中編
そうして私は魔王様の城にお世話になることになった。部屋は寝ていたその部屋のままで。召喚した人用の部屋だったらしい。というか今までの一連の会話を全部ベッドの上でしていた事実に後で気づいて恥ずかしくなった。異常事態で頭が回っていなかったとはいえとても年頃の女子のあるべき姿ではない。
あの後自分の置かれた状況を説明して今回の仕事が終わっても永住したい旨を話すとこちらで過ごすための知識を付けるためにと教育係とか侍女とかつけられました。至れり尽くせりだな本当に!
喜ばしいことに異世界トリップでありがちな着替えや風呂のお世話を何人がかりもでされるということはなかった。あれだけは絶対嫌だと色んな小説読んで思ってたんだよね。今上の魔王様は質素なのが好きらしい。
教育係さんも侍女さんもとてもいい人(いい魔族?)で短い時間だけど色々なことを教えてもらった。なんでも魔族は超・実力主義で魔王も世襲制ではなく魔力が多く、強いものがなるものらしい。魔力の過多は誕生した瞬間にわかるので、その時の魔王より魔力が多い子が生まれたら城で育て、成人したら代替わりするのだとか。
まあ魔族は寿命が長く、繁殖力も弱いので滅多に代替わりはないらしい。今の魔王様もかれこれ536年魔王を務めているのだとか。魔族の成人は50歳らしいから魔王様586歳かー。年増だなー。良かった寿命が短い種族で。そんなに長生きしたくなので、80年生きれれば十分だ。
「でもさー、魔王様を殺して自分が魔王になろうっていう魔は居ないの?普通あるじゃんそういう政争みたいなの。」
魔王様が敬語が気に入らないというので遠慮なくタメ口にした。そもそも魔族の言語には敬語にあたる文法がないのだそうだ。宰相さんも最初に覚えたとおりの言葉を使っているだけで、それが敬語だと後から知ったようだが、結局はじめに覚えたままで話しているらしい。
初対面の偉そうな人にはとりあえず敬語を遣っちゃうっていうのが・・・日本人だなあ、と思った。
「基本的に自分より魔力が多いものに勝つことは出来ないからな。誰も無駄死にしようとはせん。それに、魔王のようなつまらない仕事を自分からやりたがるやつは居ない。」
ふうん、平和だなと魔王様の言葉を聞きながら、とりあえず前の23人の中に男の人がいて良かったな、と思う。魔王様みたいなごつい男から女言葉が出てきたらと思うと、ゾッとする。今のセリフを女言葉で言う魔王様を想像するだけで・・・・・・・・笑いが堪えきれなくなった。
「何を笑っている。言え。」
魔王様との謁見中に不用意に笑い声を零した私を待っていたのは、口に出すのも辛い、世にも恐ろしい拷問だった。
魔王様の魔王様による私のための女言葉攻め。はー、笑いすぎて死ぬかと思った。
そんな感じでのびのびと過ごしていたある日、人間の国に潜伏している(平和に生活しているともいう)魔から、勇者パーティーがその魔の住んでいる、国境近くの街に訪れたという連絡が入った。
ここに来た意味を早くも忘れかけていた私だが、その連絡が入ってすぐに魔王様に仕事を命じられた。その仕事とは勇者と直接交渉をすることだった。
「え、そんなことでいいの?」
「異世界人の中でもお前ら日本人を喚んだのは勇者の警戒心を少しでも下げる為だからな。あることないこと吹き込まれて洗脳された状況でも似たような境遇の同郷の人間の言葉ならば聞く耳を持つ気になるだろう。魔が直接接触するのは危険だろう。」
なんでも異世界人が持つ例外の力というのは魔力の無効化で、魔力の塊のようなものである魔は触れられるだけで無力化してしまうのだそうな。
納得した私に魔王様は人型になった教育係と侍女と一緒に勇者が次訪れるだろう街で待機をするよう言われた。
「周りの取り巻きはエディとミルがなんとかしてくれると思うから、勇者の説得は頼んだわ。今後のためにも絶対悪感情持たれちゃダメよ、しっかりね!」
この男は今でも突然私を笑わそうと攻撃を仕掛けてくる。
私は黙って魔王様に近寄り手を伸ばし、彼の腕をしっかりと掴み、仕返しに無力化した彼の足の小指を思い切り踏んでやった。弱点をバラした奴が悪いのである。
指定された街で待っていると、勇者パーティーはすぐにやってきた。どれが勇者は言われずともわかる。無駄にキラッキラした顔をした集団の中で一人だけ浮いている、見慣れた、今や懐かしい日本人顔。この外人顔の世界の中では同じ日本人というだけで古くからの知り合いのように見えてくる。
・・・・・・・・・・・・んん?あれ?思い込みでそう見えるだけ?
その集団が近づくにつれ疑問は確信に変わった。この距離で見間違える筈もない。直接会ったのは1年近く前だが、最近まで何百、何千回と見ていた顔だ。ビラの写真という形で。
「輝じゃん!あんた何やってんの!?」
咄嗟に私の口から出たのはそんな間抜けな言葉だった。勇者やってるに決まってるじゃんねえ。
勇者を一目見るために集まった人ごみの中でも教育係の力(どうやったの?って聞いたらニッコリ微笑まれた。なんか黒かった。)で一番前にいた私は思わずバリケードを越えて輝のもとに駆け寄る。面倒そうな顔をしていた輝の顔がこちらを認識した瞬間驚きの色に染まる。
「え、由奈!?どう」
「×××テル×××××」
キラキラ集団の一人が輝の言葉を遮って輝の前に出て何か言った。こちらの言葉を勉強し始めたばかりの私には何を言っているのかわからないが、とりあえず敵意だけは感じる。
気が付けば周りの集団も戦闘体制になっている。か弱い女子一人になんと過激な集団だ。
やっちまったーと冷や汗を垂らしていると後ろからため息と、教育係が何かつぶやく声が聞こえた。その瞬間、世界が固まった。私と、輝と、教育係以外の。
「こんなところで使う予定じゃなかったんだが。とりあえず邪魔者はいないからゆっくり話してくれ。俺はそのへんで寝てるから話終わったら起こせよ。止めた時間戻すから。」
どうやら時間を止める魔法を使ったらしい。魔法が効かない異世界人と術者、術者より魔力が強いものだけが動ける魔法。私が今ぶちこわした作戦にあったから話は聞いている。よく考えられていると感心したものだ。本来もっと人気のない場所で使う予定だったのだけれど。
こうしてはいられないと私は状況の分かっていない輝を連れてその場を離れる。いくら聞かれていないとはいえ固まった大勢の人間がいるところで話したくない。怖いし。
とりあえず私たちは再会を喜び、輝の今までの話を聞くことにした。
勇者が輝だったおかげで思ったよりスムーズに話が進む。
輝はいきなり召喚されて何もわかっていない状態で勇者様だと騒がれ、よく分からないうちに勇者だと国民に公表され、その後話を聞くとあなたには素晴らしい力がある、その力で魔物の脅威に脅かされているこの国を救ってくれ、魔王を倒してくれと懇願されて、仲間たちと一緒に国じゅうを回る旅をしてきたのだという。この流されっぷり、さすがNOと言えない日本人である。
「だってよ、元の世界に還す方法はないとか言われたら、この世界でやっていくならこの人らの言うこと聞いておいた方がいいと思うだろ。」
「え?還せないって言われたの?それ嘘だよー。輝、騙されてるよ。私を召喚した人は普通に還せるし実際に何人も還したことあるって言ってたよ?」
『召喚した人』が魔王だとは今は言わない方がいいだろう。
輝は目に見えて怒っている。嘘をつかれるのが嫌いな人間なのだ。昔小さい嘘をついたら1週間くらい無視された経験がある。『召喚した人』が『人』じゃないというのは嘘になるのかなあ。
「ね、私を召喚した人に聞いてみようよ、輝を還せるかどうか。輝だって帰りたいでしょ?」
「う・・・ん。還りたいけど・・・いやでも一度引き受けたことだからな・・・。ていうか、還れるならお前は何で帰ってないんだよ。」
変にうじうじしている。律儀な奴だ。いや、もしかしたらこっちでお姫様と恋に落ちたりしたのかもしれない。王道だし。そしてもっともな質問である。意識して軽く返す。
「あ、私、還ったら死んじゃうんだよね。トラックに轢かれて。」
それから私も今までのことをかいつまんで話した。魔王様のことを除いたから更に。元々輝ほどこの世界に長くいるわけではないので短い話だ。輝が消えた後の話もした。家族が今も輝を探して一生懸命活動している話をすると、堪えきれなくなったのか、輝は泣いた。
「ね、やっぱり帰ったほうがいいよ。真希ちゃんたちのためにもさ。きっと帰れるから。私を信じて、ついてきて。」