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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
51/129

50 園島西高校サバイバルキャンプ・13


茶会(パーティー)へのお誘いにしては、いささか乱暴じゃないか?」


 がぁん、と大きな音。

 ぎゃりっと爪のはがれる音。


 ギャァァァァ!


 苦痛に悶える熊の絶叫。


 さっそうと、それこそ華苗たちが気づけないほどのスピードで金髪の男が割って入り、熊の一撃を受け止めた。


「エスコートってのは、もっとエレガントにやるものさ。──ケガはないですか、お嬢さん(レディ)?」


 熊の絶叫を気にした様子もなく、その男は落ち着き払って優雅、かつ華麗にゆきちゃんに微笑む。ハリウッド映画、いいや、ルネサンスな絵画にでも出てくるような、ハンサムで綺麗な笑顔だった。


 その左手には大きな鉄板──おそらく盾を掲げている。いくら盾をつけていたと言えど、衝撃はかなりあったはずだというのにその男は顔一つしかめていない。歴戦の強者であることは間違いなかった。

 

「きし、さま?」


「まさか、今の私はそんな大層な人間ではありません──よっ!」


 ゆきちゃんがそう思ってしまうのも無理はない。その男は全身に鉄片を編みこんだかのような──時代錯誤な、言わば鎧というものを着こんでいる。これで騎士と思うなと言うほうが無理な話だろう。


 かなり使い込まれているのか、それにはあちこちに細かい傷が入り、その部分だけ輝きが鈍くなっていた。ただ、それ以外の部分はぴかぴかに輝いていることから、彼がこの鎧を丁寧に手入れし、愛着を持って使用していることは明らかだ。


 少し動く度にがちゃがちゃと鳴り響くところを見ると、正真正銘金属で出来ているのだろう。その重さはきっと華苗の想像以上だ。


 まともな人間がこれを着たらきっと重さで一歩も動けないと思えるのに、その男はジャケットでも羽織っているかのように気軽な様子だった。いや、気軽というよりは大人の余裕──強者の余裕なのだろう。


 なにより、その身から放つオーラが騎士のそれと同じだ。優しくて、格好良くて、すごく頼りになる感じがする。


初歩の挨拶(こんにちは)から覚えなおして来い!」


 その男は振り向きざまに、そのごっつい塊で熊の顔面をしたたかに打ち付けた。ゴッと思わず目を背けたくなるような音と共に熊がたたらを踏み、彼はその隙を逃さずさらに盾で迎撃を加える。熊はたまらず数歩ほど後ずさった。


「私はこいつらを駆除するってだけの、ただのセインです」


 深追いはせず、金髪の男はくるりと再びゆきちゃんへと向き直る。そしてぺたんと座り込んでしまったゆきちゃんの手を優しくとり、優雅に笑いかけた。


「あなたのように体を張って人を守れる人間を騎士というのですよ、勇敢なレディ。……ですが、今この瞬間だけは、あなたの騎士であるのも悪くない」


 ゆきちゃんがぽっと赤くなる。それが華苗にもはっきり見えた。


「少年少女よ、耐えてくれてありがとう。もう何も心配することはない。……私は組合の人間だ。不審者じゃないぞ?」


 まだ熊は健在だというのに、その男──セインは全員を安心させるかのように笑いかける。その姿はどこまでも格好よく、大人の余裕がひしひしと伝わってきて、その場の空気をかなり柔らかいものへと変えた。キザなセリフも、これだけ格好いい人がやると様になる。


「頼りになる仲間たちも来てくれたことだしな」


 その声が終わるか終らないかのうちに、怒声が響き渡った。


「可愛い後輩になにしてやがるコラァ!」


「たァ~っぷりお礼をしねェとなァ!?」


 ぽーん、と丸い黒白こくびゃくが天に煌々と揺らめいた。人の形を成した猛る疾風(かぜ)がそれに喰らいつかんばかりに空を駆け上がる。黒白のそれは震え、呻き、紅蓮の炎になった。


 ゆらり、と四角の黒白が地に朧げに閃いた。人の形を成した荒ぶる闇黒がそれを引き裂かんばかりに腕を振り下ろす。黒白のそれは瞬き、霞み、夢幻の刃になった。


「ぶち抜け!」


「切り裂け!」


 竜巻のように全身を回転させた疾風が、灼熱の宝玉を穿つように踵を打ちつけた。紅蓮の竜巻となったそれは螺旋を描きながら全てを抉っていく。


 闇黒の放った一枚のカードが、黄昏に霞むように揺らめいた。何枚もの、何十枚もの、何百枚もの刃の嵐となって全てを切り裂いていく。


 紅蓮の螺旋は熊の腹に直撃し、耀く炎が全身を舐めた。太い剛毛がチリチリと焦げ、辺りに異様な匂いが広がった。


 夢幻の刃嵐は熊の全身に喰らいつき、霞む刃がさらなる追撃を加えた。頭の天辺からつま先まで切り傷が走り、一瞬にして血の霧が広がった。


 ギャァァァ!


 熊が赤黒い滴を滴らせながら吹っ飛んだ。


「お前ら普通に戦えるじゃん! 魔法にしたってシャレになんねえぞ! こんなの見たことも聞いたこともねえ……っと!!」


「おねえさんでもさすがにびっくりだよ……ラズ、《行け(ゴー)》!」


 アオン!


 猟犬と二つの影が熊に飛び掛かる。斧とナイフの強烈な一撃。猟犬が熊の首元を喰いちぎろうと跳躍し、その鋭利な爪を突き立てる。


 ギィィィィ!


 熊の怨嗟の悲鳴が華苗たちの耳にうるさく響き渡った。さすがにプロの一撃は堪えるのか、熊は足を乱しながらも森の奥へと逃げていく。


「レイク、ミスティ、まかせてもいいかね?」


「あたぼうよ! そっちの護衛は任せるぜ」


「もちろん。血腥いのは見せちゃいけない、だよね」


 アオン!


「これは頼もしい」


 ミスティとレイクはそのまま手負いの熊を追って森の奥へとかけていった。さっき血らしきものが出たのが見えたから、きっとそれを追っていくのだろう。組合の人はみんなプロで一流だとおじいちゃんが言っていたし、彼らに任せておけば万事うまく解決するに違いなかった。


 ようやく──危機は去ったのだ。


「おい、無事だったか!?」


「ケガはなさそうだなァ。これでめでたしめでたしってわけだねェ」


 こっこっこ──


 駆けつけてきてくれたのは秋山と森下だった。彼らは軽く息を整え安心したようににかっと笑う。その笑顔には華苗たちにはない年上の余裕みたいなものが含まれていて、ああ、やっぱり先輩はすごいと一年生五人が無意識に思ってしまったほどだ。


 実際、心配していたのだろう。この場の誰も、秋山や森下があれほどまでの怒声を放ったことなど聞いたことがなかったのだから。


 そしてワンテンポ遅れてトランプとサッカーボールがどこからか落ちてくる。仕組みも理由も一切が不明だが、とにかく彼らの元にそれは戻ったのだ。まるで当たり前のように非常識な光景が続くが、当の先輩たちは特段不思議にすら思っていないらしい。


「あ、あ……!」


 しかしとて、今の華苗にとってそれは全くもってどうでもいいことだった。華苗の震える視線は、ある一点だけをただただ凝視している。


 茶色い毛皮。真っ赤なとさか。くりくりの麗しいおめめ。


 秋山の手の中に、ずっとずっと探していた、もしかしたら食べられちゃったのかもしれないとも思ってしまった、愛しく可愛らしいワガママボディの──


「あやめさん!」


「え、ひぎりさんじゃねえの?」


 あやめさんがいた。元気そうに首を動かし、ケガの一つもない。


 思わず華苗は駆け寄り、ぎゅっと抱きしめてしまう。暖かい温もりと、そのきれいな美声が華苗の心を慰めてくれた。本当に、本当によかったと、華苗は心の中で神様に感謝する。


 どうやら、秋山と森下があやめさんを見つけてくれたらしい。ちょうど同じタイミングでセインが二人をみつけ、拠点に帰ろうとしたところであやめさんがうるさく騒ぎ始めたのだという。


 あやめさんが無駄に騒ぐことなどないということを知っていた秋山は、なにかあると感づき、そのまま導かれるようにここにたどり着いたそうだ。


「ねぇ秋山先輩、さっきの火の玉はなんですか?」


「ん? 百八あるオレの必殺技の一つだけど?  襲われてるのみたらとっさに出ちまったんだ。もっと効果的なのもあったけど、やっぱ一番得意なのって体が覚えちまってるんだな。ちなみに技名は《スパイラルフェイトイグニッション・AK式》な!」


「……」


「も、森下先輩、さっきのアレは?」


「カードスローイングのトランプに決まってんじゃねェか。ミリオンカードや早投げ、その他秘密の超技術を併用し、絶え間ない研鑽を積むことで初めて出来る超技術だぜェ。スローイングだけなら部活会議の時にもやっただろ。……ああ、あのときお前はいなかったかァ?」


「……」


「ちなみに威力は十メートル離れた二本のキュウリをスパッと切断するくらいかァ? 今回は全力で本気出したからもっとあるがなァ」


「またなんとも微妙な……」


 秋山が炎を纏ったシュートを撃てるというのは本当だったらしい。いくら部長たちはいろいろオカシイとはいえ、華苗も半信半疑ではあったのだが、実物を見せられたらもう信じるしかない。


 サッカー部なのだから、当然と言えば当然だ。超技術部なんだし、カードを投げるくらいできないほうがおかしい。


 そんなことよりも、あやめさんもひぎりさんも無事でいてくれたことが、華苗はなによりもうれしかった。


「あれ、でもそうしたらあの時見た羽と血の跡は? 僕の見間違いだったのかな」


「血の跡?」


「ええ。あの熊、口のあたりが血で汚れてて羽も引っ付けてたんです」


 秋山と森下は柊の言葉に合点がいったようだった。ぽん、と手を立ていて──もしくは頭の豆電球が光ったかのように頷き、そして教えてくれた。


「それな、たぶん熊の血だと思うぜ?」


「オレたちが見つけた時よォ、このめんどり足に血がついてたんだよ。でも、別にケガしてなかったんだよなァ」


「たぶん、抵抗して熊の顔引っ掻いたんじゃね?」


 こっこっこ、とあやめさんとひぎりさんが誇らしそうに鳴いていた。その姿は女王のようにも、子供のようにも、艶やかな美人のようにも見える。ワガママボディをゆっさゆっさと揺らし、可愛いお尻をふりふりしながらいつも通り地面を突き、そして華苗の靴をコツコツと突いた。


 いつも通りのその感覚に、思わず顔が崩れる。


「んでよォ、こいつ、なんか変な白い布持ってたんだよ」


「羽の間にしっかり挟まってたんだけど、これってさぁ……」


 秋山がポケットから白い布を取り出した。飾りだろうか、ふちにひらひらのオシャレなレースがついていて、その四角の隅っこには緑の刺繍糸でワンポイントのマークがある。


 だが、レースはぐちゃぐちゃになっているうえ土にまみれて黒ずんでおり、おまけにいくらか裂けていてもうゴミ箱くらいにしか行き場所がないようなありさまだ。汚れくらいなら洗えば落ちるかもしれないが、ここまでズタズタになっていたら、繕うことなんて無理だろう。


「これ、例のハンカチだと思うんだよな」


「ですよね……」


 これはきっと午前中に聞いた例の──組合のアミルが失くしたというハンカチだろう。華苗がそれをレースだと認識できたのも、その事前情報があったからだ。


「そういえば、アミルが白いハンカチを失くしたと聞いたな……」


「ねぇ華苗ちゃん、もしかしてあやめさんたちってこれ探しに森に入ったの?」


「たぶん……」


 あやめさんとひぎりさんはとても賢い。考えてみれば、レイクがそのことを教えてくれたとき、彼女たちはすぐ近くにいたはずだ。


 なんでわざわざ探しに行こうと思ったのかは不明だが、あやめさんとひぎりさんならそう行動してもおかしくない。そんじょそこらの鶏とは比べるのもおこがましいくらい、彼女たちは優しく、思いやりのある鶏であられるからだ。


「でも、勝手にいなくなったりしないでください! すっごく、すっごく心配したんですからね!」


「華苗、鶏に行っても……」


 あやめさんとひぎりさんが申し訳なさそうにお尻を振る。こっこっこと可愛らしい声が穏やかに闇に染み込んでいった。


「清水、肩貸しちゃる。さっさとこんなとこズラかるぞ」


「……ありがと。……お金はパフェかケーキで返してくれればいいから。おいしいケーキバイキングを教えてもらったの」


「なんという鬼畜。ぶれねえな」


「八島さんは大丈夫?」


「うん、さっきは本当にありがとね。柊くんがいなかったら私大変なことになってたよ。こ、今度なにかお礼させて! なんでもするから!」


「あはは、別にそんな気にすることないよ。好きで助けたんだから」


「よっちゃんは平気か?」


「あたしはぴんぴんしてます! ちょっと怖かったですけどね!」


「レディ、立てますかな?」


「はは、すいません……。腰が抜けたのか、足に力が入らなくて。それに、眼鏡が吹っ飛ばされてどこかにいったものだから、目が……」


「ふむ。では、少し失礼をば」


「うわわっ!?」


「すげえなァあのおっさん。あの重装備でゆきちゃんお姫様抱っこしやがった」


「一応、ギリギリお兄さんに入る年齢のはずなんだが……」


「すいませっしたァ!」


 和やかな雰囲気のまま、セインと共に一団となって華苗たちは森を戻っていく。キャンプの炎が見えた時は、それはもう嬉しかったものだ。


 キャンプにたどり着いたころにはもう日が暮れて真っ暗になっており、みんなが声を上げて迎え入れてくれたものだから華苗はちょっと照れくさかった。


 どうやら華苗たちが最後だったらしく、一緒に森に入った楠や橘、そして中林たちもすでに到着しており、森を駆け巡っていたという組合の人やおじいちゃんとも無事に再会できた。


 それから五分もしないうちにミスティとレイクが帰ってきて、全員の無事が確認できると共に森の脅威がなくなったのがわかると、そこでようやくみんなは心の奥底から喜べたのだ。


 どうやら拠点の方でもいろいろあったらしいうえ、熊も複数匹、さらにはイノシシまでもが出たと知ったときは驚いたものだが、それもすべて問題なく片付いたらしい。


 それを記念した祝勝会(?)として組合の人も交えた無礼講の宴会が開かれる。最後の締めとばかりにあらゆる料理やお菓子が提供され、みなで歌い、各々好きなように騒いで過ごす。冒険譚とちょっぴりの武勇伝を話してるうちには、どんどん夜が更けていった。


「さぁさ、今日は組合の連中がいるから不寝番はなしだ。疲れたろうから頃合を見てみんなぐっすり寝てしまいなさい! 面倒事は全部私がやっておくから安心するといい!」


 お話タイムのときにちょっとしたいざこざというかイベントもあり、それとは別に華苗自身もかなりの勇気を出したドキドキイベントがあったが、心地よい疲労と緊張から解放されたことにより誰もがぐっすりとテントで眠ることとなる。


 華苗も、このときの出来事をそっと胸にしまって夢の中へと旅立っていく。だってもう、不安になることなんて何一つとしてないのだから。




 こうして、キャンプ三日目は終わりを告げたのだった。

20141213 誤字修正

20161231 文法、形式を含めた改稿


拠点に戻ってからの詳しいことはスウィートドリームファクトリーへGO!

諸般の事情により正統な続きとなっているから見ておかないと話がつながらないかも。

ぶっちゃけこっちじゃ纏めきれないうえメインとも言いがたいから向こうになっちゃったってだけなんだけどね。文才の無さが恨めしい。


カードスローイングでキュウリ切れるのは本当らしいですぜ。

ボールで炎を出すのはちょっと難しいっぽい。

空気摩擦の発火を誘引できるほどの速度で打たないとダメみたいだね。


昔はこれくらいの文量だったのになぁ。

本当はこれ、前回と一まとめだったんだよ。

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