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楠先輩の不思議な園芸部  作者: ひょうたんふくろう
楠先輩の不思議な園芸部
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9 文化研究部のおじいちゃん

「大変だったね……」


「はい……」


「…少なめなんだがな、あれでも」


 やたら疲れた顔をしてぐったりしている華苗と青梅。対照的に楠はやっぱりというか、表情の変化はない。リヤカーを押していたのは楠なので、一番動いていたはずなのに、いつも通りの表情だ。


 なんやかんやで一回で持って来れたのは僥倖だが、たった一回でここまで体力を使うとは思ってもいなかったのだろう。華苗も青梅も、もう立てそうにない。


「…だいじょぶか、二人とも」


「だいじょぶそうに、見えますか?」


 リヤカーにはあふれ出るほどに野菜が積まれている。これだけあればしばらくは野菜使い放題だろう。調理部としてもその分の予算を別のことに使えるため、本来ならうれしいはずだ。野菜はわりと量が必要だし、最近は値上がりしていて部費からだすととんでもないことになる。


「楠くん、私、気づきたくないことに気付いちゃった」


「…なんです?」


 青梅の顔色は悪い。口ぶりから、それが肉体的な疲労だけが原因でないのは明らかだ。


「このままじゃ、梅、使えない」


 梅を材料として作る料理はだいたいの場合、青梅を直接扱うのではなく、青梅を漬けてから、すなわち梅干しとして完成させてから使う。つまり、収穫したてのこの状態ではまだ食材とは言い難いのだ。


「…漬けられなかったですか」


「うん……」


 青梅は梅の調理方法を知っていたが、梅のつけ方までは知らなかった。それに、調理部に梅をつけるための道具があるわけでもない。そもそも、ただの一介の調理部の高校生が梅のつけ方を知っているほうが珍しい。


「楠くん、梅の漬け方、しってる?」


「…知らないわけではないですが、詳しいことは……」


「そっか……」


 青梅が見るからに残念そうな顔をする。せっかく楠にムリをいって植えてもらった梅が無駄になるかもしれないのだ。楠ならば不可抗力なので気にしないと考えられるが、これだけたくさんのものを無駄にしてしまうのは青梅自身、よくは思えなかった。


 なにより、青梅が楠に梅を植えるよう頼んだのには理由がある。自分の名前の木を植えてもらいたかったこと、そして楠が手掛けた梅を使っておにぎりを作り、それをなんとしてでも楠に食べてもらいたかったのだ。


 きっとすばらしいおにぎりが出来るだろうと青梅は思っていた……いや、確信している。だってそこには愛情をたっぷり込めるのだから。


「──そして、お昼休み。あの梅の木の下で私が作ったおにぎりをほおばる楠君にこういうの。


 『楠くん、ご飯粒ついてるよ。ほらっ』 

 『…ありがとう、渚』

 『やっと名前で呼んでくれた……』 


 きゃぁぁ、もう、考えるだけでぇぇぇぇ……!」


「青梅センパーイ、もどってきてくださーい」


 どうも青梅には妄想癖があるらしい。華苗がまじまじと見ているのにもかかわらず、自分の世界に入ってしまっていた。


 楠本人の前でそういうことをしているのも問題かもしれないが、楠は全然気にしていない、というか青梅のことを見もせずに解決策を模索しているようだ。


「…お菓子部に梅のつけ方を知っているのはいるだろうか?」


「いや、流石にいないでしょう。梅のお菓子の作り方ならともかく。なんかこう、漬けもの部とかないんですか、ここ?」


「華苗ちゃん、流石にそれは……」


 さらっと復活した青梅が紛れ込んできた。学校テロ対策部やゾンビ対策部があるからもしやと華苗は思ったのだが、さすがにそれはないらしい。


「先生方にそういう趣味を持っている人はいないんですかね?」


「…ウチの先生方は基本的に食べるの専門だ」


 食べるの専門だ、と言い切るということはつまりは食べられたことがあるのだろう。楠の野菜を食べたことがある人間は意外と多いのかもしれない。


「…弱ったな」


「食べ物系の部活って園芸とお菓子と調理、あと茶道が入るか入らないかってくらいだもんね、ここ。他はいろんなのがあるのに……あ!」


「なにか思いついたんですか?」


 まさに名案を閃いた、という顔で青梅が宣言する。自身ありげな様子を見れば、その考えに自信を持っていることが分かる。


「おじーちゃんに頼めばいいんだ!」


「おじーちゃん?」


「…その手があったか」


 おじーちゃんならきっと梅をつけてくれるよ、と笑顔で青梅は言う。楠も頷いているところをみると、青梅の考えは正しいのだろう。というか楠は青梅の祖父とあったことがあったのかと華苗は他人事ながらに思った。


 同時に、自分だったら可愛い孫娘をこいつだけにはやらないとも思う。もし将来、孫がこんなトーヘンボクを連れてきたらその場で考え直せというに違いない。


「でも、この梅全部青梅先輩のおじいさんのとこまで持ってくんですか? 家がどちらにあるのかは知りませんが、大変なのでは?」


「…何を言っている。青梅先輩のお祖父さんじゃない」


「ああ、華苗ちゃんはまだ知らないんだよ。ウチのおじーちゃんじゃなくて、この学校のおじーちゃん」


「ああ、用務員さんとか?」


「…この学校には用務員さんはいない。用務員の仕事は各部活が分担して担当している」


 じゃあ誰ですか、と華苗が聞く前に楠は梅が入った大きなかごを背負う。そのまま黙ってすたすたと行ってしまった。相変わらずである。


 呆然とする華苗に対して青梅は笑いかけた。


「華苗ちゃんもいこ? 文化研究部のおじーちゃんのとこに!」





 園島西高校にある珍しい部活の一つに文化研究部というものがある。活動内容はそのまま文化研究であり、主に日本文化、特に日本の古い生活や慣習について研究している。


 部員数わずか二人という小さい部活だが、その活動はなかなか幅広い。蚕を飼って絹糸を作ってみたり、伝統技能の習得を目指したり。被服部に混じって昔ながらの和装──甚平やちゃんちゃんこを作ってみたり、お菓子部に混じって飴細工や月見団子を作ったこともある。


 サッカー部のリフティング練習に蹴鞠を使って参加したり、たしなみとして“道”の精神を学ぶために、柔道部の練習に混じることさえある。


 日本文化だったらとりあえずなんでも実践しようという理念の部活であり、運動部と活動を共にすることも多いが、れっきとした文化部なのだ。


 活動内容は校内だけにとどまらず、長期休暇の際には紙芝居を持って公園に繰り出し、練り飴を子供たちに配ることもあるそうだ。夏の夜に町内の祭りで太鼓を叩いたこともあるらしい。


 園島西高校は部活同士の横のつながりがかなり広いが、この文化研究部はそれに加えて外とのつながりもかなりあるということだ。校外での活動が評価されて地域新聞に特集されたこともあったというから驚きだ。


「その文化研究部におじーちゃんはいるの!」


 文化研究部のおじーちゃんならば梅干しのつけ方の一つや二つ、知らないわけがないというのが青梅の考えだった。梅干しだって立派な日本文化なのだから。


「なんか昔のこととかいっぱい知ってて。日本史の先生よりも詳しいんだ」


 さて、そんな文化研究部だが園芸部と同じく部活棟に専用の部室はない。人数の少ない部活は一つの部室を貰えるわけではなく、互いに共有の部室を使うことになっている。基本的には荷物置きくらいしか使えない。


 大きな部活、たとえばサッカー部だったらミーティングくらいはできる。部屋の大きさは変わらないのだが、部活が盛んな園島西高校には細々といろんな部活があるため、共有部室のスペースもそんなにないのだ。


 しかし園芸部と同じく、文化研究部には独自のスペースがあった。


「なんですかここ」


「…ここが文化研究部の本拠だ」


 園芸部の畑の反対側。体育館を挟んだ北のほうだ。


 華苗の後方には体育館の緑色の屋根がちらちら見えるが、園芸部の畑と同じくらい見通しが悪い。空間はあるのだが、そこ以外の周囲がひどく見ずらい。そんな場所にそれはあった。


「昔の……おうち?」


 京都の家みたい、というのが華苗の第一印象だ。さもなければ江戸時代の家、いやどちらかというと鎌倉時代だろうか。


 茅葺の昔ながらの家で、正面の戸が開いている。テレビで見た昔ながらの駄菓子屋さんのような造りをしていて、ちゃんちゃんこ姿のおばあちゃんが出てきてもおかしくないような雰囲気だ。


 ちょっと離れたところには東屋があり、ここだけ時代を切り取ったような場所だった。


「え、本物ですよねこれ」


「…じいさんは、これじゃなきゃ落ち着かないといってたな。中には畳も引いてあるぞ」


 見れば見るほど和風な家である。広さもなかなかのものだ。これ一つを部室として使っているというのは、なかなかすごいことなのではあるまいか。


「…もともとここは敷地内とはいえ手の付いていないただの荒れ地でな。別に学校側も特に必要なかったらしく、使用許可は簡単に降りたそうだ」


「それで、おじーちゃんは自分で土地を均してこれを建てたんだって。まさか家を建てるなんて学校も思ってなかったみたいで、ここの実態を知っているのは一部の先生だけらしいよ」


 たしかにやや荒っぽい造りとはいえ、一人でこれを作るのはさぞや大変だったことだろう。というか、家を作ったということだけで華苗にとっては衝撃だ。とても普通の高校生が部活でやることではない。


 もっとも、この文化研究部は園芸部と同じくかなり特殊な部類であることを華苗はまだ知らない。


 ……そもそも園島西に一般的な意味で完全に普通の部活というものはほとんど存在しないのだが、これもやっぱり華苗はまだ知らない。


「…園芸部の物置小屋と鶏小屋、あれはじいさんに手伝って貰って作ったものだ」


「うそぉ」


「…本当だ。土地を均して畑は作れたのだが、小屋ばっかりはどうしようもなくてな」


「そうそう。いきなり大男が『小屋の作り方を教えてくれ』なんていうからびっくりしちまったねェ。しかも一年坊ときたもんだ」


「ひゃっ!」


 いつのまにやら、華苗の後ろに人が立っていた。


 丸い眼鏡をかけた、白髪の人物だ。深い紺色の甚平を着ている。身長は秋山と同じくらいだろうか。やや猫背でちょっとわかりずらい。


 男の人にしては高く、女の人にしては低い声。顔立ちもまた、男のようにも女のようにも見えた。単純に顔の輪郭だけで判断するのなら女のほうに近い。


 やや丸い顔の輪郭に沿うようにさらっとした白髪が垂れており、男でも女でも通用する髪型だ。優しそうに細められた目からは好々爺の雰囲気を感じ取ることが出来る。


 白髪の割には顔に皺はない。が、どこか老練とした空気がある。おじいさんというよりも、華苗の中では男装したきれいなおばあさんという印象が強かった。どこかの漫画でこんな感じの人物を見た気がした。


「楠に渚ちゃんに……園芸部の新入りかね? 麦わら帽がよぉく似合っとる」


「あ、おじーちゃん、ちょっとお願いがあるの!」


「はいな。どうしたんだい?」


「…梅を漬けてほしい」


「なぁんだそんなこと。お安い御用さ。ま、ちょっと上がっていきんさい」


 そう言ってにこにこ笑いながら“部室”に入っていく“おじーちゃん”を見て華苗は思う。このおじーちゃんはもしかしたら楠よりも特殊な人間なのかもしれないと。




「ほぅほぅ、それで梅をねェ……」


 通されたのは十畳くらいの大きな和室。畳はもちろん、ふすまに障子、ちゃぶ台なんかも完備している由緒正しい日本家屋だ。田舎の母方の親戚の家に何だったかの用事でついていったとき、こんな感じの部屋に通されたことを華苗は覚えている。木の匂い、畳のいぐさの匂い、そしてお線香のようなの匂いがほのかにした。


「すまんね、ジュースは今はおいてないんだ」


 華苗たちの目の前にはほわんと湯気をあげている湯のみがあった。中は当然緑茶である。目の前のおじーちゃんが優雅な手つきであっという間に入れてしまったのだ。


 聞けば、この湯のみも手作りらしい。ちょっと熱かったので華苗はまだそんなに飲んでいないが、あまり苦くなく、ほのかに甘くて飲みやすかった。


 ふうふう、と華苗が必死にお茶を冷ましている間に、楠たちは手早く話を詰めていく。


「漬けるかわりと言っちゃなんだけど、私にも少し分けてくれないかね?」


「もちろん! おじーちゃん好きそうだもんね」


「…まだまだいっぱい採れるでしょうし、数には余裕があります」


 両手で湯呑を持ってお茶を飲むおじーちゃんにはある種の貫録があった。なんというか、その行為に慣れている。両手で持っているのは華苗も青梅も一緒だが、この二人の場合は女子特有の可愛らしさがあった。


「で、楠先輩。こちらのおじいちゃんは一体どういった方なんですか?」


 話もまとまったらしいので、華苗は気になっていたことに触れてみる。


 目の前でお茶を飲むおじいちゃんは生徒には見えない。が、教師にも見えない。OBのような人というのが一番しっくり来る気もするが、それもどこか違うように見える。


 楠は腰をぴんと伸ばし、親戚の人が偉い人を紹介するように話し出す。


「…こちらの方は神家さんという。この文化研究部の部長だ」


「はいな、神家かみや しのぶです。これでもここの三年だから、渚ちゃんとは同級生だね」


「この学校でおじーちゃんとかその類の単語はおじーちゃんのことを指すから、間違えないようにね」


「え、あ、はい」


 まさかの文化研究部部長であった。しかも同年代から、というか学校全体からおじいちゃん呼ばわりだ。


 たしかに真っ白な髪とその雰囲気からおじいちゃんと呼ばれていることに違和感はないのだが、本人はそれでいいのだろうか。


「あの、失礼ですが、おじいちゃんって……」


「ああ、アダナみたいなもんさ。神家って発音はちょっと言いにくいし、忍だからしーちゃんとかしんちゃんとか、じんちゃんって呼ばれてたんだが、いつのまにかなまってじーちゃんって呼ばれていてねェ」


「…実際のところ、俺も名前で呼ばれているところは聞いたことがない」


「若白髪の家系でもあったし、いよいよじーちゃんになっちまったわけさ」


「おじーちゃんとかじいさまとか、そっち系で呼ばれているよね、いつも」


 家系で本当の老人のように白髪になるものなのだろうかと華苗は思う。けらけらと笑っているところをみると、そう呼ばれるのもまんざらでもないらしい。


 たしかに、先輩というよりかはおじいちゃんだろう。先輩であったとしても、高校じゃなくて人生の先輩というやつだ。


「…ものすごく頼りになる人でな。勉強でも生活でも、とりあえず何か困ったらじいさんに助言を求めればなんとかなる」


「これでも知恵袋にゃ、それなりに詰まってるからねェ」


 口癖だろうか、おじいちゃんの語尾は老人独特のイントネーションで伸ばすように上がっている。華苗の母方の親戚のおじいちゃんとそっくりだった。


 別に声がしわがれているというわけではないのだが、声だけ聞けば完全におじいちゃんだ。


「そういえば、今日はおじーちゃんなにしてたの? 佐藤くんもいないみたいだし……」


「別にヒマしてたとこさね。夢一はちょっと用事があって出とるよ。そっちには顔出してないのかい?」


「こっちも最近少なめかな。その分一生懸命にやってるけど」


「…あいつも忙しいんでしょう」


 聞けば、夢一とはもう一人の文化研究部らしい。それどころか、調理部、お菓子部も兼部しているそうだ。楠とも同じクラスで一年生からの付き合いであり、親友と呼べる間柄だとのこと。


「…最近海外にいた親戚の子を預かったとか言ってたしな。一人暮らしでもあったし、いろいろあるんだろう」


 もともとはお菓子部所属だったが、ある日突然調理部、そして文化研究部に入部したらしい。調理部に入ったのは料理の腕をあげるためだったと本人は語っているそうだ。調理部にしろお菓子部にしろ女子ばっかりの部活にたった一人の男子のだから、かなり目立っているとのこと。


 なお、文化研究部に入った理由は楠達は知らないらしい。おじいちゃんは知っているそうだが、のらりくらりとはぐらかされ続けるうちに聞く気も失せたようだ。


「そういや、楠のほうはどうなんだね? 何か新しいのできたりしてないかい?」


「…今年はトマトとイチゴ、玉ねぎにキャベツが少しというところです」


「アサガオの種は?」


「…もう処理済みです。どうぞ」


 そう言って楠が渡したのは見覚えのある小さな封筒だった。


「げっ……!」


「どしたの、華苗ちゃん?」


 途端に華苗の顔色が悪くなる。ざらざらとした音、封筒の色味を見ただけであの地獄のような二日間がよみがえり、華苗の気分をどこまでも陰鬱とさせた。


 たった二日の話ではあるが、二日で終わったのは奇跡のように思える。


「今年もいい花咲くかねェ」


 嬉しそうに封筒を受け取ったおじいちゃんは目を細めて笑う。どうやら彼もアサガオの愛好家のようだった。


 種の処理は嫌だが、おじいちゃんはどんなアサガオを咲かせるのか、少し見てみたいと華苗が感じてしまったのはなぜだろうか。その答えはおそらく、誰にもわからない。





「梅はできたら調理部に持ってくよ。あと、お菓子部も欲しがるだろうからもっと多めに持ってきてもらってもいいかい? 楠の分は渚ちゃんからわたしといてくれ」


「…わかりました。またもってきます」


「うん、よろしくねおじーちゃん」


「華苗ちゃんも、またいつでも遊びに来るといいさね。お菓子をたんと用意しておくからねェ」


 にこにこと笑うおじいちゃんが帰り際に渡してくれたのは、ひもの付いた三角錐の飴とラムネ、それとオレンジの箱に入ったキャラメルだった。


 どれも昔ながらの駄菓子屋でしか買えなさそうな奴であり、コンビニなんかでみられるようなものじゃない。ちなみに楠はかみごたえのありそうなスルメ、青梅は木べらの付いた練り飴だ。


「こんなにもらっちゃってよかったんですかね」


「おじーちゃんとこ行くと、毎回何か貰うよ」


 畑への帰り道でお菓子を頬張りながら青梅と並んで歩く。


 歩きながらころころとラムネを口の中で転がすと、しゅわっと溶けていくのが分かる。この感覚もずいぶん久しぶりだ。最後に食べたのは小学生のころだろうか。


 今ではおやつもポテトチップだとかチョコレートだとか、コンビニで買ったものを食べていることが多い。古き良きその味に、年寄りでもないのに華苗は無性に懐かしい気分になった。


「ほんとうにおじいちゃんなんですね、あのおじいちゃん」


 ひも付きの飴を食べるのは初めてだった。テレビでそういうものがあるということは知っていたが、なにせ今は売られているところがないのだから。


 ざらついた食感は独特で、口を切ってしまいそうになるが、ほのかで自然な甘味で、今まで食べていた飴がいかに薬臭かったのかを思い知る。


「この駄菓子も、文化研究の一環なんだって。去年の文化祭の時は駄菓子屋やってたよ」


 青梅の練り飴とキャラメルを分け合って食べる。とろっとした食感でちょっと食べにくいが、固形の飴とは違ったおいしさがあった。


 キャラメルもいいものなのか、あまりべたつかず、しつこすぎない甘味であり何個でも食べられそうだった。実際、もう半分近くが華苗のおなかの中へと消えている。


「…基本的には手作りだそうだが、どうやっているんだろうな」


 もごもごと力強くスルメを食べている楠はいつも以上におっさんくさい。そのままどこかに一杯ひっかけに行きそうな雰囲気である。


 キャラメルと交換で足を一本もらったが、なかなか歯ごたえがある。いい感じに顎が鍛えられそうだ。


「…誰も作っているところも、材料や容器を持っているところを見たことがないんだよな」


「……園芸部だけじゃないんですね」


「両方とも園島西ウチでは特殊な部類なのよ」


「へぇ」


 でもまぁ、と華苗は歩きながら考える。


 こういうおじいちゃんがいるのは、とても素敵なことなんじゃないかと。


 春の終わりの夕方近く。花と夏の香りが入り混じりつつあるなかで、形の違う三つの足跡が太陽の光に照らされていた。



20150501 文法、形式を含めた改稿。

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