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大和学園遊戯

虎次郎の日記

作者: 小林 谺

大和学園遊戯の外伝になります。

本編の微妙なネタバレがありますので、ご注意ください。

 我はネコである、一応。

 名前は虎次郎。

 4年前に道端でたまたま遭遇した一人の人間に拾われ、虎次郎と名付けられた。

 どういうネーミングセンスをしているのか疑問に思わないでもないが、理由はすぐに判明し、それをそのまま享受し現在に至る。



 がんがんと賑やかな音を立てて階段を上る音が聞こえる。

 今時、鉄製の階段などどうかと思うのだが「コレがいい」のだと言っていた。

 確かに、足音で帰宅が判別しやすくていいのだが。

 ばんっ、と勢いよくドアを全開まで開いて、そのまま靴を脱ぎ捨て―――。


「とーらーじろぉおおおおおっ!!!」


 我に向かってヘッドスライディングである。

 がっしりと掴まれ頬で擦り寄られる、死にはしないが、正直、かなり息苦しい。


「ううう、聞いてよー。あんの、馬鹿ぁああっ!!」


 目には涙、今日も何かあったらしい。

 3日に1度は同じ事を繰り返している気がするが…。


 この、情けない姿を曝け出しているのが、我の飼い主である。

 名は、久保(くぼ)春日(かすが)

 大和学園という国立の学校に通う生徒で、今年2年に進級した15歳の少女である。

 大和国は小国ながら、その強力な国力で持ってこれまで他国の侵略を赦した事がない。その筆頭に上げられるのが国の剣であり楯である大和騎士団だが、春日の通う大和学園はその騎士団の養成所も兼ねているのだ。

 厳選に厳選を重ねた上で選ばれた者だけが入学できる大和学園の生徒は将来を有望視されているエリート集団なのだが、普段の春日にその雰囲気は微塵もない。

 更に情けない事に、春日は―――。


夏月(かづき)先輩に近付くなーっ!!」


 耳元で声の限界にチャレンジするな。

 言う前に叫ばれたが、今年の2月頃から、その夏月先輩―― 水代(みなしろ)夏月――に、ご執心なのである。

 すぐに冷めるかと思っていたが、9ヶ月が過ぎようというのにその気配はない。

 むしろ、悪化している。

 これを情けないと言わずして、何と言おうか。

 水代夏月は、大和学園4年S組に所属し、来年はSS組入り確実といわれている、4学年のホープというか、将来騎士団長にもなれる器だとも言われている者だ。確かに、賢く、腕も良く、見た目も良く、人望も厚い。更に生徒だけでなく教師や現役の大和騎士団の団員からも信頼が厚いと言われており、性格に若干問題はあるらしいのだが、それを身近な人間以外には気付かせない辺り策士家としても有望――ではなく、確かに、そんな人間がいたら、恋焦がれる者も多いだろう。

 だが、しかしだ。

 言わずとも理解してもらえただろうか?

 水代夏月は、女である。

 そして、我の飼い主である春日も、女である。

 これを嘆かずして、何を嘆くと言うのか。

 いや、憧れるだけならまだいい。いいのだが…、どうにも春日はそれを軽く超えている気がする。

 過去4年、暮らしを共にした我の見立てでは。


『春日、いい加減その間違った思考をどうにかした方が良いと我は思うのだが』

「有り難う、虎次郎っ! 私の味方はお前だけだよーっ!!」


 してないぞ…。

 まあ、これも仕方ない事なのか。

 我の言葉は春日には通じていない、先ほどの科白も春日には「にゃぁにゃぁ」と鳴いてるだけにしか聞こえないのだから。

 はぁ…。これは一体どうしたら良いものか。

 誰かに相談する訳にもいかぬし、そもそもこの界隈で我と同種のモノはおらぬし、ネコに相談しても意味がない。春日の身近にいる者で我の言葉が通じるとなると―――――我が退治されかねんからな。

 “使い魔”であればそれもなかろうが、我と春日の間には契約などなく、当然主従関係がある訳でもない。

 あくまで、飼い主と飼い猫なのだ。

 我が素性を明かすなり何なりすればいいのだろうが、それはしたくないのだ。

 勘違いするな?

 別に疚しい訳ではない、ただ、今のこの関係を崩したくないだけだ。

 春日の事は気に入っている。優しいコだ、少々勘違いが激しい上に間違った方向へ進んでいるが。

 我がただのネコでないと春日が知れば、恐らく、その対応もわかるだろう。

 我はそれが嫌なのである。


「―――よし、ちょっと走ってくるっ!」


 急にがばっと上体を起こすと、気合いを入れて宣言した。

 我がシリアスに決めていたのに……。

 尤も、鍛錬は良い事だ。これから春日の周辺にも色々厄介事が舞い込んでくるだろうし―――。


「打倒、セキぃいいいいっ!!」


 違うだろ!!


「有り難うっ、虎次郎! うん、私頑張るよっ!!」


 だから、違うっ!!

 我の否定は、言葉が通じてないため春日の脳内で自動変換されてしまう。

 哀しいかな。

 正体を明かせず、言葉が通じないというのは、ここまで苦痛とは…。

 いや、それも、これまではさして気にならなかったのだが。

 此処1ヶ月で加速度的に悪化した夏月熱のお陰だ。正確には、その周辺に振って沸いた存在のせいであろうがな。


「じゃ、行って来るね! 虎次郎、良いコにしてるんだよーっ!!」


 いつの間に着替えた、春日…。

 エコーを残して、来た時と同じ勢いで部屋を後にした。

 一人残され、がっくりと頭を落とす。

 せめて、我の話を聞いて欲しい。

 だが、それが叶わぬ以上、さて、どうしたものか。

 今日も今日とて、我は頭を痛めるのであった。

14話時点で春日の名前は出てませんが、彼女の話はさらっと出てたりします。

虎次郎は割りとお気に入りのキャラで、彼の日記ネタは他にもあるので短くまとめられたら登場させたいと思っています。

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