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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
14/129

13 担任の藤枝先生と枝付き枝豆 ☆

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】です。バラの奴です。

本当にありがとうございます!

「おっ、今どき珍しいものがあるな」


 まだ少しがやがやとしている朝の教室。HRを始めようとする担任のゆきちゃんこと藤枝先生は教卓をみてそういった。


 その視線の先にあるのは一つの花瓶。見事な大ぶりのバラが活けてある。赤、黄色、白、紫。朝にはいささか不釣り合いなほどに煌びやかなそれは、特有の芳香を教室に放っている。豪華絢爛という言葉が実にしっくりくるものだった。


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


「教卓に花が活けてあるなんて、ドラマでしか見たことなかったからな。さりげなく憧れてたんだよ、こういうの」


 そういうと藤枝先生は顔をバラに近付けてその香りと色を楽しむ。眼鏡をかけたクール系の美人が花を楽しむ様に、一部の男子の心がほっこりとした。


 大ぶりのバラはそれだけでも十分に美しいが、それを愛でている人間のほうに目が行ってしまうのは、悲しい本能というものだろう。


「で、いったい誰なんだ? 私のクラス(ウチ)にこんな気配りができそうなのなんてそんなにいなかったと思うんだがな?」


 ひっでぇ、と何人かの生徒が口を尖らせる。冗談だ、と藤枝先生は笑う。バラの華やかさのおかげか、いつになく明るい雰囲気の教室だった。


「それ、華苗ちゃんです」


「お、華苗だったのか。ありがとな。……お家、お花屋さんなのか?」


 清水が答え、藤枝先生は華苗へと目を向ける。


 別に深い意味はなかっただろう。ただ、教室で先生に注目されることに華苗は慣れていなかった。ゆえに、とっさに答えることが出来なかった。


「い、いえ、違います」


「違うのか。 じゃ、どうしたんだ? こんなに立派なバラ、まさかわざわざ買ってきたわけでもないだろう?」


 一昔前、教卓に生徒が花を活けるというのは割とみられる光景だった。ちょっとお花が手に入ったから持っていこう、だとか、花屋の子供が余ったのを持っていったりだとか、とにかくいろんな理由があったのだ。


 ただ、最近ではあまりこの光景は見られない。花屋の子供はわざわざ学校に花を持ってきたりなどしないし、そもそもイマドキの高校生が花に触れる機会が少ない。全くないといっても過言ではないと言えるだろう。


 その花の出所に藤枝先生が興味を持つのはある意味では当然のことだった。


「咲かせたんですよ、自分で」


「うん? 華苗はガーデニングが趣味なのか?」


「いえ……部活ですよ」


「部活?」


「ええ、私、園芸部です」


 佐藤が依頼したバラは雨にも負けず立派に育っていた。善は急げということで、楠、佐藤、華苗の三人は朝早くに学校に集まりバラを摘んでいたのである。


 園芸用の万能ハサミでバラを一本一本切り取る作業は大変だったけれど、 美しいバラを見ていたら疲れも眠気もふっとんでしまうほどだった。


 最近野菜や果物ばかり育てていて、これじゃ園芸じゃなくて農業じゃないか! と軽く不満を覚えていた華苗にとって、今回のバラは実に楽しく作業出来たのである。


 持ってきたバラは、華苗ちゃんが育ててくれたんだし、といった佐藤が持たせてくれたものだ。どうせいくらか渡してしまってもすぐにまた生えてくるため、華苗も気兼ねなく受け取れた。


 ただ、家に持って帰るのも面倒だったため、教室の片隅に置いてあった花瓶に活けて教卓に置いたのである。


「園芸部? 華苗、おまえ園芸部なのか!?」


「はいぃ!?」


 突然目をかっと見開き、何度も確かめるようにして藤枝先生が聞いてくる。今までクール系で通っていた藤枝先生なのに、周りが見えていない。今まで見たことのない姿に、華苗は驚いて声が上ずってしまった。


 よっちゃんも、清水も、教室中のだれもがその姿に驚いている。楠すら問題としなかった田所でさえ、驚いた顔をしていた。


「園芸部ってことは、楠は知っているな!?」


「は、はい!」


「今日、楠に会ったら言ってくれ! “例のブツはまだか?”だ。頼むぞ、絶対にだ! あいつ、探しても見つからない癖に連絡もよこさないんだ! 必ず忘れずに絶対“ブツ”について催促しといてくれ!!」


 なんだかひどく物騒な言葉を残し、興奮した先生は教室を出て行った。後に残ったのは、ぽかんとした表情のクラスメイトと、朝の連絡してなくね?  とつぶやいた田所の声だけだった。





「と、いうことがあったんですけど……」


「…あの人も相変わらずだな」


 放課後、いつもの畑で華苗は楠に今日の出来事を話していた。


 話せと言われていたのもそうだし、なにより“例のブツ”とやらが気にかかる。あの藤枝先生をそこまで変えてしまうものなど、華苗にはとんと思いつかなかった。


「…最初にできたら持っていくといったんだがな」


「ゆきちゃん、待ちきれない様子でしたよ。連絡もくれやしないといってましたし。いったい何なんです?」


「…こっちだ」


 そういうと楠はさっさと歩いて行ってしまう。相変わらず説明も何もなしに行動で示してしまうのはどうかと思うが、楠に言うだけ無駄だろう。いいかげん慣れた華苗も黙ってついていく。


「…ちょっと前に、いろいろ植えたのは覚えているか?」


「え? ああ、玉ねぎのちょい前ですか?」


「…そのときに一緒に植えたものだ」


 歩きながら楠が顎で示したのは畑の片隅の、青い葉っぱでいっぱいの場所だ。黒っぽい種をちょちょいと植えたのをおぼろげながらも記憶している。


 それでもって、翌日には丸っこくてやわらかな印象を持つ葉っぱを数枚つけていたはずだ。葉そのものもやわらかいような、ふわっとしたようなかんじであり、水を上げるとどことなくうれしそうな雰囲気が伝わってきたのを覚えている。


挿絵(By みてみん)


 あの時はまだ、畑の土色がしっかり見えていたけど、いまでは葉っぱに覆われていてまるで芝生のように土が見えなくなっていた。


「…いままでいろいろ忙しかったからな、シーズンになるまで放っておいたんだ」


「いいんですか、それ」


「…いいんだ。まごころとシーズンさえそろえば、大抵どうにかなる」


 楠はそれの傍らにしゃがみ込み、がさがさと探る。ぱっと見た限りでは実はついていない。がさがさ探っているところをみると、根菜の類でもなさそうだ。


「…ほれ、もう十分に大きくなってるな」


「え?」


 楠の白い軍手の上には緑しかない。いや、よくみたら、それは葉っぱでも蔓でもない。三日月のように弧を描き、ゆりかごのように子供を抱くそれは──


挿絵(By みてみん)


「…大豆だな」


「枝豆だぁ! ……え?」


 華苗は楠の手の中にあるものをもう一度よく見てみる。葉っぱの緑より薄い黄緑のそれはどこからどう見ても枝豆だ。いくつもいくつもできていて、一つの株からとれる量はかなり多そうである。


「先輩、枝豆ですよ、これ」


「…だから大豆だろう?」


 枝豆と大豆は食品としての名称こそ違うものの、植物的にはまったく同じものだ。より正確に言うならば、成熟していない若い大豆が枝豆である。


 品種にもよるが、通常の枝豆は種を植えてから三か月もかからずに収穫できる。


 一方大豆は枝豆の収穫時期から約一ヶ月後、こちらはその時の気候条件や環境等に大きく影響されるが、葉が枯れ落ち、さやも茶色くなったころに収穫できる。


「…知らなかったのか?」


「ふん、どうせ私はバカですよ」


 膨れる華苗をよそに楠はさやの一つをつまむと、端から潰すように指で押しだす。とたんに蛍光色ともとれる鮮やかな黄緑の枝豆が勢いよく飛び出した。


 はり、つや、弾力もよさそうで、普通の枝豆より一回り大きい。収穫にはまさに絶好の状態だろう。


「…ふむ、上出来だ。さすがシーズンものは違うな」


「シーズンじゃなくても上出来でしょうに。それで、このさやを採っていけばいいんですか?」


「…いや、株ごと引き抜いてくれ」


「株ごと?」


「…そうだ」


 枝豆の収穫は株ごと行う。根元からえいやと引っ張り抜けばそれでおしまいだ。


 いちいちさやを採る手間が省ける分、なれないとちょっと難しい。たくさんなっているさやを潰さぬように適当なところをつかみ、腰をつかって引き抜かねばならない。一つ一つは簡単だが、いくつもやっているとなかなか腰に来る。まぁ、畑仕事はだいたいそういうものである。


 もちろん、さやの一つ一つを収穫して言ってもそれはそれで構わない。ただ、楠にはちょっとしたこだわりがあった。


「…株ごと引き抜いて、枝ごとゆでたものがうまいんだ」


「か、枝ごと?」


「…そうだ。というか、それがそもそも枝豆の名の由来なんだぞ」


 枝豆の由来は奈良・平安時代まで遡るらしい。


 枝ごとゆでられた枝豆を売る『枝豆売り』なる商売もあったらしく、現在のジャンクフードのようにそのまま持ち歩いて食べられていたそうだ。これを枝成り豆とか呼んだのが枝豆の名の由来だ。


 今でこそさやの状態で目にすることが多い枝豆だが、昔は枝豆の名よろしく、枝についているのが当たり前だったのだ。枝豆はなぜ“枝”豆というのか不思議に思っている人も現代では多いのかもしれない。


「よいしょっと」


 楠に言われた通り、根元をしっかりとつかんで株を引き抜いていく。もさもさと茂った葉っぱが顔に当たってちょっとくすぐったい。


 腰を使って後ろに倒れ込むようにすると比較的簡単に抜けた。ぱらぱらと土が舞い落ちるが、妙な爽快感がある。ずぼっとぬける最後の瞬間が特にいい。言葉にできない達成感でいっぱいだった。


「へへっ♪」


 ひとつ、ふたつ、みっつと抜いていくとその快感もますます強くなってくる。株ごと引き抜いているので背中の籠はもういっぱいになりかけているが、まだまだ続けたいという気持ちが強い。


 ふと楠を横目で見ると、片手でこともなげに枝豆を引き抜いていた。雑草でも抜くかのように軽々としている。太い腕がなんだかいつも以上に逞しく見えた。


「…おお、そっちのは残しとけ」


「そっちの?」


 そっちの、で示されたのはもう随分と枯れかかっているものだ。こっちからは大豆を採るのだと楠は言った。


 ただ、見た目が枯れていたとしてもまだ中身は成長途中らしく、もうしばらく──この場合、もう数時間ほど経たないと大豆としては収穫できないらしい。


「…じいさんが、大豆がほしいといっていてな。いろいろ使えるから多めにしておいてくれと言われたんだ。収穫は向こうでやってくれるらしい」


 大豆は様々なものに使える。


 枝豆としての利用はもちろん、そこからずんだを作ることが出来る。絞れば大豆油に、蒸して発酵させれば味噌・醤油・納豆にもなる。


 豆腐にすることもできればその過程でおからを作ることもできる。豆乳も作れるし、暗所で発芽させればもやしだって作れる。煎って挽けば甘ぁい黄粉になる。さらにそれらから派生する料理の数々をあげるとキリがないだろう。


 加えて工業用にその油が使われるというから驚きだ。節分の豆まきの豆だって大豆だ。飼料用としても使われている。


 そう、食べる以外にも、大豆には様々な用途があるのだ。これほどまでに幅広く使われている植物は大豆以外にないのではないだろうか。


「大豆ってすごいんですね……。収穫も育てるのも簡単だし、最高じゃないですか!」


「…いや、そうでもない。ウチではあまり関係ないがな」


 枝豆は病気にこそ強いものの鳥や虫の被害に会いやすい。さらに乾燥にも弱く、薄い白紫の花が咲いてから実をつけるまでに乾燥させてしまうと花が落ちてしまい、着莢率が低下してしまうのだ。そのため水やりは特に重要だと言える。


 ちなみに園芸ではなく農業として大豆を育てる場合、発芽して間もない間に湿害に、すなわち酸素不足になるとうまく育たなくなるため、水はけを良くするために

排水対策を行わなくてはならない。生育初期と後期とで水の扱いが違うのだ。


 園芸レベルでは排水対策なんてしなくても十分育てられるので、気にする人もいないだろう。


「…害虫も考慮せねばならん。やつらは一匹いたら百匹いると思え」


 カメムシ、シンクイムシ、ハスモンヨトウの類もなかなか厄介だ。


 とくにハスモンヨトウは幼虫が群れになって葉の裏を喰いつくし、“白化葉”、つまり葉っぱを真っ白にしてしまう。あり得ないほどに真っ白になるのですぐにわかるだろう。


 葉っぱの裏を覗いたら茶色いイモムシがうじゃうじゃ……なんてことも日常茶飯事である。こいつが大きくなるとさやも食べてしまうので、見つけ次第葉っぱごと切り取って処分しないといけない。


 うぞうぞとうごめく幼虫を、軍手越しとはいえ触ってしまいかねないこの作業は、女子供でなくても気持ちのいいものではない。


 もっとも、虫の付く暇もなく育ってしまうこの畑の作物についてはあまり考えなくてもいいことである。鳥・虫害に気をつける以外は普通の植物と同じなので、この園芸部で育てるのにはもってこいの作物なのだ。どうせ翌日にはまた生えてくるので量も取れ、いろんなことに使うことが出来る。


「この枝豆のほうはどうするんですか? いくらなんでも収穫しすぎた気がするんですが……」


「…まずは藤枝さんとこにもってく。余ったら、お菓子部、調理部、じいさんとこだな。ああ、秋山先輩も食べたいと言っていたし、他の連中もまた食べたいとか言っていたし……。部長会のときにでも出すかな」


「調理部はともかくとしてお菓子部もですか? 枝豆使うお菓子なんてありましたっけ?」


「…ずんだもちだな。たぶんじいさんと一緒に作るだろ。あれも日本文化の一つだろうし。和菓子ならじいさんの得意とするところだ」


 よっこいせ、と籠を背負って楠は畑から出る。背が高い楠にとって枝豆の収穫作業は変な中腰になるためなかなかつらいものがあった。


「…ともかく、さっさと藤枝さんとこにいくぞ」







「待ちわびたぞ楠ィ……」


 場所は職員室の端。ソファとかが置いてありながら、お茶だとか急須だとかが置いてある、一種の職員用休憩スペースである。


 当然ガスや水道もあり、流し台の中にはまだ少し土がついている枝つきの枝豆があった。鬼の形相をした藤枝先生がどっしりと構えている。


「…今朝の連絡から放課後で準備をしたのですから、早いほうなのでは?」


「いいんだ! そんなことより、早く、例のブツを!」


 軽くため息をついた楠は調理室から借りてきた大きな鍋に水を入れ火にかける。塩を気持ち多めに入れておくのも忘れない。


 その間に華苗は枝豆の土を払う作業だ。水で丁寧に洗った後、細かい根っこは手でこれまた丁寧にむしり取っておく。いくら枝ごとゆでるとはいえ、これくらいはやっておかないといけない。


 やがてぽこぽこと鍋の底から泡が出てくると、楠はそれに全くの躊躇いもせずに枝つき枝豆をぶち込む。じゅっという軽い音が華苗の耳に飛び込んだ。


「まだかな? まだかな?」


「…ちょっとは落ちついてください。まだゆで始めたばかりです」


 先生方の話声が遠くで聞こえる。こういう時に限って、時間が遅く感じられるのはなぜだろうか。藤枝先生ではないが、華苗にもゆで上がるのがもどかしく感じられた。


 いつもはキリッとしている藤枝先生が、時間より早くデートの待ち合わせ場所で

彼氏を待つ乙女のような顔をしていた。本当に、心の底から楽しみにしているのだろう。


「…ん、こんなもんだろう」


 やがて頃合いだと判断した楠はその大きな鍋を持ち上げ、ざるにあけてお湯を切る。むわんとした熱い湯気がかかったようだが、眉ひとつ動かしていない。


「…先生」


「よしきたまかせろ!」


 藤枝先生はどこからか取り出した青い扇子でパタパタと枝豆を仰ぐ。なんでも冷水で急激に冷やすと枝豆の濃厚な風味が壊れてしまうらしい。こうして仰ぐことで持てる程度に、風味を損なうことなく冷ますものなんだそうだ。


「そろそろ、冷めましたね」


「…そうだな」


 華苗たちの目の前には程よく冷めた、まだ少しだけ湯気が出ている枝がある。藤枝先生の目はらんらんと輝き、今にも飛びつかんばかりだ。


 それでも飛びつかないのは、楠が食べていいと言っていないからだろう。あくまでご相伴にあずかる身なのだ。主の許可を取らなくてはいけないと思うくらいの理性はかろうじて藤枝先生には残っていた。


「…おまたせしました、どうぞ」


 いわれると同時にすごい速さで手を伸ばし、手ごろな枝をつかんだ藤枝先生は震える指でさやをもぎ取る。両手の親指と人差し指を使って愛おしそうにさやをつかみ、なんともうれしそうに口を近づけた。


 次の瞬間、藤枝先生の指は情熱を込めてさやを押しつぶす。中の圧力に耐えられなくなった枝豆が、藤枝先生の色っぽい唇に触れ、そして口の中へと入って行った。


「ふぉう、きたぁ……!」


「……なんか、こんなゆきちゃん見たくなかった」


「…言うな」


 顔の表情を見るだけで藤枝先生がどんな気分なのか、華苗は正確に推測できた。


 おいしいと目で、眉で、口で、頬で語っている。そのうっとりした表情なら、いろんな男を落とせるだろう。ちなみに藤枝先生は彼氏なしでもうすぐ三十路らしい。いろいろとがけっぷちだ。


「…うむ、うまい」


 楠も藤枝先生に習い適当な枝から食べている。となれば、華苗も食べないわけにはいかない。そうこうしている間にも藤枝先生がものすごい勢いで食べているのだから。


「ほわぁ」


 最初は枝豆なんてどれも大して変わらないとたかをくくっていたが、華苗はその考えを改めることになる。


 まず、ぷっくりぷりぷりとして、市販の冷凍ものとはまるで違う。弾けるような、それでいて受け止めてくれるような、もどかしいかんじだ。柔らかすぎず、ちょっと心もち硬めである。硬めなのは実は藤枝先生の好みだ。


 枝豆の風味もすごい。豆類は青臭い物という偏見があった華苗だが、この枝豆に限ってはそれはなかった。


 豊かな、甘味の強い土の恵みを十分に受けた枝豆の風味は口いっぱいに広がり、すっきりと鼻に抜けていく。口をつけたさやから感じられる塩味がそれをより一層と引き立てていた。


「やっぱ枝豆は塩茹でだよなぁ。ああ、酒がほしくなる」


「おいしいのはわかりますけど、お酒はダメですって」


 ほにゃりと顔を崩した藤枝先生が、残念そうに言う。とはいえ、もし華苗が大人だったとしたら同じ感想を抱いたことだろう。


「やっぱり採れたての枝つき塩茹では堪らない! こんなうまい枝豆はここじゃないと食べられんからなぁ」


「ああ、たしかに、中毒性ありますよね、これ」


 気づけば一つ、また一つと腕が伸びてしまう。止めようと思っても、止めるべきタイミングがつかめない。普通の枝豆だってなかなか止められないのに、この枝豆は園芸部特有のおいしさも手伝ってそれをはるかに上回る中毒性があった。


「あら? なんかみんなしておいしそうなの食べてるじゃない。先生も混ぜてよ」


「あ、深空先生」


「うん? 優花?」


 突然華苗の隣に座ってきた小柄な影は、深空先生だった。白衣のようなエプロンのような、保健室の先生特有の服を着ているところをみると、ちょっとこっちに寄っただけらしい。


「あら、おいしい。塩味がいいかんじね。……お酒が欲しくなるわぁ」


「やっぱり優花もそう思うだろ?」


 まるでリスのように可愛らしく枝豆もって食べる深空先生だが、出てきた言葉は藤枝先生と同じものだった。この枝豆はそれほどまでにお酒との相性がいいらし。


 藤枝先生はともかく、深空先生からお酒という言葉が聞こえて華苗は少し驚く。


「ところでなんだけど……」


「…どうしました?」


 すこしためらいがちに深空先生が楠に話しかける。ちょっと悪戯っぽいような、それでいて申し訳なさそうな顔だ。


「ユキがあまりにも変貌したからって、校内で軽く噂になったのよね」


「…はぁ」


「で、その噂が先生方の耳にも少し入ったのよ」


「まぁ、あのときのゆきちゃんすごかったですもん」


「こら、先生をつけないか先生を」


「それはともかくとして。それで先生方全体でユキのことを軽く見てたんだけど……」


「だけど?」


 にっこりと笑いながら深空先生は後ろを振り向いた。深空先生の後ろは、つまりは職員室の中央のほうだ。華苗もそれにつられて後ろを振り向く。


「げっ……!」


 そこには物欲しそうにこちらをチラチラと見ていた何人かの壮年の先生と、華苗と目があってバツが悪そうにした何人かの比較的若い先生がいた。目があっても動じなかったのは教頭先生くらいなものだ。


「注目していたユキがあまりにもおいしそうに枝豆を食べていたから、食べたくなっちゃった人がいっぱいでちゃったの。もしよかったらなんだけど、もう少し採ってきてもらえないかな?」


 私、顧問だし若手だから頼まれちゃったのよね、とのほほんと笑う深空先生。無言のまま籠を背負った楠を見て、ああ、畑とここを何往復すればいいのかな、などと考えた華苗だった。




20150502 文法、形式を含めた改稿。

20151122 挿絵追加。前にも使ったけど、ここでも使いたかったからしょうがない。


枝豆の中毒性は異常。

ああ、いつまでも枝豆を食べ続けていたい。

枝豆食べながらゲームとかパソコンしたい。

みんなが枝豆食べれば世界は平和になると思うんだ。

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