36 終わりの始まり
そこでイーファが口を挟む。
「オリ、本当にいいのか? 今後は他国から狙われることもあるのだぞ?!」
「大丈夫ですわ。私には守ってくださるかたがいますもの」
そう言うとグランツに微笑んだ。
「オリ、信頼してくれてありがとう」
そうして二人はしばらく見つめ合った。そんなふたりを見てイーファはため息をつくと言った。
「殿下、これは部下としてではなく、オルヘルスの兄として言います。必ずオルヘルスを守ってください。決してオルヘルスの信頼を裏切らないでください」
「わかっている」
グランツはイーファにそう答えると、うなずきオルヘルスに向き直る。
「では、明日は君も早いだろう、私は戻るとしよう」
「お見送りいたしますわ」
オルヘルスとグランツは手をつないでエントランスへ向かうと、グランツは名残惜しそうに見つめたあとオルヘルスの額に口づけて帰っていった。
オルヘルスはいつまでもグランツが去っていった暗闇を見つめた。
ファニーは気に入らないのか当日の朝までドレスの手直しをし、ギリギリになんとか完成させた。
「時間はかかったけど~、僕としては納得のいくものになったよ!」
そう言うだけあって、細部にまでファニーのこだわりが見てとれとても見事な出来栄えだった。
イーファもオルヘルスを見つめながら言った。
「今日の舞踏会では、色々な意味で注目の的になるだろうな」
オルヘルスは微笑む。
「今日は立派に乗り切って見せますわ」
「お前なら、そうだろうな」
イーファはそう返して手を差し出した。
王宮へ着くと、ひとまず控え室へ通されそこで軽く飲み物を楽しんだ。
招待客はほとんど到着しており、各々が挨拶を交わしていた。イーファは周囲を警戒しアリネアやエーリクがどこにいるか探しているようだった。
「お兄様、エーリク様はいらして?」
「いや、先ほどから探しているのだがまだ来ていないようだ」
「おかしいですわね、もうそろそろ開場ですのに」
不安そうに見えたのか、イーファは安心させるように言った。
「大丈夫だ。私がそばについている」
「わかっていますわ。だから、全然不安になど思っていませんもの。それに、もしもまた向こうから話しかけてきたら、私返り討ちにして見せますわ」
オルヘルスがそう答えると、イーファは苦笑した。
「ほどほどにな」
「皆様、お待たせいたしました。どうぞ、ホールへお入りください」
王宮の執事であるレクスはそう言うと、オルヘルスを見つめ微笑み頭をさげた。オルヘルスは微笑み返すと、いよいよだと思いながらホールへ足を踏み入れた。
ホールでは楽団が心地よい音量で音楽を奏で、使用人たちは慌ただしくシャンパンを配って回っていた。
オルヘルスもそのグラスを受けとると、なにかに気づいたイーファがオルヘルスを背後に隠した。
「やぁ、イーファ、それにオリ。やはり君たちも来ていたのか」
「どうも、ホルト公爵令息。それとコーニング伯爵令嬢。いらしてらしたんですね、気づきませんでした」
イーファがそう言うとエーリクの腕にしがみついていたアリネアは、パッとエーリクの腕から手を離すと頬を染めて上目遣いで言った。
「イーファ様、会えてとても嬉しいですわ」
それに対してイーファはすげなく答える。
「そうですか」
そこでエーリクはイライラしたようにイーファの背後を覗き込む。
「ところでオリ、お前は挨拶もしないつもりか?」
オルヘルスはイーファの横に並び微笑んだ。
「あら、そんなつもりはありませんわ。ごきげんよう、エーリク様。お兄様は私の護衛をしてくれてますから、安全を確認するまで隠れてただけですわ」
「どうだろうな」
エーリクはそう言って鼻で笑うと話を続ける。
「今日はお前に話がある」
「なんですの?」
「お前とまた婚約してやってもかまわない。意地を張っているだけなのだろう? しかも最近は社交界での地位もいいようだ。私に釣り合うよう努力したことを認めてやろう」
オルヘルスもイーファもこのエーリクの発言に理解が追い付かず呆気にとられた。
「どうした、あまりに嬉しくて声もでないのか?」
そう言われ我に返るとオルヘルスは訊く。
「えっと、エーリク様はアリネア様と婚約なさるのでは?」
すると、その質問にアリネアが答える。
「あら、あなたはそんなこと心配する必要はなくてよ? 私は、あなたと違ってグランツ様の婚約者に選ばれるかもしれないでしょう? それにもし、グランツ様に選ばれなくともイーファ様がいらっしゃるもの。誰にも相手をしてもらえないあなたとは違いますのよ?」
「はぁ?」
思わずそう答えると、オルヘルスはげんなりした。ふたりとも一体なにをどうすればそんなふうに考えられるのだろうか。横に立っているイーファも大きくため息をついていた。
オルヘルスはエーリクに向かってはっきり言った。
「そんなことは万が一にもあり得ませんわ。だいたいなぜ、そのように自信を持って私がエーリク様をお慕いしていると思えますの? ご自身が今まで私にされたことをお忘れになって?」
そこまで言われて、エーリクは一瞬怯むと答える。
「いや、だからこそお前が私に気がある証拠になるんじゃないか。本当に嫌いなら、今までの仕打ちを甘んじて受け入れるわけがないからな」
オルヘルスは、エーリクが自分でも酷いことをしたという自覚はあるのだと知って驚いた。
だが、そこからどうしてそんな考えになるのかと、頭が痛くなった。周囲の貴族たちもだんだんとこちらに注目し始めており、なんとかこの不毛なやり取りを終わらせようとオルヘルスは自分を奮い立たせる。
「エーリク様、何度でもはっきり言いますわ。私はエーリク様と婚約していたころから、エーリク様のことはなんとも思っておりません」
それを聞いて、エーリクはニヤリと笑った。
「だから、それが強がりだと言っている。それに、お前のように一度私と婚約解消し殿下にも捨てられた令嬢を、誰が相手にすると言うんだ」
そこでアリネアが勢いに乗じて言った。
「エーリクの言うとおりですわ。礼儀も立ち振舞いのよろしくないから、この機会を逃すと本当に誰にも相手にされなくなりますわよ?」
そう言うと、あらためてオルヘルスを上から下まで品定めをするように見つめ鼻で笑う。
「しかも、そのドレスなんですの? コルセットもパニエもない貧弱なドレスねぇ」
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