15 園島西高校部活動会議・前編
今回から3話ほど園芸(?)まったくでてきません。
学校生活らしいことがでてきます。
「あれ、華苗、どしたん?」
「私、華苗ちゃんのオーバーオール姿見るの初めてかも」
帰りのホームルームのちょっと前。最後の授業が体育だったから、まだ人の集まりは悪い。
そんな中で、華苗のオーバーオール姿は非常に目立っていた。更衣室でそのまま部活着に着替えているものもいるが、いかんせんそれらはユニフォームとかジャージとか呼ばれるものであり、作業着であるオーバーオールが浮いてしまうのは当然のことであった。
「なんか、今日はこの後部活会があるんだって」
「……それとその姿に何の関係が?」
「わかんない。昨日、楠先輩が放課後に部活会があるから着替えて大会議室に来いって」
昨日の帰り際、楠は思い出したように華苗にそう告げたのだ。華苗はまだ一年生だが園芸部は二人しかいない。必然的に副部長になるため、部活会に出なくてはならないのだろう。わざわざ作業着になる意味はまるでわからなかったが、きっとそういうものなんだろうと華苗は納得していた。
「そっか、華苗は副部長なんだよね」
「そういえば、双葉部長も今日は遅れるっていってたっけ」
「八島も部活会でるのか?」
突然後ろから声をかけられ、一斉に振り向く三人。
それもそうだろう、なぜならその声の主は女子ではなく男子のもの。女だらけの会話に割り込む男子なんて、少なくとも華苗たちの友人にはいない。
というか、三人とも男子とはあまりしゃべらない。いや、最低限の会話くらいは
あるのだが、日常的に、こう、なんとなく友達のように会話する男子のクラスメイトはいないのだ。
「田所じゃん。あんたも部活会でるんだ?」
華苗達に声をかけてきたのは田所だった。あの、変わり者として有名な田所である。いつぞや楠が華苗の教室に来た時、ただ一人楠のプレッシャーをなんとも思わず、威圧感バリバリでたたずむ楠のすぐ前でペンタワーを作ったあの田所である。
「まぁな。部長に来いっていわれたんだ」
「副部長なの? 田所くんも」
「んにゃ、ちげぇ。おれはただのヒラだよ。まぁ、それはいいんだ。ちょっとお願いっつーかなんというか……」
いつもどこか飄々としていて、はっきりつかめないながらも芯が通っているくせに、どことなく言いにくそうに口をつぐむ田所。普段は物事ははっきりというタイプなのに、いったいどうしたのだろうか。どこか、恥ずかしがっているようにも見える。
「どうしたのよ。減るものでもないし、言えばいいじゃない」
清水の催促でようやく田所は決心したらしい。ちょっと小声で、それでもはっきりとした声で、まっすぐ華苗を見つめていった。
「……大会議室まで、連れてってくんね? おれ、場所しらねぇんだよ」
「そんなことかーい!」
どうも、田所は普通の人と恥ずかしがるポイントというものがずれているらしい。変わり者に、よっちゃんの、清水のツッコミが飛んだ。
小声でだからいいたくなかったんだ、とつぶやいた田所が、華苗の耳に妙に印象的に残った。
「いやぁ、助かった。ここ、大会議室だったのか」
「視力検査の時に使ったの、覚えてなかったの?」
「そんときゃ覚えてたかもしれないけど、関係ないことはすぐ忘れるタチなんだ」
職員室の隣の大会議室の前。そこに華苗と田所はいた。
ジャンプして閉まっている扉の窓からちょっと中をのぞくと、なるほど、いかにも部長、といった雰囲気をもつ上級生が適当に座って喋っている。みな、ユニフォームを着ているので何部なのかはだいたいわかりそうだ。
「そういえば、田所君はユニフォームとか着てないけど、何部なの?」
「うん? ユニフォームじゃないけどこれ付けて来いっていわれた」
そう言って田所は左腕をすっと差し出す。そこにはオレンジと茶色と緑の紐で編み込まれたブレスレット、いや、ミサンガがあった。自分で作ったのだろうか、ちょっと網目が荒くなったり不格好なところがある。
「ミサンガってことは……サッカー部?」
「サッカー部ならユニフォーム着てくるんじゃね? おれは超技術部だよ」
「超技術部?」
またなんともわけのわからない部活名だ。なんとなくだが、変わり者の集団らしいということはわかる。田所の部活としてしっくりくるのもわかるのだが、いったい何をしているのかさっぱり想像がつかない。
「うん。まぁ、なんでミサンガなのかは知らないけど。それよかさっさとはいろうぜ」
田所は扉を気持ちよく開いて大会議室の中へと入る。田所のこういう思い切りのいいところは少し見習わないといけないと華苗は思う。ここだけの話、上級生ばかりのこの教室の扉を開けることに、華苗は若干の抵抗があったのだ。
「うーん、見事に知ってる顔がねぇ。部長もまだ来てないな」
会議室のど真ん中でぐるりと部屋を見渡す田所。会議がしやすいよう、円形状に並べられた机のその真ん中でだ。必然的に、会議室の全ての人の視線が田所に注がれていた。
「あ、すいません、これって座るところ指定されてたりします?」
そんな周りの視線に気付いているのかいないのか、田所は役者が観客に語りかけるかのようにして部屋の真ん中で発言する。
それを見た上級生は苦笑いだ。ほほえましいものを見るかのようにして田所を見ていた。
「あり?」
「田所くん、目立ちすぎ!」
あまりの田所の行動に思わず華苗は飛び出し、学ランの裾を引っ張って真ん中から退場させる。同じクラスメイトとして、恥ずかしい。いったいどうしてこういうことを恥ずかしげもなくできるのに、道案内を頼むのは恥ずかしがるのか。
「ははっ。あいつ、超技術部か。道理で」
「あの女の子……新しい園芸部かな? あそこも部員入ったんだね」
「今年も面白いのが入ってきたなぁ、オイ!」
野球のユニフォームを着た人が、指揮棒を持った人が、指抜きグローブをつけた人が、おもしろそうに田所と華苗をみている。それを感じた瞬間に、華苗はゆでダコのようにみるみる耳まで赤くなってしまった。
「席は自由でいいんだよ。適当に座るといいさ」
「あ、ありがとうございます」
そんな中、黒いポニーテールのお姉さん──胴着を着ているからたぶん剣道部だろう──が華苗をみて優しく笑いかける。となりの和装している男子生徒は弓道部だろうか。小手のような手袋のようなものをつけた右手でひらひらと手を振ってくれていた。基本的にはみんな優しい人のようだ。
「田所くん、おとなしく座ってようね」
「なにもそんなひっぱらんでも」
「い、い、か、ら!」
華苗は田所をキッと睨みつけ、力づくで椅子に座らせた。ずっと農作業をしてきたせいか、ここのところ随分力も付いてきている。
思った以上に強い力に不意を突かれたのか、田所は何の抵抗もせずにすとんと椅子に座った。
「女子って怖ぇ」
「私は田所くんのほうが怖いよ」
さて、一息ついたところで華苗はあたりを見回してみる。
見たところユニフォームを着た生徒が一番多い。園島西高校のイメージカラーは緑だからか、野球部のユニフォームも、陸上部と思しき露出が多めのユニフォームも緑を基調としている。
トランペットを持っているのはきっと吹奏楽部だろう。白衣を着ているのは科学部だろうか。
なるほど、部活の活動着を着ているおかげで誰が何部なのかが一目でわかる。ただ、指抜きグローブをつけた人やサバイバルジャケットを着ている女子生徒など、パッと見でわからないのも多い。
「うちの部長遅えなぁ。八島んとこはどうよ?」
「うちも……まだだね」
もう一度ぐるりと見回してみるが楠の姿はどこにも見当たらない。楠どころか、秋山も、青梅も、双葉も、おじいちゃんも見当たらない。佐藤も副部長だろうからいるはずなのに、見当たらない。
知り合いが、一人たりともいない。
知っている人は田所しかいなかった。田所と一緒に来たのは案外正解だったかもしれないと思った華苗だが、すぐにそれはないと考え直す。
田所がいなければ変に目立って恥ずかしい思いをすることもなかっただろう。
「ぼちぼち集まってきた。なのに部長は来ない。この気持ち、どう表現すればいい?」
「表現する必要、無いと思うよ」
時間がたつにつれてぼつぼつと人が集まってくる。和装をしたきれいな人、ギターを持った人、カメラを持っている人、絵具のシミがついたエプロンをした人、万年筆を胸ポケットに入れた人……予想以上に面白い格好をした人が多くて華苗はちょっとびっくりする。
しかし、楠達は未だにこなかった。
「オッ、幹久! ちゃんときたなァ!」
「部長! おそいっすよ!」
しばらくしてミサンガをつけた三年生が田所のところ、すなわち華苗の前までやってきた。腰にはパンパンに膨らんだウェストポーチをつけていた。
おそらくこの人が超技術部の部長なんだろうと華苗はあたりを付ける。どことなく、根本的なところで田所と似ている気がしたのだ。そして、なんだか妙に胡散臭くも感じられるのである。
「わりィわりィ。ちぃ─っと提出するもんがあったんだよ。……お、おまえ、幹久のクラスメイトか?」
にやっと笑いながらその人は華苗に話を振ってきた。なんだかとって食われそうな感じの笑い方だ。小さい子なら泣くんじゃなかろうか。
「はぁ、そうですけど……」
「オォ、やっぱそうか。オレ、森下 喜和ってんだ。よろしくな。……どうせ幹久のことだからこの場所知らねェで誰かに泣きついたんじゃねェかって思ってたんだが、その通りだったみたいだな!」
「な、泣きついちゃいませんよ!」
「でも、恥ずかしがってその話切り出すのに手間取ったろ?」
「ぐっ!」
「ついでにここに入るなりなんかしでかして、無理やりこの子に座らせられたってところかァ?」
へへへ、と笑いながら森下はにやにやと田所を見つめている。対する華苗は驚きを隠せずにぽかんと口をあけて森下を見つめていた。
先ほどまで、確かに森下はいなかったはずである。なのに、なぜ、見ていたかのように田所の行動が分かったというのだろうか。
「不思議そうな顔してんなァ。喉の奥まで見えそうだぞ」
「いやいや、不思議じゃないわけないでしょう!? なんでわかったんですか!?」
「超技術部だからだな」
「超技術部だからじゃね?」
森下と田所が当然のことのように答える。その様は、楠が野菜の急成長をまごころのためだと言い張るときとそっくりだった。
どうやら、この学校の部長はすくなからずそういったところがあるらしい。
「この程度で驚かれてもなァ。サッカー部なんか大地を抉るシュートをするし、剣道部は竹刀で岩を割る。それに、園芸部の異常成長作物に比べりゃつまらないもんじゃねェか?」
「……え、いや、嘘ですよね、最後以外」
「……ウソに聞こえっかァ? ……冗談抜きに、この学校の部活は超技術部以外みんなおかしい」
「異常成長作物って?」
田所の言葉は華苗の耳には入っていない。
いや、園芸部がおかしいのは自覚している。文化研究部だって少しおかしいのもわかっている。だが、普通の運動部もそうだとはどうも考えにくい。いくらなんでも嘘だと華苗の理性は叫んでいる。
だが、本能のどこかでそれが真実だと感じていた。なにより、予言めいたことをする森下が自分は普通だと言いきっている時点でいろいろとおかしいのだ。
「まァいずれわかるさ。オォ、そういや楠達ももうすぐ来るぜ。廊下でちらっと見かけた。今回も楽しみだなァ」
「楽しみ?」
「ああ、おめェらはしらねェか。なんせ──」
そう森下が言いかけた時だった。閉じられていた扉がいきなり大きく開き、ばーん、と大きな音が響き渡る。同時に、なにかおいしそうな匂いが大会議室に漂い始めた。
「はいどいたどいたどいたどいたどいた──っ! 道をあけろぉ──っ!」
「双葉先輩!」
「ちょっ、詩織! そんなに急ぐと危ないよ!」
「青梅先輩!」
「おっ! 華苗ちゃん! そういや華苗ちゃんも副部長じゃん!」
「秋山先輩!」
「耕輔、よそ見してるとこけるさね。ちゃんと前を見んと」
「おじいちゃん!」
「僕たちが最後みたいだね」
「佐藤先輩!」
「…やはり八島にも手伝ってもらったほうがよかったな」
「楠先輩!!」
噂をすればなんとやらである。華苗の上級生の知り合いの全員が一斉に登場した。
それもただ入ってきたわけではない。青梅と双葉はエプロンと三角巾姿で小学校の配膳室にあったような荷台を押している。秋山はユニフォーム姿で大きな鍋を抱えていた。こちらもやはり、小学校でみたようなやつだ。
おじいちゃんもおおきな笊のようなものを抱えている。こちらの中身はさくらんぼだろう。いつもと服装がちょっと違うが、あれが本来の部活動着なのだろうか。
佐藤は……おじいちゃんと同じ、いつもの甚平の袖が長いやつの上からジーンズ生地のようないつものエプロンと緑の三角巾をしている。エレガントさとワビサビが絶妙にミスマッチでちょっと面白い格好だ。
手に持っているのはバラが活けられた大きな花瓶だ。同じ園芸部のバラを使っているはずなのに、華苗が活けたものよりも見栄えがいい。
楠は、いつもの収穫用の籠を背負っている。あの感じだと、中身はきっとトマトだろう。いや、もしかしたらイチゴやびわかもしれない。
「やっぱ今回もすげえなァ」
「え、なんすか、アレ」
楠達は部屋の真ん中に配膳台を止める。と、気を利かせたのであろう柔道着の大男が余った机を持ち出し、それをどんと配膳台の横に置いた。秋山とおじいちゃんが礼をいいながらそのうえに大鍋と笊を乗せる。
教室の中がざわざわと騒がしくなっているのが華苗にも感じ取れた。それは、何かを期待するかのような、スターの登場をまつ観衆が発するざわめきにとてもよく似ていた。
「楠先輩、これって……?」
「…ああ、言っていなかったがほとんどの文化部はここで部活の成果を示さないといけない。そのためのものだな」
「ま、お菓子も調理も園芸もほとんどいっしょくたになっちゃうんだけどね~」
「供給源が一緒だもんね。華苗ちゃんも、次からは一緒にやろう?」
エプロン姿の青梅と双葉が華苗に話しかけてくる。どうやら事前にこれの仕込みをしていたらしく、二人ともエプロンがわずかに汚れていた。
「オレは荷物持ちだな。こんな量さすがに一人二人じゃ運びきれないし」
「僕もそんなところだね。それに、僕は三つ掛け持ちしてるし」
「私も今回は食べ物も発表するつもりだからねェ。ついでだってことでみんなでもってきたのさ」
秋山はまた手伝ってくれたらしい。佐藤もああはいっているものの、バラの花瓶は文化研究部ではなく園芸部の発表品だろう。どうやら、仕事は全部やってくれたようだった。
「私も呼んでくれればよかったのに」
「…次からはそうする。こんなになるとは思わなくてな」
どっこいせ、と楠は華苗の隣に腰を下ろした。秋山たちもそれにならい近くに座る。まだまだ席は余っているが、どうやらこれですべての部活が集まったらしい。ざわざわとした空気がすこしずつおさまっていくのが分かる。
「そういえば、この部活会ではなにをするんです?」
「…いろいろだ。まぁ、俺たちは部活成果発表が最重要だな。そのあとがメインととる人も多いんだが」
「そのあと?」
ざわつきが収まるのに合わせるように華苗は声を落として楠に語りかける。楠の声はもともと低く、ざわつきが収まっていても少し聞こえにくいが、華苗のような高い声だと思い切り部屋に響くのだ。
「…そのときのお楽しみにしておけ。もうすぐ先生方が来るはずだ」
楠がそう言うのと同時に入口の扉が音を立てて開かれる。
一番に入ってきたのは白髪交じりだがふさふさの教頭先生。眼鏡をかけた理知的な印象をもつ人だ。
続いてきたのは体格のいい比較的若い男性教師。たしか体育の担当だったはず。枝豆の時、ちらちらうかがっていた人だ。
意外なことに、我らが担任ことゆきちゃんもやってきている。
「おう、おめえら全員いるかー?」
真っ先に明るく大きな声をかけた体育教師は黒板の前にたつ。同時にぐるりと当たりを見まわし、満足そうにうなずいた。あのジャージをみると、どうもサッカー部の顧問らしい。
「……ふむ、見たところ全員いるようですね」
ゆきちゃんもこないだのことがウソだったかのようにキリッとしていた。仕事とそうでないときのオンオフはしっかりつける人らしい。そのときのことを知っている華苗にとってはなんだかとてもおかしく見える。
中でも特におかしいのは、ゆきちゃんもエプロン姿であることだろうか。キリッとしたところと妙にファンシーな黄色いエプロンがちぐはぐのようで、それでいてどこか釣り合っていて可愛らしい。
「では、始めようかね。園島西高校部活動会議を」
「…ほら、始まるぞ。しゃんとしろ」
教頭先生のやや芝居がかった合図と同時に、その場にいた全員が空気に飲まれたかのように背筋を伸ばす。もちろん華苗も例外ではない。
そこには、会議特有の堅苦しい緊張が張り詰め始めていた。
こうして、華苗にとって初めてとなる園島西高校の部活動会議は始まったのだった。
20150503 文法、形式を含めた改稿。
森下先輩がやったのは実際に存在するコールドリーディングって技術。




