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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
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119 園島西高校生VSモンスター・パンプキン


「いやいやいや……!?」


 デカい。ただただデカい。クドいようだがとにかくデカい。


 もはや、大きすぎてそれしか言えなくなってしまうほどのカボチャが、華苗たちの目の前に存在している。


「こ……こんなに大きくなるの……!?」


「…俺とお前、二人分のまごころを込めているからな」


 そのカボチャは──華苗の身長に届くかどうか判断に悩むほどの高さがある。当然、横幅の方はもっとあるわけで、ちっぽけな華苗とは比較にならないほどの存在感と重量感を放っていた。もしこのカボチャが坂の上から転がってきたとしたら……文字通り、ほとんどの人間はぺしゃんこに潰されてしまうことだろう。


「ハロウィンのカボチャじゃなくって、これもうシンデレラのカボチャの馬車にできる奴じゃん……」


「……あれって魔法で作ったやつだったよねー。でもこれ、生のモノホンのカボチャだよねー」


 果たしてこれが、本当の意味での「モノホンのカボチャ」なのか。さすがの華苗も草津のその問いに即答することは難しい。こうして現代日本に存在している以上、魔法なんて使っていないのは間違いないのだが、さりとて”本物”な”普通”のカボチャであるかと言われると、答えは間違いなくノーだ。


「乗れるほどおっきい……けど、大きすぎて登れない―……!」


「手をかける所もない……!」


 華苗で言えば、自分の身長と同じくらい。草津から見ても、自分の顔の高さと同じくらい。そんな高さの段差(・・)をよじ登るのは、普通の文化部の女の子にはちょっぴり厳しい。


「くっきー、だっこ!」


「…うっす」


 ひょい、と草津が両手をバンザイする。色々諸々察した……否、諦めた楠は、言われるがままに草津の脇腹をひっつかんで持ち上げて、そのままストンとそのお化けカボチャの上に座らせた。


「おっほ……! 新鮮な高さ……!」


「…八島?」


「ん!」


 変な所触ったら許しませんよ──と華苗は楠にアイコンタクトを送る。その意味が通じたのか、それとも華苗のことなんてそもそも子供のようにしか思っていないのか、楠は相変わらずの無表情のまま華苗を抱き上げ、そして草津の隣に座らせた。


「ほほお……!」


 ざっくりの単純計算で、身長+150cmの目線。この広大な畑を見渡せるってだけでも良い気分だし、なによりあの楠を見下ろせるというのはなかなかに得難き体験だ。いつもは首が痛くなるほど見上げないとわからないあの無表情の代わりに、麦わら帽子のつばの上の方が見えるのが、華苗にとっては面白くてたまらなかった。


「にしても、本当におっきいですねえ……! 楠先輩、これ重さどれくらいあるんです?」


 一人は小柄、もう一人は超ミニマムサイズとはいえ、花も恥じらう女子高生が二人も乗ってなお、このカボチャの背中(?)には余裕がある。このままゴロンと寝転がって空を仰ぎ、毛布の一枚でもかけてもらえれば、即席のカボチャのベッドになるくらいだ。さっきまでのカボチャがかわいく思えてくるほどの大きさなのだから、その重量だってきっと比較にならないほどの物なのだろう。


 華苗のその想像はある意味では当然であり──そして、別の意味ではありえないものであった。


「…………ふむ。高さが150cm、直径を……200cmとしておくか」


「まぁ、それくらいは普通にありそうですもんね」


 ちなみに、華苗は150cmも無い。


「…………4000kg?」


「「えっ」」


 4000kg。言い換えれば4トン。軽自動車より重いどころか、小型トラックと同じくらいの重量だ。


「え……えっ? さっき先輩、世界記録で1000kgとか言ってませんでした……?」


「…まぁ、あくまで概算だしな。この手のデカい作物は中身がスカスカだったりするし、俺の計算間違いもあるかも」


 実際に測ってみなければ本当の重さはわからない──と、楠は何でもないように言う。が、当然のごとくこの園島西高校にこれだけ大きくて重いものを測るための測定器が存在するはずがない。


 結果として、その真実は闇に葬られるわけになるのだが……きっと、知らない方が良い真実もある、むしろはっきりさせないほうが精神衛生的には良いのだろうと、華苗はそう思うことにした。


「…しかし参ったな。さすがに4トンは無いだろうが、さっきのやつでもあれだけ重かったんだ。これを昇降口の所に持っていくのはなかなか骨だぞ」


「あっ、昇降口に飾るのは確定なんですね……」


「…校門の前がベストだが、スペース的にちょっと邪魔だろ?」


 これだけの大きさのカボチャとなると、今すぐこの場で中身をくりぬくのも難しい。仮にくり抜いたところで、とても一人や二人で運べるような重さではないだろう。そもそもくり抜くための時間だってかかるとなると考えると──やはり、なんとかしてこの畑から運び出すのは急務と言える。


「だいじょぶだよ、くっきー!」


「…草津先輩?」


「私がさんねんせー、くっきーはにねんせー、そして華苗ちゃんはいちねんせー!」


「…ふむ?」


 草津は、にんまりと笑ってその手の中の物を──園島西高校生は滅多に学内では使わない、スマホの画面を見せつけた。


「人が足りないなら、呼べばいいんだよー! さあ、二人も観念してスマホを出せー!」


 ──ほとんど同時に、楠のポケットの中のスマホが二回震えた。



【3年B組!】

 ──たすけて♡ 園芸部の畑で待ってます♡


【2年E組☆永久不滅】

 ──たすけて♡ 園芸部の畑で待ってます♡


【1年C組:クラス連絡グループ】

 ──たすけて♡ 園芸部の畑で待ってます♡


【美術部】

 ──たすけて♡ 園芸部の畑で待ってます♡


【部長連絡会】

 ──たすけて♡ 園芸部の畑で待ってます♡


【部活:おとこ(ちからしごとよう)】

 ──きんにく くれ♡ 


【佐藤 夢一】

 ──じいちゃ つれてきて♡



 ──完全な余談となるが、この園島西高校においては全ての人間が部活動に所属しているため、その長たる部長に連絡を入れることができれば、全校生徒にメッセージを届けることが可能であった。




▲▽▲▽▲▽▲▽




「やっほー! まってたよー!」


 それから、約二十分後。お化けカボチャの上に立ち上がった草津は、その手をブンブンと振って集まってきた人間たちを笑顔で迎えた。


「あ、あ……!?」


「なん、だよコレ……!?」


 なんだかんだで、やってきてくれたのは四十人ほどだろうか。さすがに部活の最中に抜け出せる人間はそうは多くなかったらしい。意外なことに──おそらくはサボる口実のためだろう──三年生の比率が結構多く、そして妙に律儀というか、多くの部が一人は人を派遣しているのが見て取れた。


 ──やってきた全ての人間があんぐりと口を開いているのは、もはや語るまでもない。


「華苗ちゃん……これは、いったい……?」


「克哉くん!」


 合気道の道着姿の柊を見つけて、華苗は思わずぱあっと笑ってしまった。


「えとね、見ての通りハロウィン用のお化けカボチャ!」


「は、はは……この大きさだと、本当にお化けじゃないかって思えてくるね……」


 おそらく、ほとんどの人は柊と同じことを思っただろう。いくらハロウィン用のものとはいえ、ここまでの大きさのものは少々異常と言っていい。というか、ハロウィン云々抜きにしても、ここまでの大きさになる実を見たことがある人間なんて、園島西の生徒であってもいるはずがない。


「うお……っ!? でっけェ……!?」


 気づけば、華苗の隣に秋山がいた。さすがは男子というべきか、特にサポートも無くこのカボチャに登ってくることができたらしい。揺れた形跡が全くなかったのは、それだけ秋山が身軽だったのか……あるいは、カボチャが重かったのか。おそらくはその両方だろう。


「どうなってんだよ華苗ちゃん……!? このカボチャのデカさのせいで見落としがちだけど、遠征用のボストンバッグよりデカいカボチャがそこらに転がってるぞ……!?」


「そうだろ、すごいだろー!」


「草津先輩、育てたのわたし!」


 子供っぽく張り合ってから、華苗はこの場に柊がいることを思い出した。


「んん……! 実はその、育てたのはいいんだけど運ぶことが出来なくって……!」


 ああ、そりゃそうだろうな──と、この場にいる全ての人間の考えが一つになった。


「そうは言ってもよ、結局はカボチャだろ? これが大岩だってんならまだしも、気合入れりゃ押し出すことくらいはできんじゃねぇか?」


「だよなぁ。多少傷ついちまうかもしれんが、転がすくらいならいけるだろぉ?」


 ぬうっと後ろの方から現れたのは──空手道部部長の榊田に、柔道部長の中林だ。二人ともすでに部活は引退している身であるはずだが、三年間で培った肉体に衰えた様子はまるで見えず、今もなおとても高校生とは思えないほどがっちり、かつ引き締まった鋼の肉体を維持している。


 この園島西高校で一番の力持ちは誰か……とアンケートを取ったら、この二人で票は二分されると誰もが言うことだろう。文字通り、園島西を代表する筋肉がこの二人であり、そして恐ろしいことに、この二人はかつてのキャンプで熊殺しを成したという実績すらある。


「ほれ、一回降りとくれ」


「はぁい」


 よいしょ、と華苗は慎重にカボチャから降りた。

 あらよ、と秋山はひらりとカボチャから降りた。

 一人で降りることができなかった草津は、中林に首根っこをひっつかまれて降ろされていた。


「動かしちまえばこっちのもんよ」


「おう。……ちょいと久方ぶりに、本気出すかぁ!」


 荒ぶる熊の如き気迫を放つ榊田。

 屈強な力士の如き力強さを放つ中林。


 園島西高校の二大巨頭が、巨大カボチャにがっぷりと組み付く。単体でさえ高校生離れしているその力が、たった一つのカボチャに二つも向けられている。


 しん、と静まり返る空気。


 二人の体から放たれる気迫が、どんどん研ぎ澄まされて行って。


 その場の誰もが──声を発することが出来なくて。


「──行くぜ」

「──おう」


 ごくりと誰かが唾をのんだ音が、妙に大きく聞こえた。


「ふンぬッッ!!」


「おおおッッ!!」


 びりびりとした衝撃が、確かに華苗の体を貫いた。空気が震え、まるで重力が増えたかのような威圧感があたりに満ちる。もし華苗がこの二人のことを知らなかったら──中学生の頃の華苗だったら、その気迫の余波だけでこの場にへたりこんでしまっていたことだろう。


「す、すごい……!」


 中林も榊田も、目をかっぴらいている。額には青筋が浮かんでいるし、靴は思いっきり畑にめり込んでいる。なにより、ただでさえ大きな体が筋肉の膨張によりさらに大きくなっていて……華苗には、その白いワイシャツが今にも耐えきれずに破けてしまいそうに見えた。


「ぬぅン……ッッ!!」


「うぉお……ッ!!」


 裂帛の気合。膨れ上がる筋肉。見ているこっちがはらはらしてくるほどの、力と力のぶつかり合い。


 ──その、結末は。



「──無理だぁ!」


「──ちっくしょお! ピクリとも動かねえ!」



 糸が切れたかのように、ほぼ同じタイミングで二人が力尽きた。あれだけ力を込めたのにこのお化けカボチャは転がるどころか、ピクリとも動いていない。いや、もしかしたら数ミリくらいは動いたのかもしれないが、いずれにせよ目に見えるほどの成果を上げられなかったのは確かだ。


「熊ちゃんたちが衰えた……ってことはないよなあ」


「ええ……見てください、あの足元を。いくら畑の柔らかい土とはいえ、足首が埋まるくらいに踏ん張ってますよ」


「中林たちほどの足腰の強さがなければ、雪に取られたタイヤみてーに空回りして、土だけ巻き上げてたろうな」


 足首が埋まるほどまでに踏ん張っていた──つまりは、力の伝え方に問題は無かった。単純に、それを成すだけの純粋なパワーが足りなかった。上手くいかなかった理由そのものは単純でわかりやすいが、それだけに……この二人でさえもどうにもできなかったという事実が重くのしかかってくる。


「まだだ……! おい楠ぃ! おめえも手伝ってくれい!」


「そうだそうだ! 秋山も他の連中も……みんなで力を合わせればきっとなんとかなるはずだぞぉ!」


 二人でダメなら、もっとたくさん集めてやればいいじゃない。


 力自慢の二人としては非常に悔しい選択だろうが、しかしこの際そうも言っていられない。元部長として、園島西高校の生徒の一人として、二人の判断は非常に素早く、理にかなったものだと言えるだろう。


 が、しかし。


「──いや、それでも難しいだろうねェ」


「あ、おじいちゃん」


 その様子を見守っていたおじいちゃんが、声を上げた。


「力を合わせればいける……かもしれないが。お前たち二人で押した段階で、他の連中が押すスペースなんてないだろう?」


「「あ」」


 そうなのである。このお化けカボチャの直径は200cmほど。カボチャとしては驚異的な大きさなのだが、縦も横も楠より大きい二人が手を突いた時点で、もう他の人がそこに介入する余地はほとんどない。


「そもそもとして──にわかには信じがたいが、この大きさともなるとざっくり4トンくらいはありそうだ。押したり転がしたりってのはちょっと危ないねェ」


「「4トン!?」」


「…………やっぱ計算、合ってたか」


 おじいちゃんの口から改めて告げられた数字に、その場にいたみんなが戦慄する。単純計算で、十人掛かりでも一人400kgは受け持たなきゃいけない計算となるわけで、とても普通の高校生が太刀打ちできる重量ではない。いくらこの場にいるのが現役の生え抜きの精鋭だったとしても、この現実はなかなかに厳しいものであった。


「お前たちなら、もしかしたらと思ったが……さすがに部活が絡んでなければ、しょうがない話さね」


「どうすんだよ……? 重さもそうだけど、形とデカさが悪い意味でヤバいな……。掴むところなんて全然ないし、みんなで取り掛かろうにも、十人がギリギリ一緒に触れるかって感じだぞ?」


「あの二人でも無理なんだもん、女子(わたしたち)がいても邪魔になるだけじゃ……?」


「うーむ……拳でぶっ壊せって言うなら行けるんだが」


「俺も、こいつに襟があれば投げ飛ばせるぞぉ!」


「こいつがサッカーボールだったら、ドリブル系の必殺技で運べたんだけどなあ……」


 一番の力持ちが二人掛かりでも無理。みんなで取り組もうにも物理的なスペースの関係上無理。この場で加工して中身をくりぬくというのがまだ可能性はありそうだが、これだけの大きさともなるとかなり長い時間がかかるだろうし、そもそもとして分厚いカボチャの皮を普通の彫刻刀で貫けるかも怪しい。


「むー……こうなったら、しょうがないかー」


「草津先輩?」


 みんながウンウンと頭を悩ませている中、草津は何かを決断したらしい。


「たっちーとやなちゃん、いるー?」


 その呼びかけに応じて、剣道部の柳瀬と弓道部の橘がやってくる。さすがというべきか、二人ともそれぞれ木刀と弓を片手に持っていた。


「どうしました? ……さすがに、私じゃあまり役に立てないと思うのですが」


「僕も……一応は武道部ですし、腕の力も他の部活よりはあると思いますけど」


「んーん。もう、このお化けカボチャを無傷で迎えるのは諦めたよー」


 無傷で迎えるのは諦めた。草津の言葉が意味するのは、つまり。


「たっちーさ。こう、上手い具合に弓矢で貫通穴とかって……あけられるー?」


 指を胸の前で組んで、上目遣いをして。仕上げにぱちりとウィンク──しようとして両目を瞑ってしまっているが、ともかくそれは紛れもなく、草津の本気の【おねがいポーズ】であった。


「まぁ、これくらいなら行けますけど……本当に貫通しますよ?」


 ──行けんのか、とみんなの心の声が一致した。


「やなちゃんさ。こう、上手い具合に……真っ二つとかって、できるー?」


「竹刀ではなく、木刀を使ってよいのであれば」


 ──木刀でも無理だろ、とみんなの心の声が一致した。


「おっけー! じゃあさ、じゃあさ! やなちゃんは私が指示したところで切ってくれるー? たっちーも同じように指示したところを射っちゃってー!」


 草津の作戦。単純な力ではどうにもできないのだから、分割して運んでしまえばいい……という、ある意味では非常に真っ当なものだ。少しくらい見目が悪くなるのは諦めることで、現実的に対処できるレベルまでサイズを落としこもうという魂胆である。


 ──ちょっと問題なのは、その方法。振る方も振る方だが、引き受ける方もだいぶ常識がぶっ飛んでいた。


「んーっとね……めんたまのちょっと上くらいで横にスライスして―。その状態で、今度は真横から縦に真っ二つにしてー。これでパーツが四つになるから、端っこの目立たない位置に良い感じの穴をあけて―」


 カボチャの上から四分の一くらいの位置で真横にスライス。これで蓋(?)となる部分と胴(?)となる部分に分かれる。この状態で真横から立てに真っ二つにすれば、上手い具合に中身をくりぬける感じでカボチャを開くことができる。


「頭の切り目は、フランケンシュタインみたいな感じでツギハギにすれば雰囲気出るしー? 真横の継ぎ目は……そのアングルから見る人はいないってお祈りすることにするー!」


「ふむ……お化けカボチャの定石からは外れるが、そいつも味があっていいかもしれんねェ。重さの方も……頭の方が一つ500kg、胴のほうが1500kgか。開けた穴に枇杷木でも通してみんなで持ち運べるようにすれば……」


「…500kgくらいなら、リヤカーに載せられる。胴のほうも、中身をくりぬけばその半分以下には絶対なるだろうから」


「少なくとも、4トンを運ぶよりかはずっと現実的になりましたね!」


 榊田、中林、楠──と、華苗の見立てではこの三人はそれぞれ一人100kgは行けるはずだ。残りの200kgであれば、男子が五、六人いればなんとかなるはず。つまり、パーツにそれぞれ棒を二つ通すとして、片端を三人で担げば賄いきれる計算となる。


 これならば、お神輿を担ぐのとそんなに変わらない。もしかしたら、リヤカーなしでも運べるかもしれないくらいである。


「じゃあ、早速……」


 橘が弓に矢を番え、精神を集中させる。狙うはもちろん、草津が事前にマーキングしたそのポイントだ。実際の弓道の的よりもかなり近い位置だから、狙いを付けるのは──狙った通りの場所を射るのは、そう難しくはないはず。


 そんな、誰もの考えを。


「──しっ!」


 橘は、見事に覆して見せた。


「……えっ」


 一射。少なくとも、さっきまで橘が手にしていたのは一本の矢だった。


 だというのに。


「……俺の目がおかしいのかな。なんか、射った直後にカボチャに穴が開いたんだが。一か所じゃなくて、全部の位置に開いてるんだが」


「というか、誰も突っ込まないからスルーしてたけどさ……矢が貫通できたとして、どうしてあんな風に綺麗な穴になるの? 明らかに直径の大きさ違うよね……?」


「それどころかみろよ……! 正面の穴だけじゃなくて、横の穴も開いてるぞ……!?」


 たった一回の射撃で、橘は全てのポイントに同時に矢を当てていた。「矢でカボチャに穴をあける」というそもそもとしてあり得ないトライを見事に達成したどころか、矢の本数も、その角度さえも普通に無視してしまっている。


「えっ……穴を開けろって言ってました……よね?」


「ああうん、お前は悪くねえよ……いつまで経っても慣れない俺たちが悪いんだ……」


「いやいや、弓道部なら普通ですし……というか、あなた方がそんなことを言っても」


「……やめよっか、この会話。不毛すぎるし、もう何度同じ話をしたかわからねえもん」


「えええ……」


 ともあれ、これで無事にカボチャに穴をあけることができた。


 となれば、次は。


「久々だな……これだけ斬りがいのあるものは……!」


 琵琶の木刀を構えた柳瀬。今日もまた、見るからに凛とした佇まいではあるが──楽しくて楽しくてしょうがないというか、自分の実力を存分に発揮できるこの機会にワクワクしている気持ちが隠せないでいる。


「──せいっ!」


 ひゅん、と空を切り裂く鋭い音。裂帛の気合と共に柳瀬が木刀を振りぬき、そして辺りに沈黙が落ちる。


「……ん?」


 カボチャを切るはずなのにその場を動いていなかったりだとか、一回腕を振っただけなのにもう満足そうにしているだとか……そういうことは置いておくとして。


 「切られた」はずのカボチャなのに、変わった様子はまるでない。


「え……失敗?」


「さすがの柳瀬も、木刀であんな岩みたいなカボチャは切れないってことか」


「──いいや、違うねェ」


 ぺしんぺしんとカボチャを叩いたおじいちゃんが、はっきりと断言した。


「このカボチャ──すでに切られている。切り口が鋭利すぎて、切られているように見えないだけさ」


「「……」」


「こうも見事に切るのはなかなか難しいもんだ。……腕をあげたねェ」


「ふふ。この秋からは本格的に部活を引っ張っていく立場だからな。これくらいはできないと」


 もはや、誰も突っ込む気力すらない。わかりきっていたことではあるが、こういうものだと素直に受け入れるしかない。そうじゃないと、あまりにも非現実なこの現実に、普通の高校生の心は耐えられないのだから。


「さて……それじゃあ、頭の方から運び出そうかね。神輿の要領で担ぎ上げて、リヤカーを使って昇降口まで。みんなで力を合わせれば、きっと大丈夫さ」


 いつにまにか用意されていた琵琶の木。枝払いも済ませてある、「丈夫な棒」として扱えるものだ。おじいちゃんはそんな琵琶の木をカボチャの穴に通して、満足そうにぺしんぺしんとそのカボチャの頭を叩いた。


 ──穴に棒を通しただけだが、元のカボチャが十分に立派なためか、固定としてはそれで十分らしい。少なくとも、華苗には重さに耐えきれずその穴が崩れるとはとても思えなかった。


「よっしゃ、じゃあさっさと持って行っちまうか! ……えーと、熊ちゃんと中林は幅がデカいから両肩に棒を担いで、んで一番カボチャ側だな。前に熊ちゃん、後ろが中林で」


「おう!」


「任せろぉ!」


「右前に三人、左前にも三人……って感じで片側七人、合計十四人で行こう。ちょっときついがこれくらいならなんとかなるだろ。身長と体格を考えて良い感じにバラけようぜ」


 秋山が指揮を執り、そしてあっという間にメンバーが選出されていく。そもそもとしてこれだけの重量物を女子に運ばせる気は欠片も無いらしく、華苗たちは声をかけられることすらなかった。出来たことと言えば、ケガをしないようにと心の中で祈るくらいである。


「せぇぇぇのぉおおおおお!」


「「おおおおおッッ!!」」


 大きな雄叫びと共に、カボチャの頭が静かに持ち上がる。


「わっしょい! わっしょい!」


「めっちゃ重いぞコレ……!?」


「リヤカー! リヤカーなるべく近くに!」


「頭、だけで、これかよ……ッ!」


 ──畑に響く、賑やかな喧騒。ハロウィンが始まるまで、あともう少し。

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[一言] メールきて手伝いに行ったのに、たどり着けない可哀想な生徒いそう…
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