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25 消えたスノウ

 そう言ってグランツの手からそのハンカチを素早く受け取ると、すぐにしまって照れ隠しに作り笑顔を向けた。


 そんなオルヘルスを見て、グランツも照れ臭そうにしながら言った。


「いや、私こそ返すのが遅くなってしまってすまなかった。なかなか手放せなくて……。それで、お願いがあるのだが……」


「まぁ、なんですの? (わたくし)にできることならなんでも仰って下さい」


 グランツは少し言いにくそうにしながら言った。


「私にも刺繍入りのハンカチを作って欲しいのだが」


「えっ?! そんなことでよろしいんですの?」


「できるか?」


 オルヘルスは大きくうなずく。


「もちろんですわ」


「そうか、ありがとう。君のハンカチは刺繍が素晴らしいからな」


「お褒めいただいて光栄ですわ。ところでどんな柄がお好みですの? 言ってくださればお好きな柄を刺繍いたしますわ」


「柄は君が考えたもので構わない。だが、あえて言うなら君らしいものがいい。それと、君と揃いのハンカチが欲しいのだが」


「え?! いいんですの?」


 嬉しくて思わずそう答えるとグランツはさっと視線をそらして呟く。


「くそ! 我慢にも限界がある。婚約したら早々に私のものに……」


 オルヘルスは聞き取れず、グランツに尋ねる。


「我慢? なにか我慢なさっていることが?」


 グランツは慌ててオルヘルスに視線を戻すと微笑んだ。


「いや、独り言だ。君は気にしなくていい」


「そ、そうですの? わかりましたわ」


「よし」


 そう答えてうなずくと、グランツは急になにかを思い出したかのような顔をしてオルヘルスに尋ねる。


「ところで、この前のカヴァロクラブでのことだが……」


「はい。お兄様からなにか報告が?」


 そう訊かれ、グランツは少し険しい顔をした。


「まぁな。またエーリクに絡まれたそうじゃないか。それに、逆恨みに気を付けろと」


「そうなんですの。卿がとても心配してくださったみたいですわ。ですから、(わたくし)も周囲に気を付けようと思いますの」


 すると、グランツは少し考えこんでから言った。


「できるなら、君を王宮で預かりたいところだが……。そうすれば、今度は私から君を守れそうにない」


 それを聞いてオルヘルスは慌てて言った。

 

「いいえ、殿下は(わたくし)のことをとても大切にしてくださっていますもの。殿下が(わたくし)を傷つけるなんてありえませんわ」


「いや、オリ。そういうことではないんだ……」


「いいえ(わたくし)、殿下にならなにをされても傷ついたりしませんもの」


 すると、グランツは口を半開きにしたまま、動きを止めたあと我に返ると目を固く閉じて眉間を揉みながら呟く。


「違うぞグランツ。オリはその事を言っている訳じゃない。自分でもわかっているはずだ。だが、このまま本当に連れ去りたい」


 オルヘルスは困った顔をして答える。


「え?! ご自身を連れ去りたいんですの? まぁ、殿下。なにかあったのですか?」


 グランツはそれを聞いて顔を上げ苦笑した。


「オリ、君は盛大な勘違いをしている。それはさておき、とにかくイーファやステフを交えて、もう一度君の警護について話し合わなければならないな」


「そうですわね、よろしくお願いいたしますわ。(わたくし)は殿下がしてくださった判断にしたがいます」


 そうしてグランツやイーファが話し合った結果、オルヘルスはリートフェルト家の所有する別荘へしばらく身を隠すことになった。


 本来はスノウも連れて行きたかったが、スノウを連れて行けばオルヘルスがどこかへ移動したことがばれてしまう恐れもあり、それは断念した。


 別荘へ行っている間、オルヘルスはさっそくグランツへ贈るハンカチの制作とエメラルドピアリアドにグランツに贈るリボンの制作に熱中した。


 ハンカチは四枚で一つの作品となるように季節の花を刺繍することにした。


 一枚目は桜と百合、二枚目は百合と金木犀、三枚目には金木犀とクリスマスローズ、四枚目にクリスマスローズと桜。といった具合だ。


 その四枚のうち、一枚目と三枚目にグランツの紋章を刺繍しプレゼントし、残りの二枚を自分が持っていることにした。


 せっかくなのでエメラルドピアリアドで贈るリボンにもこれらの花を刺繍することにして、さっそくそれらの製作に取りかかった。


 それと平行して乗馬の訓練も欠かさなかった。せっかく上達したのに馬から離れていればいるほど、それだけ乗馬の腕が落ちるからだ。


 別荘ではユキと言う名の馬に乗っていた。スノウにしていた世話と変わらず、ほとんど毎日のようにユキの馬房に向かうと掃除をし、丁寧にブラッシングした。


 そうして世話をしているうちに、ユキとも心を通わせることができるようになっていった。


「お嬢様! 大変です!!」


 そう言って別荘からメイドのリサが足元が泥だらけになるのも構わず、馬場を走って来たのはオルヘルスがユキとゆっくり歩いているときだった。


 あまりにも慌てているリサの姿に、オルヘルスは嫌な予感がした。


「リサ、どうしたの? とにかく落ち着いて」


 リサはよほど急いでいたのか、しばらく話すこともできずに肩を上下させると、絞り出すように言った。


「スノウがいなくなったと……」


「スノウが?! それはどういうこと?」


 リサはなんとか呼吸を整えると、手に持っているメモを差し出す。


「ここに詳しく書いてあるそうです。とにかくすぐに別荘へ戻られてください。殿下もこちらに向かっているそうですし、イーファ様は屋敷の厩舎へ……」


 リサが言い終わる前に、オルヘルスは別荘へ向かって走り出した。そして、エーリクやアリネアがこんなことをしたのだとしたら、絶対に許さないと怒りを覚えた。


 別荘へ駆け込むと、すぐに渡されたメモに目を通す。


 メモには『夜半過ぎに厩舎内からスノウが嘶くのが聞こえ、驚いたギルがスノウの馬房へ行くとそこにはすでにスノウの姿がなく、蹄のあとを見つけそれを追ったが途中で途切れてしまっていた』と書かれていた。


 もしも、スノウになにかあったら……。


 そう考えるといてもたってもいられず、オルヘルスは屋敷に戻ろうと取る物も取り敢えずエントランスへ向い、そこでちょうど訪ねてきたグランツに出くわした。


「殿下、スノウが!」


 オルヘルスが涙目でそう訴えると、グランツはなにも言わずにオルヘルスを抱きしめた。


「イーファも探してくれているから、君はここで待っていた方がいい」


「ですが……」


「気持ちはわかるが、あまりにも姿を現さない君を誘い出す罠とも限らない。今はこらえてくれ。大丈夫、必ず見つけ出してみせる」


「わかりましたわ」


 オルヘルスはグランツがそう言ってくれたことで、少しは落ち着きを取り戻した。

誤字脱字報告ありがとうございます。


書籍化希望される方は、高評価・ブックマークをよろしくお願いいたします。


※この作品フィクションであり、架空の世界のお話です。実在の人物や団体などとは関係ありません。また、階級などの詳細な点について、実際の歴史とは異なることがありますのでご了承下さい。


私の作品を読んでいただいて、本当にありがとうございます。


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