4 奇っ怪なデザイナー
そう思うくらいなら、わざわざ婚約解消したばかりの令嬢を選ぶ必要はないですのに。
そう思いながら、男性とはそういうものなのだろうと考えることにした。
「わかりました。どうぞよろしくお願いしますわ」
オルヘルスがそう言うと、グランツは口許を隠してなにかを我慢した顔をすると呟く。
「私のものに……」
「はい? なんでしょうか?」
その問いにグランツは微笑んで返す。
「いや、なんでもない。では行こう」
そう言うと、御者に声をかけ馬車を出した。
しばらくすると、ある屋敷の前で馬車が止まり、グランツのエスコートでその屋敷へ入った。
今までもドレスを仕立てたことは何度かあったが、ここへ来るのは初めてだった。
「こちらはどなたのお屋敷なんですの?」
「初めてくるだろう? ここのデザイナーは変わり者でね、自分が気に入った人物でないとデザインを引き受けない。相手が王族だろうとね」
「そうですの?! 私は大丈夫でしょうか?」
ここまで連れてきてもらってデザイナーに断られるようなことがあれば、グランツの顔に泥を塗ることになってしまう。
そんな不安を取り払うようにグランツは自信ありげに微笑む。
「心配する必要はない。彼は引き受けてくれている」
そこで思い切り部屋の扉が開かれると、ピンクのマジックハットにピンクの大きな羽、そしてピンクの燕尾服を着た金髪碧眼の男性が勢いよく部屋に飛び込んで来た。
「はぁーい! お待たせ~! 待った~?」
「遅いぞ、ずいぶん待たされた」
グランツが答えたがそのデザイナーはその返事を無視して、オルヘルスに目を止めると、上から下まで見ながら周囲をぐるぐる回った。
「うわぁ~お! 以前見たときも思ったけどさぁ、本当に執着王子には勿体ないよねぇ~」
「やかましい。それより、彼女に合いそうなドレスを持ってきてくれ」
「あ~、なるほどぉ。やっぱ、ペッシュが着飾ってるの見たいよねぇ。僕も見たいなぁ」
「お前は見るな、オリが汚れる」
そう言ってグランツはオルヘルスを抱き締めると、そのデザイナーから隠した。それを見てデザイナーは呆れたように言った。
「は~? 僕はデザイナーだもん。見る権利があるよね~?」
このふたりは仲がいいのだろうか?
オルヘルスはそう思いながら、やり取りを黙って見ていた。
そんなオルヘルスの様子に気づいたグランツは、慌てて言った。
「すまない、君を置き去りにこちらだけで話してしまった。彼はファニー、見た目はあれだが腕は一流だ」
すると、ファニーは明らかに不貞腐れた顔をした。
「ちょっとぉ~、見た目はあれってどういうことさ~!」
「言ったとおりだ。それより早くドレスを持ってこい」
「はいはい、人使いが荒いなぁ。それと~、ドレスならもう準備してあるよ! こっちこっち!」
ファニーはそう言うと手招きした。
そうして豪奢な調度品と中央に大きなソファがある客間へ通されると、促されて腰かけた。
メイドがすぐにお茶の準備をし、それを淹れ終わらないうちにドレスラックが次から次に運ばれてきた。
オルヘルスが驚いてそれらを見ていると、ファニーはオルヘルスに向き直って言った。
「流石にさぁ、粘着王子もこれ全部着ろとは言わないと思うよ? 安心してね~」
「もちろんだ。オリと私が気に入ったものを選んで試着してもらって、ファニーにはオリと私の好みを取り入れたドレスをデザインさせる予定だ」
それを受けてファニーは大きくうなずく。
「そうそう、そういうこと! にしておこう。うんうん」
ファニーの言い方に少し引っ掛かるものを感じたが、オルヘルスはとりあえず納得する。
「はい、わかりましたわ」
オルヘルスが立ち上がってラックの方へ向かおうとすると、グランツがそれを止めた。
「オリ、君は座っていていいんだ」
そしてファニーに向き直る。
「そちらのラックのものから順に見せろ」
「はぁ~い。どれもこれも、最近僕がデザインした最新の物だから、気に入ると思うよぉ!」
オルヘルスはそうしてソファに腰かけたまま、一着ずつ見せられるドレスに目を奪われた。どれもこれも素敵なものばかりだったからだ。
そうしてドレスをじっくり見比べ、デザインや色、レースについて意見を言ったり何着かデザインが気に入ったものをグランツと一緒に選んだ。
そのあとそれらを一着ずつ試着し、グランツの前で一回転して見せるとグランツは満足そうにそれを見つめる。
「どれも君に似合っている。だが、そのドレスはからだのラインが出すぎている。よくないな」
「はい、私も着てみた感じでは、先程着たドレスが色味も形も好みです」
そんな会話をしている横で、ファニーはぶつぶつと何事か呟きながら、遠巻きに見たり、周囲をぐるぐる回ったりしていた。
かなり手間のかかる作業だったが、思いの外楽しく時間はあっという間に過ぎ、すべてのドレスの試着が終わったときには、だいぶ日が傾いていた。
「もうこんな時間でしたのね、とても楽しくて時が経つのも忘れていましたわ」
オルヘルスがそう言うと、グランツはとても嬉しそうな顔をして返す。
「そうか、私も同じ気持ちだ」
「今日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。ところで、殿下はなにか見なくてもよろしいのですか?」
「私か? 私はいい。今日は君のために来たんだ」
そう言ったあと、少し考えてから呟く。
「いや、ある意味私のためか……」
「殿下のですの?」
オルヘルスがそう訊き返すと、グランツは苦笑した。
「いや、なんでもない。あまり遅くなるとこのまま返したくなくなってしまう。もう屋敷まで送ろう」
「そうですわね、私も戻りたくなくなってしまいますわ。もう、戻ったほうがいいですわね」
あまりにも楽しかったので、オルヘルスはそう返すと、グランツはさっと視線を逸らし呟く。
「これは……、そういうことなのか?」
「殿下?」
グランツは我に返ったように、笑顔を作ると言った。
「なんでもない。では、戻ろう」
そんなふたりのうしろで、ファニーはなにか呟き自分の世界に入ってしまっているようだった。
屋敷までオルヘルスを送ると、グランツはエントランスを見渡した。
「どうされましたの?」
「いや、朝押し掛けてきたあの無礼な令嬢がいないか確認していた。流石に帰ったのだな、安心した。まだいるようなら、君をここに残して帰ることはできないからな」
「殿下、大袈裟ですわ。でも、お気遣いありがとうございます」
「うん。では、また近いうちに一緒に買い物に出掛けよう」
オルヘルスは嬉しくて思わず満面の笑みを浮かべた。
「また連れていってくださるのですか?!」
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