22 鉢合わせ
「今日はお兄様も乗馬をしますの?」
「もちろんだ。私はお前の護衛だ、お前が馬に乗るなら私もそうする」
そう答えると、イーファは手を差し出して言った。
「行きましょう、お嬢様」
オルヘルスは微笑んで返す。
「今日は頼みますわ。私を守ってくださいませ」
そう言ってイーファの手を取ると、イーファはその手を力強く掴み返しオルヘルスをエスコートした。
今回の乗馬会の主催者は、オルヘルスを招待してくれたティム・シャウテン公爵で、シャウテン公爵の所有する別荘で開催されることになっていたため、そこへ向かった。
別荘に着くと、すでに他の貴族たちの馬車が入口に列をなしており、オルヘルスたちもその列に並んだ。
やっとオルヘルスたちの順番になり、緊張しながら馬車を降りるとオルヘルスは招待状をポーチから取り出そうとした。
すると、それをイーファが制して耳打ちした。
「オリ、そんなものを見せなくともここの使用人たちは招待客の顔と名前をすべて覚えている」
それを聞いて、オルヘルスはここの使用人たちの質の高さに驚いた。
「お兄様のことも? 護衛だと説明しなくてもよろしいの?」
すると、イーファは苦笑した。
「私は会員だ、問題ない」
それを聞いてオルヘルスは驚いてイーファの顔を見上げた。
「そうでしたの?!」
「あぁ。だが、私も乗馬会に参加するのはこれで二回目だし、会員になったのも最近の話だ」
「教えてくださればいいですのに」
そう言ってオルヘルスがむくれると、イーファは微笑んだ。
「自分から言えば自慢になる。言う訳がない。それより、ほら、他の者が見ている。そんな顔をするな」
そう言われ、オルヘルスは我に返ると他の貴族たちにあいさつをしながら、問題なく屋敷ないへ通されエントランスへ入った。
エントランスに入った瞬間、オルヘルスは他の貴族たちに囲まれた。
「はじめまして、リートフェルト男爵令嬢。それに、イーファ、君とも久しぶりだな」
そう言って一番先に挨拶をして来たのは、ヘルト・ドリーセン伯爵だった。
「ごきげんよう、ドリーセン伯爵。以前、夫人からお茶のお誘いがありましたのに、お断りしてしまってずっと心苦しく思っておりましたの」
「いえ構いませんよ、ワイフは恥ずかしながらゴシップが好きでして、リートフェルト男爵令嬢からあれやこれやを聞き出したかっただけでしょうから」
「そう言っていただけると私も胸の痞えが下りますわ」
「それはなによりです。それに、私はこんなに美しくも聡明なかたと、今日こうしてお近づきになれただけで幸運です」
「まぁ、お褒めに預かり光栄ですわ」
こうしてドリーセン伯爵を皮切りに、次から次に挨拶にやって来た貴族たちと挨拶を交わしていると、向こうで同じく挨拶に追われていた主催者のシャウテン公爵がオルヘルスの存在に気づき、こちらに笑顔を向けて出迎えた。
「ようこそリートフェルト男爵令嬢、それに、イーファ。待っていた。君たちは今日の主役だ」
そう言うと、シャウテン公爵はオルヘルスの手を取り優しく微笑んで言った。
「リートフェルト男爵令嬢、君が我がカヴァロクラブの乗馬会へ来てくれたことはとても光栄なことだと思っている」
「ごきげんよう、シャウテン公爵。こちらこそ本日はお招きいただいてありがとうございます」
「さぁ、堅苦しい挨拶はここまでにして今日は楽しんでいって欲しい」
そう言って自らオルヘルスを食堂へエスコートした。
食堂ではすでに準備が整えてあり、オルヘルスは決められた席に案内されるが、そこは主催者であるシャウテン公爵の隣の席だった。
そして、その隣の席にイーファが案内される。
他の貴族たちも食堂へ案内され決められた席に着いていた。
シャウテン公爵はオルヘルスが座ったのを見届けると耳打ちする。
「申し訳ないが、私はまだ用事が残っているから少々席を外すので、しばらく待っていてくれ」
そう言い残してエントランスへ戻っていった。
オルヘルスはひどく緊張していたが、他の貴族たちに微笑みかけられる度に笑顔で答えた。
「お前がなぜここに座っている」
突然背後からそう言われ、振り向くとそこにエーリクが立っていた。
オルヘルスは、なぜエーリクが招待を受けているかもしれないと予想していなかったのかと思いながら、なんとか笑顔を作った。
「ごきげんよう。お久しぶりですわね、エーリク様」
だが、エーリクは険しい顔のまま答える。
「ここはお前が来ていいところではない」
そのとき、シャウテン公爵が戻ってくるとエーリクに声をかけた。
「穏やかではないなホルト公爵令息。一体何事かな?」
「いえ、申し訳ない。私の元婚約者が私会いたさに勝手に紛れ込んだようだ」
そう言って突然オルヘルスの腕をつかむと立ち上がらせた。
その瞬間イーファがその手を振り払い、オルヘルスを自身の背後に隠して言った。
「ホルト公爵令息、いくらなんでもこんな無礼な振る舞いは許されることではありません」
「なんだって? お前もオリの護衛だからって入り込んだのか?! ここはな、招待されないと入れないんだ。ふたりとも早くここから出ていけ」
エーリクがそう言い放つと、そこでシャウテン公爵が口を開いた。
「出ていくのは君のほうだ、ホルト公爵令息。私の招待した客人に無礼な振る舞いは許されない」
すると、エーリクは驚いてシャウテン公爵を見つめた。
「まさか、ご冗談でしょう?」
その質問にシャウテン公爵は大きくため息をついて言った。
「私が冗談を言っているように見えるのか?」
エーリクは忌々しそうにオルヘルスを睨む。
「今度は卿に取り入ったのか。それに、あの馬だな? プライモーディアル種のあの馬のお陰だろう。でなければお前なんか」
そう悪態をつくエーリクをシャウテン公爵が制した。
「いい加減にしないか。この事はハインリッヒに報告させてもらう」
エーリクは鼻で笑った。
「どうぞご自由に」
それだけ言うと、エーリクはエントランスへ向かって歩いていった。
シャウテン公爵は申し訳なさそうにオルヘルスを見つめた。
「招待しておいて、不快な思いをさせてしまって申し訳ない」
オルヘルスは苦笑して返す。
「いいえ、シャウテン公爵のせいではありませんもの。それに、せっかくですから嫌なことは忘れてしまいませんか?」
「ありがとう。そんなに寛容になれるとは流石ですな。それにしてもその品格、殿下が選ぶのも納得だ。レディの素質がある」
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