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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
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1 楠先輩 ☆

※ここに出てくる作物の栽培には一部現実のものと食い違う描写があるかもしれません。不思議な園芸部だから、ということでお願いします。もし本気で栽培をされるのであればきちんとちゃんとした本などで調べるようにしてください。




 スウィートドリームファクトリーを読んでいただくと大量に栽培された作物の行方や不思議なあの人たちの正体や不思議なあのことの事実がわかるかもしれません。もしよろしかったらどうぞ!


【写真提供:五 流季(真導 零)さん】です。

本当にありがとうございます!

 園島西(そのじまにし)高校は生徒数約900の普通科高校だ。


 東日本の都会ではないが田舎でもない、どちらかというとやや田舎よりの場所に位置している。


 偏差値は低くはないが飛びぬけて高いというわけでもなく、地元の高校受験生にとって、志望校に迷ったら園島西にしとけ、といわれるくらいにはメジャーな学校だ。もちろん、それなりの成績を持っていることが前提条件ではあるが。


 同じような偏差値の高校は近くにもあるが、そちらよりも園島西は人気がある。詳しくはここでは省くが、アンケートによると、「ほかの学校よりも校内の雰囲気がよい」という意見が多くを占めている。わざわざ志望校のランクを落として受験する人間もいるくらいだ。


 さて、そんな園島西高校だが、校則の一つに「必ず部活動をすること」というものがある。おそらく他の高校でも似たような校則はあるだろうが、ここらへんの地域でこれを採用しているのは園島西だけだ。


 最近では生徒を縛りすぎない風潮があるとかないとか言われているらしいが、ここは初代校長が残した「学校とは勉強だけをする場ではない」という理念にしたがって生徒はみな三年間、正確にいえば二年と半分はしっかりと部活動をこなさなくてはならない。


 そうなってくると、部活動選びは大変重要なファクターになってくる。一応、なんらかの事情があれば帰宅部になることもできるが、よほどのことでもないかぎり、それが認められることはない。事実、ここ数年で帰宅部になったものは一人もいなかった。


 ただ、生徒も考えたもので、“部活動に入ればよい”という条件を満たしさえすればいいのだから、自分たちで部活動を作って適当にだらだらしているものもいた。


 もちろん本来はあまり勧められたことではないが、学校側が黙認しているところをみると、初代校長の理念は現代の学校にとってはあまり重要なものではないらしい。


 話が少しそれたが、部活動によって高校生活が決まるといっても過言ではない。部活に積極的でない人間がいるのも事実だが、この高校の部活が盛んであることも事実なのだ。現に、この高校の部活動は公式のものだけでも40以上ある。非公式を含めればもう少しあるだろう。


 アンケートの結果もこういうところが評価されたのだろう。それに憧れて入学する生徒はたくさんいる。




 そんな生徒が、ここにも一人いた。





 新入生歓迎会後の部活動体験時間。


 部活動紹介のパンフレットを片手に、しかめっつらをしている一人の少女。パリッとした、しわ一つないブレザーを見れば彼女が新入生だということがわかる。いや、この場にいる時点で新入生だということは確実なのだが。


「うぅ……やっぱりだめだぁ」


 彼女の名前は 八島(やしま) 華苗(かなえ)


 不満はないが、あまりぱっとした出来事がなかった中学時代を過ごした彼女は、

マンガみたいな高校生活をするぞ! と一念発起し、このいかにも楽しげな園島西高校を第一志望として受験をしたのだ。


 そして、あまり出来のよくない頭をフル稼働し、寝食を忘れるくらいに勉強してこの春、見事に入学することが出来たのだが……。


「わたし、部活なんてわかんないよ……」


 自分の学校のリサーチをすっかりすっぽかしてしまっていたため、部活動の“強制”入部について先ほどの歓迎会で初めて知ったのだった。


 やればできる娘ではあるのだが、ここがなぜ人気のある高校か判っていなかったあたり、根本的にはちょっと残念なのである。


「はぁ……」


 彼女は中学時代、部活をしていない。帰宅部だったのだ。


 本当は漫画研究部か美術部に入りたかったのだが、漫画研究部はなく、美術部はなぜか入部テストなるモノがあった。入部するのにテストなんて──と、その態度に不満を持ち、文化部をあきらめ、そのまま3年間帰宅部として頑張っていたわけだ。


 もちろん、運動部なんてはなっから選択肢に入っていなかった。華苗はもともと体つきも小さく、今でもたまに小学生と間違われることがある。加えて、部活動仮入部期間の運動部の練習のハードさをみれば、運動が苦手な華苗が運動部を選択肢に入れないことはある意味当然だった。


「どーしよ……」


 部活動をちゃんとしたい、という欲求もあった。ただ、それはいいものがなければまた帰宅部でいいや、という考えを根底にしたものだ。強制だということが分かった以上、その安心感が揺らいでしまったのだ。


 華苗の中学時代があまりぱっとしなかったのは、部活動に入っていなかったという部分が少なからずある。


「でも、絶対入ったほうが楽しそうではあるんだよね……!」


 華苗はステキな部活生活を送る未来の自分を想像し、にへらと笑う。


 ここに入った目的は漫画のような高校生活を送るためだ。ちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけ期待している自分がいることにも気づいてる。


「さて……」


 ここにつったっていてもしょうがないので、移動しながらパンフレットを見て候補をいくつかあげていく。


 まず運動部。これはダメだ。卓球くらいならできるが、それでもあくまで他に比べればマシ、というだけであって、得意なわけではない。


 次に文化部。美術部は中学時代の思い出からあまりいいイメージはないし、漫画研究部は事実上帰宅部のようなものになっているらしい。書道部にはそんなに興味ないし、吹奏楽部も同様だ。パソコン部だって個人的にあまりいいイメージはないし、登山部にいたっては運動部とさして変わらない。そもそも登山部がなぜ文化部扱いになっているのだろうか?


「お菓子部、調理部あたりがいいと思ったんだけどなぁ……」


 その名の通り、お菓子部はお菓子を、調理部は家庭的な料理をする部活だ。運動部ほどハードじゃないし、きゃっきゃいいながらエプロンつけて、みんなで楽しくやる部活という認識で間違いない。


 華苗は料理はそれなりにできたし、お菓子作りにだって興味はある。どちらでも問題はない。むしろ入りたかった。だが……。


「ちゃっぴぃな人ばっかはちょっとムリ……かな……」


 ちゃっぴぃ──八島家の造語でいわゆるギャルのことである。


 茶髪でピアス、略してちゃっぴぃ。それが由来だが、いまではギャルっぽいのは

ピアスではなくてもちゃっぴぃだ。


 お菓子部も調理部も八割が茶髪か化粧してるかだった。長めの黒髪、ノーメイクの小学生に間違われることすらある華苗にとって、あの空間はちょっといずらい。


──や、悪い人たちではなさそうだったんだけどね。


 部活動紹介の感じでは見た目以外はいたって普通、むしろ好感すらもてたが、生まれつきビビりな華苗はあれは新入生向けの顔ではないか、と疑ってしまう。


 紹介もいまどき料理の一つもできないようじゃ男をおとせない、とか花嫁修業の一つだと思って、とかやたら肉食系な香りがぷんぷんしたのも理由の一つだ。楽しそうな笑顔に心ひかれたのは確かだったのだが。


「いっそ、勇気をだしていくべきなのかな……?」


 パンフレットをぎゅっと握りしめて決心する。いまのところ、お菓子部や調理部で問題となっているのは華苗のチキンハートだけだ。なにもとってくわれることなどないし、おそらくではあるが、入部すれば華苗が望むような高校生活を送れることは確かだろう。


 そう、人を見た目だけで判断するのは失礼だ。高校生なんだもん、ちょっとくらいの茶髪や化粧、普通だって──と、華苗はそのチキンハートを奮い立たせる。


「よしっ。いくだけいってみよっ!」


 そういってパンフレットから目を離し、決心が変わらぬうちに調理室に向かおうとする華苗だったが……。


「ここ、どこぉ……?」


 いつの間にやら、なんだかよくわからない校舎裏のような場所に出てしまっていた。






 今更ではあるが、園島西高校はなかなかデカイ。


 もともと田舎よりな場所にあるため、土地がかなりあまっているのが原因だ。おそらく大学のキャンパスより広いのではないだろうか。すくなくとも、普通の高校の倍以上の敷地面積をもっている。


 部活動が盛んなのも、この広さを生かして施設が充実しているところがあるだろう。テニスコート、プール、バスケットコート、サッカーグラウンド(芝生)など、まだまだあるが、全てあげるとキリがない。


 自然も多く、校門の外からだとそれほどでもないのだが、敷地内からだとまるでどこかさびれた廃村の中にいるかのような錯覚になることもある。周りがちょっとした林で囲まれていることと、学校の裏手が小さな山になっていることが原因の一つだろう。


 もっとも、林といっても小さなもので、ちょっと中に入ればすぐバスの通る通りが見えるから、本当に見た目だけだ。


 なお、敷地内では数匹の野良猫、運が良ければリスを見ることができる。タヌキやハクビシンが目撃されたこともあった。


 華苗が迷い込んだのはそんな野生動物との遭遇率が特に高い場所だった。





「……畑?」


 25メートルプールくらいの大きさだろうか、それくらいのスペースに整然と区分けされていろんなものが植えられている。


 まだ芽しかでていないもの、もう十分に育っているもの、ビニールで畝を覆っているもの、朝顔のように棒を支えにしているもの、畝は作られているが、まだ何も植えられていないもの……などなどだ。


 畑の隅っこには農具入れだろうか、手作り感あふれる木の小屋と、それに隣接するようにして柵のついた庭付きの鶏小屋がある。こっこっこ、と二羽の鶏がその柵の中で地面をつついていた。


 よくよく見れば、小学校で見た以来の百葉箱もあった。


「にわにはにわにわとりがいる……」


 思わずバカなことを口走る華苗だが、ここでふとあるものを見つける。畑の隅っこのほう、黒いビニールで畝が覆われているところだ。ちょっと特徴的なぎざぎざのある葉っぱに、白くて小さなかわいらしい花がいくつも咲いた何かが植えられている。


挿絵(By みてみん)

【写真提供:五 流季(真導 零)さん】


 しかも、それだけじゃない。緑の葉っぱに紛れて、白い小さな花に混じって、赤いまるっとした、おそらく嫌いな人はいないであろう──


「──イチゴだ!」


 たわわに実った、きれいなイチゴだ。粒も大きめで色つやもよく、イチゴの甘い香りが風に運ばれて漂ってくる。


 思わず駆け寄って近くで見ると、どれもこれも傷一つなく、お店で売っているものよりもきれいなように見えた。


「すっごぉい」


 華苗は以前、家族と一緒にイチゴ狩りに出かけたことがあるが、そこでのものとは比べ物にならない。こちらの実はすべて大粒で、全て真っ赤になっていて、虫食いの跡も、ぐじゅぐじゅになっているのもないのだ。


「…食べてみるか?」


「ひゃいっ!」


 唐突に掛けられた声。ぬうっとかかった黒い影。

 身長が180はありそうな、大柄な男がいつの間にか華苗の後ろに立っていた。


 その男は麦わら帽子をかぶり、軍手をつけ、鍬を肩に担いでいる。白いシャツに、作業着であろうオーバーオールがよく似合っていた。首には汗拭きだろうか、白いタオルをかけている。


 ほどよく焼けた肌をみると、彼がここの畑の主であることは間違いないだろう。


「い、いいんですか?」


「…構わない。どうせ、収穫するところだったんだ」


 やおら低くて渋くてカッコいい声をかけられて驚く華苗を無視して畑に入った男は、慣れた手つきでイチゴを収穫していく。一つ一つ丁寧に、それでいて素早く収穫する様は服装ともあいまって本物の農家の人のように見えた。


「…そら、採れたぞ。遠慮せずに食え」


「は、はいっ」


 ちょっと無口で無愛想だが基本的には良い人のようだ。大粒のイチゴを惜しげもなく華苗に渡してくる。詳しくはわからないが、スーパーで買ったらきっと高いものだろう。


「──っ!」


 そんなことを思いつつもイチゴにかじりついた華苗だったが、その瞬間眼を見開くこととなる。理由は簡単だ。想像以上にイチゴがうまかったのだ。


「ふわぁ……!」


 かじりついた瞬間にじゅわっと口の中に広がった果汁。ふわっと鼻腔をくすぐった甘い香り。今まで感じたことのない何かがあった。


「…うまそうでなによりだ」


 スーパーのパックされた製品とは比べ物になならない、いや、比べ物にするのすら失礼なおいしさだ。食べ物を食べて感動したのは華苗にとって初めての経験である。


 華苗はそのまま我を忘れてむしゃむしゃ、ぺろりと10個ほどあった大粒イチゴを見事に平らげてしまった。最後の一粒は別れを惜しむように恍惚な表情を浮かべ、じっくり、丁寧に咀嚼する。


 男はそんな華苗をみて、あまり表情には出ていないが、どこか満足げであった。自分がつくったものをおいしいと言って食べてくれるのは、だれであってもとてもうれしいことだろう。


「ありがとうございましたっ! とってもおいしかったです!」


 食べ終わってすっかり満足した華苗は大きな声で感謝を伝えた。ごちそうさま、の感謝の意を華苗がこれほどまでに実感したことはいまだかつてなかっただろう。彼女の心は、ただ、満足していた。


「ところでですけど、このイチゴ、やっぱり用務員さんがつくったのですか?」


 華苗は男の眼をまっすぐに見て問いかける。


 これほどのイチゴをどうやって作ったのだろうか。庭仕事のプロであるはずのこの用務員さんなら、その秘訣を知っているはずだと思ったのだ。


 別に知ったところで華苗が家でイチゴ栽培などするわけはないのだが、そんなこともすっかり考えず、純然たる好奇心で聞いていた。


「…その用務員ってのは俺のことか?」


「え?」


 目の前の男はどうみても大人だった。そもそもこの時間、普通の先生は部活動の顧問として働いているはずなので間違っても鍬を担い畑にいるわけはない。故に、用務員さん以外に考えられる可能性はない。


 が、大男は少し呆れたようにため息をつき、とあるものを華苗の前にちらつかせた。


「…俺は用務員なんかじゃない。園芸部の2年だ」


「ええっ!?」


「…本当だ。園芸部2年、くすのきだ。」


「うそぉ」


 オーバーオールのポケットから取りだされた生徒手帳をみて、思わず声をあげてしまう華苗だったが、楠はそんな華苗に気にすることなく低く渋い声でたんたんと続ける。


「…てっきり部活見学だと思っていたんだが」


「えっ。いや、たしかに見学中ですけど、その、園芸部ってあったんですか?」


 実は華苗が楠を用務員だと思った理由の一つに、園芸部があることをしらなかった、というのがある。実際、さっきの新入生歓迎会では園芸部の紹介はなかったのだ。


 もう一つの理由──これが一番大きいかもしれない──は樟の体のデカさだ。楠を基準にしたら、華苗は文句なしで小学生だ。それも低学年である。


「…新観で紹介しない部活はたくさんある。お前がしってるかはわからないが、事実上帰宅部の部活とかがそうだ。もともと数だけは多いし……そのパンフレットには全部のってるはずだ、たしか」


「ああ、そういうことですか……」


 よくよく見てみれば、下のほうに小さく「園芸部」の文字が見えた。園芸部のすぐ近くに「ゾンビ対策部」と「学校テロ対策部」があることから、園芸部の扱いがうかがえる。


「…そいつは人数順の掲載だから、見逃しても無理はないか」


「えと、ここは何人いるのですか?」


 これだけ大きな畑だ。とても一人で切り盛りできるわけはない。一覧の下のほうに位置しているからそこまで多いわけではないだろうが、それでも数人はいるだろう……そう考えての発言だった。


「…俺一人だ」


「え?」


「…だから、俺一人だ。君が入れば二人になるが?」


 驚くべきことに楠は一人で園芸部をやっていた。


 たったひとりでこの広い畑を耕していたのなら──それだけの重労働をしていたのなら、体つきも良くなるというものだろう。もっとも、楠の体つきがよかったのは昔からなのだが。


 さらっと勧誘をしているあたり、楠もしたたかである。


「あの、えと、わたし、園芸とかそういうのわからなくって……」


「…心配するな。基本的に野菜や果物を収穫するだけだ。鶏の面倒を見たりもするな。 道具類も貸し出しするし、休日や朝も強制で出ることはない。あいてるときに来てくれればいい。金も一銭もかからん」


「あの、力仕事とかもムリだし……」


「…力仕事だけがやることじゃない。じょうろで水まきはできるだろう? そしてなにより……」


「なにより?」


 次に楠が発した言葉が、華苗の心を大きく動かしたことは言うまでもない。おそらく、これが華苗の求める“マンガのような”青春への第一歩だったのだろう。

ただ、そのマンガがいささか突拍子もない物とはこのときの華苗はまだしらない。






「…さっきのイチゴ、食べ放題だぞ」

20150413 文法、形式を含めた改稿。

20150921 挿絵挿入

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