44 園島西高校サバイバルキャンプ・7
※若干のキャラ崩壊注意。高校生的には普通だけれども。
「みんなそろった?」
「そろってるそろってる」
「それじゃあいくよ……第一回! 夏の夜ガールズトークを始めまーっす!」
夜。明かり一つないテントの中でそれは始まった。みんなもう寝間着に着替え、トイレもすませてある。
さらに、簡単ではあるがお湯で体を拭うことだってできた。今日一日かけて、楠やその他の男子が木造簡易風呂桶を作って川から大量の大きな石を運び、それを熱したものを投入して大量のお湯を作ったのだ。
この環境で大量のお湯を作ってくれたことには感謝してもしきれない。華苗もいい加減なんとかしたいと思っていたところだったのだ。その裏で水や石運びと言った重労働があったと思うと、男子には足を向けて寝ることが出来ない。
風呂桶の周りに天幕を張れば浴室モドキの完成だった。それが出来たと知ったときは女子の全員が歓喜に震えたものである。
しかし、そこでちょっとした問題が起きた。天幕の少し先に男子がいると思うと誰も服を脱ぐ気になれなかったのだ。
いくらなんでも、天幕一枚じゃちょっと頼りないのは否めない。男子たちを信じてはいるが、事故はいつだって起こりうるものである。
そこでそのことをおじいちゃんに相談すると、しょうがないね、なんて言いながら指笛を吹き出し始め、少し待っててくれと言ったのだ。
わけもわからずしばらく待つと、組合のお姉さんが三人と草色の毛皮を持つ猟犬がどこからともなくやってきて、何事かとこちらを見渡してきた。
毛皮のもこもこしたのを着たグラマラスなお姉さん。
長い銀髪でゆったりした服を着たお姉さん。
お話に出てくる戦士のような時代錯誤な格好をした茶髪のお姉さん。
指笛の音を聞いてこっちに駆けつけてきてくれたらしい。三人ともおじいちゃんから話を聞くと、嫌な顔一つせずに配置についてくれた。
そして三人と一匹に見張りをしてもらいながら安心して体を拭い、今に至るというわけだ。
「お題は自由! 普段心に秘めているあんなことやこんなこと、無礼講で全部はっちゃけちゃおう!」
「はいはい! ここは定番でコイバナで行きましょう!」
「その意気やよし! じゃあ言い出しっぺのよっちゃんから!」
「うぇ!?」
なんともにぎやかなものである。お互いの顔が暗くて見えないからこそ、みんな頭のねじが緩んでいるのだろう。
「さぁ、よっちゃん、好きなタイプは?」
「……うー。パ、パスで!」
「逃げるなぁ! 名前出さなくていいから、こう、もっと甘酸っぱいなにかをだね……!」
「えと、運動できて気遣いができる人がタイプです! あと、おいしいご飯をあたしと一緒に食べてくれるとなおベストです!」
「うふ、よっちゃん、私その人に心当たりあるよ? いっつもその人だけちょっと態度違うもんね」
「お願い部長、堪忍して!」
「え……よっちゃん好きな人いたの!?」
「いるもん! 花も恥じらう女子高生なんだから一人や二人おかしくないもん!」
初っ端からまたずいぶんと意外な話が飛び出てきた。もし明かりがあればよっちゃんの顔が真っ赤になっているのが見えたことだろう。こんなペースで話が進むとは、さすが高校生である。この独特のスリルというかわくわく感がたまらない。
「まぁ、おこちゃまなかなちゃんにはわからないでちゅか?」
「むかっ」
「心も体も、あたしのほうが大人だもんね。見なよ、この大きく育った女の果実を! 園芸部よりも上手に育てられたもんね~」
「……」
「たしかにお風呂の時見たけど、よっちゃん、大きいよね」
「んふ。あ、そうか暗くて見えないか。かなちゃん、ちょっとくらいなら触ってもいいのよ?」
今頃、その華苗には存在しない憎き脂肪の塊を腕で持ち上げていることだろう。
「……言ったな?」
「……え、ちょ、ガチで触るん? いいけどさ……ひゃっ!? なんかすごくこそばゆい……っ!」
「……チッ!」
ギリッと無意識のうちに歯ぎしりをした。腹立たしいことに華苗にはないやわらかさを持っている。おまけにいくら華苗の手が小さいとはいえ、掌から零れ落ちそうなほどの大きさだ。
ずっしりと重い。そしてふよんとしている。
上等のクッションのような、暖かいそれを遠慮の一切を捨ててにぎにぎした。さらにさらに腹立たしいことに、指の一本一本がむにむにと沈んでいく。
「……」
「……」
「……」
「……あの」
「……」
「……あの、八島さん? なんかすっごい一心不乱にふかふかしてません? なんかちょっと気味が悪いなー、だなんて……」
「……そぉいっ!」
「いったあ!? 痛いいたいイタイいたいぃぃぃ!? ちぎれるぅぅぅ!」
「園芸部はなぁ! 育てることだけが仕事じゃないんだよ! 収穫するのがメインなの!」
華苗はそれを収穫しようと、つかみながら思いっきり引っ張った。あえて、何をとは言わないことにする。
「わかったわかったわかったからぁぁぁぁ! も、もげ、もげるぅぅぅ!?」
「切り取る!? 刈り取る!? もぎ取る!? 摘み取る!? ひねり取る!? 鎌使ってもいいし鋸でもいいよ!? 立派に実ったってんなら、落果や実割れや鳥害の前に収穫しないとねっ!」
「ごめんってばぁ……うう、もうお嫁にいけないぃ……絶対形崩れた……」
「崩れるだけあってよかったね。私のやつの肥料にするから残ったのちょうだい」
「華苗怖いぃぃぃ……」
しくしくと暗闇に声が響くが、きっと嘘泣きだろう。だいたい、華苗だって本気でやったわけではない。恨みや妬みはたくさんこめたが、それだけだ。
「そ、そうだ部長は! 部長は好きな人とかどうなんですか!?」
「私? 楠くん」
「あたしも!」
「そういやそうだった……」
青梅と双葉が黄色い声できゃあきゃあ言っている。この二人の場合、周りに公言しているので聞いてもあまり面白くない。
あの仏頂面のどこがいいのか、華苗は毎回理解に苦しむ。いやまぁ、悪い人ではないのだが、恋人にしたいかと聞かれたら首を横に振らざるを得ない。
「じゃ、次は流れ的に清水、いっちゃう?」
「え!? わ、私ですか!?」
「そりゃ、調理部の一年の次はお菓子部の一年でしょ? さぁ吐け! 全部吐いちまえ!」
「今は好きな人いないですけど……。強いて言うなら、気の合うやつがいいですね。どんなに喧嘩しても許せて、どんなにどついてもスキンシップみたいなもので、そばにいてほしいときは傍にいてくれて、互いに個人を尊重する……みたいな? でもって、ピンチの時に当たり前のように助けてくれたら言うことなしです」
「おおお! いいねいいねそのかんじ!」
「ですが……それ、どちらかと言えば恋人というよりお友達に入るのでは?」
「そうかもしれません。あ、背中を安心して預けられる相棒ってのがしっくりきますね。その上で些細な変化に気づいてくれたりしたら、私たぶんイチコロですよ」
相棒、という考えがあることに華苗は騒然とした。自分が知らないだけで、友人たちはこんなにも進んだ世界にいたのかと。なんだかまわりのみんなが大人になったかのようで、少し不思議な感じがする。
実際はみんな非日常と夜のテンションで気分が高揚しているだけだ。後から思い直せば自分のセリフに身もだえすることになるだろう。
「佳恵ちゃんは? あんまりこういう話聞かないけど、今日くらいははめ外しちゃおうよ!」
「うふふ、そうですね……。私は頼れる方が好みですね。どんな困難にあっても、その人となら立ち向かえる……そんな関係がいいです」
「あれ、それじゃあ……じいちゃは? 結構仲いいよね?」
「まぁ、確かに好きではありますけど……。恋ではなくて親愛ですね。私、おじいちゃんっこですので喋っているとすごく安心するんですよ。あの方はもう異性じゃなくてあの方個人としかみられません」
「確かに……。おじーちゃんって男の人って感じがしないよね。おじーちゃんはおじーちゃんって感じで。私たぶん、全裸はともかく下着姿くらいなら普通に見せても恥ずかしくならないと思うもん」
「わかるわかる! さっきだって、相談したのはゆきちゃんや深空先生じゃなくてじいちゃの方だもんね! 普通男に、それも生徒になんて相談しないもん!」
こういう会話を聞いてしまうと、おじいちゃんに春が訪れるのかひどく不安に思えてきてしまう。
優しくて頼りがいがあり、人間的に素晴らしい人でも、異性としては魅力に欠ける……というか、異性として見てもらえないのはなかなかに問題なのではなかろうか。
いい人過ぎるが故、かえって遠慮してしまうその気持ちはわかる。いい人が見つかりますように、と華苗はひっそりと祈っておいた。
自分も異性として見ていないということに、華苗は気づいていない。
「椿原さんはどうでしょう……? あなたも私と同じであまりこういう話には参加しませんよね? ふふ、一人だけ言わないだなんてズルっこはなしですよ?」
「しょうがないねぇ……。ま、アタシもそういうのに興味がないわけじゃないんだよ。ただ……」
「ただ?」
「周りにいるやつら、子供っぽすぎじゃない?」
「そお? 高校生なんだしこんなもんじゃない?」
「いやさぁ……バカっぽいのが多いからどうしても手のかかる弟たちにしか見えないんだよ。もっとダンディーでハンサムな大人っぽいのがアタシは好きだ」
「椿原ぁ~。その発言ババ臭いよ?」
「んなっ!?」
「もっとこう、白馬に乗った王子様がいい、とか乙女力上げてかないと!」
「そんな浮ついたセリフ言えるもんかっ!」
「さやちゃん、わたし言えるよ?」
「ほお。じゃあなにか適当に言ってもらおうか?」
「私の憧れのシチュエーションね。──漆黒の夜空の下で、星の瞳を持つ王子様がロマンティックに微笑みながら『今宵は真っ暗だ……きっと君のそのビスクドールのような美しさに、月や星は恐れをなして出てこられなかったんだね』って言うの。それでぴかぴかのドレスを着た私が王子様の手を取りながらこう続けるの。
『だったら、夜を昼に変えてしまいましょう。二人の幸せで、すべてを明るく照らしましょう? 私を、お人形にしないでね』って……きゃっ」
「……」
「……ごめん椿原。あたしが間違っていた」
「いや、うん、わかってる。わかってるから」
声の感じからして今のは桜井だろう。なんともメルヘン全開な回答だ。全開過ぎて意味が分からない。
お人形にするな、とは退屈させるなということだろうか? 表現がアレすぎていまいち華苗には理解できない。
「でも春香。穂積ってそんなタイプだっけ?」
「うぇぇぇ!? なんでわかったの!?」
「いやむしろ、わからんほうがおかしい。それで? もしかして二人きりの時はそんな浮ついたセリフを言うのかい? どうなんだそこんとこ!」
「うー……。穂積くん、いっつもあんまり表情変わらないからよくわかんない。最近はまだいいけど、勉強教えてもらってるときのほうが口数は多いと思う」
「……」
「でもでも! こないだケーキバイキングに行ったときに、ストローをかむ癖まだ残っているんだねっていったらちょっとだけ赤くなったの!」
「詩織、アタシはどういう反応を返せばいいんだ?」
「さぁね?」
「じゃ、そろそろ私か? ううむ、こういう場では何を話すべきなのか……」
「あ、円ちゃんは大丈夫。むしろお腹いっぱいだから!」
「なぜ!? 私もちょっとくらい甘酸っぱいガールズトークをしたいんですよ!? そんな殺生なことを言わないでください! 憧れてたんですから!」
「……柳瀬先輩、日常的にアレだもんね。自覚ないのがタチ悪い」
「私もリアル幼馴染は初めて見たけど、小説よりもすごいと思ったよ」
「ううう……があるずとおくしたいよぅ……」
「あは、ちょっとかわいい。それじゃ時間余ったらやろうね! 次は誰行くー?」
たぶん時間は余らないだろう。もしも余ってしまったら、全員が寝落ちするまで延々と惚気られるに決まっている。それは火を見るよりも明らかなことだった。
「それじゃ、あたしが行きます?」
「おおっとまさかのシャリィちゃん!? ここでダークホースが来た!!」
「あたしが好きな人も、ストローをいっつも噛んじゃうんですよ。クリームソーダが大好きで、変なことでムキになっちゃったり、ぼけーっと無気力になったり、いろいろ子供っぽいって言うか……」
「まぁ、あのお淑やかになりたい理由の人ですか……?」
「はい。しかもあたしと付き合うには十年早いとか言うんですよ! 絶対あたしのほうが精神年齢も基礎生活能力も上なのに!」
「おおぅ、なんというダメ人間臭……」
「実際、あたしがいないとダメな人なんですよ……ふふっ」
ぷんすかと音が聞こえそうな勢いでシャリィが語る。
しかし気のせいか、この中で一番大人っぽい恋話のように聞こえた。最後の小さな笑いだって、とても十歳の少女ができるようなものには思えない。
最近の小学生はずいぶん進んでいるらしい。相手はいったいどんな人なのだろうか。
「さて、それじゃ次の生贄いこうか……! さっきから沈黙を決め込んで空気になりきってる華苗ちゃん! このあたしが逃すと思ったかぁ!?」
「バレたっ!?」
振られそうな気がしたから、華苗は途中から黙りこくっておいたのだ。顔も見えず声が聞こえないなら眠ったと思って放置してくれると踏んだのに、双葉はしっかり見抜いていたらしい。
「うへへへ、実はけっこー気になってたんだよねぇ~」
「そうだ、華苗も教えろ!」
「うふふふ、ちょ~っと私も気になるかなぁ?」
声だけで圧迫された。逃げられない。邪な気配がじりじりと近づいてくるのを肌で感じた。
華苗だった乙女なのだ。追い詰められたのなら、覚悟を決める。
「た、頼りがいがあって優しい人が好みです! 筋肉あるけどムキムキじゃない人とかが特に!」
これだけ言うのでも彼氏なんて夢でも見たことがない華苗には精一杯だ。自分が耳まで真っ赤になっているのが自覚できる。
「え、割と普通」
「夢一なんかがそうだけど……あいつは外国人の彼女もちっぽいしなぁ」
「え、 そうなん!?」
「椿原、食付きすぎ」
「言うより聞く方が好きなんだよ、アタシは」
「ま、いいけど……その人組合の人らしくてね、昨日一緒に仲良さげに話してたんだ。本当にそうかわかんないけど、彼女さんのほうはまんざらでもなかったっぽい」
「ああ、アミルさんですか? 金髪の、杖を持った?」
「あの人か! あいつも隅に置けないねぇ!」
「そそ……ってかシャリィちゃんはともかく椿原も知ってたんだ。そんでシャリィちゃん、実際のとこどうなん?」
「あたしは応援してますよ? アミルさんの方も最近は割と積極的です。ただ、肝心のお兄ちゃんが……」
「あいつ鉄壁って言うか一時期女に興味ない疑惑も上がったからなぁ」
酷い言われようである。
アミルと言えば昨日華苗も会った女の人だ。佐藤自身もハーフみたいな見た目だし、なかなかお似合いなんじゃないだろうか。
そんなかんじできゃっきゃうふふと話しながら女の夜は更けていく。もうちょっとすれば不寝番の交代の時間だ。華苗も今日は志願しているので、このまま起きていようと心に決める。長い夜はまだ始まったばかりなのだから。
「準備はいいか、野郎どもぉぉぉ!」
「うーぃ」
「うぇーい」
「…うっす」
「盛り上がらねえなぁオイ……」
ところ変わって男子テント。
こちらも暗闇で誰一人顔を見ることが出来ない中で秘密のトークタイムが始まった。
が、元気がいいのは秋山だけだ。日中かなりの力仕事をした男子はお疲れだし、楠や佐藤は不寝番もある。秋山もそうではあるのだが、それとこれとは別物らしい。
「なに? 面白い話の一つや二つねえの?」
「あるならしてるんじゃないか? 言い出しっぺのおまえから言わずしてどうする」
「しょうがねえなあ。えーと、怖い話行きまーす! 今日杉下と森を走っていたら変なのにおっかけられた!」
「ああ、そういやそうっすね。あれなんだったんでしょう?」
「…獣か何かなのでは?」
「んにゃ、人っぽい」
「あー、たぶん組合の人ですよ。足が速い男の人がいるんです。走ってどこか行こうとしたから、心配になって着いていったってところですね」
「じゃ、解決じゃねェか?」
「っすね」
「……」
「……」
「……」
「頼むからだれか話題を提供してくれよ!」
「…とは言っても」
「そうそう話題なんて転がっているわけありませんしね」
「あ、僕一つだけある。昨日の夜のことなんだけど、森の奥の方から女の人の妖しい歌声が聞こえてきたんですよ」
「……え、ちょ、ガチなやつ? オレそんなの聞いてねえぞ?」
「本当にかすかな声だったし、秋山先輩その時たぶん寝てましたよ。で、気のせいだと思ってたんですけど、円もそれらしいのを聞いたらしくて。何かを呪うような、切なげで妙に艶やかな旋律が朗々と……!」
「おいバカやめろ橘。俺ガチな怪談はダメなんだ」
「呪うように、憎むように、哀れむようにその歌声が聞こえ……そして、最後にぷっつりと聞こえなくなりました。きっと浮かばれない女性の霊なんでしょう。もしかしたら今夜もまた──!」
『わたしの恋人はどこぉぉぉぉぉ!?』
「ひぃぃぃぃ!?」
「おいやめろ森下! こいつマジで怖がっている!」
「なんだよつまんねェなァ。つーか秋山、どうしてオレだってわかったんだァ? 声は完璧に作れてたはずなんだがなァ」
「お前のやりそうなことくらいわかる! しかも声変えるの二度目じゃねーか。……おい杉下! いつまで抱き着いてるんだ?」
「く、来るんですよ……! きっと今日も呪いに来るんですよ……! だから朝日が出るまで俺の身代わりになってください……っ!」
「お前が可愛い女の子だったらOKだったぜ」
「化粧してやろうかァ? 我が超技術部では変装術として女装も取り扱ってるぜェ? しかも、調理室の勉強会に紛れ込んでもバレねェほどだ!」
「心が男でもいいっすか……っ!」
「ごめん、オレ心も体も女じゃないとダメな人なんだよ」
「そこをなんとか……っ!」
もはや怖がってんだかふざけているんだかわからない。こんなテンションで話せるのは今が特別な環境にあるからに他ならない。普段だったらみんなもうちょっと抑え目だ。
「あはは、残念だけどそれも組合の人だよ。気分がいいから歌ってたみたい」
「あのエルフみたいな人か。まぁ、あの曲を歌ったのならそう思われても仕方ないだろうな。ほら、風呂の時にも来ていた人だ」
「そうなの? ああよかったぁ。幽霊なんているわけないよな!」
「…おまえ切り替え早いな」
「陸上部だからな!」
夏の夜語りの定番とはいえ、怖い話の真相なんてこんなものである。ほとんどの人間は背筋が凍るような、本当に怖い話を聞きたいわけではない。みんなで怖がって楽しみたいだけなのだ。
「風呂と言えば、あのときおじいさんが呼んだ人全員すっげえきれいでしたっすね!」
「わかるわかる! 特に毛皮のもこもこの人! 大人の色香というか、すっげえセクシーだった!」
「セクシーかどうかはともかく、あのプロポーションは純粋に美しいと思う。ゲームモデルにしたいくらいだ」
「おめェはほんっと硬ェよなァ」
「でもたしかに外国人っていいっすよねぇ……ぼんっきゅっぼんっ! て感じで。日本人にあれはないっすよ。あの色っぽさがたまんねえよなぁ……!」
「…杉下、おまえはそういうのが好みなのか?」
「なんだよ悪いか? おまえだって実はむっつり系だろ?」
「…否定はしない。が、肯定もしない」
「大きいの? 小さいの? 美しいの? どれがいいんだ?」
「…適度なやつで」
「逃げやがったなこいつ! 男ならでっかいのって言えよ!」
盛り上がるのはいつだってこういう話題だ。こういうのが嫌いな男子高校生なんて存在しない。表面上はそう言っていても、実は内心では興味津々なのだから。
「そうだそうだ! 盛り上がってきたんだからそういうことはちゃんと言おうぜ! そうだ、楠さぁ、青梅ちゃんと双葉ちゃんはどうなのよ? めっちゃ好かれてるじゃん」
「…なぜにあの二人?」
「いやだって……なぁ?」
「俺たまにこいつぶん殴りたくなります」
「…なぜ?」
「そういう所があるからだよ! くっそ、なんでこいつみたいなのにあんな可愛い先輩が……!」
「で、実際どうなんだよ? 吐いちゃえって。ひと夏の思い出としてさ!」
「…じゃれてくるなぁ、とは思います。ですがあんなのおふざけの範疇でしょう。…だいたい、自分がモテないことくらいは自覚しているつもりです。今まで生きてきた中で、俺を見て後ずさらなかった人間はいませんし」
「顔怖いって自覚あったのかおまえ!」
「……昨日、組合の少年にも引かれました。まるで震える小鹿のようでしたよ」
楠でさえ饒舌になるとは、テントの魔力は恐ろしいものだ。
「ちなみに聞くけど、好みのタイプは?」
「…笑顔でいてくれる人。笑ってさえいてくれればそれでいい。女性にあれ以上の化粧はない。もっというなら、俺が作った野菜を調理してくれて、おいしいと笑いながら一緒に食べてくれる人がいい」
「いいじゃんいいじゃん! そういうのが聞きたかったんだよ!」
「…田所、柊。おまえらはどうだ?」
「え、そこで僕たちですか? まぁ……守りたくなるような人が好みかな? それと、気づいたら恋人だった……っていうのにも少し憧れがありますね」
「おれは恋人ってよりかは相棒がいいっすね。恋人作れたとしてなにしていいかわからないし、面倒くさいことになるくらいならいなくてもいいと思います」
「おい森下。おまえんとこの後輩どうなってやがる」
「再教育が必要だなァ。幹久、おまえ相当もったいないことしているぞ。いいか……青春ってのはなァ、一回しかこねェんだよ!」
「えええ……」
男子のノリなんてこんなものだ。男同士で女がいないのなら、男子はどこまでもバカになれるのである。
「橘……はいいとして、穂積、おまえは?」
「えええ!? なんで僕はいいんですか!?」
「だっておまえもう彼女もちじゃん。いちゃついてんじゃん。クソッ!」
「円とはそんな……!」
「誰も柳瀬ちゃんだなんていってないぜ?」
「…ひゅーひゅー」
「ひゅゥひゅゥ!」
「ひゅーひゅー」
「ひゅ、ひゅーひゅー?」
「はめられたっ!?」
「俺は特に。強いていうなら、どんなときでも支えてくれる人がいい」
「あの流れで普通に話を持っていくお前を尊敬するわ」
「振ったのはおまえじゃないか」
「ま、そうなんだけどよ……。で、やっぱそれは桜井ちゃんか?」
「そう見えるのか、やはり」
「ちげえの?」
「百パーセント違うとは言い切れないが、現時点でそうだとも言い切れない。あいつは手のかかる教え子みたいなもんだ。宿題だって個人で教え、全体で教え、そのあとまた個人で教えないと理解してもらえない。そのおかげで俺は都合七回も同じ問題をやることになる。しかも、不可解なことにだ」
「不可解なことに?」
「年々覚えが悪くなってきている。最近じゃ休日も教えないとダメになってきているな。一度教えるとすぐに覚えるのだが、それが長続きしない。また何度でも同じことを教える羽目になる。……しかし、テストの結果はそこまで悪くない。成績と記憶力の評価に大きなズレがあるんだ」
「……勉強を口実にされてるだけじゃねェか?」
「よし、こいつもやっぱり敵だ。よかったな穂積。明るかったらがっちりホールドしたうえでくすぐりの刑だったぞ」
「似たようなことを前にも言われたな……。まったく女子はわからん」
「それじゃ、そろそろ稀代の大悪党の尋問裁判を始めるかァ?」
「だな、おまえら本気出せよ」
「だれです? その大悪党って」
「…おまえだろ、夢一」
「はい?」
「女の子ばっかの調理部、お菓子部で唯一の男! おまけに優しく気立てが良くてかっこいい! 誰にも素敵な笑顔をばらまいて無差別にハートを盗みまくる恋泥棒!」
「な、なんだよそれ……というか杉下? なんかおかしいよ?」
「うっせぇ! よく聞け佐藤! 俺はな、去年のバレンタイン、いろんな女子に呼び出されたんだよ! ああ、そりゃ嬉しかったさ! 高一で初の彼女ができるかもって思ったさ! モテ期来ちゃったんじゃねって浮かれまくったさ! みんな真っ赤になって、普段は地味な女の子もすっごく可愛くて! 震える手できれいにラッピングされたチョコレートを渡してきてさ! 天国だと思ったよ! 俺の青春バラ色だって思ったよ!
──だがな、彼女たち、次になんて言ったと思う? え? 答えろよ。答えてみろよ。……答えろ佐藤ォォォッ!」
「え、えと、『好きです』……とか?」
「違ぇよ! 全部『夢一くんに渡してください』だよ! 同じクラスで仲が良くて、楠よりかは頼みやすいからって全部俺に回されたんだよ! わかるか!? おまえにこの気持ちがわかるか!? 天国にいたと思ったら次の瞬間は地獄だよ。むなしかったさ! 悔しかったさ! それでも俺は、涙を飲んでチョコのたっぷり入った紙袋を二つもおまえに渡しただろうが! 忘れたとは言わせねえぞコラァァァッ!」
「そ、そんなことも、あった、ような……?」
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」
「ああ、つらかったなぁ……苦しかったなぁ……っ! 俺もそれ、やられたんだ。あれすっげえみじめな気分になるよな。俺だけは最後までお前の味方だぞ、杉下」
「秋山先輩……!」
「しかもお前、あんだけ貰っておいて全部まとめて同じお返しをしたって聞いたぜェ?」
「あー、いや、お菓子部だからお返しに期待したのかなって……。う、腕は思いっきり振るいましたよ!」
「…女の敵だな」
「俺でもその選択肢は選ばない」
「さすがに擁護できないっす」
「同感。佐藤先輩はいい人だと思っていたのに……」
「柊君まで!?」
もう一度言おう。男子のノリなんてこんなものだ。バカになれるときは全力でバカにならねばならないのだ。
「…おまけにこいつ、女に興味ない疑惑もあったからな」
「なにそれ!? 初耳だぞ!?」
「…そりゃそうだろ。…で、実際どうなんだ? 安心しろ、おまえがどんなやつでも何も言わない。…距離は空くかもしれないが」
「女の子が好きだよ! 僕も健康な男子だよ! 男より女の子のほうが大好きだよ!」
「へぇ~? どんなのが好みなのかなぁ~?」
「言い出したからには答えねェとなァ?」
「…さぁ、吐け」
「……た、体操服とかジャージとかが……」
「「……えっ?」」
一瞬の沈黙。そのとき確かに空気が凍った。
「あれ? な、何か言ってくださいよ!」
「え、そっち系行く? 今の流れでそっち系行くん?」
「オオっとこいつは予想外の展開だァ!」
「みんな好みのタイプだと思っていたのにねぇ……いや、これもそういう意味じゃ間違ってないのか」
「佐藤先輩……信じていたのに」
「佐藤先輩、おれ、あなたのこといろいろ誤解していたみたいっす」
「安心しろよ。人類滅びない程度にはみんなそうだから……な」
「ちょっと!? なんかみんな引いてない!? 気配が離れていない!?」
「気のせいだろう。そう思うからそう感じるんだ」
「そうそう、気のせい気のせい」
「…俺も肉付が良いのは好みだぞ。太っているかも、くらいが調度いいと思っている。…さすがにそんなマニアックな趣味はないが」
「え、普通でしょ!? これくらい普通でしょ!?」
「いやー、さすがにないわー。あ、オレもむっちりは好みだぞ!」
「俺もそういうのは嫌いじゃないぜェ? マニアックな方にはつまらないかも知れねェけど」
「体操服はちょっと……。あ、でも人の趣味はそれぞれですから」
「ええええっ!?」
くどいようだがもう一度言う。男子とはこんなものだ。健康な高校生男子はこれくらいはっちゃけてしまうものなのだ。
「体操服といえばさぁ、体育後の女子ってなんかいい匂いしね?」
「話題が変わってしまうのは残念ですけど……たしかにそうっすね」
「…制汗剤とかのあれですか? …俺はあれは苦手です」
「うんにゃ、オレもあれはキライだよ。そうじゃなくて、女の子の匂いだよ。つーかさ、女子って汗臭いーなんて言っても実際そんなことなくね?」
「たしかに! むしろ制汗剤のほうがキツくて鼻がもげそうになることあるっすよね! 中学の時とか、女子が着替えた後の教室すっげえ酷かったんすよ!」
「女子が汗臭いというのであれば、男子なんてどうなるんだろうな。彼女らはそういうのを気にしすぎなのだと思う。その行為が却って不評を買うというのをわかっているのだろうか。変に意識せず、素のままが一番いいと俺は思う」
「でも本当に、なんであんないい匂いがするんでしょうかね。髪とか、ちょっと近くを通りかかっただけでふわっといい匂いがするじゃないですか。それも女子ならみんな」
「あれじゃねェの? 高いシャンプーとか使ってんじゃね?」
「そういえば、円もうちの風呂を使うときはシャンプーだけは持ってきているなぁ。なんか手入れとかするのに安物だとうまくいかないらしいですよ」
「いやでも、ウチは同じ特売の安物シャンプー使っているのに、シャリィの髪からは僕とは違う女の子の匂いしますよ」
「それだとおかしくないか? きっと隠れて違うのを使ったり、洗い方を工夫したりしているのだろう。いくらまだ小さいとはいえ、立派な女の子なんだから」
「いや、一緒に入ってますからそれはないですよ。髪は僕が洗ってますし」
「「えっ?」」
ずざざざっ!
「ちょっと!? なんかすごい勢いで離れていってる!?」
「あのこ十歳だろ? ないわー」
「いやでもギリギリ……ないわー」
「十と十七……そんな事案をこないだどこかで見かけたな」
「…こいつ、とんだ助平野郎だったんだな」
「あれくらいならまだセーフでしょ!?」
「女に興味はあるって……対象年齢の問題だったんすね」
「兄妹愛ってすばらしい言葉ですねー……ははっ」
「ごめん佐藤。僕は君とは友人でいたかったよ」
「そういやァ昨日、一緒に寝ようってあの子ふつーにこっちに来たよなァ。……佐藤、お前ガチで普段なにやってんだァ? すっげェ犯罪臭がするぜェ?」
「えええええっ!?」
一応彼の名誉のために弁明を入れておくが、諸々の事情のためシャリィが一人で風呂に入るのにまだ慣れていないだけである。
また、一緒に寝ているのもシャリィが暗いのを怖がるからだ。家が狭かったり光熱費の節約のため等の環境に因る理由もあるが、決して佐藤自ら風呂や寝床を一緒にしようと言い出したわけではない。
もちろん、楠たちも本気で言っているわけではない。あれくらいならまだまだセーフだと思っている。
ただ、全力でからかっているだけだ。
「…そのくせ、こいつは彼女もちらしい」
「マジで!? その話詳しく!」
「…今日青梅先輩たちから聞いたんだが、組合の人とそういう仲にあるらしい。アミルさん、と聞いたが杖をもった金髪の人だよな?」
「あの人たちは……!」
「ああ、川のあの人か。確かに綺麗で可愛らしい人だった」
「椿原ちゃんを助けた人か! すっげえべっぴんさんじゃねえか!」
「さいばんちょー、はんけつはー?」
「満場一致で……決まっているよなァ?」
「いや、仲がいいだけですって!」
「被告はそのように述べていますが検察の人証言をどうぞー」
「…こないだの体育で、被告はジャージを着ていた。その時俺は確かに見た。長めの金色の糸がこいつのジャージについているのを」
「……え、本当に?」
「…ああ。そのときは大して気にも留めなかったが、今思えば……あれは金髪だったんだな」
「被告人、なにか申し開きはあるかァ? 遺言くらいなら聞いとくぜェ?」
「あれはあの人がシャリィと遊びにウチに来た時のものです! 洗濯物出したままだったからそのときについたのだと思われます!」
「などど意味不明の供述をしており……」
「少なくとも家に呼ぶ仲っと。やっぱ敵だわ」
「どうすりゃいいんだよこれ……」
始めのころのテンションの低さはどこかへ行ってしまったかのように、男子はぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。なんだかんだで一度騒ぎ始めたのなら止まれないのが男子なのだ。
「おっ! 盛り上がってるなぁ! 先生も混ぜてくれよ!」
「やっべ先生来た! さっさと寝るぞ!」
「ぐー、ぐー、ぐー」
「おい待てお前らぁ!? いくらなんでもわざとらしすぎるぞ!」
それは不寝番の交代の時間まで続き、荒根が混ぜてくれよ、と乱入してきたところで唐突に終わる。
荒根は寂しそうな顔をしていたが、いつの時代もこういう話題は先生がいたらできないものなのである。
20140628 誤字修正
20140723 誤字修正
20160505 文法、形式を含めた改稿。
女子
【三年】
青梅、双葉、桜井、白樺、椿原
【二年】
柳瀬
【一年】
華苗、よっちゃん、清水
【その他】
シャリィ
男子
【三年】
秋山、穂積、森下
【二年】
楠、佐藤、橘、杉下
【一年】
田所、柊
一日当たり三話でまとめようと思ったけど長くなったので分けることにした。
会話文でいっぱいだけど、たまにはこういうのもいいだろう。
思えばキャンプとか修学旅行の夜ってこんな感じだったっけなぁ……。聞き専だったけど。みんなびっくりするようなこと平気で話してるんだよね。
書いてて楽しかったけど、見直してて懐かしさと憧れ的な何かに泣きそうになった。もうあの頃には戻れないんだよなぁ……。
女の子からいいにおいがする率は異常。どうなってんだろアレ。
本当に通りかかっただけでふわっといいにおいがするの。
しかも女の子全員からだ。これ解明できたらノーベル賞だよね。
制汗スプレーとかいう悪魔は滅びるべきだ。でも男臭いのは勘弁な!
十歳ならまだセーフ……だよね?




