32 柔道部長とピーマンと
「俺んとこにも、八島と同じくらいの妹がいてなぁ」
そう呟きながら、その男はぶちぶちと草をむしっていた。
楠よりもがっちりとした、大きな大きな体を小さく丸め、どことなく寂しげな表情をして指に絡んだ根を振り払う。
華苗はそれに適当に相槌を打ち、自分も雑草を引っこ抜いた。根元からしっかりと抜けたのを見て、技術の向上を実感する。
「ああ、同じくらいって言っても、身長なんだけどなぁ。この春小学六年生になったんだけどよぅ。誰に影響されたか、最近妙にチャラチャラしててなぁ。そのくせ好き嫌いが激しいもんだから未だにちみっこいままでなぁ」
はぁ、とその男と華苗のため息が重なった。
男はその体格の割には気弱なところがあるらしい。眉はへの字になり、目じりも下げてしょんぼりしている。見ているだけで情けなくなるような表情だ。人間の表情にここまで表現力があるとは華苗は初めて知った。
その大きな逞しい背中からは哀愁が漂っている。華苗もそれに負けないくらい悲しい表情をしている。
“ちみっこい小学六年生”と自分は同じ体格だと言われたのだ。
「ちょっと前まではなにかっちゃお兄ちゃん、お兄ちゃんって言ってたのによぅ。そりゃあ可愛かったんだぞ。それなのに最近はお兄ちゃんのと洗濯物を一緒にするなだとか、部屋に勝手に入るなだとか……」
「いや、部屋に勝手に入っちゃダメでしょう? 六年生っていったらもう立派な女の子ですし」
でもまだ子供なんだぞ、と言ってその男は立ち上がる。ぬっ、としゃがんでいた華苗に大きな影がかぶさった。
横幅も明らかに楠より大きい。腕も足も首も太い。だが、太っているわけではない。全身が筋肉の塊だった。もっとスマートだったら、華苗の好みのどんぴしゃだ。
「こっちのはこのリヤカーに乗せればいいのかぁ?」
「あ、お願いします」
大きな体をゆったりと動かし、収穫していた果物の番重を男は持ち上げた。
その数、いっぱい。華苗には、いや楠ですら一度では持てないような量を軽々と持ち、丁寧にリヤカーに乗せる。
一体何キロ持てるのだろうか。疲れた様子も見せず、その男はどんどん作業を進めていった。
「この前なんてよぅ、あくせ? だかをあいつが床に広げててなぁ。それの片づけそびれたのを俺がうっかり踏んじまったんだが、これが痛いのなんの。おまけに、なぜか俺が全面的に悪いことにされてよぅ」
いつからあんなチャラチャラしたのに興味を持ったんだか、と男は薄汚れた襟元を直し、帯をきゅっと締め直す。ちらりと覗いた胸板はとてもとても厚かった。
男はどうもシスコン、もしくは過保護の気があるらしい。
短く刈られた髪、ごつい腕、広い肩幅。見た目こそ厳ついものだったが、その内面は甘すぎると言えなくもない。
「なんとかならんもんかなぁ」
もう一度帯を──柔道着を正し、男はリヤカーを引き始めた。華苗もそれについていく。行先は保健室と調理室。
ここのところ調理部、お菓子部共に部活を張りきっているため、野菜や果物が不足しがちなのだ。だから、今日は部活の最初に卸しにいくことになっていた。
「反抗期みたいなものなんじゃないですか? そのうちどうにかなりますよ」
「だといいんだがなぁ」
しょんぼりとリヤカーを引く柔道着姿の大男。彼こそが園島西高校柔道部部長の中林 忠彦。今回の部活の手伝い兼依頼者だった。
「おぅい、楠ぃ! 終わったぞぉ!」
「…ありがとうございます」
収穫物を卸し終え、華苗と中林は畑へと戻ってきた。畑では楠がなにやら作業をしている。
中林が楠を訪ねてきたのは今朝の事だったらしい。今日やることを風のうわさで聞きつけた中林は、なんとしてでもそれを譲り受けたかったそうだ。
もちろん、働かざる者食うべからず。手伝わないという選択肢は最初からない。
さて、では今日育てるものは何なのか、なぜ中林はそれを譲り受けたかったのか。
「…今日はピーマンだ」
楠のリヤカーに乗っていたのは小さめのピーマンの苗。可愛らしい緑の葉っぱが数枚付いている。良くも悪くも、普通の苗だ。特に珍しいところもない。
「おぅ、こいつが。うまいやつか?」
「…うまくするんですよ。それにたくさん収穫できないと困りますし」
ピーマンは夏野菜でありこのイライラするほどに暑い今がシーズンである。そこに園芸部にとっておなじみのまごころをめいっぱい加えれば、いつも通りおいしいピーマンがたくさん収穫できるという寸法だ。
そう、この場にあるというだけで、この幼いピーマンの栄光は確定されているのだ。
早速三人は作業に入る。華苗たちがリヤカーで卸しにいっている間に、草むしりをしたところを楠が耕し、畝を作っていてくれた。そこに足を自然に開いたくらいの間隔を開けて苗を植え付けていく。
畝を立てるのが随分早いような気もするが、園芸部なのだから特別不思議なことでもない。
なお、ピーマンは水はけのよく、通気性に富んだ土を好む。そのため畝を高めに立てるとその二つが両立されて育ちやすくなる。
また、ピーマンの種は土の温度がかなり高くなってこないと発芽しない。今回は苗を植えるケースであるため発芽についての心配はいらないが、土中の温度が高いと生育を促進させるので、ポリマルチなどをかけてやるとよく育つとされている。多湿や乾燥も嫌うのでそのあたりも注意すべきだろう。
ぺんぺんとシャベルで土を整え、華苗はぞうさんじょうろで水をやる。中林のような大男がぞうさんじょうろで水をやる様はどこかシュールだった。手が大きいものだからぞうさんが鷲掴みにされているように見えるのだ。
マルチ代わりの麦わらを敷き詰め、ひとまずの作業を終える三人。正直この麦わらにどれほどの効果があるのか華苗にはわからなかったのだが、やっといて損はないだろうと思うことにした。いずれにせよまごころでどうにでもなるのだ。
「支柱は立てます?」
「…もうちょっとしてからだな」
「なんでそんな普通に会話できるかなぁ」
ちょっと目を反らした隙に、ピーマンの苗はぐんぐんと育っていた。緑の葉っぱがわさわさと茂り、力強い輝きを放っている。草の長けに至ってはもう華苗のひざ元くらいまであった。
そこには夏野菜特有の生命力が感じられた。中林がううむ、と首を捻っていたが、そういうもんだと諦めることにしたらしい。
「…支柱を立てる。こんなふうに」
「ただ立てるだけじゃだめなのか」
ピーマンは主枝の他に活きのいい二つのわき芽をメインとして育てる三本立てに仕立てることが多い。この場合、主枝とはまっすぐに伸びる枝、わき芽とは斜めに伸びていく枝の事を指す。
そのためただ普通に支柱を添えただけではうまくその効果を発揮することは難しい。*の形になるように添え、それぞれの枝を誘引してやって初めて効果が出るのだ。
楠は無言で支柱を刺し、オーバーオールのポケットから紐を取り出して元気のよい枝を結び付ける。固すぎず、緩すぎず。慣れれば大したことはないが、意外とこれは難しい作業だ。
華苗も自分のポケットから紐を取り出して中林に渡す。見よう見まねで中林もがんばってはいたが、固く結びすぎていた。これではピーマンによくないので固すぎですよ、と声をかけてそれを外そうとしたのだが、固く結ばれすぎて華苗の力じゃ外すことができなかった。仕方ないので鋏で切る。
「そ、そんなに固かったか?」
「まぁ、武道系の人にとっては緩かったのかもしれませんが……」
「…中林先輩、誘引は俺達がやるのでわき芽摘みをお願いします。結んだやつから下の枝、むしってください」
「いいのかぁ? 結構とることになっちまうぞ?」
「…構いません。むしろ、そうしないと質が悪くなるので」
他の作物と同じように、無駄なものを残したままではできるものの質が悪くなる。成長も遅れてしまうし、やっておくにこしたことはない。ピーマンのわき芽摘みは怠ると害虫発生の要因にもなりかねない。心を鬼にしてばっさりと摘んでしまったほうがいいのだ。
華苗が誘引していったピーマンを中林が追うようにしてわき芽摘みをしていく。適材適所と言うわけではないが、作業効率はずっと良くなった。楠は一人で誘引とわき芽摘み、さらに整枝を行っていたが、それでも華苗と中林と同じスピードを保っていた。
「さすがに器用だなぁ」
「…まぁ、本業ですし」
「中林先輩も柔道はすごいんでしょう? 部長ですし」
「おう! それだけは自慢だ! 熊だって投げて見せるぞ! ……あいつも、ちょっと前まではお兄ちゃんカッコいいって言ってくれたんだよなぁ」
自慢げになったかと思うと、途端にしゅんとする。麦の収穫の時はもっと頼りになりそうな感じがしたが、その面影はほとんどない。現実でこんな妹バカがいるとは華苗も思わなかった。すこしその妹にあってみたい気もする。
「そういえば、なんでピーマンを?」
「いや、あいつはピーマンが嫌いでよぅ。ここのピーマンなら食えるかと思って」
「……それ、下手したら余計嫌われることになりますよ?」
「そうかもしれんが、あの年でピーマンも食えないってのはなぁ。トマトなんかも食べないし、好き嫌いは無くさないと」
好き嫌いを無くすために、中林は自ら汚れ役になるつもりなのだろう。妹思いのいいお兄ちゃんだとは思うが、妹にとってはうざったい以外の何物でもない。例え他のよりも遥かにおいしい園芸部のピーマンだとしても、ピーマンはピーマンだ。味が大きく変わるはずもない。嫌いな人に果たして受け入れられるのだろうか。
「…俺もピーマン嫌いのやつに嫌がら……ピーマンを克服して貰おうと思っている」
「え? 今なんて言いました?」
「…ピーマンを克服してもらおうと思っている」
楠は堂々と言い放った。もちろん、華苗はわかってて聞いている。こいつは、意外と考え方がぶっ飛んでいる。やると決めたことに容赦はしない。
「誰かいましたっけ、ピーマン嫌いなの」
「…夢一だな。あいつは苦いの全般ダメだ。中でもピーマンは絶対に自分の料理に使わん」
「酷い人ですねぇ。親友に嫌いなもの持ってくんですか?」
「…親友だからこそ、だ。…こないだの腹いせもあるし」
「そうだそうだ。相手の事を考えるからこその行動ってものもあるんだぞ」
中林の声に紛れてしまったが、楠が最後にぼそっと何か言ったのだけは聞こえた。同時に、楠がにぃっと悪人面で笑ったのも見てしまう。入学したころの自分だったら、その顔を見ただけで泣いてしまっていたことだろう。
そうこうしていると、やがてぽつぽつと白い花が咲きだしてくる。星のような、先がしゅっとした綺麗な花だ。意外とたくさん咲くようで、緑の中にあっという間に白があふれ出てくる。
「楠先輩、人工受粉とかは?」
「…こいつはいらん。それより収穫の準備をしとけ」
ピーマンの花は雨に当たると落ちやすくなってしまうので本来であるならばなにかしらの雨対策をすることが望ましい。また、実は開花後二~三週間ほどで成る。
言い方を変えると、二~三週間ほど花が落ちないよう努力しなければならないのだ。さらに、栄養状態や周囲の環境、その他の条件によっては実をつけずに終わってしまう花もそれなりの数で出てきてしまう。
「あ、できてきた」
もちろん、一瞬で育つのであれば全く持って問題はない。
ピーマンは熟す前の緑色のものを収穫する。一般的に見かけるピーマンもやはり熟してはいないのだ。
なお、ピーマンは熟すとものにもよるが真っ赤になる。真っ赤になったピーマンは酸味が加わって別種のおいしさがあるらしい。ちなみに黄色や橙を始め紫色や白いピーマンなんてものもある。意外とピーマンはオシャレさんなのだ。
華苗の目の前にあるのは目が痛くなるほどに緑の立派なピーマンだ。華苗の握りこぶしよりも一回り大きく、市販のピーマンよりも遥かに出来がいい。つやっとしたその表面は見ていて引き込まれそうになるほど。滑らかな流線形がなんとも美しい。まさに自然の芸術だ。
「…鋏で蔕を」
「よっしまかせとけ」
楠に言われた通り、華苗は鋏を取り出してピーマンの蔕の上の部分をパチンとやる。途端に手に伝わるずっしりとした重み。思っていたよりもずっと重い。肉厚な証拠だ。
軍手一度はずし、表面を直に撫でてみる。見た目通り、つやっとしたさわり心地だった。ふっくらと張っていて、少し弾力もある。
中林もときおり握りつぶしそうになりながらもピーマンを収穫していく。一個、二個、三個。相変わらず実はたくさんついている。
もともとピーマンはたくさんの実をつける作物であり、ついた実は片っぱしから採っていかないとどんどん株が弱ってしまうため、収穫はスピードが命ともいえる。
収穫の遅れてしまったピーマンは色が黒っぽくなって見た目が悪くなり、実も固くなってあまりおいしくなくなってしまう。そっちのほうが好みの人間もいるかもしれないが、一般的ではないようだ。
持ち出した籠がいっぱいになっても三人は収穫を続ける。
中林は妹にピーマンを克服させるために。
楠は佐藤にピーマンを克服させるために。
華苗はただ単に収穫が楽しかっただけだ。
大きくなったピーマンの株の葉が華苗の腕をくすぐる。ぱちん、とその恵みを切り落とすとゆさゆさとそれは揺れた。なんだかその様子がとっても嬉しくて、つい華苗は笑ってしまう。
収穫はこれだから楽しい。園芸部でよかったと思える瞬間だ。
「なぁ楠」
「…どうしました?」
「これはナマで食えるのか?」
「…サラダで食べたりします」
「じゃあ、いけるか」
中林はなんの躊躇いもなく、収穫したそれを丸かじりした。もっきゅもっきゅと口を動かし、ごくんと飲み込む。ピーマン特有の香りが華苗のほうまで漂ってきた。
「だ、大丈夫なんですか?」
「種は気になるが……うまいピーマンだなぁ」
ぺっと種を出す中林。楠も当たり前のようにピーマンを齧る。さすがに苦すぎるのではないかと思った華苗だったが、どうもそうでもないらしい。楠は満足そうにうなずいていた。
「…八島は食わんのか?」
「わ、私はちゃんと火を通してからにします」
ちなみに、ピーマンは火を通すと幾分か苦みや和らぎ、甘味が強くなる。火を十分に通したピーマンなら苦手な人でもいけるかもしれない。
「生以外での食べ方となるとなにかあるかぁ?」
「…妹さんの好みはわかりませんが、肉詰めにしたりナポリタンにいれたりと言ったところです。どちらも味を濃くすれば、ピーマンの味もそこまでしないかと」
青梅に聞けばもっとたくさん教えてもらえるだろうが、楠がパッと思いつくのはこのくらいしかない。悲しいことに、ピーマンそのものをメインとした料理は少ない。その絶妙な苦さで全体を引き立てることはあっても、それそのものが主役になることはほとんどないのだ。
やがてピーマンの収穫も終わり、中林は袋一杯の野菜やら果物を持って帰って行った。
華苗もいくつかお土産袋に入れた。今度、おかあさんにチャーハンにでもしてもらおうと思ったのだ。
楠も一際大きい袋を用意し、そこにたくさんのピーマンをいれた。佐藤に突きつけるらしい。
「…ピーマン嫌いが治ればいいんだがなぁ」
「佐藤先輩がピーマンダメってなんか意外ですよね。どっちかといえばシャリィちゃんのほうがダメそうなのに」
夕日に輝くピーマンを眺めながらつぶやく。人の好みは数あれど、誰からもまずいと言われる野菜なんて存在しないはずなのだ。世の中にあるおいしい物をおいしいと感じられないのは、ちょっともったいない事だと華苗は思う。
余談だが、後日、中林から妹についての報告が来た。
何でもサラダはダメだったが火を通したのは大丈夫だったらしい。特に肉詰めは好評だったそうだ。
調子に乗って毎晩肉詰めを出すようお願いしたら、妹が三日ほど口を聞いてくれなかったらしい。
なにがいけなかったのかなぁ、と呟く中林に、華苗は何も言うことができなかった。
ちなみに、佐藤のほうは顔をひきつらせながらもそれを受け取ったそうだ。二人で食べきるには明らかに多すぎる量。どうやって消費するのかは誰にもわからない。
20160409 文法、形式を含めた改稿。
ピーマンって意外とカラフル。
小学校で育てたような……?
おいしいものはすっごくおいしいけれど、苦いものはめちゃくちゃ苦い。
生でも食べられるけど、楠先輩たちみたいにまるかじりってやる人いるのかな。
あ、ちょっとしたおしらせを活動報告に書きました。




