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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
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17 園島西高校部活動会議・後編


「…園芸部、調理部、お菓子部、文化研究部は合同で発表します」


 部屋の真ん中、未だにたち続けているペンタワーの横にある配膳台の隣で楠が教頭に顔を向けて話す。


 よく考えてみればこのメンツのなかでは楠は下の学年なのに、なぜだか代表のようにふるまっていた。まぁ、一番下の華苗が気にしてもしょうがないことなのだが。


「…まずは園芸部から。バラ、さくらんぼ、枝豆、びわ。すぐにいけます」


 そう言うと楠は配膳台にかかっていたテーブルクロスのような布をはずす。そこには、いくらかのケーキやゼリーといっしょに枝豆もあった。


「ほぉ、相変わらずいい出来だね! 保健室のほうも、毎回ありがとうな」


「…いえ、お気になさらず」


 教頭先生は顔をほころばせてさくらんぼを食べている。なかなかその手が止まらない。ふと見れば、ゆきちゃんも嬉しそうに枝豆を頬張っていた。……ゆきちゃんがこの場にいるのは、もしかして枝豆を食べるためだったのかもしれない。


「そうそう、この前のアサガオの件だが、向こうから連絡が来てね。どこもうまくやっているそうだ。花が咲いた子もぼつぼつ出はじめたらしい。夏休み明けくらいに改めてお礼をするといっていたぞ!」


 華苗は一瞬ぴくりと体を強張らせる。アサガオという単語だけで条件反射をするようになってしまっていた。


 楠はそうですか、と軽くうなずき、教頭の前から立ち去ろうとする。と、ここでびわを食べていた荒根が楠に声をかける。


「こないだの枝豆もすごかったけど、楠はこんなのも作ってたんだな!」


「…ええ、まあ」


「ところで──」


「…その話は断るといいましたが?」


 荒根の話を聞かないうちに顔をそむける楠。荒根は実に残念そうだ。そのまま楠は振り返ることもなくすたすたと真ん中へと戻る。


「あの人、僕たちの担任でね。この春から、運動部に入らないかって楠にせまるんだ」


 にこにこと笑いながら小声で佐藤が華苗に語る。


 確かに楠は体格がよい。どんな運動部でも、基礎体力があるからなかなかいい線いくだろう。園芸、もはや農業に近い園芸部の活動で培われた体力は、伊達じゃない。


「次、文化研究部がやるよ。ウチはわらびもち、正確には黄粉さね。こないだ園芸部のとこから大豆を収穫して、臼で挽いて黄粉にしたのさ。それをわらびもちに使ってみたよ」


 おじいちゃんが配膳台にあったわらびもちの小皿をとって教頭先生へと手渡す。なんだか、老人会の集まりのように見えなくもない二人だ。


 作務衣とか呼ばれる和装をした白髪のおじいちゃんと、白髪交じりの教頭先生。見た目だけなら、おじいちゃんのほうが立場が上のようだ。


「ほぅ、これまたなんとも粋なものを……。うん、すごく風味がいいね。大豆から育てて作ったのかね?」


「育てたのは園芸部ですがねェ。大豆の収穫、管理、臼の使い方、保存法、黄粉の作成法をまとめた報告書も作りましたが、それも、ここで渡したほうがいいかね? ちょっと嵩張るんだがね」


「後で職員室に持ってきてくれないか? 実は前回の『身近な素材を使った細工、昔のおもちゃ』が校長連中の中で評判になってね。小学校の道徳や生活の授業で手作り竹トンボとかを作ったら、なかなか好評だったらしい。例のおじいちゃんが原案だと言ったら、新しいのが来たら見せてくれと頼まれてしまったんだよ」


「あれまぁ、あれそんなによかったのかい。昔は当たり前だったろうに」


「今は、見ることなどないからね……。で、総合や生活の授業に使えるかもしれないから参考程度でも構わないからなんとしてもってね」


「構いやしませんよ」


 わらびもちをつつきながら、教頭先生はおじいちゃんと仲良く話している。どっちが生徒だか判ったものじゃない。


 というより、なぜ当たり前のようにおじいちゃんの報告書が小学校の授業で使われているのだろうか。


 たしか、と華苗も小学校のころを思い出してみる。低学年のころに昔の文化体験などを何度かやったはずだ。あの時は近くのご老人の方が来てくれていた。


「はいはい、次はお菓子部! あたしのとこは園芸部の果物を使ったお菓子ね! 苺のロールケーキ、びわのコンポートゼリー、さくらんぼケーキ!」


 先ほどから少しに気なっていた、甘やかな匂いが強くなる。さくらんぼと苺の匂いが華苗の鼻腔をくすぐった。


「これまたすごいな!」


「あ、ちょっとまってください」


 手を伸ばそうとした教頭を双葉は止める。おあずけを食らった教頭はその開いた手をふらふらと空に漂わせた。


 そんな教頭を無視して双葉はさくらんぼが乗ったきれいな小さめのケーキを一つ取ると、とあるてかてかした緑のユニフォームの元へと赴く。


「ほい、これ。特別に一番に食べさせちゃる」


「え、オレ? 双葉ちゃん、どしたん?」


 双葉がケーキの皿をつきだしたのは秋山だ。


「……いやさ、なんか、ごめん。あたしさくらんぼなめてた」


「あれはおもいだしたくないもうやりたくないそっとしてくれるとうれしい」


 アサガオを聞いた華苗のように、秋山の顔が酷くげっそりとやつれる。彼のトラウマはさくらんぼの人工授粉らしい。だが、すぐにケーキの皿を受け取ると、嬉しそうに食べ始めた。お菓子部長が作ったものなのだ、さぞやおいしいのろう。


「……そろそろいいかね?」


「あ、どうぞどうぞ」


 教頭先生も待ちきれなくなったのかさくりとフォークを突き刺す。ゆきちゃんはゼリーを掬っていた。意外と甘党なのか、荒根がものすごく顔をほころばせてロールケーキをむさぼっている。


「最後に調理部です! やっぱり園芸部のお野菜を使ったミネストローネと梅と玉ねぎの和え物です。……うん、まだ冷めてない」


 大きな鍋に入っていたのはミネストローネだった。蓋を開けた途端にトマトのいい香りが会議室に広がる。


 キャベツと、たまねぎと、トマトと、梅。華苗の口には知らず知らずのうちに

唾がわいていた。


「おぉ、これもうまそうだ! どれ──」


「あ、ちょっと待ってください!」


 またもやお預けを喰らった教頭は残念そうに眉を下げる。なんだか妙に子供っぽい表情だ。


 さて、青梅は配膳台にぽつんと置かれていたおにぎりを手に取る。海苔は巻かれていない。おそらく、中は梅だろう。そして、当然のことながらそれを持って向かった先は──


「はい、楠くん」


「…俺ですか?」


 楠だ。もう、華苗にはなぜ青梅がそうしたかが分かっている。青梅は、まっすぐ、ただまっすぐ楠を見つめ、にっこりと微笑んだ。


「何も考えなくていいよ。ただ、食べて?」


「…いただきます」


 真剣な表情の青梅に押されたのだろうか、何か話そうとした楠はそのまま口をつぐんで食べ始める。


 むしゃ、むしゃ、パクリ。なぜだか静まり返った会議室が、華苗の耳には妙にうるさく聞こえた。そして。


「…うまい」


「えへへ、よかったぁ」


 陳腐な表現だが、花の咲くような笑顔を青梅は浮かべる。頬が赤い。女の華苗でさえ、その笑顔に一瞬見とれてしまっていた。


 つ──っ


「あれ、楠泣いてね?」


「…なぜだか判らないですが、出てくるんです」


 楠は泣いていた、あの、鉄面皮の楠がだ。


 顔を崩しているわけではない。いつも通りの何を考えているのかよくわからない眼もそのままだ。ただ、涙を流していた。


「ど、どうなってるんです?」


「……華苗ちゃん、青梅部長はね、調理部だから料理に気持ちを込めることが出来るんだ。たぶん、今の青梅部長の気持ちのありったけをこめたんじゃないかな?」


「……それは比喩的表現ですか?」


「あの楠が泣くほどだよ? 比喩じゃないさ。一度よっちゃんも食べたけど、あれほど気持ちを込めずとも泣きだしていたからね」


「……あれ、そういうことだったんですか」


「もちろんおいしいってものあるよ。ただ、さすがに僕はあそこまでは(●●●●●●)できないなあ」


 にこにこしながら佐藤が華苗に解説をしてくれる。なんだかちょっとひっかかる言い方だったけど、気のせいだろうか。


 その横で、双葉がじっと青梅を見つめていた。仲がよさげな二人だが、どちらも楠の事が好きなのだ。ただ、双葉の表情を見る限り、悔しそうではあるが、恨みつらみの感情はなさそうだった。


「……いいもん、今度ビュイ・ダムール作るもん」


「ちなみに、双葉部長も同じことが出来るよ。ビュイ・ダムールというのは愛の泉って意味のお菓子だね」


 園島西高校に普通の部活がないというのは、どうも本当のことらしい。タチが悪いのは、その部長たちはみな自分は普通だと言い張ることだろう。秋山が地面を抉るシュートを打つというのも、間違いではない……のかもしれない。







「ところで……だいぶあまっちゃってますけど、どうするんですか?」


 あの一幕の後、教頭先生たちがミネストローネや梅と玉ねぎの和え物を食べても、まだまだ配膳台のところにはたんと余っていた。


 お菓子部のものも、文化研究部のわらびもちも、よくみれば食べきってあるものなどひとつもない。青梅のおにぎりはなかったが、あれはもともと楠用なのでノーカンだ。


「なにいっちゃってんの華苗ちゃん! ここからが本番じゃねーの!」


「そうだそうだ! さっきからイチャコラしやがってぇ! いつまでお預けなんだよ─っ!」


「…聞いての通りだ。これから、余った分の試食会をする。八島、おまえは配膳係だな。頼むぞ」


 楠の言葉に周りのボルテージが一気に上がる。既に腰を浮かしているものもいた。


 みんな、特に運動部の女子の目つきが怖い。獲物を狙っている目だ。男子も負けてはいないが、気迫では間違いなく押されていた。


「…それでは、はじめ!」


 その瞬間。そこは戦場と化す。静かな、怒号のような、そんな息遣いが華苗の耳に届いた。


 陸上部が素早くスタートを切る。優雅な動きで茶華道部が擦り寄る。


 ひょいひょいと人をかわして近づいてくるのはバスケットボール部だろうか。がっしりとした体格の、ステッキをもった……登山部が人を押しのける。ある男子生徒はクロールのようにして人をかきわけ──いや、制服とはいえ頭にゴーグルをつけているところをみると、あれは本物のクロール、すなわち水泳部だろう。


「うぉぉぉ、どけどけぇ!」


「さくらんぼ、さくらんぼちょうだい!」


「ちょっと男子ィ! ケーキは女子に譲れ!」


「うっせぇ、勝負の世界に男も女もあるか!」


「ゼリーと枝豆とさくらんぼはいっぱいあるから、押さないで!」


 佐藤が押しつぶされそうだった。


 基本的に運動部はバイタリティがある。加えて、女子は甘ぁいお菓子に影響されて人が変わってしまっている。もともとひょろめな佐藤にはさぞかしつらいことだろう。朝の通勤ラッシュを彷彿とさせる光景だった。


「うっめ! ミネストローネうっめ!」


「マジか! こっちにもミネストローネくれ!」


「ねぇ、そのロールケーキとこのさくらんぼケーキ半分こしない?」


「器がもうねぇ! 誰か飲み終わったの貸してくれ!」


「なにぃ! さくらんぼケーキをとったのにいつの間にかただのさくらんぼになっているだとぉ!?」


「オォ、やっぱうまいなこのさくらんぼケーキ」


「キサマか超技術部ぅぅぅぅ!」


 ミネストローネ配膳の華苗の目の前で、森下が手品のようにケーキとさくらんぼをすり替えていた。なんとなくだが、華苗には超技術部の意味がわかってくる。


 その言葉通り、すごい技術を習得する部なのだろう。くだらないことでも、とにかく凄ければ何でもいいのだろう。あんな技を、いったいどこで知ってどうやって覚えたのだろうか。


「あら……このわらびもち本当においしい」


「ね、ゼリーとってきて」


「あとでジュース奢りな」


「けち」


「この梅と玉ねぎ、うっめえな! 酒がほしくなるなぁ!」


「枝豆ぇぇぇぇ!」


「おい、先生さっき食ってたじゃねーか!」


「そうだ、ずるいぞ!」


 がははと笑う荒根と、血走った表情のゆきちゃんがいつの間にか混じってた。さすがに教頭は混じっていなかったが、二人とも教師としての威厳がまるでない。


 深空先生なら、きっとこうはならないだろうと華苗は目の前を捌きながら考えた。今この瞬間も、嵐のようにミネストローネを求める手が伸びてくるのだ。


「うん! サバイバルはこうでなくっちゃね!」


「この様、まさにゾンビに襲われて食糧がつきかけたときのパニックだよな!」


「ふん、テロ対策のいい勉強にはなるか?」


「むぅ、ロールケーキはもうないのか……」


「僕のでよければ上げるよ。まどか、隠してるけど甘いものけっこう好きだもんね」


「ありがとう。だが、おまえはいつも一言余計だ!」


 対策三部が、食べ物そっちのけでその輪の中に入る。剣道部の彼女が防具の小手で弓道部の彼の頭を軽く小突く。


 その場は、まさにカオスとなっていた。当然のように、ペンタワーは崩れ去ってしまっていた。





「はふぅ……」


「ま、毎回の事ながら疲れるよ」


 配膳担当の佐藤と華苗はくたびれきっていた。最後のほうなんて手が回らずに無法状態になる始末だ。今はもう、みんな席についている。


 満足そうに腹をさするもの、恨めしげに対面のにやにやしているのをにらむもの、表情はそれぞれだ。ただ不思議なことに、あれだけ騒いでおきながら配膳台も会議室も散らかってはいない。変なところでみんなまじめだ。


「これで終わりですよね」


「…まだだな」


 楠達はいつでも食べられるから争奪戦にはそもそも参加していない。秋山はノリノリで参加していたが。


「まだあるんですか? もうみんな発表は終わりましたよね?」


「…最後に、フリートークがある。といっても、本当に自由に喋るのではなく、別の部活に依頼とかをする場だな」


「依頼?」


「…まぁ、すぐにわかる。お前も何かあったら所属部名を言って発言するんだな」


 そうこうしているあいだに、誰が言い出したわけでもないのにフリートークは始まった。先ほどまでとの喧騒はないが、やはり厳かというほどでもない微妙な雰囲気だ。


「コーラス部からお菓子部へ。

 今度発表会があるんだけど、できたらでいいから、この前ののど飴作ってくれない? アレたべるとすっごくのどの調子よくてさ」


「ん、おっけー。味もこの前と一緒でいい?」


「ありがと! その辺含めて任せます!」


「超技術部から被服部へ。

 余った切れっぱつなぎ合わせてパペット作ってくれねェか? 簡単なやつでいいんだ。腹話術用に欲しくてな」


「あいあい、簡単な奴でいいんならすぐできるよ。デザインは?」


「女の子の妖精さんと動物が一つずつかァ?」


「妖精さん? ……つぎはぎだけどいいのかい?」


「むしろそれがいいんじゃねェか」


「茶華道部から文化研究部へ……。

 さきほどのわらびもち、とてもおいしかったです。茶華道のみんなと茶菓子として使いたいのですが、作り方を教えていただけませんか?」


「はいな。今度まとめて一緒にやるさね。ずんだもちもお菓子部と一緒にやる予定だけど、そっちもやるかね?」


「はい! ぜひお願いします!」


「バスケ部から超技術部へ。

 今年の新人に、またトリックプレーを教えてくれないかな? 何人かボールの扱いがうまいやつ入ったんだ」


「オォ、そりゃおもしれェ。まかせとけ、最ッ高にイカす選手に仕上げてみせるぜェ?」


「……ほどほどで頼む」


「あーゾンビ対策部から空手道部へ。鈍ってきたから訓練したい!」


「構わんぜ。ついでに新人の練習相手になってもらおうか!」


「まだこの時期の新人にゃ負けねーよ!」


「柔道部から書道部へ。

 例年通り、新人の目標書初めを頼みたいんだが……」


「はいはい、じゃ、火曜以外ならいつでもどうぞ」


「吹奏楽部から野球部へ。

 ……会場設置、手伝ってくれない?」


「了解了解。いっつも応援してもらってるしね」


「お菓子部……というか僕個人からなんどけど、漫画研究と美術部へ。

 今度クッキーを焼くんだけど、そのデザインを頼めるかな? どうも僕にはその手のセンスがないみたいで……」


「いーよー。新人のテーマにおもしろそー! いくつくらいいるのー?」


「わ……わたしもですか……?」


「いっぱいあればある程いいかな。オーソドックスなものから奇抜なものまで。漫研には、ファンタジーものみたいなやつのデザインを頼みたいんだ。戦士とか、魔法使いとか、ドラゴンとか獣人とか」


「わかりました……。リアルな感じですか? それともデフォルメですか?」


「デフォルメかな。あんまり細かくても、僕の腕じゃちょっと難しいからね。イメージ的には絵本とか、童話みたいな感じで」


「了解です……。できたら持っていきます」


「ありがとう。完成したら持っていくので二人とも楽しみにしていてね」


「放送&映画研究から全ての部へ。

 学校説明会用にドキュメンタリー風の部活紹介映画を撮ることになったから、撮影協力よろしくぅ! ま、いつも通りの風景をちょっととるのと軽いインタビューするくらいだから」


「パソコン部からテニス部へ。

 ゲームを作ろうとしているのだが、モーションなど諸々の挙動を確認したいから見学に行ってもいいか? ちょっと協力してもらうこともあると思う」


「ゲームか! おっけーおっけー、おもしろそうじゃん。できたらやらせろよ?」


「オォ、忘れるとこだった。超技術部から卓球部へ。

 田所こいつしばらく特訓してくれ。左手で」


「えっ、ちょっ、おれっすか!?」


「とりあえず両利きになってもらうからな。左手でラケット握っているとそのうち使えるようになるんだぜ。なァ?」


「ちょっと卓球部もなんとか言ってくださいよ!」


「……超技術部のおかげでうちの部員はやたらスピンに強くなったな。右も左もなんでもござれだ。ラケットの二刀流……左右から繰り出される変幻自在のスピンを完璧に扱える奴なんて初めて見たからなぁ……。そしてなにより二刀流ならではの戦法が恐ろしい。右で打つと思ったらフェイクで左で打ってくるし」


「そういうこった。まァ、おまえなら一週間で終わるさ。これでまた一つ超技術を覚えられるし、これから後々楽になる」


「もうやだこのひとたち」


「…園芸部から、全部活へ」


 と、ずっと続いていた会話の流れをぶった切る楠。聞きいっていた華苗も思わずはっとする。なにか頼むことなどあっただろうか。


「…と、その前に教頭先生。宿泊許可がほしい」


「宿泊許可ぁ!?」


「む……理由は?」


「…部活作業のため。合宿のようなものです」


「ならばよし! ちょうど私も宿直当番だしな!」


「いいのかい……」


 宿泊許可を無事に貰った楠はそのまま発言を続ける。不思議と会議室が静まり、みんなの視線が楠へと向いていた。楠はそんなことを気にもせず、いつも通りの語調で独り言のように話し出す。


「…育てようと思っていて育てられなかったものがある。天候の都合でだ。…ところが運がいいことに、明日から晴れが続いてなんとかなりそうなんだ。ちょうど明日は半ドンだし、手伝ってほしい。…今のシーズンを逃すと、今年はもう無理そうなんだ。人がたくさん要る」


「なぁ、それって俺とか青梅ちゃん達とかじっちゃんだけじゃ足りないのか?」


「…とても足りませんね。今日この後から作業を始め、明日も十分休みごとに畑に出て、午後もめいっぱい働かなくてはなりません」


「というと、あれかね。たしかに今を逃すと難しいさね。……教頭先生、私にも宿泊許可をもらえないかね?」


「君もかね。まぁ、いいだろう。でもまた、どうして?」


「必要になるからさね。楠が言ったのは第一段階。……その後の作業もあるだろう? 明日の午後と明後日からの休みを使わないと、食べられる、いや、使えるところまではもってけないんじゃないかねェ?」


「…ええ。そっちは別件として頼もうと思っていました」


「やっぱり。ついでだ、今日は古家うちのぶしつに泊まるといいさ」


「…ありがとうございます。…ともかく、できるだけ手伝ってほしい」


「楠」


「…なんだ?」


「狩る?」


「…刈るな」


「あたし、行く」


「おれも!」


「俺もいこう」


「…何か勘違いしてる気がするが、恩に着る」


 対策三部が真っ先に名乗りを上げた。それを皮きりにいくつもの部活、特に運動部が賛同していった。運動部は園芸部の頼みを断れないといつぞや秋山が言っていたが、どうやらそれは本当のことらしい。


「…ありがとう。詳しいことはその時に話す。とりあえず、十分休みごとに中庭に集まってください。午後も同様に。…午後は動きやすい、汚れてもいい服装でお願いします。…もちろん、できればでいいです。授業等は最優先で」


「よっしゃ任せろ。何が来るのかしらねぇけど、毎回お世話になるもんな!」


「夏は本当に助かってるもんね!」


 運動部のほうから勢いが感じられる。前も言っていたが、楠は運動部に何をしたというのだろうか。華苗は不思議でならない。


 と、ここで気づく。楠は、いったい何を育てようとしているのだろう。あの不思議な園芸部をもってしてでも、育てるのが難しいものとはなんだろうか。


「楠先輩、何を育てるんですか?」


「…主食にも、飲み物にもなる。お菓子作りにもよく使われる。一日に一度はこれが含まれたものを食べているだろう。家畜の餌にもなるし、マルチ代わりにもなる。靴や防寒具にもなる。その利便性や重要性は大豆に勝るとも劣らない。…いや、単純に使用用途の広さでいえば大豆に勝つな。そんな作物だ」


「あるんですか、そんなの?」


「…麦だ。麦を収穫する。忙しくなるぞ」








 楠がにやりと笑う。今まで見たことがない笑い顔だった。

 








20150503 文法、形式を含めた改稿。

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