美の牢獄
人は皆、美しくなりたいと願う。
そしてその願いを叶える者が、最も恐ろしい悪となることがある。
表の顔…カレン・イシカワ
世界的な美容整形外科医。
SNSで250万フォロワーを抱え、美と健康を謳うトップドクター。
テレビ出演も多く、インフルエンサーやセレブの信仰対象。
だが、彼女のクリニックには“表には出せない患者”が存在していた。
それは、匿名で施術を受けた後、決して帰ってこない“モニター枠”の者たち。
裏の顔…選別の医師
カレン・イシカワは、「美に相応しくない存在」を“排除対象”とみなしていた。
・地方や海外から来た貧困層の若者たちを「無料整形モニター」と称して誘導
・実際には違法手術の実験台にされ、後遺症が残れば“補償金付き失踪処理”
・肉体の一部を“医療提供対象”として第三者へ“加工して提供”
・「美は神に近づく行為。歪んだ者を整えるのは正義」と信じている
カレンは、己の感性だけを基準に人間を“選別”していた。
裁きの夜…診療後の静寂
深夜。診療が終わったクリニックの最上階。
カレンは手術レポートを確認しながら、明日のVIP予約患者のデータを整えていた。
「あの子の顔面骨格、少し歪んでいたわね……施術後に再評価を……」
静かにペンを走らせるその横に、見慣れぬ一枚の書類が混ざっていた。
黒い紙。
そこに刻まれていたのは、たった一文字。
「0」
一瞬で全身に冷気が走る。
彼女はその意味を、理屈ではなく“本能”で理解した。
「……ウソ。私が? なぜ……?」
だが、彼女はすぐに自分を取り戻す。
「違うわ、私がやっていることは善。
美を与える行為は、人を救うことなのよ……」
その時。
無音の室内で、何かが動いた。
空気が歪む。
影が揺れる。
そして、背後から聞こえた声は……
「お前の“美”は、誰のためだった?」
カレンは振り向こうとした。
だが、その前にすべての光が消えた。
朝…クリニック
開院準備に訪れたスタッフは、異変に気づく。
トップフロアには誰もいない。
カルテも、患者記録も、機材データも、全てが綺麗に整っていた。
ただ、カレン・イシカワだけがいなかった。
まるで初めから存在しなかったかのように。
彼女のデスクの上には、
施術同意書の束とともに、たった一枚のカードが残されていた。
「0」
ZEROの裁きは終わった。
だが、世界はまだ、美の名のもとに、命を弄び続けている……
…カレン・イシカワ。
彼女は、初めから“怪物”だったわけではない。
少女時代のカレンは、何をしても周囲と“違って”いた。
幼くして肥満体だった彼女は、クラスで無視され、教師にすら見下されていた。
彼女が言葉を発せば、誰かが顔をしかめる。
ただそこに「いる」だけで、空気を濁らせる者として扱われてきた。
彼女が世界から拒絶されたその始まりは、
…「醜いから」…という、たった一言だった。
その日から、彼女にとって“美”とは、
他者に受け入れられるための通行証であり、
生きるために必要な防具になった。
努力を重ね、必死に痩せ、学業でも頭角を現した。
そして、整形手術を受けたことで人生が激変した。
「美しくなれば、世界は微笑む」
彼女はそう信じた。
そして、“世界に微笑んでもらえない者”は、何かが足りないのだと考えるようになった。
やがて、彼女は外科医となり、
他人を“美しく”することで、“救っている”と信じた。
……いや、信じなければならなかった。
次第に、彼女の中では“美”が善に、
“醜”が罪に置き換わっていった。
「この子には希望がある」
「この顔は、矯正しなければ未来が閉ざされる」
「結果が悪くとも、それは運命の導き」
そうして彼女は、誰よりも多くの“希望”と“絶望”を作る存在になっていた。
だが、ZEROは知っていた。
彼女が何より恐れていたのは、
“美しくならなければ存在を許されなかった過去の自分”そのものだったことを。
彼女の正義は、いつから狂っていったのだろうか。
それはきっと、あの日あの瞬間、
鏡に映った自分を「違う」と思ったときから。
その心の叫びは、
いまもどこかで、整形台の光の下に沈んでいる。