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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
55/129

54 メロンにメロメロ


 妙に静まり返った調理室にカリカリと鉛筆を走らせる音が響く。窓の外からはセミの鳴き声がわずかに聞こえ、冷気を吐き出すエアコンが静かに唸っていた。


「よっちゃん、そっちは?」


「ぼちぼち。史香は?」


「ラスト二問だけわかんない」


 華苗、よっちゃん、清水の三人は夏休みの宿題を分担して片づけている。


 高校の夏休みの課題は中学の時と比べ少なく、問題の質こそ上がっているもののさして面倒というほどでもない。華苗がこれに手を付けたのは今日が初めてであるが、それでももう全体の二割が片付いたといえばいかに楽勝であるかわかるだろう。


「二問? なんてやつ?」


「確率の問題と体積の問題。三角錐に内接した球体がうんたらかんたらってやつ」


「うぇぇ……」


 清水が担当しているのは数学の後ろのほうの問題だ。難しめの問題が勢ぞろいしており、数をこなせばいいだけの華苗の担当と比べ、一問を解くのにかなりの時間がかかる。問題数こそ少ないから、単純な作業量では華苗とどっこいどっこいだ。


 ちなみに、意外なことに数学の得意なよっちゃんは、質も量もそこそこな中盤の問題を担当しつつ、華苗たちのサポートを行っている。何度か試した結果、この体制でがんばるのが一番効率がいい事を華苗たちは発見したのだ。


 比較的涼しいうちに課題のノルマを達成しておけばあとは遊び放題。どのみち午後だと勉強する気も起きないので、華苗たちもそこそこ真剣である。調理室には同じように考えた調理部・お菓子部の生徒が一生懸命問題集とにらめっこしていた。


「ん、こっち終わったから手伝う」


「よっちゃん、早いね」


「さっさとやんないとお昼作る時間に被るからね~」


 ぐぅっと伸びをしたよっちゃんは華苗の担当分を後ろから片付けに入る。難しいのに詰まって時間を過ごすよりかは量をこなしてしまったほうがいい。


 そうして各個撃破し、強敵は三人がかりで挑むのだ。もっともその時間、華苗と清水は別担当の答えを写すのがほとんどなのだけれども。


「今日のお昼はなーに?」


「ん~? またパンか麺でも作るんじゃない? 今度大きな試食会するから研究料理がメインだと思う」


「おやつもそんなかんじのはず」


 清水がよっちゃんに解けない問題をささっと渡し、ノートの余白に落書きされたレシピを見せてくる。華苗にはそれが何かいまいちわからなかったが、たぶんおいしいものなのだろう。


 授業よりもよほど興味があったのか、数式や公式よりもきれいな文字で注意点や工夫点を書き連ね、かわいらしく装飾されていた。


「夏野菜もいいけど、そろそろ果物もってきてくれるとうれしいな!」


「昨日スイカもってきたじゃん?」


「いやさぁ……スイカって丸かじりがほとんどだし? お菓子の材料っていうと結構難しいんだよね。それに最近果物の新しいやつやってなくない?」


「うん。先輩、野菜ばっかやってんだよねぇ……」


「だよねー……。桃もそろそろアイデア出尽くした感があるんだよなぁ。……ま、贅沢言うなって話ではあるんだけどね」


 清水がちょっと残念そうにペンを回す。


 お菓子部・調理部が用いる材料のほとんどは園芸部由来のものだ。華苗が最近持ち込んだ新作は夏野菜がほとんどであり、昨日持ち込んだスイカもお菓子の材料としてはちょっと不適だ。


 スイカの前にもちこんだ新作は桃だろうか。それもキャンプのだいぶ前である。


 そう考えてみるとここのところ果物の新作を持ち込んでいない。お菓子部もいい加減桃のメニューの研究はし尽したことだろう。好きなだけ桃を使ってお菓子を作れるとはとんでもない贅沢だが、それでもいつかは飽きが来る。清水の要望も当然といえた。


「じゃ、今日は新しいの頼んでみるね」


「ありがと。明日のおやつはピーチフェスタにするね」


「いいねぇ……桃尽くし食べ放題なんて、そうそうできない体験だもんねぇ……」


 そんなこんなで午前中はゆったりと時間が過ぎていく。汗ばんだ腕に引っ付いたノートがぺらぺらとめくられ、白いプリントがどんどん文字で黒く染まっていった。


「じゃ、今日はこのへんでカンベンしといてやろう!」


「結局難しいのは全部よっちゃん任せだったね……」


「こ、国語は私らくしょーだし! 古文の女王って呼ばれてたし!」


 午後は華苗は部活、よっちゃんはその手伝い、清水は明日のおやつの下拵えをすることになった。お互いの成果を楽しみにしつつ、三人はそれぞれの場所へと散っていく。調理室では、問題を解くのを諦めた数人の生徒が、現実逃避とばかりに料理の腕を振るっていた。






「てなわけで、よっちゃんが手伝いに来てくれました!」


「よろしくお願いします!」


「…すまんな、暑い中」


 オーバーオール、麦わら帽子、汗拭きタオル。軍手と長靴にスコップを携えた男──我らが園芸部帳の楠がわずかに会釈する。


 よっちゃんは華苗の予備の麦わら帽子をかぶり、体育のジャージ姿だ。もちろん腕は思いっきりめくり、その活発さを表現している。もういくらか日焼けしているところを見ると、あんまりそういうのを気にしないタイプなのだろう。


 最近少し焼けてきた華苗も戦闘準備はばっちりであり、今日の獲物は何かとのんびりと畑を見渡した。


「果物がいいんですけど、どうです?」


「…今日はこいつだ」


 楠はいつも通りに無表情にがさがさと畑に入り、そのスイカによく似たつるや葉っぱをもつなにかをくいっと顎で指す。


 それのつるは長く地を這っており、葉っぱはところどころ枯れている。一昔前の華苗ならこれも昨日見たスイカと判別してしまっただろうが、よくよくみると雰囲気そのものがどことなくスイカとは違う。


「…わかるか?」


「スイカ……じゃないんですか?」


 よっちゃんが不思議そうにそれの近くにしゃがみ込み、その実を探す。なんでも、小学生の時の授業で育てたことがあるらしい。


 さてさて、スイカみたいなのにスイカでないものといったらだいぶ数が限られてくるだろう。それこそ、夏のこの季節に収穫できるもので、それでいてスイカと似たような特徴を持つものなんて一つしかない。


 華苗は自らの持つ園芸の知識をフル稼働させ、それの正体を暴くべく目をかっぴらいて目当てのものを探す。


 ──やはり、あった。


「…残念ながら、果物ではない」


 楠が無表情でぽつりとつぶやく。


 なるほど、たしかに定義を考えれば果物ではない。だが、一般的にそれは果物として扱われる。


 スイカと同じか一回り小さいくらいの緑の球体。表面に入ったひび割れは、むしろ勲章のようにすら思える。


 華苗の足もとに無造作に転がるそれは、まぎれもない──


「──メロン、ですね」


「メロン!?」


 よっちゃんが驚いた声をあげ、わたわたとしながら華苗のもとへと近づいてくる。そしてその大ぶりな見事なメロンを見て、腰を抜かしたようにもらした。


「ガチなメロンじゃん……。いったいいくらすんの……!?」


「…まぁ、ここにある分は全部タダだな」


 すっとぼけた楠を無視して華苗もそれをよくよくとみてみる。


 バレーボールほどの大きさのメロンはどことなくみずみずしく、傷も汚れも一切が見当たらない。その緑色はどこまでも健康的であり、食品サンプルであってもここまできれいな発色をさせることは不可能であろう。


 どこからどう見ても、シーズン真っ盛りな上等のメロンだ。そんなメロンが、そこかしこに無造作に転がっている。


 ざっと数えただけでも五十はあるだろう。きっとまごころをふんだんに受けて育ったのに違いない。豊作という言葉がこれ以上にしっくりくる光景もなかなか見られないはずだ。


「…今日は収穫だ」


「今日も、でしょう?」


「…午前中、誰かさんが来てくれなかったからな」


「いーじゃないですか。午前よりも午後のほうが大変なんですし」


「…それもそうだな」


「なんだろう、この園芸部の上下関係っておかしくない?」


 華苗は小さな胸をなんとなく張ってにんまりとよっちゃんに笑って見せる。どうせ相手は楠なのだ。この程度のことでグチグチいう人間じゃないし、そもそも上下関係という概念ですら理解しているか怪しいものである。


「…収穫までの手順だけは覚えろ。育てられない園芸部など話にならん」


「どーせスイカと一緒でしょう?」


「……」


 メロンもスイカと同じく日当たりのよくて水はけの良い場所を好む。アフリカの北の方が原産であるため、スイカと同じ環境を好むのはある意味では当然のことだ。


 種から育てることもできるが、やはり苗から育てたほうが楽だろう。種から育てるとなるとまた別に発芽用の土の用意もしなくてはならないし、温度管理も少々面倒くさい。


 ちなみにメロンの種はおおよそ三十度に届くかどうかといったくらいの高温で発芽するとされている。一般的な種まきの季節が春に入るかどうか、具体的には三月の終わりから四月ごろに行われることが多いことを考えると、その手間暇や面倒くささがわかるだろう。


 園芸で育てるのであれば苗からで十分であり、この場合も葉が青くてみずみずしく、茎が太目で元気なものを選ぶとよい。


 さて、苗を用意したのなら植え付けだ。こちらもスイカと同じくちょっと広めに、肩幅二つ分くらいの距離をあけて浅めに植える。メロンの葉やつるは横に広がって伸びていくため、あまり近くに植えすぎるといろいろ問題が起こってしまうのだ。


「同じウリ科ですし、あってますよね?」


「…ああ」


「華苗、やるね~!」


「えっへん!」


 自慢げにない胸を張るが、それでもよっちゃんの半分も迫力がない。華苗が今の自分を客観的に見たら、すぐさまメロンを収穫して胸に詰め込んだだろう。


 植え付けが終わったのなら水を上げる。だいたいの植物と同じ通り、植え付け直後は気持ち的に大目に水をあげたほうがいい。メロンも比較的乾燥を好むとはいえやはり程度問題であり、カラッカラに土が乾いていたり、茎や葉の状況次第では適宜灌水を行うことが重要だ。


 もちろん、マルチとして藁を敷くのも推奨される。その理由は今更語るまでもないだろう。


 土を高温に保つのはこの手の作物にとって意外と大切だったりする。ホットキャップの類を使うのもまた有効だ。


 そしてなんやかんやとしているうちに大きく育ち、つるが長くなってきて摘心や仕立ての必要が出てくる。


「三本立てあたりが無難ですかね?」


「…そこだけは、スイカとちょっと違う」


 実はメロンは地這い栽培と立ち栽培という二つの方法で育てることができる。


 地這いとは文字通りつるを横に、地面に這わせて栽培する方法だ。この場合、わらなどを敷いてメロンを汚れや傷から守り、それにそってつるを伸ばしていくという方法がとられる。


 今回楠が行ったのはこちらであり、身もふたもない言い方をすれば支柱を立ててほったらかすだけだ。もっとも、ほったらかすといっても園芸的な意味であり、本当にほったらかすわけではない。


 対して立ち栽培とはキュウリのようにつるを上へと伸ばしていく方法であり、栽培面積やスペースが狭いとき、あるいは面積を取りたくないときに有効だ。うまく上方向に伸びるように誘引したり、実に落下防止用のネットを張るといった工夫が必要になるが、このアドバンテージはなかなか大きい。


 どちらを使うかはそれこそ個人の自由だが、明確なアドバンテージがある分、地這いに比べ立ち栽培はちょっと面倒だ。


「…立ち栽培で考えれば、メロンは果物だな」


「メロンってそういう風にも作れるんですね~! あたし、てっきりスイカみたいに転がってるものしかないと思ってましたよ」


「…そっちのほうが楽ではあるしな」


 ちなみに、果物と野菜の定義ははっきりしていないが、一般的にざっくりと『樹上に生るものが果物、そうでないものが野菜』と言われることが多い。樹上ではないかもしれないが、上に実をつけたメロンなら立派な果物だと言い張ることができる。


 なお、この論理が通用するとなるとキュウリなども果物の仲間になるが、どうせ果物と野菜の明確な区別なんてありはしないので好き勝手に考えてもまったくバチは当たらない。


「んで、このあといろいろもろもろやって人口受粉の後に収穫ですね」


「華苗、いろいろもろもろって?」


「つる切ったりなんやかんや。ウチではまごころ込めるから問題なし!」


「いや、だいぶ問題あると思う」


 つるの処理は細かいルールが定まっており、園芸初心者には結構難しかったりする。品種によってもいくらか違うのではっきりとは言えないが、大局的に言うならば無駄なものを落として本命に栄養を集中させるということだ。


 ものによってはそれらの処理が必要ない場合もあるうえ、しなくては十分に実ることもあるので不安ならやらなくても構わない。


 大切に育てればここらで黄色い花が咲く。やっぱり人口受粉が必要で、スイカと同じくおばなを探し出し、めばなにこすりつければいい。めばなは花の元が膨らんでいるのですぐにわかるはずだ。


 なお、おばなはめしべにこすりつける前に花びらをむしり、おしべだけをこすりつけるようにすると受粉しやすくなるのでおすすめだ。


 ちなみに、メロンもやっぱり早朝に人口受粉することが推奨される。理由はスイカとほとんど同じだ。


「日付の記録は?」


「…したほうがいい」


「記録? なんで?」


「収穫日の目安になるの。うちではあまり関係ないけどね」


「ああ、そりゃそうだよねぇ……」


 よっちゃんが納得したようにつぶやく。収穫の目安も何も、まごころを巧みに操る園島西高校園芸部ではあっという間に脂ののった(?)収穫まっさかりなところまで成長させることができるのだから。


「…メロンの場合、単純な日数経過じゃないがな」


「まじですか」


 スイカと違い、メロンは受粉日からの気温の積分値を用いることが多い。縦軸を平均気温、横軸を日数としてメロンの種類ごとに設定された積算温度になった時が収穫の時期だ。


「…このひびの入る種類──ネットメロンの場合、1000~1200度ほどが目安だ」


「そうすると、夏ですし……どれくらいかな?」


「平均気温を25度と仮定すると、だいたい40~50日ってとこだね」


 さすがによっちゃんは計算が早い。もしかしたら電卓で計算するよりも早いんじゃないかと華苗は思う。数学のできる人間は、こういう日常的なところでの頭の回転が速いから侮れない。華苗は暗算なんてせずにすぐに電卓を探す。暗算でやるよりも、そっちの方が早いし確実なのだから。


「…とはいえ、あくまで目安だ」


 ちなみに、収穫前は水を少なめにして乾燥気味にすると甘くなる。病気や害虫を防ぐためにもできた実には水よけの工夫をし、そして収穫日をある程度予想して水の調整をするといい。こういうひと手間こそがおいしいメロンを作るコツなのだ。


「で、もろもろあってこのメロンができた、と。やっぱりスイカとほとんど一緒じゃないですか」


「…同じウリ科だしな」


「あたしとしては、植物としての種から育て方を予測できるのはすごいと思うよ?」


 よっちゃんにほめられ、華苗はちょっとうれしくなる。なんだかんだで園芸部も長いこと続けているのだ。自分がプロのように思えてきて自然とほおが緩む。


 なお、育て方こそそっくりなものの、メロンはスイカに比べて難易度は高めである。そこらへんは一応注意しておきたい。


「…さて、そろそろ頃合いだろう」


 楠は転がっているメロンに手を当て、ぐりぐりと回して華苗とよっちゃんにその表面を見せつけた。


「…収穫するのは周囲の葉やヘタの枯れているものだ。尻まで万遍なく、密度の高い蜘蛛の巣のようにひびがあるものを」


 メロンの収穫時期の判別は難しい。叩いてもわからないため、受粉日と見た目で判別するしかない。周囲が枯れていること、それと身もふたもない言い方だが、メロンらしい見た目をしたメロンが収穫できるメロンだ。


 華苗とよっちゃんは二人してメロンの前に跪き、軍手を外してその表面をなで回す。


 ざらざらした網目が心地よく、太陽の真下だというのにいくらか冷たい。完全な球体でないにしろ、ある種の柔らかさをもつ丸みがいいかんじだ。手にフィットする感じがなんとも心地よい。


「華苗、全部おっけーなやつじゃない?」


「だね」


 華苗は鋏でその短く太い果梗をぱちんとやる。バレーボールほどの大きさの緑色の恵みが手に収まった。思っていた以上にずっしりと重い。出来のよさが食べる前からわかったようなものだ。


「うわぁ……!」


「感動ものだね……!」


 よっちゃんもまた、貸し出された鋏でぱちんとやり、大きなそれを太陽にすかして感動を味わっている。よっちゃんの高い背と恵まれた体のためか、それはさながら一枚の絵画か、あるいはメロン農家のためのポスターのように見えた。


「……」


 華苗の目は憎き脂肪の塊と緑の恵みを見比べてしまったが、わが園芸部のそれは邪悪な暗黒物質と引けを取らない大きさを誇っていた。──否、ヤツの暗黒物質がそれほどまでに大きく成長してしまっているだけだ。


「……華苗? 顔が怖いよ?」


「……なんでもないから」


 気を取り直して華苗は収穫に戻る。メロンはスイカほどは大きくないし、重さもそこまででもないからいくらか作業は楽だ。とはいえ、重くないといっても分厚い辞書数冊分はあるので、重労働であることには変わりない。


 いっこ、にこ、さんこと鼻歌を歌いながら華苗とよっちゃんはメロンを収穫していく。収穫するたびにつるの呪縛からお姫様を開放するようでなかなか楽しい。


 当然のごとく収穫したそばから新しいメロンができていくが、もはや気にする人も突っ込み人もここにはいなかった。


 きらきらと輝く汗が地面を濡らし、リヤカーがいっぱいになったところで華苗とよっちゃんは額をぬぐう。いい仕事をしたと、そんな感じの表情だ。


 ちなみに、リヤカーの半分以上は楠が収穫したメロンである。男一人に女二人という都合上、手持ち無沙汰な彼とおしゃべりしながらの二人ではただでさえ違う作業効率にさらに大きな補正が入ったのだ。


「…さて、いくか」


 楠が当たり前のようにリヤカーを引き、華苗たちのことなんて確認もせずに歩き出していく。歩き始めは筋肉を大きく膨らませ、力強く一歩一歩で大地を踏みしめていたが、ある程度スピードが出たところで足取りがいくらか軽くなっていた。


「こうやって、いつも持ってきてくれるんだね」


「ううん、今日は違うよ?」


 華苗はそう言ってこっそりとリヤカーに飛び乗る。呆然とするよっちゃんに手招きをし、その意図を察したよっちゃんもまた軽やかな身のこなしでリヤカーに飛び乗った。


 どうせメロンはスイカよりかは軽いのだ。うら若き花も恥じらう女子高生が二人乗ったくらいで負担が増えるはずもない。


「夏の午後は運動部に差し入れに行くんだよ」


「ああ、だから運動部の人たちは園芸部に頭が上がらないんだね」


 がたごと、がたごとと揺れるリヤカーの上で華苗とよっちゃんは寝そべりながらおしゃべりする。太陽がまぶしいが、この開放的な青空に揺られるのは、日常では得難い高揚感とのどかな気持ちを引き起こしてくれてなかなかクセになる。


「…おい」


 さすがにのんきにしゃべりすぎたのか、楠が見とがめてくるがそのくらいでどうにかなる華苗ではない。


「メロンを押さえているんです。仕方ないことなんです」


「……」


「今更だけど、いいの?」


「いいの!」


 がたごと、がたごと。


 リヤカーはゆっくりのどかに進んでいく。楠が汗だくでリヤカーを引くのに対し、華苗とよっちゃんはリヤカーで寝そべって夏の午後をゆったりと過ごしている。これが女の子の特権というやつであろう。


 ちなみに、彼女らが寝そべる脇にあるメロンは優に五十を超える。そのどれもが高級品レベルの出来をしていることは間違いない。


 メロンはおよそ五千円、高いものになると二万円以上するものもある。単純計算で、彼女らは百万円の隣に寝そべっているのだ。いい加減野菜や果物に関する金銭感覚がマヒしている彼女らだが、一般人が見れば卒倒しそうな光景である。


 また、メロンも加わったことで、園芸部の畑の作物の単純な金銭的価値はものすごいことになっている。いくらでも収穫できることを考えると、一日で一千万円稼ぐことも決して不可能ではない。


 がたごと、がたごと。


 そんなお金の塊のすぐ近くに横たわり、華苗はのほほんと鼻歌を歌っている。入学当初の華苗なら決してこんな真似はできなかったはずだ。いつ本人がそのことに気付くのかは、誰にもわからない。






「おお! やっと来たか楠ぃ!」


「おーい! 園芸部来たぞー!」


「今日はなんだ!? スイカか!?」


「メロンだ! メロン様が降臨なさったぞ!」


「メロン!? おまっ、超高級品じゃねーか! 俺んとこ年一でしか食えねえぞ!?」


「しかも女の子が二人もいる! 神様マジでありがとう!」


 そしてやってきた芝生のサッカーグラウンド。華苗たちのリヤカーを目にした途端、緑のサッカーユニフォームがこちらをロックオンし、そしてイノシシのごとく突っ込んできた。


 芝生であるがゆえに砂埃こそ立たなかったものの、日焼けしたサッカー小僧どもの鼻息は非常に荒く、華苗とよっちゃんはある種の恐怖感にも似た感情を覚えてしまう。


「おっ、よっちゃんもいるじゃん!」


「あ、秋山先輩! 来ちゃいました!」


 部員がうっちゃらかした用具を片付けてから来た秋山に、よっちゃんがぱぁっと明るく笑いかける。


 が、タイミングの悪いことに、秋山はそのとき部員の背中をぱしぱし叩いていて、彼女のことを全く見ていなかった。


「おまえらさぁ、道具くらいは片付けろってーの!」


「いやん、部長のい・け・ず!」


「だみ声でやられてもうれしくないわ!」


 あっはっは、と男子運動部特有の空気が流れる。華苗はこのノリに今はまだちょっとついていけそうにない。悪い人たちではないのだが、空気がチャラすぎるのだ。


 これを八島家の造語で雰囲気ちゃっぴぃと呼んでいる。雰囲気だけが茶髪でピアスな人とそっくりという意味だ。


「それよか野郎ども、ちゃんとお礼は言えたのか!?」


「「いつもあざーっす!」」


「…気にするな」


「ホント悪いな、こんな暑い中」


 秋山が手慣れたようにリヤカーに乗せられたまな板を取り出し、楠に鉈を渡してメロンの準備をする。なんというか、妙に形がサマになっていた。


「先輩、手慣れてますね」


「ああ、去年、時間があるときは手伝ってたからな。よっちゃんたちみたいにリヤカー乗ってサボってたのはいい思い出だ」


 どうやら楠はだいぶ鈍いところがあるらしい。人一人分の重さが増えても全く気付かなかったそうだ。


 なお、秋山は男子だからか、気づかれた後は普通にリヤカーを押して手伝っていたそうである。


「…では、いきます」


 楠はメロンを軽く押さえ、垂直に鉈を振り下ろす。すっとその先端がメロンの皮をとらえたかと思った次の瞬間、ストン、と一気に両断され、ごろっと半月になったメロンが転がった。


 さわやかな緑色の断面が真夏の空によく映えた。メロン特有の甘い香りがその場の全員の鼻をくすぐる。


「おお……!」


 楠はさらに、用意していたのであろうスプーンで中の種を掻き出す。この時すでに、サッカー部の人間からは笑みが消え、恐ろしいほどまでにメロンを凝視し、ごくりとのどを動かす音を断続的に響かせていた。


「…どうぞ」


「ひゃっほぃ!」


 さらにたん、すたたんとメロンを切った楠は、一番近くにいた調子のよさそうな三年生にメロンを手渡した。スイカと違い、こちらは三角錐でなく、普通の船みたいなかんじの切り方だ。


「Foooo! きたぁぁ──っ!」


「高級品ってレベルじゃねーぞ!?」


「ジューシィかつフルーティ、それでいて……肉厚だとっ!?」


「俺たちがメロンだと思っていたのは……ありゃ、なんだったんだ?」


「マーベラス! エクセレント! ビューティフル! ブリリアント!」


 一人、また一人とメロンを食べるたびにその歓声は大きくなっていく。ワールドカップでハットトリックを決めたのではないか、そう錯覚してしまいそうなほどに喜びに満ちた歓声だ。


 そんなの聞かせられたら、華苗もよっちゃんもたまったものじゃない。


「先輩先輩、はやくはやく!」


「…そう慌てるな」


 サッカー部員全員にいきわたってからようやく、華苗とよっちゃん、そして秋山にも緑の宝物が巡ってくる。心もちほかの人よりも厚めに切られたそれはずっしりと重く、実が締まっていることを教えてくれた。掌のザラザラがなんとも蠱惑的だ。


「それじゃ……」


「感謝を込めて……」


「いただきます!」


 かぷっと一口。


 舌先に触れるとろけるような感触。高級な甘さが華苗たちの脳を痺れさせ、とろんとした気分にさせる。


 糖度が高い……とはこういうことを言うのだろう。砂糖なんて使っているはずもないのになによりも甘く、自然の恵みがぎゅっと詰まっているような気がした。


「おいしいっ!」


「最高っ!」


「やっぱうまいな!」


 メロンの香りが心地よく、華苗の小さな胸を満たしていく。意外なほどに肉厚の果肉は瑞々しくありながらもべしゃっとしておらず、十分なボリュームと食べ応えがあった。


 一口かじるごとにそこからむせ返るように甘い果汁があふれ出てきて、黄色みがかった雫が顎を伝って地面にぽたぽたと滴り落ちていく。


 ぎゅぴゅっ、ぎゃぷっとちょっと下品な果汁を啜る音が響く。この場の大半が口周りを果汁でべしょべしょにしているが、誰もそんなことを気にしたりなんてしない。


 そう、だってこうやって無心で頭を突っ込んで喰らいつくのが、メロンの正しい食べ方なのだから。


 華苗は少しだけ冷静になって自らが齧ったメロンを見つめる。種は丁寧に取り除かれておりとても食べやすい。断面はどことなく穏やかな雪原を彷彿とさせ、見ているだけでうきうきしてくる。


 かぷっともう一口。とろける果肉が肺腑を満たし、甘い果汁が全身をめぐる。華苗はこれ以上に食べ応えがあり、そして甘さのあるメロンを知らない。


 しかも、この手のウリ科の食べ物にありがちな青臭さなんてみじんも感じられない。まさに理想が具現化したかのような上等のメロンだ。


「…うん、上出来だ」


 大きく半月を削った楠が満足そうにうなずく。あたり一帯がメロンの芳しい香りに包まれており、ぎらぎらと照り付ける日差しと相まって、ここがどこか素敵な南国なのではないかと思えてしまうくらいだ。


「甘さもさることながら、この実の締りが半端ねえよな! すっげぇ食べ応えがあるっていうか、瑞々しさとの対比がそんじょそこらのメロンとはダンチだぜ!」


「秋山先輩、目の付け所がすごいよね~!」


「そりゃ、園芸部の次の次に畑に詳しい男だからな!」


 ちなみに園芸部の次に畑に詳しいのはおじいちゃんである。


「メロンってどこまで食べるべきか迷わね?」


「んなもん、食えなくなるまで食うに決まってるっしょ?」


「給食に出てきたメロンの種、植えたりしなかった?」


「やったやった! 発芽しなくて腐らせて、隅のロッカーが腐海になったけどな!」


 思い思いにしゃべりながらサッカー部はメロンを楽しんでいる。手も口もべしょべしょであり、ユニフォームもだいぶ汚れてしまっているが、元から汚いから今更誰も気にしないそうだ。メロンフレグランスがついてラッキーだと思うやつもいるらしい。


 うれしそうに、かつワイルドにメロンをほおばる彼らを見ると、華苗としても結構うれしくなってくる。これが生産者の喜びというものだろう。


「おかわりくれ!」


「もうちょい大きめに切ってくれると惚れちゃうぜ!」


「それよか女の子! 女の子に切ってほしい! あと女の子に手渡してほしい! 割と切実にガチでマジで!」


 熱い要望があったため、華苗とよっちゃんがメロン担当大臣に就任する。女子マネージャーがいないサッカー部は部活中に女子と接触することが皆無であり、女の子のやさしさにひどく憧れを抱いているとのことだった。


「こ、これが夢にまで見た後輩の女の子からの差し入れ……!」


「甘いッ! 想像以上に甘いッ! そして俺の心は喜びに満ちているッ!」


 おかわりをもらった先輩方は気持ち悪いほどに喜び、涙を流そうとする者が出てくる始末だ。


「大げさだよねぇ……」


「うふ。でも満更でもないんでしょ? ……喜んでもらいたい相手はほかにいるみたいだけどね!」


「……もうっ!」


 よっちゃんのにまにました顔に華苗は赤くなり、そして恥ずかしくなってぺしぺしと彼女の背中をたたいた。よっちゃんは大げさに痛がるばかりでそのにまにまを止めようとすらしない。


「華苗ちゃんにも春が来たか……! よっちゃん、あとでこっそり教えてくれよ?」


「おっけーです! あ、おかわりどうぞ!」


「さんきゅ! まさかこんなかわいい子に差し入れもらえるなんて、去年は考えもしなかったぜ!」


「うふ、うれしいこと言ってくれますね~。そんな秋山先輩には、ちょっとサービスで……。ウブなかなちゃんにお手本見せたげる!」


 あーん、とよっちゃんは切ったメロンを秋山の口へと差し出す。秋山は躊躇いもなく、背をちょっとかがめてぱくりとそれを食べた。


 もきゅもきゅ、もきゅもきゅ。


「マジ愛してるぜよっちゃん!」


「それほどでもないですよぅ」


 よっちゃんが現在進行形で華苗のやりたいことを周りに見せつけていた。ご丁寧にぱちりとウィンクさえしてくる始末である。


「秋山、てめぇぇぇぇぇ!」


「裏切ったな! 裏切りやがったな!」


「部長ぉぉぉぉぉ!」


「あんなかわいい子が! 部長に! よりにもよって部長に!」


 目を血走らせたサッカー部の怨嗟の怒号が真夏の午後に響く。その声はさながら地面から這い出る亡者のようでもあり、悍ましいほどに生々しい怨念が込められていた。


「ふ、俺ほどまでのカリスマを持つとこの程度朝飯前よ! 悔しかったらお前らもかわいい後輩作るんだな!」


「いやん、先輩ったら、だ・い・た・ん♪」


 勝ち誇ったように秋山は笑い、そしてよっちゃんの肩を抱いて見せる。ふざけているのはほぼ間違いなく、よっちゃんもノリノリだ。実はちょっとだけほっぺが赤くなっているのだが、それに気づけた者はこの場には華苗しかいなかった。


「…青春だな」


「……ですね」


 メロンの甘い香りに包まれて、サッカーコートには不思議な活力が満ちていた。


 どうしても悔しくなったサッカー部は、部長に対抗して小柄な一年生部員の胸にメロンを詰め込み、そのうえで『あーん』を敢行したが、虚しさだけが残ったという。

20141008 誤字修正

20150125 誤字修正

20170831 文法、形式を含めた改稿


メロンは種がないから好き。

でもどこまで食べていいかわかりづらいっていう。


ケーキとかのおまけについているのならともかく、

ガチのメロンってお盆の時期くらいにしか食べない。

なんであんなに高いんだろうね?


給食とかで出てきた果物の種、

植える人はいっぱいいたけど成功した人見たことない。

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