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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
25/129

24 剣道→木刀、弓道→レモン

 園芸部とはなにか。


 そう聞かれた時、はっきりと答えられる人は意外と少ないだろう。


 例えばサッカー部ならばサッカーをする部活、美術部ならば絵を描く部活、と答えることはできる。ところが、園芸部は名前こそよく聞くものの実際にそれがある学校は少なく、名前から活動内容が厳密にわかるわけではない。


 まぁ、広い意味でいえば土いじりだ。主に花や野菜を育てる部活。ウサギや鶏を飼ったりすることもある。昨今の中学校、高等学校には畑やそれに類する施設がないためなかなか見かけないが、昔はどこの家でもやっていたようなことをするのが園芸部なのである。


 園島西高校園芸部も普通の園芸部同様、植物を育て、収穫し、おいしく食べている。鶏も飼い、卵を採ったりもしている。


 それが例え異常成長して一晩で実をつける果実だったとしても、刈っても刈ってもなくならない麦だとしても、卵を二十個以上産むのが当たり前になってきている鶏でも、普通の園芸部が扱わないようなものを扱っていたとしても、それはたしかに園芸部の活動内容なのだ。


 そう、華苗は思っていた。いや、そうやって自分を納得させていた。





「私は本当に園芸部なのだろうか」


「…なにを寝ぼけたことを言っている」


 いつも通りの畑。ラベンダーの香りがさわやかな畑。


 イチゴが、さくらんぼが、トマトが、玉ねぎが。梅も、バラも、プランターにはアサガオも。植えてあるのは紛れもなくいつも通りの作物だ。


「やぁ、本当に立派な樹だな。見ていて惚れぼれするようだよ」


「こないだはこんなに大きくなかったような…?」


 植えてあるのはいつものびわ。なのに、あきらかに昨日より一回りも二まわりも大きい。まっすぐで立派な大樹となっていた。


 そんなびわの樹の下に、華苗たち四人はいる。華苗、楠、そして。


「そうだ、一応自己紹介しておこう。私は剣道部部長の柳瀬やなせ まどかだ」


「僕も知ってると思うけど、たちばな 礼治れいじ、弓道部部長です。あ、部長だけど二人とも二年だよ」


 よろしく、と胴着を着た男女が華苗に挨拶してくる。言われてみればきちんと紹介されたことはなかったが、なんだかんだで部活会議や麦収穫の時に顔を合わせている二人だ。黒いポニーテールの柳瀬も、穏やかそうな橘も、武道部にいるからか礼儀正しい。慌てて華苗も頭を下げた。


「…今日はちょっと忙しい。きりきりいくぞ」


「すまないな。私のワガママなんだ」


 申し訳なさそうに柳瀬が言うも、その目はきらきらと輝いている。そして視線はびわの樹に釘付けだ。そう、実ではなく樹に。


 この目をみた時点で幸か不幸か、華苗は今日の仕事の内容をほぼ正確に読み取ることができた。


「…今日は最初にびわの樹の伐採を行う」


「やっぱりですか…」


 それは林業であり、園芸部の活動内容じゃない。今更だが。


「でも、なぜに伐採を? またはざでも作るんですか?」


「…それは──」


「華苗ちゃん、知らないのか!? びわの樹は木刀になるんだぞ!? それもとびきり一流の!」


 頬を上気させて柳瀬が語る。それをみて橘は苦笑していた。


 なんでも木刀の素材としてびわは最高の品質を持つらしい。綿密でほどよく重く、硬さも申し分ない。加えてしなりもあり、丈夫だそうだ。華苗にはよくわからないが、打ちあいに最も強いのもびわらしい。持っていると、ある種のステータスになるのだとか。


「赤樫や黒檀もいいんだが、やっぱり枇杷がよくてなぁ! 実用性もさることながら、あの美しい木目が辛抱たまらない!」


「は、はぁ……」


「ごめんね、円、こうなると長いんだ」


 ところが、こうした木刀に使われるびわは天然物でないといけないらしい。果実を食べる用の、いわゆる養殖物のびわの木刀は脆いそうだ。


 そして、びわの材木はほとんど市場に出回らない。天然物のびわの樹なんて今じゃほとんど見かけることはなく、その希少性もなかなかのものがあるらしい。


「そういえば、おじいちゃんがそんなこといってたっけ」


「そうなんだ! あのときはざが枇杷だと知っていてもたってもいられなくてな!」


 そんな希少なびわの樹がはざに使われている。それも惜しげもなく。加えてそのびわの樹は園芸部特製で、そんじょそこらの樹よりも遥かに丈夫で頑丈な立派なものだ。剣道部部長という剣を扱う立場にいる柳瀬が、それを聞いて黙っていられるはずがなかった。


「でも、そんなにすごいものなんですか? ちゃんしたとこで買ったほうが……私、修学旅行の時お土産屋さんで五百円で木刀売っているの見ましたよ」


「ふふふ、そんな十把一絡げの木刀と一緒にしてもらっては困る。びわの木刀が一本いくらするか知っているか?」


「えーと、五千円くらい?」


「はずれ、もっとだ」


「じゃ、二万円!」


「…そんなはずなかろう。五万くらいじゃないか?」


「二人とも全然だな。正解は十万だ」


「じゅっ!?」


 実用性と美しさを兼ね備え、加えて希少。高くなるのも無理はない。


 華苗は喉をごくりと鳴らしてざらついたびわの樹を撫でる。この一本で、どれくらい木刀が出来るのだろう。


「ふぁぁ……」


「どうだ、すごいだろう? そんな垂涎モノが今こうして目の前にあるんだ」


 さくらんぼといい、この園芸部にはやたら高価なものが植えてある。楠が本気を出したら、もしかしたら億万長者になれるのではないかと華苗は確信する。もっとも、楠がそんなことをしないのも確信していたが。






 さて、話を聞いて俄然やる気を出した華苗はさっそく物置小屋から鋸を持ち出してきた。普通に鋸があるのも不思議だが、まぁ、この際だ。鋸くらい問題ない。


「…危ないからな、八島と柳瀬は離れておけ」


 華苗が鋸を取りに言っている間に楠達で生っているびわを収穫していた。今は果実は一つも付いていない。細かな邪魔になる枝を払うと、楠は幹に斜めに切り込みを入れる。


「斜めに切るのかい?」


「…正確には三角に、だな。倒れる方向をこいつで決める」


 上から下への斜めの切り込みと、下から上への切り込み。これを真ん中よりちょっと過ぎた位で交差するようにして三角に切りだすと、残った部分を切った時にその方向へ倒す事が出来るらしい。


「…じゃ、いくぞ。十分に離れておけ」


 言うやいなや楠はその太い腕を忙しそうに動かす。ぎちぎちと刃と樹がこすれる音が続き、楠の軍手に樹屑がくっついた。わずかばかりの静寂。華苗が息をのみ込んだ時、唐突にそれは起こった。


 ゆっくりと、たしかに傾くびわの大樹。狙った通りの方向へ、うなりをつけて倒れこむ大樹。どしん、と地を揺らすと共に葉っぱがさざめき、土が舞う。


「…ふう。後は大きな枝を払えば終わりだ」


 首元のタオルで楠は額を拭う。切る作業そのものは地味だが、なかなか体力を使うものらしい。


「…運ぶのは、どうする?」


「僕と円、あとじじ様と対策三部でやるよ。もしかしたら榊原先輩や中林先輩も手伝ってくれるかもしれない。じじ様が一緒ならここにも来れるみたいだしね」


「あ、あともう一本頼めるか? 個人用、実用、観賞用、保存用、部活用、それに部活みんなの共同のが欲しいんだ」


「…かまわん。どうせすぐ伸びるしな。ほら」


 くるりと楠が振り返るのにつられ、華苗たちも後ろをみる。


「まぁ、そうですよね」


「嘘でしょ…?」


 切り株があるはずのところにはもうすでに立派な樹があった。もう見慣れた華苗はともかく、橘は口をぽかんとあけて驚いている。柳瀬は驚きよりもまた樹が取れることに喜びを表していた。






 結局もう二本ほど切り倒した華苗たちは畑の方へ、すなわちまだ何も植えられていなところへと来ていた。びわの樹を木刀にするのはおじいちゃんに頼んであるらしく、おじいちゃんも気にいるだろうから一本多めに持っていくことにしたのだ。華苗にはおじいちゃんが職人のように樹を削りだしている様が簡単に想像できた。


「…さて、本日のメインといこう。待たせたな、橘」


「あれ、伐採がメインじゃなかったんですか?」


「今度は僕のワガママ。といっても楠がやるって聞いたから混ぜてもらっただけなんだけどね。円のお礼の意味も込めて手伝うことになったんだ」


 そういうことだ、といって楠は引いてきたリヤカーから小さな苗木を取り出す。小さい、といっても華苗の腰くらいの高さはあるのだが。


「珍しいですね、苗木の状態なんて」


「…最初はみんな苗木だ」


 いち、に、さん。楠が用意した苗木は三つ。今回は本数も少ない。一体この苗木は何なのだろう。


「ほぉ、これが。後は植えるだけなのか?」


「…まぁな。面倒な下準備は済ませてある」


「華苗ちゃん、これはたちばな──じゃなくて、柑橘類のレモンだよ。僕、これ好きなんだよね」


 うきうきと嬉しそうに橘が教えてくれた。なるほど、橘で柑橘のレモン。シャレがきいてるといえばきいている。


「…すこしシーズンがずれているが、四人のまごころ、そして今の畑ならば問題ない」


 レモンの収穫時期はかなり長い。夏場以外だったらだいたい採れる。しかもあくまで収穫時期、すなわち最も安定して取れるのがそうであるだけで、普通に一年中取れたりする。一年中シーズンといってもそんなに間違ってはいない。


「…レモンは日当たりのいい場所に植える」


 多くの果物と同じように、レモンも日当たりのいい場所に植えなくてはならない。また、寒さには弱いので冬場でも気温の低くならない場所が望ましい。


 リヤカーに乗せてあったシャベルを取り出して楠は穴を掘る。華苗もシャベルを取り出し橘に渡してから自分も穴を掘りだす。手持無沙汰になった柳瀬が面白そうに橘の手もとをみていた。


「礼治、腰が入ってないぞ」


「円、見てるだけではわからない苦労もあるんだからね。結構大変なんだよ、掘るって」


「なら私にも掘らせてくれ。さっきから興奮してじっとしてられないんだ」


 しょうがないな、と橘は柳瀬にシャベルを譲る。なんだかんだで仲がいい。そういえば、幼馴染と言っていたっけと華苗は思い出す。華苗に幼馴染はいないが、世の幼馴染はみんなこんな感じなのだろうか。


「…どうでもいいがまごころを込めるのを忘れるなよ」


「込めるといってもどうやるんだ? 私達は園芸部じゃないしな」


「私だって、園芸部っていってもそんな方法わかりませんよ。ただ、なんとなく込めれば楠先輩がどうにかしてくれます」


 さて、そんなこんなのうちに植え付けは終わる。肥料はいつも通りいらないとして、次は水やりか、それとも剪定か。まさかこれで終わり、なんてことはないだろう。


「水やりです?」


「…そうだな。レモンには水がそこそこ必要だ」


「どれ、ならば取ってくるか。いこう、華苗ちゃん」


 レモンには水が少し多めに必要だ。成長期は特に注意しなくてはならない。


 もちろん、水のやり過ぎは禁物だ。レモンは細かい根っこを張り渡らせるため、極度の過湿や乾燥には弱い。畑に植えるか鉢に植えるかでもだいぶ変わってくるため、少し面倒に感じるかもしれない。まぁ、このくらいは常識的な範囲だろう。


 華苗は柳瀬と一緒にぞうさんじょうろに水を汲みに行く。木刀の興奮がいまだ収まらないのか、さっきからずっと柳瀬の息は荒い。じっとしていられないというのも本当のようだ。


 電動井戸で水を汲み、さぁ戻るぞというところで柳瀬はそこに屈む。そしてヘアゴムをはずすと、手で水を汲み思い切り顔に叩きつけた。


「ど、どうしました!?」


「いやぁ、暑くてな。水が冷たかったんでつい」


 ヘアゴムを口にくわえ、両手を頭の後ろに回してポニーテールを直しながら柳瀬は答える。たしかに結構蒸していて暑いのはわかるのだが。ワイルドと言おうか、なんと言おうか、柳瀬には意外と男っぽいところがあるようだった。


 髪から水を滴らせて戻ってきた柳瀬をみても、楠も橘も何にもいわない。わりといつも通りのことのようだった。


「~♪」


「…そんなもんだろう」


 たっぷりの水をあげたらとりあえずはおしまいだ。後はある程度成長するまで待たなくちゃいけないらしい。


「…そうだ、レモンはちょっと害虫がつきやすい。特にアゲハ蝶の幼虫な。アレは見つけ次第徹底的に始末しろ。一匹いたら百匹いると思え」


「んな物騒な……」


 レモンの葉っぱは柔らかく、幼虫たちの好物でもある。油断しているとあっという間に食べつくされてしまうので、ちょくちょく注意しなくてはならない。幼虫がいなかったとしても、卵が産みつけられているとダメなので、見つけ次第始末しなくてはならないだろう。


「他の場所に放してやるんじゃダメなのかい?」


「…ダメだな。味を覚えたやつらはまた戻ってくる」


「しかし卵も幼虫もとなると……いささか罪悪感が」


「…子供のように育てたレモン。(子供)に情けをかけてもその子供()は近い将来お前の子供レモンりに来る。そんなの耐えられるか?」


「む、しかし……」


「…自然は厳しい。だからこそ、容赦はするな」


 レモン一つになに言ってんだと言いたくなる華苗だが、楠の目は真剣だ。だいたい、そんなこと言ったってここでは意味のない話である。


 だって、ほら、もう──


「花が咲きましたけど、どうすればいいんですか、このあと」


「なぁ、なんで華苗ちゃんは平然としていられるんだ? それが普通の反応なのか? 私がおかしいのか?」


「落ちつこ、円。麦でもう慣れたはずでしょ。すぐに動揺するのは小さいころから変わらないよね」


 小さくてきれいな白い花が咲いていた。けっこう強い香りがする。苗木の時は気付かなかったが、大きくなった枝には棘がついていた。それに花だけでなく、樹全体が大きくなっている。二メートル近くあるのではなかろうか。


「…摘蕾と間引き剪定だな。樹勢が強いと実がつかん。とはいえ、これくらいなら問題ないだろう。棘を落とすか」


 レモンの樹には棘がある。手を傷つけたりする等、危ないことはもちろんだが、この棘は生ったレモンそのものを傷つけてしまうこともある。


 こうなると商品的な価値もなくなり、傷口からダメになってしまうこともあるので、出来るだけこまめに取り除いておいた方がいい。


 華苗も万能ハサミを取り出して棘を切り落としていく。ちょっと軍手に刺さったりもしたが、妙な快感があって楽しい。パズルを一ピースずつはめていくような、そんな快感だ。柳瀬と橘も鋏を使って棘を落としていってる。柳瀬より橘の指の方がきれいだったのが華苗にとっては驚きだった。


「うわっ!」


「どうした礼治、 刺したのか? 花柄でよければ私の絆創膏があるぞ?」


「いや違くて……楠、なんか花びらが落ちて変なのが出てきたんだけど……」


「…そいつは雌蕊だな。気にするな、すぐに──」


 そう言っている間に不格好な黄緑の茸のような雌蕊が落ちる。そして、雌蕊のあったところがみるみる膨らんでいった。まるでビデオの早回しのようである。


「…レモンの実だ。大きく、色づいてきたものから収穫してかまわない」


「改めてみるとやっぱりびっくりするね……」


「本当に、なんでこんなことが──おい!?」


 最初の一個が黄色くなったと同時に、全ての樹からものすごい勢いで花が散り始める。そして、みるみる果実が大きくなっていき、黄色く色づいていった。どこからどうみても、シーズン真っ盛りの立派なレモンだった。


「なんか、実の付きが多くありません? いつもまごころあってもこんなになりませんよね」


「…もともとレモンはたくさん実をつけるからな。一本に三百近くついたはずだ」


「なぁ、なんだかんだで動じていない華苗ちゃんは立派な園芸部だと思うのは私の気のせいだろうか」


「大丈夫、円だけじゃなく僕もそう思う」


 レモンはたくさんの実をつける。また、先程の通り収穫時期も結構長い。そのため数本植えておけばレモンに困ることはまずないだろう。楠が苗を三つ用意したのも、その辺が理由である。ただ、この園芸部に限って言えばそんな必要性はまったくないのだが。


 さて、レモンの実は緑色のものと黄色のものがある。もちろん品種によってその色に違いはあるのだが、基本的にどれくらい熟れているかで色は決まる。


 まだ若くそこまで熟れていないものが緑色。かなり熟れているのが黄色。


 緑のものは酸味が強く、香りも強い。

 黄色のものは甘味が強く、香りは穏やかで果汁が多い。


 どちらがいいかと言われたら、これはもう個人の嗜好の問題だろう。


 華苗も鋏でレモンを収穫していく。華苗の手にはやや大きいくらいの大ぶりなレモンだ。ざらついた表面は、わずかに緑のしみが残っている。不思議なことに、スーパーで売っているレモンのようなべたついた感じがしない。軍手をとって確認してみても、間違いではなかった。


「さすが、完全無農薬のレモンは違うよね。こういうの、久しぶりだよ」


 あのべたべたは農薬によるものらしかった。


 そういえば、と華苗は思い出す。外国からの輸入物は農薬のプールに突っ込んでいるはずだ。嘘か本当か知らないが、中学の社会の授業でそう聞いた覚えがある。


「礼治、黄色のでいいんだよな?」


「そうだね。でもおばさんは緑のが好きだからそっちも忘れないで」


「母さん、緑が好きだったのか。知らなかったな」


「…お菓子部とじいさんとこ、あと少し調理部にも持ってくから、そっちも忘れるなよ」


 切る。切る。切る。切る。


 うまくいけばもぎ取れそうではあるが、華苗の握力では難しいだろう。楠ならば手でレモンをすっぽりと覆えるが、握力も強いから握りつぶしてしまうに違いない。


「楠先輩、これ生でいけますかね?」


「…いけなくはないが、けっこう酸っぱいぞ。調理したほうがうまいな。双葉先輩か夢一にでも頼んだらどうだ?」


 レモンは実も皮も食べられる。香りづけなどにも使われるし、レモンスカッシュなど、ジュースにもなる。薬味としても使われるなど、意外と利用範囲は広い。


「橘先輩たちはレモン、どうするんです?」


 忘れていたが、このレモンは橘のお願いでもあったのだ。華苗は橘のレモンの使い道に少し興味を持つ。まさか、弓道の的に使うわけでもないだろうし。


「おばさん──円のお母さんにレモンの砂糖漬けを作ってもらうんだ。おばさんの、すっごくおいしくてね」


「小さい頃はちょくちょく作ってもらえてたんだが、最近は農薬を使っていないレモンが手に入らないらしくてな。なんだかんだで二人で食べるのは久しぶりだな」


「レモンって本当においしいよね。思い出の味だよ」


「あ、ああ。そう……だな。……いろんな意味で」


「?」


 橘と柳瀬は幼馴染。それも家が隣同士らしい。小さいころから家族ぐるみの付き合いをしているそうだ。この年になれば幼馴染とはいえ男女は疎遠になるものと華苗は思っていたが、どうもこの二人に関してはそうではないらしい。


「おばさん、喜ぶかな」


「喜ぶだろう。それに、今日はうちで夕飯の日じゃないか。持ってくのにも都合がいい」


「…ついでだ。トマトだの玉ねぎだのも好きなだけ持ってけ。さくらんぼもびわもイチゴもな」


「いいのか?」


「ありがとう、楠」


 なんだかこの様子をみると、若い恋人が近所の農家のおじさんに応援されているようにしか見えない。もちろん、楠が純然たる善意で言っているのはわかるのだが。


「もしかして、橘先輩と柳瀬先輩って付き合ってます?」


 華苗とて女の子だ。自分はともかく、人のそういう話はけっこう気になる。


 半ば冗談のような気持ちできいたのだが、とたんに柳瀬達は顔を赤くして慌てだした。もしかしなくてももしかするようだ。


「な、ななな、何言っている。礼治とは、その、ただの幼馴染だ!」


「そ、そうだよ。驚かさないで。円は恋人じゃなくてただの幼馴染だってば。ちょっと一緒に登下校したり、朝起こしに行ったり、家族ぐるみで付き合ったり、お互いの家でご飯食べたり、一緒に勉強会する程度の、至って普通の幼馴染だよ!」


「お、おおぅ……」


 それは恋人となんら変わりはないのではなかろうか。テンパりすぎて、致命的なことを喋ってしまっている。それも、本当にお話の中にあるようなまさに理想的な幼馴染の生態だった。ここまでくると、かえって華苗の方が恥ずかしくなってくる。


 取りつくろうかのように柳瀬達はレモンの収穫に戻る。楠はそれをわかって見ているのか、いないのか。仲がいいのはいいことだ、なんていいながら持ち帰り用の袋を取りに行ってしまった。


 つまりは、この気まずい空間に華苗一人を残していったわけで。


「……なにこれ。なんで私がこんな気まずいの?」


 この微妙に気まずい空間は楠が帰ってきても続いた。校門のところで橘達と別れた華苗だったが、この様子では家に帰るまでずっとあの空気だろう。


 夕日がやけに赤かった。これが青春なんだろうか。


 後に華苗は知ったが、レモンの花言葉は誠実な愛、熱情だ。そして、その仄かに甘くてちょっと酸っぱい味は、初恋やファーストキスに例えられている。


20160730 文法、形式を含めた改稿。

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