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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
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122 園島西高校部活動会議:新たなる部長たち


「ううー……」


 ぴゅう、と吹き荒ぶ冷たい風。換気のためだろうか、誰かが開けた窓から入ってきた冬の風が足の間を通り、そして華苗は小さくぶるりと震えた。


 なんだかんだで、いつの間にか秋はすっかり深まって……というか、もう初冬に入ったと言って良いだろう。体育の時はジャージが欠かせないし、制服はとっくの昔に冬服になっている。少し前まではまだ日中にほんのわずかな夏の面影が感じられたはずなのに、今はもう、マフラーや手袋姿の人間もチラホラ見かけるくらいの有様だ。


「よっちゃん」


「ん」


 ば、と開かれた腕に、華苗は何のためらいもなく飛び込んでいく。


「んふふ……! やっぱ華苗はあったかいね」


「よっちゃんこそ」


 全身に感じるあったかくて柔らかい感覚。ぎゅっと抱きしめられたことによる安心感。大きくてふっかふかなものに顔を埋めて、なんだかとってもいい匂いがして。一生このままこの時間が続けばいいのに……と、華苗はそう思わずにはいられない。


「……よっちゃん、華苗ちゃんのお布団代わりにされてる?」


「んー……というか、あたしが華苗をゆたんぽ代わりにしている?」


 なんなら史香も温めてあげよっか──と、よっちゃんは妖しく笑って腕を開く。なんだかちょっぴり背中が寒くなったので、華苗は無言でその腕を取って自らの背中に押し付けた。


「なんだかこの娘見てると、同じ高校生だとは思えないわぁ……」


「でもよっちゃん、そう言う割には満更でもなさそうじゃん?」


「いやぁ……めちゃくちゃぬくいってのもそうだけど、妙に母性が疼くというか」


 お昼休みの長閑な光景。なんとなくのんびりと流れる時間。このまま中身のない話を続けても良いし、無言のままお互いの温もりを感じるだけでもいい。


「そだ、華苗。全然話は変わるんだけどさ……」


 そんな、穏やかでゆったりとした冬の昼休みは。



「──あたし、明日付で調理部の部長になるんだよね」



 よっちゃんの、衝撃的(?)な一言によって終わりを迎えた。



▲▽▲▽▲▽▲▽



「…まぁ、別にそこまで不思議な話ではないだろ」


「そーゆーことじゃないんですっ!」


 放課後、大会議室。季節の変わり目のイベント──つまりは、部活動会議。思えば随分と久しぶりに開催されるその場にて、華苗は他でもない楠にお昼休みのことを愚痴っていた。


「よっちゃんたら! 『部活会議で明かしたらかなちゃんびっくりしちゃうかもしれないから……』だなんて言うんですよ!?」


「…事実だろ」


 濁った瞳で虚空を見つめながら、楠は相も変わらずの無表情で淡々と呟く。どうやらこの唐変木は園芸以外の一切に興味を示さないらしく、華苗がこうも憤っているというのに、そこに何の感情も抱かないらしい。その日焼けした太い腕を偉そうに組んだまま、華苗の言葉を聞き流していた。


「…園島西(ウチ)では、この冬に入る前の部活会議で新部長が正式に公表される」


「……」


「…文化部はともかく、運動部は夏の大会……でいいのか? ともかく、一般的には夏の終わりで引退という話だが。なんだかんだで引継とかあるし、そうでなくとも今までずっと打ち込んできたものからそう簡単に離れたくはないのだろう。どういう形であれ、多少なりともこの時期までは三年は部活に顔を出す」


「……」


「…が、さすがにもう……な。受験も本格化するし、区切りはつけなくちゃいけない。この部活会議を以って、完全に新体制に移行するというわけだ」


「……」


「…お互い、次の部長は誰になるかという当たりは自ずとついてるものだと思うが」


 楠の言う通り、今この大会議室に集まっているメンバーは、以前とは随分と顔ぶれが異なっている。旧部長──秋山や青梅、双葉といった三年生の姿は見当たらず、そして顔は知っているけれど微妙に名前が覚束ない先輩の数がそれなりに多い。


 ユニフォームを着用していたり、部活特有の道具を持っているからだれがどの部活の所属であるかは一目でわかるのだが、つまりは彼らが新しい部長たちということなのだろう。


「……」


 それがちょっぴり悲しくあるものの、一方では、剣道部の柳瀬や弓道部の橘、陸上部の杉下といったおなじみのメンツがいることに、華苗は少なくない安心感も覚えている。サバイバル部、学校テロ対策部、ゾンビ対策部の対策三部の面々も揃っていることから、やはり二年生で部長であった彼らは順当にそのまま部長を引き継ぐことになったのだろう。


「……」


 そう、見知った人がこの場にいることはとても喜ばしいことだ。最近は随分と社交的になってきたとはいえ、華苗は基本的には人見知りでビビりなチキンだ。お馴染みの先輩たちならまだしも、あまりしゃべったことのない上級生がひしめく空間というものには、どうにも居心地の悪さを感じてしまうのである。


 そういう意味では、とてもとても──想像以上に(・・・・・)喜ばしかった。


「そーそー。楠先輩の言う通り、お互い何となく次の部長って誰だかわかっちゃうもんだよね~」


 ぎゅ、とわざとらしく肩を抱いてきたよっちゃんのことを、あえて無視して。


 華苗は、毎日のように顔を合わせている残りの三人に、額に微かな青筋を浮かべながら柔らかな笑みを浮かべた。


「私、知らなかったんだけど……史香ちゃん?」


「あ、あはは……?」


 エプロンと三角巾姿──つまりは、お菓子部の正装をした清水。


「何で教えてくれなかったのかな……田所くん?」


「聞かれなかったから、かな」


 左手首にミサンガと、小物が入った腰のポーチ──つまりは、超技術部の正装をした田所。


「……克哉くん?」


「ご、ごめんなさい……っ! てっきりもう、皆川さんたちを通して知っているものだとばかり……っ!」


 そして、合気道の道着姿の柊。


 そう──他でもないクラスメイトが四人ともこの新しい部活会議に単独で参加している。それを意味することが分からない華苗ではない。


「みんな……みんな部長になるんじゃん! どうして言ってくれなかったのさっ!」


「…そりゃ、正式告知がこれからだからだろ」


 わかりきっていることを口に出した偉大なる先輩の肩を、華苗は全力を込めてパンチした。


「……んもう!」


 わかってはいる。華苗だってわかってはいるのだ。


 まだ正式発表していないのに、いくら友達とはいえ部外者にそのことを言って良いわけがない。たとえ事実上そうであったとしても、正式な告知が来るまでは口をつぐんでなくっちゃいけない。たかが高校の部長と言えど、守るべきルールは守るべきだし、それができない人は部長になんて選ばれないことだろう。


 だけれども──みんな何となくそうだと分かっていたのに、自分だけが除け者にされたようで嫌だったのだ。もっと言えば、みんなは言わずとも気づいていたのに、自分だけが気づけなかったことが堪らなく悔しかったのだ。


「おっと……もうみんな集まっているようだね。随分と顔ぶれが新しくなっているようだけれど、早速部活会議を始めていこうか」


 華苗が心の中で悔しがっている間に、気付けば教頭先生が黒板の前へと立っていた。会議が始まる前まではあったざわめきはピタリと止んで、どことなく張り詰めたような、良い意味で緊張感に満ちた空気が会議室の中に満ちていく。


(…まぁ、お前の場合は部長になるという選択肢自体が無いからな。考えつかなかったのもしょうがないさ)


(……そういうことにしておきます)


 楠からの小さなフォロー。なんとなくそんな気分になったので、華苗はちょっと身を乗り出して柊の肩にも軽くグーパンしてから、教頭先生の話に耳を傾けた。


「例年通り、この部活会議を以って──より正確には、明日から正式に新しい体制で部活動を行ってもらう。部長となったものは皆この部活会議に参加し、部活会議での通達事項を部員たちに共有するとともに、部活動の実績を定期的に報告してもらう」


 園島西高校の生徒は皆何かしらの部活に所属している。だから、生徒全体への通達があるならば部活を通して行ったほうが効率が良い。学校全体としての改善活動も部活会議を通して行ったほうが抜け漏れなくみんなに伝わるから、部活会は実質的に生徒会のような役割も持ち合わせている。


「文化部総合顧問は私、松川で……運動部総合顧問は荒根先生で変わりはない。基本的にはキミたちの自主性を重んじて大きな口出しはしないようにするが、責任者として、取り仕切りそのものは私達が行っているという体裁を取らせてもらう。その他、困ったことや相談したいことがあるならば、どんどん声をかけてくれて構わない」


 例えば学校としての対外的な対応が必要になる場面や、あるいは学内であっても生徒の力だけでは解決することが難しい問題が発生した場合など、そう言ったときに教頭先生たちは力を貸してくれることになる。もっと言えば、【責任は取るからまずは自由に自分たちでやってみなさい】……と、つまりはそう言うことを教頭先生は言っているのだ。


「それから──」


 そのあとも二つ三つほど、教頭先生は簡単な注意事項などを説明していく。その大半は華苗もすでに弁えていることであり、あえてこの場で口に出したのも、念のための確認という意味合いが強いのだろう。


「さて……一応、新体制になってから初めての部活会議だからね。お互い既に見知った仲ではあるだろうけれど、簡単に自己紹介から始めようか」


 ちら、と教頭先生は大会議室の中を見渡して。


 そして、にっこりと笑って告げた。


「じゃあ、まずは一年生の部長から行こうか……今年は四人いるのかな?」


 それは果たして多いのか少ないのか。少なくとも華苗の知る限り、二年生で元々部長だった人──つまり、一年生の時から部長だったのは楠、杉下、橘、柳瀬、樫野、竹井、敦美さんの七人だが、そのうち四人は部員が自分一人しかいない状態だったわけだから、実質ノーカンみたいなものだろう。


「じゃ、まずはあたしから……今度から調理部の部長になった、皆川頼子です! これからひとまず一年間、よろしくお願いします!」


 さっと立ち上がったよっちゃんが、にこっと笑って愛想を振りまく。さすがというべきか、行動の一切に躊躇いがなく、まるでアイドルみたいな振る舞いだ。


「えっと……お菓子部の部長になった清水史香です。至らぬ点も多いかもしれませんが、どうぞこれからよろしくお願いいたします」


 よっちゃんに比べていくらか控えめな清水が、ぺこりとお辞儀をする。よっちゃんの時と同じくらいに拍手の音が響き、そして清水はホッとしたように腰を落とした。


「超技術部の部長になった田所です。こっ……これから一年間、何卒よろしくお願いいたします」


 田所にしてはあまりにも無難すぎる自己紹介。はて、一体どうしたんだろう……とよくよく見てみれば、みんなからは見えない死角の方で、何食わぬ顔した清水が田所の脇腹をつねり上げているのが華苗にははっきりと見て取れた。


「合気道部の部長になりました柊です。まだまだ皆さんのお力を頼りにさせて頂く場面もあるかと思いますが、精いっぱい頑張っていきますので、これからよろしくお願いいたします」


 爽やかで人当たりの良さそうな笑みを浮かべた柊が、小さくお辞儀をして腰を下ろす。いきなりの無茶ぶりに対してもそつなくこなすその姿に、華苗はなぜだかとても誇らしい気分になった。


(……すごいなあ、みんな)


(…真面目な話、あいつらが部長になったのはお前の影響も大きいと思うが)


 何気ないつぶやきに返ってきた、予想外の言葉。


 慌てて楠を見上げてみれば──楠はまっすぐ前を向いたまま、視線を一切動かさずにブツブツと酷く聞き取りにくい声で呟いた。


(…部を取りまとめる素質自体はあるだろうが。園島西(ウチ)の部長に求められるのは、それに加えて部活同士のやり取りだからな)


(……つまり?)


(…近い人間同士で部の中心人物を固めておくと、いろいろ楽なんだよ。特に、調理部(みながわ)お菓子部(しみず)園芸部(おまえ)と頻繁にやり取りするし)


 元々、園島西高校においては部長という肩書そのものに内申点的なメリットは存在しない。だから、前提である部を取りまとめるという素質さえあれば、あとは実利を鑑みて部長が任命されるケースが多い。故に、一年生であるにもかかわらず部長に任命されることも、他所の学校に比べるとはるかに多いのである。


(…運動部では、キャプテンは三年だが部長として全体を率いるのは二年だったりすることもある……なんて、秋山先輩は言ってたが)


(うーん……? 適材適所ってことですかね?)


(…おそらくは)


「さて、これで一年生の新部長の紹介は終わったわけだけど……せっかくだし、八島さんも紹介しておくかね?」


「え゜」


 内緒のひそひそ話をしていたところにいきなりやってきたキラーパス。一瞬のうちにその場にいた全員の視線が自分に集まり、華苗は瞬間的にぴしりと固まる。ついでに言えば、椅子にしっかり座っている今、ちょうどいい遮蔽物……つまりは楠の後ろに隠れることも叶わない。


「…おう、出番だぞ」


「えっと、そのぉ……わ、私がやる意味ってあんまりなくないですか……?」


「…………」


「今まで何となく流してましたけど、初対面の人でも普通にみんな私の名前知ってるんですよ……?」


「…………言われてみればそうだな?」


 たった二人の園芸部。部長の楠は外見的な意味で非常に目立つが、華苗だって楠とはまるっきり逆の意味で目立つ外見をしている。そのうえで、夏休みの間はほぼ毎日、全ての部活に差し入れをしていたと言うならば。


「たしかに……華苗ちゃんを知らない人っていないだろうね」


「違う学年で部活の関わりも無い人の名前なんて、普通はわからないものなのにね」


 華苗が知らない生徒はたくさんいれど、華苗を知らない生徒はこの園島西高校には一人もいなかったりする。運動部も文化部も、上級生も下級生も関係なくみんなに知られている生徒というのは実はこの園島西でも結構珍しい。華苗自身が全然気づいていないだけで、すでに華苗はこの学校の有名人であるのだ。


「ともかくそんなわけなので、次行きましょう」


「…強かになったな、お前」


 一年生の新部長四人の紹介が終わった。流れから言えば、次は二年生で新たに部長になったもの──つまり普通の高校と同様に、三年生から部長の座を引き継いだ二年生たちの順番だ。


「あ、じゃあ僕から……」


 トップを飾ったのは──順当に三年生からその役を引き継いだはずなのに、なんとも微妙な顔をした校内の誰もが認めるイケメンであった。


「文化研究部は僕が引き継いで部長になります。……いろいろ考えましたけど、やっぱり廃部にするのは寂しいので」


 いつものデニムのエプロンと緑のバンダナ姿──ではなく、おじいちゃんが着ているそれとよく似た作務衣姿をした佐藤。明るい髪色の佐藤が作務衣姿でいるのはなかなかに新鮮というか、普段がオシャレな喫茶店の店員みたいな恰好をしているだけに、どうにも違和感がぬぐえない。


 もちろん、似合っていないというわけではないのだ。イケメンらしく、佐藤はそのともすれば和風すぎて今時の人からしてみればダサいとも思われてしまいかねないその作務衣を、しっかり着こなしている。


 しかしながら、普段のエプロン姿のイメージが強すぎるのと……もっと似合う人の存在が大きすぎるせいで、華苗たちからしてみれば余計にちぐはぐで奇妙な姿に思えてしまうのだ。


「部長が二つも兼部するっていうのも、ルール的には問題ない……というか、今までそんなことしようとした前例がないってだけらしいけど。……正直、文化研究部(うち)はじいさんの道楽みたいなもので、僕自身が文化研究部としてちゃんと活動できる自信は全くないけれど……」


 華苗と同じ、たった二人の部員の一人で副部長であった佐藤。しかし華苗は園芸部だけに精を出していたのに対し、佐藤はお菓子部と調理部を兼任していて、何なら文化研究部の方が後から入った部活で兼部……実質的な本職はお菓子部のほうだったりする。


 文化研究部としての活動は専らおじいちゃんが主導して行っているものであり、佐藤自身はその手伝いというか、少なくとも部長として主体的に活動できるほど力を入れられていないことは、この場の誰もが理解していた。


「……だけど、外部に対して部活紹介はしちゃっているからね。入学したのに入りたい部活がなくなってるなんてことがあったらやるせないから。だからやっぱり、中途半端って思われるかもだけどきっちり引き継いでいくよ」


 切実な問題。佐藤が辞めれば……あるいは、お菓子部や調理部の方に本腰を入れると言った瞬間に、文化研究部の廃部は決定する。言いかえれば、佐藤の意志で文化研究部の存続が決まる。


 唯一の三年生は引退し、自身は他の部活にも居場所があるのだから、佐藤が文化研究部を引き継ぐ合理的な理由はほとんどない。どうせろくに活動ができないというのであれば、この機会に廃部にしてしまうのが流れとしては自然なのだろう。


 しかしそれでも、佐藤は引き継ぐことを選んだのだ。


「まぁ、来年に入部者がいなければその時は廃部だけど……それはその時考えればいいし、あとじいさんは今でも普通に古家にいるから。正直今までとあんまり変わらないけど、一応ね」


 今度からエプロンじゃなくて和風職人スタイルで行こうかな──なんて冗談を言って、そして佐藤は腰を下ろす。その笑顔がいつものにこにこ笑顔と違い、ちょっぴり寂しそうに見えたのは果たして華苗の気のせいか。


「……今でも普通に古家にいるって佐藤先輩言ってたけど、じいちゃん進学どうするんだろ?」


「じじさまなら余裕だろうけど、大学生している姿が全然想像つかねえや」


「…受験生のはずなのに、俺もあの人が受験勉強しているところを見たことが無い。秋山先輩とかに勉強を教えている姿は何度か見ているが」


 さて。少々特殊であった文化研究部の後は、特に滞りなく新部長たちの自己紹介が進んでいく。やはりというかお互い何となく誰が部長になるのか察していたようで、挨拶はごく簡単なものであり──そしてみんながみんな、華苗たちの方を向いて話をしていた。


 きっと、というかまず間違いなく、一年生からいきなり部長に抜擢されたよっちゃんたちに対しての顔見せという意味が大きかったのだろう。実際、よっちゃんたちは関わりのない他所の部活のことまでは知らないのだから。


 そして園芸部としていろんな部活と関わりがあるはずの華苗もまた、他の部活の人たちの顔と名前までは覚えきれていない。心の中のメモ帳に必死に顔と名前を書き連ねていくが、幸か不幸か、どうせこれから否でも関わっていくことになる人間たちばかりだ。そんなことをせずとも、きっと……入学したばかりのあの時と同じように、自然といつの間にか覚えていくことになるのだろう。


「さて、これで一通りは済んだかな? ……さすがにいきなり成果発表なんてできないし、特に何もなければこれにて部活会議は終わりにしようと思う」


 全ての部長の自己紹介が終わり、そして教頭先生が締めの挨拶にかかる。やはりというか、部活会議の最大の目玉(?)である成果発表は今回は行わないらしい。


「新体制になったばかりだし、他所の部活への依頼事項も無いだろう? フリートークも無しにしようと思うんだが……」


 フリートーク。部活会議の後に行われる、生徒の自主性の元に行われている部活会議のもう一つのメインイベント。全ての部長が集うこの場にて、部として正式に他所の部活に何かしらの依頼を行うというものだ。


 例えば合同練習の依頼をしたり。例えば何かイベントの協力依頼をしたり。部活間同士でのつながりが強いこの園島西高校においては、意外な部活同士が協力して何かを成す……なんてことは、決して珍しくない。


「ま、さすがにまだ自分の所のことで精いっぱいだよなあ」


「というかそもそも、他所の部活に頼まなきゃいけないことが何なのかってところも把握しきれてないもんね」


 とはいえ。


 新体制になったばかりの今の時期においては、他の部活と何かをするという余裕はない。余裕がないというか、他の部活と一緒じゃないとできないことなのかどうかの判別すらつかない。良くも悪くも、今はまだ自分たちのことを考えるだけで精いっぱいで、それだけで時間が過ぎ去ってしまうのだ。


 もし他の部活に何か協力を仰ぐのだとしたら──それこそ、みんなが現行体制に慣れて問題が浮き彫りになったころだろう。


「…………そう言えば」


「うん?」


 だから、今日はフリートークも無しで解散となる。


 誰もがそう思いかけたその時──ポツリと呟いたのは、他でもない楠その人であった。


「何かありましたっけ、先輩?」


「…別に部活を通して言う必要はないんだが」


「ふむ?」


「…ここで言うのが一番手っ取り早い。去年は少し面倒だったしな」


 わかったから、さっさと要件を言ってください──と、華苗は視線で楠に訴える。それが通じたのかどうかはわからないが、楠は相変わらず無表情のまま、酷く聞き取りにくい低い声でボソボソと呟いた。


「…冬の時期だし、そろそろアレが」


「アレってなんです?」


 問いかける華苗。同じように不思議そうな顔をしている一年生の友人たち。それもそうだろう、【アレ】とだけ言われてそれが何かを完全に理解できる人なんて存在しない。そんな人がいるのだとしたら、きっとその人はエスパーか何かだ。


「……ああ、もうそんな時期かあ!」


「ちょっと早い……いや、こんなもんか? 今年は乗り遅れないようにしないと」


「想像の十倍くらい消費が早いもんな……これ、先輩のとこに差し入れすることも考えたほうが良くない?」


 一方で二年生たちは、合点がいったとばかりに頷く者やぱあっと明るい表情をする者など、明らかに楠が示す【アレ】が何なのかわかってる様子を見せている。そればかりか松川教頭までもがうきうきと楽しそうに表情をほころばせていて、数秒の後にこの部屋に響くであろうその言葉を誰もが待ち望んでいるのは疑いようがない。


「どうするんだよ、楠? 去年は穂積先輩が全体管理をしてくれたからなんとかなったけども……」


「…そこはほら、新パソコン部長に任せるとしよう。俺はただ、部活の成果をおすそ分けするだけだ。……当然、お前も自分で食う分は自分で収穫しろよ、夢一?」


「あー……そうだね、シャリィにも手伝ってもらってちょっと多めに貰いたいかな。……止めるまでずっと食べ続けてたからなあ」


 自分は作る。欲しければもってけ。声掛けだけはするから、それに伴う諸々の問題はそっちでどうにかしてくれ……と、楠が言いたいことはそういうことである。ついでに言えば、それは決して楠の心が冷たいのではなく、みんなならきっと問題なくやり通せると信じている……という信頼の表れであると言うことを、付き合いの長い華苗にははっきりとわかった。


「で、結局何やるんです? さすがに麦みたいな大規模なものはもうないんじゃないですか?」


「…部活というか、クラス単位で必要になるものでな。物自体は普通に収穫するだけだが……その消費量がとにかく多い」


「具体的には?」


「…………50kgくらい?」


「一日に50kgですか? 別にそれくらいなら、普段調理室と保健室、職員室に持っていくのとそんなに変わらないような」


 スイカの一玉が5kg、メロンの一玉を1kgだとして。スイカだったらたったの10玉、メロンだったら50玉分でしかない。スイカの10玉なんて運動部にもっていけば五分で消えてなくなるし、メロンにしてもまた同様。一部活に3玉程度しか配らなくても、むしろ足りないくらいである。


 そうでなくとも、他にもいろんな果物や野菜を華苗は毎日運んでいるのだ。そりゃあ、その一種だけで50kgと言えばかなり多い方となるが、しかしわざわざこの部活会議で全体周知をする必要があるほどの量かと言えば、首をひねらざるを得ない。


「…そっちに持っていく分はまた別だぞ?」


「え」


「…一クラスにつき(・・・・・・・)一日に50kg(・・・・・・・)園島西(ウチ)は一学年で7クラスあるから……単純計算で一日に1050kgだな」


「……えっ?」


「…まぁ、50kgと言ったら段ボール五つほどだ。そう考えたら気が楽だろう?」


 そんなわけはない。通常の出荷分(?)を除いて、一クラスに段ボール五つ分も必要なのだ。さらに絶望的に言いかえるならば、一日当たり1トンも消費が発生するのだ。それは決して一学校の園芸部が取り扱える量じゃないし、そもそもの前提として、クラス総出とはいえ一日に50kgもの需要が出てくるものが果たして本当にあるのか。


「い、一体何なんですそれって……!?」


 今までにない程の大量消費が見込めるその果物。


 まさにこれからシーズン真っ盛りで、ついつい止められずとにかく食べ過ぎてしまう魅惑の塊のようなそいつ。


 そんな誰もが認める冬のお供の名前を、楠ははっきりと呟く。それは、新たなる狩りの始まりを告げるものであった。



「…みかんの収穫をする。番重でも段ボールでも構わんが、大きめで丈夫な容器を用意しておいてくれ」

 楠先輩の計算に関する補足です。段ボール5箱分のみかん(1箱あたり10kg)で合計50kg。1クラスが約40人なので、1人が1日に消費するみかんは1.25kg。標準的なサイズで10~13個ってところです。

 HR前に3個。1~4限の授業の合間に1個ずつで3個。お昼休みに3個食べればこの時点で9個。おしゃべりしてたらついつい食べ過ぎちゃうことを考えると、高校生ならまぁ10個くらい余裕なのかなって……。


 ちなみに私、年末年始の際は朝餉、昼餉、おやつ、夕餉、夜食で2個ずつみかんを食べるくらいにはみかん大好きです。冬になると毎週のようにkg単位でみかんの手配してますね……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 美味しすぎて、みんな手が黄色くなるやつ 箱空けた後の1つ目のみかんの味は重要だけど、園芸部には外れが無いのが羨ましい
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