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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
22/129

21 脱穀、ふるって


 園島西高校中庭奥文化研究部活動場所、通称“古家”前。そこには見事な麦の壁がそびえていた。


 東からの陽を浴びて、その茶色くなった麦束はきらきらと輝いている。もっとも、昨日の段階よりも乾燥が進み、以前の黄金色の輝きに比べるとかなり見劣りしてしまうものではあったが、およそ2メートルほどの高さの麦の壁のその迫力は、黄金の時よりも遥かに増していた。


「やっぱり乾燥している……」


 あの後、新しいびわの樹を切ってきたおじいちゃんははざの組み方を変えた。鉄棒のように作ることは変わりなかったのだが、長めの支柱に横木を一つつけた後、さらにその上にも横木をくくっていったのだ。これにより今までと同じスペースに

倍以上の麦を干すことが可能になり、溜まっていた麦束も続々と処理されていった。


 ただ、それでも麦束の量は捌ききれないほどにあり、ぎゅうぎゅうと上、中、下段にみっしりと詰めに詰めてようやくなんとかなったのだ。


 もう本物の壁のような重量感になっており、華苗はどことなく街祭りにあった巨大迷路を思い出していた。もしきちんとはざが並べられていなかったのなら、まず間違いなくそうなるだろう。


「ネットは要らないっていってたのは、本当だったんだね~」


 当然、これだけの規模のはざがけとなると防鳥対策も大規模になると思っていたのだが、この古家の周辺にはネットなど張られてはいない。


 そこにあるのは、不気味でおぞましい顔立ちをした二体の案山子のみ。用事があるから、とふらふらになった佐藤がシャリィを連れて帰る際に置いていったものだ。


 案山子なんて効果があるのかといぶかしんだ華苗たちだったが、その顔を見た瞬間に寒気が走り、鳥はおろか人さえ寄せ付けないのでは思ったものだ。


 その予想は当たり、無事な麦の壁が華苗たちの前にある。


 なんでもあの案山子は、佐藤が作ったものらしい。料理やお菓子の腕はいいのに、デザインセンスは壊滅的を通り越して破滅的だった。


「やっぱり乾燥しちまってるんだよなぁ。普通一日じゃムリだよな」


「でも、いくらでも生えてくるのに比べればマシね。だいじょぶ、慣れてきた」


 華苗たち四人は集合時刻のちょっと早めに古家前に来ていた。まだ他の部活の姿は見えないが、楠やおじいちゃん、青梅や双葉、佐藤に秋山にシャリィはやってきている。


 楠が連れだしたのだろう、あやめさんとひぎりさんがこっこっこ──と鳴きながら古家の前を地面を突いて回っている。落ちた麦でも食べているのだろう。こっちにいるのを見るのは華苗は初めてだ。


「おはようございます!」


「おっ、みんなおはよーさん!」


 華苗たちのあいさつに秋山が元気に応える。なんだかんでもう体力は回復できたらしい。佐藤もいつも通りだった。


「…けっこう早いな。もう少し遅いもんだと思っていた」


「そりゃま、一応園芸部ですからね。お願いしている立場なのに他の部より遅れるのは問題ですよ」


「うんうん、さすが華苗ちゃん! いい心がけだね!」


「でも、ちょっと惜しかったね。もっと早く来ていれば、朝ごはん一緒に食べられたのに」


 なんでも、楠達は古家で朝ごはんを済ませていたらしい。特に打ち合わせしたわけではないが、自然とそうなったそうだ。


 楠の野菜と卵、おじいちゃんの味噌、秋山が近所の肉屋で買ってきた肉で青梅と佐藤が腕を振るったとのこと。双葉とシャリィはデザートを作ったらしい。


「おみそ汁もベーコンエッグもよっちゃん達の分くらいは普通にあったよ。今日も卵いっぱい採れていたし、スクランブルエッグはケチャップかけ放題の食べ放題だったんだよ」


「フルーツジャムヨーグルトも、けっこう余ったよね! あんだけジャム作ってたから、当然なんだけどさ」


「へぇ。ところで余ったのはどちらに?」


「はは、シャリィがお代わりして、それでも食べきれなかったのは職員室にもっていったよ。深空先生が嬉しそうにしてたな」


「あのヨーグルトはおにいちゃんが作るよりもおいしかったかもしれません。食べきれなかったのは一生の不覚です……!」


 シャリィがお腹をさすりながら悔しそうにつぶやいた。なんでも、今日は深空先生たちも参加してくれるらしく、余った料理やデザートは報酬の前払いみたいなものとして職員室に届けたらしい。


 それにしても、ずいぶんと豪勢な朝餉だったようだ。今朝の華苗の朝食は、トーストにジャムを塗っただけだった。


「い~なぁ~! 青梅部長、ずるいですよ!」


「……双葉部長も、そんなことしているんですか」


「おれなんて今朝は夕飯の残りものですよ。よくやるんですか、こういうの」


「おうともよ、オレは昼飯だって楠によく世話になってるぜ? 今度田所と清水ちゃんも一緒に来いよ!」


「それじゃ、遠慮なく。うっは、なんかすげぇ楽しみ」


 そんなことを話している間に部長たちがわらわらと集まってくる。昨日の今日でこれなくなる人達もけっこういると華苗は思ったのだが、ちゃんとみんな来てくれたようだ。


 よくよく見れば、部長たちではない、ヒラの人たちもいる。きっと人手が必要だと踏んで適当に連れてきてくれたのだろう。


 昨日は五十人くらいだったはずだが、今日は百人はいるのではなかろうか。非公式で自由参加のはずなのに、これだけの人数が動いてくれたことに華苗は驚きを隠せなかった。


 今日初めて来た人は華苗以上に驚いている。もちろん、その高くそびえる麦の壁を見て、だ。


「おお、今日もまたずいぶんと集まったものだね」


「あー、深空先生、俺、教頭先生に連れてこられただけなんすけど……。園芸部ってこんなこといっつもやってるんですか?」


「うふふ、さすがにいつもではありませんよ。荒根先生は体力もありますし、さすがにこれだけ生徒が集まっているとなると、監督者も必要ですから」


「それに、またおいしいものが食べられます。私もこの規模は初めてですが」


 先ほど話していた教頭先生たちもやってきた。荒根は園芸部の活動の内容を詳しく聞いていなかったらしい。


 まぁ、麦の栽培ということが分かっていていも、まさかこれほど大規模なものだとは普通は思わないはずだ。それでも全員、いわゆる“汚れてもいい”服装をしていた。


「そろそろ集まったんじゃないかねェ。こっちも準備は万端さね」


「…そうですね。始めるとしましょうか」


 楠がゆっくりと人ごみのほうに向く。今までがやがやとしていた生徒たちは一斉に静まり返った。その様子を、教頭先生と深空先生がにこにこと、荒根先生とゆきちゃんは驚いたように見つめている。


「…集まってもらってありがとう。今日は、こいつらを処理していく」


 そう言って楠はくいと顎をしゃくる。そのさきにあったのは、これから先の困難を象徴するかのような、高く高くそびえる麦の壁だった。


 だれかがごくりと喉を鳴らすのが華苗の耳に聞こえた。それは、戦闘開始の合図だった。





「…昨日の麦は見ての通り十分に乾燥した。これからこいつらを粉に、小麦粉にしていく」


 楠がちらと見た先にはなんだか昔話でみるような農具がいくらか置いてあった。どこかでみたことはあるのだが、背負子と同じく名前はわからない。石臼だけはわかったのが不幸中の幸いだ。


 園芸部の小屋にはなかったものだから、これらはすべて文化研究部の備品だろう。今更だが、この学校の部活動はどこを目指しているのだろうか。


「…まずは大麦の処理だ。大麦は小麦と処理が違うから先に話しておく」


「大麦はこの麦打ち台をつかってもらうさね。ちょっと体力使うから、運動部が率先してくれるといいんだけどねェ」


 おじいちゃんは掛けてあった大麦を手に持ち、小さい机のような、ベンチのような物の前に立つ。それは田舎にポツンと置いてあるような手作りの木製家具にしか華苗には見えなかった。これが農具だというのだろうか。


「使い方は簡単さね。こうやって──」


 おじいちゃんは手に持った麦を大きく持ち上げる。まさか、と華苗が思った瞬間には、それは行われていた。


「振り下ろすっ!」


 ばしん、ばしんといい音が響く。


 何度も何度も、躊躇いなくおじいちゃんは麦を振り下ろし続けた。よくみれば、その衝撃で外れたのであろう麦粒が麦打ち台に無数にある小さな穴から下へ引かれてあったシートの上に落ちている。


 なるほど、こうして脱穀をするわけだ。しかし、それにしても──。


「アバウトってか力づくってか、道具としてそれはアリなのか?」


 荒根が呟いた言葉に華苗は大きくうなずいた。正直叩きつけられるのであればなんでもいいのではなかろうか。


「こんなかんじでやるのさね。このあと振るいに掛けて細かいごみとか取り除いたら大麦は終わりだねェ。挽くわけでもないし、細かい後の処理は私がやるよ」


「…次に小麦だ。メインとしてはこっちだな。やることは最初は同じで脱穀した後ふるいに掛ける。ただし、道具はこっちを使ってもらう」


 次に示されたのは巨大な櫛のような農具だった。何本もの歯がある櫛を台のようなものに固定してあると言えばわかりやすいだろうか。麦打ち台と比べ、こっちはなんかそれっぽい。


「ああ、“千歯扱き”か!」


「…その通りです。こいつは、こう使う」


 流石というべきか、教頭はこれの名前も知っていたらしい。


 小麦の束をもった楠はそのまま千歯扱きの前に立ち、その穂先を歯のところにあてがう。そして、そのままずるっと引き抜いた。


「わぁ」


 麦束という髪をとかした千歯扱きは、同時に麦の粒を束から落としていた。ぼろぼろといくらかの麦わらと共に引いてあったシートに落ちた麦粒は麦打ち台のときよりも多いように見える。


 櫛と同じように、ひっかかるもの、すなわち麦粒を落とすいう原理らしい。仕組みとしては単純だが、どうしてなかなか、うまく作られているように思える。さきほどの麦打ち台よりも簡単だしはるかに効率がいい。


「…まぁ、見ての通り麦打ち台よりかは楽です。次に、足踏み脱穀機です」


 先ほどまでの二つと打って変わって、こちらは農具というよりもからくりのようだった。華苗は昔、郷土博物館とやらでこれに似たからくりと見たことがある。


 やはり青いビニールシートが下に敷かれていたが、こちらはなぜか機体そのものにもビニールシートが被せられていた。


「…これも、説明するより見るほうが早いな」


 華苗のお腹くらいの高さのその農具の前に立った楠は、下についているペダルをリズム良く踏んでいく。ぎぃ、ぎぃ、と最初はぎこちない音を立てていたが、そのうちごぉぉ、となにかが回るような音が聞こえてきた。もちろん、その間も楠の脚は止まらない。


「…中で、突起がついたドラムが回転している」


 そして、その中へと小麦の束を突っ込む。小麦が中に入ったその瞬間、ばちっと乾いた静電気のような音が響き渡った。と、それと同時にからからと麦粒が落ちていく音もする。


「…束を回して、まんべんなく当てるように。まぁ、やればわかる。当たり前だが、手を突っ込むと危険なので十分注意するように」


 次々に下から麦粒が出てくる。ごうんごうんという音がいかにも機械っぽいが、これでただの農具だというのだから驚きだ。本当によくできており、見た目が木でできているのが不思議なくらいだ。


「すげ……」


「……なんでこんなのあんの?」


 それを見ていた人たちは単純に驚いているものと、どうしてこんなものがあるのかに驚いているものとに二分されていた。気持ちは分からなくもない。


「じゃ、はじめよっか!」


 早速華苗たちも脱穀に取り掛かる。麦打ち台は運動部、千歯扱きは文化部、足踏み脱穀機は女子が多い。おじいちゃんに言われたとはいえ、運動部が率先して面倒臭いのを引き受けてくれたのはありがたい話だ。


 一束の麦をもって華苗はペダルを踏む。もちろん、選んだのは足踏み脱穀機だ。


「おおお……!」


「回ってるぅ……!」


 意外と重いペダルだったが踏んでいくとどんどん軽くなってくる。ただやみくもに踏むよりも、リズム良く踏んだほうがいいようだ。ごうんごうんといい音が鳴ってきたところを見計らい、麦を突っ込む。


「うわっ」


「どうしたの? だいじょぶ?」


 意外と持ってかれる力が強い。堪え切れないほどではないが、想像よりかははるかに大きな力だった。


「い~感じでできてるね~!」


 ぱらぱらと勢いよく麦が落ちていく。音が小さくなったら麦束をくるりと回し、別の場所を当てていく。すると再び音が大きくなり、そしてまた小さくなったところで回す。それを繰り返し音が完全になくなったら終了だ。


「で、これをふるいにかけるってか」


 かなりの数の農具があるとはいえ、さすがに全員が同時にできるほどの数があるわけではない。ばしんばしんと麦を打つ隣で、二十人くらいがふるいを使って持ち込まれる麦をふるっていた。


 麦打ち台のせいで塵が舞うらしく、そのことについて文句を言っている。


「ちょっとぉ、風向き考えなさいよ!」


「うっせ、打つこっちの身になってみろや! なんなら変わってみっか?」


「上等だこらぁ!」


 みんな、なかなか元気がいい。ちょっと疲れた華苗はよっちゃんに脱穀機を譲る。


 麦の壁もまだ一つとはいえ、攻略できた。掛けるのは大変だったのだが、これだけの人数がいるのだ、意外と早く終わってしまうのかもしれない。


「麦打ちのときには麦打ち歌ってのを歌うものなんだよねェ」


「ほんと? どんな歌?」


「民謡みたいなもんだよ。歌って士気をあげるのさね」


 ふるいをかけながらおじいちゃんがコーラス部の部長と話している。


 ばしんばしん、ごうんごうん、ぎちぎち、がやがや。


 歌など歌わなくても、士気はあった。


「…脱穀した麦わらはひとまとめにしておいてください」


 そこそこの量の麦わらがまとめられ、あやめさんとひぎりさんがその周辺をうろついている。とりそこなった麦粒を探しているのだろうか。それとも、自分たちの寝床用の藁を探しているのだろうか。


「お~、けっこう楽しい」


「なぁ、次おれにやらせてくれよ」


 本来なら重労働、それも生活がかかるような作業とはいえ、こうしてみんなでやるのはなかなか楽しい。新しいおもちゃで遊ぶ気分だ。すこし塵がまって埃っぽいことを除けば、最高である。


「ふんぬぬぬぬ!」


「いやおまえ、三束同時千歯扱きはムリだろう」


「できるかもしれないじゃないか! なにかが、なにかがつかめそうな気がするんだ! やる前から諦めるなって教えてくれのは、貴女じゃないのかゆきちゃん!」


「いや、そういう意味じゃないし。というか先生と呼びなさい先生と」


 しかし、体力はかなり使う。麦打ち台はもちろん、千歯扱きは引っ掛かるのを引っ張るわけだからやっているうちに腕が痛くなるし、足踏み脱穀機も何度もやっていると足が上がらなくなってくる。部活の基礎練習としては、いい効果がありそうだ。


「おにいちゃん、これってどれくらい振るえばいいんですかね?」


「ゴミがなくなるまで、だからね。きちんとやらないと後の作業に支障をきたすから、手は抜けないよ」


「うら、うらぁ! もういっちょ!」


 荒根は麦打ちが気に入ったようだった。生徒よりもはしゃいでその筋肉を思う存分行使している。


 噂ではあるが、荒根は筋肉トレーニングが三度の飯より好きらしく、暇さえあればスクワットや腕立てをしているらしい。テスト監督中にスクワットを始めたことは伝説となっているそうだ。


「さて、ふるいもそろそろいいだろう。唐箕とうみを使って仕上げといくよ」


 それからしばらく。


 麦をふるっていたおじいちゃんははじに置いてあった農具の元へと歩く。どうやらこれは“ふるう”工程の最終仕上げに使うものらしい。


 足踏み脱穀機と同じく、いやそれ以上にからくりのような見た目で、思わず華苗たちも手を休めて見に行ってしまった。


「こいつは、実の選別につかうものさね」


 なんだか意味ありげなハンドルを握ったおじいちゃんは、それをくるくると回す。すると、パタパタという音がして反対側から風が吹き出てきた。扇風機……とはちょっと違うが、似たようなものだろう。


「上のこの穴に脱穀した粒を入れると、下に落ちて風に乗るのさ。そのとき、細かいごみやすかすかなのは風に飛ばされて外に、普通の物はちょっと飛んであっちの穴から、出来のよく重いものは風に飛ばされずにこっちの穴からでてくるのさ」


 ハンドルを回しながらおじいちゃんは脱穀した麦粒を穴に入れる。ざらざらと落ちる音がしたかと思うと、次の瞬間にぶわっと細かいちりが吹き上がった。


 下方に二つ付いている穴から麦が出てくる。もちろん、穴のところにはすでに器が用意されていた。


「ふむ、よくできているな……何かに使えるか?」


 テロ対策部の部長がそれを見てぶつぶつ呟いている。テロ対策に昔の農具が使おうとするとは、面白い考えをする人だなと華苗は思う。


「おじい、あたしにやらせて!」


 サバイバル部の部長がさっそくハンドルを受け変わる。そのままいきおいよくぐるぐる回して──


「あれ?」


「ちょっと強すぎだねェ」


 風の勢いはすさまじく、ほとんどすべての実を吹き飛ばしてしまっていた。これでは意味はない。力加減は重要なのだろう。弱すぎれば選別できず、強すぎれば全て吹き飛ばしてしまう。


「敦美ちゃん、先生にやらせてもらえないかしら?」


 今まで黙っていた深空先生が身を乗り出してきた。サバイバル部部長はいいよ、とハンドルを受け渡した。


 深空先生はにこりと笑うと、ゆっくりと、少しずつ回していく。だんだん早くしていき、ちょうどいいところでそのペースを維持した。


「初めて見たときから、ずっとやりたかったのよ~」


 うふふ、と笑いながらハンドルを回し続ける深空先生。やがて麦がなくなってきたところでサバイバル部部長が追加の麦を入れる。からから、ぱたんぱたんとのどかな音がずっと響き渡っていた。


「古家の縁側に容器はたんと用意してあるから、種類ごとに分けてくれんかね。この調子で進めば、お昼になる前に粉挽きまでいけそうだねェ」


 やはり人が多い分、全体的な作業能率は昨日と比べ物にならない。つぎつぎと脱穀され、振るう側が追い付いていないくらいだ。すこし人の配置を変えたほうがいいかもしれない。


 唐箕はそこまで数はないので、脱穀よりもふるいの人数を増やしたほうがいいだろうか。それとも、次の挽く工程にいったほうがいいだろうか。


「楠先輩、どうします?」


「…選別が思った以上に時間がかかるな。ちょうどいい、何人かでまた刈りにいくか」


「……え、また?」


「…一年分必要だからな。脱穀している中で今日初めて来た連中を連れていくさ。挽く工程に入るタイミングはじいさんに任せるから、おまえはうまくじいさんのサポートをしてくれ。…頼むぞ、一応ここではおまえは二番目か三番目に頼りにされているはずなのだからな」


 楠は初めてきた運動部に声をかけて畑へと行ってしまう。その様子を、昨日のことを知っている人達は憐れむような目で見ていた。刈っても刈ってもなくならない麦に、彼らはどんな反応を示すのだろうか。


「刈って、束ねて、はざがけて、脱穀して、振るって、その後挽くんだっけ?」


「うん、一応そういうことだけど……。もうちょっと作業全体が進んでから、手分けして同時進行する形になると思う」


「あはは、がんばれ華苗」


 もっとも、華苗も工程を聞いただけでそれらの具体的な方法や意味まではわからない。事実上、作業は楠とおじいちゃんが指揮していた。華苗は初めて来た人たちにちょっと説明するのがせいぜいだ。


「あ、第一陣がやってきた……まだだいじょぶそうだね」


「清水、あと何回で絶望するか賭けないか?」


「いいよ。負けたらジュース奢りね!」


 しばらくして麦束を背負ったのが古家にやってくる。まだなんともなさそうだが、その顔が驚きに染まるのもそう遅くはないだろう。ばしんばしんと麦打ちしていた秋山が、手を止めてはざがけのやり方を説明していた。


 別の一方では、女子が脱穀した麦束を男子がせっせとはじっこのほうにひとまとめにしていた。そのすぐ近くでは、ぎちぎちと音を立てながら何人もの男子が千歯扱きと格闘している。気まぐれな森下は、くるくるともてあそぶようにして麦を振るっていた。


「なんだか……長い一日になりそうだね」


「あはは、おもしろそうじゃん」


「早く挽く作業始まらねぇかなぁ。石臼やってみたいんだよな」


 まだまだ今日は始まったばかり。麦をふるいに掛けながら、華苗は額をタオルでぬぐった。



20150503 文法、形式を含めた改稿。


知れば知るほど奥が深すぎて困る。

理解すればするほど書けるかどうか不安になる。


麦さんほんと尊敬しますわ。

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