55 ひまわり畑にて ☆
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】です。本当にありがとうございます!
こんなにもステキな写真と綺麗なひまわりに、臨場感がすさまじくなって書いててドキドキしました!
『そう……それが、あなたの決断なのね』
真夏の太陽の下、麦わら帽子に白いワンピースの少女がどこか遠くを見つめて微笑む。
彼女の肌は健康的に焼けており、遠くから見れば活発な印象を受けたが、その顔立ちはむしろ深窓の令嬢のように穏やかなものだった。
子供に見えるほどに小柄な少女であったが、彼女の表情は大人びているのを通り越して何かを諦めているようでもあり、同時にまたこの状況をどこまでも楽しんでいるかのようなものでもある。
『ねぇ……もう一度、考え直す気はない?』
『……これ以上、お前としゃべることなんてない』
少女にふわりと微笑みかけられた少年はぼろぼろの格好だ。高校の制服──だったのだろうが、あちこち破けているし焦げている。泥にまみれてもいるし、そして、落としきれなかった血のシミまでついている。
日焼けした顔は野性味あふれるといえば聞こえは良いが、その鬼気迫った表情のせいでむしろ獣のような雰囲気を醸し出していた。
少年は傷だらけの頬をすこしだけこすり、ぎん、と少女をにらみつける。
『あら、怖い』
『俺はお前のほうが怖い』
ふわぁっと風が吹く。
彼らがいるのは太陽の原っぱ──否、ひまわり畑だ。ぐるりと見渡す視界のすべてが立派なひまわりで埋め尽くされており、そよ風に撫でられてゆらゆらと気持ちよさそうに揺られている。
まるで誂えたかのように開けたひまわり畑の真ん中で彼らは対峙していた。
少年と少女の物々しい雰囲気はこの大輪のひまわり畑には似合わない。一面にひまわりが咲き乱れるこののどかな光景を見れば、どんな残虐な人間であってもその生命の美しさに心を奪われてしまうだろう。
だがしかし、この素晴らしいひまわり畑は少年と少女の思い出を逆なでし、そしてどこまでも因縁を感じさせる、忌まわしいものでもあったのだ。
くすくす、と笑いながら少女は麦わら帽子のつばを直し、可愛らしく両手を後ろで組んで歌うようにつぶやいた。
『認めよう我らの負けを♪ 讃えよう君の勇気を♪
滅ぼそう君の全てを♪ 我らと共に逝こう♪』
『……』
ひまわりのさざめきが少女のさえずりを少しずつ飲み込み、あたりには再び自然の静けさだけが残った。
太陽がまぶしく、同じくらいにひまわりが目にいたい。
少年はあれほど好きだったひまわりに今は苛立ちしか覚えないことに驚き、同時にまた、あのころの二人にはもう二度と戻れないことを心のどこかで悟った。
『希望がなければ絶望なんてしないのよ?』
少女が笑う──いや、嗤う。
『それでも俺は、このクソッタレな世界を生きて逝く』
少年が嗤う──いや、笑う。
悠久の時の中、風だけが吹き、ひまわりは美しく輝いた。
『あなたも私も、ひまわり、大好きだったわよね』
『俺は今も、好きだ』
『あら、私もなの。……やっぱり、こればっかりは変わらないわね。ひまわりと一緒に過ごしたあの日々、すっごく楽しかったなぁ……』
フラッシュバックしてしまった懐かしい黄金の光景。少年はついつい思い出にはまり込んで答えを返してしまった。
『……お互い内緒でここに入って、ばったり会ったな。農家のおじさんに見つかりそうになって、慌てて二人で逃げたな』
『そうそう! 一緒にひまわりしか見えない畑を冒険したわよね! あなた、ぎゅって手を握ってくれて、とってもうれしかった。……ここだけの話、迷子なって泣きそうだったけれど、あなたが手を握ってくれたから私は笑えたのよ』
『……礼ならおじさんに言え。結局帰り道が分からず日が暮れたじゃないか』
『ああ……あのおじさん、今も元気にしてるのかな。ふふ、最初に見つかった時はすっごく怒られたけど、それからはずっとやさしく見守ってくれたよね。ねぇ、覚えてる?』
忘れもしない。少年と少女が出会ったのはこのひまわり畑なのだ。少年の思い出の中にはもはやひまわりと少女の笑顔しかない。少女と過ごした、華やかさはないけれど穏やかで心地の良かった記憶しかない。まさかこんなことになるなんて、あの時の少年は考えられただろうか。
『……っ!』
懐かしい思い出にぎゅっと胸を締め付けられ、少年は涙を流した。頬を伝う涙が傷口にしみこみ、その現実を深く突きつけてくる。輝かしい思い出はきれいに色褪せ、そして今となっては呪縛と変わらない。
──否、呪縛であればまだマシだったのだ。少年がこんなつらい思いをすることも、少女があんなことをする必要もなかったのだ。
『なぁ、頼むから……俺が好きなお前のままでいてくれよ。お前が好きな俺のままでいさせてくれよッ!』
少年は生まれて初めて懇願した。
『……もう、遅いわよ。無理だって、どうにもならないって、知ってるでしょ?』
少女は麦わら帽子を深くかぶりなおした。
肩が震え、小さな嗚咽がひまわりのさざめきにかき消される。少年からその表情は見えなかったが、深くて悲しい何かが渦巻いているのだけはわかった。
少女は、生まれて初めて少年と会わなければよかったと思ったのだ。
『そっか……そうだよな。俺のせいだよな』
『そうよ……そうなのよ。私のせいなのよ』
少年は涙をふき、少女は麦わら帽子のつばを上げた。
少年の目に宿っているのは強い覚悟の炎。
少女の目に宿っているのは儚い絶望の光。
少年は半歩足を引き、腰を落として構え、こぶしを握る。
少女はふんふん、と鼻歌を歌い、ふわりと優しく微笑みかける。
『ありがとう。ごめんなさい。大好きだ。大嫌いだ。……もしもまた逢えたなら、今度こそ君を抱きしめて離さない』
『もっと早くに行って欲しかったわぁ……だいっきらいで、だいすきなあなたに』
暑い日差しが照り付ける。風が強く吹き、ひまわりが大きく揺れた。
『──俺はおまえを、太陽を掴み取って見せる』
『──私はあなたを、全てを灼き尽くしてあげる』
ひまわりのように笑った少女に向かって、少年は大地をけって飛び出した。
「はいカ──ット!」
「うおっとぉ!?」
「きゃっ!」
張りつめられた緊張感がプツリと切れ、華苗に向かって突っ込んできた男子生徒が足を縺れさせながら華苗の横を飛びぬけていく。
遠慮の一切のなく走りこんできたものだから減速もろくにできず、彼は体勢を崩しながら盛大に地面にダイブした。
着ていた白いワンピースが風にはためき、華苗は慌ててその裾を押さえる。オーバーオールじゃないとこういうところが面倒で困る。
「へぶっ!」
「だ、大丈夫ですか!」
「だいじょぶだいじょぶ! 華苗ちゃん、ナイス演技!」
演劇部部長の三年──桂 敬介はニカッと笑い、土を払って立ち上がる。さっきまでの真剣な表情はどこへやら、明るいお調子者のような雰囲気を身に纏い、そして向こうのほうでカメラを構えていた映画研究部の部長──芹口に声をかけた。
このときすでに、桂の顔にあった本物のすり傷は癒えており、そこそここんがり焼けていたはずの肌の色も幾分落ち着いたものになっていた。
演劇部だから、役に合わせて傷を作ったり消したりするのも楽勝らしい。日焼けのための肌の色を変えるのなんて朝飯前だそうだ。演技であるならばオリンピック選手真っ青の身体能力も発揮できるとのこと。
華苗は深く考えないことにした。
「どんなだ?」
「ばっちりだ!」
その声に控えていた演劇部や映画研究部の面々から大きな歓声が上がる。みなひまわりのように明るい笑みを浮かべ、肩や背中をたたきあって喜んでいた。桂に巻き込まれて楠までもが無表情でハイタッチをしているから面白い。
よくわからない撮影器具や小道具がひまわり畑に溶け込み、スコップや鍬でさえ道具の一部に思えてくる。反射板がまぶしく、丸められた台本が畑に無造作に置かれていた。
アマチュアのものとはいえ、撮影現場を見るのは華苗はこれが初めてだ。意外に本格的だったことにまず驚き、そして役者としてカメラに映った自分を少しだけ誇らしく思う。
華苗は麦わら帽子をとり、うちわ代わりにして涼をとりつつ今朝のことを振り返った。
今朝、荷物を置きに調理室へ行く途中、華苗は桂と芹口に捕まったのだ。二人とも麦踏やキャンプの時などでちょくちょく顔を合わせてはいたが、そこまで深くかかわったこともなく、また呼び止められる理由も心当たりがなかった。
話を聞くと、やっぱり彼らは楠を探していたらしい。今更ではあるが園芸部の畑はなぜか入れる人と入れない人がいる。入れない人たちである彼らは待ち合わせているはずの楠が見つからず、華苗を探していたというわけだ。
彼らの目的はやはりというか、あるものを楠に栽培してもらうことだった。彼らは合同で中編の映画を撮るらしく、そのための背景に必要なものらしい。
背景に必要なもの──おそらく後ろ一面全体に必要になるものを、作り物やCGでごまかすのではなく、一から栽培してもらうと考えるあたり彼らの思考もだいぶぶっ飛んだものになっている。ロケに行ったりするよりかは手間も金もかからないとのことだった。
その育ててほしかったものとは──もちろん、ひまわりだ。
一面のひまわり畑なんてそうそうないし、あったとしてもいろんな人がいて撮影なんてできないだろう。迫力のあるシーンを撮りたいのであれば、むしろ園芸部に依頼することはとても自然なことである。
そして、そんな彼らを連れて畑への曲がり角をまがった瞬間、華苗の目に一面のひまわり畑が飛び込んできたのだ。
で、なぜか華苗も役の一人として急遽撮影に参加することになったわけである。
「やっぱり華苗ちゃんは白ワンピースが似合うよね……! アタシの目に狂いはなかった!」
「つ、椿原先輩、ちょっと苦しいですって!」
ラベンダーの香りを漂わせながらぎゅーっと華苗を抱きしめてくる椿原。何を隠そう、諸悪の根源は彼女だったりする。
「文化祭用に作った奴だけど、まだまだ改良できそうだ!」
「これでまた未完成っていうからこだわりを感じるよなぁ」
華苗が今着ているワンピースは例の文化祭のファッションショーの衣装である。
椿原は椿原で演劇部の衣装制作を手伝っており、たまたま偶然出会った華苗に、ついでといわんばかりに文化祭のほうの衣装の試着を促したのである。
その様子を見ていた桂がまだ決まっていない役の一人に起用することを思いつき、そして今に至るというわけだ。
「白ワンピの少女、ちょうどいいやつがいなくて困ってたんだよ。華苗ちゃんがいてくれてマジ助かったぜ!」
「しかも映りのいいこといいこと! 想像通りのアングルで想像通りの光の反射、想像通りの画がとれた」
華苗は横からそのとれた映像を覗いてみる。
「……」
「結構いいだろ?」
芹口はある一点から動いていなかったというのに、その小さな映像は全く逆方向からアップになったり、周りをぐるぐる回るように撮ってあったりしている。
華苗目線になったかと思えば真上や斜め上から見下ろしたアングルにもなり、カメラの中の小さな画面はシーンごとにめまぐるしく動いていた。
想像通りどころかハリウッド映画でもできないような映像だが、映画研究部だからこれくらい楽勝らしい。
しかも、完成品の映像になると前回の麦踏の映像と同じく、見ると引き込まれてしまうのである。
華苗は深く考えないことにした。
「このアドリブがいい味出してんよな!」
「反射板の光の当て方、ここで変えたのは最高だ」
「あのときいい感じに風吹いて、白ワンピースが構想通りのタイミングで揺れたね!」
「音のほうもすごいわよ~! もう、奇跡が起きたんじゃないかってレベル!」
けらけらと笑いながらいかに素晴らしいものだったのかを語る演劇部と映画研究部。ちなみに華苗はこの作品のタイトルも知らなければ、あらすじすら教えてもらってない。別の映研の人が掲げたカンペをそれっぽくよんでいただけだ。
ヒロインのようなラスボスのような重要な役のように見えたが、あれはあくまでチョイ役だそうで、物語におけるウェイトは重くてもシーンそのものは少ないそうだ。
華苗が演じたのは幼い楽しかった日々の記憶の少女の姿らしく、あの後少年と同じ年ごろまで成長した真の姿を見せて彼に絶望の種を植えるとのこと。
……正直なところ、どんなジャンルなのかすらわかっていない。こんな適当でいいのかとも思ったが、華苗が演じたキャラクターはその『よくわかってない』感と、子供っぽいあどけなさを出しつつも大人な感じが重要なのだそうだ。
「…ひまわり畑のシーンはこれでおしまいですか?」
「おうよ! 助かったぜ!」
衣装など整えなくとも、演技などしなくとも農家の人と見分けがつかない楠が
ぬうっと華苗の後ろに立って桂と芹口に声をかける。楠はこの『一面のひまわり畑』を実現させるために朝からがんばっていたというわけだ。
ちなみに楠は楠で脇役として撮影に参加してたりする。役もそのまま『ぼろぼろでひまわり畑に倒れる主人公を見つける農家のおじさん』だ。あまりにもハマりすぎていて一発OKをもらったほどである。
「…さて、八島」
「なんです?」
楠はぐるりと畑を見渡してぽつりとつぶやいた。なんだかまた畑が広くなっているのか、ラベンダーだのスイカだのはここからはるか遠くにポツリポツリと見えるだけだ。
もちろん、今更そんなことを騒ぎ立てるものはここにはいない。園島西高校の部活は不思議でいっぱいなのだから。
「…ひまわりの育て方だけでも覚えとけ」
「うーぃ」
「あ、俺も聞きたい」
「いつか植物学者の役もやるかもしれねぇしな!」
もう植えてしまったものを再び植えなおす必要はない。園芸部である以上、それを学ぶのはとても自然なことなのだ。
演劇部も映画研究部も椿原も楠の周りにあつまり、すとんと腰を下ろして体育すわりをする。いわゆる『偉い人のお話を聞く』体勢だ。
輝く生命の太陽が風に揺られる中、青空教室が始まった。
ひまわりを育てるに至ってもっとも大事なこととはなんだろうか? その夏らしいイメージの通り、その答えはずばり日当たりである。
ひまわりは根からの吸い上げが強く、栄養のある豊かな土地であるならば特別肥料を上げる必要はない。重要なのはいかに日当たりが良いかであり、日当たりの悪い場所で育ったひまわりはなよなよとしてまるでモヤシのようになってしまう。
あの大迫力の黄色を拝みたいのであれば、必ず日当たりの良い場所に植えなくてはならない。
場所で注意することがもう一つだけある。ほかの植物でもだいたいそうだが、風通しの良い場所に植えるというのがそれだ。風通しが悪いと病害虫の発生原因になるため、ちゃんと頭の隅にでも入れておきたい。
ただ、密集したひまわり畑に憧れる人もいるだろう。その場合であっても肩幅一つ分くらいはあけて種を播く。
この距離が開けばあくほどひまわりは大きく育ち、逆に近いほど小さくなる傾向がある。当然、これは地中の栄養が十分に吸い上げられるかどうかの違いだ。この肩幅一つというのが最低限栄養を確保するために必要な距離なのである。
さて、種を播くときにはいくらかの注意が必要だ。まず、種は暖かくなってから播くことが挙げられる。
具体的には四月の終わりから五月にかけてだろうか。発芽に適した気温が20度とちょっとなので、その年の気候に合わせて時期を見計らわなくてはならない。
播くときは小指の先よりもさらに浅く──10ミリに満たない程度の場所にやる。かなり浅い場所に播くため、事前に土を湿らせておくことが重要だ。播いた後に水をやると種が露出してしまうためである。
とはいえ、常識の範囲内であれば割と素直に芽を出してくれることだろう。
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
(ひまわりの芽)
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
(ちょっと成長した姿)
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
「…このとき、種は一か所に2~3粒植えるのが普通だ」
「なんでだい? もったいないじゃないか」
「…万が一発芽しないと、そこだけ穴が開いて見栄えが悪くなってしまいます」
「あー……。そりゃたしかにダサいね」
もちろん、ちゃんと全部発芽する可能性だって決して低くはない。その場合はもっとも元気で丈夫そうな葉をもつものを残して残りを間引く。
きちんと発芽したのなら、予備は邪魔になるだけだ。可哀想なようだが仕方がない。
「ひっこぬいちゃって終わりです?」
「ま、間引きってガチでやるのか」
「おっかねぇ……」
「…ひまわりはひっこぬきはしない」
「信じてた! 園芸部は優しいって信じてた!」
「…ちょんぎります、鋏で」
「「……」」
二十人近くいた人間が沈黙に包まれる。みな、思うところは一つだろう。せめて原型はとどめておいてほしい。
その予備として播かれた都合上、それらは本命とかなり近い位置で発芽する。そのためうかつにひっこぬくと本命まで抜けてしまったり、本命の根を傷めてしまったりするのだ。ゆえに付け根から鋏でちょん切るのが一番確実なのである。
「…ひまわりは耐暑性が強いほか、比較的乾燥にも強く、また多湿を嫌う傾向がある。…だが、発芽するまでは土の表面を乾かさないように注意しないとならない。夏の暑いときは朝夕の二回は水を上げたほうがいいだろうな。…さらにぶっちゃけた話をすると、土が乾いたなら問答無用でやったほうがいい」
そうまでして手塩に育てられても間引かれることがある。華やかに咲き乱れるひまわりの裏ではそんな生存競争があることは覚えていてほしい。
ちなみに、ひまわりは暑さに強くても寒さにはかなりよわい。種を植えているときに霜が降りるとイチコロである。幼少期はかなりデリケートなので播く時期には注意を払っておきたい。
とはいえ、芽を出して水やりをかかさず、そして土の栄養も十分にあればあとは面白いように伸びていく。ひまわりは根の吸い上げがかなり強く、園芸初心者でも簡単に育てることができる花なのだ。
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
(成長したひまわりの芽)
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
(さらに成長したひまわり)
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
(約二週間で80cm近く伸びたようです。まっすぐな支柱が頼もしい!)
「…どんな風に育てたいのかで摘蕾・摘芯の仕方が変わります。種類にもよりますが、大きく育てたいのなら摘蕾はせず、てっぺんに蕾ができるまで成長を見守ります。大きさよりも花の数を取るのであれば、若いうちに摘芯をして樹勢を抑えます」
「華苗ちゃん、摘芯ってなんだい?」
「要らない芽を取っちゃうことですよ。ラベンダーでやりませんでしたっけ?」
「…ラベンダーではやってない」
「なぁ義人、なんで芽を摘むと花の数が増えるんだ? おかしくね?」
「俺に聞くなよ。プロがいるんだからプロに聞け」
「芽がなくなって樹勢が落ちる分、花の数のほうにエネルギーを使うんですよ」
「…正確に言えば、一番上の芽を摘むとそれ以上大きくならず、横のほうへと新しく伸びていくんです」
「ほぉほぉ、ふむふむ……。じゃ、でっかく育てるときの、てっぺんに蕾ができるまで待つってのもそういうことか」
「…ええ。その場合、上にできたいくつかを残して下のものは全部摘み取ります」
「あ、やっぱとるのね……」
ふたたびみんなを沈黙がつつんだ。まさしく日陰者だからと言ってあんまりである。
なお、低めに育てた場合、そのひまわりが十分丈夫であるならば支柱を立てる必要がないこともある。
とはいえ、それでも風で倒れやすいことは間違いないので、大きかろうと小さかろうと支柱はつけておいたほうが安全だ。
また、十分に成長した場合でも日当たりに注意を払っておきたい。密集して育てた場合、葉やひまわりの花そのもので影が大きくなり影響が出るほか、風通しも悪くなってしまうことがある。日照不足もまた花が小さくなる要因だ。
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
(密集して日光の奪い合いをしている葉っぱ)
「…しかしまぁ、問題がなにもなければ本当に面白いように伸びていく。…数日のうちに十数センチ伸びるのも珍しくはない」
「意外とアクティブだな!?」
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
(このころには140cmもあったとか)
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
(そしてなお見せる成長の兆し。ここから葉っぱが増えるようです。)
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
(そしてとうとう2mを超えて)
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
(なお生命力にあふれています。とってもきれい!)
ちなみに、世界で一番高いひまわりの公式記録は9mを超えるというから驚きだ。ひまわりは、まごころなんてなくても恐るべきポテンシャルを秘めたまさに太陽の花なのである。
さて、芹口や桂がひまわりのそのたくましさをほめたたえていると、何か思うところでもあったのか、楠はぽつりと言葉を漏らした。
「…しかし、本当に力強く生命力にあふれているのは、開花の時だと俺は思います。…先輩方は、ひまわりのつぼみをご存知ですか?」
「うんにゃ、開いているのしかしらねえや」
「ぶっちゃけ、花が咲くまで気にすることもないからねぇ」
確かにそれは尤もだと華苗も思う。ひまわりと言えばあの大輪の花であって、決してつぼみのことではない。というか、華苗は逆にひまわりのつぼみのイメージをすることができない。
チューリップとかならなんとなくわかるのだが、ひまわりは大ぶりなうえ平べったいのだ。普通のつぼみとはなんとなく違うのだろうことはわかるが、それだけである。
「…それはあまりにももったいないです。…ちょうどいい。そこにまだ小さなつぼみがあります。…よく見ていてください」
楠はすっとそれを指さすと、ふわりとやさしくそいつを撫でた。形容しがたい何か──おそらくはまごころだろう──がひまわりに満ち溢れ、そして変化は唐突に起こる。
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
「う、お……!」
「すっごい……!」
そのあまりの美しさに、その場の全員が見とれてしまったことは言うまでもない。華苗はこの素晴らしいものにただただ見とれ、暑さを忘れてその真夏の黄色にくぎ付けになってしまっていた。
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
「で、育てた結果がこの一面のひまわり畑ですか」
「…なかなか迫力あるだろ? 数と高さを出すために調整をがんばったからな。…これだけの広さに一人でまごころを込めるのは骨が折れたぞ」
「迫力ってレベルじゃねーぞ……。マジでまごころすげぇな」
「俺、こいつが本気なのか冗談なのかいまだに判断できないぜ!」
少し自慢げに楠が言う。確かに、ひまわりの背丈は芹口や桂の身長を超えており、華苗はともかく椿原でさえもその中に迷い込んだら見分けがつかなくなるだろう。
それでいて低いところにも高いところにも大ぶりの花が咲き見れているからすごい。つくづくまごころとはとは偉大だ。いったいどうなっているのやら。
華苗はひまわりの一つに顔を近づけ、まじまじとそれを観察してみる。
「ほぉ……!」
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
大ぶりなそれは華苗の顔くらいの大きさがあるだろうか。夏のオレンジとでも形容するべき粒粒みたいのが花の中心を囲むように並んでおり、鮮やかな黄色い花びらがそれを彩るようにひらひらと周りに添えられている。どこか笹の葉を連想させる、しゅっときれいな形の花びらだ。
情熱と迫力みたいのがひしひしと感じられ、まさに畑の太陽といった出で立ち。どこまでも青い空を背景にすると、青と黄色と境界に吸い込まれそうになっていく。そんなかんじが、華苗はたまらなく好きだ。
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
なんというか、花そのものにずっしりとした重量感があるのだ。これぞひまわり、と拍手喝采を浴びせたくなるほどである。
ふとみれば、名前も知らぬ小さな虫が鼻の真ん中に頭をつっこんでいる。受粉作業でもしているのだろうが、華苗はそんな仕事がなくともひまわりの中にダイブしたい衝動に駆られる。
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
まぶしい黄色の大輪は単体でも素晴らしいが、やはりたくさん集まっているほうがどことなくそれっぽい。本当に光り輝いているように感じられ、まるで光のカーペットを目の当たりにしているかのようである。
そのエネルギッシュな姿から、見てるこちらも元気になってくるようだ。ラベンダーやバラもステキだが、夏の花のこういう力強いところが華苗は好きだ。
高いのを一本取ってポーズをとれば、麦わら帽子と白ワンピース、そして不本意ながらこの幼児体型と相まってなかなかいい絵がとれるだろう。
「…ちなみに、色が悪くなってたり枯れかけてしまった花は取る」
「ああ、花がら摘みですね。観賞用だと多いですよね」
「まだ摘むのかよ……」
「見た目きれいだけど、必死な努力と犠牲があるんだな」
なお、ひまわりは土から根こそぎ栄養を奪うため、同時に植えるのだとしたら頑健なものでないとならない。きれいさの裏にはほかを蹴落とす努力があるのである。
「…採種は枯れてからだ。今日はいい」
「はーい」
「ねぇ楠。アタシ、ひまわりは日を追うって聞いたけど、ここのやつは太陽のほうを向いてなくないかい?」
「…あれは若いうちだけです。成長したら止まります」
「なぁ、ひまわりって食えるんだよな?」
「…種だけですがね」
ひまわりの種は炒ることで食用になる。また、その種を絞るとヒマワリオイルが抽出でき、こちらもまた食用になるほか、石鹸や化粧品として扱うこともできる。
絞りかすは家畜の飼料としても利用できるため、ひまわりの利用価値というものは思った以上に大きいのである。
「撮影関係なしに、みんなで集合写真撮らないか? こんだけ立派なひまわり畑なんだ、そうそう機会はないぜ」
「それよりもひまわり畑の中入ってみない? 撮影終わったし、ちょっとこういうの憧れてたの!」
「いいね! それに個人的に写真も撮っておきたいし! こんだけ立派なんだもん、撮らなきゃ損だよ!」
「でも入ったら荒れるだろ? 用意してもらった身で荒らすのはよくねぇって」
「…どうせあとで処理しますし、多少荒れても問題ありません」
映研か演劇かはわからないが、どこかの女子生徒がひまわり畑に入ってみたいと言う。
映画や小説のワンシーンでは自分の背丈よりも高いひまわり畑に入り、ひまわりをかき分けて進むといった光景が見られるが、現実的には一面のひまわり畑がそもそもないし、あったとしても中に入ることなどできはしない。
実は華苗もちょっぴり憧れている。ひまわり迷路て迷いたいわけじゃないが、なんだかとっても乙女チックでステキだ。
「じゃ、記念に一枚写真撮って、そのあと各自で遊ぶ……でいいか?」
「さんせい!」
「楠、踏み入っていいのはどのへんまでだ?」
「…あそこからあの辺までですかね。あの範囲でしたらどれだけ荒らしてもかまいません」
「いいのか?」
カメラを構えた芹口が念を押して確かめてくる。いつの間にやらみんなひまわり畑を背景に並んで思い思いにポーズをとっており、なぜだか華苗や椿原も部員たちに引っ張られてその中央へと連れてこられた。なんだかんだでひまわり畑の主役は白ワンピースの少女らしい。
「…このあと手伝ってもらうって約束、覚えてますよね?」
「そりゃ、覚えてるけどよ」
楠はでかいから後ろだ。桂にがっしりと肩を組まれ……というかぶら下がられて少々苦しそうである。カメラのタイマーをセットした芹口が桂と反対方向から肩を組み、前にいた後輩の女子生徒と被らないように少しずれる。
役者も裏方も、衣装担当も全員揃った記念写真だ。これもステキな思い出となるのだろう。
「瞬きするなよ……五・四・三……」
ポーズをとったまま沈黙が落ちる。集合写真を撮る瞬間、どうしてみんな口をつぐむのか、華苗の長年の疑問だ。
そんな空気をぶち壊すかのように、シャッターの落ちるちょっと前、楠が口を開いてぽつりと言葉を漏らした。
「…荒らしたところ全部、新しいのを植えてもらいますから」
「「え゛っ……」」
真夏の暑い日差しの下、地上に咲く太陽を背景にパシャリとシャッターが落ちる。
記念の一枚はみなひきつった顔をしており、もう一枚撮ることになったのは語るまでもない。
さきほどまでは演劇の時間だった。
これからは──園芸の時間である。
20150809 挿絵挿入。文法、形式を含めた改稿。
最近すっきりまとめらんない。
チョイ役とはいえ、芹口と桂の見分けがつかぬ。
リアル男子高校生って割かし口調みんな同じなんだよなぁ……。
ひまわり畑の迷路に憧れる。
ひまわり+白ワンピース+麦わら帽子の女の子とお近づきになりたい。
秘蔵の『突然思いついたカッコイイセリフ』フォルダを少しだけ開放した。
音符のところ、ワールド中にチルドレンがいるイメージでメロディを紡いでください。
一面のひまわり畑って実際にあるものなのかね?
こう、地平線までずぅっとひまわりしかないってかんじの。
できれば人ッ子一人いない浮世離れした感じで。
……誰か著作権的にセーフな自家栽培のひまわりの写真くれないかなぁ(ボソッ
さて、次回はまごころとひまわりのある特性を利用した無茶苦茶をやります。
最初にあやまっておきます。麦踏の時よりかはマシになる……のか?




