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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
122/127

121 ハロウィンパーティ! ☆

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】です。

本当にありがとうございます!


「ほぉぉ……!」


 オーブンの音。その音を合図として、机の上に料理が、お菓子が並べられていく。いったい今までどこに隠していたんだってくらいにその量は多く、そしてバリエーションも豊かだ。文字通り、パーティのためのドキドキワクワクするそれらが並んでいて、この空間を華やかに彩っていく。


「これは……!」


「まずはオーソドックスにクッキーだよね!」


 ジャック・オー・ランタン……つまりはハロウィンのカボチャを模したクッキー。普段このお菓子部が作っているクッキーに比べていくらか色味が明るいというか、そうかも、と気づける程度にはオレンジ色みたいな色味となっている。


 三角形の目鼻と口はチョコペンか何かで描いたものだろう。どのクッキーも微妙に異なる表情で愉快そうに笑っており、そこになんともいえない愛嬌がある。


 そんなカボチャのクッキーが、とにかくいっぱい。果たして本当に食べきれるのかってくらいに用意されている。


 その上さらに。


「あはは! こっちのクッキーも可愛いね!」


「でしょ!」


 可愛くデフォルメされたシルエットの──コウモリのクッキー。おそらくはチョコクッキーをベースに、爛々と輝く二つの瞳は通常のクッキーで拵えられているのだろう。色が反転したバージョン違い(?)もあるほか、中にはちょっとずんぐりむっくりとした、恐ろしさよりも愛嬌の方が勝っているものまである。


 そしてコウモリに紛れるようにして、ゴースト──よっちゃんのコスプレの元となったお化けのクッキーがある。ひっくり返した雫のような、いたってシンプルなシルエットに、これまたやっぱり可愛らしいつぶらな瞳。にっこりと笑った口元……と、果たして本当に悪霊を驚かせる気があるのかと思ってしまうほどに、優しげな雰囲気で溢れている。


 ただし、ちょっぴりのアクセントとして。


「──あ! この子は口元から血が出てる……!」


「そのとーり! でもって、その血は──」


「じゃむくっきぃ!」


 コミカルな感じで口元から血を出しているお化けクッキー。鮮やかに煌めくその赤い色は、疑うまでもなくイチゴジャムによってつくられたものだろう。誰よりもジャムクッキーが好きな華苗にかかれば、それを見抜くことなんて造作もないことだ。


「こんな感じでクッキーたくさん用意してみました! 他のテーブルに行けばもっとたくさんバリエーションもあるけど……」


 清水の続きの言葉なんて必要ない。すでに目の前にあるこの至高のお宝に、どうして手を伸ばさずにいられようか。


 瞬時にそう判断した華苗の脳ミソは……ものすごい逡巡と葛藤の末、一番最初の標的としてカボチャのクッキーに手を伸ばした。


「……ん!」


 甘く、香ばしい。サクサクしているのにどことなくホロホロもしているような。ふんわりと鼻腔に広がっていくお菓子の甘い匂いがなんとも心地よく、そしてその食感、舌触りも申し分ない。


 柔らかで温かい、優しい甘さ……なのはいつもと同じであるけれども。今日のこのクッキーは、いつもとちょっぴりだけそのベクトルが違う。


「これ……! カボチャのクッキー!?」


 カボチャのクッキー。それは間違いないのだが……見た目だけでなく、味そのものまでカボチャなのである。


「せっかくのハロウィンだしね! あんなに甘いカボチャなんだし、間違いなくイケると思ったんだけど……どうかな?」


「最高」


 いつものクッキーの甘さと、カボチャの甘さが両立している。お菓子の甘さと野菜の甘さが……系統の異なる二つの甘さがケンカすることなく同時に存在していて、お互いがお互いを引き立て合っている。


 いや、今回ばかりはカボチャの甘さの方が主役だろう。野菜の甘さの中でも際立って甘いその甘さが、違和感なくクッキーという形に落とし込められている。これだけカボチャとしての甘さを堪能できるのに、どうしてクッキーを食べている心持ちになるのか、それが逆に不思議でしょうがないくらいだ。


「は、はは……! 毎度のことながら、本当にすごいね……! 下手な高級クッキーよりもすごくクッキーらしいというか……! これもう、貰い物の高級クッキーじゃ満足できなくなっちゃうな……!」


「もっと褒めて、柊! ……で、ミキ、あんた感想は?」


 柊の言葉に気分を良くした清水は、その隣で黙々とクッキーを食べている田所に話を振る。その意味は、もはや今更語るまでもないだろう。


「うまい」


「……それだけ?」


「それ以上の言葉がいるのか?」


「うー……もっとこうさぁ、感動を言葉で表したりとか……ない?」


「おれが下手に言葉を取り繕っても、嘘っぽくなるだけだ……ってのは、史香が一番よく知ってるだろ。”いつも通りうまい”。それがおれの嘘偽らざる本音だ」


「はいはい、あんたはそういうやつだったよね……っと」


「不服か?」


「……そうは言ってないもん」


 ぷい、とそっぽを向いた清水のほっぺはほんのりと赤くなっていて。そして口元はゆるゆるで、目はとっても嬉しそうになっている。クッキーに夢中になっている華苗でさえもそれに気づいたのだから、他の人間からしてみれば、もっと露骨にそのことが分かったことだろう。


 なんだかとってもそんな気分になったので、華苗はそのお化けのジャムクッキーに頭から嚙り付いた。


「……こっちは普通にじゃむくっきー!」


「ん。イチゴジャムとカボチャのクッキーだとちょっとケンカしちゃったと言うか……まだうまく調整できなかったからさ。そっちは見た目だけそれっぽくしただけのいつものなんだけど……」


「最高」


「華苗、さっきも最高って言ってなかったっけ?」


 恐ろしい程に完成度の高いクッキー。見て楽しい、食べて美味しい、そしてこれ以上になくハロウィンを体現している……のに、まだまだこれは序の口でしかない。すでに結構な満足感があるが、まだ華苗たちは「パーティでクッキーを食べた」だけでしかないのだ。


 ──ふと気づけば、周りも同じようにハロウィンの料理に舌鼓を打ち、そして楽しそうに歓声を上げている。


「んじゃ、次はあたしの番だね……甘いものの次はしょっぱいものってのが定番だけど」


 ちら、とよっちゃんはあたりを見渡す。


「パンもコロッケも準備したけどさ……! 仕込みや準備的にも、アレのインパクトが一番大きいから……!」


 カボチャのパンにカボチャのコロッケ。もっと言えば、しょっぱい方のパンプキンパイにカボチャのシチュー……と、お菓子部に負けず劣らず調理部もまた数多ものハロウィン料理を作り上げている。そんな中で、よっちゃんが殊更に力を入れて用意したものと言えば。


「ちょっと待ってて!」


 あえて。あえてわざわざほったらかしにしていた──このパーティの始まりを告げたオーブン。大きなミトンを装備したよっちゃんは、ワクワクした表情を隠そうともせずに、そのオーブンの扉に手をかけた。



 ──わあ!



 本日何度目かもわからない歓声。それは華苗たちが上げたものだけでなく、その近くにいたもの……もっと言えば、否が応でも目に入ってしまい、目を奪われざるを得なかった者たちがあげたものも含まれている。


 それもそのはず。


 だって、そこにあるのは。


「カボチャの、グラタン……!」


「どうよ!」


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


 カボチャのグラタン。それも、ただのカボチャのグラタンじゃあない。


 園島西高校の立派なカボチャを丸々一つ、カボチャそのものを容器として仕立て上げた文字通りのカボチャのグラタンだ。


「うわあ……! すっごく美味しそう……!」


「本当だ……! いい感じに焦げ目も付いているし、焼き加減も良さそう……! それに雰囲気があるというか、絵本の挿絵がそのまま飛び出てきたかのような……!」


「へへん、もっと褒めろ!」


 華苗と柊の称賛の声を受けて、よっちゃんがそれはもう楽しそうに胸を張る。


「しかし、すげーデカいな。なかなか食べ応えがありそうだ」


「あ、わかる? 実はこれ、けっこー重くて正直今もだいぶしんどい」


 大慌てで華苗たちは机の上のスペースを空ける。こんなにも美味しそうなものに万が一があったら後悔してもし切れないし、いくらよっちゃんが運動できるタイプとはいえ、一女子高生の腕力には限界があるのだから。


「……よっと!」


 どしん──と、そんな擬音が聞こえてきそうなほどに。


 その大きなカボチャのグラタンは、唯々悠然と華苗たちの目の前で光り輝いている。


「ほぉ……!」


 改めてそれを見てみれば……なんともまあ、立派でそして良い意味で手作り感にあふれている。使われているのは緑色のカボチャではあるが、中はやっぱりカボチャのオレンジ色だし、そして今なお熱気を漂わせるチーズからは、思わずおなかがなってしまいそうなほどのいい香りがする。


 柊の例えた「絵本に出てくるカボチャのグラタン」……まさしくその通りと言うほかない。きっとどんな高級なレストランでもこの雰囲気を出すことはできなくって、暖炉と煙突のあるレンガのお家で、ふくよかな体型の優しそうなおばあちゃんが手作りしてくれたような……そうでもなければこれと同じものは絶対にできないと、華苗はそう断言することができた。


「ど、どーやって作ったのコレ……?」


「んっとね、まずは園島西高校産のおっきくてあまぁいカボチャをまるごと一個用意しまして……」


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


 最初の段階ですさまじい難易度だが、この際気にしてはいけない。もっと言えば、このカボチャグラタンは大きなカボチャでないと味気ないという大きな問題があるが、あまりに大きなカボチャだと冷蔵庫に入りきらない、すなわち保存に向かないという致命的な弱点もあったりする。可能であれば、手に入れたその日のうちに……それこそ、収穫してすぐに調理できるような環境の方が望ましいだろう。


「次に、レンジでチンして温めてから中身をくり抜いていく。温める目安としては、良い感じに全体が柔らかくなるまで……上の所が無理なく切れるくらいまで、かな? 様子見で小分けでチンしていけばおっけー!」


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


 見栄えが良くなるように、穴は少々大きめでも良いだろう。種をすっかり取り除くのはもちろんのこと、中身もしっかりくり抜いておいた方が後でグラタンをたっぷり入れることができる。ここでくり抜いた中身はグラタンに混ぜて使うこともできるほか、他のカボチャ料理に使ってもいい。


 ただし、よっちゃんのちょっとしたこだわりとして……あえて、中身を完全にはくり抜かないようにしてある。その真意が語られるのは、もうちょっと後のことだ


「んでんで、くり抜いたカボチャに別に作っておいたグラタンを投入! もちろん、ちょびっとだなんてケチ臭いことせずに、溢れる限界ギリギリまでやっちゃう感じで! 仕上げにチーズも忘れずに!」


挿絵(By みてみん)

【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】


 そうしてトッピングしたそいつを、予め過熱しておいたオーブンでじっくりと焼けば──この、魅惑のカボチャグラタンが出来上がるという寸法である。ついでに言えば、よっちゃんが作ったこのカボチャグラタンは比較的シンプルでオーソドックスなものであるため、場合によっては更なるアレンジが可能だったりする。


「ちなみに今回のグラタンはさっきくり抜いたカボチャを使っているほか、玉ねぎや小麦粉も園島西の園芸部産の特別な一品となっております! 正真正銘、ここでしか食べられない至高の一品だよ!」


 満足そうに説明を終えたよっちゃんは、傍らに用意してあった取り皿にそのカボチャのグラタンを取り分けていく。ぐ、と大きなスプーンがそれに沈み込み、引きあがると同時にチーズが細く長く、名残惜しむかのように伸びて……それを見ているだけで、華苗は心が跳ね上がりそうような気持ちになった。


「はい、どうぞ!」


「ありがと!」


 漂う熱気に、美味しそうな香り。このスプーンを今すぐ口の中に入れたいという衝動と、そんなことをしたら派手に火傷をしてしまうという理性が華苗の頭の中で争いを始める。どうやらそれは他のみんなも同じようで、堪らなくもどかしそうな表情で、その銀色の上にある魅惑の焦げ目を見つめている。


 ふう、ふうと小さく吹いて。


 ちょんちょんと、くちびるで熱さを確かめてから。


「──ん!」


 待ちに待った燃えるような熱さと美味しさが、華苗の口に広がった。


「あっふ……! けど、美味しい……!」


 カボチャの甘さにチーズの塩気がよくあう至高のグラタン。時折混じっている玉ねぎの甘さとぴりりとした感じがこれまたいい塩梅のアクセントになっていて、気付けばいつのまにやら一口目が終わっている。美味しかったのは間違いないはずなのに、残っているのは火傷しそうな熱さという余韻だけで、なんだか夢でも見ていたかのよう。


 でも、これは決して夢じゃない。夢のようではあるが──華苗の目の前に、そのカボチャグラタンは確かにあるのだ。


「ふ……っ!」


 コクがあるというか、何と言うか。旨味が深くて、それをベースにカボチャの美味しさが引き立てられているような気がする。特に焦げ目がついているところはその香ばしさも相まって、いろんな味や香りが複雑に絡み合っている。


 残念ながら華苗の貧相な語彙ではこれ以上の表現はできそうにないが、ただ一つはっきりしているのは、このグラタンは華苗が今までに食べた中で一番おいしいグラタンだということだ。


「甘めの味付けのグラタン……こういうタイプのは初めて食べたけど、美味しいなあ……!」


「おれも初めてだ……というか、普段はグラタンなんて出てこない」


「オーブン使う料理って結構手間だし、滅多に家じゃできないよね。でもま、男子にもウケたようで何よりだよ!」


 おそらく。男子だろうと女子だろうと、それどころか大人であろうと子供であろうと、おじいちゃんやおばあちゃんであったとしても、このグラタンに文句を言う人間はいないだろう。もしそんな人間がいたのだとしたら、よほどの味音痴か偏食家であるに違いない。


「よっちゃん、おかわり!」


「はいはい……と、ここでひとつ提案というか、もう一つの楽しみ方と言いますか」


「うん?」


「──実はコレ、皮まで柔らかいから容器ごと食べられるの!」


「わお」


 よっちゃんがあえて、カボチャの中の可食部を完全に取り除かなかった理由。それは、最後のお楽しみとして……この容器ごと、丸ごと美味しく頂くためであった。


「そんなわけで、ここから五等分にしようと思うんだけど……いいよね?」


 そんなの答えるまでもない。よっちゃんもそんなことなんてわかりきっていたのだろう。問いかけの言葉を口にしている間に包丁を装備して、そして何のためらいもなくカボチャをカットしにかかっている。


 ──ごろん、とまるでゆりかごのように。あるいは開いた花弁がひらりと落ちるかのようにして。グラタンを乗せた緑と黄金の船が、華苗の前にやってきた。


「おおお……!」


「これまたなんとも食べ応えがありそうな……! というかよっちゃん、この固さになるように加熱するの、結構大変だったんじゃない?」


「うん、あんまり加熱しすぎると柔らかくなりすぎて形が崩れちゃうし、かといって形を保とうと加熱時間を短くすると上手く切れないばかりか、中の方がちゃんと焼けてなかったりで……。何回か試作したんだけど、中身の重さに耐えきれずに底が抜けたこともあったり?」


 だから、加熱時間を工夫したり壁や床(・・・)の肉厚を確保することで対応した……なんて、よっちゃんが調理部としての工夫を語るも、華苗の耳にはまるで届いていない。いや、もしかしたら届いてはいるのかもしれないが、そのまま素通りして反対側から抜けて行ってしまっている。


「うーん! ホントに柔らかくってホクホクしていて美味しいね! こっちはカボチャメインというか、同じものでも楽しみ方が全然違う!」


「でしょ! 丸ごと全部食べられるのも乙ってものだし、せっかく食べられるのに捨てちゃうのはもったいないし! ……尤も、これができるのは華苗のおかげなんだけどね」


「ふむ?」


「まるごとカボチャグラタンにできるほどの……それも、五人分のグラタンが仕込めるほどの大きさのカボチャってのがあんまりないし、あったとしても、そういうのってサイズがサイズだから味がボケやすいというか、大ぶりなことが多いんだよね。ここまでしっかり甘さが出ているカボチャじゃないと、こんなに美味しいのは作れないんだよ」


「もっとほめて」


 そんな軽口を叩きながらも、スプーンを動かす手は止まらない。加熱することによってさらに増したカボチャの甘さと旨さは格別で、それだけでもう一つの完成した料理として扱えるほどだ。そのうえでさらにグラタンと併せても美味しいというのだから、正直これは反則と言って良いレベルだろう。


 スプーンを宛がい、ぐ、と力を込めるだけでそのカボチャは綺麗に切れていく。その感覚が堪らなく楽しくて、華苗はついついにこりと笑ってしまった。


「ちなみに、本当ならこのカボチャにも顔を彫ってあげたかったんだよね」


「ああ、耐久力的な問題でダメだったの?」


 清水の問いに、よっちゃんは儚げに笑った。


「ううん、そっちは大丈夫だったんだけど……よくよく考えたら、カボチャの頭から中身を掻きだして食べるって、だいぶ絵面が酷いなって気づいて……」


「「……」」


「そうか? ハロウィンらしくて良いじゃないか。おれなんてゾンビだし、すごくそれっぽくなるぞ」


「違うんだよ、ミキ……。それっぽくなっちゃうからダメだったんだって、よっちゃんは言ってるんだよ……」


「うーむ、よくわからん。さっきからどうにも、おれとみんなのハロウィンの認識が違う気がする」


 まず間違いなく、田所が認識しているハロウィンとは本家本元のホラーテイストなガチのやつだろう。一方で華苗たちが想定しているのは、この日本で発展してきた楽しいお祭りとしてのハロウィンだ。お盆的な意味合いとか恐ろしい仮装で驚かすとかそういう気持ちは全然なくって、ただ単純に、決められたお題(テーマ)に沿って楽しくパーティがしたいだけなのである。


 実際、周りを見てみれば……もはや仮装の事なんて忘れたかのように、数々の料理に夢中になっている人たちでいっぱいだ。華苗たちが食べた各種クッキーはもちろん、可愛らしく飾り立てられたカボチャのケーキやタルトなど、まだまだお楽しみは残っている。そこには決して、【悪霊をビビり散らかせて追い払おう】だなんてバイオレンスな気配は存在しない。


 ──なんて、思っていたら。


「ぐへへ……! ここには美味しそうなおねーちゃんがいっぱいいますねぇ……?」


 聞き覚えのある可愛らしい声。あ、と気づいた時にはもうすでに。


「……ひゃっ!?」


「きゃーっ! あたしってばやっちゃいましたよぉ……!」


 首筋に感じた、妙にくすぐったい感覚。決して痛くはないものの、何か致命的なことをされてしまったような、そんな奇妙な予感。


 振り返ってみれば、そこには。


「うへへ……ごちそうさまでした、おねーちゃん!」


 ちろりと妖しく舌なめずりをした、魔女っ娘姿のシャリィがいる。その口元は、なぜだか妙に煌めいていて……そして、何やら赤いものが滴っていた。


「シャリィちゃん? どしたの?」


「ちっちっち、華苗おねーちゃん……今のあたしは、吸血鬼ですよ?」


「あらま」


 先ほど首筋に感じた奇妙な感覚。つまるところ、華苗はこの小さな可愛らしい吸血鬼に噛まれてしまったのだろう。はっきり言って、これはあまりに由々しき事態と言える。


「噛まれちゃったんだね、わたし」


「です! ……ので、もうそろそろ華苗おねーちゃんも吸血鬼になっちゃいますよ?」


「ちなみにシャリィちゃんはいつ吸血鬼になっちゃったの? 魔女じゃなかったっけ?」


「やーんもう、そんなの言わせないでくださいよぉ!」


 ぽっと頬を染めて、シャリィは照れくさそうに身をよじらせる。なんだかとっても愛おしいその姿に、華苗の心の中であまりよろしくない感じの炎が燃え上がりそうになった。


「ぎゅってしたい」


「あら!」


 ぎゅって抱きしめ、そしてお返しとばかりにシャリィの首筋を甘く噛む。ちろりとほんの少しだけ舌を触れさせてしまったのは、華苗のちょっとした悪戯だ。女の子同士だからこそできる、大胆なハロウィン限定のスキンシップである。


「おねーちゃんってば、だいたん……!」


「……で、私の可愛いシャリィちゃんを吸血鬼にしたのは?」


「当然、お兄ちゃんです!」


「やぁ、シャリィに付き合ってくれてありがとうね」


 にこにこといつも通りの笑みを浮かべている佐藤が、シャリィの後ろに立っている。もし華苗にもう幾許かの観察力があったのならば、その口元が微妙に引きつっていたことに気付けただろう。その理由は、佐藤だけがしっている。


「なるほど……おにーちゃんに噛まれたせいで、シャリィちゃんは吸血鬼になっちゃったんだね?」


「違うからね? いや、確かに噛んだのは事実だけど、シャリィがどうしてもってせがんだからだからね?」


「あ、ホントに噛んだんだ……」


「兄妹とはいえ……いや、そういうのはお家によって異なるのか」


「まー、本人たちが幸せならそれでもう……」


「いや、倫理道徳的に、だからこそおれたちが正しい道を示すべきでは」


「あはは……後輩からの流れるようなこの言われよう……信頼の証だとポジティブに受け取ることにするよ……」


 もちろん、華苗たちはみんなわかっていて言っている。きっと佐藤は、このふれあいやスキンシップが大好きな妹にせがまれて、本当にしょうがなくやったのだろう。そんなの、シャリィのこの幸せそうな笑顔を見れば、例え初対面であったとしても簡単にわかることだ。


 ただ、逆に何も突っ込まないと……誰もがスルーしてしまうと、いつしかそれが本当の日常になって事案になりかねない。だからこそ、華苗たちはあえてこんなふうにしているのである。というか、そういう建前を心の中で言い訳しているだけだ。


「んっんー……さてさて、吸血鬼になった華苗ちゃんにおすすめのドリンクがあるんだけど、いかがでしょうか?」


「わ」


 さりげなく佐藤が持っていたお盆。その上には、いかにもと言ったおどろおどろしい赤い色合いの液体の入ったグラスが七つほどある。


 わざわざ吸血鬼に対してオススメしていることから、その正体は簡単に予想がついた。


「おー……これってもしかして、血をイメージしている感じですか?」


「うん。グラスの縁で滴っているように見えるのは赤く着色した水あめだね。中身はイチゴとかラズベリーを使ったジュースだよ。どうしてなかなか、それっぽい仕上がりだろう?」


 けっこう雰囲気あるだろう──なんて、佐藤はぱちりとウィンクする。何も知らない人が見れば、顔の良い吸血鬼が女子高生を誑かそうとしているようにしか見えないだろう。もちろん華苗たちは、それが佐藤の素であることを──ナチュラルにこういうイケメンでもなければ許されないキザっぽい仕草をすることを知っている。


「あっまぁ~い……!」


 ぐびりと一口。赤く血の如きそのジュースは、見た目のおどろおどろしさに反して誰もがにっこり笑顔になってしまうほど甘い。それもただ甘いだけでなく程よい酸味もあるから、いくらでもごくごくと飲めてしまう。


 ちょっと不思議なのは、イチゴやラズベリー以外の甘さも感じる所だろう。そのために味に奥行きのような、立体感とでもいうべきものがあるのだが……華苗には、どうにもその正体がつかめない。


「佐藤先輩、このジュースって……」


「あはは、気付いたかな? 実は赤い果物だけじゃなくて、マンゴーやレモン、バナナも使っているんだ。赤っぽい果物を多めに使って作ったサングリア……おっと、サングリア風ジュースだね」


 サングリア。本来はブドウ酒──ワインに複数の果物を漬け込むことで作るお酒であるらしい。佐藤はそんなサングリアを、ワインではなくぶどうジュースを使って作ったとのこと。


 だた、それだけだとどうにも血らしさが出せなかったから、赤い果物のミックスジュースと併せることでこの味と見た目を両立させたという話だった。


「サングリア……!? な、なんかすっごいオシャレな飲み物だったんですね……!? 私、てっきり果物を全部ミキサーで絞っただけのものだと……」


「きっとそれでも美味しいジュースになったと思うけど、この色合いと味にはならなかっただろうね。ぶどうジュースに果物を漬けて味を移すってのがサングリアの大事なところだし……うん、この前はすっぱいぶどうジュースで作ったんだけど、その時より断然美味しいや」


「……すっぱいぶどうジュース? 華苗ちゃんの所のブドウなのにそんな風になるなんて……というか、お菓子部(うち)でサングリア作ったことありましたっけ?」


「あー、いや、プライベートの方でちょっとね」


 ごほん、とわざとらしく咳払いをして。


 そして佐藤は、いつもの佐藤らしくない挑発するような笑みを浮かべた。


「さて。サングリアはサングレ──つまりは【血】を意味する、我々吸血鬼専用のドリンクです。人間のみんなの口には合わないかも?」


 吸血鬼は美味しそうに血を飲む。が、人間が血なんて飲んでも美味しく感じるわけがない。で、吸血鬼になった華苗が美味しくこのドリンクを頂いたわけだから、吸血鬼の味覚で美味しいと思えるこのドリンクは人間の口には合わない……と、佐藤が言いたいのはつまりはそういうことだ。


「……佐藤先輩」


「なんだい、よっちゃん?」


「グラス、人数分用意されているよね」


「……こういうのは、雰囲気が大事だからね」


「……佐藤先輩」


「なんだい、ふみちゃん?」


「……あそこにいる文化研究部の部長(おじいちゃん)、思いっきり和装してません?」


「あー……そういえば、じいじってば山姥の仮装って言ってたような」


「……雰囲気、大事だよね」


 みんな、ハロウィンであることを忘れたかのようにして料理やお菓子を楽しんでいる。というか実際、本当の意味でハロウィンをしようとしている人なんておそらくほとんどいないことだろう。華苗たちだって、もう自分たちがどんな格好をしているのかなんてあんまり気にならなくなってしまってきている。


 となれば、ここらで一つその本懐に立ち返ってみるのも悪くはない。


「んじゃ、あたしも吸血鬼になりますかあ」


「ではではあたしも、失礼します!」


「ひゃんっ!?」


「えっ?」


 にっこりと嬉しそうに笑ったシャリィが清水の首筋に優しく噛みついた……のはいいとして。


 なぜだか華苗の首筋も、よっちゃんに噛みつかれている。


「……なにしてんの、よっちゃん?」


「んー? 要は、吸血鬼要素を取り込んだかどうかって話でしょ? 噛まれて入れられるか、自分で噛んで取り込むかの違いじゃん? ……あと、個人的には吸われるより吸いたい。華苗、特に美味しそうだし」


 何ならもっとガッツリ吸ったろか──と、よっちゃんは妖しく舌なめずりをする。なんだかとってもキケンな香りがしたので、華苗はやられるより前にやろう……としたところで、よっちゃんが首筋にも包帯をぐるぐる巻いていることを思い出した。


「むう……」


「あらやだ、うちのかなちゃんってばあたしの首筋噛みたかったのね……まぁ、それは次の機会にするとして」


 にやりと笑ったよっちゃんは、妙に頬を赤らめて目をそらしている柊に問いかけた。


「ほら、今度はかっちゃんの番だよ」


「えっ?」


「かなちゃんから噛む? それともかっちゃんから噛む?」


「あの、皆川さん? 僕はもうすでに吸血鬼なんだけど……?」


「でもかっちゃんだけ出自が違う吸血鬼じゃん?」


 よっちゃんは華苗に吸血鬼された。華苗はシャリィに吸血鬼にされた。清水もシャリィに吸血鬼にされたわけで、そしてそんなシャリィは佐藤に吸血鬼にされている──つまり、ここにいる吸血鬼はみんな佐藤が吸血鬼としての祖となるわけで、いわゆる眷属という扱いになる。


「あー……いや、だったら僕よりも田所だよ。あいつはまだ吸血鬼には……」


「もう済ませた」


「「えっ」」


「はれて俺も吸血鬼の眷属だ。……さぁ、残りはお前だけだ」


 予想外の言葉。なんとかこの事態から逃げようと思っていた柊も、きっと面白い反応を見せてくれるだろうと思っていたよっちゃんも、後輩たちのやり取りを楽しそうに眺めていた佐藤も、そしてもちろん色々もろもろ気が気じゃなかった華苗も……みんな、驚きの声を上げた。


「え……済ませたって、それって」


「皆川理論で行けば、噛むか噛まれるかすれば吸血鬼になれるんだろ? だったらおれは、紛れもなく吸血鬼だ」


 華苗は噛んでない。よっちゃんも噛んでない。佐藤も噛んでないし、そしてシャリィが噛もうとしたらまず間違いなく佐藤が全力で止めている。


 となれば、可能性があるのは。


「……史香?」


「……史香ちゃん?」


「あーあー、気にしない気にしない! さ、そんなことより早くジュース飲もうっ!」


「……シャリィ、見た?」


「ええ、凄まじい早業でしたとも! あたしがおねーちゃんに噛みついたほぼその直後に……他の誰かにやられるのは、堪らなく悔しかったんでしょうね!」


「……それは、どっちが?」


「それを聞くのは、野暮ってものですよ!」


 ともあれ、これで一応全員が吸血鬼になったことになる。若干一名出自が違うが、さすがにもうそんなことを気にするような雰囲気でもない。佐藤は妙に手馴れた手つきでみんなの前にサングリアのグラスを置いていき、そして自身もまた、椅子を引っ張り出して華苗たちと同じテーブルへとついた。


 誰がどう見ても、ただドリンクを持ってやってきただけじゃないことは明確だ。ここから先は後輩たちに混じってパーティを楽しみたいという意図が、はっきりと表れている。


「それじゃ、吸血鬼同士……カッコよく乾杯でもしようか?」


「あれ? 楠先輩と一緒だったんじゃ……」


「……実は、そのせいで退避してきたんだよね」


 困ったように笑いながら、佐藤はちらりと視線を向ける。


 その先では。


「あはは、なんかかわいいーっ! どしたのそれ、自分で描いたの!?」


「…いえ」


「うーん! どうせならちゃんとした仮装をしているところも見てみたかったけど……これはこれで楠くんらしさが出ていていいね!」


「…あざっす」


 たった三人が、一つの机を占拠している。真ん中には楠がいて──そして、その両脇を青梅と双葉が固めていた。


 もちろん、二人とも本来ならばここにはいないはずの人物である。その証拠に、二人はこの調理室の中で唯一、全くなんの仮装もしていない。


「ああ……そういうことですか……」


「うん。ちょっとした休憩というか、息抜きだと思うんだけどね。三年生はみんな受験のストレスでけっこうピリピリしているし……あと、人の恋路を邪魔するやつはなんとやら。お邪魔虫は退散するに限るでしょう?」


 きっと青梅も双葉も、受験勉強のために学校に来ていたのだろう。いくらなんでも、十月末日に三年生が呑気に部活なんてしていられるはずがない。だからこそ佐藤は、尊敬する先輩たちのことを思って……そして、親友が振り回される姿を見たくて、気を効かせたというわけだ。


 どのみち、料理もお菓子も山のように用意されている。いきなりの飛び入りで参加者が増えたところで文句を言う人間は、この場には存在しない。むしろ、お世話になった部長が参加してくれて嬉しい、少しでも受験のストレスから解放されてほしい……と、華苗たちも含めた全員がそう思っている。


「パーティの最後まで、は無理かもだけどさ。それでも……ちょっとの休憩の時間くらいは、存分に楽しんでもらいたいしね。それに、料理やお菓子の感想も聞きたいし」


「……ですね」


 さて。そんな感じで秘かに注目されているとは知らずに……華苗たちの視線の先で、青梅たちは楽しそうに語りだした。


「ねえ、楠くん! 一応確認だけど……パーティが始まってから、ううん、みんなが集まってからもう結構時間経ってるよね?」


「…ええ。ですがまだまだ時間はありますし、料理もお菓子も十分にあるので、そのあたりは気にしなくても」


「ひひひ、それだけ聞ければ十分だっての! ……それじゃ渚、あたしから言うからね!」


 すう、と大きく息を吸って。


 双葉は、満面の笑みでその言葉を口にした。


「──トリックオアトリート! お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!」


「…………あ」


 ハロウィン。そう、ハロウィン。ハロウィンでのキャッチコピー(?)は【トリックオアトリート】であり、クリスマスでいうところの【メリークリスマス】と同じくらいよく使われるフレーズである。むしろ、【トリックオアトリート】がないハロウィンなんて考えられないし、今まで全くそのフレーズが使われていなかったこと自体がちょっとした奇跡と言ってもいい。


 そして、その意味は……その言葉を投げかけられたものは、お菓子を渡すか、あるいはイタズラを受け入れなければならない。それは決して捻じ曲げることのできない、ハロウィンの絶対のルールなのだから。


「…すみません、何も持ってないです」


 ──唯一問題点があったとすれば。 


「うん、しってる」


「えっ」


 その絶対のルールを、積極的に有効利用(・・・・)する狩人が存在することだ。


「お菓子が無いなら、イタズラしていいってことだよね……!?」


「これは合法だからね……! お菓子を持ってない楠くんがいけないんだからね……!?」


「…あの、その、なにを?」


 じりじりと……先ほど以上に距離を詰める青梅と双葉。珍しくその鉄面皮を崩して身動ぎした楠に、逃げ場なんてあるはずがない。気づけば両脇をがっしり固められて、まさしく捕食される寸前の状態になっている。


「なにって、そりゃあ……イタズラに決まってるじゃん?」


「言ったでしょ? トリックオアトリートって」


「…そ、そこらにクッキーやタルトが」


「だ・め♪」


「逃げるな♪」


 ──柊は、慌てて目を逸らした。

 ──華苗は、かあっと真っ赤になった。

 ──佐藤は、さっとシャリィの目を塞いだ。


 反射的にそうしてしまうほど、その”イタズラ”は過激だった。半ばそういう風に誘導したとはいえ、それは佐藤の予想をはるかに超えていて、そして周りにいるはずのお菓子部や調理部、その他の人員も……介入しようにも介入することができない。目の前で始まってしまった予想外のことに、唯々赤くなって気まずそうにしている。


「うわぁ……部長、あんなことやるんだ……」


「よ、よっぽどストレス溜まってたのかな……」


「お兄ちゃん……!? ちょ、ちょっと参考までにぜひとも様子を伺いたいのですけれども……!」


「しゃ、シャリィにはまだ早い……! というか、十歳の子供には正直あんまり見せたくない……!」


 少なくとも、今の華苗には絶対に真似できない。例えテンションが振り切っていたとしても、あんなにも堂々と人前でそういう”イタズラ”をすることはできない。ついでに言えば、二年後の自分があんなにも積極的に柊に甘えたりする姿が想像できない……と、ここまで思ったところで、華苗の脳ミソはオーバーヒート寸前で強制停止した。


「でもそっか……言われてみればまだやってなかったし……ちょっとは使えるか?」


「……うん? どしたの、史香?」


「いや、ちょっとね……ね、ミキ」


 ちょいちょいと、清水は隣にいる田所を小突いた。


「どうした?」


「手ぇ見せて」


「ほらよ」


 阿吽の呼吸(?)で差し出された手を、清水は一切の遠慮も躊躇いも無く、両手で握って検分していく。指の間を開いて、手首を握って、袖もめくって……と、妙に手馴れているように見えるのは、果たして気のせいか。


 ややあってから、清水はまっすぐ──自信たっぷりに田所の顔を見つめ、そして言い切った。


「……よし! トリックオアトリート!」


「ほらよ」


「…………えっ」


 手を差し出した時と全く同じように。いつもと全く変わらない様子で紡がれたその言葉と同時に、清水が検分し尽くしたはずのその手から、どこからともなくカラフルな銀紙に包まれたチョコレートが現れた。


「足りないか?」


 ぎゅ、と田所が手を閉じる。


 ──次に開いた時には、チョコのほかにキャンティも追加されていた。


「ほれ、くれてやろう」


 次から次へと、田所の手からお菓子があふれてくる。文字通り、噴水のような勢いだ。袖に隠し持っていたとかそんなレベルじゃなくて……というか、そもそもとしてその可能性を潰すために事前に清水はかなりしっかりと田所を調べている。


「もっとあるぞ」


 明らかに、隠し持っていたと言い張るには無理がある量のお菓子。子供が見れば大変夢のある光景だと思うかもしれないが……華苗たちからしてみれば、不思議を通り越して不気味な光景としか思えなかった。


「どうした、あんなにも熱望したトリート(おかし)だぞ──ほら、受け取れよ」


「もお! もお! ホントなんなのあんたってばさぁ!」


「なんという理不尽」


 おそらく、というかまず間違いなく、田所が行ったそれは手品の類なのだろう。元々超技術部はそういったテクニカルなことを嗜む人間が集う部活だし、どこからともなくキャンディが現れる……なんて手品は、手品としては割とオーソドックスなタイプに分類される。不思議なものではあるものの、取り立てて珍しいと言えるほどではない。


 問題なのは、ただ一つ。プロのマジシャンでさえも二度見してしまうほどの、その量だ。


「田所くん、あんなにたくさんもお菓子もってるなんて……どうしたんだろ?」


「ああ、それは……実は僕たち二人とも、佐藤先輩からお菓子を分けてもらったんだよね。ハロウィンパーティなわけだし、きっとそういう流れになるからおまも……んん、嗜みとして持っておきなって」


 あそこまでたくさんじゃなかったはずだけど、と柊はぼそっと呟く。華苗としてはそれよりももっと別の所が気になったが、ひとまずは柊の次の言葉に耳を傾けた。


「てっきり、楠先輩にも渡していると思っていたんですけど……」


「そりゃ、かわいい後輩には気を使うけど、あいつに気を使う必要なんて無いし? それにほら、そっちの方が面白いし部長たちのためになるでしょ?」


「……悪い人ですね、先輩」


「吸血鬼だからね!」


 日頃の恨みつらみもあるし、身近にいるもう一人の部長が嘘つきでイタズラ好きだからそのせいかな──なんて、佐藤は今日一番の爽やかな笑顔で語った。


「……克哉くんも、持ってるんだよね? まだ、誰にも言われてないんだよね?」


「うん」


 その言葉を聞いて。華苗は思わず、にっこりと笑ってしまった。


「じゃあ……トリックオアトリート!」


「はい、どうぞ」


 可愛らしい小袋に包装された、キャンディのセット。用意したのは佐藤と言えど、くれたのは間違いなく柊であり──たったそれだけの事実が、華苗にとってはどうしようもなく嬉しい。


 大切そうに受け取って、手の中にあるその姿を改めて見て……愛おしそうに、ぎゅ、と優しく手で包んだ。


「へへへー……!」


 ハロウィンだ。バレンタインやホワイトデー、クリスマスと違ってその行為にはそういう意味は一切ない。そんなの華苗にだってわかりきっている。


 だけれども、華苗はどうしてもほおが緩むのを止めることができなかった。


「失敗したなあ……そんなに喜んでくれるなら、ちゃんと用意しておけばよかったや」


「ううん、貰えるってだけで嬉しいもん……それに」


 ハロウィン。お菓子とイタズラでいっぱいの素敵なパーティ。羽目を外すにはこれ以上に無いほど条件が整っており、そして華苗は……魔女であり吸血鬼という、とっても悪い存在である。


 だから、これは。


 ハロウィンに則った、ごくごく普通で自然なことなのだ。


「──とりっくおあとりーと!」


「……えっ」


「一回だけしかダメだって、言われてないもん!」


 もう、柊はお菓子を持っていない。佐藤から分けてもらったものは華苗の手の中にある。そしてそのフレーズを使われてしまった以上、お菓子かイタズラか、どちらかを選ぶのは確定しているわけで。


「……僕、まだ華苗ちゃんにトリックオアトリートって言ってな──」


「だ・め♪」


「──わっ!?」


 ハロウィン限定の、ちょっぴりの勇気を出したイタズラ。先輩たちの真似は無理でも、これくらいなら可愛いものだよね──と、華苗は真っ赤になったほっぺをごまかすようにして、眷属の仲間入りを果たした柊に真っ赤なサングリアを手渡した。

【メニュー】

・カボチャのクッキー

・お化けのクッキー

・コウモリのクッキー

・まるごとカボチャグラタン

・吸血鬼用サングリア


・カボチャパン

・カボチャのコロッケ

・パンプキンパイ

・カボチャのシチュー

・濃厚カボチャプリン

・カボチャのタルト

・カボチャのケーキ

・その他たくさんのハロウィン料理


 ホントは濃厚プリンは出したかったけど、尺の都合で出せず……。他の二年生や部活の人たちのハロウィンパーティは、皆さんの想像で補ってください。なお、佐藤先輩が話していたサングリアは《スウィートドリームファクトリー》の【獣使いとサングリア】の話ですね。


 他にハロウィン料理、何かあるかな……? 現在の園芸部で採れる材料をメインとして作れるのはこんなもん……?

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