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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
42/129

41 園島西高校サバイバルキャンプ・4

※ちょっとばかりのグロテスク表現あり。お魚捌く程度だけど。

「……誰だ?」


 川へと向かう途中、ふと柊がそんな声を上げた。


 目はいつになく鋭くなり、木々の奥をすっと見つめている。華苗と楠はそれにつられるように足を止め、柊が見たのであろうものを探してみるが、そこにはただちょろちょろとするリスくらいしかいなかった。


「…どうした?」


「誰かいます。たぶん、四人。動きが何かおかしいです」


 その言葉とほぼ同時に、がさっと音を立てて三人の女と一人の男が茂みの向こうからよたよたと歩いてきた。茂みの向こうといってもかなり離れていて、姿を現した今こそその存在を確認できるが、普通だったらとてもじゃないが気づけない。


「よ、よくわかったね」


「合気道部ですから」


 答えになっているんだかなっていないんだかわからない返答をして、柊はたたっとその四人に駆け寄る。というもの、その四人のうち三人は見覚えのある人物だったからだ。


「あ、華苗ちゃん! やっほー!」


「む? ああ、食糧問題は解決したのか。楠、八島に柊とは珍しいな」


 元気に手を振る女子生徒──桜井と眼鏡をかけた穂積。そして、その二人に肩を貸してもらって歩いているのは被服部の椿原だ。


 椿原は左足を引きづるようにしてよたよたと歩いている。なぜだか引きづっている足はぐしょぬれで、よくよくみれば肘には血が滲み、痛そうな擦った跡があった。


「ど、どうしたんです!?」


「いや、ヘマこいてね。川で足滑らせて落ちかけた」


「けっこー滑りやすい坂道みたいなとこで、最後の瞬間みんなが目を覆ったんだけど……」


「このお姉さんが助けてくれたってわけ」


 そういって椿原は後ろを警戒するように立っている女の人をちらっと見た。金髪の、少し小柄な女の人だ。


 やっぱり外国人で、森を歩くためだろうか、なかなかに雰囲気のある長い杖を持っている。ベージュのローブのようなものを着ているから魔法使いのようにも見えた。


 きっとこの人も組合の人なのだろう。おじいちゃんが雇った組合の人は、なぜかみんな時代錯誤な格好をしている。実用的ではありそうなのだが、一歩間違えればただのコスプレだ。


 華苗と視線が合うと、その女の人はにこっと笑ってぺこっとお辞儀をする。


「どうも、おじいさんに雇われたアミルっていいます。短い間ですけど、よろしくおねがいしますね」


 笑った顔は華苗からみてもすっごく可愛らしくて、なんだか胸がどきどきしてくるほどだ。外国人はどうしてこうもきれいな人が多いのだろうか。


「…で、その足は大丈夫なんですか?」


「俺の見た限りではちょっとくじいただけのように思えた。とりあえず深空先生か爺さんに見せようと思ってる」


「これでも運が良かったほうなんだよ。落ちるときに蔦だか根っこだかが体に絡みついてさ。片足濡らしたくらいでなんとかなったんだ。で、そこで宙ぶらりんになってるところをアミルさんが助けてくれた」


「お仕事ですから。ずぶ濡れにならなくてよかったですよ。いくら暑いとはいえ、風邪をひいちゃいます」


 私はこないだずぶ濡れになって寒い思いをしたんですよ、とアミルは笑った。


「とりあえずは俺たちはキャンプに戻ろうと思っているんだが、お前たちはどうするんだ?」


「…川に行って、水を汲んだり木を拾ってこようかと。昼飯のほうは順調なようです。もうちょっと時間がかかりそうですが」


「お昼? メニューはなぁに?」


「ピザみたいですよ」


 やったぁ、と桜井が声をあげ、穂積があまり動くな、と桜井をたしなめる。不思議そうに楠を見ていたアミルはそれでは、と声をかけると周囲を警戒しながらゆっくりと歩を進めていった。


「ああ、それと川についたらお友達にあまり無茶をするなと声をかけてもらえませんか? なんだか見ていてとても危なっかしかったので……」


 去り際にアミルが残した心配そうな言葉の意味を、華苗たちはもうすぐ理解することになる。







「おい、魚そっちいったぞ!」


「もっと派手に水面叩け! ふてぶてしいのが何匹かいる!」


「橘! オレたちに気にせずどんどん射ちこめ!」


「ちゃ、ちゃんと離れてくださいよ!」


「新しいやぶ、切ってきたぞー!」


 その場にいた男子生徒のほとんどがズボンの裾を捲り、Tシャツ一枚になって川の浅いところでなにやら格闘している。何人かの女子は木の枝に糸を結びつけただけの即席の釣竿で、深いところの魚を狙っていた。


 高台からは橘が弓に矢を番えて魚影を狙い、柳瀬がおそらくその木刀で切ってきたのであろう笹のような藪のようなものを下流に投げ込んでいる。みんなその眼はどこまでも真剣だ。


「え、なにこれ」


「さ、さぁ……?」


 川の水はとても透き通っていて、魚影はおろか水底の石の一つ一つすらはっきりとみえる。水というよりか、むしろそれは空気のようにすら感じられた。


 華苗はここまできれいな水を見たことがない。このまま瓶に詰めてミネラルウォーターとして売っても、誰も不思議に思わないのではないだろうか。


 そんなきれいな川で、全員が鬼気迫る勢いで動き回っている。およそ普通の川遊びには見えなかった。


 華苗たちがぼうっとしている間に、橘が矢を放ち、それが水面から飛び出た魚の鰓を捉える。吸い込まれるようにして刺さったそれは明らかな致命傷で、とぷんと一瞬沈んだかと思うと力なく浮き上がり、矢をゆらゆらしながらそのまま下流へと、すなわち華苗たちのほうへと流れてきた。


「おっ華苗ちゃんじゃん!」


「秋山先輩……」


 川からざぶざぶと音を立てて上がった秋山が華苗たちのほうへと近づいてくる。もちろん、その矢の突き刺さった魚を回収するためだ。


「いったい何してるんです?」


「え? 魚とってるんだけど?」


 それは見ればわかる。だが、彼らは釣りで魚を取るといっていなかっただろうか。


「いやさぁ、最初は頑張って釣竿作ってやってたわけよ。でも、全然釣れねえの。んで、なんだっけ? 大岩ぶつけて魚をショックさせて取るっての試してみたけど、それもダメでさ」


 そもそも岩をぶつけようとするとそれに感づいて魚が逃げてしまったらしい。うまくぶつけられても、魚が浮いてくることはなかったそうだ。


「で、荒根先生がふざけて素手でとるかっていうんで、やって見たら本当に取れちゃったわけ」


 華苗ちゃんにも見せたかったぜ、と秋山は笑った。汗がつうっと頬に伝わって、実に爽やかでいい笑顔だった。


「で、素手でも行けるってことが判明したんで男子は靴脱いでズボン捲ってとることにしたんだ。深いところ行かなければ大丈夫だし、この川、すっげぇ冷たくて気持ちいい。足元がちょっとちくちくしたけど、最高に楽しかった」


 川に来たのだからちょっとくらい川遊びしてもいいだろう、と思ったそうだ。魚も取れるしまさに一石二鳥。持っていた釣竿は女子に渡して、女子には深い場所にいる魚を狙ってもらうことにしたらしい。


「しばらくそうしてたんだけどさ、そのうち橘と柳瀬ちゃんが敦美さんを見つけてきて。で、敦美さんに説教くらった」


「ど、どうして?」


「そんな恰好で、そんなやり方で魚をとるバカがいるかって」


 本来、サバイバルにおいて川には裸足で入るべきではない。なんらかの拍子に足を切ったりすると、そこが膿んで行動不能に陥る可能性があるからだ。


 また、たとえ靴を履いていたとしても、それが普通の靴の場合、ひもが引っかかったりしておぼれる原因となってしまう。


 さらに言えば、浅いとはいえ着衣したまま川に入るべきでもない。服は化学繊維でもない限り思った以上の水を吸い、行動を著しく阻害する。秋山たちがやっていたのは結構危ないことなのだ。


「せめてシャツ一枚になれ、そして川足袋の一つや二つ履いて来いって言われたんだ」


「かわたび?」


「川遊び用の靴だってさ。ビーサンならあるからそれでいいかって聞いたら、舐めてんのかって言われた。当然、誰も川足袋なんて持ってるはずがない。で、そのことを言ったら……」


「言ったら?」


「なきゃ作れって言われた」


「…そうだろうな」


 それこそがサバイバルである。


 秋山はにっと笑って片足を持ち上げる。ぽたぽたと水が滴り、蔓のようなもので編みこまれた靴下みたいなものが華苗の目の前に浮かんできた。


「さすがは椿原ちゃんだよな。このへん、蔓みたいなのがいっぱいあるだろ? なんかじっちゃんと麦わらで似たようなの作ったことあるらしくて、あっという間に全員分の川足袋作っちまった」


 この特製の川足袋はきちんと敦美さんのお墨付きを貰えたそうだ。ちなみに藁沓を参照したため、かかとまできっちりとできている。


 敦美さんはかかとがなければ問答無用で却下にするつもりだったらしい。かかとなしの靴で川に入るのは履いていないのとほぼ同義だそうだ。


「そんで晴れて川に入れることになったんだ。敦美さんにも魚の獲り方教えてもらったし、絶好調よ!」


 びいん、という音とぱしゃっという音。一呼吸の間の後、ぷかぷかと矢をはやした魚が上のほうから流れてきた。その光景には楠ですら唖然としている。


「すげえよな、さすが弓道部。泳ぐ魚を射ることができるなんて。あいつが加入してから効率はぐんと上がったね!」


「いやいやいや……」


 ちなみに橘は弓を持ち込んだわけではない。こっちについてからおじいちゃんに矢とセットで渡されたそうだ。もちろん、こんな森の中で使うので弓道用の和弓ではない。もっと昔のマタギがつかっていたような弓だ。柳瀬の木刀は自前である。


「華苗ちゃん、柊、そこの藪っぽいの持ち上げてみ?」


 秋山は下流にある柳瀬が投げ入れたのとそっくりな藪っぽいのを指す。笹竹やほうき草と似たような種類だろうか、細長い枝のようなものが何本も連なったような植物だ。


 柊は河原へ近づくと、その藪っぽいのをえいやと持ち上げる。ざばっと水がしたたり、その場に小さな虹を作った。川の苔っぽいような何とも言えない匂いが華苗の鼻をつく。


 そして、それと同時にぴちぴちとした何かが河原へと打ち上げられる。二十センチくらいの、背が黒くお腹が白い細長いなにか。


 もちろん、魚だ。なんと五匹もいる。


「魚ってのは驚くとこういうのに潜り込むらしいんだ。やっぱプロはいろんなことしってるよなぁ」


 秋山はそういってその魚を石で囲った即席のいけすの中へと放り込む。その中にはもうかなりの量の魚が泳いでおり、ぴちぴちと尾で水面を叩いていた。橘が射ったものは別のところにまとめられている。


「……ちょうどノルマ達成っぽい。そろそろ撤収するか」


 ひい、ふう、みいと指を折って数を確認した秋山は明日用に罠を仕掛けるの手伝ってくれ、と言ってその場の全員に大声で撤収の旨を告げる。


 結局、華苗たちができたのは藪っぽいのを川に投げ込むことと、帰りに薪を拾うことくらいだった。










「結局、あんまりやることなかったね」


「はは、まあいいじゃないか」


 華苗と柊はそんな話をしながら焚火のそばでしゃべっていた。田所と森下はピザ生地を振り回しながら練っているし、青梅や双葉、そしてよっちゃんに清水はピザの具材を切ったり乗っけたりしている。


 敦美さんは即席で作った窯もどきの一部を直し、男子の何人かは持ってきた木材をロープで結び、いすや机を作ろうと奮闘していた。シャリィや女子は足りなくなった食材を隅の畑から収穫している。楠や佐藤を含めた何人かは今この場にいないが、きっとどこかで何かしらの作業をしているのだろう。深空先生は椿原のケガの処置をしたらしく、今は彼女の隣に座って何やら話している。


「開いて出して洗って刺すんだっけ?」


「うん、たしかそう。八島さん、こういうのは大丈夫なの?」


「私、おかあさんのお手伝いとかするから。それに魚よりも虫のほうがグロテスクだよ」


 手持無沙汰な二人は魚を捌く係になった。華苗はおじいちゃんから貸してもらったナイフを片手に持ち、魚のお尻のほうにある穴──肛門へとその切っ先を入れる。


 そのままつっと滑らせるようにしてナイフを動かすと、白いお腹に赤い筋が入り、ぐちゃっとゆらゆらしたものがはみ出てくる。非常にぬるぬるしていて酷くつかみづらいのだが、ナイフは面白いように滑っていく。きっと切れ味が特別高いのだろう。


 ちなみに、ナイフを動かすとは言ったがあくまで感覚的にそうだというだけで、実際はナイフに沿って魚を動かすといったほうが正しい。


「中学の時なんだけどさ、調理実習の時に女子が魚触れなくて大騒ぎしてたんだよね」


「本当に? たぶん、猫かぶってただけだと思うよ」


「僕もそう思う。捌くのはともかく、触るくらいなら問題ないよなぁ」


 はみ出たそれに指を突っ込み、中にある内臓を掻き出す。ぬめっとしていてちょっと気持ち悪いし、手が生臭くなるがしょうがない。爪の間まで血が入ってしまうが、これもおいしいご飯のためだ。


 用意しておいた木桶に掻き出した内臓を落とし、別の桶に汲んでおいた水でお腹の中をきれいに洗う。水道が使えないのがもどかしいが、きれいに洗っておかないと後で焼いたときに生臭さが残ってしまうらしい。


「にしても、あれは驚いたよね……」


「僕、ここに来てから驚きの連続だよ……」


 敦美さんは持ってきた魚を見るなり、目玉と骨髄は残しておけ、適切な処理ができないなら私が全部やる、などと言い出したのだ。


 そんなもの何に使うのだと周りが聞くと、水分を絞って飲むのだという。


 なんでも魚の目玉の水分と髄液は飲料水になりえるらしく、うまくナイフを入れて吊るせばそれを絞って飲むことが出来るらしい。


 さすがにおじいちゃんが止めたが、彼女はあきらめた様子はなかった。きっと自分で魚を獲って試すのだろう。こういう場でもなければやらせてくれない、とぼやいていたのを華苗は聞いていた。


「えら、とるんだっけ?」


「とるんじゃない? なんか膜? みたいのとって、口から刺せって」


「頭は落とす?」


「どうせ食べる人もいないだろうし、つけたままでもいいんじゃないかな」


 柊は中を洗った魚をSの字のようにくねらせた。口のほうからたくさん用意してある串をぶっすりと刺し、塩をぱぱっと振りかける。


 最後に、焚火の近くにうまくバランスをとって刺した。濁った魚の目が柊の顔を捉える。


 これは俗にいう塩焼きである。焚火の数と設備的に、今現在出来る調理方法はこれくらいしかなかったのだ。


「なんだかんだで、もうお昼だいぶ過ぎてるよね」


「食べられるだけマシだろうね。組合の人とか、何食べているんだろう」


 喋りながらも二人は手を止めない。おじいちゃんいわく、この魚はうろこを取らずとも普通に食べられるらしい。血と魚の生臭い匂いに交じって、煙と香ばしい匂いがする。


 ああ、なんだかすっごくキャンプな感じだ。


「ピザのほうはどうなってんだろう?」


「いい匂いはしてるから、もうちょっとじゃない? さっき──っていてもだいぶ前だけど佐藤先輩が試作品っぽいの何枚かやってたし」


 二匹、三匹と続けていけば自然とその手つきも慣れたものになっていく。最初はちょっと苦戦したけれど、園芸部で身に着けた器用さは伊達じゃない。つっと刃先を入れ、すっと流して、あとは掻き出せばほぼおしまいだ。


 刺して、塩振って、火炙り。実に簡単である。


 いい加減手の届く範囲に刺せる場所がなくなってきたので、華苗はちょっと動いて焚火の反対側に串を刺した。ちなみに強火で遠くから焼くとおいしく仕上がるらしい。


「なんだか私、ずいぶんとナイフの扱いうまくなった気がする」


「僕も。いざってときに役に立つかも」


「いざってときがこないほうがいいけどね」


「たしかに」


「楠先輩はさ、私にナイフとかそういうの、握らせてくれないんだ」


「そりゃ、女の子に刃物持たせるのは心配するでしょう」


「ううん、あいつ、私をチビのガキだってみてるんだから!」


「あいつって……いやでも、僕だって八島さんにそういうのは持たせたくないよ」


「柊くんまで私を子ども扱いするの? ……拗ねるよ?」


「ははは……」


 ぷっと口を膨らませる華苗に、柊は乾いた笑みを返した。見た目こそ小学生のようなものだが、華苗も中身は立派な女子高生なのだ。


 それに華苗はナイフの扱いどころか火打石の扱いだって習得している。そんなものを習得している小学生なんているわけない。


 何が言いたいかって、つまり立派な女子高生なのだ。花も恥じらう乙女なのだ。


 おまけに敦美さんがいろいろ教えてくれたから、その他の物のさばき方もばっちりだ。今では諳んじることさえできる。そんな小学生、世界のどこを探してもいないと言い切ることができる。


 サバイバルにおいて一番狙いたいのはヤマアラシ。あれらは非常に動きが鈍く、腹が減って衰弱した人間でも棍棒一本あれば打ちのめして仕留めることが出来るらしい。その肉は柔らかく、内臓はびっくりするほどおいしいとのこと。


 捌く際には体や足の中心線にナイフを走らせる。そうやって切れ目を入れてから皮をはぐのだが、このときナイフの切っ先はあまり深くまで刺してはならない。内臓や肉を無駄に傷つけてしまう可能性が上がるからだ。


 とはいえ現実的に考えるとヤマアラシを狙うというのはなかなか難しい。二番目の候補としてはウサギだろう。


 なんとかして仕留められたのなら、首の管を切って足首を縛り逆さにつるす。そうやって血を抜いた後は捌く作業に入るのだが、ウサギの股には臭腺があるのでナイフを走らせるときに必ずそこを取り除いておく。


 また、体温が残っているほうが皮は剥ぎやすく、走らせたナイフの切れ目に沿って服を脱がせるようにずるっといけるらしい。


 とはいえ、ウサギだってなかなか見つかるものじゃない。もっとも身近な例をあげるとしたら鳥を狙うべきだ。


 これに関しては毟って血抜きして適当に捌け、そして煮るなり焼くなり好きにしろと言われた。しいて言うなら、頭を落としても歩いて向かってくることがあるから油断するなとのこと。なかなかにホラーだ。


 もっと突き詰めるなら、ヘビだっていける。食すには毒のない蛇のほうが好ましいらしく、うまく頭を押さえつけることが出来たのならばあとは簡単に仕留められるらしい。


 捌く際は必ず頭から十五センチは離れたところを切り落とさなくてはならない。他の獣と同様、皮に切れ目を入れればそれにそってつるんと剥ける。きちんとできれば、靴下を脱がすのと大して変わらないらしい。


 あとはそのピンクの身を開き、内臓を取るだけだ。肉の食感は鶏肉に近いとのこと。ちょっと特有の臭みはあるがおいしいらしい。


 ちなみに、どの生物を捌くにしても必ず終わった後は内臓やその他もろもろを地面に埋める。三十センチ以上、できれば五十センチ以上の深さに埋めるのが理想的だ。血の匂いにつられてほかの獣どもが集まってくるために、これらの作業は出来るだけ迅速に行わなくてはならない。自身についた血の匂いもできうる限りは処理しておいたほうが良いだろう。


 もちろん、脂や血に塗れたナイフの手入れもしておかないと、その時点で必須道具ともいえるナイフがただのガラクタに成り果てる。


「……ホント、無駄な知識を覚えちゃった」


「ま、まあまあ。将来もしかしたら役に立つかもしれないじゃないか」


「でも、ヘビやウサギのさばき方を覚えている女子高生ってどうよ?」


「こ、個性的なんじゃないかな」


 ちょっとした恨みを込めて、華苗は魚の鰓を切り落とした。


 だいたい、あんな詳細にしっかり説明されたものを覚えられないはずがない。もし敦美さんが歴史の先生だったら、華苗はテストで満点をとれたことだろう。あれだけのインパクト、忘れるほうがどうかしている。


「みんなー、ピザ出来たよー!!」


「どんどん焼き上げるから手が空いたのから食べちゃってー!!」


 青梅と双葉が叫んでいた。


 言われてみれば、血の匂いに交じって、さっきよりも強くパンの香ばしい匂いとトマトの匂いがする。知らず知らずのうちに、華苗のお腹はきゅうとなってしまった。


 恥ずかしくなってちらりと柊の顔を見るが、気づいた様子はない。華苗はほっと一息ついた。


「ん、ちょうど全部さばけたし、僕たちもいこうか。どうせすぐには焼けないだろうし」


「そうだね」


 きれいな水と生分解性が非常に高いらしい石鹸で手を洗い、華苗たちは石窯のほうへと赴き列に並ぶ。熱そうにピザをほおばっている人たちは、誰もが皆やり切った表情をしていた。


「あ、かっちゃんに華苗じゃん。そっちはどうよ?」


「上々」


 汗をぬぐいつつよっちゃんがピザを焼く準備をしている。トマトとジャガイモがメインのオーソドックスなタイプのピザだ。チーズはちょっとしか載っていないけれど、むしろなぜチーズがあるのか、そこが華苗には不思議だった。


「ちょっとまってね、すぐ焼きあがるから」


 青梅がピザを入れたフライパンの上に鉄板のようなものをかぶせ、即席石窯の中へとそれを突っ込む。ふわっと一瞬火気が華苗の前髪を煽った。


「どれくらいかかるのかな?」


「んにゃ、もう焼けた」


「え?」


 ほら、と言って青梅がフライパンを取り出す。その上に置いた鉄板のようなものを取り外すと、そこにはそれはもう見事なピザがあった。


 チーズの香ばしい匂いにトマトの優しい香りが絶妙にマッチしている。ぐつぐつとマグマのように煮立つそれは、見る物の食欲を容赦なく刺激した。


「え、はやくない?」


「……調理部なんだから普通でしょ? 何言ってるの?」


「皆川さん、たぶん普通じゃないと思う」


「かっちゃんまでどうしたの?」


 心底不思議そうな顔をするよっちゃん。話しながらも使い捨ての紙皿の上にピザを載せて渡してくる。青梅はすでに次のピザを焼く準備に入っていた。


 顔を見合わせる華苗たちは、ここである事実に気づく。園島西高校の部活動に、まともなところなんてないのだということに。


「まあいいけど、とりあえず次つかえているからね。あ、お代わり欲しかったらまた並んでよ。一応、三種類くらいはレパートリーあるから!」


 釈然としないながらも柊と華苗は列を離れ、適当に倒木へと腰かけた。とりあえず、今は食べるのが先だ。もういい加減、お腹が限界を迎えている。


「じゃ、いただきます」


 二人同時にピザに噛り付いた。


 おいしい。


 見た目通り、トマトのうまみが凝縮されていて、パンの香ばしさと絶妙にあっている。ホクホクとしたジャガイモは食べごたえ抜群だ。生地そのものも厚みがあるうえに表面は堅く、中はふんわりとしている。ちょっと焦げの付いたチーズのところなんて最高だ。言葉に出来ない。


「……!」


「おいしいなぁ……!」


 とてもあれだけの材料と設備で作られたとは思えないほどだ。これなら本場でも通用するのではないかと華苗は本気で思う。


 調理部の腕は伊達じゃない。ましてや、焼いたのは調理部長の青梅その人だ。まちがいなく、楠が作る料理よりも、いや、佐藤が作る料理よりもおいしい。あまりに感動しすぎて、華苗はなんだか泣きそうになってしまった。


「おーい、こっちの魚もそろそろいい塩梅になってるさね。焦げ付く前に食べに来なさい。私が全部食べちまうよ!」


「おっと、そりゃ一大事。僕たちも早くいかないと」


 二人ともがあっという間にペロッとピザを平らげる。ちょうどそのころに魚の火の番をしていたのであろうおじいちゃんが、広場全体に響き渡る声で焼けた旨を告げた。


「いや、塩焼き魚なんて風流だね!」


「懐かしいなぁ! 学生時代以来か!」


「荒根先生、アタシのとって。あんま動けないんです」


「おう、今日一日はゆっくりしろよ。軽いけがでよかったな!」


「はい、八島さんの」


「ありがと!」


 柊に串を渡された華苗はそれをまじまじと見つめる。塩と油でてかてかしていて、ものすごく食欲をそそる。さらにいえば、華苗はこういう塩焼きを食べるのは初めてだ。当然、それに対する期待も大きい。


 小さな口をできるだけ大きく開けて、魚の腹にかぶりつく。


「うわぁぁ……!」


 淡泊だが魚のうまみがぎゅっと濃縮されていて、自然と唾がわいてくる。ちょっとのほろ苦さとわずかな焦げ臭さが絶妙なアクセントだ。塩がいい塩梅に効いていて、ちょっとのどが渇くけれど味に飽きがこない。骨も太いものばかりで意外と食べやすい。


「おう、頭は残しとけよ。で、あっちのビニール袋にまとめて捨てとけ」


 荒根が頭の処理法について話しているのがわずかに聞こえたが、たぶん、今この場でちゃんと聞いているのなんて一人もいないことだろう。


 魚とは、こんなにおいしいものだったのか。出来ることなら頭も骨も、かけらも残さず食べてしまいたいほどのものだ。


 明日はもっと魚をいっぱいとってこよう、と華苗は心に固く誓う。一瞬で食べきってしまったそれはあまりにもおいしいものだったからだ。


 と、ここでなにやら柊が神妙な顔をして華苗を見つめてきた。


「八島さん、一つ、大事な話があるんだ」


「どしたの?」


「明日、一緒に魚を獲りに行こう。例え誰も獲りに行かなかったとしても、僕たち二人だけは絶対に獲りに行こう。僕は、もっとこの魚を食べたい」


「……喜んで」


 どうやら柊も同じ気持ちだったらしい。なんだかちょっとおかしくなって、華苗は思わずくすりと笑った。










「さて、そろそろ就寝時間さね。みんなちゃんといるかい? いないやつはいないかねェ?」


 時刻は夜の八時ごろ。


 あれからなんだかんだで木を運んだり水を運んだりと作業をしている間にあっというまに夕方になり、そのまま流れで夕食となった。


 夕食もピザだったが、ほとんどずっと休憩なしに焼き続けていた青梅たちのことを考えると文句は言えない。もとよりとてもおいしいものだったので、不満を言うものは誰もいなかった。


 いくら夏とはいえあたりはもうすっかり暗くなっていて、広場以外は闇にのまれて何も見えはしない。高校生にとってはまだ早い時間だが、サバイバルでは基本的に日が落ちたら眠るものらしい。


 華苗はちゃんと暗くなる前にトイレに行ったので準備は万端だ。トイレに行ってなかった人たちは、この暗い中、おじいちゃんがもちこんだ提灯と小さな懐中電灯を頼りに森を歩いたそうだ。獣の遠吠えは聞こえるわ小動物の赤い目がそこらにあるわで結構怖かったらしい。


 焚火の明かりは普通よりも明るく見え、パチパチと爆ぜる音は安心感を与える。木と土と煙の匂いとりーん、りーんと鳴く虫の音が、ここがいつもの自分の部屋ではなく、大自然のど真ん中の、キャンプ地だということを実感させる。


 森の闇はどこまでも深く、冗談抜きに明かりが一切ない。瞼を閉じていても開いていても変わりがないほどの暗さなのだ。


 代わりに、木々が開けているこの広場では満天の星空が見える。焚火と相まって、この場だけがうっすらと明るかった。


「じゃ、何人か不寝番(ねずのばん)を決めるよ。できれば男連中が率先してやってくれるとうれしい。前、中、後の三交代制だ。中が一番つらいだろうから体力あるやつがやってくれ」


 やはりというか、見張りは立てる必要があるらしい。この焚火を消したらあたりは真っ暗になるし、いざってときに対処ができない。


 それに、この焚火はテントに囲まれた真ん中にあるからとても安心感がある。そういった意味でも不寝番は必要なものだった。


「おう、じゃ、俺らがやろう」


「俺もだいぶ余裕あるからいいぜ!」


「どのみちこんな早い時間には眠れないしな」


「オレもともと早起きなタイプだし?」


 男子が率先して手を挙げてくれた。おじいちゃんがにこにこと笑って分担を決める。


 華苗もちょっと疲れていたのでこれは結構ありがたい。さすがに毎日頼むわけにはいかないので、一回くらいは立候補しようと決めた。


「それじゃ、おやすみなさい」


「…おやすみ」


「おやすみなさい。いい夢を」


「うーぃ」


 楠や柊、秋山なんかにおやすみなさいを言ってから華苗はよっちゃんたちと一緒にテントの中へ入る。中は思った以上に広々としていて、皆の荷物を片隅に寄せてなお、全員がゆったりと眠れるだけのスペースがあった。


「おっきいねぇ……」


「敦美さんが言ってたんだけどさ、たとえば五人家族で五人用のテント使うとまず間違いなくぎゅうぎゅうでまともに眠れないんだって。じいちゃん、十八人用の特大テントって言ってたし、それを見越してこんなに大きいのにしたんだと思う」


 このキャンプの参加者は五十人くらいだ。単純計算で女子は二十五人。二十五人で十八人用のテントを二張り使うのだから、余裕があるのもうなずける。


「シャワーがないのはちょっときついよね……。キャンプってシャワーとかはないものなの?」


「私、小さいころキャンプしたことあるけど、ホント小っちゃいころだったし一泊だったから浴びなかったな。……それより私の服、ちょっと煙臭くない?」


「あたし消臭スプレー持ってきたけど使う?」


「使う」


 誰かの持っていた懐中電灯だけが明かりのたよりだ。発した言葉は闇の中へとすうっと吸い込まれていき、どこかさみしい感じもする。


 テントの隅には毛布やら寝袋なんかがまとめておいてある。なにやらマットのようなものもあると思ったら、それを敷いた上で寝袋は使うらしい。毛布は寝袋が合わない人のためのようだ。


 華苗は汗だけ拭い、ぱぱっと下着を変えてジャージ姿になる。テントの中で眠るなんてなんだかわくわくが止まらないが、今日はひどく疲れた。みんなで仲良くお話ししようとも思っていたのだが、今日はもうそんな元気はない。みんなも同じようで、どこか疲れた顔をしている。


「華苗おねーちゃん、お隣いいですか?」


「いいよいいよ、おいで」


 パジャマに着替えたシャリィがさみしそうに華苗のジャージの裾を引っ張ってきた。拒む理由はないので、華苗は素直にシャリィをない胸へと招き入れる。


「すみません、あたし、どうも一人で寝るのとか暗いのとかがダメでして。お兄ちゃんのテントに入ろうとしたら追い出されちゃいました」


「あー、まぁ、そりゃねぇ……」


「いつもはちっちゃい電気点けますし、お兄ちゃんと同じお布団だからいいんですけど、どうにも怖くて」


「……あたし今、聞いちゃいけないこと聞いた気がする」


「十歳なら割と普通じゃない? それに一人暮らしだったらしいし、お部屋もあんまり大きくないんでしょ。兄妹仲がいいならオッケーだって」


「あたしは母さんの布団に潜り込むことはあっても、兄貴の布団に潜り込んだことなんて本当に小さいころくらいしかなかったかな。兄貴寝相悪くて歯ぎしりするし。史香のとこはそうだったの?」


「いや、うちにはナマイキな弟しかいない」


 華苗とよっちゃんで抱き挟むようにシャリィを真ん中に入れる。清水は華苗たちの上のほうだ。頭が華苗、足がよっちゃんのほうにある。


「それじゃ、そろそろ寝ようか」


「そだね、おやすみ」


「おやすみー」





 その言葉を最後に誰かが明かりを消した。


 少しの間はひそひそ話が続いていたが、やがてそれも聞こえなくなりすぅ、すぅといった寝息がテントに響くこととなる。もし明かりがついていたのなら、彼女たちの幸せそうな寝顔を見ることが出来ただろう。


 虫の音と梟の鳴き声と、時たま聞こえる獣の遠吠え。土と木の匂いが辺りにひしめき、たまに焚火の匂いがする。パチパチという木の爆ぜる音が森の闇へとどこまでも吸い込まれてゆく。


 誰かがかつんと薪を焚火に放り込んだ。空にはきれいな星がたくさん輝いている。








こうして、キャンプ一日目は終わりを告げた。





20140301 誤字修正

20150912 文法、形式を含めた改稿。誤字修正。

20160505 誤字修正


中学時代の調理実習で魚触れないで騒いでいる女子がいた。

順番つかえて面倒だったからとってやったら、十五秒だけヒーローになれた。


どっかの石切り場? だかでは体験学習的なあれでその場で石窯を作ってピザが作れるって話を聞いた。


サバイバル関連の本を読んでいたら周りから若干ひかれた。

おまえは何を目指しているんだって。

でも、ああいう本って読んでて結構楽しい。


キャンプの時の夜のテント、わくわくが止まらないね。

あの独特な感じがすっごくすき。


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