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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
30/129

29 ある朝と放課後の風景 ☆

田所モデルのおまえ、写真提供感謝する。

ぶっちゃけこの話は君がいたからできたようなものだ。


 この時期にしては淡い日差しが窓ガラスから入っている。人の気配もほとんどなく、どこからか遠くのほうで誰かの足音が聞こえた。


 ふう、と息を吐いて華苗は階段の最後の一段を登る。入学したころは教科書の入った重いカバンを持ってここまで来るのはかなり大変なことだったのだが、今では息を乱すこともない。ぺたぺたと静かな廊下に響く自分の足音に気をよくしながら華苗は教室に向かう。


 まだまだ八時になったかどうかという時間。どのクラスにももの好きというものはいるもので、通りがかった教室の中にはすでに一人二人生徒がいるものもあった。


 もちろん、華苗は本来そんな“もの好き”に当てはまる人間ではない。時間に余裕があったとしても、家でゆっくりするほうを選ぶ。今日早く来たのはなんのことはない、数えるのに片手で足りるほどに迫ったテストの勉強をするためだ。


 華苗はいつも、試験一週間前は朝早く来て勉強することにしている。なんとなくだが、朝早くに学校に来て勉強すると頭がよくなった気がするからだ。そのままの気分で授業を受けると、いつもより内容が頭に入る気もする。


「一番かな?」


 あと少しで自分の教室につく。話し声なんかは聞こえない。人の気配もないように思える。華苗は朝早い時間の誰もいない教室に入るのが好きだ。あの、普段と違う感じがなんとも言えない。テスト前だけの、ちょっとした楽しみなのだ。


 がらりと音を立てて教室に入る。教卓には、それはもう大きなトランプタワーが立っていた。








「うそぉ」


「嘘じゃねえぞ。あとドアは閉めてくれ。なるべく早く慎重に」


 腕まくりをした田所が華苗と目を合わせずに答える。


 一,二,三……たぶん、十段くらい。


 上のほうは背が届かずうまく安定して立てられなかったのだろう。わざわざ椅子を引っ張り出してきてそこに乗って立てていた。


 このトランプタワー、下手したら華苗の身長より高いかもしれない。


「おはよう、八島さん」


 想定外の出来事に固まっていた華苗を現実に連れ戻したのは男子生徒の声だった。教科書を開いたまま、顔だけこちらを向き、すぐにまた教科書に視線を戻す。


「おはよう、柊くん」


 反射的に華苗は受け答える。


 ひいらぎ 克哉かつや


 華苗のクラスメイトの中でも、けっこうまともな部類に入る男子生徒だ。どことなく委員長っぽい雰囲気を出していて、実際結構落ち着いているし、まとめ役になったりもしている。ゆきちゃんも、柊だけは頼りになるとよくいっていた。


「そうか、八島さんはみるのは初めてか。田所さ、最近この時間はトランプタワーを立てているんだ」


「へぇ」


「……」


 慎重に歩き、華苗は自分の席に荷物を置いた。ちょっとでも振動が起きようものなら、あのトランプタワーは一瞬で崩れ去ってしまいそうだった。


 というか、めちゃくちゃすごい。話なんかでは聞くが、こんなに大きいトランプタワーをナマでみたのは華苗は初めてだ。


「何で立ててるの?」


「超技術部だからだって」


 柊は行儀悪く机に座って教科書をめくっている。ちらちらと田所、正確にはトランプタワーを見ているところをみると気になっているのだろう。というか、気にならないほうがおかしい。


「……」


 瞬きすらせずに田所は机の山札からトランプを取り、わずかに揺れる手でひとつ、またひとつと組み上げていく。その動きに一切の無駄はなく、置いたと思った瞬間にはそれは立っていた。手先の器用さはもちろん、すごい集中力だ。


 なんでその集中力を他のことに使えないのだろうかと華苗は思う。そんな中、柊はおもむろにつぶやく。


「液体」


「臭素と水銀。臭素は赤褐色。刺激臭。反応性は塩素以下ヨウ素以上。酸化作用も同様。水素とは高温で反応。水銀はテスト範囲外」


「うん、完璧だね。もう化学はやんなくていいか」


 柊がぽつりとつぶやいたそれに田所は反応しつらつらと述べた。どうやら、遊びながらもテスト勉強をしているらしい。もちろん、目はトランプタワーに釘つけ、手はトランプを立てようとしている。


 その状態で、そしてあの一言だけで柊の意図を正確に把握したようだった。本当に、なんでそれだけのことができるのにこうも残念なのか。


「毎朝こんなことしてるの?」


「いや、勉強するのはテスト前だけだよ。普段は普通に喋りかけるだけかな」


 柊も田所も朝は早い。毎回彼らが一番だ。そして、田所はわけのわからないことを始める。


 トランプタワーもペンタワーもそれだ。ちょっと前までは左手で黒板に絵画の模写をしていた。ある程度その技術を習得したから次のに入ったらしい。柊は毎朝そんな田所をみて適当に喋りかけるだけだ。


「──来た」


 田所がつぶやく。


「よっし今日こそ──」


「今日もおれが一番だ。あと静かに入ってくれ。戸を閉めるのも忘れずに」


 息を切らした清水が入口に立って呆然としていた。その目はトランプタワーに釘つけになり、そして悔しそうな顔をしている。清水のいつもの赤い髪留めに朝日が当たり、反射光が香苗の目にちらついた。


「早起きしたのに……! あ、華苗ちゃんおはよう! 今日は早いね」


 華苗に気付いた清水はにこりと笑って近づいてくる。わりとのしのしと歩いていたが、トランプタワーはちっとも揺れはしなかった。柊もおはようと声をかけ、明日もあるさと励ます。


「清水さん、田所とどっちが早く来るかで張りあってるんだよ。毎回負けてるけどね」


「史香ちゃん、早く来る人だったんだね。それより、どうして田所くんは史香ちゃんが来るのわかったの?」


「僕にはよくわからないけど、トランプタワーを通じて空気がふるえるのがわかるんだってさ。この時間に来るのは清水さんだけだしね」


「ホントワケわかんないよね。私、高校になってからずっと三番だよ」


 柊が教えてくれた。いわく、テニスプレーヤーがラケットを自分の体の一部として動かせるのと同様に、極度集中状態になるとトランプタワーそのものと感覚を共有したような状態になるらしい。


 どこが不安定だとか、揺れているだとか、風がどこから流れているかだとかが完璧にわかるそうだ。華苗にはびっくりだが、田所ならやれそうな気もする。


 そんなこんなと話しているうちに少しずつ人が集まってくる。みんな教室に入った途端に足を止め、そして慎重な足取りで席へと向かった。教室の前を通りかかった別のクラスの人も、通り過ぎた後に驚いた顔して戻ってくる。


 そりゃまあ、みんなそういう反応をするだろう。柊と同じように勉強道具を開いている者もいるが、みな固唾をのんでそれを見守っている。


「……」


「……」


 誰も話せない。誰も動けない。身動きした瞬間に壊してしまう気がする。普通の朝の静寂じゃない、緊張した空気が漂っていた。


「史香ちゃん、田所くん毎日やってるんじゃないの?」


「あいつ、いつもは人が集まらないうちに自分で壊してるよ。拾ってあげるこっちの身にもなってほしいもんだわ」


「出来が気にくわないんだってさ。精密に作られてるように見えるのにね」


 そして、それはとうとう完成した。


 高さ十五段。上のほうはどうやったのか東京タワーみたいにきゅっと細くなっている。見た目は二等辺三角形だ。


挿絵(By みてみん)


「ふう。まあ、悪くはない。記録しとこ」


 椅子から慎重に降りた田所は携帯を取り出して写真を取る。ほっとみんなの空気が弛緩したのが華苗の肌にも感じ取れた。息が詰まるとはこういう場合にもあてはまるのだと華苗は初めて知った。


「すっげーなオイ!」


「めっちゃ高くね!?」


 みんな思い思いにトランプタワーの写真を取る。田所は一緒に写ってくれとの誘いは断ったが、“自分が作ったように見せかけた写真をとっていいか”との提案は簡単に了承した。要は、自分が写らなければ何でもいいらしい。


 そして──


「ギリギリせぇぇぇぇ!」


 ふ、とよっちゃんがすごい勢いで教室にかけ込んできた。その衝撃で、トランプタワーの一部が崩れ始める。


「……」


 途端に教室が静まり返り、ぱたたた、という音が無情にも響く。ん? とよっちゃんはその原因を探るようにあたりを見回し、そして固まった。


 トランプタワーは崩れる時もきれいにいくものだと華苗はこのとき初めて知った。


「ご……ごめん! 悪気はなかった!」


「気にすんな。形あるものはいずれ壊れる。もとより壊さなくっちゃいけないものだったし」


 自分がなにをしでかしたかを理解し青ざめるよっちゃんに、田所はまた作ればいいだけだと何事もないように告げる。実際、田所にとってはその言葉通りのことなのだろう。


 しょうがないから、華苗と清水はよっちゃんと一緒にばらまかれたトランプを拾うことにした。柊と田所ももちろん一緒だ。


 そして、ちょうど拾い終わったところでチャイムが鳴ってゆきちゃんが入ってくる。そこで気づいた。


 トランプタワーに気を取られて、華苗は勉強を全くしていなかった。











「え? それ普通じゃね? オレんとこも森下が朝いろいろやってんよ。みんなで逆立ちしながら勉強したり、誰かが入ってきたときにみんな一斉に動きを止めて驚かしたりなんかもしてるぜ!」


 わかってはいたが、どうやら園島西高校にはアレな人が多いらしい。


 放課後。畑から体育館を挟んだところにある古家。結局朝に勉強ができなかった華苗は、放課後に勉強をすることにした。部活はあやめさんとひぎりさんの世話を除いて休止しているため、時間だけはあったのだ。


 すると、なんともうれしいことに楠はおじいちゃんのところで勉強するとの事だったのでこうしてついてきたのである。


 そこにいたのは青梅、双葉、よっちゃん、清水、秋山に佐藤、そしておじいちゃん。ちょっと人数が多い気もしなくはないが、このくらいならおじいちゃんは簡単に捌けるらしい。


「落ち着く~」


「よっちゃんよっちゃん、だらけるならあっちの和室のほうがいいぜ。あっちのほうが涼しくて気持ちいいんだ!」


 秋山は勉強をしにきてはいるものの、喋ってばかりだ。しょうがないやつだねェ、とおじいちゃんが笑っている。


 突然だが、古家は大きく六つに分けられる。華苗たちが今いる広い和室、囲炉裏のある部屋、秋山の言った和室、冬に炬燵を出す和室、縁側、そして七不思議の開かずの間だ。他にも外に納戸や蔵などがあったりするがこれだけ覚えていれば間違いない。


「がんばった子には梅ジュースとお菓子をあげるからね。やれるかぎりはやんなさい」


「やったぁ!」


 よっちゃんはお菓子とジュースで簡単に釣られてしまった。秋山がするめと酢昆布もつけてくれと要求している。なかなかおっさんくさい好みだが、よっちゃんはあとでそれを分けてくれと気の早い交渉をしていた。


「楠くんと同じ机で勉強できるなんて…!」


「あたし、百点採れる気がする!」


 この広い和室の真ん中には大きな丸いちゃぶ台がある。みんなで座るとちょっと狭いが何とかなる程度の大きさだ。青梅と双葉はがっちりと楠の両脇を固めていた。


 両手に花とはまさにこのことだが、楠は表情を変えずにノートをみている。そんなに密着したら鉛筆もろくに持てないのではないかと華苗は思う。


「テストなんて穂積プリントがありゃ楽勝じゃね? あいつのおかげで暗記はほぼ取ったも当然だし」


「あれ、なんで秋山先輩もっているんですか、それ」


「調理室の勉強会以外でも入手法はあるんだよなぁ、これが」


 いひひ、と笑いながら秋山はそのプリントをめくる秋山。コピーしてきたらしいそれはかなりの量になっている。


「ちなみに、こいつは森下からもらった!」


「森下先輩から?」


「うん。前にマルセイユルーレットっていう技をあいつに教えたんだよ。で、その借りをわざわざ返してくれたってわけだ。なんでも、超技術部は田所とか使ってあの勉強会に潜入したらしい」


「よし、明日必ず田所シメよう」


「落ち着きなって史香。でも秋山先輩、調理室に男子はじいちゃんと穂積先輩と楠先輩くらいしか見なかったよ?」


「そりゃそうだろう、あいつら変装していってるし」


 秋山の言葉にぽかんとよっちゃんが口を開ける。華苗も同じ気持ちだ。


 なんでも超技術部の活動の一つに変装術というものがあるそうだ。超技術部の中には変装に長けた人もいる上に、なぜか部室には女子生徒の制服が残っている。となれば、変装しない道理はない。


 超技術部には女子生徒もいるのだが、ただ貰いにいくのは面白くないそうだ。


「ほら、あそこ女子ばっかで男子入りにくいじゃん? なら女装していこうって」


「わたしも森下君からそれは聞いているけど、毎回気付かないんだよね」


「たぶん、アレ特殊メイクとかそっちの部類だよ。あたしガチで探したことあるけど、見つからなかった上に『大成功! あとクッキーめっちゃうまかった』って書かれた メッセージカードがエプロンのポケットにいつの間にか入ってたんだよ! 卒業までに絶対見つけてやる!」


 いくらなんでも漫画じゃあるまいし、気づかないわけがないと思うのだが、鼻をふんすと慣らして意気込んでいる双葉をみる限り超技術部の技術はばかにできないものがあるらしい。


 さらによく聞けば、森下はこれをおじいちゃんから習ったそうだ。日本文化の花形ともいえる忍者もよく使ったとされる変装術。文化研究部であるおじいちゃんが覚えていないはずがない。


「じっちゃんも文化祭で女装してたよな!」


「……したというか、させられたんだけどねェ」


 女物の着物を着せられたらしい。びっくりするほどよく似合っていたそうだ。


 おじいちゃんはおじいちゃんでありながら華苗が最初おばあさんだと思ってしまうほどの中性的な顔つきをしているのだ。化粧してかつらをつけ、衣装を整えればそれこそ現代の着物美人になれる。


 声だって女のようにも聞こえるのだから、簡単には見分けられないだろう。それにこないだの部長会で森下がやった変声術を使えば、地声でなくとも女の人のきれいな声を出せるのだから。


「それににしちゃノリノリじゃなかった?」


「やるからには全力で、だねェ」


 おじいちゃんはそういう人だ。どんなことでも、中途半端なことや手抜きはしない。普通の部室が気にいらなかったからってこの古家を建てるような人なのだから。


「それより、勉強しなくていいんですか? 部長たち、今回けっこうまずいって言ってませんでした?」


「そうなのだよ、佐藤君。なぜか今回は家庭科もあるのだ!」


 佐藤のつっこみに双葉がふざけて返す。余裕そうに見えたのは華苗だけじゃないらしい。が、家庭科なら楽勝だということだろうか。調理実習に関する問題だったら、調理部やお菓子部の部員は楽勝で解けるだろう。


 ちなみに園島西高校では赤点、つまり三十点以下を取ると特別補修を受けねばならなくなる。先生にもよるが、補修を免れたとしても六十点以下だと課題プリントを渡される。


 みんなが真面目に勉強しているのはこういう裏があったりするのだ。しかも、このテストの特別補修はスケジュール的に夏休みに食い込んでしまうため、みんなが全力を出してそれを回避しようとする。


「今回は家族構成のところだっけねェ?」


「うん。楠くんを父、私と詩織が母、おじーちゃんがおじーちゃん、よっちゃん達を三姉妹、佐藤くんを長男、秋山くんを従兄とすると、秋山くんと結婚できるのはよっちゃんたちだけ!」


 なにかいろいろ突っ込みたいところはあるが、まあ間違ってはいない。さらっと一夫多妻制になっているが気にしてはならないのだろう。恋する乙女は盲目なのだ。


「あとこの場合、楠が嫡子でじいちゃがかちょー!」


「その発音だと“課長”だねェ。正しくは“家長”だ。……あと、できればその呼び方は勘弁してもらいたいねェ」


「どして? ちょうど古家の長だしぴったりじゃん!」


「……思い出したくもないものを思い出しそうになるのさ」


「?」


 珍しくおじいちゃんがうろたえた顔をしていた。華苗はおじいちゃんのそんな顔を初めて見る。おじいちゃんはいやいやと首を振ると、おやつをもってこようかね、と佐藤を伴って出ていってしまった。


「じいちゃん、自分の勉強してるところ見たことないけど大丈夫なのかなぁ?」


「歴史はいっつも満点だよ。模範回答もおじーちゃんのがそのまま使われてるし。他も軒並み九割超えてるんだよね」


「英語もですか? なんか苦手そうなイメージがあるんですけど」


「…ネイティブ並みだな。読み書き会話全部できていた」


「おまけにドイツ語中国語ロシア語イタリア語もできるっていうから驚きだよね!」


「な、なんでできるんです? そもそもなぜそのチョイス?」


「さぁ? 昔取った杵柄だっていってたぜ、じっちゃん。覚えざるをえない状況だったらしい」


 確かに見た目は老人だが、おじいちゃんは十八歳なのだ。華苗と二つしか違わないし、昔と言ったってたかが知れる。


 それなのに、いつ五つも外国語を覚える時間なんてあったのだろうか? というか、一体どんな状況であったのだろうか。


 それでなお、おじいちゃんならできそうな気がするから怖い。華苗は二年後に、おじいちゃんと同じ場所までいけるとは思えない。一生かかったって足元にもたどり着けないと思う。


「それより今がチャンスじゃね?」


 にんまりと悪い顔をして秋山が呟く。一体何のチャンスだというのか。


「開かずの間開けようぜ!」


「いいねそれ!」


 男子高校生の考えることなんてそんなことだ。青梅も双葉も、目をキラキラさせてそれに食いつく。よっちゃんも、清水もだ。華苗だってちょっと興味はあるのだが、勝手にそんなことをしてもいいものなのか不安に思う。


「楠先輩?」


「…いいんじゃないか? 俺も気になってはいた」


 楠ですら、乗り気だ。実感はわかないが、それほどまでに開かずの間は男子高校生の興味を引きつけるものらしい。


 青梅が言った。あれは七不思議の中でも飛びぬけて不思議なのだと。


「だいたいの七不思議ってなんだかんだでそれなりの理由付けがされてるんだよね。一番それっぽい《放課後神隠し》だって園芸部の畑に行く楠くんが正体だって言われてるし」


「あんたかい……」


 たしかに、普通は入れない畑に行く楠を誰かが尾行すれば、畑に入るその瞬間に楠が消えたように見えるだろう。それが大きくなって神隠しと呼ばれるようになったとしても不思議ではない。


「でもさ、この開かずの扉だけがそれっぽいのが何もないの。これっていくらなんでも不思議じゃない? ぜぇったい何かあるって!」


 華苗たちは勉強道具をほっぽり出して開かずの間へと行く。華苗は初めて見たが、なるほど、たしかに見た目は普通の引き戸だ。


 木製で、おじいちゃんの趣味だろうか、手をかけるところにカッコいい家紋みたいなレリーフがある。丸と図形を組み合わせたような、不思議な形だ。


 さっそく秋山が軽く扉を引こうとする。が、ピクリとも動かなかった。


「ホントに動かないのな」


「秋山先輩、本気出してるの~?」


 今度はよっちゃんが扉の前に立った。両手を使って踏ん張るも、ガタつくことすらなかった。よっちゃんに目で合図を送られた華苗と清水も加勢するも、全然動かない。


「やっちゃって、楠くん♪」


「…離れててください」


 この中で一番力のある楠が扉の前に立った。その迫力たるや、鬼のごとしというやつだ。


「……むん!」


 その大きな手で持ち手をつかみ全身を使って開けようと力を入れる。ただでさえ大きな体なのに、筋肉が膨張してよりいっそう大きくなった。


 それでも扉は開かない。


「手伝うぜ!」


 秋山がそれに加わる。男子高校生二人掛かり。二人とも顔を真っ赤にしてそれを引っ張った。


「だぁぁぁ、開かねぇ!」


「…小癪な」


 しかし、やっぱりピクリとも動かない。その扉は何人たりともこの先へは通さないとばかりに華苗たちの前にそびえている。もはや、扉の形をした壁と言ってもいいくらいだ。


「諦めます?」


「…いや、まだだ。扉であり鍵もかかっていない以上、開かない道理はない」


 楠は変なところで意地を張る。華苗は必死に引っ張る楠達をよそに扉をもう一度よく観察してみた。


 敷居や鴨居のところになにか異常は見受けられない。扉そのものにも特段珍しいところはない。材質も、周りのものと一緒だ。やっぱり、ただ建てつけが悪くて開かないだけのような気がする。


 ない知恵絞って華苗が観察する横で、清水がつぶやいた。


「……ねえ華苗ちゃん、よっちゃん、なにか人の話し声みたいの聞こえない?」


「史香ちゃんも? 私もなんか男の人の声と女の人の声が聞こえるような……?」


 青梅がうんうんとそれに同意した。よっちゃんは別のことに気づいたらしい。


「話声もそうだけど、なにか甘い匂いしない?」


「あ、よっちゃんも? あたしもちょっと気になってたんだよね」


 扉を開けようと無駄な努力をし続ける男たちをよそに、女子たちは全く関係のない違和感に気付いた。華苗も言われて耳をすまして鼻を利かせると、たしかにどこか遠くから喋り声が聞こえ、そして甘いにおいがする。


 まさか、この扉の向こうから──


「なぁぁぁにやっとるのかねェ……?」


「ひゃっ!?」


 気づけば後ろにジュースを持ったおじいちゃんとお盆を持った佐藤がいた。佐藤はひきつった笑みを浮かべている。楠と秋山がそんな二人を見て固まっていた。


 みんなおじいちゃんたちが来るのに全く気がつかなかった。気配と言うものをまるで感じなかったのだ。


「危ないから触るなって言わんかったかねェ?」


「や、ま、言われたけどそう言われると余計触りたくなるっていうか……」


 おじいちゃんの声は女の人のようにも聞こえる。秋山がしどろもどろになって言い訳をしていた。目が泳いでいる。


 楠は観念したように扉から手を放した。言い訳するつもりはないらしい。


 甘いにおいはより強くなっていた。間違いなく佐藤が持っているパンケーキのにおいだ。ふんわりとただようそれは古家よりも喫茶店にあるほうが似合うと華苗は思う。悪くはないのだが、なんというか場違いなのだ。


「無理やり開けると文字通りここが壊れちゃうかもしれないんだって。じいさんとしてもそれは不本意だからね」


 お説教モードに入ったおじいちゃんに代わって佐藤が教えてくれた。目下のところ、悪いのは楠と秋山ということになっている。


 華苗たちも開けようとしたと名乗り出ようとしたのだが、楠と秋山は目でそれを制した。こういうのは男子の役回りなのだ。見栄はこういうときにしか張れない。ならばこの場は変わってもらって、あとで尽くせばいい。世界はそういう風にできているのだ。


 ……たぶんだが、おじいちゃんもそれには気づいている。気づいてなお、楠と秋山の行動に敬意を表したのだろう。顔はずっと笑っていたが、瞳はとっても怒っていた。






 おじいちゃんの説教が終わったのはそれから五分後。かばってもらったお詫びにと、青梅と双葉は自分のパンケーキを少し楠に分けていた。


 もちろん、あーんをして。楠はそれにも全く動じず、黙々と口を動かすだけだった。


 ずるいぞ、と言う秋山にはよっちゃんがパンケーキを分け与えた。フォークを口に突っ込む感じで。


 ふざけてやったことではあるが、秋山は初めてのことだったらしい。ひゃっはぁ、とテンションをあげて、今度ちょっと良い肉買ってくる、とよっちゃんと約束していた。


 佐藤の作ったパンケーキはとってもとっても甘かった。十分に堪能し、よし、と気合を入れ直す。そして今度こそ、華苗はまじめに勉強に取りかかった。


 結局、あの開かずの間の正体が何だったのか、華苗たちは最後まで知ることはできなかった。おそらく、これからも知ることはないのだろう。その正体を知っているのは、立てた本人であるおじいちゃんと、何やらいろいろ知っているらしい佐藤だけだ。




20140317 誤字訂正

20160409 文法、形式を含めた改稿。


教室入ったときにでっかいトランプタワーがあったときの驚きは異常。


あとなんだろうね、あの集中した時に道具が体の一部になるような感覚は。

なんとか効果って名前があった気がする。


ちなみに田所が作ったトランプタワーはトランプ4セットで作れます。

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