30 加護
そんなある日、早朝からステファンが別荘を訪れた。
オルヘルスはちょうど朝食後のお茶を飲んでいたところで、突然ステファンが現れたのを見て慌てて立ち上がる。
「お父様、今日はどうされたのです?」
「お前に話があってな」
「そんな、連絡してくだされば屋敷に行きましたのに」
それを聞いて、ステファンは苦笑した。
「いや、今や王太子殿下の婚約者なのだぞ? そのように尊い人物を自分の屋敷に呼びつけるなどできるはずがない」
そう言われ、オルヘルスは少し寂しく思いながら言った。
「お父様、私は、グランツ様の婚約者である以前に、お父様の娘ですわ。そんなこと言わないでください」
「そう言ってくれるのは嬉しいがな……」
そう答えると悲しそうに微笑み、思い出したように言った。
「それより、今日はお前に話していなかった大切な話があるんだ」
「そうでしたわね。とりあえず座って話しましょう」
そう言ってお互いにソファに座ると、ステファンは真剣な顔で話し始めた。
「リートフェルト家のある重要なことについて話しておく」
「リートフェルト家の重要なこと? それは一体なんですの?」
「これはお前の曾祖父様の話だ。お前の曾祖父様はとても心根が優しく、争い事をとても嫌っていた」
それを聞いてオルヘルスは不思議に思う。
「ですが、私は曾祖父様が武功をあげて叙爵したと聞きましたわ」
今は平和で戦争もないが当時は隣国と争っており、そこで活躍したとオルヘルスは聞いていた。
ステファンはそれを受けて苦笑する。
「確かに、お前にはそう話した。だが、それは表向きの話だ。実際の曾祖父様は虫すら殺せない性格だった」
「ではどうやって爵位を?」
「話せば長くなるが、曾祖父様は、いつも森の中で弱っている動物を見つけては治療をしていたそうだ」
森の動物と、爵位になんの関係があるのか不思議に思いながらオルヘルスは相槌を打って話の先を促す。
「そしてある日、とても美しい白い馬が罠にかかっていたのを見つけた。だが、その馬を助けるために酷い怪我を負ってその場で気を失った」
「それはお祖父様が生まれたあとの話ですの?」
「いや、生まれる前の話だ。曾祖父様は自分の死を覚悟したそうだが、気がつくと自分のベッドで寝ていたらしい。そして、若い娘が森の中で倒れていた曾祖父様を見つけて、助けを呼んでくれたと知った」
「そうなんですの。よかったですわ」
「そうだな。そしてそのとき不思議なことに気づいた。大怪我をしたはずなのに、まったく怪我をしていなかったそうなんだ」
「では、森の中で倒れて夢を見ていたのかもしれませんわね」
ステファンはうなずく。
「曾祖父様もそう思ったそうだ。それで自分を見つけてくれた娘にお礼を言った。それから、その娘は森で倒れた曾祖父様を心配して毎日顔を見せるようになり、二人は恋に落ちて結婚した」
「では、その命の恩人が曾祖母様ですのね」
「そうだよ。曾祖母様はとても不思議な人で傷や病気を治す力を持っていた。それに、自分の出自についてなにも話さなかったから、なぜそんな力を持っているのかもわからなかったそうだ。だが、曾祖父様はそんなことまったく気にしなかったらしい」
それを聞いてオルヘルスは微笑む。
「きっと曾祖父様は曾祖母様を愛していたんですのね」
「そうだな、ふたりはいくつになってもとても仲がよかったのを私も覚えている」
そう答えて微笑み返した。
「それに曾祖母様と結婚してから曾祖父様はとても幸せだったと言っていたし、現に信じられないぐらい幸運に恵まれることが多くなったそうだ。そんな中、お祖父様が生まれた」
「確か、お祖父様は六人兄妹だったって聞いてますわ」
「そのとおりだ。お前はお祖父様と仲がよかったから直接お祖父様から聞いたのだな」
「はい。お祖父様は私をとても可愛がってくれましたから」
「そうか……」
そう答えてステファンは昔を思い出したのか、遠い目をするとオルヘルスの頭をなでて話しを続ける。
「それで曾祖母様はお祖父様が生まれたときに、初めて自分の出自を曾祖父様に話したそうだ」
「出自?」
そこでステファンはうなずくと、真剣な顔をした。
「曾祖母様は自分は森の精霊王の四番目の娘であり、以前森の中で助けてもらった白い馬は自分だったと語った」
オルヘルスは驚いてステファンを見つめる。
「まさか。精霊王の娘? 精霊だなんて、お伽噺だと思ってましたわ」
「曾祖父様も最初はなにかの冗談かと思ったらしいが、白い馬を助けた話を誰にもしたことがなかったし、なにより曾祖母様が不思議な力を持っていることは確かだったからな」
「でも、なぜ精霊王の娘が曾祖父様と?」
「助けてくれた曽祖父様に一目惚れしたそうだぞ」
オルヘルスは思わず微笑む。
「ロマンチックですのね」
「そうだな。それで、曾祖母様が言うには、いつも森で動物を助けている曾祖父様を精霊王は気に入っていたらしい。そんなときに娘を助けた曾祖父様に、精霊王は加護を与えることにした」
オルヘルスは考えが追い付かず、呆気にとられながら呟く。
「精霊王の加護……」
「その加護というのは、幸運と治癒の力だ。幸運は男児に受け継がれ、治癒は女児に。だが、幸運の加護を受け継げるのは直系の長男のみだ」
そこでオルヘルスは、はっとする。
「では、私にも治癒の力が?」
「そうだよ、オリ。お前にもその力がある」
「では、私が娘を産んだらその子にも加護が?」
「いや、それはない。この加護はリートフェルト家の者だけに受け継がれるからな」
「そうなんですの」
「しかも、治癒の力は自分の生命を削って行うものだ。だからその力はおいそれと使えるものではない」
そうは言われても、オルヘルスはそんな力の使い方なんてわからなかったし、そんな力を持っていることすら実感がなかった。
ステファンは話を続ける。
「それで私たち一族は何度も王族の手助けをしてきた」
そこでやっとオルヘルスは気づいた。
「それで爵位を?」
「そのとおりだ」
「お父様、その加護のことでひとつ質問がありますわ」
「なんだ?」
「相手を治癒したあと、本人は回復しますの?」
するとステファンは悲しそうに首を振った。
「回復しない。まさに自分の命を削ることになるからな。実はな、お前のお祖父様の妹、お前から見て大叔母に当たる者がこの力を使って亡くなるところだった」
「そうなんですの?!」
ステファンはうなずくと、話を続ける。
「当時の王女が怪我をしてな、それを助けた。死ぬかもしれないと覚悟の上だったそうだ。それ以来この力を使うのは、一族の中でも一番高齢の者という決まりができた」
そう言ったあとオルヘルスをじっと見つめた。
もしかしてお父様は、私が簡単にこの力を使ってしまうのではないかと心配しているのでは?
そう思ったオルヘルスは、安心させるように微笑むと言った。
「お父様、大丈夫ですわ。私はまだその力を使ったりしませんわ。まだやりたいことがたくさんありますもの」
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