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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
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37 夏休み直前部活動会議、あるいはある出来事の始まり

「えっと、麦っていうのはとにかく水分や湿気が天敵なの。この麦もある程度穂の中の水分がなくなってきてから刈り取っているんだけど、それでもまだ水分が多いんだって。粉にする時、水分が多いと質が悪くなるからこうして干すんだけど、雨に当たると台無しだから気をつけないといけないんだ」


 青い空。黄金色の壁。豊かな草の匂いの満ちるその空間に華苗はいる。爽やかな風が頬を撫で、まだ幾分かやわらかい日差しが華苗の顔を照らした。


 周りを見渡すと忙しそうに作業をしているジャージ姿の人間が何人か確認できる。今、自分の目の間にいる自分はオーバーオールだった。


 特にそれに違和を感じることもなく、華苗は目の前でしゃべっている自分の顔をよく見てみる。毎朝洗面所の鏡で見るものとはいえ、やっぱりいくらか印象が違う。自分で言うのもなんだが、まさかここまで活発そうな顔立ちになっているとは予想外だった。たぶん、園芸部の仕事ですこし日に焼けたためだろう。


 まるで夢の中を歩くかのように華苗はその場を離れた。足取りはどこかふわふわしている。でも、そんなのちっとも気にならない。


 ひょこひょこと周りの人の作業を覗き込むも、みんなそんなのお構いなしに作業をしている。嬉しそうに、笑いながら輝く汗を流していた。


 と、そこで風景が切り替わる。高い位置にあった太陽がだいぶ低い位置に移っていた。夕方なのかと思ったが、その場の空気でそうではないと感じる。これは……朝だ。


 草津と男子生徒──あれは書道部長だったか──が黄金の壁を威嚇するようにして突っ立っている案山子と対峙している。離れている華苗からでもわかるくらい濃密な、邪な気配。小さな子供がこの場にいたのなら、きっと泣き出していたことだろう。


「覚悟、できてるー?」


「やっぱ、やらないとダメかぁ」


 じり、じりと案山子に詰め寄った二人は飛び掛かるようにしてそいつの顔を剥いだ。その瞬間にその場を支配していた何かが霧散する。二人とも、ほっとするような表情を浮かべていた。


「じいちゃー、紙と筆あるー?」


「あ、墨汁もあるといいんですけど……」


「はいな。縁側から入って最初の部屋の棚に文房四宝はそろってるさね。……剥いだの、まだ使うから捨てないようにね」


 気づけば華苗のすぐ後ろにおじいちゃんがいた。にこやかに二人にそう答えると、ゆっくりとした足取りで苦戦している人たちのサポートへと入る。


 草津と書道部長は縁側で和紙になにやら書き始めた。『へ』と『の』を書いたあたりで華苗にもそれがなんだかわかる。


 紛うことなき──『へのへのもへじ』だ。書道部長はそれに加え、変なお坊さんのようなものも書き足している。


 やがて満足したのだろうか、二人はそれは案山子の顔に張り付けた。何の変哲もない、けれど暖かみのある表情をした案山子が作業をする生徒たちを優しく見つめていた。






「──はっ」


「はーい、これにて映画研究部の部活発表、『園島西高校の楽しい麦収穫』を終わりにしまーす! いやぁ、どうよ、結構よくできてるだろ?」


 気づけば華苗は大会議室の中にいた。近くには楠や青梅たちがいる。みんな、長い夢から覚めたかのようにぼうっとした表情をしていた。


 ゆきちゃんなんて口が半開きになっている。うら若き(?)乙女として、それはどうなのかと華苗はぼんやりと思う。


「ドキュメンタリーのつもりで撮ったんだけどさ、見返したら全然それっぽくねえの。だから堅くせずにコメディチックに編集してみたんだ。臨場感や迫力もあるし、学校紹介だからむしろこっちのほうがウケはよさそうだろ? あ、もう一回聞いとくけどやっぱ顔出しやめてって人いる? いなけりゃこれで完成ってことで」


 誰も声を出さないことを芹口は了承と受け取ったのだろう。いまだぼーっとしている教頭にぺこりと頭を下げると足取り軽く席へと戻る。


 そう、華苗は今、夏休み直前の部活動会議に参加している。毎年夏休み前最後の日に集まって夏休み中の連絡をするのだそうだ。


 今回は部活発表は強制でないので準備していない部活も多いが、映画研究部はちょうど学校紹介用の映像ができたということで発表したのだ。


 もちろん、園芸部や調理部、お菓子部は発表している。その証拠にみんなの机の上にはこの麦収穫で採れた小麦を使ったサンドイッチと、園芸部の桃をたっぷり使った桃タルトがある。


「…相変わらずすごい迫力だな。完全に引き込まれた。まるでその場にいるかのようだった」


「迫力ってレベルじゃないでしょう……。匂いも、風も、日差しも感じましたよ」


 入学したばかりのころならともかく、今の華苗はこれくらいで取り乱したりしない。まるで、というか本当にあの出来事を追体験していたが、たぶん映画研究部だからできたんだろう。


 どうせこの学校の部活動は全部いろいろとオカシイのだ。いちいち騒いでいたら身が持たないことくらい、すでに十分に華苗は学んでいた。


「は、はは……八島さんたち、あんなことしてたのか。いいなぁ」


「そういやあんときおまえ、用事で来られなかったんだっけか」


 田所と柊が話している。どうやら柊も部長候補だったらしい。


 まぁ、柊の性格から考えれば不思議なことではないだろう。クラスでまとめ役なのだから、部活でもそうなるのは当然だ。ついでにいえば、清水やよっちゃんも今回はこの場に参加している。


 部長という肩書は園島西高校において、そんなに重要視されていない。ほかの学校なら受験でちょっと有利になったりすることもある。が、本来部長という仕事はそういうことのために行うものでない。あくまでみんなをまとめ、代表として動く人間なのだ。


 だから資質さえあれば──周りとうまくやっていけるのであれば──一年生で部長になることだって珍しくはない。この高校の常識は一般の高校の常識とはだいぶかけ離れているのだ。そして、生徒もそれをきちんと理解し受け入れている。


 さて、それはともかくこれで部活発表は終わりだ。このあとはフリートークを残すだけである。それさえ終われば、みんなのお待ちかね、夏休みだ。自然と華苗の鼓動も早くなる。高校生なら誰だってそうだろう。


 と、思っていたのだが、我らが園芸部の顧問、深空先生が中央に出て話し出す。


「フリートークの前に、保健室から熱中症対策のお知らせするわね。これから夏休みで部活の時間がもっと増えるだろうけど、水分補給はこまめにね。今年も蒸し暑いし、外で活動する運動部は特に注意すること。のどが乾いてから飲むんじゃなくて、乾いてなくても定期的に少しずつ飲むように。室内の文化部も油断はしないようにね。最近は室内で熱中症にかかるケースも増えているから安心できないわよ」


 まぁ、常識的なことではある。今日も最後のホームルームでそんな内容のプリントが配られたのを華苗は覚えている。最後の確認というやつだろう。この場に運動部長が勢ぞろいしているから都合がいいというわけだ。


 そして前と同じように、誰が言い出したわけでもなくフリートークは始まる。やっぱり騒がしくはないが厳かともいえない独特の空気だ。


 何が起こるのかおっかなびっくりしているよっちゃんたちに、華苗は自慢げにここでのルールを話す。こういうところぐらいでしか大人ぶれることができないのだ。


「柔道部から文化研究部へ。

 麦挽きの石臼、貸してくれないかぁ? やっぱりあれ、体つくりには最適だと思うんだ。もちろん、挽いた粉は全部処理して渡すからからよぅ」


「はいな。むしろやってもらいたいくらいだよ。量が確保できたら、うどんでも作ってあげようかねェ?」


「お、そいつは楽しみだぁ!」


「演劇部から被服部へ。

 衣装の制作、ちょっとでいいから手伝ってくんない? なーんか、案は固まっているんだけど、どうやって作っていいか見当もつかないんだ、これが」


「あいあい。そいじゃ、代わりと言っちゃなんだけど演劇部の中で数人、ちょっと貸してくれない? 文化祭のファッションショーのモデルが必要でさ。最悪、リハーサルで試しに着てくれるだけでもいいから」


「おけぃ。男? 女?」


「両方。着せ替え人形にするってことだけ伝えておいてくれればいいからさ」


「学校テロ対策部から柔道部へ。

 ここのところ体を動かしていない。複数の対人戦を想定した訓練を行いたい」


「おう、乱取りってことでいいのかぁ?」


「……そうともいう。なるべくいろんな奴と訓練したい」


「陸上部からパソコン部へ。

 ここ三か月の記録が取れたから、データ化してくれませんかね? どうも、ウチにはそういうのに強いのがいなくて……」


「構わん。その程度造作もないさ。ついでだ、個人と全体のデータの比較や傾向、その他諸々グラフ化してわかりやすいように処理しておく」


「あ、ありがとうございます」


「剣道部から文化研究部へ。

 じじ様、私と二刀流で練習試合をしてくれないだろうか。そろそろ新人が慣れてきたから、ここらでこういう戦い方もあると教えてあげたいんだ。生憎、二刀流ができるのは私しかいなくてな」


「はいな。いつでもいいさね。……やるからには本気だよねェ?」


「無論。私はいつだって本気だよ」


「サッカー部から陸上部へ。

 今度、新人同士でかけっこやんね?」


「かけっこですか? なんでまた急に?」


「いやさぁ、こないだ陸上とサッカーはどっちが足が速いんだって話題になって。結構足速いのが入ったからさ、せっかくだし練習がてらにどうかってなったんだ。新人連中の視野を広めたいのもあるし、それに……」


「それに?」


「おもしろそうじゃね!?」


「……っすね」


「美術部からお菓子部へ。

 錦玉羹みたいにまた一緒にお菓子のデザインやんないー? うちので何人か、そういうのにはまっちゃったのがいてさー。よかったらでいいんだけど、そういう系のお菓子作るとき誘ってほしいなー」


「おっけー! 今度、フルッタ・ディ・マルトラーナっての作るからそんとき一緒にやろうよ。 夢一がこないだ作ってたんだけど、まんま芸術作品みたいなやつだから!」


「それは楽しみー」


「超技術部から吹奏楽部へ。

 田所(こいつ)にちょっと楽器教えてくんねェか? できれば笛とかそっち系がいいが、音感鍛えられりゃ何でもいいんだ」


「えっちょっ、部長!?」


「あんだよ?」


「おれ、楽器なんてできないっすよ!」


「だから出来るようにするんだろうが。まァ、あれだ。すぐ慣れる」


「歓迎するよー! フルートとかはちょっと難しいから……オカリナかな? 初心者には結構おすすめなんだよね。扱いも比較的簡単だし、お値段も楽器の中ではかなり安いほうだからね」


「オォ、まさに理想的だな。オレのイメージぴったりだ。オレも今度覚えるかなァ」


「選択肢は端からからないよなそうだよな」


「オカリナで音感鍛えたらハンドフルートを習得してもらうからな。あァ、そいつも終わったら発声もやっておくか。そんときはコーラスか演劇あたりよろしくな。安心しろ、そんときゃオレも一緒にやる」


「ちっくしょぉぉぉぉ!」


「文化研究部……というか僕個人からなんですけど、茶華道部へ。

 本当に、もしよかったら、できたら、余裕があったらでいいので、一日だけでもシャリィ──ウチの女の子に茶華道を体験させて貰えませんか?」


「まぁ、構いませんわ……。女の子、というと麦の時にもいたあの外国人の……?」


「はい。なんか茶華道に憧れを抱いちゃったらしくてどうしてもとぐずるんです。お淑やかになってあの人をびっくりさせるって。嫋やかさを身に着けて今よりいいものを目指していくって」


「まぁ、好きな人がいらっしゃるのですか! ふふ、それはぜひともしっかりお教えしないと……。いいものを目指す、とは?」


「……えー、あー、あの子の……実家? が……喫茶店、的なあれでして」


「それはますます手を抜けなくなりましたね。一日と言わず、事前に連絡さえ貰えればいつでもいいですよ」


「あ、ありがとうございます!」


「……サバイバル部から、全部活へ」


 と、ここでなにやら非常に重苦しい気配をまき散らしてサバイバル部の女部長が立ち上がった。思わず華苗もそちらへと視線を移す。


 どこか不満げな顔をした彼女の名前は笹倉ささくら 敦美あつみ。皆からは上級生下級生に関わらず、なぜか親しみを込めて敦美さんと呼ばれている。


 その敦美さんが見るからにつまらなさそうな顔をして言葉を紡ぐ。この前と同じサバイバルジャケット来ているが、以前とは雰囲気が全然違う。前は活発そうな印象だったのに今はむしろいじけた子供のような顔だった。


「サバイバルしたい」


「はぁ?」


 誰がそういったかはわからない。だが、おそらくみんな心の中でそう言っただろう。


 めぼしい反応が返ってこなかったからか、敦美さんはすぅっと息を吸うと、大きな声で吐き捨てるように──実際、何かをぶちまけるようにして叫んだ。


「サバイバルしたい! サバイバルしたい! サバイバルしたいぃぃぃぃぃ!」


「どうどう、落ち着けって。うっわすっげぇ、暴れ方ゾンビみたい」


「そうだ。冷静さを失うのは学校テロ対策において致命的だぞ」


 皆がぽかんとしている中で付き合いの長い対策三部の二人がなだめにかかる。華苗もまたその様子を他人事のように見つめていた。叫びだす生徒の一人や二人、なんだというのだろうというのが正直な気持ちだ。


 やがて落ち着いたのであろう敦美さんはゆっくりと、いじけるようにして喋りだす。


「あたしの部活、やることない」


「やることない? 君はサバイバル部だろう? こないだだって分厚いレポートを提出してくれたじゃないか」


 教頭が不思議そうに聞き返す。実際、教頭はあれを読み終えるのに少なくない

時間を使ったのだ。おかげで無駄に知識がついてしまっている。あれだけのことをやっているのに、やることがないとは到底信じられなかったのだ。


「来る日も来る日も知識を詰め込みサバイバルに思いを馳せるだけ。やってみたいあんなことやこんなこと。それができずにただ想像するだけで終わらせる。


 買えない玩具の広告を見て溜息をつく子供?

 デパートのレストランの食品模型を見て指を咥える子供?

 ほしいゲームの攻略本を見て我慢する子供?


 そんなものじゃあない。この気持ちは、そんな生半可なものじゃあない」


 熱く語る。簡単に言えば、実践ができなくて不満、ということなのだろう。


 言われてみればほとんどの部活はきちんと実践を行っている。ゾンビ対策部や学校テロ対策部も体を動かしたりものを作ったり、実際に何か動いていたりする。


 でも、サバイバル部はそういった姿を見たことがない。


「学校でサバイバル技術を使えるわけがない! 作ることだってできない! こないだの麦刈りでサバイバルナイフ振るって少しは発散したけど、もう耐えられない!」


「しっかし、そういわれてもどうしようもなくね?」


「方法はある。この学校でサバイバルせずを得ない状況にすればいい。それこそ、どんな手段を用いても」


「そ、それはちょっと困るのだがね」


 敦美さんの目が若干トびかけている。まるで薬の切れたヤク中のような目だ。もちろん、華苗はヤク中の人を見たことはない。


 教頭は怯えたように笑った。ここの生徒たちは、やるといったらやる人間ばかりだ。サバイバルをしなきゃいけない状況だなんて、考えたくもない。


「あれだ、休みの日に遠征行くってのはどうだ? どっかの田舎とかさ」


 誰かが案を出す。華苗も詳しくはないが、そういった田舎でサバゲーというものをする人たちがいると聞いたことはある。つまり、サバイバルに適した場所を

探せば全く問題ないわけだ。


「ここらにそんな場所があるとでも? 帰ってこれる範囲はだいたいもう行った! どこもかしこも車道や自販機が、あげくタバコの吸い殻だってある!

 ……全然大自然なんかじゃなかったっ! あたしがそこでやったのは、サバイバルなんかじゃなくてゴミ拾いのボランティアだったっ!」


「ゴ、ゴミ拾いはいいことだよ、うん。私はそういう生徒がいることを誇りに思うよ」


「誇りじゃ心は癒されぬ。届かぬ月への羨望をただ強くしたのみ」


 教頭が慰めるも、敦美さんには効果がない。叫んだと思ったら、今度は口調がおかしくなってしまっていた。そうとう病んでいる。


「だいたい、サバイバルゲームなんてしている連中もいる。そうじゃない。サバイバルってそういうものじゃない。やつらはそれがわかっていない。せっかくめぼしい大自然を見つけても、大なり小なり、やつらの手が入っている。違うのよ。サバイバルってそういうことじゃないのよぉぉぉ……」


 嗚咽を漏らしながら敦美さんは崩れるように座った。なんだかもう、みんな呆れるを通り越して憐れむような目で敦美さんを見ている。熱心すぎるのも考え物だ。


「ほ、ほらみんな、どこかいい候補地とか出し合おうぜ! こんだけいるんだ、合宿とかでそういう場所使ったことくらいあるだろ?」


 荒根が取り繕ろうようにみんなに声をかける。運動部が練習試合や合宿で行った場所を片っ端からあげるも、敦美さんはそのすべてに行き、挫折していたようだった。


 ゆきちゃんと深空先生が昔旅行に行った場所を挙げたが、今はもうサバイバルには向かない場所になっていると真顔で切り返された。昔はいい場所だったが、その噂が広がりすぎてしまっているのだという。


「もう裏山しかなくね?」


「いや、あそこじゃ無理だろ」


 誰もが諦めかけたその時、今まで黙ってにこにこしていたおじいちゃんがゆっくりと口を開く。自然とみんなの視線がおじいちゃんへと集まった。


「……あるには、あるよ」


「ほんとう!?」


 敦美さんが食付く。おじいちゃんは絶対に嘘は言わないのだ。


「ただし、絶対にほかの人にその事を言いふらさないって約束できるかい? それと、せっかくだから希望者を募ってキャンプをやろうと思うんだ。それでいいなら行きも帰りもバスを出せる。荷物だっていくらでも持ち込んでいい」


「できる! むしろそんないい場所絶対に誰にも教えない!」


 そうかいそうかい、と笑っておじいちゃんは続けた。行きたい奴はいるかね、と会議室を見渡し、何人かがうなずいたのを見て嬉しそうに続ける。


「ぶ……知人が管轄している場所なんだけどね、まぁ、ちょっとわけありの場所だ。大自然でいっぱい……というか大自然しかない。こっちにゃ見ない動植物だってたんとあるさね。かなり特別な、秘密の自然環境保全地域だと思って貰えるとうれしい。携帯電話もインターネットも一切合財使えないとこにある。……簡単にバラしちゃいけないってのはわかるよねェ?」


「もちろん!」


 敦美さんの笑顔がまぶしい。まるでヒマワリのような笑顔だ。もしその笑顔を自然に出せるのだとしたら、敦美さんはどんな男でも落とせるだろう。


「予定地はその中にあるそこそこの規模の森なんだ。当然、そういう場所だから私ら以外の人間はまず見ないことだろう。川には魚が泳ぎ、ここらでは見かけない木の実が成って……。サバイバルでもよし、普通にキャンプするのにももってこいなんだよねェ」


「なにそれ、すっげぇいい場所じゃん! そこで練習とかもできるかんじ?」


「まぁ、基礎体力作りはできるよ。さすがにサッカーコートとかはないけどねェ」


「そんな野暮なものは要求しないって」


 秋山も行く気満々だ。華苗も楽しそうだと思っている。


 どうやらこの場の過半数が行くことを決めたらしい。


 普通にキャンプして、大自然を満喫し、運動部は基礎体力を作る。夏の思い出にぴったりではなかろうか。なんかこう、青春っぽい。


 おまけに話を聞く限りでは普通の人は行けない場所なのだ。人がいないということはのびのびと楽しめるということでもある。自然と華苗もにんまりと笑ってしまった。


「動物はエテコウ、ごろすけ、ウリ坊なんかを見るね」


「……楠先輩、エテコウとごろすけってなんですか?」


「…猿公エテコウはサルだな。ごろすけは昔の言い回しで梟のことらしい。俺もじいさんに教わった」


「あと、熊がでる」


「くまぁ!?」


 きらきらと目を輝かせる敦美さんと裏腹に、行くと決めていたみんなが驚きの声を上げる。どうやら本当に大自然のど真ん中のようだった。


「いいじゃん! すごいサバイバルってかんじ!」


「そうだろう?」


 面白そうにおじいちゃんは笑う。まるで何かを堪えるように。


 おじいちゃんがくっくっく、と声を漏らして笑う姿を華苗は初めて見た。なんだかちょっと、いつもと様子が違う。


「……じいさん、まさかとは思うけど、あそこ?」


「そこ以外にどこかあるのかね?」


 そんなおじいちゃんに、佐藤がおそるおそる声をかけた。そして、その返答を聞いて目つきを険しくする。


 いつもとちがう、少し怖い表情だ。一体どうしたというのだろう。


「本気ですか?」


「私が嘘を言ったことがあるかね?」


「危険すぎます! ケガ人だって出てるじゃないですか!」


「あれが特別だっただけさ。普段はなんともないだろう?」


「でも……。危険であるのは事実です。それに、あんなところでどうやって」


「それをなんとかするのがサバイバルだろう? なに、最低限の用具──天幕や寝袋は向こう側で用意してくれる」


「それでも! 危険ということには変わりないでしょう!?」


「おまえもしつこいねェ……。()がいる限り、何が起こっても何もさせるはずがない(●●●●●●●●●●)んだよ。それに、キャンプ予定地は安全圏内だ。もっと言うなら、シャリィだってよくあそこで遊ぶじゃないか」


「いや、でも、シャリィはあれだし……。僕たちは普通の高校生なんですよ?」


 なにやら佐藤とおじいちゃんが言い争っている。その珍しい姿にみんなが注目をしていた。


 佐藤が怒る姿なんてなかなかレアだ。というか、笑っている姿しか見たことがない。


「…うん?」


 と、ここで楠が何かを思い出したかのように声を上げる。


 楠の低い声はこの会議室によく響いた。おじいちゃんと佐藤も口を止め、楠のほうへと向き直る。いくつもの視線が楠を貫いたが、楠はそんなことお構いなしに話し出す。


「…あそこか? 以前樹を植えた、あの子のゆかりの地とかいう」


「そう、そこだよ。いいところだろう?」


「楠くん、知ってるの?」


「…ええ。一度じいさんと夢一に連れられて行ったことがあるんです。空気も水も、土もきれいなところでした。…あそこなら、別にいいんじゃないか?」


「いや、そうじゃなくて……そこまでどうやって行ったか覚えてる?」


「…はて、どうしたんだっけか? ううむ……」


 首をひねる楠。どうやら忘れてしまったらしい。


「…まぁ、バスが出るなら問題ないだろ?」


「そうなんだけど、そうじゃなくて……! というかバスでいけるのか……?  ともかく! 僕たちだけじゃ危なすぎるって言ってるんです!」


「そうさね。おまえの言いたいことはよぉくわかった。……つまり、私たちだけじゃなければいいってことだ。そうだよねェ?」


 あ、と佐藤が意表を突かれたような表情をした。しまったと顔に書かれている。同時に、おじいちゃんがにたりと勝ち誇ったように唇を釣り上げた。


「じっちゃん、なんか解決策あんの?」


「なに、組合の連中に声をかけるってだけさ。連中はプロだ。一人で何匹も熊や猪共を狩っている。実際、鼻歌歌いながら森を闊歩しているし、連中がいれば雑魚どもは恐れて近寄ってこない。十人と一匹ほどいるからお釣りがくるさね」


「組合って……いや、たしかに和訳すれば組合だけど……」


「何か間違ってるかね? それが連中の本来の仕事だろう? 普段の姿からは想像できんかもしれんが、あれで連中、業界の中でも相当の実力を持ってるさね。新人も潜在能力はかなりのものがある」


 どうやら狩猟組合のようなものがあるらしい。そんなものが必要なほど危険な場所のようだが、おじいちゃんが大丈夫というからには大丈夫なのだろう。話を聞く限りでは腕利きの人達のようだし、人数が多いというのも安心できる。


 ここでふと、華苗はなぜ佐藤が狩猟組合の人間と知り合いなのか不思議に思ったが、きっとおじいちゃんに連れられて知り合ったのだろうとあたりをつけ、話に集中することにした。考えてもしょうがないことは考えないに限る。それよりも、この楽しそうなイベントの詳細が重要なのだ。


「あ、でもその分お金がかかるんじゃない? バス代もあるし、用具の貸し出しもするんでしょ? さすがにあんまり大きい金額は……」


 双葉が現実的な意見を言う。


 これはあくまでみんなで行くというだけのキャンプだ。当然、学校行事ではないのでお金は自分たちで払うことになる。そして華苗たちはいたって普通の高校生。たまのごほうびで五百円のシュークリームを買うのが最高の贅沢だと思える普通の高校生なのだ。教頭たちならばともかく、あまり大きな金額は払えない。


「いや、全部諸々ふくめて……千円でいい。それで受けさせる」


「え、ホントに?」


「友人割引……みたいなものかねェ? そいつにちょっとしたコネと貸しがあってね。というか、バスや用具のほうはもうだいぶ前に手配してあるのさね。あとは夢一が頷けばいいだけさ」


「いやでも、じょ……組合の人たちになんて説明すれば……。それに報酬のことだってあるし」


「そこはおまえの腕の見せ所さ。いつも通りにやればいい。なに、連中なら喜んでやってくれるはずさ。……明後日の午後、全員集まってもらうことになっている。とびっきりのものを用意しておくさね」


「い、いつのまに……」


「昨日、お前がお楽しみだったときに何人か連れて下見と整地をしてねェ。そのときに話を回すように頼んでおいたのさ。……くく、そっちは楽しかったかい? いやぁ、青春だね」


「ぐっ……」


 佐藤がそう言ったきり黙りこむ。なぜだか顔が赤くなっていた。どうして赤くなったのかはわからないが、誰がどう見ても佐藤の負けだった。おじいちゃんの笑みはより一層深くなっている。


「それで、結局どうなの? あたし、サバイバルしていいの?」


「ああ、思う存分するがいい」


「やったぁ! おじい、だいすき!」


 敦美さんがおじいちゃんに抱き着く。異性の、それも年下の後輩に抱き着かれたというのにおじいちゃんは顔色一つ変えることはなく、頭を軽くポンポンと叩いてにっこりと笑った。


 そして、敦美さんを挟んで佐藤に最後通牒を叩きつける。


「今更、私にこの笑顔を壊すような真似をさせないだろうね? なに、大きなケガは絶対に起きないさ。保障する」


「わかりました……。あと万が一のことを考えてシャリィも連れて行きますからね! 事情を知っていて動ける人間がいるのといないのとでは大違いですから。それだけは譲りませんよ!」


「もとよりそのつもりさ。みんなもそれでいいだろう?」


 反対意見なんて出るはずもなかった。そもそも華苗を含めてなぜ佐藤がそんなに必死になっているのか誰も理解していない。


 それに二人暮らしの佐藤が女の子を一人置いていくというのも酷な話だろう。たぶん、言われなくてもみんなその辺に気を使って声をかけたに違いない。


「三日後までに行きたい奴は私へ声をかけてくれ! 出発は一週間後で、予定では三泊四日だ! 参加が決まったやつから詳しいことを話す! それと、くれぐれもこのことはあまり言いふらさないようにね!」

 



 おじいちゃんの宣言を最後に部活動会議はお開きとなった。みんなが夏休みに、そして謎のサバイバルキャンプに思いを馳せている。


 もちろん、華苗も行くつもりだ。こんな楽しそうなイベント、逃すはずがない。


 たぶん華苗の知り合いは皆行くことだろう。三年生にとっては最後の夏休みでもあるのだから。




 華苗はルンルン気分でこれからのことを考える。その姿はまさに青春の一ページといっていいことだろう。


 だが奇しくも、華苗の想像は大きく裏切られることになる。それがいい意味でなのか、悪い意味でなのかは今の華苗にはわからない。



20160410 文法、形式を含めた改稿。


書道部長が書いたのは『へまむし入道』。

最近知らないやつ多いみたいだね。ダチに話したらなにそれって言われた。


さて、共通山場の始まりだ。


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