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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
39/129

38 園島西高校サバイバルキャンプ・1

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。


……作中はまだ夏だよ!

                園島西高校

             夏季サバイバルキャンプ


  

             ~キャンプのしおり~





1.キャンプについて


 本キャンプは大自然を通して生きるために必要な技術・知識を習得し、それらの経験を今後の生活に活かせるようにすることを目的とする。また、集団生活を通して友情を培い親睦を深め、交流の中で他人を理解しながら自分を見つめ、新たな自分への一歩を踏み出す機会をつかむことを意図するものである。


2.概略


【期間】


四泊四日(移動中車内で一泊。実質的な三泊四日)


【場所】


とある自然豊かな森(機密事項のため詳しい場所は伏せる)


【内容】


・前日


12:00~ 荷物積み込み開始


20:15  積み込み終了


20:30  園島西高校正門に集合


21:00  出発



 正午から園島西高校校庭脇裏門にてバスへの荷物の積み込みを開始。持っていくものが多いものは早めに来て準備をすること。なお、キャンプで直接必要になるものは現地に用意されている。また、クーラーボックスの類もあるのでそれらは持ち込む必要はない。出発は夜になるので荷物だけ先に載せておいてもよい。各自出発前には必ずトイレを済ませておくこと。



・初日~


06:00  現地到着


06:30  キャンプ予定地到着


07:00  トイレ確認および休憩


07:15  組合代表挨拶(簡単な顔合わせ、および注意事項)


07:30~ 自由行動



 現地到着は六時とあるが実際はもっと早い段階で到着する。トイレのある場所までそこから十五分ほどかかるため、場合によっては予定を早めて行動する可能性があることを頭の隅に入れておくこと。組合代表の挨拶が終わった後は自由行動となるが、実際はテントを張る作業がある。



・四日目(最終日)


~14:00 撤収準備完了


 14:30 バス駐車位置に到着、出発


 17:30 園島西高校着



 午後二時までにトイレも含めて撤収作業を完了させる。帰りは三時間ほどかかるがトイレ休憩は挟まない予定である。往路と復路で移動時間が異なるのは諸々の都合のためなので深く考えないように。



【携行品】


・動きやすく丈夫な服(長袖・長ズボンは必ず持ってくる。ジャージがあると便利)

・下着類

・履きなれた丈夫な靴(ハイヒール等は適さない)

・汗拭きタオル

・雨具(雨合羽は必ず持ってくること)

・防寒具(夏とはいえ朝晩は冷えます)

・寝間着(暖かく動きやすいもの。ジャージがあると便利)

・常備薬

・帽子

・洗面用具

・水筒(なくても可)

・その他



※備考


 まともな洗面台がないのでコンタクトレンズ着用者は眼鏡をもってくること。電波が届かない場所なので携帯電話やその類は持ってこないことを推奨する。森は朝晩でかなり冷えるので寒さ対策は各自行うこと。毛布も寝袋も用意されているが上着までは用意されていないので注意されたし。また、毎朝お茶を配給するので水筒はあるほうが望ましい。その他キャンプに直接関係のない必要なものは各自でそろえること。ある種の暇つぶしとなるものをもってくるのもおすすめする。



【注意事項】


・起床時と就寝前に点呼をとるのでその時だけは必ず拠点にいること。どうしても外に出たいときは必ず神家に声をかけてからにすること。


・拠点から離れるときは必ず複数で行動すること。トイレに行く時もこの原則は必ず守ること。


・出したゴミはすべて分別して所定のゴミ袋に捨てること。


・毒性のある食べ物もなくはないのでむやみやたらと口に物をいれないこと。明らかに触ってはいけないキノコ等に素手で触らないように。


・森で採集したものは必ず神家に見せること。万が一を考えると識別が必要なので自分たちで判断しないように。


・必要以上に自然を破壊しないこと。環境に優しいキャンプにしましょう。


・トイレはそんなに多くないので早めに行くこと。朝、夜は特に集中すると思われます。


・万が一毒虫や蛇に噛まれたら安静にしながらすぐに拠点に戻ること。神家か組合の人に状況を話し、指示をもらってください。適切な判断ができない者が迂闊に処置をしないように。


・熊などの猛獣に遭遇したらとにかく大声を出して威嚇すること。あの森の熊は格上には手を出しません。また、すぐに組合の人が駆けつけます。

 

・組合の人の仕事の邪魔はしないこと。


・拠点には必ず誰かが残ること(基本的には神家が残ります)。



 その他何かあったら神家まで。今回は付添として松川教頭先生、荒根先生、藤枝先生、深空先生が同行します。













「それじゃかなちゃん、気を付けてね。具合が悪くなったりしたら我慢せずに先生に言うのよ? あと、遠足だからって羽目を外しすぎちゃだめだよ? ええと、それから……」


「わかってるってば!  おかあさんこそ、私がいないからって自堕落な生活しないようにね」


「だいじょうぶ! 久しぶりに二人っきりのらぶらぶ新婚生活するだけだから!

 パパったら、わざわざ有給とってデートしてくれるの! 今度かなちゃんも一緒にデートいこうね!」


 真っ赤な夕日が地平線へと向かっている。カナカナカナと鳴くとヒグラシの声と車のエンジンの音をバックに、華苗は呆れ声を出しつつも後部座席から大きなリュックを取り出した。


 遠足にしか使わない、ぽっけのたくさんついた赤いリュック。パンパン、という程ではないがなかなかに膨れていて、そこそこの重量があることが見て取れる。


 よいしょ、と背中に回すとすこし埃っぽい匂いがした──まぎれもなく遠足のリュックの匂いだ。


 意外にも軽々とそれを担いだ華苗はもう一度美桜のほうへと向き直り、いってきます、と手を振った。美桜はそれを名残惜しそうに見つめながらもいってらっしゃい、と言ってアクセルを踏む。


 おおん、と音を立てて白いワゴン車──華苗の家の自家用車だ──は消えていった。


 はたから見れば子供のようにも見えるが、あれでも美桜は大人なのだ。車の運転だって当然できる。もちろん、座席はめいっぱい前のほうへと寄せており、華苗のお父さんは車に乗るたびに位置を調整しなおしている。


 ついでに、子供が運転していると勘違いされて美桜は何度か職質を食らっている。


 校門をくぐると、赤く照らされた校舎がそこにあった。いつもと全く同じようにそびえているが、今日はそれすらいつもと違うように華苗には感じられた。視界の端には見慣れぬ大きな白いバスがある。


「あ、華苗! こっちこっち!」


「よっちゃん、史香ちゃん!」


 バスのほうまで近づくと少し新鮮な親友たちの姿があった。初めて見る私服の二人に非日常の予感を感じながら華苗は近寄っていく。


 どうやら二人とも大した荷物はないらしく、それぞれ大きめのリュックを背負って積み込み作業を見物していた。


「結構来るのはやいね。いつから居たの?」


「あたしは二十分くらい前?」


「私は部活があったからお昼頃から居たよ」


 たわいもない話をしている間にも見知った顔がぞくぞくと集まってきていた。ほとんどのものはそうたいした荷物は持ってこなかったようだが、中には到底一人で持ちきれないほどの量を持ってきたのもいたらしい。


 最初から見ていた清水によると、敦美さんは教卓二個分ほどはありそうな意味ありげなコンテナを大八車に載せてもってきたそうだ。


「華苗ちゃんとこの楠先輩も、スコップやら鍬やらを載せてたよ?」


「なにやってんだか……」


 なんともいえない情報を聞かされて華苗は思わずつぶやいた。だいたい、そんなものをいったい何に使うというのか。いや、キャンプっぽくはあるのかもしれないが、根本的にどこかずれている気がする。


 この人も大変だったんだろうな──と、華苗は積み込み作業をしているバスの

運転手を見た。


 眼鏡をかけた男──年はだいたい四十後半だろうか。白い半袖ワイシャツ、黒い制服のズボン、そのポケットから覗く白い手袋。ちらりとバスの中に視線を移すとかちっとした帽子が置いてある。


 どこからどうみてもバスの運転手だろう。ただ、悲しいことに──


「……」


 後頭部がいくらか薄くなっていた。汗水たらして働いていたせいだろう、髪がペタッと潰れ、余計にそれを強調してしまっている。


「おや、お嬢さん、荷物があるのならこちらへどうぞ!」


「あ、いえ、私は大丈夫です」


 じろじろ見ていたからだろうか。その男は華苗に気づき、まぶしい笑顔で自分の職務を全うしようとした。華苗はその姿をみてすこし警戒レベルを上げる。


 こういう言い方はなんだが、どこか胡散臭い笑顔だったからだ。雰囲気的にはすごく真面目な人なのに、存在そのものがどこかうさんくさい。ついでにいえば、なんかぼやっとして印象に残らない感じがする。


「センパイ、やっぱりセンパイの笑顔うさんくさいですって」


「そうですかねぇ? ここ最近で一番の笑顔だと思うのですが」


「あ、それは同意します。私もなんだか自然とにやけちゃいますし」


 と、どこからか見知らぬ女の人が出てきた。妙に機嫌の良い、男に比べてかなり若い女だ。


 首には特徴的な黄色いスカーフ。いかにも、といった制服。どこからどうみてもバスガイドであり、ご丁寧に案内旗まで持っている。


 なんとなくだが、こちらはぽあっとしたようなふわふわした印象を受ける。目立ちはするが、存在感がない……とでもいうべきだろうか。


「それはともかくとして、お嬢さんがないのならそろそろ打ち止めでしょう。そちらの準備はどうですか?」


「ばっちりです! 見てください、私のガイドさん制服の着こなし具合を! マニュアルも読み直しましたし、完璧にバスガイドして見せますよ!」


「それは結構。いや、実に愉快ですねぇ! 私のドライビングテクも唸りそうです! わざわざハンドル握って何べんも練習した甲斐があるってもんですよ」


「いまの私ならどこへだってガイドできちゃいます!」


 運転手とバスガイドは嬉しそうにしゃべり始めた。周りも気にせず、まるで子供のようにきゃあきゃあはしゃいでいる。華苗はあまりの光景にあっけにとられ、どういうことだ、と清水を見た。


「この運転手さんたち、なんか変わっててさ。なんだろう……うまく言えないけど、見てて飽きないの」


 いい人たちなんだろうけどね、と言いながらも清水は若干引いている。周りでは面白そうに見物しているのがほとんどだった。言動はちょっとアレだが、その笑顔は見ててスカッとする。


「あとね、この人たち……」


 清水がぴっとバスを指した。華苗の目はつられるようにその先の白い車体を見る。


 五十人は乗れそうな大型のバスだ。お絵かきをするのにこれ以上のキャンパスはなかなか見つけられないだろう。青と黄色のラインの上に、赤い飾り文字で大きくこう書かれていた。



 カミヤ運行 ~安心安全! 別世界への素敵な旅をプレゼント!~



「なにあれ……」


「結構恥ずかしいよね、うん」


 よっちゃんが深くうなずいた。なんというか、ノリについていけない。


 そもそも、あんな文句が書かれているバスなんて華苗は見たことがない。ああいうのは車体に直接書くものではないような気がする。


 と、いうか──


「カミヤ運行って、まさか……」


「よくぞお聞きになりました!」


 カミヤ、の言葉に反応した運転手とバスガイドがずずい、と華苗の前に来た。ひっ、と息を漏らし華苗は一歩下がる。


わたくし、神様の屋台と書きまして神屋かみやと申します」


「私、神様の野原と書いて神野かみやって言います!」


「……恥ずかしいが、私のぶ……知人さ。例の場所を管轄している奴だよ。一応、このイベントの立役者だ。こいつが私らのために場所を提供し、バスや用具も用意してくれたんだ。爪の先程度の大きさでいいから感謝してやってくれ」


「おじいちゃん」


 いつのまにやらおじいちゃんが疲れた顔で華苗の隣に立っていた。相も変わらず、紺色の作務衣が夕焼けに映えている。


 近くには楠たちもいる。集合時間にはまだ早いが、どうやら全員集まっていたらしい。興味深そうに運転手とバスガイド、そしておじいちゃんを見ていた。


「いえいえ、むしろ感謝するのはこちらのほうです。それに、私があなたの頼みを断れるはずがないじゃあないですか。お金だってタダでもお釣りがくるくらいでしたのに」


 ちなみに、運転手のうさんくさい眼鏡の中年男が神屋、バスガイドの比較的若いぽあっとしたふわふわした感じの女が神野だ。


「そういえば、おじいちゃんも神家かみやでしたよね。なにか関係があるんですか?」


「いーや、全く関係ないさね。本当にただの偶然苗字が被っただけの知人さ」


「ひどいですねぇ、知人だなんて。せめて友人にしてくださいよ。私とあなたの仲じゃあないですか。一緒にたくさんの修羅場をくぐってきたじゃあないですか」


「そうですよ、かちょー。知人だなんてひどすぎます!」


「かちょー?」


「……アダナさ、こいつらからの。……ここではその名で呼ばないように。思い出したくないモン思い出しちまう。誰のおかげでここにいられると思っているのかねェ?」


「すみませんごめんなさいゆるしてください」


「まぁまぁ。ところで、白髪増えました?」


「おまえらが来てから増えたろうよ……。そういうお前もずいぶん後退したねェ」


「なんですと?」


 疲れたように眉間をぐりぐりするおじいちゃん。華苗はこんなおじいちゃんを見たことがない。本当に心底疲れたような表情をしてぐったりとしていた。バスのコンビに突っ込みを入れ、いや、正確には振り回されている感じがする。


「じいさんがこんな風になってるの、僕初めて見たよ……」


「レアってレベルじゃねェよなァ」


「二年とちょっと一緒にいるけど、うろたえることがなかったよな。もしかして、これが最初で最後なんじゃね?」


「…そもそも、いったいどういう関係なんだ?」


 そう、それだ。いくらおじいちゃんっぽい見た目と中身をしているとはいえ、おじいちゃんは十八歳のはずなのだ。なぜ年上の人間とこうも親しげに、というか上から話しているのだろう。そしてどういった経緯でこの二人と知り合ったのだろう。相変わらずよくわからない人脈である。


 それに偶然苗字が一致するなんてあり得るのだろうか。たしかに字は違うけれど、そもそも『カミヤ』という名前自体がそこそこ珍しい。絶対何かあると華苗は思った。


 ……もちろん、思うだけでそれがなんなのかはわからない。


「さ、みんなトイレはいったかね? もう全員準備できてるなら、予定を早めて出発するよ」


 おじいちゃんが何かから逃げるようにして呼びかける。ところが残念ながら、生徒の準備はできていても先生方の準備ができていなかった。


 結局、先生方の仕事が終わるまでおじいちゃんとバスコンビの二人の漫才は続くことになった。










『目的地である森ぃ、通称「いつもの森」ではぁ~』


 あれからしばらくして、予定通りの時間にバスは出発した。荷物も全員がちゃんと持ち込み、欠席した人間は一人もいない。


 印象的だったのは、華苗たち生徒はみんなリュックを持ってきたのに対し、ゆきちゃんと深空先生は小型のスーツケースを持ってきたことだ。なんだか決定的な差を見せつけられた気がして、少し悔しくなると同時に憧れのような気持ちもわいてくる。


 ちなみに、荒根と教頭はボストンバッグだった。二人とも妙に使い古されていたのが、華苗には少し気にかかった。


 バスの内装は質素ながらも物がいいらしく、機能的ですっきりとしたデザインになっていた。通路を挟んで左右に二人、所謂遠足用のバスと造りは同じだ。


 ただ、うまく説明できないが普通のものよりも上質だということがわかる。なんとなくだが、バス全体が普通のよりも大きい気がするのだ。


 なお、エアコンもマイクもビデオも、さらにはカラオケ機能もついているらしい。座席のポケットのところにはエチケット袋もしっかり備わっている。なんだかんだで、華苗はこれのお世話になったことはない。


『自然が豊かでぇ~空気も澄んでいてぇ~』


 バスガイドの神野さんがマイクをもって目的地の説明をする。時刻は午後九時半頃だろうか。日は完全に落ちていて、バスの窓から外を見ると車のヘッドライトと街灯がちらついているのがわかる。夜ではあるが、健全な高校生にとってはまだ早い時間だ。


『様々な生物が生息しています~。ここらではみかけないレアモノも、運がよかったら見ることができるかもしれませんね~』


 華苗はゆったりとバスの椅子に身を沈めた。とても千円だけしか払っていないとは思えないくらいバスの椅子はふかふかで、ちっとも振動を感じないし、車特有の気持ち悪い感じもしない。五十人近く乗っているはずなのに席の一つ一つがゆったりしている。


『お水はきれいで、土もよくて、その地域で取れる果物はとってもおいしいと現地では有名なのです~』


 なんというか、こういうバスに乗ると気分がどことなく高揚する。こう、遠足するぞっという気分になるのだ。隣に座っているよっちゃんをみると、やはりうきうきした表情をしていた。


「…八島、椅子少し倒していいか?」


「どうぞどうぞ」


 楠にとってはちょっと狭かったのだろうか。それとも眠るのに最適なポジションを探していたのだろうか。ともかく、華苗はその要請に素直に応じることにする。幸か不幸か、自分はあまりスペースをとらないことをよく理解していたのだ。


「なんかわくわくするね、こういうのっ!」


 そうだね、と後ろの席に座っている清水に声をかける。みんながやがやしているせいで少し声が大きくなってしまった。やっぱりみんな興奮しているのか、車内は少しうるさい。


『高校生は元気いっぱいですねー! じゃ、解説はここまでにして、お楽しみタイムはじめちゃいましょうか!』


「「うぇぇぇぇい!」」


『まずは……お姉さんへの質問タイムにでもします?』


「はいはーい! おねーさんいくつですかー?」


 さっそく誰かが食付いた。女性に年齢を聞くのはご法度だと思うがそこは男子高校生。合法的に聞けるのなら、聞かなくてはならない生態をしているのだ。


『むー……。まだまだほんの……あれ? センパイ、私いくつでしたっけ?』


「さぁ、私の半分にちょっと届かないくらいじゃありませんでした? 正直、もうそんなの気にする年でもないでしょう?」


『……あーえー、永遠のピチピチ二十歳でーすっ♪』


「「ふぉぉぉぉ!」」


「ずいぶんサバ読みましたねぇ。有効数字の概念はどこいったんでしょう」


 高速道路に入ったのだろうか。振動がさらに少なくなり周期的にがたん、がたんと車体が弾む。


 ちらっとカーテンを開けて窓の外を見れば、ピストルから発射されるようにオレンジ色の街灯が後方へと去っていくのが見える。


 窓に映った反対側の席では佐藤がシャリィに毛布を掛けてやっていた。まだまだ眠るかんじではなかったが、エアコンで体を冷やさないためだろう。


「目的地ってどこにあるんですかー?」


『秘密です♪』


「なぁ柊。ずっと起きてたら目的地わかるんじゃね?」


「やってみる? 応援だけはしておくよ」


「田所、アンタ道とかわかるの?」


「高速入ったから標識の一つや二つあるだろ」


「ね、華苗も起きて探ってみない~?」


「ど、努力はしてみる」


 いくら行先不明のバスとはいえ、誰かがずっと起きていればわかることだろう。華苗が頑張らなくても、きっと一人くらいは起きて場所を確かめるやつがいるに違いない。それに、一晩中起きてなくても着く直前に起きていればいいのだ。試してみてもいいかもしれない。


「おじーちゃんとはどういう関係ですかー!?」


『内緒です♪ 忍さんに直接聞いてください』


 おしゃべりに興じている者もいればトランプで遊んでいる者もいる。遠足で一番楽しい時間はバス移動の時だ、と主張する者がいるのもわからなくはない。いつもと同じ行動をしていても、こうやってバスの中にいるというだけでなんだかとても特別な感じがするのだ。


「お仕事は大変ですかー?」


『ええそりゃもう……実はこの仕事、バスガイドは通常業務じゃないんですよ。通常業務はそれはもう大変で……。正直、これは私にとっても休暇のようなものなので、この機会を与えてくださったみなさんと忍さんには感謝しきれないほど感謝しています!』


「そりゃあのクソ面倒くさい業務に比べればなんだってかわいく見えますよ。徹夜の運転なんて楽勝過ぎてあくびが出ますねぇ」


「彼氏いますかー?」


『……わ、私が悪いんじゃなくて業務が多すぎてですね。出会いのないギスギスした職場だし、たった一人の例外を除いて上司の性格は最悪だし、もうしばらく休暇すらないんですよ!? 決して、私が悪いんじゃないんですからね!?』


「なんだろう、先生、あのバスガイドさんにすごくシンパシーを感じる」


『そうですよね? わかってくれますよね?』


「もちろん! できれば騎士様みたいな人がいいのに現れないんだよなぁ……」


「努力をしないユキが言っても……」


「何か言ったか、優花?」




 そんなかんじで夜は更けていった。当然時間が経つにつれて、少しずつ車内も静かになっていく。一人、また一人と眠りにおち、喧噪の代わりにかすかな寝息が響くようになる。


 意外なことに一番最初に眠りについたのは敦美さんだったらしい。サバイバルには体力の確保が重要とのことだった。


「……」


 くかー、と幸せそうな寝顔を見せるよっちゃん。華苗はその寝顔を見てふ、と笑いをこぼした。


 やっぱり興奮して眠れない。なんかこう、みんな寝てて自分だけ起きているというシチュエーションがいいかんじだ。


「華苗おねーちゃん、早めに寝ないと明日がきついですよ?」


 通路を挟んで反対側にいるシャリィがうっすらと目を開けていた。どうやら起こしてしまったらしい。いや、もしかして起きていたのだろうか。


「なんか、眠れなくて」


 そうですか、とだけ言ってシャリィは再びまどろみの中へと落ちていく。むにゃむにゃと柊が寝言を言っているのが聞こえた。「熊を食べると毛深くなるよ……」とのことである。


 寝言というのはたいていわけのわからない言葉であるが、それを発したのが柊であることがどこかおかしく、華苗はくすりと笑う。


 そろそろ寝ないといけないだろう。目的地を探りたいとも思うが、なんとなく寝てしまったほうがいいような気もする。


 たん、と運転手が缶コーヒーを置く音がした。その音を最後に華苗の意識は途絶える。


 寝息と、寝言と、いびきと、ちょっぴりの歯ぎしり。後に残ったのはそれだけだ。一番大きないびきは教頭のものである。


 結局、目的地に着くまでずっと起きていた人間は誰一人としていなかった。













 そして、翌朝。


 カーテンの隙間から入ってくる優しい日差しで華苗は目覚める。まだぼやっとして思考に霞がかかっているが、それでもなんとかここが自分の部屋でないことを認識し、そしてバスの中だということを思い出す。


 隣にいるのは相変わらず幸せそうな寝顔をしたよっちゃん。寝ぼけた頭で華苗はその頬を指でつつく。ほとんど本能的な行動だ。


 すっごくぷにっとした感覚が指先から伝わり、少しだけ意識がクリアになる。んぅ、とよっちゃんの口から空気が漏れた。


 あたりを見回す。おじいちゃんはもう起きていて、毛布が外れかけているのを直して回っていた。前の席のごそごそとした気配から楠が起きているのもわかる。


 華苗はすっと立ち上がって前の席を覗き込んだ。寝起きで──いや、いつも通りの仏頂面した楠と目が合う。


 昨日は何とも思わなかったが、オーバーオールでも学ランでもない、私服の楠を見るのはこれが初めてだ。ポケットのいっぱいついたいかにもアウトドア! な服を着ている。


 意外とTPOはわきまえるらしい。学生よりもただのおっさんに見えなくもないのは今更な話だろう。


「……おはようございます?」


「…おはよう」


 隣にいる秋山はまだ寝ている。口を大きく開いて、よっちゃんと同じく幸せそうな寝顔をしていた。三年の先輩とはいえ、こうしてみると非常に子供っぽく見えるから不思議なものだ。


「…ついたみたいだな」


「ですね」


 目で見なくても、肌で感じる。新しい場所へ来た時の独特の高揚感。このカーテンをぺろりとめくれば、それはそこに広がっているのだ。


 しゃっと音を立ててカーテンを開ける。その音でよっちゃんと清水が目を覚ました。目をこすり、寝ぼけた顔であたりを見回し、そして瞳に光が入る。物理的にも、比喩的な意味でも、だ。


「華苗、まぶしい……」


「そりゃ、朝だもん」


 窓から見えるは、背の高めの木々。濃いめの緑がどことなく気分をすっきりさせる。人工物なんてどこにもない、純度百パーセントの大自然。まさに典型的な──ステレオタイプな森だった。


 不思議なことに、車道すら見受けられない。べたっと窓に顔をくっつけてよく見ると、このバスは平らなだけの車道でも駐車場でもない、大地の上に停まっている。ここはきっと森の入り口なのだろう。


 さすがは秘密の環境保全区域。なんかスケールが違う。まるで本当に別世界に来たかのように人工的なものが何もない。


 いったいいつの間に、どうやってここまで来たのだろう。華苗の寝ている間になにかあったのだけは間違いない。


「華苗ちゃん、換気したいから窓を開けてくれんかね?」


 おじいちゃんに言われ、華苗は窓を開けた。ちょっと硬めの窓だったので少し手が痛くなる。


 が、次の瞬間にはそれを忘れてしまうような衝撃が走った。


「うわぁ……!」


 ぴちち、とかわいらしい小鳥の鳴き声が森に木霊している。緑と、土と、自然な空気の香り。涼しげな風が頬を撫で、完全に眠気が飛ぶ。


 華苗は思わず窓から身を乗り出して、空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 おいしい、という言葉は間違っている。きれい、なんてものじゃない。これは、空気じゃない。


 空気なんかよりもっともっとすばらしい、何か別のものが華苗の肺を満たした。


 健やかとはこういうことをいうのだろう。混じりっけのないそれはどこまでも清らかで、華苗は今自分が日本にいるのだとはとても信じることができなかった。


 ここはきっと、アマゾンかなにか、ともかくジャングルの奥地かアフリカの秘境とかに違いない。少なくとも学校からバスで一晩で行ける範囲内に、これだけの自然があるとは思えなかったのだ。


 このような自然、日本に何か所あるだろう。世界中を探したって見つからないかもしれない。


「さぁさ、みんな、起きないかね」


『おはようございますー、朝ですよー。とってもよく晴れていて、キャンプ日和です!』


 ぱんぱんと手を鳴らしておじいちゃんが声をかける。起きたものはみな外をみて感嘆の声を上げ、そして空気を吸い込んでそれそのものに衝撃を受けた。


 それもそうだろう、こんな大自然なんて華苗だって生まれて初めてだ。佐藤なんて、『本当に来ちゃった……』なんていっている。


 バスの中に素晴らしい風が吹き込み、車内が活力でみなぎった。誰もが速く外に出て土を踏みしめたいと願っている。


 伸びをするもの、リュックの中身を整理するもの──やっていることはみんな違うが、思っていることはみんな同じなのだ。


 なにか素晴らしい出来事が始まったのを華苗は肌で感じた。





 園島西高校夏季サバイバルキャンプが始まった。






20140103 修正

20160505 文法、形式を含めた改稿。

20180425 誤字修正



最初の部分、パソコンのブラウザで見るといい感じにしおりっぽくなるんだけど、スマホとかだとどうしようもない……。どうしよ?


よーやくここまで来たー。

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