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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
26/129

25 ゾンビ対策部部長とジャガイモと七不思議 ☆

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】です。

本当にありがとうございます!


おひさ。

リアルでもジャガイモな季節だね。

「うっぷ」


 放課後、授業が終わった直後の昇降口。華苗の口から洩れたのはそんな音。


 とっさに辺りを見回すが、幸いにして近くに人はいなかった。がやがやと少し離れたところで何人かが話していたが、誰も華苗の事など見てはいない。ホッと息をつく。


 蒸してうざったくなるような湿気と気温。


 洗濯しても生乾きだったのか、それともただ単に洗濯を忘れたのか、どちらかはわからないが、汗臭いようななんとも言えない臭気が昇降口には溢れていた。


 風の流れもなく、空気がよどんでしまっている。どう考えても運動部男子のせいだろう。この妙に酸っぱいような変なにおいはどうして梅雨の時期に発生するのだろうか。


 カラッと晴れていればいいのだ。だが、今は晴れてこそいるものの湿気が多い。湿気さえなければ、いや、風の流れさえあればさわやかに汗がかけるのに、こんな状態では気持ち悪い汗しかかけない。


 現に、ジワリとにじみ出る汗は華苗のうなじに髪を張り付け、背中ではぴったりと肌着がくっついている。


 今日も、暑い。


 特に昇降口に居座る理由もない華苗はさっさと外へと出る。途端に香るのはどこからか漂ってくる優しくて香ばしいパンの香り。あの臭気とは比べるのもおこがましいくらいいい香りだ。


 ここ最近、調理部とお菓子部は総力を挙げてパンを焼いている。華苗に詳しいことはわからないが、瓶に果物を入れてどうにかして酵母を作ったらしい。先日それが出来てからというものの、園島西高校にはパンの香りが溢れるようになった。


 パンを焼くのは昼休みからだ。そのため午後の授業中は学校全体がパンの香りに包まれていて、お昼を食べたばかりだというのにお腹をすかせる生徒が続出した。


 我らがゆきちゃんなんて、授業中に盛大にお腹を鳴らして真っ赤になっていたりする。『だいじょうぶ、俺らも腹へってるよ!』と、お腹をぐうぐう鳴らす運動部男子に励まされて、こいつらと同類なのかと余計にへこんでしまっていた。


 そして、放課後になるといよいよ本格的にパンが焼かれる。もう調理部かお菓子部の誰かがパンを焼き始めたのだろう。先ほどまでよりも香りは強い。


「いいにおい……」


 実を言うと、今日は華苗もよっちゃんと清水に誘われてパンを食べに行ったのだ。麦の収穫に関わった人は基本的に食べ放題、そうでない人もあとで麦を挽きにいくという条件で食べさせてもらえるのである。


 楠自身は誰でも好きなだけ小麦粉を使っていいといっていたが、おじいちゃんが働かざるもの食うべからず、その辺はきちんとしとけ、といったためにそうなった。


「あしたもいこうかな」


 調理部のよっちゃんが作ったパン、そしてお菓子部の清水が作ったジャムは非常に──陳腐な表現だがほっぺが落ちるほどにおいしかった。


 サンドイッチ、デニッシュ、その他名前も知らないパンのオンパレード。いつも通り調理室で昼食を取る楠と、それをたかりに来る秋山も、ここ最近は米ではなくパンを食べているらしい。


 秋山が例の近所の肉屋で買ってきた長めのウィンナーは、あっという間に特製ホットドックになっていた。よっちゃんがタマゴサンド半分と引き換えに秋山から半分貰っていたのを覚えている。


 この調子では麦飯やうどんなんかを作るようになるのはだいぶ先になるだろう。園芸部権限で華苗は食べ放題なのだ。菓子パン、惣菜パン、まだまだ食べたりない。さきほど漏れた声も、昼に食べすぎたことによるものが大きい。



 そんなことを考えながら畑へと向かう途中。それは目に入ってしまった。


「どこいった楠ぃぃぃぃ!」


 落ちつきなく、血走ったかと思われるような目つきで走り回る男子生徒。不思議なことに、上級生はそれをちらりと見て笑うだけで、特別気にする様子もない。……華苗と同じ一年生は驚いてしまっているが。


「ぃぃぃ──あ?」


「ひう」


 眼があった。


 ゆっくりとそいつは華苗の方へと顔を向け、いや、正確には華苗の被る麦わら帽子を見て、一瞬止まった後ににたりと笑った。


「見つけたぞ園芸部ぅぅぅぅ!」


「ひゃぁっ!?」


 まっすぐ突っ込んでくる男子生徒。その手に指抜きグローブつけていた。







「ひでぇぞ楠! 中庭で待っててくれって言ったじゃないか!」


「…そうだったか?」


「言ったよ! 一緒に行こうってな!」


「…まっすぐ畑に来ればよかったじゃないか」


「それができねぇから言ったんだろうが!」


 指抜きグローブをつけた男子生徒が楠にくってかかる。相変わらずの無表情で楠はあしらうが、華苗は気が気でない。要するに、コイツは約束をすっぽかしたというわけだ。


「…少し落ちつけ樫野、八島が呆れてるぞ」


「いえ、私が呆れてるのは楠先輩の方ですよ」


 この男子生徒──樫野かしの 晴喜はるきはゾンビ対策部部長の二年生だ。なぜか入れる人と入れない人がいる、この不思議な畑に案内する途中教えてもらったのである。


 樫野は一人では畑に入れないために楠と待ち合わせをしていたらしい。いつまでも──といっても五分ほどだが、現れない楠にしびれを切らして走り回って探しているうちに華苗を見つけたというわけだ。


「八島後輩がいなかったら無駄足になるとこだったんだぞ!」


「…なんでこんなにも迷うやつが多いのか。案内看板でも立てるべきなのか?」


 未だに楠はこの不思議な畑のことを不思議と思っていないらしい。


 樫野はなぜか華苗のことを八島後輩と呼んだ。理由を聞くと、先輩には先輩とつけるのだから後輩に後輩とつけないほうがおかしい、と当たり前のことのように言われた。


 一瞬納得しかけたが、よくよく考えればどこかおかしい。ゾンビ対策部というヘンな部活にいるだけあって他人と考え方がたいぶ違うらしい。


「それはそうと、今日はどうしたんですか?」


 そんな樫野がなぜ楠を訪ねてきたのだろうか。華苗はふと気になって聞いてみる。


 まさかゾンビ対策に関係があることなのだろうか?


「そうだ、それだよ、さっさとやろうぜ。時間が惜しい」


「…準備はできている。収穫も、植え付けもだ」


「ないす。じゃ、やろう。速く動くに越したことはない。(ゾンビ)はいつ襲ってくるかわからないからな!」


 うきうきと楠についていく樫野。相変わらず華苗には何の説明もなされない。もう慣れたことであるので華苗も黙ってついていく。


 いつも通り、いつの間にやら増えている農作物。今回の目的のもの以外にも、楠が植えたであろう、あるいは勝手に生えてきたのであろう作物を素通りしてずんずんと進んでいく。


 反対の方にあるラベンダーの香りがふわっと漂ってきていて、暑さでうざったくなった華苗の気分をいくらかマシにしてくれた。


 華苗は横目で作物の成長具合を確かめる。そろそろ、あっちのトマトやイチゴに水をやらなくてはならないかもしれない。レモンは、まだまだほったらかしていてもいいだろう。葉っぱの具合をみる限りでは、特別弱った様子もない。


 そんなことを考えていると楠が唐突に足を止める。それにつられて樫野も足を止め、まじまじと目の前のそれを見て笑顔を浮かべる。


 そこにあったのは華苗のひざ元くらいの高さの茂み。黄色くなっているものと、まだ青く、白い星型の花が咲いているものなどが混じっている。


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】

(収穫には少し早いかも?)


 パッと見たかがりではなにかはわからない。すこし畝が高いのが特徴といえば特徴か。葉っぱからはなんだか特徴的なにおいがする。


「こいつか? こいつなのか? やっちゃっていいのか?」


「…なんか少し減った……か? …まぁいい。構わん、やれ。黄色いのな」


 楠の合図とともに樫野は黄色いそれに飛びつく。根元を指抜きグローブをつけた手で軽く掘る、というのを繰り返し、最後にえいやと引っこ抜くとそこには──


「ジャガイモだぁ!」


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


 ヘタしたら楠の握り拳よりも大きいのではないかと思わんばかりの立派なジャガイモが……十個近くも付いている。


 ひゅぅ、と樫野が口笛を吹くと、それに合わせるようにぱらぱらと土が落ちる。肌色のような茶色のような独特の色味をもつそれは、まさに畑の恵みの塊のようなものだと華苗は感じた。


「すごい、大量じゃないですか!」


「…ジャガイモだからな」


 楠も葉や茎が黄色くなっているものを片手でむんずと掴み、無造作に土から引っこ抜く。ぱらぱらと同じように土を落として、やはり大ぶりの立派なジャガイモが姿を現した。


 ……土を掘らずに力ずくで抜きやがったのは、華苗は見ないことにした。


「…うむ、シーズンものはいい」


「まごころは?」


「…こめたぞ、もちろん」


 軽口をたたきながら、華苗もジャガイモの根元を手で掘る。地面に顔を近づけると、強い土の匂いが華苗の顔にへばりつく。昇降口の汗のにおいよりも強い匂いだ。


 華苗の首回りの汗のにおいと相まって一種独特なにおいになるが、不快な感じはしない。むしろ、畑で頑張っているという感じがして、軽く気分が高揚したような気さえする。


 顔を近づける必要性はないのだが、出てくるであろう恵みを少しでも早く見たかったのだ。


「おっ」


 やがて、といっても掘り始めて二十秒もたっていないが、土の化粧にまみれたジャガイモがひょっこりと姿を現し出した。そのまま掘り進めいくらかのジャガイモが見えてきたあたりで茎をつかみ、そのまま後ろに倒れ込む様なイメージで力を入れる。


「あ、よいしょっ!」


「あ、そーれ! それそれ、もういっちょ!」


「…テンション高いな、二人とも」


 思っていたよりも随分と軽い手ごたえで引っこ抜くことができた。ゆさゆさとふるって土を落とし持ち上げると、軽い手ごたえが嘘だったかのようにずっしりと重さが腕に伝わってくる。


 ふと思い立った華苗は引っこ抜いたそれの茎だか根だかわからないところからジャガイモをもぎ取り、その小さな手の平で包み込んでみる。それは軍手越しでもわかるくらいには表面がでこぼこしていた。


 ジャガイモらしい凹凸だが、不思議と歪には見えず、むしろ美しさすら感じた。ただの凸凹なのに、これが自然の造形美というものなのだろうか。


「結構、おもい」


「…この大きさだとイモ一つで100g以上、もしかすると150gを超えているかもしれないからな。全体で1㎏は確実にあるだろう」


 とりあえずは──と楠は続ける。


「ここにある黄色いの、全部収穫するぞ」


 応ッ! と元気よく返事をしたのは、樫野だけじゃなかった。





 通常、ジャガイモは植えてから三カ月ほどで収穫できる。収穫期の見極めはその茎や葉の色の変化だ。それまでは青々とした植物らしい緑色だったものが、収穫期になると秋の色づいたイチョウのように黄色くなる。


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】

(花が咲いて変色開始)


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


「…葉が青いのはまだ収穫には適していない。気にせず黄色くなったものだけ引っこ抜け」


「合点承知!」


「りょーかいです!」


 ぼこぼこと顔を出すジャガイモはどれも十個近くついている。一つの茎でこれだけあるということは、全部合わせたら相当の数になることは想像に難くない。収穫量はかなり多いと言える。


「じゃっがいも♪ じゃっがいも♪」


 樫野は妙にうれしそうだった。喜々として引っこ抜き続け、あっという間に持ってきた籠をいっぱいにしてしまった。


 すぐさま新しい籠にとりけるが、それもすぐにいっぱいとなり、どんどんリヤカーに積まれていく。


「…そっちはもういいだろう」


 やがて収穫できる黄色いのがなくなると、楠はリヤカーの片隅に積んであったバケツを取り出す。中に入っていたのは小さなジャガイモだ。


「先輩、これは?」


「…種イモだ」


 ジャガイモは種や苗からではなく、イモそのものから栽培される。種から育てることもできなくはないが、あまりうまくは育たないのだ。


「…ほら、表面にいくつか芽が出てるだろう?」


「なるほど、これを植えるってわけか」


「…そのまえにひと手間入れる」


 種イモはそのまま植えるわけではない。およそ一片40g、大きさにもよるが種イモを半分ほどに切り、その切り口が乾いてから植えるのだ。


 ジャガイモには水分が多く含まれているため、ちゃんと乾いてからでないとそこから腐ったり、病原菌が入ってダメになったりする。種イモがそんなに大きくない場合はそのまま植えてしまってもかまわない。そのほうが切り口から腐る可能性を潰せるからだ。


「…この病原菌が厄介でな。野菜として売られているものや自家栽培で作ったものは種イモとしては使えないんだ」


 そのため楠が今回用意したのはきちんと処理が施されたものだ。


「…ちなみに、収穫が遅れてしまったジャガイモからは芽が出る。こうなるともう普通は食べられなくなってしまう。こいつに然るべき処理を施すことで種芋とする」


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】

(ほったらかしていたらしい種イモ。くれぐれも素人判断で使わないように)


「…切るときは芽が多い方を上にしろ」


「何で切ってもおーけぃ?」


「…構わん、切れるならな」


 樫野は学ランのポケットからなにやら取り出す。片手に何とか収まる程度のそれを一振り。ギラッと光る刃が飛び出した。


「お、折りたたみナイフ!?」


「ん、肥後守ひごのかみっていうらしい。大じじ様がくれた」


「い、いいんですか、そんなのもってても?」


「昔は小学生なら誰でも持ってたらしいぜ? 工作とか鉛筆削り用に。ちなみに敦美さんと義雄、あと佐藤も貰ってた」


 なんて話しながらバケツの中の種イモを切っていく。なんだか妙にナイフの使い方がうまくてなんとなく華苗は樫野の警戒レベルを一段階上げる。いや、自分でもなんの警戒レベルだかわからないのだが。


 楠は園芸用の万能ナイフで切っているが、華苗はナイフを触らせてもらえなかった。相変わらず子供扱いらしい。


「こんなもん?」


「…だな」


 さて、全ての種イモを切り終わると今度はそれを植え付ける作業に入る。本当は3~4日かけて切り口を乾かさないといけないらしいのだが、まごころさえあればどうにでもなるらしい。


「…そこに畝があるだろう? 肩幅よりちょっと狭いくらいの間隔で植えてくれ。ああ、切り口は下な」


 ちょっと深め、だいたい樫野の握りこぶし二つ分くらいの深さに切った種イモを置いていき、上から土を被せていく。自分でも深すぎはしないかと思ったのだが、楠はこれでいいといった。


「…ジャガイモは日光に晒してはいけない」


「陽に晒すと青くなっちまうんだよ。で、その青いところは毒になるのな。ソラニンって家庭科で習わなかったか?」


 基本的にジャガイモは陽に当ててはいけない。樫野が言った通り、陽に当たって青くなったジャガイモには毒が含まれるからだ。種イモを切って乾燥させるときも、直接日光に当てるのではなく、日陰で風通しの良いところでやらなくてはいけなかったりする。


「…生育途中でなにかの拍子で出てきてしまうこともないとはいえない。おしゃかにするよりかは最初から深めに植えたほうがいいだろう」


 バケツの半分ほどあった種イモを全て植えるとやることが終わる。いや、正確には成長するまでやることがないらしい。


「成長するまでどれくらいかかるんだ?」


「…通常は一月ほど。ウチのようにまごころをこめた場合は──」


「もう、ですね。芽が出てきましたよ」


「…マジかよ、ホントいいよな! 理想的すぎる!」


 種イモを植えたあたりからぽこぽこと5~6本の芽。10㎝くらいだろうか。特別珍しい特徴はない。

 

 植物の急速成長という異常事態に対し入学当初は騒いでいた華苗だったが、この程度の事にはとうに慣れてしまっていた。もし当時の華苗が今の華苗を見たら、正気を疑っていたことだろう。


「…これから芽かきを行う」


「芽かき? なんだそれ?」


「…芽の間引きといえば言えばわかりやすいか?」


「ああ、なるほど。それならそうと言ってくださいよ」


 芽かきとは芽の間引きのことだ。これをきちんと行わないと一つの芽に行きわたる栄養が少なくなり、収穫できるジャガイモの量が減ったり大きさが小ぶりになったりする。


 芽かきをしても十分に収穫、むしろしないときちんとした収穫はできないのでもったいないと思うかもしれないがきちんとやらないとならない。


「…活きのいいのを一、二本残して後は取り除け」


「活きのいいって使い方間違ってないか?」


 そんな話をしながらも華苗たちは適当な芽をちぎり取っていく。少々かわいそうな気がしないでもないが、収穫のためであるのならしょうがないことなのだ。


 千切った芽はそのままそこらに捨てていいらしい。いずれ土に還るだろ、と楠が無表情で呟いていた。


「よし、千切った。もう終わりだよな?」


「…あとは土寄せ。それで終わりだ」


「つちよせ?」


 ジャガイモは種イモよりも上の部分に出来る。つまり、最初の状態から放っておくとごくごく浅い部分、下手をすると地表にジャガイモが出来てしまいかねないのだ。


 当然、そうなると日光に当たりやすくなり、結果的にジャガイモが青くなって毒をもってしまい食べられなくなる。


 最初に深めに植えたのも日光に当たらなくするためではあるのだが、こうして生育途中、芽かきの後も土を被せなくてはならないのだ。


「…きちんと均等にな。浅すぎると腐りやすくなったりするし、盛った土の真ん中がへこんでたりするとやっぱり腐りやすくなる」


「じゃあ、こんもりとなだらかに膨らませる感じですか?」


「…そうだな、わかってきたじゃないか」


「すげえな、さすが園芸部!」


「いやいや、それほどでも」


 褒められるとやっぱりちょっとうれしい。そんな照れてる様を隠すようにして華苗は新しく土を被せる。ふと、小さいころに砂場でお山を作っていたのを思い出した。なんだかその作業と酷く似ている。


 思えば、なぜ砂場では山を作るのか。今から考えればそう楽しいことでもないと思うのだが。


「…後はほっとけばいいな」


「水やりとかはどうするんです?」


「…気付いたときに適当に。最悪、しなくても雨だけで育つ」


「ジャガイモすげぇ!」


 ジャガイモは基本的に育てるのは簡単だ。特に気をつけることと言えば植えるときのウィルスだけである。それすら普通に販売している種イモを使えば問題ないので、後は食べるときに毒にあたらないように注意するだけだ。


 農業として育てるのであれば、連作障害にも注意しなくてはならないが、あくまでここは園芸部。趣味で育てているだけであって、ジャガイモだけを大量に必要としているわけではない。


 そして、ほったらかしておくだけで爆発的に増える。


「…とにもかくにもジャガイモは増えるからな。種イモ三つから五十はできる」


「そんなに!?」


 なんて話している間に、可憐な白い花びらが特徴的な、ジャガイモの花が咲きだした。手にちょこんと乗るくらいの可愛らしいサイズで、非常に失礼な物言いではあるのだが、とてもイモ臭いジャガイモの花だとは思えない。なんかこう、清楚なお嬢様のような感じの花だ。


 挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


 ちなみに、物やその時の天候等にもよるが、花が咲いてから二十日もすればジャガイモは収穫することができる。晴れが何日か続いた夏らしい日にやるのが望ましいだろう。


「やっぱジャガイモさんすげぇわ。頼んで正解だったな!」


 ここでふと華苗は気づく。そういえば、どうして樫野はジャガイモの栽培を楠に頼んだのだろうか。


「そう言えば樫野先輩、なぜジャガイモを?」


「そんなの決まってるじゃん。ゾンビ対策だよ」


「は?」


「…俺はコロッケや肉じゃがを喰いたかっただけなんだがな。ほかにもいろいろ幅広く使えるし、ちゃんとやればかなり保存がきくし」


 ジャガイモは地中に出来る。つまり、動物等に荒らされることはあまりない。畑をジープや戦車が走っても、ダメになることはない。畑に逃げ込んだゾンビを火炎放射器で焼き払っても、問題ない。


「最高だろ? しかも拠点で作ったと仮定して、そこに光が当たらなかったとしてもそこまで致命的じゃない」


 そして、ゾンビに追われて籠城しても、三か月という短いスパンで大量にできる。加えて育てやすく、ダメにしてしまうことも少ない。栄養価も豊富でエネルギー源になることはもちろん、さりげなくビタミン類が多く含まれている。中でもビタミンCは特に豊富で、デンプンに保護されるため加熱による損失も他の野菜に比べて少ない。


「栄養価もあってたくさんできて……。まさにゾンビ対策のためにあるようなものじゃないか!」


 しかも、と樫野は続ける。


「さっきも言った通りジャガイモには毒がある。バカと鋏は使いようとか言うけどさ、これもおんなじなんだよ」


 拠点では様々な人間関係が築かれるだろう。身を守るためにも、毒はあって困るものではない。それにもしかしたら、その毒がゾンビに効くかもしれないのだ。


「楠が育てるってのを小耳にはさんだからさ。こりゃもう乗るしかないっしょ。備蓄しておけば超安心」


「そりゃ、すごいのかもしれないですけど……。そもそもゾンビパニック自体が起こらないような……?」


 そう、確かにジャガイモはすごい。でも、そのすごさが役立つ前提がおかしいのだ。


 ところが、何を言っているんだといわんばかりに樫野は言い放った。


「八島後輩、まさか園島西高校七不思議を知らないのか?」


「ななふしぎ?」


 七不思議と言えば、あれだ。魔の十三階段とか、夜になると笑う音楽室のベートーベンとかだ。お話なんかではよく聞くが、小中学校ともに華苗の周りではその類の話はなかった。


園島西(ウチ)にもあるんだよ。それも他とはちょっと毛色が違う」


 樫野が語った七不思議はこうだ。



放課後、突然人が消えてしまう《放課後神隠し》

すごいはずなのにそれを自覚しない《自覚のない部長達》

知る人ぞ知る《古家の開かずの間》

その古家の主の《おじいちゃんの正体》

誰もが認める《使えない校長》

園島西高校に存在する《五人の影の実力者》

そして、謎の《地下実験施設》



「数年ごとに入れ替わるらしいんだけどな。古家とか大じじ様とかここ二、三年の話だし」


「《自覚のない部長達》って……まんまそのままじゃないですか」


 しかも使えない校長ときた。確かに華苗も校長先生をよく覚えていない。集会はいつも教頭先生が指揮をしているし、校長の一番新しい記憶は入学式でちょっと話していた……ような気がするというだけだ。


「ああ、校長はガチで使えない。不思議なくらい使えないから七不思議だ。おまけにアレはどうしようもないクズだ。この学校の唯一と言っていいほどの汚点だよ」


「…そうだな、俺もあれほどひどい人間は初めて見た」


 しかも楠すら校長は使えないと認めてしまっている。


「おじいちゃんの正体は……まぁ気になりますけど、普通の若白髪ってだけなんですよね?」


「普通の若白髪でああも真っ白になるか? しかもだったら中身は若いはずだろ? あの中身は間違いなく老人だ。おれ、未だに本当のじいさんじゃないかと思っているんだ」


「もしかして昔教育を受けられなかった人が高校に入ったとか?」


「普通それは夜間に入るんじゃね? それに、少なくとも戸籍上は大じじ様は十八歳なんだよ」


 そして開かずの間である。古家が出来たのは二年前のはずだから、七不思議としては生まれたてのほやほやだ。


「《開かずの間》って……建てつけが悪いだけなんじゃ? いくらおじいちゃんが作ったとはいえ手作りですし」


「おれも最初はそう思ったよ。で、問題の扉をひいてみたけどうんともすんとも言わない。ガタついたりもせずに、本当に文字通り動かないんだ。ありゃいくらなんでもおかしい」


「…そういえば、夢一も古家のあの扉は開かないから触るなとしつこく言ってきたな」


「佐藤先輩が?」


 あの佐藤が、いったいどうしてそうまでしたのだろうか。怪しいといえば怪しい気がする。しかも開けるなではなく触るな(●●●●)だ。


「…噂じゃ、あの扉の向こうは異世界に繋がっているらしい」


「んなバカな。だいたい、あの古家に入ったことがある人なんてそんなにいないですよね。誰がそういったんです?」


「…そういや誰だ?」


「おれも知らないな。ま、七不思議なんてそんなもんだろ。問題は昔っからある《地下実験施設》だ」


 華苗はあまりわかっていないが、園島西高校の設備はなかなか充実している。


 テニスコートにプール、バスケットコートに芝生のサッカーグラウンド。武道場に弓道場。どれも十分な広さがあり、それに憧れて入部する生徒も多い。調理室だってお菓子部、調理部の面々が全員集まっても問題ないくらいの大きさを持っている。


「なんでウチの設備はこんなにも充実していると思う?」


「なんでっていわれても……」


 それはな、と樫野は続ける。


 昔、この園島西高校があったところはとある研究所だった。そこでは人間に備わる能力の限界を引き上げる研究をしていたらしい。人体実験を含めたいろいろとアブナイ実験をしていて、この充実した設備はその性能テストや憩いの場として作られた設備の名残らしい。


「《自覚のない部長達》ってのも、その人体実験で死んでしまった人がすごい実力を持つ人間をおごり高ぶらせないようにしているためだって話だ。自分たちみたいに殺されないようにって」


「…ウソ臭いがな。俺は普通だ。ゾンビ対策を本気でやれるおまえはすごいが」


「……な? あながち嘘でもなさそうだろ? ちなみにおれは普通だ」


 華苗からしてみたらどっちもどっちだ。まぁ、樫野の場合は本当にゾンビが出てこないとその実力は発揮されないのだろう。


 そして、その研究所では人間の実力を大きく引き上げる新薬を開発したらしい。だが、その被検体が副作用で暴走。詳しい事実はわからないが、そのせいで研究所は研究者、被験者も含めて全滅したそうだ。


「被験者の中には子供やおれらくらいの年齢のが多くいたらしい。それを知ったとある有力者が子供が明るい笑顔でいられるように、ろくな青春を送れずに死んでしまった子もそれを感じてもらえるように、ここに学校を建てた。その設備をいい方に再利用してな。それが園島西高校なんだ」


「……ほんとなんですか、それ?」


「……かなり前はなんかの研究施設だったってのは本当らしいぞ。そんな事件は起こっていないらしいが」


「ですよねぇ」


 当然だ。そんなことがあったのならニュースになっている。そもそも、この学校は結構前からあったはずだ。そんなハイテクな実験がそんな昔にできるわけがない。


「でもな、火のないところには煙は立たないんだよ。もしかしたらヤバすぎる事件だったから情報統制して、なんらかの証拠が出てもいいように偽装して学校を作ったのかもしれないだろ? 当時の最高技術を詰め合わせた秘密施設だったのだとしたら、潰して取り壊すよりも学校に偽装したほうがはるかに合理的だ。理由もなく潰すことはできないけど、施設の再利用って大義名分はあるんだからな。変な噂がたっても、それこそ七不思議とか怪談の類だってことで済む。誰かが出入りしてもそこまで不自然じゃない。致命的な何かをみられたとしても、所詮は子供の戯言だ、で終わりだ」


 ひゅう、となんだか嫌な寒気が華苗の背中を撫でた。じわじわと暑いのに、それとは違う要因での汗がつっと頬を伝う。


「おれは──その新薬ってのがゾンビ化を引き起こすものだと思うんだ。だからみんな死んじまったんだと思う。──とすれば、まだその薬がどこかに残っているかもしれないだろ?」


「いやでも、仮に本当だったとして、この学校にそれらしきものなんて……」


「いったろ、《地下(●●)実験施設》って。どこかに地下へと続く秘密の通路があるらしいんだ。この学校の地下には未だにその研究施設が残っているらしい。

 あ、ちなみにその施設、裏山のほうにまで続いているらしいぜ。あの山が小さめなのは研究施設のカモフラージュのために、人工的に作ったからだって話だ」


 突飛な話だ。だが妙なリアリティがある。そして困ったことに、うそくさい、というだけで完全に否定できる要素がない。少なくとも華苗には見つからなかった。


「──だから、いつか必ずゾンビは出る。おれはそう信じている」


 にやりと、それこそ本当にゾンビを目の前にしたかのような獰猛な笑顔を浮かべて樫野は宣言した。


 ぞわっと、何に対してかはわからないが華苗は恐怖した。なんだか、わけがわからないが、怖い。







「…どうでもいいが、さっさとジャガイモをかたづけるぞ。風通しのいい日陰で保存しないとダメになる。…ついでに調理部まで持っていこう。おまえも手伝え」


「あっ、いっけね、大じじ様と散歩の時間だわ」


「…ああ、パトロールか。なら仕方ないか」


「最近大じじ様敦美さんと釣りにいってたからさ。ザラ玉もって紙芝居は久しぶりなんだ。近所のガキンチョどもがおれらをみる度に『おじいちゃんはまだか』って腹に頭突き喰らわせてくんの。今日はサービスで練り飴も持ってくらしいぜ」


「…そいつは大変だな。そういえば夢一も紙芝居がどうとかいってたか?」


「ああ、あいつもしばらくぶりだから新しい紙芝居しようって、ネタとしてグリム童話読んでたよ」


「…あいつも大変だな。まぁ、俺達だけで運ぶか。──うん、八島? どうした?」


 楠に声をかけられはっとする。何事かと言わんばかりに樫野がじっと華苗を見つめている。


 なんでもないです、と声をあげたが、妙に声が上ずってしまった。大丈夫かと楠が尋ねるが、多分大丈夫のはずだった。


「……? ま、おれは行ってくる。悪いな、後でなんか手伝えそうなことがあったら遠慮なくいってくれ!」


 そう言って走りだす樫野を見送る華苗と楠。畑に戻ろうと背を向けた楠を追うように振りかえった瞬間。


「ひゃっ!?」


 また一瞬、背筋がぞくりとしたかと思うと誰かに肩を叩かれる。すぐに振り向くが誰もいない。


「…本当にどうした? …うん? 採ったジャガイモ、少し減ってないか? あいつ今、持っていったのか?」


「……えっ?」


 リヤカーに乗せられていたジャガイモが、少し減っている。いつの間に持っていったんだ、と楠が首をかしげるが、楠よりリヤカーの近くにいた華苗には断言できる。樫野はジャガイモを持っていってなどいない。


「…まぁいいか。まだたくさんあるし」


「……」







 後に華苗は知ることになる。七不思議の続きを。


 その有力者は、子供たちを悼んで学校にある植物を植えたらしい。その植物の花言葉は「慈善」、「慈愛」、「情け深い」。ただの植物ではなく、新しくできた学校の子供たちに有効に使えるものだったそうだ。


 その植物の名はジャガイモ。子供たちは笑顔でそれを食べていたらしいが、たまになぜか人数分作ったはずなのに足りなくなることがあったという。








 暑い、本当に暑い日のことだった。





20141213 誤字修正

20150620 写真挿入、文法、形式を含めた改稿。

20160730 写真挿入、それに伴う若干の文章変更。


さわやかな汗のにおいは割と好き。

暑~いって言っている子供を抱き締めて首元の汗ふいてあげるのとかもいいし、

さわやか好青年がきらっとやっているのもいい。女の子? むしろうぇるかむ!

ぶっちゃけ子供の内は自分が思ってるほど汗臭くはないと思うんだ。

ただし梅雨の時期の更衣室と武道系のあれらは除く。


七不思議ってお話とかじゃよく聞くけど実際は聞いたことがない。

人体模型も骨格標本も鍵かけられたケースの中だったし動いても

出歩けないっていう。


校長がクズってのは実話。

割と印象にない、というか顔も名前も、その存在自体すら知らなかったけど、

とある出来事をきっかけにクズで使えないと認識した。

よくよく考えてみれば印象にないって働いてないってことだったんだよね。




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