16 園島西高校部活動会議・中編
「始める前に少しお知らせがある。皆の知っている通り、前任の運動部総合顧問はこの春転勤なされた。その後釜としてサッカー部の荒根先生が運動部総合顧問になられた……荒根先生」
「おう、まぁみんな俺のことは知ってると思うが、一年生もちらほらいるし一応な。荒根 宏だ。担当は体育! これからよろしくな!」
体格のよい男性教師、荒根先生が机の真ん中で軽く挨拶をする。華苗の予想通り、荒根は体育の先生だったらしい。近くで秋山がまじかよ、とつぶやいたのが華苗の耳に届いた。
「では本題に入ろう。まずは体育祭についてだ。実行委員?」
教頭先生がちらりと円状に並べられた──といっても長方形に近い─の一角に目を向ける。先生たちは円状に並べられたの机ではなく、会議を見守るようにして黒板前の教壇の机に座っていた。あくまで主役は生徒、といったスタンスなのだろうか。
「あー、体育祭についてはとりあえず今のところは変更はないです。当日の役割分担も例年通り。仕事内容も変わりはないっす。
ただ、去年の件があるので会場警備担当の武道部、陸上、ハンド部の仕事内容が若干濃くなります。この辺は後で詳しいプリント配るんで。
運営のほうも問題ないですが、用具担当、それと放送部は後日打ち合わせのほうがあるんでよろしく。以上です」
真ん中にひょこっと出てきた男子生徒は一息で言いきる。周りを見渡しながら特に質問がないのを確認すると、そのまま席へと戻っていった。
「……先輩、ここ、部活会ですよね? なんで体育祭のお話が?」
「…体育祭でも部活単位で仕事があるからな。それに、園島西の生徒はみな部活に入っているから、報告とかはここでやったほうが都合がいいんだよ」
ひそひそと声を落として楠に話しかける。華苗と同じように、何人かは周りの人と今のことについて話をしているようだった。
さらに聞けばこの部活会はどうやら生徒会も兼ねているらしく、実質的な学校運営の方針や行事、集会などの運営もここで決めていくらしい。
「ふむ、とりあえずは問題なさそうだね。何かあったら連絡するように。学校運営については教師からはもうないが、なにかある部活はあるかね?」
誰も何も言わない。まぁ、学校の運営なんてそうそう口を出すものでもないだろうし、そもそも口を出すような事柄もないだろう。
教頭先生はそれを見てとると、満足そうに笑って口を開いた。
「なにもないなら……堅苦しいのはここまでた! よぉし、部活発表始めるぞ! 我こそはと思う部活からどんどんはじめてくれ!」
「いよっ、待ってましたぁ!」
「本番きたぁー!」
「ばっきゃろ、まだ本番じゃねぇだろ!」
今までの堅苦しい空気がウソだったかのように教頭先生が口調を崩す。途端に会議室に漂っていたピンとしたなにかも緩み、生徒たちも背中を丸めて喋り始めた。ちょっとがやがやしている。
教頭先生がいきなり砕けたのも驚きだが、この、独特の雰囲気はいったい何なのだろうか。華苗にはそれがどうしてもわからなかった。
「先輩、これって……?」
「…見ての通りだ。堅苦しいのは終わり、部活発表の始まりだ。ここからはリラックスしてもいいぞ。…まぁ、節度は守らねばならんが」
「いやいや、リラックスしすぎでしょう! さっきまでの空気はなんだったんですか!」
「…ここは、やるとこさえきちんとやれば何してもいいんだよ。メリハリが重要だ。見ろ、それを体現しているのが教頭じゃないか」
楠も椅子にどっしりと座りなおしながら顎で教頭を指す。
なるほど、教頭はもう威厳など微塵も感じさせない笑顔でうきうきとしているし、ゆきちゃんは頬杖をついてだらけている。荒根は椅子に座っているのが性に合わなかったのか、がはは、と笑いながら生徒の後ろのほうを歩いて回っていた。
「なんという……」
「フランクでよくね? ぶっちゃけ堅苦しいのよりもこっちのほうがいいっしょ?」
「そういう問題なんですか……?」
「そういうものなのよ。私も最初はびっくりしたもん」
さて、この部活発表というのは部活動がちゃんと活動しているかを確認するためのものである。本来ならば全ての部活動が対象なのだが、運動部は大会出場のエントリーを学校を通して行うため、きちんと活動していることがわかる。そのため、この部活発表は専ら文化部の発表の場となっていた。
「よっしゃ、一番、演劇部! 新作のシナリオ製作終わって、役作り中! 文化祭で公開予定だ! 今回はハートフルでスウィートなお話だぜ!」
「ほぉ! そいつは楽しみだ! 念のため、証拠となるモノは?」
「もっちろん! これがその台本です。読めば証拠になるはずです」
最初に躍り出てきたのは演劇の衣装をまとった人だった。見た目通り、演劇部らしい。懐から複製と思われる台本を取り出すと、それを教頭に手渡した。
教頭は、それをぱらぱらとめくって微笑む。
「なかなか面白そうだな! ……ただ、これを読んだら楽しみが半減するのでは……?」
「諦めてください! それが先生の仕事です!」
「酷いな! くそっ! 自分の立場がうらめしい!」
「冗談ですよ。各パートの最初だけをちょこっと載せただけですし、ラスト三章は完全に抜いてあります。ダイジェストとか予告編みたいなもんです」
あからさまにほっとしたような表情を教頭は浮かべる。その様子を笑いながら演劇部は席へと戻った。
「あ、ぶ、文芸部です。部誌に掲載予定の作品をいくつか……」
次に真ん中に立ったのは万年筆を胸ポケットに入れた女子生徒だ。どうやらあの万年筆は文芸部の象徴だったらしい。一度は真ん中に立ったものの、そそくさと持っていた紙袋を教頭に渡す。
「お、今回も楽しみにしてるよ。……あのバイオロジカルSFの続きもあるのかね?」
「は、はい! そっちにはありませんが『Keyman』も掲載予定です! それに、『Repeat Reword Reaffirm』という完全新作もあります!」
「そうかそうか。それはますます楽しみだ。こっちはあとでゆっくり読ませてもらうよ」
文芸部はそのままささっと席に座ってしまった。少し消極的なタイプなのかもしれない。きっと華苗でも、そうしただろう。目立つ場というのは苦手なのだ。
……驚くべきことに何人かの男子が小声で余りはないか、と文芸部長に聞いている。どうやら、男子生徒うけの良い作品らしい。ファンの数も少なくないようだ。華苗はよく知らないが、恋愛ものなどではないのだろう。
ただ、どうやら持ってきたのはあれだけらしく、文化祭で買ってね、と文化部長は答えていた。教頭先生も、他の生徒ですら期待する小説の内容に華苗は少し興味を持った。
「よっしゃ、おれたちもそろそろ行くぜ!」
「はいはい、ていうか、あたしたち違う部じゃない?」
「今更だな。俺だってそうは思っているが口に出さないだけだ」
次に出てきたのはサバイバルジャケットを着た女子生徒、指抜きグローブをした男子生徒、そしてリストバンドをした男子生徒だ。三人とも、華苗が何部だか判らなかった生徒だ。
「ゾンビ対策部! 今回は『ゾンビに襲われた際の逃避行動、及びそれに伴う拠点物資の運搬について』のレポートだ! 欲しいやつはいつでも来い! 生き残る確率アップは間違いなしだぜ!」
「学校テロ対策部。『学校テロにおける身近に存在する道具を使った防衛・逃走の術に関する考察』だ。実際に実験したデータもきちんと取っているから信憑性もある。質問があるならばいつでも聞きに来るといい」
「サバイバル部。あたしは『限界状態における飲料水確保の方法とその重要性』のレポート。図解でその方法を書いといたから、一度は目ぇ通しといたほうがいいよ」
「……あの二つってちゃんとした部活なんですか」
指抜きグローブはゾンビ対策部、リストバンドは学校テロ対策部だったらしい。サバイバルジャケットはそのままサバイバル部だったようだ。
たしかどれも園芸部同様、パンフレットの一番下に乗っていた部活、つまり、部員が一人しかいない極めて小さい部活のはずだ。それも、部活名からしていろいろとふざけている。まさかこの場にいるとは華苗は思ってもいなかった。
「…実績はあるからな。テロ対策部は以前学校中を調べつくして防犯・セキュリティの甘さについての報告書を出したんだが、それがもとでここの警備や防犯のマニュアルは一新された。聞くところによると、その改善案もテロ対策部が作ったらしい」
「ゾンビ対策部も非常食や非常袋の総点検をして、それの管理、効率化に関する提言をしたんだよ。けっこうちゃんとした提言だったらしいぜ。オレ、そのとき期限ぎりぎりの乾パンたくさんもらったんだ」
「サバイバル部もすごいよ。サバイバル訓練と称して文化研究部でいろんなことを学んで行ったり、一緒に防犯パトロールしたり」
「防犯パトロール?」
聞けば、文化研究部は定期的に夕方の防犯パトロールをしているらしい。もともとはおじいちゃんの散歩ついでに始めたものらしいが、それがなかなか近所の人にも好評だったらしく、それにサバイバル部がついてくる形になったそうだ。
「昔の生活からサバイバル術のヒントが見つかるってことで活動してたんだけど、ついでだっていってパトロールにもついてきてくれたんだ」
そのうち仲の良い、活動内容が被っているゾンビ対策部と学校テロ対策部もその防犯パトロールについてくるようになった。
そんなある日、ホントに不審者と遭遇してしまったそうだ。露出狂だったらしい。
「でもね、僕が驚いている間にもあの三人は喜々として飛びかかっていったね。取り押さえるのに十秒もかかってなかったと思う」
その露出狂はあまりのことに泣いて佐藤とおじいちゃんに助けを求めたそうだ。事実、おじいちゃんが止めていなければその露出狂はいろいろな意味で大変なことになっていたらしい。
後から聞いたところによると、三部とも実践をしたくてパトロールについていったのだそうだ。テロもゾンビ対策もその活動内容から武闘は必要であり、サバイバルは無人島で襲われた時とか極限状態で暴徒化した人間に対応するために武闘が必要らしい。その実技を試したくてうずうずしていたそうだ。
「…活動実績もあったことから、それで正式な部になったんだ。今ではまとめて対策三部なんて呼ばれてる」
「華苗ちゃんもゾンビに襲われたり学校テロに巻き込まれたらまっさきにあいつらのとこへ行けよ? 少なくともオレは、あいつらのそばが一番安全だと思うね!」
「……いや、そもそもゾンビもテロも起こらないでしょうよ」
教頭は苦笑いしながらも三人から分厚いレポートを受け取る。読みごたえはなかなかありそうだ。意外にも面白い内容であるらしく、何人かはそれらのレポートを回し読みし始めた。
「幹久、そろそろオレらもいくかァ?」
「えっ、ちょ、オレらって、おれもですか!?」
「他に誰がいんだよ」
続いて真ん中に踊りだしたのは超技術部である。森下は田所をひっぱってずかずかと進み、体をぐるりと回してあたりを眺めてからよく通る、大きな声で叫んだ。
「さァ超技術部の番だ! 今回は期待の新人 田所 幹久がやってくれるぜェ!」
「おや、あの子がやるのかい。楽しみだねェ」
おじいちゃんがにこやかに目を細めて田所を見つめる。会議室の生徒の大半、特に運動部は口笛を吹いたりしてはやしたてていた。なんというか、体育会系のノリはどこでも同じようなものらしい。
「さァさァ、今回のこいつの得物はこの七本のカラーマジックだ!」
腰のポーチから七色のカラーペンを取り出した森下はそれを田所に押しつける。それを見て、田所は自分が何をするべきなのか察したらしい。不敵ににやりと笑って、挑戦的な目つきでペンを構えた。
「やっちまって、いいんですかね?」
「おうおう、やれやれ。ここァそういう場だ」
森下の返事を聞き終わる前に田所はペンをそれぞれ指の間にはさみ、手首を利かして投げつける。四本挟んだ右手は前に、そして三本挟んだ左手はあろうことか後ろに。
「うそっ!」
華苗は思わず叫んでしまった。なぜなら、その投げたペンは、まるで何かが超能力で操っているかのようにして空中できれいな軌道を描きだしたからだ。
最初の四本は空中で連結するようにして縦に並び始める。後ろで投げた三本は高く、田所の背中を超えて回転しながら前に飛んでいた。
そのまま機械のように規則的に動いたペンは重力によって下へと落ち始める。その七本のペンの放物線は全てある一点を終点としていた。
そして──
たたん、たたん、しゅっ!
七本のペンは、虹と同じ順番で、縦に積み重なる。だいたい一メートルくらいだろうか。そこには田所の得意とするペンタワーが存在していた。
──うぉぉおぉぉぉぉ!
「マジかよ……」
「あの一年やるなぁ、オイ!」
「ふあ~すっごいねぇ……」
「あのコントロールがあれば……」
大歓声に包まれる中、何人かの部長たちが小さくつぶやいている。華苗もまた、あんぐりと開けた口を閉じることが出来なかった。
ペンタワーをつくるだけでもすごいのに、それを投げて作ったのだ。何度か見たことのあるペンタワーも、いつも以上に高く、美しく見えた。
『すっごぉい! 田所くんすっごぉい! ね、楠先輩もそう思いません?』
「え?」
『あれ? でもよく見ると、ペンの間に何か……青梅先輩、見えます?』
「あ、ホントだ! なにあれ……トランプ?」
『まさか……あの組み上がる瞬間に誰かが投げ入れたとか? 秋山先輩、見えましたか?』
「あ、ああチラッと見えたけど……。気のせいかと思ってた」
『やっぱり! こんなすごいことが出来るのなんてどこの誰だろう? かっこよくてステキな人なんだろうなぁ!』
「…八島、なにか変なものでも食ったのか? さっきから様子が変だぞ?」
「いやいやいや! 喋っているの私じゃないですよ!?」
華苗の頭は軽くパニックになっている。喋っていないのに、自分の声がどこからか聞こえてきて驚かない人間がいるはずないだろう。
華苗の様子をみておかしいと思ったのだろうか、みんながいっせいに静まり返って華苗を見ていた。
しかし、それでも少し乙女チックな華苗の声は止まらない。
仮に声真似だったとしても、誰の唇も動いていないし、機械のような声でもない。確実に誰かがいるはずなのに、誰もしゃべっている様子はなかった。
「おいおい、どうなってんだよこりゃぁ!」
『秋山先輩、なにがそんなにおかしいのです?』
「……なにか違和感があるな」
『そんな、剣道部のおねーさんまで』
「何か、乱れて……いや抑えられている?」
『あなた……合気道部の方ですか? 合気道はそんなこともわかるのですね!』
「ちょっとまった! そいつ、そこにいる! 間違いない!」
いきなり叫んだのはコーラス部の女部長だった。どうやら彼女はこの不可思議な声の主を、音の方向から探っていたらしい。流石といったところか、耳は人一倍よいようだ。
「よしまかせろ! これはテロだな!」
「ゾンビか? ゾンビなのか? まぁこの際幽霊でもなんでもいいや!」
「とりあえずぶちのめせばいいよね!」
コーラス部が指した方向を見ながら対策三部の三人が、実にうれしそうに躍り出る。ゾンビ対策部は指抜きグローブで構え、学校テロ対策部はリストバンドを外した。サバイバル部は……なにやらサバイバルジャケットの内ポケットに手を入れている。
しかし、彼女が指した場所は部屋の真ん中、今まさにペンタワーがたてられているところである。そこには田所と森下しかいない。
「あんただよね。私たちだって耳は悪くないんだよ」
「……おめェら発想が怖ェよ。特にサバイバル部。その手の中になにあんだ?」
「……喜和、さすがにちょっとやりすぎだねェ」
「え、どういうこと?」
華苗のような誰かの声は止んでいた。コーラス部がさしていた場所、そこに立っていた森下が対策三部に囲まれている。田所もびっくりして森下を眺めていた。
「あれは腹話術さね。唇を動かさないで喋る技術だよ」
『こんなふうにね』
おじいちゃんが唇を一切動かさずに話し出す。よくみればわずかに口が開いているが、それでも口そのものは動いていないのでとても喋っているようには見えない。
『それに、変声術も使ったんさね。これは変装術の一種で忍者とかが使ったとされているんだ』
『…こんな風にな。どちらも私が教えたものだ』
楠そっくりの声でおじいちゃんが喋り出す。唇も何も動いていないものだから音の発生源がよくわからないし、なんとなく感じたそこにいる人とはまるで違う声音だからか、本物の幽霊が喋っているかのように感じられた。
なんでも腹話術も変声術も廃れゆく日本文化らしく、忍者という日本文化の代表のようなものが扱った技術であるのでおじいちゃんはそれを練習して習得したのだそうだ。
森下はこの春にそれをおじいちゃんのところで学んだとのことで、今回はそれを発表するつもりであったらしい。
「いや、悪いな。トランプ投げたの気付いたやつ少なかったし、ちょうどいいと思って使わせてもらっちまった。気ィ悪くしちまったのならぶん殴ってくれてもかまわねェ」
「いや、流石にそこまでは怒ってませんけど……。びっくりするのでほどほどにしてくださいよ」
ありがとな、といって森下は華苗に頭を下げる。華苗も別に怒っているわけでもないので頭を下げてもらうので十分だ。
それに、よく考えてみたらなかなかすごいパフォーマンスである。あんなのそうそうみられるものではない。
「というわけで、超技術部の発表としてはこいつのペンタワーとトランプ投げ、あとは腹話術と変声術だ。教頭先生、これでいいかァ?」
「う、うむ。心臓が止まるかと思ったが……。活動の証明には十分なるな」
そのままいくつかの部が活動発表をしていく。どの部もなかなか面白い内容だ。意外だったのは、将棋部が発表しなかったことだろう。文化部だが彼らも大会があるらしく、そのエントリーをもって活動証明となるらしい。もしエントリーしていなかったらいったい何をしたのだろうかと、華苗はちょっと不思議に思う。
そして。
「…そろそろ俺たちもいきましょう」
「というか私たち最後だよ?」
「いいじゃん、シメとか盛り上がるじゃん!」
「おーがんばりなー!」
楠、青梅、双葉、おじいちゃん、佐藤がたちあがる。秋山はサッカー部なので座ったままだ。この四部は一緒に発表をするらしい。
今度こそ一緒にやろうと、慌てて華苗も立ちあがり、楠達と共に真ん中へと進んでいった。
20150503 文法、形式を含めた改稿。




