The end fragment 「閉幕」
――――――白く染まった世界が徐々に色を取り戻す。
「ここは・・・?」
体を起こし辺りを見回すが、そこは見慣れた校庭でも、ましてや今まで俺が見たどこでもなかった。
黒くて巨大な門、ただそれだけがある空間。
その奥からは絶えず怨嗟のような呻き声が聞こえている。
それになんだか空気が重い。
「やあ、こんにちは。結城蓮くん。ようこそ、地獄の入口へ」
突然声がしたほうを見ると門の下に俺より少し年下くらいの少年?少女?・・・性別不詳の子供が立っていた。
鈴が鳴るような明るい声がこの空間とは不釣合いな印象を受けた。
というか今凄く不穏なワードが聞こえたんだが・・・。
「ここが、地獄・・・なのか?」
「の、入口。まだ中じゃないよ」
まあ、確かに雰囲気的にはそんな気がしないでもない。
でも・・・。
「地獄、か・・・」
つまり俺は死んだのか。でもそれより・・・。
「朝姫がどうなったか知らないか?」
今一番気になったことを尋ねてみる。こいつが知ってるはず無いと思うのだが。
しかし、帰ってきたのは意外な答えだった。
「霧島朝姫は生きてるよ、ちゃんと。それより、他に聞くことないの?何で自分が地獄に落ちたんだ~、とかそもそもお前は誰だ~、とか」
なんだろう、コイツ。
こんな場所でなんでこんな妙なテンションのやつがいるんだろう。
「そりゃ、この世界の地球上に生命が生まれた頃からずっとここにいるんだもん。低~いテンションでここに居たら気が滅入っちゃうんだよ」
今、俺は何も言ってなかったんだが。それに俺は『朝姫』とは言ったが苗字までは言ってないはずだ。
「大丈夫。別に地の文に見せかけて喋ってたみたいなオチじゃないから。ここはそういう場所なんだよ。思ってることが顔に出易いんだよ」
いや、そこまで詳細に顔には出ないだろう。
しかしそんな問答をやってる場合ではないので気になったことを尋ねてみる。
と言うかさっき訊いてほしかったらしいから、訊いてみる。
「お前は何者だ?」
「あれ、そっちなんだ。まあいいけど。・・・私は・・・地獄の門番。死人の管理が仕事。まあ、神話で言うところのヘルとか閻魔大王とか、そんなあたり。ついでにいうとあなたが覚醒した時に語りかけてたのも私。死に近くなって私の声が聞こえたんだよ」
たいそうな役職の割に、見た目は子供だな。
「この生意気な死人め・・・」
「そうやって怒ると、尚の事子供っぽいぞ」
「・・・仏の顔は、三度までだぞ?」
なんだろう、なんか、怖い。
一つ溜息をついてから、門番が話を仕切り直す。
「・・・ついでに言うと、あなたがここにいるのは悪いことをしたからじゃなくて、単に私と会わなきゃいけないことになってるからってだけ」
「会わなきゃいけないってどういう・・・」
「伝えなきゃいけないこととあなたの行く先を示さなきゃいけないから」
そう言って門番は俺から少し離れて背を向けた。
「あなたはこれからも生きなきゃ。世界を救ったんだから、生きる権利がある」
「そんな大げさな・・・」
「や、レーヴァテインは発動したら確実に世界を滅ぼしてた。そんな魔力があの土地に集まってたって言うのも厄介な話だけど」
たしかに・・・。あのゲームの参加者は俺が知ってる限り全員同じ学校の生徒だった。
「それはいいとして、アレを止めてくれたことにホントに感謝してる。だからあなたは、やっぱりこれからも生きなきゃ。これは人間の生死に関して全権を持つ私の意見。あとはあなたがそうしたいと言えば万事OK」
そう言って俺の顔を覗き込むその瞳は赤と青、左右で違う色をしていた。
俺の答えは・・・
「もちろん、生きて朝姫のそばにいたい」
「そっか。じゃあ・・・」
「でも」
「?」
突然逆接が入って不思議そうな顔をする門番。
「それなら、あのゲームで死んだ奴も、一緒に生き返らせて欲しい」
ただの我侭。でも、感謝してるならそれくらい叶えてくれたっていいじゃないか。
「まあ、インウィディアが張った結界の中で起きたことで実世界と繋がってないから別にいいけど・・・」
「そうか」
なら、いいや。
「じゃあ、あなたを含めて25人、犠牲になった人たちを生き返らせるね」
「いや、待て。26人だ」
「へ?」
「華蓮もあのゲームで死んだ」
「でも、あの子は・・・」
「もちろん力までそのままじゃなくて、出来れば制限するなり切り離すなり・・・」
「それなら、そのためにあなたは力を払える?そしたらもう魔法は使えないよ?」
なんだ。そんなこと。
「それだけでいいなら。それに魔法が無くたって今まで生きてこれたんだから大丈夫だ」
「・・・今まであった人間で、一番変わってるよ」
「そうか?」
「だって自分も含めてたくさんの人が死ななくちゃいけなくなったんだよ?その元凶を生き返らせるなんて」
「もちろん、ただ生き返らせるんじゃなくて、長い間かけて、償わせるよ。死んで償うなんて、迷惑かけられた側からしたら何もされてないわけだし。せめて全員に謝らせたい」
「・・・そう」
軽く目を閉じて黙考し、なんだかんだで納得してくれたようだ。
「後悔しても、このあとまた華蓮みたいなのが世界を滅ぼそうとしても、あなたはもう戦えないからね」
「ああ。そう何度も俺が守らなきゃいけないほど、世界だって弱くはないさ」
「ん」
黒い門の向かいに、白い門が現れる。
「じゃ、行ってらっしゃい。もう、戻ってこないでね?」
少し寂しそうな声がしたが振り返らないで手だけ振って門をくぐる。
こういう場所で振り返るのはタブーだからな、うん。
別に、またあいつと会えるのが嬉しくてちょっと涙が出そうになったとか、そんなことは、ないんだ。
―――《Epilogue》―――
目が覚めると、見慣れない白い天井があった。そこに、見慣れた顔もあった。
「蓮!?よかったぁ~!!」
ぼんやりしているところで朝姫に突然ダイブされ、何がなんだか分からなくなる。
「もうあれから二日も寝てて、もし蓮が起きなかったら私・・・」
ここは病院の個室らしい。しかも朝姫曰く俺、二日も寝てた・・・。
・・・まさか、夢オチ?
「そこまで世界は優しくないわよ」
出入り口のところから声がする。
見ると寝巻き姿の華蓮が立っていた。
「だいたい、あたしまで生き返らせるってどういうこと?ヘルは『生きて償えって言ってた』って言ってたけど」
ヘルって・・・。ああ、あの変な門番のことか。
ぽかんとした顔で朝姫が華蓮を見つめる。
「そのまんま。死んだら何も出来ない。だから生きて目に見える形で謝罪して償え。そうじゃなきゃ無責任だろ」
「それだけのためにあんたはただの人間になったのね」
「元々そうだったからな」
「・・・馬鹿じゃないの?」
「馬鹿で結構。とりあえず朝姫に謝れ。お前のせいで一番迷惑かかってたんだから」
「う・・・」
「いやいや、そもそもなんで華蓮がここにって言うか私の中にいないのって言うか」
朝姫は知らないのか、こうなった理由。
適当にかいつまんで説明するとなんか納得したんだかしてないんだか微妙な顔をされた。
「やっぱ、蓮って変わってる」
結局朝姫もその結論らしい。
「・・・朝姫、ごめん、今までずっと」
突然口を開いた華蓮。朝姫はしばらくキョトンとして彼女を見ていたが、突然笑い出した。
「今更過ぎよ、それ。だからずっと今まで迷惑かけられたことだし、これからは私が迷惑かけてやるんだから」
あー。華蓮、ご愁傷様。こいつが迷惑かけるとか言ったら途方もないぞ。
まあ、それも償いの内、か?
「朝姫に負けんなよ、華蓮」
彼女の《最後の言葉》を思い出して付け加える。
華蓮自身はその意味に気付いたらしく、顔を赤くしてそっぽを向いた。
「なによ?私が知らないうちになんか二人が親密になってる?」
なにやら勘違いした朝姫の追及にも、笑って返している。
勝つ負けるはともかく、二人は仲良くやっていけそうだな、と思った。
―――After the game―――
あれから二週間の間、ゲームに参加した俺たち27人は入院していた。
校内で原因不明の意識不明者が多数出ていた・・・ということになっているらしい。
結界がなくなったあとは校庭や校舎も綺麗になっていたそうだ。
それでもあの後あった藍莉や涼介(刀男)の記憶にはちゃんとあのゲームは残っていた。
入院してる最中、華蓮は彼らに謝りに行ったそうだ。
皆なんだかんだで許してくれたという。生きてるし、とかゲームみたいな経験が出来て面白かった、とか。
大らかというか、馬鹿ばっかりというか。
藍莉は一回殴ったらしい。華蓮は怪我したりはしていないようだったが・・・まあ、それくらい当然だろう。
でも今ではよく二人で仲良く喋っていたりする。不思議なもんだ。
退院後は華蓮も俺たちと同じ学校に通うことになった。朝姫の従姉妹、ということになっているらしい。
勉強は散々人にとり憑きまくってただけあって長生きしていたそうで、かなりできるらしい。
・・・出来ればテスト勉強とか、助けてもらおう。
それで、今日。ようやく退院できたわけだ。
あの事件で少しだけ変わったが、日常が帰ってきた。
病院の中でも朝姫に振り回され、華蓮にいじられるのを両手に花とか言って涼介や藍莉にからかわれ続けていて、魔法も世界も関係ない話で笑いあっていた。
いや、俺と朝姫、華蓮は魔法が使えなくなったけど涼介たちはまだ使える。だから藍莉なんかは怒らせるとかなり怖い。
華蓮も、使えなくなったといっても俺の力で抑えているだけだから、力自体はまだ彼女の中にある。
華蓮の人格と紅霊晶の欠片を切り離すことはあの地獄の門番の力ですら不可能だったらしい。
完全に封じ込めきれなかった副産物なんだが、俺と華蓮のどちらかが危険になったら二人とも一時的に解除されるという、安全装置付き。
結局封印も中途半端だし、あんまりいい方向に転がってないような・・・。
でも、そんな風に文句を言えるのだってあの日世界が滅びなかったからで。
「朝姫、華蓮」
二人と並んで登校していたら、不意になんかこみ上げてきて、つい二人の名前を呼んでしまった。
この光景も、あの日を乗り越えられたから存在している。
だからあの事件を、俺は悲劇だとは思わない。
あれが無かったら、華蓮がこうして人としてこの世界にいることも無かっただろうし、朝姫も何かを抱えたまま過ごしていただろう。
何より俺自身も、日常があると言うそれだけがこんなに大切なことだなんて、気付かなかった。
「なに?蓮?」
「どしたの?なんか急に改まって」
不思議そうにこっちを見た二人に、一言だけ。
「この世界、なかなか捨てたもんじゃないよな」
恥ずかしくなって見上げた空は、何処までも蒼く澄んでいた。
―――Fin




