悪役令嬢を守る護衛は理解されない
前世と言われる記憶を持つ男は、ここは所謂異世界ファンタジーと呼ばれるジャンルの世界だと思った。タイムスリップしたにしても、歴史的にあり得ないものばかり溢れていたから。
喜びの感情というより、戸惑いがでかかった。今世の両親のために生きることで、何とか気持ちを保つことができたが、何かこの世界はおかしい。いや、「キモチワルイ」と何故か感じた。
悪役と言われるお嬢様。
この世界は所詮ありきたりな物語と言われる本の中だ。それか、周りが単純に露骨な雰囲気を出している捻くれた世界。
「早くアイツ殺してよ」
「力的に無理です」
「役立たず……」
この会話にも慣れたもので、彼女が本気でそう言っていないことは知っている。
「貴方も私が悪いと思ってるの?」
「お嬢様も、相手側も両方悪いですね。まぁ、口喧嘩で負けた時点で、お嬢様が悪いと客観的には言えますが、」
「どういう意味よそれ……」
そして、この世界の住人と俺との認識には明確な差があることも知っている。
「お嬢様は、周りから見たら村娘Aを虐めてました」
「村娘A?」
「えぇ、ただ私からみたら村娘Aはかなり甘やかされてます。彼女はお嬢様に緊張して、紅茶をぶっかけたわけではありませんから」
悪意はなくても、俺から見ればお嬢様の方がまだ話が通じる相手で居心地がいい。
「お嬢様は身軽ですし、何かあっても飛べば解決ですから、変えなくていいですよ」
「…………そうよね、ええ!そうよ!」
きっと、おバカな彼女には伝えたいことの半分も、それ以下も伝わっていないが、答えは得られたようなのでこれでいい。
「でも、なんでジルド様は私を責めたの?」
「バカだからですよ」
「!な、何て口を聞いてるの!今すぐ訂正しなさい!」
「あ、すみません。お嬢様と似て少しおバカなんですよ」
「………、私も愚弄してるじゃない!貴方の方がおバカよ!」
確かに、嘘である。長い綺麗な黒髪をせっかく白いリボンで結んだのに、目を吊り上げ怒ってくる彼女にため息をつく。
「そうですよ。貴方だけですよ、この世界で」
この世界では、いくら理屈が通っていても否定される。両親が、ある名家のご令嬢を殺したとその許嫁の一族に殺された時、理解した。あぁ、ここは話の通じない獣たちが住む国だと。前とはあまりに違う。吐き気がした、生かされた命に価値などなくアイツらを殺すのさえ、愚かに見えてならなくて、
「貴方、どうしてこんな所でうずくまってるの?汚いわよ」
「……………………」
「無視しないでよ!ほら、起きなさい!」
「……いたい、」
「!」
「………?」
何となしに一言口に出しただけだった、その「いたい」の3文字に何かを感じ取って欲しいわけでも、怒りで言ったわけでも、本当に些細な言葉。
「…ご、ごめんなさい。お詫びに、この、これで大丈夫かしら、はい、」
渡されたのは、彼女がつけているリボンと同じ白色のハンカチ。煌びやかな少女が持つにはどこか質素なものだった。
「あり、がとう?」
「どういたしまして!」
「………………、」
彼女に恋に落ちたわけではない。だが、体温が急激に戻った、途端に視界を確かにした。
「よくもまぁ、こんな場所に、」
「?どうしたの」
命を投げ出したはずの自分は、その時彼女のために生きようと決めた。