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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
20/129

19 刈って束ねて ☆

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】です。

本当にありがとうございます!


さぁ、刈りの時間だ。

挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


「あはは、壮観だねぇ~!」


「すっげぇなおい! こんなのテレビでしか見たことなかったぜ!」


「ねぇ感想がそれ!? なんでそんな普通なの!? 私がおかしいの!? ねぇどうなの!? どうなってるのよぉ!?」


「あ、あはは……。気にしちゃダメだよ、史香ちゃん」


 ちょうどお昼過ぎ。太陽はほとんどてっぺんの場所で輝いている。


 先生方の研究会とやらで授業は半ドンだったから、華苗たちはぱぱっとお昼ご飯を食べて、ささっと動きやすい服装に着替えて畑へと来ていた。


 もちろん華苗はオーバーオールに麦わら帽子の、いつもの園芸部スタイルだ。軍手、長靴も忘れない。


 よっちゃん、清水、田所は園芸部でもないし運動部でもないからジャージ姿だ。よっちゃんは体育の、清水は自前の、田所はおそらく中学時代のであろうジャージを着ている。


「いや気にするなっていってもさ! そりゃま、うすうす感づいてはいたけどさ!」


「感づいていたのなら問題なくね? ありのままを受け入れようぜ。それがこの高校では一番重要なんだっておれはこの二ヵ月で学んだぞ」


「~っ! なんかアンタに言われると無性に腹が立つ!」


「なんという理不尽」


 中庭にたむろっていた、やはり運動部のジャージ姿の多い上級生たちと共に畑に入った華苗たちの目に飛び込んできたのは、見事な黄金の絨毯だった。田所ではないが、華苗はこれと同じ光景はアニメ映画でしか見たことがない。


 意外と高い、華苗の腰くらいはある黄金の穂が、真上から降り注ぐ太陽の光でよりきらきらと輝いている。少しのそよ風が吹くと、さぁっと気持ちのよい音がしてその黄金の絨毯は波打った。あの中に入ったら、さぞかし気持ちの良いことだろう。


 よくよくみれば、見事な穂の重みに耐えきれないのか、どの麦も先端が撓んでいる。どこからどうみても、シーズン真っ盛りのよくできた麦だった。


「お、もうけっこう来ているね~」


「……ふう、気にしない。もう何があっても気にしない……!」


 華苗たちを含むがやがやとした集団はすでに集まっている人達、すなわち楠やおじいちゃんの元へと向かう。どうやらこの集団が最後だったらしい。他の人たちはすでに楠から渡されたのであろう軍手や自前のタオルを首に巻いて、準備は万端だった。


 ……サバイバル部の女部長が、なにやらごついサバイバルナイフを持っているのは、華苗の気のせいではなさそうだった。


「…ありがとうございます、来てくれて」


「いいってことよ! それより俺らにも軍手くれ!」


 楠がちらりと見た先にある大きな段ボールに軍手が無造作に入っていた。華苗たちと一緒にやってきた人は順番に軍手を取り出していく。


 運動部のジャージ姿で軍手に汗ふきタオルという組み合わせは、なかなか面白いものがあった。


「ふむ、やっぱりこういうのはいいな! 田舎を思い出すよ」


「あ、教頭先生もいる」


 いつも通り作務衣を来た、白髪頭のおじいちゃん以外にも白髪交じりが見えると思ったら、教頭先生も来ていた。


 いつもはしっかりとした服装をしているのに、今日は本当に農家の人のような服装で、とても教頭先生には見えない。研究会にはどうやら参加しないらしい。


「…それでは、これから麦刈を行います。この鎌を使って刈ってください。刈ったものはひとまとめに。ただ──」


 全員の準備が終わったところで楠が説明に入る。ちらりと華苗はあたりを見回すと、部活会議に出ていたもののほとんどが参加しているようだった。カメラを持った人が今この瞬間も説明する楠を撮影していた。


「…今回、麦は四種類植えてあります。色や形が若干違うのでわかると思いますが、一応あの立て棒ごとで区切れているので参考にしてください」


 アサガオの時に使った支柱が麦の間に埋もれるように立っている。違いがわかるのはおまえだけじゃね? と誰かがつぶやいたのが聞こえた。


 確かに、華苗にもどれもほとんど同じに見える。楠は、ちゃんと区別が出来ているのだろうか。


「なぁ楠、四つも植えてどうすんだ? 麦ってどれも一緒じゃねーの?」


 サッカージャージの秋山がなかなかいいことを聞いてくれる。何人かが同じことを思っていたみたいで、うんうんとうなずいていた。華苗も頷きそうになったのは秘密だ。


「…それは──」


「小麦にもいろいろ種類があってね、品質によって使い方が変わるんだ。薄力粉はお菓子部(あたしのとこ)でケーキに使われたりするよね!」


「強力粉は調理部(私のところ)でパンとか麺になったりするかな。薄力粉と強力粉の中間の質のものが中力粉っていって、こっちはお好み焼きとかたこ焼きとかの、いわゆる粉物によく使われるんだよ」


 楠の言葉を掻っ攫ってオーバーオールを着た二人が続ける。確かに麦といえば小麦粉だ。お菓子にも料理にもつかわれるものだから、この二人が知っていてもおかしくはない。


「でも、それじゃ四つ目はなんなんだァ? 強、中、薄以外に小麦粉なんてなかったと思うんだがなァ」


「厳密には違うけど、確かに小麦粉()もうないねェ。最後の一個は大麦さ。こいつは麦飯や麦茶はもちろん、味噌や醤油の原料にも使われる。家畜の飼料や酒なんかにもできるねェ。それに、麦芽を使って駄菓子─具体的にゃ、水飴なんかがつくれるんさね」


 森下の質問におじいちゃんが答える。やはりというか、とても詳しい。もはや楠の出番がないくらいだ。


 まぁ、おじいちゃんは文化研究部で駄菓子をよく作るそうだし、知っていてもおかしくはない。というか、麦の収穫というだけで文化体験ぽいから、知っていないほうがおかしいだろう。


「…説明してくれた通り、これらの収穫により、食糧事情は大きく改善される。主食となるものを採るのは今回が初めてだ。無事に終わったあかつきには、夏休みや秋の収穫祭で盛大にふるまうことが出来る。パンやうどん、お好み焼きや麦飯が食べ放題だ」


 楠の言葉でその場の士気が明らかに上がる。今までなんだかんだでがっつり食べることはできなかったが、今回のが成功すれば、気軽にがっつり腹を満たせるのだ。


「…質問がなければそろそろ始めます。鎌はそんなに多くないので、譲り合いの精神で。切れるなら鎌でなくてもかまいません」


 愛用の鎌を持った楠はくるりと背を向け、麦の前にしゃがみ込む。穂のやや下を左手でぐっと掴み、慣れた手つきで根元に刃をあて、手前に引くようにしてざっと刈り取る。ぶつっと小気味の良い音がして、一握り分の麦が左手に収まった。


「…こんなかんじで収穫してください。刃物なんで十分に気をつけるように。…お礼と言ったらなんですが、疲れたらそこらへんの果物だの野菜だの適当に好きなだけ食べてもらって構いません。持ち帰りも好きなだけどうぞ。

 …それでは、お願いします」


 まっさきに飛び出していったのはサバイバル部だった。サバイバルナイフを使いたくてうずうずしていたらしい。


 それにゾンビ対策部が続いていく。テロ対策部は呆れたように追いかけていき、その様子を見た他の人たちも思い思いに鎌を振るおうと散っていった。


 華苗もその小さな手にきゅっと鎌を握りしめ、楠の横に立つ。麦刈が始まった。





「さて……と」


 楠が刈った麦の隣のエリアに華苗は中腰になって向かい合う。楠と同じように、左手で麦をむんずと掴んだ。


 軍手越しに伝わる麦の感触は、軽くて、乾いていてそれでも丈夫な、なんともいえないものだった。


 左手はそのままに鎌の刃を根元に当てるが、これでもなかなか切りにくい。楠はさっと刈っていたが、みちみちと傷つくだけで、うまく切れない。あまり力を入れると根っこを引っこ抜いてしまいそうになる。


「…足で根元を踏んどけ。いくらかマシになる」


「うぉ、できた」


 ぶつっといい音がした方向をみると、田所が左手に黄金の束を握っていた。一番乗りを取られてしまって少し悔しい。


 そんな思いが手に伝わったのだろうか、やがて華苗のほうも少しずつ刃が食いこんでいき、ある点で一気に軽くなって振り切った。少し勢い余ってしまったが、一応はこれでOKだ。


「うわぁ」


 最初の収穫。華苗は麦の刈り取りは初めてだが、野菜や果物とはまた違った感動がある。きらきらとした黄金の束は、それだけで財宝のようにも見える。収穫の感動がいっぱい詰まっていた。


 さて、一度刈り取ってコツを覚えると後は早い。ざくっざくっざくっと、リズミカルに刈ることが出来る。自分が刈って進んだ分だけ、ミステリーサークルのように跡が残るのがなんとも言えず面白い。刈り取るときのこの絶妙な感覚も癖になりそうだ。最後の、ふっと力が抜けて振り切れる時が特にいい。


「あたしにも貸して~」


「アンタも」


 ある程度刈ったところでよっちゃんに言われ、華苗は鎌を渡す。清水は田所から鎌を譲り受けた。いや、渡させたと言ったほうが正しいかもしれない。何気にさっきのことを気にしているみたいだった。


「っく、けっこう難しいね」


「うう、全然できない」


 よっちゃんは割とすぐに刈りとれたが、清水はなかなか刈りとれないでいた。コツさえつかめばそんな難しくはないのだが、最初はなかなかうまくいかないだろう。


 それにこの麦、たしか大麦は穂の先からとげのようなものが出ていてちくちくする。今にも刺さりそうだ。全体的にとげとげしく攻撃的な形状をしている。刈り取りにくいのもそれが要因なのだろう。


「ちょっと手首使ってみ、んで、手前にくっとやるんだ」


「くっ……この屈辱……!」


 田所のアドバイスもなかなかいいと思うのだが、それでも清水は刈れないでいた。


 遠くのほうから麦を刈る楽しそうな声が聞こえる。最初は小麦のほうがやりやすいのかもしれない。


「…清水、皆川の鎌と交換してみろ。麦はわずかでも切れ味が悪いと酷く刈りにくいんだ」


「は、はい……!」


 楠は鎌の切れ味が悪いと思ったのだろうか、交換するように促す。田所が切れたのだから、それはないと華苗も思うのだが、現状、そうするくらいしか方法はない。


「……っ!」


「…おかしいな」


 それでも清水は刈れないでいた。もはや麦に嫌われているとしか思えない。


 さすがに不審に思った楠が清水から鎌を受け取って変わると、先ほどまでのが嘘だったかのようにすっぱりと麦は刈り取られた。


「……な、なんで?」


「…さぁな」


「こういうの致命的にダメなやつ、絶対一人はいるよなぁ」


 のんきに田所がつぶやくが、清水は納得できないとばかりに新しい麦に挑戦していた。まだまだ午後は始まったばかり。畑のあちこちで、収穫を喜ぶ声が聞こえてくる。


 のどかでのんびりとした午後の空気の中での収穫。悪くない。あと二、三回のうちにも、きっとそこに清水の声も混じるだろう。


 ぼんやりと黄金の絨毯を眺めながら、華苗はタオルで首元を拭った。







「そろそろ溜まってきましたね」


「…意外とペースが速いな」


 まだ刈り始めてから一時間もたっていないが、ぼちぼち刈った麦がたまり始めてきた。まだまだ畑に刈っていない麦はあるし、ここに置きっぱなしというのもよくないだろう。


「楠、そろそろいいんじゃないかねェ?」


「…そうですね、では、お願いします」


「はいな。……夢一、耕輔、礼治、義人、雄大、あと適当に女の子は集まっとくれ! 後のはそのまま続けておくれ!」


 おじいちゃんが声をかけると、畑からわらわらと人が集まってくる。青梅や双葉、ほとんどの女子が来たようだ。サバイバル部長はいない。


 佐藤と一緒に名前を呼ばれた、カメラを持っている人と合気道部の部長がなぜ名指しで呼ばれたのかと不思議そうにしている。もう一人は……弓道部の部長だ。


 呼ばれてはいないが教頭先生もやってきた。なかなか楽しそうに麦を刈っていたみたいだが、腰が痛くなってきたらしい。


「…これから溜まった麦を運び出す。手伝ってくれ」


「このまま小屋に入れちゃダメなん?」


「…麦は収穫した後、乾燥させなければなりません。普通は干すのですが、ここでは場所がないのでじいさんところの前に干します」


「ってことは、俺らで手分けして持ってくってことか?」


 合気道部の部長──佐藤がこっそり教えてくれたが葦沢あしざわはさっそく麦を抱え込もうとする。映画研究部の芹口せりぐちは、もっていたカメラを近くの女子生徒に手渡した。


「…それでもいいですが、さすがにこのままだと持ち運びにくいのでこの麦を束ねます」


「束ねるといっても、何で束ねるんだい? 紐かなんか、持ってきているの?」


 弓道部長のたちばな──こちらもやはり佐藤から教えてもらった──が、華苗の聞きたかったことを聞いてくれる。


 そう、楠はおろかおじいちゃんも、手にはさっきまで使っていた鎌しか持っていない。いったいどうやって束ねるというのだろうか。


「…束ねるのものなら、たくさんあるじゃないか」


「……どこにですか?」


「…八島、おまえならわかると思ったんだがな」


 呆れたように言う楠だが、正直期待されても困る。華苗は園芸部ではあるものの、至って普通の生徒なのだ。こうして普通に麦刈しているだけ、よくやっていると思う。


「…そこらじゅうに麦藁が落ちているだろう? それを数本まとめてひも代わりにする」


「別に麻紐とかでもいいんだけどねェ。昔っからこうしてやっているし、あるものは使わにゃ損さね」


 そう言うやいなや、おじいちゃんはひょひょいと足元に落ちている藁を何本か拾う。束ねたそれを軽くよじってひも状にし、積んである麦を二掴みほど取り出した。


「案外パパッとできちまうもんさ」


 そいつを地面に置いて押さえつけ、くるくると手品師のような不思議な手つきで根元を結ぶ。あっという間に束ねてしまった。


「こんなかんじでやるさね。一応ちゃんとした結び方はあるけど、きちんととめられるならどんなやり方でも問題ないねェ」


「おじいさま、もう一回見せてくれませんか? 速くてあまりよく見えませんでした……」


 もちろん、といっておじいちゃんはまた麦を束ね始める。今度はゆっくり、見せつけるように。


 左手で軽く押さえた麦に、右手でくるりと藁を巻きつける。藁の短い根元の端のほうを少し押し込み、わっかをくくるようにしてきゅっとしめる。言葉で表すのは難しいが、だいたいこんな感じだ。


「うーん、けっこう難しい」


 早速華苗も挑戦してみるが、どうしてなかなか難しい。おじいちゃんはすごくあっさりと簡単にやってのけたが、藁で結ぶという行為そのものが既にやりにくいのだ。


 普通の紐と同じように扱えないので、どうしてもうまく決まらない。ちなみに、稲藁は麦藁よりも柔らかくてやりやすいらしい。


「超技術部をなめるなよ」


 ほとんどの人が苦戦している中で、田所はいとも簡単におじいちゃんと同じように結んでしまった。さすがに器用だ。他にうまくできている人なんて、秋山と教頭と、被服部長くらいしかいない。


「うん、さすがおれ。──あ」


 ところが、自慢げに持ち上げたところで中心から麦がバラバラと滑り落ちてしまった。うまくきちんと結べていなかったらしい。結び目だけはきれいだったが、所詮は見た目だけだったようだ。


「へーんだ、見た目よりも大事なのは中身だよ!」


 よっちゃんは不格好ながらもなんとか形を整える。そして、田所の二の舞にならないように力一杯を締めようとして──


ぶちっ!


「…あれ?」


「中身が、なんだって?」


 よっちゃんの手にあるのは束ねられた麦ではなく千切れた藁。植物を力いっぱい引っ張ったのだからある意味同然の結果である。力加減はなかなかに難しい。


「ふふふ、ようやく、ようやっと私の時代がきたわ……!」


「史香ちゃん、すごい!」


 そんな中、清水は見事に麦を束ねていた。さすがにおじいちゃんや楠ほどではないが、結び目もきれいだし、持ち上げた時に麦が落ちることもない。


 加えて手際も良く、他の人たちが苦戦している中でひょいひょいと次々に束ねていく。


「そうよ、麦は刈るんじゃなくて結ぶためのものなのよ。だからあの時切れなかったんだわ!」


「それあんま関係なくね?」


 田所の独り言に近いツッコミも聞こえていないようでだった。刈りの失敗を取り戻すかのように、清水は一心不乱に麦を束ねていった。





「…こんなもんでいいか。そろそろ運びましょう」


 悪戦苦闘の末、ほとんどの麦は束ねられた。今この瞬間も新しく刈られた麦が次々と運ばれてくるが、それも束ねていると時間がなくなってしまう。


 楠はすたすたと物置小屋のほうへと行き、中からなにやら棒を綱で縛ったような奇妙なものをいくつか持ってくる。どこかで見たことがあると思ったら、二宮金次郎が背負っているアレだ。


「おお、また懐かしいモノが……。なんという名前だったかな」


 教頭先生が首をひねる。たしかに割と見たことはあるものだが、名前となると出てこない。


「こいつは背負子しょいことかしょっかたとか言われる道具さね。昔っから麦だの稲だの薪だのの運搬に使われたのさ」


「ああ、それだ! 昔、地元のバアさんのとこで背負ったことがあったっけなぁ!」


 喋りながらもおじいちゃんは佐藤にそれを着させていく。といっても、本当に背負うだけなので着けるだけなら楽だ。背負子はちょうど佐藤の背中の幅と同じくらいで、大きすぎるわけでも小さすぎるわけでもない。


「こうやって着たら、横木のとこに束ねたのをくくりつけるんだ。……一人でやるのは大変だから、手分けしてやってくれんかね」


「お、じゃあ俺たちが背負うってことだな」


「んー、俺、これ撮影したいんだけど、一回誰か変わってくんね?」


 葦沢と対照的に芹口は否定的だった。まぁ、撮影が大事なのもわかるのだが。


 華苗はふと思ったが、この麦の収穫は一体何のために撮っているのだろうか。部活動風景を撮るとは言っていたが、これは突発的なイベントであって、決して日常風景なわけではない。


「あ、じゃああたしやりたいです!」


 意外なことに代わりとして立候補したのはよっちゃんだ。さんきゅ、と芹口は言うが、華苗としては男としてそれはどうかと思う。


 芹口はそんなことを気にした様子もなく、女子に麦をくくりつけられている葦沢や秋山、橘を撮影していた。


「ね、華苗も史香も、ついでに田所も麦、くくってよ」


 よっちゃんに促された華苗たちも負けじと麦をくくり付けていく。大麦はちくちくして痛いから小麦のほうだ。やや赤みのあった大麦と違って、こっちの小麦は黄色みが強く、穂先もどちらかというとふわっとしている。


「これでできたけど、どんな感じ?」


「んー、めちゃくちゃ重いってわけじゃないけど、想像していたよりかはずっと重いかな。どっちかっていうとバランスが取りにくい」


 調子に乗って括り付けすぎたのか、よっちゃんの背中がまるまる隠れてしまっている。後ろから見ると麦わらの山から足がぴょこんと出ているだけで、なんだかユニークで面白い。


 ちなみに楠は、よっちゃんの倍近くの麦を青梅と双葉にくくりつけられていた。もちろん、その大きな背中はとうに見えなくなってしまっている。


「じゃ、準備が出来たらいくさね」


「…手が空いている人は、普通に抱えて持っていってください。両脇に三つずつくらいはいけるはずです」


「なんか昔話の芝刈りのじいさんみたいでテンションあがるな!」


「お、お話のおじいさんって、けっこう体力……ありますね。これを繰り返すとなると、かなりきつくないですか?」


「確かにけっこう腰にくるけど、体つくりになかなかいいよ。背中に横木が当たってけっこう痛いけど、今度みんなでこれで合同練習しないか?」


「僕は遠慮しときますよ……。弓道ってそっちほど動かないですし」


 弓道部の部長はちょっとよろけている。佐藤も同様だ。よっちゃんいわく、バランスが非常にとりにくく、なかなか神経を使う作業らしい。そういうわりによっちゃんは平然としているのが不思議だ。





 そして畑から出て歩くことしばらく。久しぶりの古家に到着する。


 相変わらずここも畑と同じく人気がなく、外界から切り離されたような錯覚に陥るが、ここは普通に入れる場所らしい。


 こないだと少し違うのは、広場となっている場所に棒が組まれていることだろう。『人』の字のように三角に立てられた棒に、別の長い棒を水平に縛っている。


 かなりの長さのそれが、何列にもなってそこにあった。きっと、このときのために楠やおじいちゃんたちが準備したのだろう。どこからこの材木を持ってきたのかは知らないが、そう簡単に準備できるものでもなさそうだった。


 ただ、それ以上に不思議なこともある。古家の前に、前までなかったきれいなアサガオが咲いているのだ。


 濃い紫色、明るいオレンジ色、赤みの強いピンク色。以前おじいちゃんが楠からもらった種を咲かせたのだろう。園芸部のアサガオは、咲かせる人によって色が変わるらしいから、それぞれ別の色が咲くのは今更だ。


 濃い紫はきっとおじいちゃん、明るいオレンジは佐藤というのはなんとなくだがわかる。問題は赤みの強いピンクだ。文化研究部は二人しかいないはずだから、別のだれかが咲かせたということになる。


 そして、そのアサガオを咲かせたのであろう小さな十歳くらいの女の子が、暇そうに古家の縁側で足をぶらぶらさせていた。それも、お人形さんみたいな顔立ちをした、外国人の赤毛の子だ。


「あ、おにいちゃん! 遅いじゃないですかー!」


「はは、ごめんシャリィ。向こうで待ってくれていてもよかったのに」


 おにいちゃん、と呼ばれた佐藤が息を切らせながらもにこにこと受け答える。対照的に華苗を含む他のメンバーはなぜこんなところに外国人の女の子がいるのか不思議そうな顔だった。


「あ、楠のおにーちゃん!」


「…ああ、あのときの。…そうか、夢一が預かったというのは君だったのか」


「先輩、あの子は?」


 背負子を降ろしながら楠は答える。あの子は例の佐藤に預けられた外国の親戚の子らしい。以前一度だけ会ったことがあるそうだ。


「ある日、じいさんと夢一に連れられて、この子のゆかりの場所とやらに一緒に一本の樹を植えたんだ。…何の樹だかはわからなかったが」


「へぇ、先輩でも知らない樹があるんですね」


 まぁな、と答えながら楠はごくごく自然な動作で女の子──シャリィを担ぎあげると、そのまま肩の上、首にまたがらせた。いわゆる肩車である。


「やっぱりおにいちゃんと違って安定感ありますねぇ。自分からやってくれるところもぐっどです」


「……いーなー」


「楠くん、私にもやってくれないかなぁ」


 青梅と双葉がうらやましそうにシャリィを眺めていた。まわりの人たちはなんとも気まずそうにその光景を見ている。いや、十歳の女の子を肩車するのは普通のことなのだろうか。


「ほらほらシャリィ。あんまりはしゃがない。楠も、悪いね」


「…別にこれくらいどうってことはないがな。それより、なぜここに?」


「えっと、おにいちゃんがなにやら人手がいるから必要になるかもって」


 きゃっきゃと楠の頭ではしゃぎながらシャリィは答える。華苗はふと思ったのだが、まだこの時間は小学校はやっているはずだ。ここにいていいものなのだろうか。


「あ、自己紹介がまだでしたね。頭の上から失礼します。あたし、シャリィと申します! 遠い外国の出身なのです。ゆめひとおにいちゃんの親戚で、見ての通り美少女です! 今はおにいちゃんと二人暮らしで、よくじいじと遊んでもらってます!」


 ぎりぎり華苗のほうが背が高いが、十歳の割には人前でしゃべることに慣れていると華苗は思った。精神年齢は高いのかもしれない。


 それにしても、だ。


「えと、シャリィちゃん? 日本語、ずいぶん上手だね」


「そりゃ、じいじにいろいろやってもらいましたから! 華苗おねーちゃん、ですよね? いっつも果物、ありがとうございます!」


 その言葉を聞いた瞬間に、華苗は一瞬ピクリと動きを止める。そしてぎぎぎ、と音が出るかのように首を動かしてシャリィの目を見つめると、懇願するかのように、ゆっくりとした口調で言った。


「 い、今のもう一回言って?」


「……? えと、華苗おねーちゃん、いつもありがとう?」


「も、もう一回」


「華苗おねーちゃん?」


 恍惚とした表情で華苗はだらしなく微笑んでいた。それはもう、見ているよっちゃんと清水が不安になるくらいに。


 同じくらいの背丈の娘に、おねーちゃんと呼ばれてうっとりしている様を見れば、誰だってそいつの感性を疑うことだろう。


「ははぁ、華苗ちゃん、おねーちゃんって呼ばれるのがイイみたいだね!」


「そりゃ、双葉先輩、おねーちゃんですよ、おねーちゃん!」


「……華苗ちゃん、ちっちゃいの、けっこう気にしていたもんね」


「青梅先輩も知っての通り、基本的に楠先輩は私をチビの子供扱いですからね。まったく、背が低いってだけでこれですもん。……佐藤先輩、シャリィちゃん、私にくれません?」


「はは、後で返してよ……ところでシャリィ、例のものは?」


「ばっちりですよ!」


 意外と身軽なのか、シャリィは楠からぴょこんととび下りると、たたっと走って古家に入っていく。次に出てきたときには、お盆にいくつものコップと、透明のピッチャーを片手に持っていた。


 うっすらと黄色みがついたような、光の加減では淡い白にも見える液体が入っている。


「お疲れになると思ったので、用意させていただきました!」


「…すまんな、助かる」


「えと、これは?」


 それの正体が気になる華苗はシャリィに問いかける。そして、聞かれるのを待っていたとばかりに、シャリィは腰に手を当てて高らかに宣言した。





「これは、《梅ジュース》ですよ!」






20150503 文法、形式を含めた改稿。

20160730 写真挿入。


最近妙に麦に詳しくなってきた。


麦が終わったら生徒名簿を作ろうと思います。

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