10 保健室の深空先生とびわ ☆
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】です。
本当にありがとうございます!
キンコンカンコン、と三限終了の鐘が鳴る。はふぅ、と息をもらして華苗は足をとめた。
三限は体育でバスケットボールをやったのだ。結構接戦の白熱した試合をしていたのだが、よっちゃんが最後にはなったシュートは惜しくもリングに嫌われ、華苗たちのチームは負けてしまった。
しかし。最近はよく体が動いてくれるので上達ぶりが分かって結構楽しいと華苗は思っている。体育のバスケットボールをこんなに楽しんだのは初めてだった。
「よっちゃん、華苗ちゃん、一緒にいこっ!」
「まって、史香ちゃん!」
よっちゃんよりは低く、華苗よりは高い背の女の子がおいでおいでをしている。いっつもしている赤い髪留めが印象的な女の子だ。
ちょっと前、楠が華苗にオーバーオールを持ってきた際に園芸部に入りたかったお菓子部の女子の話がでたが、何を隠そうこの清水 史香こそがその女子である。あれ以来、何かと華苗は清水と話すことが多くなり、いまではよっちゃんと三人で行動するのが当たり前となっていた。
清水は園芸部志望といっても畑の農作業ではなくプランター等を使ったガーデニングに興味があったらしく、自宅ではハーブなんかを育てているそうだ。
どうにもミミズがダメらしく、華苗が畑仕事の大変さを語ると、園芸ではなくお菓子部に入ってよかったと思ったらしい。
考えてみれば華苗はまだ園芸部でおしゃれな花を育てた覚えがない。一番それっぽいのでイチゴだろうか。
また、驚くべきことによっちゃんは調理部に入った。入部がかなり遅い気もするが、よっちゃんは仮入部という形でいろんな部活をめぐっていたそうだ。
最終的においしいものをがっつり食べられるという理由で調理部に入ることに
したとのこと。いかにもよっちゃんらしい理由ではある。
いつか華苗が作った野菜や果物でお菓子や料理を作って食べよう、というのが三人の中での目標となっていた。聞けば、もともと園芸、調理、お菓子部は結びつきが強いらしい。詳しいことは知らないが、互いに有益なんだとか。
「今日は華苗ちゃんからもらったイチゴでジャム作っちゃったんだから!」
嬉しそうに清水は笑う。お菓子部だけあってそういうものを作るのも好きらしい。朝のホームルームの時からお昼はイチゴジャムを食べる! と嬉しそうにしていたのを華苗は覚えている。
実は、今までなんだかんだで清水は園芸部の作物を食べていない。いつも華苗やよっちゃんに聞かされている園芸部の作物を食べることをとても楽しみにしていたのだ。ちゃんと感動を分かち合う(?)ために、完成したジャムもまだ食べていなかった。
「史香ちゃんってば、まだ四限が残ってるのに気が早いよね。ね、よっちゃん?」
華苗は隣にいるよっちゃんに話しかける。よっちゃんもまた、朝のその話をきいて楽しみにしていたはずだ。盛大にお腹を鳴らしていたのを覚えている。
よっちゃんはスタイルも顔もいいのに変なところで残念だった。
「あれ、よっちゃん?」
が、そのよっちゃんが返事をしない。ふだんはあれほど元気なよっちゃんが返事をしないことを華苗はいぶかしむ。
どうしたのかと隣を見たが、よっちゃんはそこにはいなかった。
「華苗ちゃん、後ろ!」
清水の焦ったような声が体育館に響く。何事だろうと慌てて振り向いた華苗の目に映ったのは、真っ青な顔をして倒れているよっちゃんの姿だった。
「軽い貧血ね。しばらく横になってればすぐ良くなると思うわ」
保健委員でもある清水と一緒によっちゃんを保健室に連れてきた華苗は保健室の先生──深空先生の一言でほっと息をつく。急に倒れたものだから大慌てしたが、とりあえずは安心だ。
「うう、きもちわるい……」
「だいじょうぶ?」
いつも元気なよっちゃんがこうもぐったりしていると大丈夫とはいえ心配してしまう。華苗は貧血になったことがないので今のよっちゃんの気持ちは想像できない。
「頼子ちゃん、朝ごはん、食べてないでしょ」
深空先生の一言によっちゃんは目をそらす。そういえば今日はいつも以上にギリギリな登校だったっけ、と華苗は思い出した。朝盛大にお腹を鳴らしていたのも、ただ単に朝ごはんを抜いていたからだと今更ながらに気付く。
「最近の女の子はやれダイエットだなんだって朝ごはん抜く子が多いけど、この時期はしっかり食べないと、かえって体に悪いのよ」
「よっちゃんダイエットしてたの!?」
「あ、史香ちゃんも先生もそれ違う」
よっちゃんがダイエットなんてするわけがない。というかそもそもよっちゃんにはダイエットの必要なんてない。いくら食べても太らないと本人が言っていたのを華苗はよく覚えている。
「……単に、寝坊しちゃったんです」
普段はよく食べるのに朝ごはん抜き、加えて昼前に体育だ。ついでに、いつもは三限前後で食べるお弁当も、朝に用意ができなかったから食べることが出来ていない。貧血になるのに十分なくらいに条件は整っていたのである。
深空先生ははぁ、と息をついて顔を伏せた。まだまだ十分あどけない顔つきをしているが、噂ではこれでもう三十近いらしい。ギリギリ二十代ではあるそうだ。
優しい顔つきの先生で母性本能がにじみ出ているというのだろうか、一緒にいるとどことなく安心する先生で、結構人気があるらしい。いや、確実にあるだろう。
「朝はジュース一本でいいからお腹に何か入れないと。……今日は何も食べてないの?」
「……はい」
「華苗ちゃん、史香ちゃん、四限の授業は?」
「ゆきちゃん……えっと担任の藤枝先生の化学です」
そう、と頷いて深空先生はにっこりと笑う。
藤枝先生は華苗の担任の化学の先生だ。眼鏡をかけた若い女の先生で、深空先生とは違いかわいい、よりもカッコいいが似合うキレイな先生である。
ちょっと目つきが怖いときもなくはないが、まだ付き合いが短くとも生徒思いのいい先生だということはクラスメイト全員が認めている。姉御肌、とはちょっと違うがサバサバした性格の先生で、クラスのみんな、特に男子から絶大な人気がある。
ゆきちゃん、というのはそんな男子の一人がつけた愛称だ。最初の自己紹介の際、
『藤枝 友紀だ。まぁ、好きに呼ぶよーに』
なんていったら、ふざけてちゃんづけされてそのまま呼称となってしまったのである。
「ユキには私から言っとくわ。化学なんてめんどくさいからさぼっちゃえ」
「いいんですか?」
悪戯っぽく深空先生は笑う。いわく、彼女も化学は嫌いなんだとか。イオンや電気分解のところが特に嫌いらしい。学生時代、相当苦労したそうだ。
もっとも、華苗たちがやっている化学はそこまで進んでいない。曲がりなりにも学校の教師である深空先生がそんなことを勧めるのはいささか問題ではあるのだが、頼子ちゃんも一人よりかは二人と一緒にいたほうが安心するから、というのがその理由らしい。
「どうせ着替える時間だってかかるし、今から出ても大して変わらないわ。せっかくなんだし、ね?」
体育のあとまっすぐ保健室に来たので三人ともジャージ姿だった。確かに今から着替えたりなんなりしていると、授業も後半からしか出られないだろう。
悪魔の誘惑に駆られて戸惑っている二人をよそににこにこ笑いながら深空先生は冷蔵庫のほうへと進んでいく。中から取り出したのは、華苗の握りこぶしくらいの小さなオレンジ色の──
「びわ、ですか」
「そう。昨日いいのをもらったのよ~」
深空先生はるんるんと鼻歌を歌いながら取り出した果物ナイフでびわの皮を丁寧に剥く。なかなか手先が器用なようで、あっという間に十はあったはずのびわの皮は剥けてしまった。
「さ、めしあがれ」
「いいんですか?」
「いいのよ。名目上は頼子ちゃんのためだもの。貧血には果物でも食べて栄養を取るのが一番だと私は思っているわ。びわには栄養がいっぱいあるし、いろんな効能があるのよ? もちろん、他の人にはナイショね?」
ぱっちりとウィンクしてくるあたり、深空先生もすこし子供っぽいところがある。これだけ愛嬌があって彼氏なしの独身だというから世の中わからない。
いつの間にか用意されていたつまようじを華苗はびわの中央にぷすりと刺す。半分くらいのところで種にこつんと当たるのが分かった。軟らかすぎず、硬すぎず。理想的な硬さだ。
「おお……」
ようじがすっぽ抜けないように慎重に口へと運ぶ。びわ独特の甘い香りが華苗の鼻腔をくすぐった。静かに歯をつきたて、ゆっくりと食いこませる。途端に果汁が華苗の口の中へとあふれだした。
「おいしい!」
「……っ!」
「おいひぃ……」
上から順番に華苗、清水、よっちゃんだ。
華苗は小学校の頃給食でびわを食べたことがあるが、それとは比べ物にならない。よく冷えたびわは体育のあとでほてった体には嬉しいし、とても甘いがしつこくはない自然界特有の甘さ、そしてびわの歯触り舌触りの全てが完璧だった。
これほどの感動は初めて楠の作ったイチゴを食べたとき以来だろうか。たまたま訪れた保健室でこれほどのものを食べられるとは華苗は思ってもいなかった。
「おいしいでしょ? 今年最初のびわなんだって。ちょっと収穫には早かったらしいんだけど、いっぱいできるだろうからっていわれてもらっちゃった」
「お、おいしいなんてものじゃないですよ! こんなのどんなお店にも売ってないだろうし、いままで食べた中で一番ですって!」
「そんなに喜んでくれると先生もうれしいわぁ」
のほほんと深空先生は笑っている。笑いながらも、自分もびわを食べていた。どうやら病人に食べさせることで自分にも食べる口実が出来るらしく、喜々として頬張っている。本当に幸せそうだった。
清水の言うとおり、このびわは普通のびわのレベルを超えている。いったいどこから入手したのか華苗はとても気になった……が、すこしだけ心当たりがある。
なお、よっちゃんはすでに二個目に突入していた。顔色も先ほどよりもはるかによくなっている。
「先生、このびわ誰からもらったんですか? よろしければ教えてもらえると……」
「ん、私が顧問してる部活の生徒」
「え、先生顧問やってたんですか!?」
「そりゃあね。まぁ、名前を貸しているだけに近いんだけど……」
「それで、どこなんです?」
「園芸部」
深空先生が言うと同時によっちゃんと清水が華苗をじっと見た。純粋な驚きの表情に染まっている。その目は説明しろよ、と語っていた。
対する華苗は自分のわずかな予想が当たったことに清水やよっちゃん以上に驚いていた。だが、楠からは顧問がいるなんて話は聞いていないし、そもそも部活中に顧問のこの字も聞いていない。
いや、考えてみれば部活動には顧問が必要なはずではあるのだが、今までそういったものの必要性を感じたことは全くなかったのだ。なんだかんだで月ごとの活動報告書なども楠が全部やっているし、活動内容の指導もまったく必要ないのだから。
「あら、どうしたの?」
「その、私も園芸部なんです」
まぁ、と深空先生は笑った。深空先生のほうも華苗が園芸部であったことを知らなかったらしい。
「楠くんから女の子が一人入ったって聞いてたけど、華苗ちゃんだったのね!」
「あの、やっぱりそのびわ、楠先輩から……ですよね」
「もちろん。顧問になってくれたからって、ちょくちょくいろいろ持ってきてくれるのよ」
「昨日って言ってましたよね、それもってきたの」
華苗の記憶ではびわをあの畑で見たことはなかった。
昨日は確かイチゴ、トマトの収穫と畑の草むしりをしたはずだ。最近実の付きが悪くなってきたからなにか新しい果物を植えようか、なんてことを話したのも覚えている。
ただ、さすがに楠といえど数時間で成長させきることはできないから、やはり以前からどこかで栽培していたのだろう。華苗の勘ではここ一週間の間だ。
「……そのびわも、そういうことなの?」
「うん。私はみていない」
「え、なになに、どういうこと?」
華苗とよっちゃんの短い会話についていけない清水。そういえば、と華苗は思い出す。清水にはまだ園芸部の不思議なところを話していなかった。
「まぁ、おいしいのならなんでもいいじゃない? 不思議ではあるけれど、先生もけっこう楽しみにしてるのよ~♪」
びわの苗を選ぶときに注意するポイントがある。幹が太く関節が詰まっていて、葉っぱが大きいかどうかだ。
節くれのような元柔道家の老人の手、といえば少し想像しやすいだろうか。あくまでイメージであるが、とにかくそういうものだ。
さて、選んだ苗は水はけのよい場所に植えなくてはならない。びわは乾燥には強いものの、湿気にはあまり強くないからだ。
ある程度の大きさの穴を掘り、腐葉土などを混ぜて埋め戻し、そこにさらに土をかぶせれば植え付けは終了だ。
乾燥に強いため、よほどのことがない限りそれ以降は水やりは不要、さらに病気の類にもなかなか強いので、育てるのはなかなか楽である。
さて、その後は普通の果樹とだいたい同じだ。余分な枝を剪定し、実が多すぎるようなら間引きし、おいしい実が出来るのを待てばよい。
美しい木肌……そこに芳香を放つオレンジ色の瑞々しい果実がなったら収穫だ。
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
「…基本的にびわは育てるのは簡単だからな。まごころをこめれば、応えてくれるんだ」
楠の言葉を言い換えると間引きはしていない、ということになる。楠は剪定は平気でやるくせに間引きだけはあまりやりたがらないのだ。
普通は間引きをしないと実の一つ一つに栄養がいきわたらずあまり大きくならなかったり甘くならなかったりする。
ところが、まぁ、楠が育てたものに関しては例外だ。例のまごころとやらは今回もいかんなくその仕事を果たしたらしく、大きくて瑞々く、そしてうっとりするような芳香を放つオレンジ色のびわが華苗の前で鈴なりになっていた。
今回もまた、豊作である。
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
「また、私がいないときにやったんですね」
「…しょうがないだろう。剪定は見た目以上に危ないんだ」
前回の梅で分かったことであるが、楠は基本的に剪定を華苗の前ではやりたがらない。枝を切るということは当然鋭い枝が下に落ちるということであり、それが華苗に引っ掛かりでもしたら大変だ、というのが楠の考えだ。
実際それで思わぬ怪我をすることはあるが、華苗からしてみればそこまで心配するほどのことではなかった。
「次の果樹は一緒にやりましょうよ。私だってそこまで子供じゃありませんし」
「…木を甘く見るな。そう思っている奴が一番危ない」
「いいじゃないですか、減るもんじゃないし」
いくらかごねた華苗だったが、うまく説得できるとは本人も思っていない。楠は頑固だ。
「…今日の働き次第では考えないこともない」
「……マジですか?」
「…俺は嘘はいわない」
意外とあっさりと通ってしまったことに喜ぶ華苗だったが、次の瞬間には気持ちが切り替わる。あの楠が考えを改めてくれるほどの仕事とは一体どれだけのことなのだろうか。頭の隅にカッターのチキチキという音と薄暗い小屋の木の香りがよぎる。
「…目標は籠二つ分だ。一つはお菓子部に、半分はそれぞれ保健室とじいさんとこだ」
「あ、意外と少ないですね」
籠二つ分程度ならいくらびわそのものの大きさが大したことないとはいえすぐに終わるだろう。ひょっとすると今までで一番楽な仕事ではないだろうか。
「…下のほうなら、お前でも採れるだろう? なんなら、脚立を小屋から持ってきてもいい」
楠の言うとおり、華苗でも届きそうな場所にたわわに実ったびわがある。というか、たわわに実りすぎて枝が重さに耐えられないようだった。
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
【写真提供:谷川山(枯葉山)さん】
「…ああ、それと少し葉っぱも採っておいてくれ。詳しくは俺も知らんが、茶や酒、風呂にも使えるらしい」
「へぇ。便利なんですね」
「…当然、しかるべき処置を施した後だがな。生で食べるんじゃないぞ」
「たべませんってば!」
ぐだぐたと駄弁りながらも楠はひょいひょいと木に登ってびわを収穫していく。一応このびわはここにおいて数日もたっていないはずだが、ガタイのいい楠を乗せてもびくともしない頼もしさがあった。つくづくまごころの力は偉大である。
「ほいほい……っと」
華苗のほうも手際よくびわをもぎ取っていく。ちょうど華苗の手でいい感じに握れるくらいの大きさで、何も考えずつかんで手首を利かせるだけで簡単に収穫できた。よく熟れているからだろうか、自分でもびっくりするくらい簡単に収穫できる。
ふんふん、と鼻歌を歌いながらどんどん収穫していく。籠が半分以上埋まったくらいのところで華苗はちょっと離れたびわに上っている楠に声をかけた。
「そういえば先輩。今日保健室でびわをいただいたんですけど、なんでまたあんないっぱいとどけたんですか? さすがにあれ深空先生だけでは食べきれませんよ」
そう、実はちょっとだけ見えてしまったのだが、保健室の冷蔵庫の中身は半分近くがびわだった。本来保健室の冷蔵庫に何が入っているかは知らないが、果物が半分を占めるなんてことはないだろう。それともまさか、深空先生が大食いだとでもいうのだろうか。
「…ああ、あれは保健室にきた生徒用だ」
「はい?」
「…だから、生徒用だ。どうせお前もナイショ、なんて言われてもらわなかったか?」
「まぁ、そうですけど……」
「…ナイショだなんていってるが、知らない人間はこの学校にはいないぞ。保健室にいった生徒はみんな貰ってる」
というのも、もともと楠は具合の悪い生徒に食べてもらうために果物を持っていっているらしい。保健室の仕事が少しでも楽になるように、という思いがあるのも確かだが、先生に渡す分はあくまでおまけだ。
なんだかんだで女の人は甘い物が好きだ。そして保健室勤務はハードだ。甘い果物でもあれば、少しはリラックスできるだろう、ということなのだろう。
「…いつも世話になっているんだ。ちょっとくらい食べても問題あるまい」
いっぱいあるしいくらでも追加できるとはいえ、つまみぐいしすぎないように、と毎回念を押してはいるが、深空先生が生徒の分まで食べたことは一度もない。
ごくわずかな生徒にしか知られていないことだが、彼女が一緒に果物を食べるのは生徒に変な遠慮をさせないためである。
「…それに、やはり病人には果物だからな」
最初に持っていったのはリンゴだったそうだ。体調が悪い時はリンゴだろう、という独断と偏見だったのだが、これがなかなか効果があったらしく、具合が悪い生徒はこれを食べればだいたい元気になったらしい。
付添の生徒だって食べられるものだから、だいたいどこのクラスも保健委員は人気だ。具合が悪くなった生徒の付添もジャンケンしてまで争うそうだ。
ただ、先生もあまり大人数でおしかけるとこまるだろうから、付添は二人まで、というのがこの学校の、というか生徒の暗黙の了解となっているらしい。
もともと感じのいい先生だし、ナイショといって果物を出してくれるものだから、華苗が思っている以上に校内での人気は絶大だ。
出してくれる果物もとびきりおいしいうえ、季節ごとの逸品が出てくるため、季節の変わり目は体調を崩しやすいこともあって意図的に風邪を引こうとする猛者もいるのだとか。
「理由はわかりましたけど、それにしたって多すぎじゃありません?」
「…多い分には困らないだろ?」
「……ですね」
病人が大量の果物を食べるとは思えなかったが、やさしい華苗は黙ってあげることにした。
「…人はみな具合が悪い時は気持ちも弱くなりがちだ。そんなときに、俺の作った果物が少しでも励みになるんだ。悪い話じゃ、ないだろう?」
下から見ていた華苗には楠の表情はよく見えなかったが、きっといいカオをしていたことだろう。自分の作ったもので人を元気づけるということは華苗にはまだできないことだが、それの素晴らしさはなんとなくわかる。
貧血で倒れたよっちゃんはびわを食べた後からみるみる元気になったし、それを見ていた深空先生も、清水も、もちろん華苗もうれしくなった。
「うれしい、か……」
楠は毎回そんなことを考えているのだろうか。それらの果たす役割を考えて育て、収穫し、届けているのだろうか。
そう思うと、楠の言うまごころが、ちょっとだけ信じられるようになった
華苗であった。
20150501 文法、形式を含めた改稿。
20150620 挿絵挿入




