エピローグ 半年後
それから半年後、オルヘルスとグランツは式をあげた。ステファンとフィリベルト国王は抱き合って泣き、エファとエリ王女はあきれ顔でそんな二人を見つめていた。
精霊の寵愛を受けている者としてオルヘルスの名は近隣諸国に知れ渡っていたので、結婚式の参加者は膨大な人数となった。
それに伴って大々的に式は執り行われ、その後大量の招待を受けたのでふたりはしばらくユヴェル国に帰ることができないほどだった。
精霊に寵愛を受けたものを幸せにすると、幸福が訪れる。そんな、言い伝えもありオルヘルスはどこへ行っても最高なもてなしを受けた。
そして、その言い伝えどおりオルヘルスが訪れた国は、国土が豊かになり豊作が続いた。
両親に長いこと会えなかったので寂しいと思うこともあったが、イーファがそのまま護衛としてついてきてくれていたので心強かった。
そんなイーファに、ある日思い切って質問する。
「お兄様、結婚しませんの?」
イーファは驚いた顔をすると、苦笑する。
「お前はそんなことを気にする必要はない」
「ですけれど、このままだとお兄様は忙しすぎてそれどころではありませんでしょう?」
「そうか、お前は跡継ぎのことを気にしているのか。ならばその心配は杞憂に終わるだろう」
「どういうことですの?」
するとイーファはニヤリと笑った。
「驚くなよ? お前には弟か妹ができる。おそらくは弟だろうな」
「え! どういうことですの?!」
「そのままの意味だ。だから、きっと跡継ぎは問題ない」
「でも、だからといってお兄様が結婚しないのとは関係ありませんわ」
「いや、私はこれでいいんだ」
そう言ってイーファはオルヘルスの頭をなでた。
「もう! そうやって誤魔化してますのね!」
そう言ったあと、もう一つ気になっていたことを質問する。
「お兄様、ずっと不思議に思っていたことがありますの。アリネアにはなんと言って縁談を断りましたの?」
「あぁ、それか。妹以上の女性と出会うまでは誰とも結婚する気がないと言った。それに付け加えて、あなたと絶対に婚約はしませんとも」
「そうでしたの。だとしたら、アリネア様は私のせいで婚約を断られたと思ったかも知れませんわね」
「そうか、すまない。配慮が足りなかった」
「いいえ、違いますわ。お兄様だってアリネアがあんな人だと知らなかったんですもの、仕方ありませんわ」
そうでなくとも、なぜかアリネアはずっとオルヘルスをライバル視していた。きっとなにをどう伝えても勝手に曲解し、いちゃもんをつけてきたに違いないのだ。
あの舞踏会でしっかりと断罪していなければいつまででもつきまとい、言いがかりをつけ続けただろう。
「お兄様がアリネアと婚約しなくて本当によかったですわ」
「当然だ。妹を傷つけるような人物と婚約などできるはずかないからな」
そう言ってイーファは笑った。
グランツは式をあげたあと、たがが外れたように以前にも増してオルヘルスを溺愛するようになった。
視察先の寝室で、先にベッドから抜け出しソファに腰かけていたオルヘルスを見つけたグランツは、隣に腰かけるとオルヘルスを膝の上に乗せる。
「グランツ様、あの、恥ずかしいですわ」
オルヘルスはグランツの膝の上で身じろぎした。
「もう少しこうしていよう。昨夜の余韻を楽しみたい。そうしたら朝食を取ろう」
「さ、昨夜……」
そう呟くと、オルヘルスはそれを思い出し顔を赤くした。
「どうした? まだそんなに恥ずかしいのか?」
「当たり前ですわ。グランツ様があんなことをさせるのですもの!」
そう言って、昨夜の破廉恥な行いを思い出して顔から火が出そうだった。そんなオルヘルスを見てグランツは満足そうに言った。
「そうか? とても乱れて私は大満足だったが」
そこへイーファが部屋に入ってくると、グランツを見て呆れた顔をした。
「殿下、いい加減妃殿下を解放してください」
「お前はいつもやかましいな。今日は、公務も休みなんだ。オリを堪能してなにが悪い」
イーファはため息をつく。
「殿下、公務があっても変わらないではありませんか」
「悪いか?」
オルヘルスはなんとかグランツの胸の中から逃れると、グランツに向き直る。
「グランツ様、とにかく食事を」
すると、グランツはしばらく無言になったあとで言った。
「オリ、後ろを見てごらん」
「なんですの?」
そう答えてオルヘルスが後を振り返ると、その途端に背後から抱きすくめられる。
「騙したんですのね?!」
「騙してなどいない。私はただ後ろを見てごらんと言っただけだ」
そう言うと、そのままオルヘルスを縦抱きにした。
「グランツ様どこへ?」
「食堂だ。もうそろそろ朝食を食べよう、本当はベッドへ戻りたいが、行きたいところがあるからな」
「わかりましたわ。では下ろしてください」
すると、グランツは不思議そうな顔で答える。
「なぜ?」
なぜ? ではない。廊下ですれ違う使用人たちは、見て見ぬふりをしてくれているが内心どう思われていることか。
そんなことを思っていると、グランツがオルヘルスに顔を近づけて行った。
「実は今日、君と行きたいところがある」
「まぁ、どこですの?」
「行ってからのお楽しみだ」
そう言って、楽しそうに笑った。
なんとか朝食を終えると、グランツに言われ馬で出かけることになった。どこへ向かうのかわからず、オルヘルスはスノウにまたがるとわくわくしながらグランツのあとを追った。
王宮の裏の丘陵を抜け、しばらく森を行くと遠くにピンク色の木々が見えた。
まさかと思いながら進んで行くと、そこには満開の桜の木が数本立ち並んでいた。
グランツがその手前で馬を降りたのに続いて、オルヘルスもそこでスノウから降りると桜を見上げた。
グランツはオルヘルスを見つめて言った。
「この花が君の言っていたさくらという花で間違いないか?」
「はい。グランツ様、見つけてくださったんですのね」
「もちろんだ」
オルヘルスはあまりの嬉しさに、グランツに抱きつくとキスの雨を降らせた。
「まて、オルヘルス。そんなにしたら私が我慢できなくなる」
そう言われ、オルヘルスはグランツを見つめた。
「なにをですの?」
グランツは苦笑する。
「君は本当に相変わらずだな。とにかくそんなに喜んでもらえるとは思わなかったから、私も嬉しいよ」
そう言ってオルヘルスにキスを返した。そしてふたり一緒に桜の木を見上げる。
「この木はこれからも毎年この時期に花を咲かせるだろう。だから毎年この花を見に来よう。もちろん、家族が増えたら家族も連れて」
「そうですわね。それってとても素敵ですわね」
そう言って見つめ合うと、ふたりはいつまでも桜の木を眺めた。
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