49 園島西高校サバイバルキャンプ・12
しつこいようですが、この小説はフィクションです。
熊と出会ってしまったら然るべき対応をとりましょう。
「ちくしょう、ここにもいないのか」
「暗くなってきたし、そろそろ戻ったほうがいいかもしれないね」
「……」
華苗の表情は暗い。華苗が行けそうな場所やあやめさんたちがいくかもしれない場所をしらみつぶしに探してみたものの、それらしい姿が全く見えなかったからだ。せめて羽の一枚や二枚くらいは見つけられると思ったのだが、それすら見つからず、何の手がかりも得ることが出来ていない。
「先生も、保護者としてこれ以上は許可できないな。……なに、きっとほかの連中が見つけてくれたに決まっているさ」
ゆきちゃんが華苗を励まそうとしてくれているのがひしひしと伝わってきた。華苗はその微笑みに少しでも答えようと笑顔を浮かべるが、作り笑いになっていることは間違いない。
どんなに励まされたって、不安なものは不安なのだ。
帰らなくてはならない理由はほかにもある。先ほどから何回か、獣の遠吠えみたいなものがそう遠くない場所で聞こえたからだ。それも、犬とか狸とかそんなレベルじゃない、もっと大物の声だ。
いくら組合の人達がいるとはいえ、そんなものと出会うのは御免被りたい。それはこの場の誰もが思っていることだ。
「大丈夫、きっと見つかるって!」
よっちゃんが先頭に立ち、元来た道を引き返そうとする。華苗はもう一度、あやめさんたちの姿がないか後ろを振り向いて──
そして、見てしまった。
「あれ!」
森の奥の方でなにかがガサガサ動いている。ついでにいえば、鳥がぎゃあぎゃあ鳴きながら飛び去っていく。波紋が伝わるかのようにしてその現象はどんどんこちらへと近づいていた。
「史香、あたしすっごく嫌な予感がするんだけど」
「やっぱり?」
茂みが踏み倒される音、木が揺れる音、小動物の鳴き声。
もちろん、華苗だって嫌な予感がする。だがしかし、華苗には動けない理由があったのだ。
こっこっこっこ──!
「ひぎりさん!」
真っ赤なとさかに可愛いお尻。茶色のふわふわな毛並みを風にたなびかせ、そのエクセレントなボディをゆっさゆっさと揺らし駆けてくる小さな影。
ずっとずっと探していた、ひぎりさんだった。
ひぎりさんがこちらに気づき、首を前後に小刻みに揺らしながら全力でこちらへと近づいてくる。華苗は思わず抱きしめようと駆け寄ろうとして──柊に腕を押さえられた。
「離して!」
「ダメだ!」
どうして、と聞き返す前にその理由がわかった。
ひぎりさんを追うようにして大きな黒い影が躍り出てくる。
真っ黒い大きな体。どんなものでもバターのように切り裂けそうな爪。何でも噛み砕いてしまいそうな大きな顎。プロテインが主食だったんじゃないかと思えるほどの筋肉質な体躯。それはもう見事な、典型的とすら言える恐ろしげな──熊だった。
グォォォォ!
「……っ!」
大きな熊だ。立ち上がったら三メートルはあるだろう。木々をのしてやってきたところを見ると、体重だってすごいに決まっている。あの腕を一振りすれば、きっと華苗なんて小枝のようにぽっきり折れるか、もしくは月とかアメリカくらいまで簡単に吹っ飛ばされてしまうだろう。
しかしそれでも、華苗はその熊から逃げようとしなかった。ぎん、と音が出るように睨み返しさえしたのだ。
だって──顔に茶色い羽がついて、口元がすこし赤く汚れている。
「このやろぉぉぉぉっ!」
「ばかっ!」
「逃げるぞ!」
カッと頭に血が上った華苗を止めたのは柊とゆきちゃんだった。柊は華苗の腕を無理やり引っ張り、ゆきちゃんは近くにあったのであろう枝を投げつけて熊の注意を華苗から逸らす。よっちゃんがひぎりさんを抱き上げ、一斉に元来た道を駆け戻った。
「走れ! とにかく走れ!」
ゆきちゃんが殿を務め、前を進む華苗たちを追い立てる。教師としては百点満点の行動ではあるが、今この場合においては少し問題があった。
そう、初日の説明にあった通り、ここの熊には背中を見せてはいけないのだ。熊は完全に華苗たちを獲物として定めていた。
「はっ──はっ──!」
「おい清水、大丈夫か?」
「あん、ま、だいじょ、ぶじゃ、ない──!」
「そいつはくまった」
さて、いくら死ぬ気で走っているとはいえ、歩きづらい場所で全力を出せばそう遠くない間に体力が尽きるに決まっている。特に文化部でもとより運動がそこまで得意でもない清水の体力は、走り出して三十秒ほどで尽きようとしていた。
幸いにして熊は華苗たちを甚振るつもりなのか、だいぶ距離をあけてゆっくりと追いかけてきているが、それでも状況が悪いことには変わりがない。
「ばか、に、してん、の──?」
「いや、してない。だから五百円貸してくんね?」
「おい、幹久!?」
なにかを悟った田所が足を止めた。それにつられるように清水が倒れこみ、ぜぇぜぇと息をつく。当然華苗たちも足を止めてしまい、ある種の膠着状況に陥った。
熊も歩みを遅くし、邪悪な笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。
「おまえ、もう走れないだろ。急に走ったもんだから脚ちょっと痛めたな」
「……き、気づいてたの?」
「あんなへっぽこな走り方で気づかないほうがおかしい。……まぁいいや。借りるぞ。あ、出来ればあるだけ貸してほしいんだけど」
「こんな状況でアンタ何言ってんの!?」
「うるさい。おれだってまずい状況だってことくらいわかってる。でも、女の子一人残して逃げるのは絶対に嫌だ。それがおまえなら尚更だ。そんなこと──俺の美学が許さない。……とにかく財布よこせ。おれもってきてないんだよな」
「~~っ!」
清水が叩きつけるようにして田所に財布を渡す。ピンクのアクセサリーの付いた、ちょっと子供っぽい財布だった。背後に熊が迫りつつあるというのに、田所は鼻歌なんて歌いながらその中身を物色し始める。
「……ちっ、二千円もないのか。しかも札が一枚に小銭がいくらか。五百円玉一枚しかないじゃん」
「別にいいでしょ!」
「あ、失敗したら本格的にまずいんで先生たちは先逃げてください」
「教え子を残して逃げられるわけないだろう……」
「僕も、親友を残して逃げるのは美学に反するな」
「さいですか」
こうなったらもう覚悟を決めるしかあるまい。もともと、熊の対応としては逃げずに抗えというのがそれだったのだ。田所がなにをしでかすのかは知らないが、時間稼ぎくらいにはなるだろう。それに、清水を置いて逃げるのは華苗もよっちゃんも嫌だった。
「まさかこいつを使うことになるとはな──!」
田所はコイントスをするかのように軽く握りこぶしを作り、人差し指の腹に親指の爪をひっかける。普通のコイントスと違うのは拳を地面と水平に構えていることだろう。そこに、清水から借りた五百円玉をあてがった。
「……ッ!」
ぎりっと田所が歯を食いしばった。みちみちと妙な音を立てて彼の親指が膨れ上がり、血管が浮き出てくる。親指の色がうっ血したかのように赤黒くなり、逆に爪のほうは白くなっていた。
力を込めているのだと気づいたその瞬間に、それは放たれた!
「はぁッ!」
とても指がコインを弾いた音とは思えない、ヂッという金属音。わずかに残った日の光に照らされ、一条の光が森を貫く。およそ目で追えないほどのスピードで弾かれたそのコインは、寸分の狂いなくその熊の鼻先にぶち当たる。
ガァッ!?
「うん、さすがおれ」
「な、なにあれ……?」
熊がのけぞり、よろけてバランスを崩す。その剛腕と鋭い爪が大木に大きな傷をつけた。弱きものからの手痛すぎる反撃に、なにが起こったのかも理解できていないらしい。
──少しの時間稼ぎくらいにはなったのだろう。
「指弾っていう超技術。今のおれの実力だと十メートル先にある、水が入った二リットルペットボトルを倒すくらいの威力は出せる。今回は全力だからもうちっとあるだろうけど」
「なにそれ微妙……」
「鼻に当てたし効果はあるだろ。羅漢銭ってのを使えば威力はもっとでるっぽい」
まさか田所の超技術がこんなところで役に立つとは誰が思っだことだろう。ひょうひょうと彼は述べるが、これってかなりすごいことなのではないだろうか。こんなときだというのに、華苗は彼の普段の部活風景が気になり始める。
しかし、現実はうまくはいかない。この場で華苗たちがやらなくてはならないことは、逃げることでもぼうっとすることでもなく、大声で助けを呼ぶということだったのだから。
「史香、後ろ!」
「え?」
だから、熊がいきなり飛び起きて清水に襲い掛かったとき、華苗は無様にも反応できずに固まってしまった。かろうじてできたことと言えば、起こるであろう凄惨な未来を見ないよう、目をぎゅっと閉じようと試みることだけだった。
だが、幸か不幸かその瞬間はスローモーションのように網膜に焼き付けられる。こっこっこ、とよっちゃんの腕の中でひぎりさんが鳴いた。
ガァァ!
毛深く真っ黒な剛腕が清水の首を折ろうと横なぎに払われる。それはどこまでも太く、力強く、そして重かった。おそらく当たったならば一撃で清水はあの世行きだろう。
だが、幸いにしてその重さが彼女の命を救うこととなる。
重さゆえに速さが出ず、彼が動くだけの余裕が出来たからだ。
「チィッ!」
「わ、わわっ!?」
田所が清水を自分の胸に引き寄せて抱きしめる。ぎゅっと背中に手を回し、抱きしめ折らんばかりに抱えて体を密着させると、ふっと腰をひねり反らせながらながらふりあげた。
また同時に足のばねを限界まで使って空中に飛び立つ。一瞬後にはもう、重心を中空へと放り、バランスの胆となる頭は地面とほぼ水平になるまで傾けられていた。
両足が地面から離れ、反動の支配下で振りあがるように上へと登っていく。最高点に達したとき、彼の体は地面から女子高生ひとり分は浮き上がっていただろう。
その下を、熊の腕がぎりぎりかすめていった。ビッっと彼のズボンのポケットの端が裂ける。
まだ何が起こったのかわかっていない熊に対し、田所はどこまでも冷静だった。ジャンプの最高点に達し自由落下に入りながらも、冷静に開脚し──いや、正確には最高点に達する前に開き始めていたのだが、ともかく清水を抱きしめながらその開いた右足の先端を、今まさに通り過ぎようとしている熊の腕に斜めからとん、と立てる。
例えるならば、宇宙ステーションがドッキングするかのような整合的でからくりじみた動きだった。
「なめんじゃねえッ!」
グゥッ!
空中にいる彼は、全力で熊の腕を蹴った。当然のごとく、蹴りの威力は反作用として彼に揚力とモーメントを与え、そして熊の体勢を崩させる。
ぐるぐると横向きにふっとんだ田所は、清水の頭の後ろに手を回してがっしりと抱え、回転の威力に逆らわず地面を転がることで衝撃を吸収し、距離を取る。
抱きしめられていた清水からすればたまったものではない。気づけば抱きしめられ、体が浮き、空中に倒れ、ぐるぐると目が回って、そして衝撃の後に地面を転がされたのだから。髪は乱れたし土だのなんだのが首から入るし、散々ではある。
だが、田所の超技術部としての集大成を込めたこの行動により、彼女は大きなけがを負うことなくその場から離れることが出来たのだ。
「覚えてよかった、ブレイクダンス」
「お、おう……」
「今のな、スワイプスと540キックの複合アレンジ的なアレな。パルクールもちょっと入ってるぜ。とっさにやったにしては上手くきまったろ? それも、人一人抱えた状態で、熊のタイミングと合わせてだ。……うん、やっぱりおれすごくね?」
「そうだね……すごいね……とりあえずありがと……」
「それほどでもあるな、うん。もっと褒めてもいいんだぞ」
田所に関していえば、熊から逃げおおせたことよりも技がうまく決まったことの方がうれしいのだろう。清水のほうはもうわけがわからなくなってしまったらしく、ぐったりと田所の説明を聞き流して相槌を打っている。
だが、勘違いしてはならない。たしかに田所と清水は熊の脅威から逃れ、そして熊からもコイツは無理だ、と認定された。
しかし、熊が華苗たち全員をあきらめたかと聞かれれば話は別だ。なんせ、弱そうな獲物はまだまだいるのだから。
そう、ここの熊は格上にはとことん下手に出るが、格下にはとことん強気に出るのである。
「え?」
ぬうっと何かが華苗の前に立った。当然の帰結として、熊はこの中で一番ちびっこくて弱そうな華苗を狙ったのだ。もしかしたら、最初にガンをつけられたのも気に障ったのかもしれない。
ガァァァァッ!
「え、うそ、そんな──!」
華苗が何と言おうと、その鉄腕が止まることなどありえない。ましてや熊本人──本人という言い方はおかしいかもしれないが、ともかくそいつ自身が止める気などさらさらないのだから。
だが都合のいいことに、華苗の傍には彼がいた。そしてそれは、熊にとっては間違いなく不幸なことだった。
「ちょっとごめんね」
「ひゃっ!?」
頭の後ろに誰かの手。ふおっと体が何かに引っ張られる。
華苗の頬に堅くてちょっと柔らかく、そして汗のにおいのするものがぎゅっと押し付けられた。
それが柊の胸板だと気づくのにわずかにかかり、瞬間的に華苗の顔が赤くなる。異性に抱きしめられたことなど初めてのことだったからだ。
そのわずかの間に柊は華苗と入れ替わるように熊の前に躍り出た。もちろん、華苗を抱きしめるようにして動いたのでその無防備な背中が熊にさらされている。一瞬後には彼の背中が真っ赤に染まることだろう。
華苗を身を挺してかばった──ように見えるが、柊にはそんなつもりはさらさらない。
そんな後ろ向きな考えなど、彼には思いつきすらしなかった。
「──しゃらくせぇ」
華苗の頭の上の方から、そんなゾクッとするような声が降ってきた。
「僕の宝物を、青春の一ページを、熊風情が──畜生の分際で邪魔するな」
ガゥッ!?
ガッっと大きな音。
爪の部分を避け、彼は右腕の最も堅くしなやかなところを熊の手首にあてがった。華苗の背中からとおした左手をその部分に添えて安定させ、そして瞬間的にひっこめるようにしてそれを受けて立つ。
柊は衝撃を腕、胸、腹、腰、膝、足と順に殺しながら伝えた。
腕に押された華苗の頭がぐっと柊に押し付けられるのと、めりっと彼の靴が地面に食い込むのはほとんど同時だった。
「──熊鍋にするぞ」
左手をはずし、華苗をとん、と前に押し出して逃がす。同じタイミングでくるりと向き直り、その動作の流れを維持するかのようにあてがった右腕で熊の右腕を絡め取る。
ぐるりと円を描くように大きくそれを回して熊のバランスを崩すと、熊の手首を内側に無理やりひねって熊の骨格を動かしちゃいけない方向へと捩る。
そして、鳥肌の立つような声音で言った。
「覚悟は出来たか?」
めり込んだ足を、ぐんと引き延ばした。つかんだ毛むくじゃらの右腕を、すっと地面に押し付ける。見えない何かが、足、膝、腰、腹、胸、そして腕へと伝わっていった。
「せぇい!」
轟、と力強い何かが流れた。あ、と華苗が声を上げる前にその本流に飲まれた熊が地面に叩きつけられる。その大柄な巨体が地面にダイブすると、ざわざわと木々の葉が揺らめき、それの脳みそを激しく揺さぶった。
ギャァァァ!
柊はそんな熊の顔に一発だけ、それこそ親の仇でもとるかのような勢いで蹴りをぶちかましてから、華苗の手を引いてその場をはなれる。奇しくも、彼が蹴った場所は田所にやられた鼻面であった。
「やっててよかった、合気道」
晴れやかな表情で柊が笑い、額の汗をぬぐった。
「あ、ありがとう」
「いえいえ。これも男子の務めですから」
その顔がなんだか無性に格好良くて、華苗の顔はまた赤くなる。きつい赤と暗闇のコントラストがなければ、きっとばれていたことだろう。脅威は去ったというのにいまだに心臓がドキドキしていた。
だがしかし悲しいかな、これですべてが終わったわけではない。たかだか一男子高校生の一撃で熊が致命傷を負うはずがない。『獲物』から『格上』に華苗たちはランクアップしたが、この場にはまだまだ獲物がいる。
二度あることは三度あるのだ。
ガァァァ!
「今度はあたしぃ!?」
「頼子っ!」
よっちゃんは避けた。
彼女はもともと運動神経が良いし、熊からの距離もそこそこあった。ひぎりさんを抱えてとはいえ、避けるだけだったらなんとかなる。そして事実、熊をおちょくるかのようにその全ての一撃を紙一重のところで避け続けたのだ。
だが、逃げられるかと聞かれたら話は別だ。熊に人が敵うわけがない。
「熊公! 頼子にひっかき傷一つでも与えてみろ! ぶっ飛ばしてやる!」
ゆきちゃんが木の枝をもってよっちゃんの前に立った。ぶんぶんとそれを振り回し、よってきたところでピシリと打ち付ける。しかしなれど、成人女性の一撃など熊にとっては蚊に刺されるようなものらしい。
ガァ!
「うぉっ!?」
ゆきちゃんの眼鏡が吹っ飛ぶ。幸いにしてケガこそなかったが、今この場においてそれはかなり致命的だった。
「くそ……!」
ゆきちゃんは極度の近視だった。学生時代に目を酷使したせいで、眼鏡がないと一メートル先の人の顔すらわからない。ましてや今この森は夕焼けの陽ざしと森の闇が混じり、光と影が入り乱れて物がひどく見づらくなっている。
現に、目の前にいるはずの熊だって輪郭がぼやけ、黒くてでっかい煙のもやのようにしか見えていなかった。もやもやとしているだけで、挙動の一切が感じられない。
「すまんな、あいつらみたいにかっこよく助けられなくて」
「そんなのいいから! 逃げてよゆきちゃん!」
「ばか、先生をつけなさい、先生を」
熊はもうゆきちゃんしかみていない。眼鏡がないゆきちゃんのディスアドバンテージを本能で理解しているのだろう。動物の癖に、いや動物だからこそ、やれるときにやれるものをやりたいらしい。
「田所! どうにかしてよ! 千円あげるから!」
「札じゃ無理だッ! せめて百円玉をくれッ!」
「柊くん!」
「……ごめん、今の脚じゃ間に合いそうもない」
田所も柊も、力を使い果たしていた。 ついこの間まで中学生だった彼らの肉体は完成形とはほど遠い。ガス欠になったのはある意味当然で、それを責めるのはお門違いというものだろう。
「……先生が時間を稼ぐから、その隙にみんなで逃げなさい」
「やだよ! そんなのやだぁ!」
「わがまま言うんじゃない。……頼むから、最後くらい言うことを聞いてくれよ」
もう完全に華苗たちには成す術がなかった。ゆきちゃんはにっと唇を吊り上げ、熊の注意を引きながら少しずつ華苗たちから離れていこうとする。
熊もそれに応えるようにして、ゆきちゃんの方へと近づいていく。そして──おぞましい笑みを浮かべて腕を振り上げた!
「──!」
「やめてぇぇぇぇぇ!」
よっちゃんの絶叫が響く。
振りかぶったそれがどこまでもスローモーションになっていく。黒く太い剛毛の一本一本まで見え、それがたなびきゆきちゃんへと迫る。唸りを上げ、筋肉がピクピクと動き、そして鋭い爪が夕焼けに瞬く。
恐ろしいほどの重量をもったそれはもう熊自身にも止められない。
止まるのだとしたら、その時はきっとおそらく──
「茶会へのお誘いにしては、いささか乱暴じゃないか?」
金の髪と銀の体が黄昏に閃いた。
20161231 文法、形式を含めた改稿。
コインロール、指弾、ブレイクダンス(スワイプス、540キック、その他)、パルクール、合気道。
指弾とか全然飛ばない。マッスルパスは手のひらが削げそうになるけれど、横方向なら30センチくらい飛ぶ。
暗い森で眼鏡落とすと本当に絶望に染まる。あれはいけない。
アクションはたぶんこのキャンプが最初で最後ですな。あくまで普通の学生による普通の学園生活モノですし。イベントだからちょっとはめ外しちゃっただけです。




