イアン1
「おまえなんか勘当だ! とっとと出て行け! このすっとこどっこい!」
そう言って父親に家を叩き出され、新居も解約され、帰るところがなくなってしまった。
騎士団には仮眠室もあるけれど、ビビのところへ行こう。ビビに癒されよう。
ビビは超絶かわいい。一目惚れだった。
ふわふわでくるくるの栗毛をポニーテールにして三角巾を巻いて。白いエプロンをして。目はクリクリで、唇はぽってりピンクで。
「いらっしゃいませぇ」
と、ちょっと鼻にかかった声がくすぐったくて。
ちょっとぽやんとしていて天然で、たまにお釣りをまちがったりして。
「こらこら、しっかりしないとおれがもらっちゃうぞ」
なんてお客にこつんとされたりして。
おれが守ってあげなくちゃ。そう思う。
騎士団員もビビを目当てに食堂に通っていたのだ。
エドガーにとられないように、必死でアプローチしてやっとお付き合いしてもらえることになった。
どうせ末端貴族のしがない三男坊。だが騎士としてなんとかやっていけてる。平民のビビと結婚しても親もうるさく言わないだろう。
ぜいたくはできないが、不自由しないくらいの生活はできるはず。
そう思っていたのに、いきなりあの女と結婚しろって言われた。
ビビと結婚するって前から言ってたのにひどいだろう。
嫌だと言っても「なんやかんやの事情でしかたないんだ」とつっぱねる。
なんやかんやの事情ってなんだ。おれに関係なくないか?
けっきょく、おれの気持は無視され続けて、結婚式を迎えてしまった。
それでもおれの操はビビにたてているんだ。だから「きみを愛することはない」になったのだが。
それが、あのお祭り騒ぎだ。ちょっとは申し訳ないと思ったおれの気持を返せ。
ビビには結婚のことも、祭りのことも内緒にしてある。だから、このまま二人でいっしょに暮らすのもいいな。
結婚はダメになったんだし、家も追い出されたんだし、ちょうどいい機会だ。
まあちょっと、祭りのことは頭に来るが。まったくあの女、王宮中を巻き込みやがって、とんだ赤っ恥だ。
しばらく、笑いものになるだろうな。でもほら、人のうわさも75日っていうし。おとなしく目立たないようにしていれば、いずれみんな忘れるだろう。
そう思っていたのに。
「あっ、そういえばパパが来るんだった」
パパ?
返事をするまもなく、ドアがガチャリと開いた。
「よう、ビビ。元気だったか?」
入って来たのは、猫なで声のいかついおじさん。
え? この人、ヤバい人なんじゃ……。
ずいぶんと仕立てのいい服を着ているが、ちょっと薄めの髪はてっかてかのオールバック、金のごっつい指輪が三つほど。鋭い目つきでぎろりと睨まれた。あきらかに堅気じゃない。
しかも後ろに二人、さらにいかついヤツが控えている。どうしたらそんな体になるのっていうくらいムッキムキ。スキンヘッドにタトゥ。素手の騎士なんか、軽く絞められそう。
何者ですか。
「やだ、パパ。きのうも会ったじゃない」
「もう、一日たったんだよ。パパは淋しいよ」
え? ほんとのパパ? パパ活のパパ?
「ビルもサムもおつかれさま」
ゴリマッチョはビルとサムというらしい。
「うす。お嬢」
お返事はドスの利いた声。
……お嬢?
「パパ、こちらがイアンよ。騎士なの。カッコいいでしょ」
ビビがおれの肩に手を置いた。呆然としていたおれは、あわてて立ち上がった。イスがガタンと倒れたがそんなことを気にしている場合じゃない。
「は、は、はじめまして。騎士のイアンと申します」
名乗ったら、パパの目がすうーっと細くなった。背中を嫌な汗が伝って落ちる。
「へえ、あんたがイアンか。あの有名な」
なにが有名なんだろう。アレのことだろうか。え? バレてんの?
「パパ、知ってるの? イアンって有名?」
「ああ。でもおまえは知らなくていいことだよー」
いかついおじさんの猫なで声ってこわいんだな。
「そお? まあ、イアンはカッコいいもんね」
こんなときでも素直なビビ。かわいい。
「そうかそうか、カッコいいか」
笑っているのにこわいです。
「そのカッコいい騎士さまには、ずいぶんビビがお世話になっているようだな。あ? 世話してやってんのか?」
「は、は、はい。たいへんお世話になっております」
「だよなあ。楽しいお祭りもあったようだが」
「いえいえいえいえいえ」
「そうかそうか、いろいろと傷をつけた落とし前はきっちりつけてもらおうかな。なあ、おまえら」
「うす!」
ビルとサムがポキポキと指を鳴らした。片手で簡単に絞められそうです。
「も、も、も、もちろん、そのつもりでございます」