レゾンデートル
僕の存在理由は、なんだろう。
それは、きっと無いと思う。
僕が存在していても、何も良いことはないから。
僕が生まれた理由は、なんだろう。
それは、きっと無いだろう。
僕は望まれて生まれたのではないし、周りを不幸にするばかりだから。
僕は、存在してはいけないんだ。僕がいなければ、きっと……全ての歯車が噛み合ったような、僕がいる今よりずっと素晴らしい世界なんだと思う。
そんなことを考えていた中学二年のある日、不思議なことが起きた。
その日、僕はいつも通り昼休みを教室で、黙々と本を読んでいた。
「なぁなぁ、あいつのいつも考えていること何だと思う?」
クラスの中心的人物になっている不良の真似をした眉毛の無い拓也が、六人の男女と円を作って喋っている。彼らは僕の方をチラチラ見ている。あいつとは、僕のことだと理解した。
「ほんと、なに考えているのか分からないから怖いねぇ〜。」
見た目からバカっぽい女子1が答えた。
「だからさ、あいつの本はエロ本だと思うんだ。」
「「えーー?」」
拓也の勝手な予想を信じる訳がないと僕は思っていた。すると、突然僕の本が取られた。犯人は拓也だ。
「うわっ!マジでエロ本だー!」
拓也はわざとらしく驚いていたが、あの本はファンタジー小説だ。信じるバカいる訳──────
「「拓也すごーい」」
女子1と女子2が騒いだ。
────信じるバカがいた。
「おい、コイツを今度から変態って呼ぼうぜ。」
「「賛成ー!」」
それからは、拓也達から「変態」と呼ばれ、学年全体から呼ばれるようになった。そして、もう嫌になり、願った。
「もう全て消えてしまえ!」
「────その願い……叶えよう……────」
低い声が頭に響くと、自分の部屋にいた僕は意識を失った。
気がつくと朝になっていた。ベッドに入らずに眠っていたようだ。
「ッ!」
僕は何かから弾かれるように、窓の外を見に行った。けれど、いつもと変わらずに、普通に人が歩いている。
「夢……か……」
教室に来ると、いつも通りクラスメイトが騒いでいた。
「あ、あの──君。」
僕が席に座ると、隣から名前を呼ばれた。
「どうしたの、桜さん?」
「えっと……大丈夫ですか?最近浮かない顔をしているので。」
彼女は華咲 桜。僕に唯一話しかけてくれる人だ。どうやら僕のことを心配しているらしい。
「ん?大丈夫大丈夫。」
「そうですか、良かった。」
笑顔を作って平気なフリをすると、彼女は安堵の息を漏らした。そして、桜は彼女の机に掛けた鞄から、一冊の本を差し出してきた。
「あの、これ……私の新作の小説です。」
「ありがとう、今度読むね。」
彼女はクラスメイトには秘密だが、実際に本を出版している作家だ。昨年たまたま彼女の本を読んでいて、桜から感想を聞かれたことから始まった関係である。
「良かったら、また感想を聞か──────」
突然だった。僕が彼女の本に触れた瞬間、パンと小さな風船が割れたみたいに呆気ない音と同時に、彼女は消えた。
「えっ────」
桜が消えたのに、クラスメイトは誰も気づかない。むしろ、最初からいなかったような感じだ。
「嘘だろ?」
それからは、色々な所でパンと呆気ない破裂音が繰り返し起こり、クラスメイトはいなくなった。
「────ッ!!」
教室から出て他のクラスを覗いても、誰もいない。ましてや、学校の外もだ。
「────誰も…………いない……────」
僕の両足は力を無くし、地面に膝をついた。そして、気がつくと周りの住宅も景色もなくなり、白い世界に僕はいた。
距離感が全然掴めない。
僕の足は地についているのか?
いや、地面と言えるものが無いのかもしれない。
妙な浮遊感を感じる。
どこが上で、どこが下なのか、どこが右で、どこが左なのか分からない。
ここはどこなんだろうな。
でも、ただ分かることは、僕一人しかいないということだ。
今も、これからも、死ぬまで僕一人だけ。
「僕が望んだのは、こんなのじゃない。」
僕は何もないこの世界から出ようとして、もがいた。
「僕がいた世界には、良い人だっている。僕という存在だけが、消えればいいんだ。」
言い終わった途端、僕の視界の先に黒い点が生じた。それはどんどん大きくなり、白い世界は黒に染まる。
「────その願い…………叶えよう……────」また低い声が頭に響く。すると、黒色が、闇が音もなく僕の手足にまとわりついてきた。手足は自由に動くけれど、闇に覆われて見えないのが、手足を蝕まれて失っていく恐怖が増していく。ついに闇は僕の首まで蝕み、意識が遠のいていく。
「ああああぁぁぁぁァァァァァ…………──────」
目が覚めると、僕は校門前に制服の姿で倒れていた。あれは、夢だったのか?
「うわっ!!」
突然車が来て目を瞑った。しばらくして、目を開けると車はすでに通り過ぎていた。この道を何人も僕の横を普通に通り過ぎて行く。
「あ、あの!今日は何日ですか?────ッ!?」
僕はあわてて傍の通行人に尋ねた。しかし、反応もなく、僕の体を通り過ぎて行った。試しに壁を蹴ってみる。
「痛い!」
壁には触れることが出来た。
教室に来てみると、授業中で僕の席に他の人が座っていた。
「1、2、3…………39。」
40あったはずの机が、一つ足りなかった。それよりも、誰も僕に気づかないことがおかしい。
僕が存在しなかった教室。
僕が存在しなかった家。
僕が存在しなかったこの町。
僕が存在しなかった世界。
誰もがいつもと変わらない生活を送っている。
情けなくて笑えてくる。
僕は誰にも、どこにも、必要とされていなかったんだ。
むしろ、いなかった方が良かったんだ。それが今、証明されたんだ。
でも、何だろう。
胸の奥がズキズキ痛む。
なんで、なんで彼女を見るとこんなに胸が痛むんだ。
僕がいた時と違って、今の桜は明らかに元気が無い。
休み時間になってもずっと独りだ。
「桜…………さん?」
まさか…………まさか?…………君は、君だけは僕を必要だと思うの、か?
「うぅ…………」
いきなり桜は頭を押さえて呻き始めた。そして、彼女の口から出た言葉は、
「──君。」
僕の名前だった。
その途端、ガラスの割れたような音がし、教室の景色が砕け散った。
「ここは…………」
気がつくと、また白い世界にいた。
今になって気がついたことがある。
どんな人でも、誰からも必要とされない人はいないんだ。僕もそうだ。
誰にだって存在理由はある。それが、今分からなくても、いつか理解する日がやって来るんだ。
とにかく今は、僕を必要とする人のところに戻ろう。
元の世界に帰ろう。
「おい、僕の願いを叶えた奴。僕を元に戻してくれ。」
「────その願い…………叶えよう……────」
僕は教室に着いたら、桜のところに行った。
「桜さん、ありがとう。」
「どうしたんですか、急に。」
「いや…………なんでもないよ。気にしないで。」
「なんか気になります。」
「なんでもないって!」
僕はもう迷わない。
僕は、僕の存在理由を探す。
読んでいただき、ありがとうございます。
これは僕、断歩の初投稿作品です。
この作品は
地味で取り柄のない自分に自問自答をしていたこと書きました(笑)
また次回作を読んでいただけると嬉しいです。
気軽に感想、または、アドバイスをください。
お願いします。