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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
47/129

46 園島西高校サバイバルキャンプ・9

キャンプ三日目開始。


「……ん」


 誰かが自分を揺さぶっている。身動きの取れない中、薄い意識の中で華苗はそれを自覚した。


 ぼんやりと明るく開けてくる視界。見慣れない濃緑の天井。


「華苗おねーちゃん、そろそろ起きましょうよ」


 シャリィの小さな手がゆさゆさと華苗を揺さぶっていた。強すぎず、優しすぎず……これより強かったら寝起きの気分が台無しだし、これよりも弱かったら目覚めることが出来ない、そんなまさに理想の揺さぶりだ。寝ぼけた頭で、こんな妹が欲しいと華苗はぼんやりと思う。


「おはよ?」


「おはようです!」


 華苗がちゃんと起きたことに気分をよくしたのか、すでに身支度をしっかり整えたシャリィはにっこりと笑った。もう起きて活動している者は多いらしく、テントの外ではがやがやと声が聞こえる。


 ちらりと周りを見渡すと、先輩たちの姿はおろかよっちゃんたちの姿さえ見えない。どうやら今日はみんな早起きして身支度を整えているらしかった。


「いま、なんじ?」


「もう少しで九時ってところですね。華苗おねーちゃん、昨日は遅くまでお疲れ様でした!」


「……え」


 訂正。みんなが速いのではなくて華苗が寝坊しただけだ。


 平日だったら間違いなく遅刻する時刻。いや、夏休みだから特に問題というわけではないのだが、生憎ここは自宅ではないからいろいろとやらなくてはならないことがある。加えて言えば、せっかくキャンプに来ているのにそれを寝て過ごすのはあまりにももったいないことだ。


「ど、どうしよ……」


「大丈夫ですよ。みんな華苗おねーちゃん疲れているだろうから寝かせておいてあげようって言ってましたし」


 さあっと青ざめた華苗に対しシャリィはどこまでも朗らかに笑った。朝にふさわしい、さわやかな笑顔だった。それにいくらか慰められて、華苗は大慌てで支度をする。


「華苗おねーちゃん、ちょっと付き合ってくれます?」


「いいけど、どうしたの?」


 着替えが終わるのは見計らってシャリィの方から切り出してきた。まだそこまで長い付き合いでもないが、シャリィのほうからなにかを頼まれるのもまたずいぶん珍しい。お姉さんぶりたい華苗にとって、それは願ってもないことだった。


「もう一人のお寝坊さんを、叩き起こそうと思いまして」







「ふわぁぁぁ……」


「おにいちゃん、一番お寝坊ですよ」


 もう一人のお寝坊さん──佐藤を引き連れて華苗たちは河原へとやってきた。佐藤はいまだに寝ぼけ眼でさっきから木の根につまずいたり足がふらふらしたりで見ていて危なっかしい。シャリィと手をつないでいるから転ぶことこそなさそうだったが、これではどっちが兄でどっちが妹だかわかったものじゃない。


「佐藤先輩、たしかあの後組合の人のところへ顔を出しに行ったんですよね」


「うん。じいさんといっしょに、差し入れを兼ねてね」


 じゃぶじゃぶと冷たい川の水で顔を洗う。昨日の夜番だって結構遅い時間だったというのに、佐藤はそのあとも何やら組合の人のところへと赴いていたのだ。華苗はさっさとテントに戻ったから詳しいことは知らないが、この様子だと帰ってくるのにかなり時間がかかったことだろう。華苗以上に寝ていないのは明らかだった。


「早起きは三文の得、ですよ? あたしなんて早起きしたらじいじからマシュマロもらっちゃいました!」


「ああ……昨日の残りだな」


 シャリィからタオルを受け取った佐藤がガシガシと乱暴に顔を拭く。すっかり目は冷めたようで、きりっとした表情に戻っていた。


「他の人達はなにやっているか聞いてる?」


「ええと、部長のおねーちゃんたちが楠のおにーちゃんを誘って早朝デートに行きました!」


「デ、デート?」


 あの二人はなかなかに積極的だ。昨日の夜もだいぶ盛り上がっていたことだし、勢いで誘ってみたのだろう。どうせあの唐変木は二人の誘った意味も分からずほいほいついていったに違いないと、華苗は確信にも似た思いを抱く。


「朝の森の清々しい空気の中でお散歩ですって。ステキですよねぇ……」


「デートスポットに向かない程度には物騒だと思うんだけどね」


「華苗おねーちゃん、ロマンのわからない男の人ってどう思います?」


「あ、あはは……」


 ぷっとシャリィが口を膨らませた。可笑しくなった華苗はシャリィのほっぺを両手で挟んでぶにっと潰す。実にもちもちですっごい柔らかい、気持ちのいいほっぺの感触が手のひらから直に伝わって、いつまでもぷにぷにしていたい衝動に駆られる。


「こんなんだからいつまでたっても自覚がないんですよ。華苗おねーちゃん、おにいちゃんが顔洗う前、ほっぺに何か白いのついてたの見えました?」


「そういえば……」


「え!?」


 実はちょっと気になってはいたのだ。葉っぱみたいな形に白い粉がうっすらとついていて、気にならないわけがない。ただ、不躾に聞くのもなんだかよくない気がしたので触れないでいただけだ。


 もちろん、聞けるのであれば聞いてみたい。どうでもいいことほど気になるものだから。


 シャリィの言葉を聞いた佐藤は一瞬で真っ赤になり、明らかに挙動不審になる。ごしごしと何度もほっぺをこすっていた。


「さっき洗ったから落ちましたよ。両頬に一個ずつありましたけど。……あれ、マシュマロの粉ですよね」


「なんでほっぺに?」


「そう、普通に食べただけならつくはずがないんですよ。……華苗おねーちゃん、おにいちゃんからちょっとお酒の匂いしませんか?」


「やっぱり?」


 これも朝会った時から気になっていたことだ。甘いような何とも言えない独特の匂いがしていたから華苗も不思議に思っていたのである。ただ、まさかあの佐藤が飲酒なんてするとは考えられないから、気のせいかなにか別の物だと思っていたわけだが……どうやら思い過ごしではなかったらしい。


「じいじから聞きました。昨日お酒を出したのは先生方の報告会の時とあっちだけだったって。……なに、やったんですか」


「よ、酔っぱらいにちょっと絡まれただけだよ。僕は飲まなくて、ちょっとお菓子の差し入れしただけだって」


「可愛そうに、お酒があってもダメだったんですか……。二人、ですね。だいたい想像はつきました」


「?」


 なんだかよくわからないが、佐藤のうろたえぶりを見るになかなか重大なことが起こっていたらしい。シャリィの目がきらりと光り、佐藤の顔を射ぬく。やっぱり顔は真っ赤のままだった。


「と、とにかく行こうか! いつまでもここにいても仕方がないからね!」


 妙に大きな声を出して佐藤がシャリィの手をつなぎ、すたすたと歩きだした。一瞬あっけにとられたが、華苗もそれに遅れないようについていく。シャリィのいたずらが成功したかのような顔が印象的だった。


「なんなんだろう……?」


 後に華苗はとある話を聞く。


 なんでも佐藤は昨晩遅く、おじいちゃんに背負われてテントに放り込まれたらしい。どこかで見たことのある意味ありげな頬のマークとわずかに残る酒の香から、男子は誰も何があったのか問いただすことが出来なかったそうだ。









 三日目ともなるとなんだかんだでみんな慣れたもので、薪ひろい、水汲み、その他雑用なんかは既にすべて片付いていた。椅子や調理台なんかも昨日、一昨日のうちに制作し終えており、今では素敵に快適な生活を送れるようになっている。


 それでもなにやら工作しているのはきっと暇つぶしか思い出作りだろう。華苗はあまりそういった方面に興味はないが、本格的に工作ができる機会なんて最近ではなかなかないのだから。


 食糧調達の方も順調なのか、広場の一角に魚だの木の実だのが纏めて置かれている。おじいちゃんが櫓の煙を見ながら忙しそうに見分を行っていた。


 華苗は畑の様子を見ることにしてそこへと近づく。およそこの森にふさわしくないちょっとした果樹園の匂いがし、赤や黄色の宝石がそこかしこに生っている。


 今朝も収穫を迎えただろうにもうすでに実をつけているところを見ると、この森の土や水がいいというのは本当のことらしい。こっこっこ、と地面を突きながらあやめさんとひぎりさんが落ちたベリーを拾って食べて回っていた。


「本格的にやることがない……」


 寝遅れたせいでやることがない。ついでに言えば顔見知りこそ多いと言えど、仲の良い人物たちがいない。楠たちはともかく、よっちゃんや柊たちはいったいどこへ行ったのだろうか。


「華苗おねーちゃん、よかったらあたしと一緒に遊んでくれます?」


「シャリィちゃん……」


 年下にさえ気を使われる始末。最近はマシになってきたとはいえ、根本的に華苗は人見知りのビビりなのだ。


「どうせおにいちゃんはお昼や夕飯の準備するでしょうし、あたしもちょっと暇なんですよね」


 ぐぅっと伸びをするシャリィ。これが普通のキャンプ場ならアスレチックの一つや二つありそうなものだが、ここにあるのはどこまでも大自然のみ。遊ぶとしたら自然と戯れることくらいだ。


「おっけ。でも、なにするの? おもちゃかなんか持ってきた?」


「それもなくはないですけど……。どうせだったら一石二鳥を狙いません?」


「一石二鳥?」


 くすりとシャリィが笑う。


 この子と喋っていると時々子供に思えない時があるから恐ろしいものだと華苗は思う。子供っぽさはあるのだが、精神的にオトナな気がするのだ。


「てなわけでこれを使います!」


 シャリィが持ち出したのは、備品置き場に無造作に置いてあったボールのようなもの。プラスチック製だろうか、スケルトンな見た目で近未来な感じがする。大きさはサッカーボールよりも一回り小さい程度で、真ん中──球に真ん中なんてないようなものだが──には大きな蓋がついていた。


 ぽんぽんとそのボールを弄ぶシャリィ。キャッチボールでもするのかと思ってみていると、思った通りこちらへと投げてくる。


「ナイスキャッチ!」


 子供が軽く投げたものを取れないほど華苗は運動音痴ではない。笑って投げ返し、しばらくキャッチボールを楽しむ。ときどき落として転がったボールを追う羽目になるのはご愛嬌だ。


「準備運動はこんなところでいいですかね?」


「え?」


 ポンポンとボールをついたシャリィは華苗が止める間もなく畑の方へと行き、レモンを両手いっぱいに収穫する。なにをするのかと黙ってみていると、今度はボウルを持ち出し、そこへレモンを絞っていった。


「ボール遊びはやめるの?」


「まさか。これからが本番ですよ」


 にやっといたずらっこの如き笑みでシャリィは答えた。もちろん、華苗には彼女が何をしようとしているのがさっぱりわからない。やがてレモンを絞り終えたシャリィはそこに水と砂糖を加える。喉でも渇いていたのだろうか……と華苗は訝しむが、どうもそうではないらしい。


「で、これをこの意味ありげなボールに入れます」


 シャリィはその液体──ぶっちゃけレモネードみたいなものだ──をボールの中に注いでいく。中は意外と小さいのかすぐにいっぱいとなり、ちゃぷちゃぷと小気味のいい音を立てはじめた。


 シャリィは蓋をしっかりしめ、漏れがないことを確認するとそのまま投げて上げたり取ったりを繰り返す。ちょっと重そうだったが、投げる程度なら問題なさそうだった。


「じいじ、やってもいいですよね!」


「それだけ準備していてダメなんて言えないさね。……ぬかりないようにね」


「もちろんです!」


 自信満々にシャリィがその小さな手でボールをぺしぺしと叩くのが聞こえた。どこからか涼やかな風が吹いてきたのを華苗は感じる。


 今日も実にいい天気だ。空が青くて雲が白い。


 ──本当に、いったい何をやっているのだろう?


「いきますよ!」


「おっと」


 油断してたら、いきなりシャリィがボールを投げてきた。華苗はさっきと同じように、ない胸をつかってボールを受け止める。


 が、その感触は先ほどまでと違った。


 すっごく冷やっこい。


「お、重いし……冷たい!?」


 これはけっして華苗の胸が薄いのが原因ではない。


「えへ、驚きました?」


 重いのは中にシロップ的なやつを入れたから当然として、問題なのは冷たいことだ。それも、氷を抱えているかのように冷たい。先ほどまではむしろ熱いくらいだったというのに、いったいどういうことだろうか。


 見る間にボールは汗を掻いていき、華苗の手もしっとりと濡れてくる。目をぱちくりしながらそれを見てみるが、特別何か変わった様子もない。


「おねーちゃん、パス!」


「う、うん!」


 とりあえず言われるがままにボールを投げる。だいぶ投げにくくなったが、鍬やスコップを振るい続けてきた華苗の敵ではない。ボールは緩やかな放物線を描き、シャリィのもと──ではなく、ちょっと右の方へとずれる。


 が、彼女は素早く位置を調整し、胸の真ん中で軽々とそのボールを受けた。顔色一つ変えず、実に楽しそうだ。


「な、なんで冷たくなっているの?」


「凍ったからですよ! あたしが魔法で凍らせました!」


「え、でも……」


 いくらいろいろとアレな人が多いからと言って、物を凍らせることが出来る部活なんて聞いたことがない。だいいち、このボールに関連があるのは自分とシャリィ、強いて言ってもおじいちゃんを含めた三人のみだ。


 おじいちゃんならできそうな気もするが文化研究部と一切関係ないし、自分は園芸部。出来るのだとしたら消去法的に目の前のシャリィしかいないということになるが、魔法なんてそんなもの、子供くらいしか信じるはずがない。


 そんな華苗の疑問を感じ取ったのか、シャリィはにこっと笑い、なにか大いなる秘密を打ち明けるかのようにこっそりとつぶやいてきた。


「おねーちゃん、すごいことを教えてあげます」


「すごいこと?」


「恋する女の子は、みんな魔法使いなんですよ?」


 漫画のセリフか何かだろうか、得意そうに言ってウィンクをする。が、ウィンクだというのに両目を瞑ってしまっていた。こういう所はやっぱりまだまだ子供らしい。


「……そうだね、魔法だね」


 深くはつっこむまい。華苗だってこれくらいの年の頃はテレビの魔法少女に憧れを抱いていたのだから。


 ほほえましくて、もうなんでもよくなってしまう。それに、うちの部長たちに比べたら、ものが凍るくらいなんでもないではないか。


「でも、これシャーベットでしょ? なんでボールに入れて作ったの?」


「ちっちっち、これは《グラニテ》ですよ」


「ぐらにて?」


 初めて聞く名前だ。なんだか響きがとってもオシャレな感じがする。冷たいキャッチボールを続けながら、華苗とシャリィは話を続けた。


「どっかのコース料理とかでもでる氷菓子の一種らしいんですけど、果汁とかシロップとかを凍らせて、砕いて、また凍らせて……ってつくるんです」


 ぼん、とキャッチしたボールから音がした。がしゃがしゃと中が崩れていくのが掌から伝わってくる。


「こうやってボール遊びをしていると自然に砕けるんですよ。じいじがどこからか見繕ってきたおもちゃなんです」


「へえ」


 たぶん、一通り砕けたあたりでまた凍って行っているのだろう。何回かボールを投げ渡していくうちに、音が聞こえなくなり、しばらくすると再び音が聞こえるようになっていた。


「どの程度壊したか、どの程度凍らせたかで感触が変わる、シンプルながらも奥が深いデザートなんです!」


 佐藤の影響だろうか、シャリィもなかなかお菓子に詳しい。このボールが用意してあったところを見ると、このキャンプが始まる前からこれを作ろうと決めていたのだろう。


「アウトドアでも作れるし、ボール遊びは楽しいし、最高ですよね!」


 ある程度経った後、とうとうシャリィは投げるのをやめてボールのふたを開ける。華苗も横から覗きこんでみると、ヒヤッとした冷気と共にレモンの甘く爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。


「じゃ、いただきましょう!」


 別の容器に中身をあけ、どこからか取り出したスプーンを使ってシャリィがその表面をサクサクと砕いていく。


 なるほど、たしかに普通のシャーベットと違う感じがする。なんかこう、もっと滑らかだけどざくざくな感じだ。


「はい、あーん!」


「あーん」


 ぱくりと一口貰う。


 冷たい。そしておいしい。


 レモンの爽やかさとすっきりしたかんじが冷たさとよくあっている。しゃっきりとお腹の中から涼しくなって気持ちがいい。なによりすごいのはその舌触りの独特ななめらかさとまろやかさだろう。シャーベットでもかき氷でもない、未知の食感だ。


 舌の上に乗ると、さらっとしながらもトロッとしたような感じがして一瞬で溶けてなくなる。かと思えば、シャリシャリしたところもある。この奇妙な感覚が癖になりそうだった。


「じいじも、あーん!」


「……うん、よくできているねェ。凍らせるタイミングがばっちりだ」


「えへへ、さすがあたし!」


 櫓の前に座っているおじいちゃんにも一口。火の近くに座っていたおじいちゃんにとっては最高のごちそうだっただろう。やや汗ばんでいた顔がいくらかすっきりしたように見えた。にっこりと笑ってシャリィを撫でている。


「……うーん、もうちょっとなめらかな食感のほうがいいですかね?」


 ところが、実際に食べたシャリィには不満がすこしあったらしい。この年にしてこの探究心。華苗にはとても見習えない。


「ま、次に生かせばいいですか。……白樺のおねーちゃん、これあげます!」


「まぁ、おいしそう……! 本当にいいんですか?」


「はい、例の約束の報酬前払いってことで!」


 シャリィは近くにいた白樺に残りを渡し、次のグラニテの製作にとりかかる。白樺の周りに冷たく甘いおやつを狙った女子たちが群がっていた。


 ここしばらく拝むことのできなかった甘味なのだ。彼女たちにとっては切実な問題だったのだろう。


「次、何味いきます?」


「俺、メロン味」


「ベリーで!」


「おいしければなんでもいい!」


「ん?」


 後ろから声が三人分。あっ、とシャリィが目を見開いていた。


 華苗も慌てて振り返ると、そこには男が二人と女が一人いた。


 ひとりはよっちゃん。もうひとりは秋山。なにかの帰りだろうか、昨日も食べたジュースの実を三つほど抱えている。よっちゃんはサッカーボールも持っていた。


 気になったのは、人のよさそうな笑みを浮かべた若い外国人の男だ。


「おにーさん!」


「よっ。なんか楽しそうなことしてんじゃねーか。俺も混ぜてくれよ」


 皮製と思われるそこそこ年季の入ったグローブに、鉈の代わりだろうか、腰に提げた敦美さんのサバイバルナイフと勝るとも劣らない大きなナイフ。軽装──といってもかなり丈夫そうな厚手の装備。ゲームにでも出てくる盗賊のようなバンダナチックなものを頭に軽くまいていて、そこから光の加減だろうか、緑がかった灰色のような不思議な色の髪の毛が飛び出していた。


「華苗おねーちゃん、紹介します! この人も組合の人でレイクさんって言うんですよ!」


「カナエ? ……ああ! 聞いたぜ、クスノキの後輩なんだろ? いつもありがとな」


 なにがありがとうなのかわからないが、適当に愛想笑いを返しておく。レイクはなかなか明るい人物なようで、初対面でも砕けた感じがしていくらか話しやすい。こころなし、シャリィもうれしそうだった。


「よっちゃん、どうしてこの人と一緒に?」


「ん~? 森でちょっとね。戻るって言ったら暇だし送るって。なんか、今まであたしたちと接触禁止だと思ってたらしくって、同僚の人達が楽しそうに話していたからあたしたちとお喋りしたくなったんだって」


「しかもこの人マジですげえぞ! 速いし身軽だしアクション映画の人みたいだった!」


「……あとね、この人、クリームソーダが好きなんだって」


 ぼそっと小さな声でよっちゃんが教えてくれた。その一言で華苗の頭に昨晩の記憶がよみがえる。


 そう、たしかシャリィの口からきいたはずだ。クリームソーダが大好きな人がいると。


「……え、ホント?」


「だから、その、ね?」


 華苗はもう一度、シャリィと話しているレイクをまじまじと見てみる。


 若くはあるが、成人しているのは確かだろう。ちょっと子供っぽい空気も感じるが、大人の余裕も感じられる。チャラチャラしていて遊び人っぽいが、実は意外と誠実で頼りになる……といった印象を受ける。


 対するシャリィはどうみたって十かそこらの少女だ。


「メロン味ねえの?」


「おにーさん、そんなにメロン味ばかり食べてたら頭メロンになっちゃいますよ」


「おまえが俺の飲んだせいでメロン味不足なんだよ。そうだ、あそこのクリームソーダ使えばいけるんじゃね?」


「炭酸はダメですよ。やったことありませんし」


「それをやるのが冒険ってやつだろ?」


 言い合う姿はどう見ても仲の良い兄妹のように見えた。あえて言うなら、あと五年でどれだけ行けるかが胆になるだろう。呆然とそんなことを考えている華苗だが、見た目的にも経験的にもシャリィと大して変わらないことをすっかり失念している。


「間をとって梅酒でやるさね。私はあれが一番好きなんだよねェ」


「じーさん、まだ酒あったのか?」


「そりゃあね」


 お酒を材料にするときはいくらか水で薄めたほうがいいらしい。大人だったらそこまで薄めなくてもいいらしいのだが、食べるのは子供なのでアルコールをなるたけ少なくしたほうがいいのだ。


「……おいシャリィ、いいのか?」


「目的が達成できれば手段はなんでもいいんですよ」


 ぽんぽんとボールを投げながらそんなことを話す二人。言葉が少なくて何を言っているのか華苗にはいまいちわからない。それとも、この会話は彼らの故郷では意味が通るものなのだろうか。


 シャリィの手の中のボールを見ていたレイクは、にやっと挑戦的に秋山に笑いかける。何かよからぬことを思いついたようだった。


「おいアキヤマ、これでもう一勝負行こうぜ?」


「望むところだ!」


 手を使わずに足だけでボールを落とさないようにする、そんな勝負を秋山とレイクがし始めた。リフティング対決みたいなものだろうか。


「あの人、サッカー部長に挑むんだね」


「さっきも森でちょっと勝負したけどすごかったよ~。サッカー初めてらしいんだけど、とにかく身体能力が段違い!」


 ぽーん、ぽーんとボールが宙を舞う。なかなか重いはずなのに、まるで羽が生えたかのようだ。蹴りあがるたびに滴が太陽に輝き、森に美しく煌めいていく。


「そぅら!」


 秋山は落とさない。サッカー部長にとってリフティングなんて朝飯前のことだ。サッカーボールでないのはやりづらいだろうが、それでも培ってきたテクニックが物を言う。


 胸で受け、太ももでならし、つま先で調整して足の甲で蹴り返す。まるで大道芸でも見ているかのように一切の無駄がなく、迷いも不安も一切ない。見惚れるかのようだった。


「なんの!」


 レイクも落とさない。ただしこちらは美しさなど欠片もない。素人の華苗から見てもフォームはめちゃくちゃだしボールの蹴り方も適当だ。サッカーのうまさはせいぜいクラスの真ん中程度、といったところだろう。


 だが、基礎身体能力が違う。見当違いのところに蹴ってもその身軽さを生かしてリカバリーし、砂煙が起きるほどの勢いで素早く動く。コントロールはむちゃくちゃで見ててわたわたするが、不思議と一度も落としてはいなかった。


「はいストップ!」


 シャリィの掛け声とともに秋山がぽんと高く蹴り上げ、背中と首の間にボールを保持した。接着剤でくっつけたのではないかと疑うくらい、綺麗にボールが収まっている。受ける瞬間、うまく体を下げて衝撃を吸収したのが見えた。


「やっぱレイクさんすげえな! そんな恰好でそこまで動けるなんて!」


「いや、お前もすげーよ! なんだそのテクニックは!」


 あっはっは、と笑いあう二人。なかなか気が合うらしい。


 シャリィが中身を確認し、もう一度ポンポンとそれを叩いてゆする。ちゃらちゃら、と水と氷の混じった音がした。蓋をあけたときに梅の甘酸っぱい香りが風に乗って漂ってきて、華苗は思わずうっとりとした気分になってしまう。


「あともう一回砕いて、最後に凍らせて整えればいいかんじですね!」


「な、せっかくだからみんなでやらね?」


「俺たちだけやってるのもあれだしな」


 秋山とレイクが提案してくる。長年の連れであるかのように、息がぴったりとあっていた。たぶん、人間としての根本的な部分が似通っているのだろう。


「おもしろそう! あたしもリフティングくらいなら自信ありますよ!」


「よっちゃんは運動できる系文化部だもんな!」


「あたしもこれくらいならいけますよ!」


「おまえ、こういうのできたのか? ま、動くだけなら問題ないだろうけどよ……」


「私は……サッカーはちょっと……」


「なら、ペアで挑むとしよう。私がフォローにまわる。それならいいだろう?」


 にこにこと笑いながら様子を見ていたおじいちゃんが腰をあげた。その瞬間、秋山とレイクがそろって顔をひきつらせる。レイクに至っては露骨に眉間に皺を寄せた。


「え、マジ?」


「反則じゃね……? どうせじーさん、こういうのも強いんだろ?」


 そういえば、と華苗は思い出す。おじいちゃんは文化研究の一環として蹴鞠を嗜んでいるとどこかで聞いた覚えがある。それの練習は確かサッカー部に交じってやっていたはずだ。


 つまり、その風景を見たことがあるはずの秋山が顔を引きつらせるということは、かなりの実力者だと断定することができるのではなかろうか。


「お願いしますね、おじいちゃん!」


「はいよ、任された」


 俄然、やる気が出てきた。これ以上ない味方だろう。むしろ、今いるメンバーの中でおじいちゃん以外の選択なんてありえないと言っていいくらいだ。


「よっちゃん、オレとペアで。ソロじゃ無理だ」


「不束者ですがよろしくお願いします!」


「じゃ……シャリィ。足引っ張んなよ?」


「誘うならもっとロマンチックなセリフにしてくださいよ」


「生憎、俺にはマスターみたいのは無理なんでね」


 なんだかんだで準備が整う。六人が円状に広がり、勝負が始まろうとしていた。ひゅぅぅ、と静かに風が流れる。


 ふと気づけば、何人かの見物客が集まっていた。ちょうどいい催し物みたいなかんじだろう。そのことに気づいたおじいちゃんが、周りの人たちに説明するように話し出した。


「ルールは簡単。受けられるボールを落としたり、逆に絶対に追いつけないボールを上げたらミス一つだ。チームでミスを三回やったら失格さね」


「判定はどうします? 審判が必要ですよね」


「ああそれなら……教頭先生! お願いできますかね!」


 おじいちゃんがギャラリーに交じっていた教頭に声をかける。まさか自分に声をかけられると思っていなかったのか、教頭は面食らいながらもそれを了承した。


 ところが、それにレイクが食ってかかる。


「ちょっとまってくれよ。疑うわけじゃないが、あの……マツカワはそっちの人間だろ? 公平じゃないんじゃないか?」


「ふぅむ。それは一理あるねェ。じゃあ……」


 おじいちゃんが指笛をぴゅうっと吹いた。しばらく待つと、森の方から女が二人ほどやってくる。昨日のお風呂の時にみた、長い銀髪の人と鉄片を仕込んだ装備をしている茶髪の人だ。二人とも弓や剣を持って血相を変えてやってきたが、この場をみて首をかしげている。


 弓はまだしも、なぜ剣なんて持っているのだろうと華苗は心の中で首をひねる。いや、そもそもアレは本当に剣なのだろうかと思わざるを得ない。柄こそあれど、あまりに巨大であれじゃただの鉄板みたいなものだ。そう思えてしまうほどゴツくて武骨なのである。


「…爺、何用だ?」


「緊急の連絡が入ったと聞いたのだが……」


「なに、ちょっと審判を務めてもらおうと思ってねェ。甘いご褒美もあるさね」


 ご褒美、と聞いたその瞬間にその二人は審判を引き受けることを決めたようだった。美人二人の登場に、周りのギャラリーも湧き上がってくる。映画研究の芹口がデジカメを掲げて録画の態勢に入り、演劇部の桂が実況をやるなどと言い出していた。


「これで条件は一緒だ。むしろ有利になったろう?」


「限りなく不利になってないか?」


「おにーさん、あたしとチームですから有利だと思いますよ」


「もちろん、ただやるだけじゃあつまらない。賭けをしないかね?」


「賭け、ですか?」


「ああ。レイク、お前が負けたらこの子たちのお願いを一つ聞いてあげなさい。耕輔、お前が負けたら……こいつの不寝番を変わってやりなさい」


「で、じっちゃんが負けたら?」


「まさか一人だけなにもなしってのはないよな?」


「私が負けたら……そのときは、それこそなんでも、いくらでもやってるよ」


 周りが沸いた。おじいちゃんはやると言ったら絶対やるのだ。それこそ裸踊りや泥鰌掬いだってやって見せるだろう。三回まわってワンとだって言ってくれるに違いない。


 おまけに、この条件はペアになった華苗たちには一切何もないものだ。


「レイクさん、手を組みましょう」


「奇遇だなアキヤマ。俺もそう思ったところだ」


こっこっこ──!


 あやめさんとひぎりさんの鳴き声を合図に教頭が投げたボールが空高く舞う。


 最初にボールが向かったのは……よっちゃんのところだ。


「ほいっ!」


 彼女はその豊かな胸でボールの勢いを殺し、太ももで器用に打ち上げる。サッカー部でもないのに、ずいぶんときれいなフォームだった。


「それっ!」


 シャリィも負けていない。なだらかに飛んできたボールの落下点に素早く移動し、足の甲で打ち上げて方向を制御する。落ちてきたのを靴の内側で危なげなく打ち返した。


 ボールがそこそこの勢いを持って飛んでいく。六人の中央高くまで上がり、太陽に紛れて一瞬姿が見えなくなった。華苗が次にそれを確認すると、そいつはどんどんと大きくなっているのがわかる。


 ──間違いない、こっちに向かって落ちてきている。


「わ、わわっ!」


 反応が遅れたため、脚に当てられたものの見当違いの方向へと蹴っ飛ばしてしまう。


 しかし──


「うん、上出来、上出来!」


「嘘だろ!」


「ありえねえよ!」


 ひゅっと風が一吹き。作務衣のすそをはためかせ、おじいちゃんがすごいスピードでその先へと先回りした。


 たん、とん、たたん!


 余裕をもって胸で受け、太ももで均して背中へと送る。そして、ジャンプをしながら器用に左足を後ろへと曲げ、かかとでボールを打ち返した。


 まわりから感嘆の声が上がる。


「ちィッ!」


 ボールの行先はレイクと秋山の間。受けられないボールではないが、どっちが受けるべきか迷う場所。


「やれ!」


「うぃっす!」


 が、レイクのとっさの判断が功を奏する。


 秋山がボールを受け、意趣返しだろうか、一度背中に回してリズミカルに弄んでからかかとで同じように華苗へと送り返した。山なりではあるが、高く上がりすぎて取れる自信がない。


「えいっ!」


 勢いの乗ったボールは華苗が受けるのには少し重く、脚をぶつけるので精いっぱいだった。しかし、運よくそれはシャリィの方へと飛んでいく。


「こっちだ! 高めに!」


「任せてください!」


 またまた高く撃ちあがるボール。そしてレイクが空を駆け上がった。本当に、駆け上がったように見えたのだ。


 にぃっと彼の唇が吊り上る。目はどこまでも獰猛だった。


「じーさんッ! これは勝負だ! 恨むんじゃねーぞっ!」


 ふっと腰を高く振り上げ、レイクの天地が逆さになる。回転の勢いにまかせた、見事なサマーソルトの一撃だ。


「おらぁぁぁぁっ!」


 轟、とおよそ人が出したものとは思えない勢いでボールがおじいちゃんに迫っていく。それも顔面直撃コースだ。


 あれではとても受けきることなど出来はしない。このままだと眼鏡がパリンと割れて鼻血が吹き出る未来しか見えない。


 が、おじいちゃんはにこにこと笑ったまま動こうとしなかった。


「なるほど、たしかに合理的だ。追いつけないボールではないねェ」


 だが──と続ける。


「まだ甘い」


 おじいちゃんも飛んだ。忍者が空中前回りをするように。


 逆立ちするように地面に両手をつけるのと、勢いが乗ったボールを足のふくらはぎの方で挟み込むのはほぼ同時。バチィッっとボールの回転がおじいちゃんの作務衣を擦り、勢いを弱めつつもしゅるしゅるともがいている。


 その一瞬のうちに、おじいちゃんは体の回転と腰の回転、そして手首の回転と腕のばねによる上方向の運動を用いてボールを返した。


 傍から見れば体全体をバットにしたおじいちゃんがボールを打ち返したように見えた。勢いは殺され、優しくよっちゃんのもとへと向かっていく。


「甘いのはどっちかなぁ!?」


 が、よっちゃんの後ろから黒い影が躍る。まるで背中の目で見ていたかのように、絶好のタイミングでよっちゃんはそのボールを真上に打ち上げた。


「先輩、お願いっ!」


「任せろ! 《オーバーヘッド》!」


 秋山がぐるりと空中で一回転。蹴りだす瞬間、時がゆっくりになりそれがはっきりと見えた。ボールと光が重なり、風になった秋山が太陽を蹴り落とす。


「うらぁぁぁぁ!」


 バン、と大きな音。頭上から降り注ぐサッカーを超えた弾丸。とりあえず華苗はしゃがんで逃げの体勢に入る。


 おじいちゃんは姿勢を崩したままで、今から迎え撃つことなど夢のまた夢だ。だというのに、その顔に一切の焦りはなかった。


「受け止められないのなら──」


 秋山が失敗したと気づいたのはこのときだろう。


「受けなければいい!」


 崩れた逆立ちのような状態のおじいちゃんはそのまま体を流すように左手を地面から離し、右手だけを地面につけたまま体を空中で水平にする。頭のほうへと重心を持っていき、濁流のような勢いを持つボールを抵抗することなく足で優しく包み込んだ。


 その瞬間、華苗は着いた右手の五指が地面に食い込むのをはっきりと見た。


「ぬぅん!」


 右手を軸に、ボールを動力としておじいちゃんが回る。掌が地面に擦れていく痛ましい音が聞こえ、華苗は思わず耳をふさいだ。


 足で優しく受け止めたボールはおじいちゃんの回転に沿って曲がっていき、そのまま自らの勢いをもって元来た方向からちょっとずれた場所へと向かっていく。


 力学の実験か──からくり細工を見ているかのようだった。


 ドン!


「…レイク、一ミス」


「うん、今のはなんとかなったしな」


「……まぁ、ルール上はそうなるし、神家くんも似たようなのを返せてたからね」


 そして呆然とするレイクの股を見事にすり抜け、彼の後方一メートルの位置で地面にめり込んだ。審判の三人がレイクのワンミスの判定を下す。


「ありえねえだろ……!」


 秋山以外の誰もが思ったことをレイクが代弁した。蹴鞠で鍛えたとか、そんなレベルの話でないことは明らかだった。








「ちくしょう!」


「まぁ、相手がじいじだからしょうがないですよ。おにーさんの一生懸命頑張るところ、かっこよくてあたしは好きですよ」


「……なんか、ありがとう」


「いえいえ」


 結局、負けたのはレイクだった。おじいちゃんは秋山とレイクには厳しく、華苗たち女の子には優しくボールを返していたのである。さらにどんなに必死になって秋山たちがボールを打ち込んでも、おじいちゃんは見事にそれを殺して返し続けたのだ。なんだかんだで奮闘はしたのだが、それでも限界は訪れる。ある意味当然の結果と言えた。


 ちなみに、女の子はもちろん、秋山も一回もボールを落としていない。さすがはサッカー部長と言ったところだろう。彼はおじいちゃんがどんなにすごい球を蹴り返しても、目を疑うようなトリックプレーで勢いを殺し打ち返したのだ。


 レイクにはそんな技術がなかったため、体を張って止めていたのだが、長期戦になるにつれて地力の差が顕著に現れてきたのだ。やられた頻度としては二人ともとんとんくらいなのだが、こういうのでは培ってきた経験が物を言う。


「あの人すごかったのにな……」


「あれでサッカー初めてらしいよ?」


「くそっ、やっぱじいさんに賭けとけば良かった!」


「…だから言っただろう。デザート、半分よこせよ」


 気づけば楠たちも集まっていたようだ。なんだかんだでこの激戦は昼をまたいで行われていたらしい。ギャラリーの数も最初よりも幾分か増えていた。


「じゃ、お願い事を決めるさね」


「あ、あんま変なのはよしてくれよ……?」


 にたりと笑うおじいちゃんにひきつった笑みを浮かべるレイク。たったそれだけの構図だというのに力関係が見て取れた。どうやらおじいちゃんは学校以外でもおじいちゃんをしているらしい。


「よっちゃん、なんかあるか? オレ別になんでもいいんだけど」


「ん~、あたしも……あ、でも待って。確か今日の夕飯はアレだから……うん、ちょっとあったほうがいいかな」


 どうやらよっちゃんのほうが何か思いついたらしい。


「レイクさん、お肉をいくらかいただけますか? 安くて量があるのがいいんですけど」


「ああ、そんくらいなら……。バルダスのおっさんもやってたしな。おいじーさん、問題ないよな?」


「ああ、もちろんだとも。今すぐでなくてもいいが、日が傾く前には頼むよ」


「わかってるって。こいつ食ったらすぐ行くよ」


 そう、忘れていたが、あのゲームはもともとグラニテを作るために行っていたものだったのだ。


「すっげえうめえな! まさかこのキャンプでこんなもの食べられるなんて!」


「むむむ……まさかシャリィちゃんがこんなものの準備をしているとは……! 運動の後の氷菓はやっぱり格別だよね~!」


 全力で動いた後に、あのキンキンの氷菓を食べるのはたまらない。ゲーム中に何度もボールを代えたから、かなりの量が出来ている。おまけにその種類は梅酒、レモン、ベリー、桃……とかなり豊富なことになっている。お腹を壊さないように気をつけねばならないだろう。


 最初にシャリィが言った通り、まさに楽しくも美味しくもある一石二鳥の手段だった。


「……今、マスターいないよな?」


「どうしたかね?」


 そんな、みんなでグラニテを楽しんでいる最中。ふと、周りを見渡したレイクが小さな、されどはっきりした声で言った。


「いやな、白いハンカチ落ちてたら拾っておいてほしいんだ。アミルが落としちまったんだと」


 マスターには絶対に内緒にな、とレイクは付け加えた。アミルといえば初日にすれ違った金髪の女の人だろう。マスターとはたしか佐藤のことだ。組合の人達からのアダナらしい。


「ま、探してくれってわけじゃないんだ。あったらいいなってだけで」






 こっこっこ、とあやめさんとひぎりさんが地面を突つき、お尻をふりふりしてから珍しく二人とも高い声で短く鳴いた。


 夏にしては涼やかな風がすうっと吹き、その場にいる全員の背中を撫でる。不思議に思って華苗はあたりを見回したが、特別変わった様子など何もない。みんなが一斉にグラニテを食べ始めたからだと、そう思うことにした。


 時刻は昼を少し過ぎたあたり。天辺から少しずれた太陽に大きな雲がかかり、地表に影を落としていた。


20161014 文法、形式を含めた改稿。


楠たちのデート、秋山とレイクの出会い、グラニテの詳細はスウィートドリームファクトリーにて。


ボールでグラニテの元ネタはいつぞや話した缶蹴りでグラニテを作るってやつです。結局そのサイトが見つからなかったのでアイスクリームを作れるボールを参考にしました。もちろん、こんなガンガン蹴って作るものではないのでその辺は注意してください。

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