と同じように脱穀をするのですか?」
「やることはいっしょだが、こいつの場合は脱穀じゃなくて脱粒という」
おじいちゃんは棒をふりあげ、アズキへと振り下ろす。さすがに華苗たちも新聞紙と棒が用意された時点でこうなることは理解できており、すでにいくらか距離をとって遠目からその様子を観察していた。
ぱんぱん、からからといい音が古家に響いていく。やっぱり麦のときと見た目はそう変わらない。
「まぁ、こんなものだろう」
「おぉ」
ある程度叩いたところでおじいちゃんは新聞紙をどけた。莢のごみと混じって赤茶の豆粒がそろって華苗たちの顔を見上げてきていた。
その数、ざっと見ただけで数千粒以上はあるだろう。こうして大量に集まっているのを見るとやっぱり壮観だ。
「このあとはふるってくずと豆とを選別する。……豆の選別はするのかね?」
「…いえ、豆は分けなくてもいいと思っています。…清水、分ける必要はあるか? 俺はそのへんはよくわからん」
「どうせ煮込みますし、どれも一級品みたいですから大丈夫ですよ」
選別作業にはくずと豆を分ける以外にも意味がある。収穫段階で気づかなかった虫食いや腐食した豆を選り分け、そして豆の品質ごとに分類するという作業も兼ねているのだ。
あくまで園芸レベルのうえ、麦ほど顕著に質が違うわけでもないのでここでは品質ごとの選別は行わない。もちろん虫食いや腐食は取り除くが、ここではそれらもそんなに気にする必要がない。
清水が先ほど虫を見つけてしまったのは、本当に運が悪かったからなのだ。
なお、乾燥、選別が終わったアズキは冷暗所に保存することが推奨される。こちらもまたある程度の虫食い対策を行っておかないといざ使うときに目を覆うことになってしまうので注意が必要だ。
楠はわずかにうなずくと無言で豆をふるいにかけ始めた。いつのまにやら麦踏の時と同じ道具が用意されており、戦闘準備がすっかり整ってしまっている。
ちらりと華苗が隣を見ると、シャリィがぱちりとウィンクしてきた。どうやら彼女はこれを見越して道具を取りに行ったらしい。両目をとじてしまっているところがまた子供らしくてかわいかった。
「痒い所に手が届くってのがお淑やかの秘訣らしいですよ!」
「うーん……。ちょっと斜めな解釈ですけどね……。でも、気配りができる女の子は殿方から喜ばれますよ」
ばんばんばん、じゃっじゃっじゃとアズキを処理する音が響いていく。叩くのは割と簡単に終わるが、ふるいにかけて選別するのはなかなか手間だ。
おじいちゃんだけが脱粒を行い、残りの人間は選別作業をしていく。シャリィや白樺も手伝ってくれるので負担は少ない。
ちなみに楠は力が強すぎてアズキを潰してしまうため、脱粒ができないのだ。
「そーいえば、田所くんはどうしてアズキが欲しかったの?」
「お手玉が欲しかったんだ。餡子を食べたかったってのもあるけど」
乾燥させたアズキの粒を小さな布袋に詰めることでお手玉にすることができる。布の切れ端などを四枚ほど用意し、一握りほどの材料を入れて縫い合わせれば完成だ。このとき入れる材料はなんでもいいが、古くからアズキが多く用いられている。
粒の大きさや硬さといった観点から、持った時と受けたときに一番手にしっくりくるのだそうだ。しゃらしゃらとした音もいい感じらしい。
ちなみに、お手玉の材料にはトウモロコシや大豆も使われたりする。それぞれで感触や香りが違うらしい。
「おれはアズキを分けてもらうって条件で畑仕事を手伝うことにしたんだ。その流れで処理作業もやって、お手玉も作ってもらうことにした」
「私もそんなとこ。途中でミキもやるって聞いたから、ついでにミキに餡子の和菓子でも作ろうかなって」
「私も私でそろそろ餡子が恋しくなってきたから、処理の手伝いついでにそっちのお願いも聞こうと思ったわけさ」
こういうのがウィンウィンの関係というのだろう。園芸部的にも人手が増えて作業が楽になったし、それぞれがそれぞれの目的をなんだかんだで達成できそうである。
「お手玉、最悪自分で縫うことも考えていただけに、本当にラッキーだった」
基本的にこの学校の生徒は『買う』という概念を持っていない。買うよりも『作る』ほうが早いしクオリティも高く、部活の力をあわせれば大抵のことはどうにかできてしまうからだ。バイトする時間もないからお金はもったいないし、合理的ではある。
何でもできてしまう環境がそろっているというのもあるが、その辺の勤勉さがこの園島西高校の生徒のいいところだろう。
ちなみに、高校生の醍醐味ともいえる買い食いも園島西高校ではあまり見受けられない。正確に言うと、物を食べながら帰る生徒は大勢いるのだが、お店でお金を払って何かを食べる生徒があまりいないのだ。
というのも、調理部・お菓子部がだいたいのものを作ってしまうためである。華苗も楠も、ここ最近は帰り際に調理室によってコロッケだのアイスだのを貰ってから帰っている。コロッケは大量に作ることができるうえ、そこそこお腹にたまるので運動部に結構人気があるのだ。
総菜パンも調理部の練習で大量に作られており、運の良い運動部はそれを貰って買い食いもどきを楽しめるのである。女子はお菓子部が作った季節のデザートを食べることが多い。最近だとエクレアやかき氷が提供されていたのを華苗は覚えている。
もちろん、それらにありつけない生徒もいる。そういう人たちはおじいちゃんから駄菓子を貰ったり、園芸部が校門前に置いたリヤカーからスイカだのバナナだのを適当に自分たちで切り取って食べているのだ。
光景は一緒でも、大本が違うのだ。ついでにメニューは豊富だし味も素晴らしいのだから、文句の言いようがない。お金も無駄遣いしないで済むし、まさに地産地消(?)のシステムが出来上がっているのである。
提供する側も練習で作りすぎてしまった料理を楽しんでもらえるし、多くの人に食べてもらうことでその感想を次に生かせるので、誰も損せずみんながハッピーになれるサイクルになっているのだ。
「この子の服を作るときに使ったきれいな布の端もいっぱいあるからねェ。今夜あたりよなべでもしてちくちくやろうっていう寸法さ」
「白樺おねーちゃん、お手玉ってなんです?」
「ああ、シャリィちゃんのところにはありませんか……。こう、小さな布袋を次から次に手渡して投げる遊びですよ。伝統芸能とも、大道芸にも近いものがありますね」
「ああ、ジャグリングですか! それならこっちにもあります! ……にしても、うちとこっちじゃ言葉の意味も微妙に違うんですねぇ」
シャリィのところにもお手玉を意味する言葉はあるらしいが、布袋を投げるという遊びはないそうだ。これも彼女なりの異文化体験になるのだろう。
「シャリィちゃんはいつもここで遊んでいるの?」
じゃっじゃっじゃ。
手慣れてきた華苗はおしゃべりしながら作業をすることにした。さすがにずっとこのまま無言でやり続けるのはむなしすぎる。
「そんなところですね。じいじにいろんなこと教えてもらったり、部長のおにーちゃん、おねーちゃんと遊んでもらったり……。お兄ちゃんの教科書を見てお勉強することもあります!」
「へ、へぇ……」
喋りながらもみんなの手は止まらない。新聞紙の上の莢屑を外にぱぱっと捨て、選別済みの小豆をボウルの中へとあける。ふるいが空になったところでおじいちゃんが脱粒したアズキを新聞紙ごとひっぱり、再びざらざらとふるいにかけていくだけだ。
「あと、文化研究部のお手伝いもしますね。お兄ちゃんは絵が壊滅的を通り越して破滅的ですから、紙芝居を描くのはあたしの仕事なんですよ!」
文化研究部の活動はかなり幅広い。聞いていないだけで、きっといろんなことをやっているのだろう。
おそらく、この部活なら下手な文化センターよりも密度の高い文化体験ができる。というか、園島西高校の活動そのものがそんな感じなのだ。華苗はこの学校に来てから退屈をしたことがない。毎日が驚きと発見と学習の連続である。
「芝居といえば、演劇の連中もアズキを欲しがってなかったかね?」
「…なんでも波の効果音を作成したいそうです。アズキを使うといい音ができるそうで」
実はアズキ、サウンドエフェクトの作成にも用いられてたりする。アズキのざらざらした特徴的な音はさざ波の音とそっくりなのだ。もちろんそれっぽく聞かせるには相応のテクニックがいるが、マスターすれば自由自裁に波の音を出すことだってできるのである。
「…こないだのハイビスカスの映像と合わせたいそうで。インスピレーションが働いたとか」
「なーんか、どこも面白そうなことしてますねぇ……。こないだの映像って、パイナップルとかを持ってきてくれた時のですか?」
「…うまかったか?」
「とってもおいしかったです! パイナップルの甘酸っぱさが最高でした!」
シャリィは和服姿でにこっと笑った。いつもと違い、小首を傾げて手で口元を隠している。どことなくお淑やかで上品な感じだ。
「実はあのあといろいろと試作品も作りまして。トロピカルジュースの配合を研究したんですよ!」
「トロピカルジュースって、ただ混ぜるだけに見えて奥が深いもんね」
清水に言われてはっと華苗は気づく。あの時飲んだトロピカルジュースは全部微妙に味が違ったはずだ。つまり、研究を重ねればさらにおいしいものを飲めるということである。
アズキを選ぶよりそっちを優先するべきじゃないのだろうか──と、華苗の心の中で小さな豆粒と豪華なフルーツが天秤にかけられた。
その結果は、華苗のみぞ知る。
じゃらじゃら、じゃらじゃら。
「ふぃ──……」
ようやく一籠分の処理が終わったといったところだろうか。麦もそうだったが、この手のものは処理に非常に長い時間がかかる。できるならお昼までには終わらせたいと華苗は思っているが、どうなるかなんて誰にもわからない。
「なにか飲物でも飲むかね? 梅ジュースも、麦茶もあるが……」
「梅ジュース」
「わたしも!」
「同じく」
「ついでにちょっとしたおやつも食べるかい? 梅干しとキュウリの漬物があるさね」
おじいちゃんは一度手を止め、シャリィを伴って奥の蔵へと行ってしまった。物の数分もしないうちにはおいしそうな梅とキュウリ、そして梅ジュースをもって帰ってくる。
おやつの選択が渋いのは、おじいちゃんがおじいちゃんであるゆえだろう。まるで田舎に帰ったかのような気分になってしまったのは、しょうがないことだ。
「しゅっぱい!」
梅が酸っぱい。でも、なんか元気になる感じである。それにずっとしゃぶっているとどことなく甘味が出てきておいしい。つばがどんどん湧き出てきて、華苗は自然と口をすぼめた。
酸っぱいのにあまい。そしてどこまでもすっぱい。
「…キュウリは食いながら作業が出来て楽だよな」
キュウリをぼりぼりかじりながら楠はアズキをふるい続ける。そんなことを思う高校生はおそらく世界広しといえど楠くらいだろう。
「やっぱここの梅ジュースはうめぇよなぁ……」
「うめだけに?」
「それはない」
清水の突っ込みを田所はバッサリと切り捨ててジュースをちびちび飲む。どこで用意したのだろうか、そのコップの中には氷が浮いており、からからと涼やかな音を立てていた。
風鈴みたいでどことなく気分が健やかになってくる。甘酸っぱい香りが優しく鼻に届いて、気分をうきうきしたものに変えてくれた。
「…気合入れて、さっさと終わらせるか」
「うーぃ」
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おやつをつまみながら華苗たちは作業を続けた。そのかいもあって、昼までにすべての作業を終わらせることに成功する。あれだけ多かった小豆も、お菓子部が数回使えばなくなってしまうというから驚きだ。
唯一残念なことがあるとすれば、アズキを食べることができなかったことだろう。なんでもアズキから餡子にするのにはそこそこ時間と手間がかかるそうで、また今度お菓子、文化研究、茶華道部の合同で和菓子づくりをするらしい。
おじいちゃんならばその問題もクリアしてお饅頭のひとつでも作ってくれそうだが、なんでもこの後シャリィちゃんと出かける用事があるらしく、それの準備をしなくてはならないらしい。トロピカルジュースの研究の成果を見せるのだそうだ。
どうせまだまだ夏休みは続く。今食べられなくともいずれ食べられるのなら問題ない。
選別したアズキの袋を運びながら、華苗は食べすぎ飲みすぎでぽんぽんになった腹をさすった。
暑い暑い夏は、まだまだ続く。
20181123 文法、形式を含めた改稿
小豆処理までやったとはいえ、長くなりすぎた。最近短くまとめられぬ。
神奈川の西のほうにあるとあるお城に旅行に行ったとき、文化体験コーナー的な場所にあったお手玉をジャグリングとして遊んでいたら売り子のおじさんに褒められてなんかおもちゃを一つおまけしてもらえたって言ってた。
洗濯ばさみがたくさんついているアレ、ピンチハンガーって言うんだって! 初めて知ったよ。いつも『洗濯のアレ』って呼んでた。
買い食いなにやってた? 近所のスーパーで1.8リットルジュース買ったくらいしか覚えていない。暑いときにガリ×2様を買ってたっけか?




