殉教者の嘆き
第3話 ——「殉教者の嘆き」
セント・グレゴリー学園。
西欧S国にある全寮制の名門校。
貴族や政財界の子息たちが集い、格式と伝統を誇る学び舎。
その美しい表向きの姿とは裏腹に、
この学園には"誰も知らない闇"があった。
学園長 ヘンリー・モートン枢機卿。
敬虔な聖職者と称えられる男。
大半の者は彼を信じ、疑うことすらしない。
だが、餌食となるのは悪に見初められた罪なき子ら。
彼らだけが知る、出口のない絶望。
しかし、どれほど巧妙に隠された悪でも、
決して見逃されることはない。
ZEROは、すでに動いていた。
誰にも知られることなく。
標的ただ一人にのみ、裁きが下される。
午後の昼下がり 学園長室
ヘンリー・モートンは書類を整理しながら、
窓の外に広がる穏やかな庭を眺めていた。
いつもと変わらぬ午後。
生徒たちは授業を受け、
教師たちは職務をこなし、
学園は平穏に包まれている。
そのはずだった—— その時までは。
「カサ……」
小さな音がした。
モートンは書類から顔を上げた。
部屋には誰もいない。
ただ、書斎机の上に"それ"が置かれていた。
黒い封筒。
「……?」
彼は眉をひそめた。
こんなものを置いた覚えはない。
秘書の仕業か?
封筒を手に取り、開く。
中には、一枚の黒いカード。
そこには、たった一文字。
「0」
瞬間、モートンの全身に冷たい汗が滲んだ。
ZERO——!?
"それ"を知る者は少ない。
いや、知るべきではない存在。
では、なぜ自分の前に?
誰が、どこから、どうやって?
黒いカードを握る手が、わずかに震える。
「……馬鹿な」
ヘンリー・モートン枢機卿は呟いた。
ZERO——それは"噂"にすぎない。
影の存在。
実在するはずのない裁き手。
だが、目の前の"0"が刻まれたカードは、揺るぎない現実としてそこにある。
「誰の仕業だ……?」
学園長室は厳重に施錠されていた。
秘書以外に入れる者はいない。
警備も完璧だ。
なのに、なぜ?
答えはない。
ただ確かなことは、"何者か"が
誰にも知られず、この部屋に入り、
この封筒を置いたということ。
"気づかれずに"。
その事実が、モートンの背筋を冷たくさせた。
「……くだらん。」
無理やり思考を断ち切る。
ありえない。
ありえるはずがない。
これは単なる脅しだ。
モートンはカードを引き裂き、ゴミ箱に捨てた。
これで終わりだ。
気にする必要はない。
そう自分に言い聞かせながらも、
心の奥底で何かがざわめいていた。
深夜、学園は静寂に包まれていた。
寮の灯りは消え、生徒たちは眠りについている。
だが、闇に紛れた"何者か"が、すでに動いていた。
誰にも知られず、
誰にも気づかれず。
ZEROの裁きは、影の中で遂行される。
ヘンリー・モートン枢機卿は、疲れた顔で椅子にもたれていた。
「……くだらん脅しだ。」
黒いカードのことなど忘れればいい。
気にする価値もない。
そう思おうとしたが、どうにも落ち着かない。
耳を澄ます。
… 何も聞こえない。
当たり前だ。
深夜の学園は、いつも静かだ。
だが、それが異様に思えた。
"何かがいる"。
直感が警鐘を鳴らす。
視線を上げる。
そこには…何もいない。
……いや、本当に?
モートンは立ち上がった。
部屋の隅を確認する。
誰もいない。
「……馬鹿な。」
気のせいだ。
ZEROなど、存在するはずがない。
そう思った、その瞬間
「お前の罪を数えろ。」
背後から響いた声に、全身の毛が逆立った。
「!?」
振り向く…だが、誰もいない。
壁には何もない。
だが、確かに耳元で聞こえた。
その時、視界の隅に"何か"が見えた。
黒い影…否、"虚無"そのもの。
それが、モートンのすぐ後ろに"在った"。
彼の喉が凍りつく。
「な……」
言葉にならない。
影は静かに、確実に、"それ"を遂行する。
「罪を知れ。悔い改める時は、すでに過ぎた。」
次の瞬間…モートンの姿は、消えていた。
翌朝…
学園は、何事もなかったかのように始業の鐘を鳴らす。
生徒たちは普段通り授業へ向かい、教師たちは教壇に立つ。
ただ、一つだけ違うことがあった。
学園長室は、もぬけの殻だった。
ヘンリー・モートン枢機卿の姿はどこにもなく、
まるで"初めから存在しなかった"かのように、
彼の痕跡すら残されていなかった。
ZEROは、誰にも知られぬまま裁きを終えた。
そして、次の標的へと静かに影を伸ばす…。
ヘンリー・モートン枢機卿…本来の彼は敬虔なクリスチャンであり多くの生徒達からも慕われる人物であった。彼の罪は、彼の正義はいつから狂って行ったのだろう。
ヘンリー・モートン枢機卿
彼は決して、初めから悪ではなかった。
彼の人生は、信仰と慈愛に満ちたものだった。
幼少期、決して恵まれた環境とは言えない家庭に生まれた彼は、教会の庇護のもとで育った。
そこで彼は「救われる者」として神に仕える道を選んだ。
己と同じように、救いを求める者たちのために…と。
学園に赴任した彼は、生徒たちを我が子のように愛した。
孤児や貧困層出身の奨学生にも手を差し伸べ、
彼らが貴族の子息たちと平等に学べる環境を整えた。
だが、それが彼の"落とし穴"だった。
学園の運営には金がかかる。
理想を貫くには、"力"が必要だった。
そして"力"には"代償"が伴う…。
ある日、"寄付"という名の金が持ち込まれた。
それを受け取れば、多くの生徒を救える。
だが、その金の出どころは、"純粋"ではなかった。
「私は、学園のために……!」
最初の一歩は、小さな妥協だった。
だが、それが許されるのなら、次の一歩も許されるのではないか?
次第に彼は、"見て見ぬふり"を覚えた。
そして、ついには——"手を貸す"ようになった。
彼の正義は、"必要悪"へと姿を変えた。
「これは仕方のないことだ。」
「神もお許しくださるはずだ。」
だが、その言葉は本当に"神の声"だったのか?
彼の"正義"は、
知らぬ間に"罪"へと堕ちていた。
ZEROの裁きが下る、その日まで…