後編
しばらく決めかねていたようだが、結果、輝はついてきた。本当にそのへんで寝ていた教育係を直接触らないように起こして、話が終わったこと、輝が一緒に来ることになったことを伝えると、教育係はひとつ頷いてまた何か呟いた。すると何もないところから小さな小鳥が現れて、大空へと飛び立っていった。
「今、何したんだ?」
輝が目を丸くして尋ねた。
「我らの主様に客人が来ることを知らせたのさ。初歩の魔法だぞ、今まで見たことないのか?・・・まあいい、それはそうとあいつらはどうする?」
そう言って教育係はキラキラ集団を指さした。
「いざ帰ろうってときに騒がれても面倒だし、置いていってもいいんじゃない?あ、でも帰れなかった時のこと考えたら連れてった方がいいのかなあ。輝、どう?居たほうがいい?」
正直来て欲しくない。居心地悪いし。魔王様的にも来て欲しくないんじゃないかな。
輝はまた少し悩み、しかしはっきりと答えた。
「いや、どちらにしても俺はこいつらを裏切ることになる。どうせ別れるならここでも一緒だ。」
曖昧な態度をとっているとろくなことにならないって学んだしな、と自嘲するように笑う。なんだか妙に説得力のある言葉である。
それから私たちは魔王様のいる城に向かって出発した。追いかけられても困るのであの街の時間を動かすのは城に着いてからにした。交通手段?もちろん馬車に決まっている。歩いていくなんて非効率なことしていられない。輝は馬車に乗り込むときも後ろの街を気にしていた。やはり気まずい思いがあるのだろう。それとも未練か。私は気がついていないフリをした。
え?侍女を忘れてないかって?大丈夫。彼女は魔法の効かない私さえいなければ城まで一瞬で移動できるのだ。
移動中、私は輝がしてきた旅の様子を聞かせてもらうことにした。なんと輝は馬車に乗るのはこれが初めてらしい。いや私も2度目なのだけれども。
魔法で移動することは出来ないし、あの人数が同じ馬車に乗ることは出来ないし、二つに分けるのも警備上の問題で無理、ということでずっと徒歩で旅をしてきたそうな。
輝はこちらの世界で色々なものを見てきたらしい。その中には美しいものもあったし、豊かな生活を送っている現代日本では考えられないものもあったのだとか。
「色んなとこ回って色んなもの見られたのは素直に良かったと思うけどよー、魔物の討伐が目的とか言う割に全然魔物に出くわさなかったんだよなー。噂は沢山聞いたけど。実際に見たのが半年旅して3回ってどうよ?俺のこと恐れて隠れているのでしょうとか言われたけどな。勇者ならモンスターと沢山バトルすんだろうなと思ってたから拍子抜け。盗賊とか山賊に襲われる数の方が多いってどういうことだよ。」
適当に相槌をうちながら、私はその盗賊とか山賊がやったことが魔物の仕業ってことになってるんだろうな、と漠然と思っていた。
「しかもいつまでたっても魔王のところに行く気配がないし。今更だけどあいつら場所分かってなかったんじゃねえかな。見切り発車で旅に出されたと思ったら結構ムカツクな。」
輝の愚痴はまだまだ続く。勇者にも悩みは沢山あるんだなあ。きっと今まで周りの誰にも言えずに溜め込んでいたに違いない。前はこんなに口数多いほうじゃなかったと思うんだけどなあ。
「まあ雑魚キャラ退治をこなしてもないのにいきなりラスボスってのにも無理があるけどな。」
「・・・・・・・そうだね。」
これからそのラスボスのところに行く、と告げたらこいつはどうするんだろう。教育係が御者をしていてこの場に居なくて良かった。居たら絶対居た堪れない空気になる。
いつ打ち明けるべきだろうか。今のうちに言っておいたほうがいいだろうか。
「輝、あのね、」
「おい、着いたぞ。出てこい。」
いつの間に止まっていたのだろう。やっぱり今のうちに真実を打ち明けようと口を開いたとき、扉が開いた。
出鼻をくじかれ、ガックリしている私をよそに、輝は嬉々として馬車を降りた。その後をのろのろと追った私の前には、警戒体制の輝と、困った顔をした宰相さんと、ニヤニヤしている教育係、それと全くいつもどおりの魔王様がいた。
「おい!由奈!どういうことだよ!」
輝に怒鳴られる。怒りのオーラが目に見えるようだ。今までの短い間に何があったのかは大体予想がつく。何でここまで出てきているのかは謎だが、どうせ魔王様がまたいきなり「私は魔王だ」とか言ったのだろう。私は思わず頭を抱えた。
「あー、黙っててごめん。とりあえず危険はないことは保証するから中で落ち着いて話さない?」
誰が魔王の城なんかで!と輝は憤慨していたが、考えてもみなよ、魔法の効かない私たちにとって魔王城なんて世界で一番安全な場所だよ?何かあっても相手を無力化出来るんだよ?と言ったら渋々ながらも承諾した。疑いの目線が痛い。
話し合いのために用意したという部屋までの道のりで、輝はムスっとした顔のままでこそこそと話しかけてきた。
「おい由奈、お前俺に嘘ついたのかよ。」
「嘘なんてついてないよ。あの人が私を召喚したのも本当だし、元の世界に還せるってのも本当。ただ魔王様だって言うと輝の立場的にややこしいから言わなかっただけだよ。」
「誤解をわかってて言わないってのは嘘と同じだぞ。」
「あー、だからゴメンってば。この後ちゃんと宰相さんが説明してくれるからとりあえずそれ聞いて。向こうは輝に危害加えられないんだから大丈夫だって。」
いくら小声で話してもこの距離なら全く意味をなさないということに輝は気づいていないのだろうか。今の会話は一部始終が全員に筒抜けである。その証拠に前を歩く教育係の肩が笑いを堪えるように震えている。この笑い上戸め。
部屋に着いた。なんと和室だった。座布団が4枚しいてある。私と輝の向かいに机を挟んで魔王様と宰相さんが座り、ドア付近の壁に教育係と何時の間にか帰ってきていた侍女が立つ。どうでもいいけど和室に外開きのドアって違和感が・・・。
落ち着いたところで宰相さんが事情を話し出す。敬語というのが良かったのか輝の怒りは目に見えて収まり、話が進むに連れて顔に同情すら浮かぶようになった。
思っていたより受け入れが早いな、まああれだけ不満と疑問持ってたら当然かなー、と先ほどまで馬車の中で聞かされていた愚痴の数々を思い出す。
そうやってぼんやりしているうちに宰相さんの長い話が終わりそうになっていた。あ、魔王様また寝てる。緊張感ないなこの人は。輝はというと、くそ、あいつら皆で俺を騙しやがって!と怒りの方向をキラキラ集団とその黒幕に向けたようである。輝、なんか怒りっぽくなった気がするなあ。
「そういうことですので、私どもとしてはこのままそっとしておいていただけるならそれだけで十分なのです。」
宰相さんは話をそうやって締めくくった。私の出番はここからだ。魔王様が寝ているのも構わず話しかける。
「魔王様、輝は召喚されたときに還す方法はないって言われたらしいの。勇者だから特別なの?魔王様でも還せない?」
私も輝も真剣に魔王様を見つめる。寝ていたはずの魔王様はやっぱりちゃんと聞いていたようで、ゆっくりと目を開けて答えた。
「誰だろうが還すのは簡単だ。大体還せないはずがないのだ。相当力が足りないのでない限りな。」
「あ、足りなかったのかもな。そこの勇者くん、連絡の魔法見て驚いてたからなあ。あれすら出来ない魔術師しかいないってことだろ。」
教育係が文字通り横から口を出してきた。そうか、と魔王様がうなずく。
「まあ、還すのは問題ない。ルートは身体が覚えているからな。ただ、こちらに来た時と同じ場所、同じ時間にしか帰れない。それは聞いたか?」
魔王様が輝に直接聞く。私の前で魔王と勇者が交わす初めての会話になる。
「ああ。それで由奈が帰れないんだと聞いた。由奈の説明じゃよくわからなかったが、理論もな。」
わかりづらくて悪かったな、と少しムッとする。でも輝は帰れる、という事実の上では、そのくらいの嫌味は赦してやってもいい。問題は全て解決して、場はすっかりなごやかムードだ。ホッとしてお茶請けに置いてあった和菓子風の菓子に手を伸ばした私は、続く輝の言葉に、驚かされることになった。
「・・・魔王、俺と一緒に、俺が来た時と同じ場所、同じ時間に由奈を還すことは出来ないか?」
輝の時間に帰る。すっかりこの世界でのんびり生きていくつもりになっていたのでそんなこと思いつきもしなかった。帰れるなら帰りたい。でも。思わず口を出す。
「ちょっと待って。輝がいなくなった時間には、今ここにいる私とは別にその時の私が生きているんだよ?一緒に帰ったらその世界には私が2人存在してることになっちゃう。そんなのおかしいよ。」
「それは・・・そうかもしれないけど、じゃあお前は帰りたくないのかよ!俺だけ帰して1人で残るつもりなのか?そんなの俺は認めねえぞ!」
何故か輝がものすごく怒っている。
「認めなければどうするの?無理やり連れて帰って世界をおかしくするの?それとも私と一緒にこっちに残るつもり?」
「うっ・・・。ああそうだ、残ってやるよ!とりあえずここにいれば安全なんだろ?」
「ふざけないで!私は輝の家族がどれだけ輝を想っているのか見てきたんだよ。輝がいなくなってどれだけ悲しんでるかも傍でずっと見てきたの。無事に帰れる輝が帰らないなんて、そんなこと許せるはずないじゃない!」
言い争いはどんどんヒートアップした。お互いが何を言っているかわからなくなってきたとき、コホン、と魔王様が咳をした。
「何やら色々悩んでいるようだが、心配しなくて大丈夫だぞ?説明が長くなるから詳しいことは言わないが、由奈が勇者の時間に戻っても世界の構造を変えてしまう心配はない。由奈があの世界に着いたとき、あちらの由奈は消え、同一人物が二人存在することにはならない。」
「「え?」」
思わずポカンとする。数秒後、公衆の面前で全力の言い争いをしてしまったことに気づき、顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
「じゃ、じゃあ、私も元の世界に帰していただけるのですか?」
思わず敬語になる。生まれて初めて人を敬ったかもしれない。
「ああ、問題ない。」
敬語を遣ったからか、魔王様は少し嫌な顔をしたが、きっぱりと答える。
さっきまで喧嘩をしていたことも忘れ、思わず輝と手を取り合って喜ぶ。
周りの目など、もうどうでもよかった。
数時間後、私たちはこの世界に来た時の服を着て、魔方陣のようなものの中に立っていた。
あれ、と私は何やら作業をしている魔王様に尋ねた。
「そういえば、私たちに魔法って効かないんじゃなかったの?」
「ああ、これは魔力をエネルギーにして発動するが厳密に言えば魔法じゃないからな。お前に説明しても無駄だから、特別な力とでも思っておけ。」
事実だけどひどい言いようだ。私はふくれっ面をした。
「よし、準備が出来たぞ。由奈、勇者にしっかり掴まれ。絶対に離すなよ、異空間に放り込まれて二度と出て来れなくなるからな。」
そんなのは御免だと、私は輝に思いっきり抱きつく。そしてホラ、輝も!と促すがなかなか掴もうとしてこない。
「それにしても、由奈がいなくなったら寂しくなるなあ。今からでも考え直さない?俺たちと楽しく暮らそうぜ。」
笑い混じりの声で教育係が言う。すると輝の腕が私の体に回った。う、ちょっとキツイくらいだ。でもこれくらいしないと異空間行きかもしれないから我慢我慢。
教育係には嫌ですよ、私は元の世界で楽しく暮らすんです。こっちも楽しかったですけどね、と返す。
魔方陣らしきものが光り始めた。こちらにいられるのも、きっともうあと少しだ。
「魔王様、色々ありがとうございました。こっちにいた間、本当に楽しかったです。きっと忘れません。」
「ああ、俺も楽しかった。・・・由奈、最後に一つ言っておきたいことがある。」
真剣な目で見つめられる。輝の腕に力がこもった。
「どうか、元気でね。私のこと、忘れちゃイヤよ☆」
その声を引き金にしたようにあの、ぐいっと体を引っ張られる感じがした。ニヤっと笑った魔王様の顔が見える。
あの野郎、最後に爆弾落としていきやがった。異空間に落ちたらどうしてくれる。忘れられるかコノヤロー!
私は油断すると暴れ出しそうになる腹筋を抑えるため、ぎゅっと目の前のものにしがみついた。上の方から、呻き声が聞こえた。
※※※※※
返還は、無事成功した。
しかし私は、こちらの世界に戻る選択をしたことを、早くも後悔し始めていた。
輝がどんな状況で消えたのかということが頭からすっぽり抜けていた。
真昼間、衆人環視の下で。
もっと詳しく言うと、輝が通っている男子校の全校集会の真っ最中、ステージの上。
そんなところに急に女子高生が現れたのだ。元々そこに立っていた生徒としっかり抱きしめ合って。(そう、あの時は命を守るための行為としか思っていなかったけれど、冷静に見れば正面から抱きあった形だったのだ。)
その上、この世界に着いたとき、授業中だったこっちの私もクラスメイトの目の前で消えたことになる。
そのことに思い至ったとき、顔から一気に血の気がひいた。
これからどうなるかは、輝のときの騒ぎを思えば想像に難くない。
かくしてできれば当たって欲しくなかった予想通り、その日から私の受難の日々が始まったのであった。
fin.
これにて完結です。
由奈が送る日々がどんな日々になるかは皆様のご想像にお任せします。