プロローグ
冷たい雨がルミナの頬を濡らしていた。
頬だけではない。長くストレートな銀髪も、彼女が身に付けているオフホワイトの村の紋様が入ったローブまでも、すべてが雨に打たれている。まだ陽は落ちていないはずなのに、夜闇のような暗さを感じさせるほどの重い雨だ。
地面を叩きつける雨音も、自分の身体に当たる音も、すべてがとてつもなく大きく思える。しかし、それらをかき消すように村人たちの怒声が響く。
「忌み子を産み育てた報いを受けろ!」
「村に災厄をもたらす悪魔どもを殺せ!!」
彼らの視線の先には、大好きな両親がいる。
二人はそれぞれ村人に拘束され、今まさに首に縄をかけられようとしていた。
「お父さん、おかぁっ…!」
思わず声を上げかけたその瞬間、親友エミリーの父、ウォルターが彼女の口を押さえた。
「ルミナ、今は声を上げてはダメだ!声をあげれば君まで殺されてしまう!!」
それでもいい。だって両親が殺される原因は自分にあるのだから。この醜い赤と緑の瞳のせいで、自分は《忌み子》とされ、村から蔑まれ、恐れられている。そしてそのせいで、両親は悪魔を育てた異端者として処刑されかけている。
必死にウォルターの拘束から逃れようともがくが、たった6歳のルミナにはどうすることもできない。悲しみと恐怖、悔しさが入り混じり、まるで作り物のような瞳から涙が溢れた。
幸か不幸か、その嗚咽は周囲の音にかき消されていた。
「時間だ、縄を掛けろ。」
午後4時の鐘と同時に、村長の無慈悲な声はやけにはっきりと耳に届いた。
縄が掛けられ、踏み台が外される寸前、母が何かを呟いているように見えたが、ルミナにはその口の動きが読み取れない。
母と父の体重の重みで縄が食い込み、その光景をルミナは呆然と見つめていた。
そして唐突に右目に熱さを感じた
「えっ……どうし、て……これ、は……なに?」
今見ている光景ではない――右目には、ウォルターがルミナを抱えて走り去る光景が映っている。二つの映像を同時に見せられているような不思議な感覚だった。激しい混乱と動悸から、ルミナの意識は朦朧とし、立っていられなくなる。自然とウォルターにのしかかってしまった。
「ルミナ!?おい!大丈夫か!」
ウォルターの心配そうな表情を認識した時にはもう不思議な映像は消えていた。彼に抱えられ、広場を後にする中で、ルミナは朧げに理解する。
「みらい、だったんだ……」
今、抱えられながら広場を後にしているこの光景は、まさに右目に映った映像そのものだった。