32 礼儀知らず
「あらぁ、そのタイ。エメラルドピアリアドのつもり? そういえば、グランツ様もリボンを着けてらしたわね、あなたのリボンではありませんでしたけれど。嘘はもうばれてますのに、まだグランツ様の婚約者と偽るなんてあなたとても可哀想ね」
それを聞いて、オルヘルスはまだ公の場ではっきりと婚約していると言い返せないことをとても悔しく思った。
そうして怒りを抑えて黙っていると、図星を突かれて黙っていると勘違いしたアリネアは増長する。
「あら、それによく見たらそのイヤリング、エメラルドかしら? グランツ様から目をかけられていたときは、あんなに大きな石を身に着けていましたのに、ずいぶんささやかなサイズになりましたのねぇ」
オルヘルスの怒りが頂点に達し、文句を言い返そうとした瞬間、エファが口を開く。
「そうかしら? このエメラルドはリートフェルト家が叙爵したときに国王より賜ったとてもクラリティの高いものよ。それをそのように言うだなんて、見る目がありませんのねぇ」
そう言われ、アリネアはオルヘルスを睨む。
「なんですの? この態度。客をもてなすつもりがありませんの?」
オルヘルスは我慢できずに言い返す。
「招待していない客をもてなすほど私、お人好しではありませんのよ? 気にくわないならどうぞお帰りになったら? 誰も止めたりしませんわ」
するとアリネアは鬼の首を取ったようにニヤリと笑って周囲に向かって言った。
「みなさん信じられまして? 本当に昔からオリってば礼儀がなってませんわね。私があれだけ教育いたしましたのにまだこんな程度ですの? 私がっかりですわ」
そう言って大きくため息をついた。
すると、ずっと黙って話を聞いていたドリーセン伯爵夫人が静かに言った。
「あら、私たちとても楽しい時間を過ごしていたのに、その空気を台無しにしているのはどなたのほうかしら」
それを受けて、シャウテン公爵夫人が大きくうなずく。
「ほんとねぇ。あぁ、いやですわぁ。もしも自分の娘が外でこんなことをしていたらと思うと、私ぞっとしましてよ?」
ドリーセン伯爵夫人は微笑むと、シャウテン公爵夫人に返す。
「あら、でしたら娘の教育はリートフェルト男爵令嬢に任せればいいですわ。リートフェルト男爵令嬢は完璧ですもの。誰かと違って。ねぇ」
そう言ってその場にいる貴族たちににっこりと微笑みかけると全員がうなずいた。
それを見てアリネアは、オルヘルスに向かって言った。
「オリ、あなたがどうやってドリーセン伯爵夫人や、シャウテン公爵夫人を騙して味方に着けたかわかりませんけれど、こんなことをして後悔しますわよ」
オルヘルスはにっこりと微笑み返す。
「そう、楽しみにしていますわ」
オルヘルスがそう答えると、二人はしばらく対峙していたが、アリネアはこちらまでギリギリと音が聞こえてきそうなほど歯ぎしりすると、持っていた招待状を地面に叩きつけてその場を去っていった。
その後ろ姿を見ながら、エファはオルヘルスに耳打ちした。
「あんなに理不尽に挑発されたのに、王太子殿下との婚約の件を言わなかったのは偉かったわね」
「もちろんですわ。アリネア様に負けるわけにはいきませんもの」
そう話している横でディルクが素早くアリネアの投げた招待状を拾い上げると、中身をじっくり確認しオルヘルスに差し出した。
「これはよくできておりますが偽造の招待状のようです。じっくり細部まで見なければ偽物と本物の見分けがつかないでしょう」
オルヘルスがその招待状を受けとると、エファと一緒にそれを確認する。
なるほど、とてもよくできている。だが、流石にエファは相違点を即座に見つけた。
「私の筆跡に似せてるけれど、細かいところで違うわね」
そう言ってディルクにその招待状を返すと、ディルクはうなずいた。
「そのようです。とにかく早急に調べて対処いたします」
そう言って一礼すると部屋を出ていった。そのときシャウテン公爵夫人が口を開く。
「それにしても、オリ。あなたの対処は素晴らしかったわね。社交界ではあんな輩はいくらでもいますもの、あれぐらいでないと」
「ありがとうございます。ですが、できればあのようなかたとの関わりはあまり持ちたくないものですわ」
オルヘルスがそう答えると、ドリーセン伯爵夫人がうなずく。
「本当にそうねぇ。相手にすると品性が下がりますものねぇ。それにしても、コーニング伯爵令嬢はオリとは逆の意味で社交界で有名になられて、コーニング伯爵がお可哀想ですわ」
それに対してシャウテン公爵夫人が答える。
「あら、コーニング伯爵もそこまで迂闊ではありませんのよ? いざとなれば跡継ぎでもなんでもない娘なんてどうとでもなりますでしょう?」
ドリーセン伯爵夫人は微笑む。
「確かに、そうですわよねぇ」
そして二人揃って『ふふっ』と声を出し微笑み合った。
そんな二人を見てオルヘルスは、この二人は敵に回したくないと思った。
アリネアという珍客があったものの、なんとか無事にお茶会を終えることができて、オルヘルスは新たな人脈を作ることもできた。
それにとてもいい気晴らしにもなり、また明日から頑張ろうという気持ちになった。
こうしてリフレッシュをして、別荘へ戻りまたお妃教育と準備に終われる日々に戻った。
愛馬会のときのように王宮へ通うのが通例だったが、王宮側もオルヘルスの身の安全を優先し、講師たちが別荘に通いで来てくれていた。
そんなある日、朝早くにグランツが訪ねてきた。オルヘルスは久々に会えて嬉しくなり、笑顔でグランツを出迎えるとすぐに客間へ案内した。
そして振り向くと、後ろからついてくるイーファに向かって上目遣いで言った。
「お兄様、心配してくれる気持ちは本当に嬉しいですわ。でも、グランツ様と会うのは本当に久しぶりですの。少しのあいだですわ、二人だけにしてくださらないかしら」
「だが、しかし……」
「お願い」
イーファがオルヘルスのお願いに戸惑い、グランツを見つめるとグランツはうなずく。
「イーファ、私はオリを傷つけることは絶対にない。それは確かなことだ」
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